同い年の子が死んだときにしないといけないこと |
“耳ふたぎ”をしなくてはならない、と母に言われたのは三時過ぎのことで、それというのも同級の友田君が死んでしまったからで、こっちの方では同級の子供が死ぬと耳ふたぎをしなくてはならず、僕は母が急いで炊飯器でご飯を炊くのを眺めている。
友田君とは別に友達ではなかったが同じクラスで、唯一の思い出と言ったらクラス委員会で一緒に生き物係をやった時、死んでしまったハムスターの死体を一緒に捨てに行った時に友田君が「うわっこんなの触りたくないよ」と言って僕に仕事を押し付けて逃げてしまったあとで、逃げていく友田君の頬を見たらちょっと涙の痕があったのを見つけたので、ああ本当は優しい子で、これまでハムスターに愛情をいっぱい注いでいて、それでそんな愛情を注いだハムスターが死んでしまったという出来事に耐えられなくて現実を受け入れられなくて泣いているのかな、と思ったのだけれども、そのあと落ち着いて考えてみていや僕だって死体なんか触りたくねえよと思った時ぐらい、そんなものだ。それで友田君とはあんまり喋ったこともなかった。
早炊きをしたから三十分ぐらいでご飯は炊けて、母はそれを茶碗一杯ぶんぐらいをしゃもじでよそってコピー用紙二枚分に盛って、それぞれ拳よりもちょっと大きいぐらいに包んで僕を呼び、僕の両耳にコピー用紙ご飯を当てた。
「我慢なさい」
まだ熱い、炊かれたばかりのご飯が紙ごしとはいえ耳に当てられるのはひじょうに変な感じだが、同い年の子供が死んだらそれをしなければいけないので仕方はなかった。
それはこの世界の原則なのだ。同じ年齢の子供の魂だかなんだかは、お互いに同じような法則に従って生きており、だから一方にとてつもない重大な出来事が起こった場合、僕らはその影響が及ばないように、いろいろなこまごまとした儀式を行わなければならず、耳ふたぎはその一例だった。
「行ってらっしゃい」
母が僕を玄関まで見送る。僕はその耳ふたぎを耳にくっつけたのを両手で押さえたまま川のところまで行ってこなければならず、川まで行ったらその紙に包んだ二つのご飯を川へ捨ててこなければならなかった。
途中、同じクラスの白石君がこっちのほうへ歩いてきて耳を押さえながら近づいてくるので、ははあ白石君も耳ふたぎかなと思う。白石君が「お前も耳ふたぎ?」と聞くので「見りゃあ分かんだろうが」と答える。
「お前んちは紙に包んでくれるんだいいなー」と白石君が言うのでなんのこっちゃと思いながら白石君を見ると、白石君ちの耳ふたぎは“直”だった。
つまり紙に包まずに握り飯みたいな形にした炊き立てのごはんを直に耳に当てる形になるのだ。うひゃあ。これは熱そうだし嫌そうだ。食べるものをそうやって口以外の肌の部分に当てるというのは生理的にいやだしご飯を粗末にしているような気もするので本当は僕のやってる紙ごしだっていやなくらいだけれども、白石君の家は何を考えているんだろうと思う。
「仕方ないよこういう風習なんだもの」と白石君は子供のくせに大人みたいに答えるが、白石君はもみあげに米が付いてしまっている。それもなんだかすごくいやで僕は白石君の家の子供じゃなくてよかったなあと思う。
それで僕らはみじめな気持ちのまま川へ行くと、川には同級の子供たちがほかにも何人か集まっていて、中には耳ふたぎをするのが初めてだという子供もいて、「うわー」とか「キャー」と言って大いにはしゃいでいたが、僕らはもう慣れたものなので淡々と川にご飯をぽいぽいと捨てる。ぼっちゃん。「もったいねえなあ」と思うけれどもこうしないと幽霊が付いてきてしまうので仕方がないのだ。
ぽちゃんぽちゃんとそれぞれの白米やら握り飯やらお餅やらが川に不法投棄されていくのを、これで友田君に後を引かれなくて済むぜと思ってやっている子供はおそらく一人だっていないだろうし、もったいないと思いながら捨てている子供の方がきっと多いであろうと僕は思っていた。
それからそのあとはまっすぐに家に帰らないといけないから僕らはあとで遊ぶ約束をして家へ帰り、母に「ちゃんと川にご飯捨てた?」と聞かれたので「うん」と答える。ちゃんと捨てなければ何が起こるのか? たぶんその夜にでも友田君が来て僕らを連れていってしまうのだろう。
そういえば数年前に、やっぱりうちの学校の生徒が死んで、それは六年生のクラスだったのだけれども、一人だけ耳ふたぎをやらない子供がいたことがあった。その子は転校してきたせいで耳ふたぎの風習を知らないで、その子一人だけ耳ふたぎをしないでいたら、一か月後に死んでしまったというような話があった。そんなこともあるのかもしれなかった。
その夜のことだ。
僕の部屋の窓を叩く音がして、なんだこんな夜更けにと思い、友田君だったら嫌だなあと思いながらカーテンを開けるとやっぱり友田君で、青白い顔をした友田君が磨りガラスにべたっと張り付いていてこっちを見ていたので、「なんだよ耳ふたぎやったのによ」と思いながらガラスを開けて「何?」と聞く。
「みんな耳ふたぎやってるから来れないんだよね」と友田君は言った。
おれだってやったよと僕は思うけれども、友田君はよいしょっと言って部屋に入ってくる。僕は友田君がはだしだったのを見て、外を歩いてきたんだったら汚いだろと思ってじっと足を見ていると、友田君は「ああほら」と足の裏を僕に見せてきて「霊だからね、きれいなもんだよ」という。
何が霊だからねだ。
「君にはちょっと一言言っておきたくて」と言う。お化けにひと言言われる筋合いはないぞと思いながら聞くと、「ハムスター、捨ててくれてありがとうね」という。
「逃げやがって」と僕が言うと、友田君は「本当はあのハムスター、僕が殺しちゃったんだよね」と言う。
どういうことかというと、友田君は本当はハムスターの世話が嫌で嫌で仕方なく、というのも昔、ネズミに齧られたことがあるから(ド〇〇もんかよ)という理由らしく、本当は生き物係なんかやりたくなかったけれどもじゃんけんで負けてしまったから仕方なくやっていた。それでハムスターの世話をするのが一日でも嫌だったから毒餌を混ぜて餌をやったらまんまと死んだので助かったけれども、死んだハムスターを見ていたら罪悪感が湧いてきて、それで思わず涙してしまったというのが真相なんだというのだ。
「それで君はもしかしたら僕のことハムスターの死が悲しくなって泣いていたんだと思っているそぶりがあったから、本当はそうじゃないんだよ、僕って冷たいやつだったんだよ、ってことを、言っておかないと死にきれないなあと思って」と言った。
僕はそれだけを言うために耳ふたぎの効き目も無視してやってきやがってと思って憤懣やるかたなく、「分かった分かった」と言いながら台所まで降りていくと、まだ起きてるお兄ちゃんに「うるせーよ起きてんじゃねーよ」と言われて、僕は不可抗力ですよと思いながら「塩探してるんだ」、と言って食卓塩を持ってまた二階へ上がった。
「出てけ出てけ」と言いながら塩をまいた。
友田君はちょっとがっかりした顔をしたけれども、「本当にハムスター、捨ててくれててありがとね!」と言ってスーッと消えていった。
翌日、学校へ行ったら、結構な割合の人数が、夜中に友田君に訪問されたという話でもちきりになって、僕は、自分からその話を切り出しはしなかったけれども、でも僕もだよと内心で思っていて、耳ふたぎ効果なし説が学校中に広がっていった。
今度からは人が死んでもやらないかもなあという雰囲気にみんななったけれども、白石君だけは「あれは結構面白くていいよ」と、早生まれで耳ふたぎをやっていない子供たちに主張していて、もみあげに白米が付いてたのに、そんなもんか? と僕は思ったりした。
友田君は二度と出てこなかった。
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