異形を狩る 三話「死を謳うもの 後編」
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 ビジネスホテルの狭い一室でベッドに腰掛けながらオラウスはテレビ画面を凝視していた。見ているのは臨時ニュース番組であり、内容は府立都島高校に魔物が出現し、その魔物が学校の敷地内に立て篭もっているというものである。

 この臨時ニュース番組は午前一〇時には既に始まっており、午後三時を過ぎた今でも報道は続けられていた。といっても流れてくる内容にはほとんど変わりが無い。警察がマスコミに伝えたことはほんの僅かな情報だけ、現れたのは非常に危険性の高い魔物であるため周辺住民への避難を勧めるものだ。

 それと警察がハンターの導入を決定したという情報が午後二時ごろに流れていた。携帯電話でハンター専用サイトにアクセスし、でている依頼を確認すると確かに警察からの魔物討伐依頼がある。

 とはいえ、オラウスはそれを引き受ける気などまったくなかった。元々オラウスはこの世界の人間ではなく、よって戸籍も無い。だからといって戸籍を取得する方法など幾らでもある。ちょっとアンダーグラウンドな場所へ行けば、戸籍を含めた非合法な売買もされているのだ。

 麻薬はもちろんのこと、臓器やどこから連れてきたのか人間まで売られている始末である。その場所に行ったのは戸籍を買うための一回だけだが、その一回だけで日本が法治国家であるということを信じられなくなった。

 もっとも、そういう場所があったからこそオラウスは今こうしてビジネスホテルの一室でテレビニュースを眺めることが出来るわけだが。

 オラウスが購入した戸籍はロジャー・ベーコンという名前の日系アメリカ人のものである。日本でなぜアメリカ人の戸籍が売られているのか気になったが、詮索することはしなかった。ああいったところで詮索すると下手に敵を作るだけである、幾ら敵がいたところでそれが人間である以上はオラウスにとって脅威ではない。しかし、先のことを考えると支障を来たす。

 ロジャー・ベーコンはどうして戸籍を売られることになったのかはわからないが、戸籍を買うときに彼の素性を教えてもらうことが出来た。年齢は二六歳、出身地はアメリカ合衆国ロードアイランド州にあるプロヴィデンスという街らしい。大学もでており、出身大学はミスカトニック大学、学部は考古学部だった。

 「魔物と古来の悪魔の関係性」という論文を執筆しており、なんでもそれは一時ではあるが学会でも取り上げられたものらしい。ロジャー・ベーコンに成りすますためには当然その知識も必要であり、戸籍を買ったときにその論文はおまけのような形で付いてきた。

 もちろんオラウスは買ったその日に論文に目を通し、なぜロジャー・ベーコンが戸籍を売られることになったのか大体察しをつけることが出来たのである。論文の内容に問題があった。学術的に問題があったわけではない、そもそも学術的な問題があれば学会で取り上げられるようなことには成り得ない。

 この論文に注目が集まるとマズイ連中がいたということである。そのマズイ連中の中にはオラウスも含まれていた。この論文が発表された時、オラウスが既にこの世界に来ていたのならロジャー・ベーコンを抹殺していただろう。それだけ危険な論文であった。

 幸いなことにオラウスが使える黄衣の王や、それらと同列の神々についてまで学会で言及されるようなことはなかったがそれは表向きのことだろう。勘の良い人間、旧き支配者の存在を知る人間ならばこの論文を切っ掛けにして近々起こるだろうことを察したとしてもおかしくはない。

 それにしても出来すぎているとオラウスは思うのだった。ロジャー・ベーコンが危険な論文を書いたがために消されたところまでは理解できる、しかしなぜ彼の戸籍は残っていたのか。さらにいえばロジャー・ベーコンの容姿はオラウスを欧米人風にした顔立ちであり、非常に似通っていたのだ。双子、ではむりがあるが兄弟といっても通じるほどに、である。

 まるでオラウスのためにロジャー・ベーコンの戸籍が置かれていた。そんな気がする。そしてこの一種の勘とでも言うべきものは間違いないだろう、という確信もまたあった。未だ旧き支配者達は大掛かりな動きができないではいるが、テレパシーを使って信者達と意思を通じさせることは可能である。

 となれば、オラウスが来ることを予測していたあるいは知っていた邪神が自らの信者達にこの戸籍をオラウスのために用意させていたとも考えることが出来るのだ。では一体どの神が、というところに考えが及ぶのだが少なくとも黄衣の王ではないだろう。

 彼の本拠地は地球からはるか遠く離れたところにある、黄衣の王の力は地球ではまだそれほど強くない。となればルルイエにて眠るものかとも思ったが、彼は黄衣の王とは敵対関係にある。黄衣の王に仕えるオラウスに手を貸すわけがない。

 となれば千の児を孕む山羊なのか、だが彼の女神は手を貸す理由があるにはあるが未だ活発に動ける状態ではないのだ。そうなってくると、考えられるのは一つだけである。闇を彷徨う無貌の神、それしかいない。

 ついこの間までは黄衣の王と敵対関係にあった、だがそれは暇つぶしに行っていたゲームでのことである。これから彼らが行おうとしていることはゲームではない、オラウスの知らないところで手を組んでいたとしてもなんら不思議はなかった。

 やれやれ、と思いながら冷蔵庫から缶ビールを取り出しプルタブを開け、サイドボードの上に置いてある論文を手に取る。論文はもちろん「魔物と古来の悪魔の関係性」だ。ロジャーになりすますには論文の内容を知っておく必要がある。

 既に五回は読んでいるが、暗唱できるぐらいなっておくぐらい頭に叩き込んだっていいだろう。ロジャーは基本的にロードアイランド州から離れずにミスカトニック大学の図書館に篭っていることが多かったというが、それでも知り合いがいないはずがない。もしその知り合いが日本に来れば遭遇する可能性だってある。その時の対処法も考えておかねばならない。

 これは噂の域を出ないのだが、どうも大和市は他の地域と比べると門の発生周期が短いらしく魔物の出現回数も比例して多いようなのである。とはいえどこまで本当かは分からない。実際に門の発生回数と地点を記録しているデータは必ず存在しているはずで、探せば見つかるだろう。

 それを目にして見ない限り確証を得ることは出来ない。ただし、大和市内では活動しているハンターの数が多いというのは言える。何故ならば中央区に存在するハンター協会にライセンスを取りに行ったときのことなのだが、受付がぼやくように言ったのだ「またハンターが増えるのか」と。

 彼からしてみれば何気なく言った一言ではあるが、まだこちらに来てまもないオラウスにとっては重要な情報である。ハンターが多いということは、間接的にではあるが魔物が多いことを証明しているといって良い。

 そしてオラウスにはまだ気になるところがある。それはESP能力の本質についてだ。門が発生するようになってからESP能力者、というよりも超能力者といったほうが相応しいのかもしれないが、そういった存在がなぜ増えたのかオラウスにもまったくわからない。

 門が大量に発生したのは一九九九年の七月のことである。当時の新聞などを調べてみれば同時多発となっているが、同じ日に大量発生したのではなく連日発生していたらしい。同時も発生しているが、その場合は地域が大きく離れている。ロジャー・ベーコンの論文ではそのことに関してなんら触れられてはいないのだが、これは何か意図があるのだろうかとオラウスは考えた。もっとも、何の意図があるのかは分からない。

 ただ、門を発生させたのは旧き支配者達だろう。目的は他の星や他の次元にいる眷属達を呼ぶために違いない、証拠となるようなものは何も無いがそう考えても良いとオラウスは思っている。根拠はロジャー・ベーコンの論文だ。

 そして超能力者、ESPが現れだしたのは一九九九年の終わりごろ一二月になってからのことだ。実際に現れだしたのはもっと早く、もしかしたら門と同時かもしれないが多数の超能力者が突如として現れたとされているのは一二月のことである。

 これも何か関係があるのだろうか。正確にESPが現れだした時期は分からないが、門と魔物が現れた後のことであると思われる。そして魔物はESPの持つ超能力でしか倒せないものもいるという事例については既に調べていた。

 門から現れる魔物が全て邪神の眷属であるとするのなら、ESP能力の正体も大方の察しがつく。旧支配者と対立している旧き神々が何かを行った可能性が高い。彼らは直接手を出してくることは少ない、どういった理由で手を出さないのかは不明だが、もしかすると戦力が足りないという可能性がある。

 それを補うため人間を邪神の眷属と戦うことが出来るようにするため、ESPと呼ばれる力を与えたのではないだろうか。もちろんこれは門が旧支配者によって発生させられ、魔物が邪神の眷属であったらという仮定の上でしかなりたたないものではある。

 とはいえ可能性で言えばかなり高いのではないのだろうか。

 真実を知る時が来るのかどうか定かではないが、真実を探求する努力を諦めてはならない。この身は既に人間のものではなく、魂も人間であるかどうかは疑わしかった。だがオラウスはそれでも、せめて心だけは人間でありたいと思う。

 テレビに視線を移せば、校門から三人のハンターと思しき人物が校舎へと向かうところが映し出されている。カメラがアップになり、彼らの服装が明らかになった。二人は都島高校の生徒であり、もう一人は私服だがセンスからしてまだ若そうに見える。

 論文をサイドボードに置きなおし、手を胸の前で組み合わせながらくつろいだ姿勢を取りテレビ画面に見ながら「さて、お手並み拝見といきましょうか」と呟いた。

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 体育館の前まで来ると翔一の耳にも魔物の歌声が聞こえた。非常に澄んだ女性の歌声のようであり、午前中に遭遇したあの鋼鉄の魔物が発しているとはとても思えない。恵理香に体育館内にいる魔物の位置と向きは分かるか、と尋ねると「簡単ね」という返事が返ってきた。

「魔物の場所は体育館中央、私たちの存在に気付いているかどうかは分からない。けれどこちらを向いているのは確か。このまま真っ直ぐ突入すればすぐに気付かれる。裏から回る?」

「私もその案には賛成です、このまま扉を開ければ先手を打たれかねません」

 恵理香とエレノアの二人は体育館の裏口から侵入する案を出して、翔一へと意見を求めるために視線を向けてくる。体育館の扉は横開き、そして鉄で出来ているため重い。開けるには多少の時間が掛かるだろうし、もしかしたら鍵が掛かっているかもしれない。

 エレノアや翔一の能力を使えば鍵があろうとなかろうと関係なく開けることは可能だが、魔物に存在を教えることになり、さらに先手を取らせることにもなる。だからといって翔一は裏口から入る案に賛成しようとは思わなかった。

「全員が裏口から入る必要はないだろう、裏口は狭いし一人ずつしか入れない。もしかすると敵はレーダーのような能力を備えている可能性がある、その場合全員が裏から入ったところで無意味だ」

「じゃあ表から突入する、と? ですがそれだと敵の先手を許すことになりますよ?」

 エレノアの言葉に翔一は首を振った。

「何も裏から入ることに反対しているわけじゃない、裏からも入れるんなら……挟み撃ち、という方法があるだろ?」

「戦力分散には反対ね」

「難しいところですね」

 恵理香は反対、エレノアはどちらともいえないという風に下に視線を向けて考え込んでいる。提案者である翔一は挟み撃ちにはもちろん賛成だ。恵理香は戦力分散を問題にしているが、そのことはさして問題にはならないだろう。

「先輩はなぜ戦力分散に反対を?」

「敵の戦力が未知数……下手に分散させるのは危ないと思ってのことよ」

「それならエレノアだけを裏に回して、先輩と俺は正面からいけばいい。前衛はもちろん俺が担当しますよ、先輩は後ろから牽制程度の援護射撃をしてくればいい」

「御神君、敵はかなり強力だと言ってませんでしたか? だというのに――」

「まぁ、待てよ」

 エレノアの言葉を遮る。

「俺は警察に魔物は強力なやつだ、と確かに言った。けれど忘れちゃならないことがある、俺は一度あいつと戦ってる。もちろん魔物の全てを知っているわけじゃない、けれど一度戦闘を経験しているのは一つのメリットだとは思わないか?」

 エレノアはしばらく考えているようだったが、「わかりました」と言って翔一の案を受け入れた。恵理香はどう考えているのかと思い、彼女に視線を向けると即座に「この国は民主主義ですから」という言葉がやってくる。

 三人の意見が一致し、エレノアが足音を忍ばせながら体育館の裏口へと向かう。今からちょうど一分後に彼女は裏口から突入することになっており、それまでは翔一と恵理香は体育館の表扉の前で待機するしかない。

 翔一は二本の小太刀を既に抜いており、恵理香もいつ魔物が飛び出してきても良いようにライフルを構えている。辺りに緊張感が漂う中、体育館の中から聞こえてくる澄み切った女性のような歌声と、上空から響いてくるヘリのローター音が異質なものに感じられた。

 空を仰げば羊雲ただよう青空の中、複数のテレビ局のヘリが体育館を中心にするようにして旋回しながら飛んでいる。カメラが向いているのはおそらく翔一と恵理香だろう。見られているという感覚はもちろんあるのだが、それ以外にも何故か覗かれているというような気もするのが不思議だった。

 いや、覗かれているというよりかは注視されているというほうが正しいだろうか。もちろんテレビクルー達は翔一達三人の行動に注目しているわけだが、それにしては妙な感覚である。カメラマンに見られているというよりも、そのレンズの向こう側にいる視聴者に見られているような気がするのだ。

 過去にもこうやってテレビカメラの前で魔物と戦ったことはあるが、このような感覚に襲われるのは初めてのことである。テレビクルーの中にESP能力者でも混じっているのだろうかと考えていると「もうすぐですよ」という恵理香の声を聴いて、慌てて視線を体育館の扉へと戻した。

「残り一〇秒」

 恵理香が左腕の腕時計を見ながらカウントダウンを始める。翔一は扉を開けるために体育館へさらに近づき、横開きの扉の取っ手に手を掛けた。後ろにいる恵理香はカウントダウンを続ける。歌声は止まない。

 恵理香が〇と言った瞬間に扉を開け放った。魔物の姿が目に入る。運の良いことに魔物の右腕は再生していなかった、黒い頭部の中心にある赤い単眼が翔一を捉える。歌声が止んだ。

 体育館の中に一歩踏み出そうとすると魔物の奥底から「イレギュラー、再確認」と、電子音声に近い声が流れた。魔物の背中にある二本の砲身が展開し、砲口が翔一へと向けられる。

 これはマズイと感じ、恵理香に向かって「跳べ!」と叫びながら真横に跳躍した。直後、翔一のいた場所に榴弾でも着弾したのか、爆発がおき破片と吹き飛ばされた小石が幾つも翔一の体を掠めて制服や露出している肌に小さな傷を作る。

 地面に二本の足を立たせて即座に状況を確認した。体育館前には小さなクレーターが出来ており、その横で恵理香が倒れている。右足大腿部に金属の破片が突き刺さっており、履いているズボンが赤い血で染まり始めていた。

 それでも尚、彼女はいつでも交戦できるように銃を構えており目で翔一に「行きなさい」と指示を出す。軽く頷いて彼女を置いて体育館の中に突入する、魔物の背後にも注目するが、エレノアの姿はまだない。裏口から講堂に入るには途中、幾つかの部屋を通る必要があるため時間が掛かるのだ。

 せいぜい一〇秒といったところだろうが、それまでの間は翔一一人で魔物を相手にしなければならない。真正面から突撃すればまた榴弾を撃ち込まれる可能性がある。先ほどは運良く破片が当たらなかったから良いものの、二度目があるとは限らない。

 最初の一歩を踏み出すと同時に右に跳び、足が床板に付くと同時に今度は反対側に跳ぶ。ジグザグに跳びながら距離を縮める。時間は掛かるが、砲口は宙を彷徨うだけで照準を合わせることができていないことが見て取れた。

 数度跳んだだけで魔物を一足刀の間合いに捉える。敵は動かず、左腕の刃を構えた。それを見て前かがみになり足にバネを溜める。本来なら一直線に敵へと飛び込むのだが、今回それは行わない。

 足にバネを溜めたのは完全なフェイントとしてである。前方ではなく上方へと飛び上がると同時に左の袖口に隠していたワイヤーを投げ、魔物の左腕を絡め取った。着地すると同時にワイヤーを引き絞り手繰り寄せる、当然魔物は抵抗しその場で動きを止める。

 そこに右の袖口からもワイヤーを投げ、それは胴体へと巻きつけた。力を込めて引くとやはり魔物は抵抗し、人間よりも一回り大きいその体が僅かに傾ぐ。このまま手元まで引きずりこめそうだったが、そこまでする必要はない。そろそろエレノアが来るはずだ。

 風を裂く音がし、窓から差し込む光に照らされて翔一のワイヤーと比べるとかなり細いワイヤーがキラキラと輝きながら魔物に絡みつく。エレノアの使う五本の極細ワイヤーは翔一が現在使っているワイヤーとは目的が違う、翔一のものは捕縛を目的としているがエレノアのものは切断を目的としているものだ。

 ワイヤーの飛来してきた方向に視線を移せば、エレノアは左手でワイヤーを握り締め、右手だけでアサルトライフルを腰ダメに構えている。撃つ気だ、と翔一が思った瞬間にトリガーが引かれて、マズルフラッシュが閃いた。

 だが、ライフルの弾丸とはいえ威力不足なのか魔物の装甲は火花こそ上げているが見事に銃弾を防いでいる。それを見たエレノアはライフルを捨て、ワイヤーを引き絞りながら魔物目掛けて駆け出した。

 ライフルの攻撃で魔物は攻撃対象を翔一からエレノアに変更したらしく、魔物は方向転換を図る。だがそれはさせない、足を踏ん張らせて両腕に渾身の力を込めて魔物の動きを妨害した。

 魔物が左腕を振り上げようとする、それ今使えるやつの唯一の武器らしい。だがそれを使わせるわけにはいかない。左手にさらに力を込める、ワイヤーが肉に食い込み血を滴らせ筋肉がもう限界だと悲鳴を上げた。それでもさらなる力を込める。エレノアが魔物に手を触れれば、それが必殺の一撃となるのだ。

 そして魔物の刃はエレノアにとっての必殺の一撃である。魔物の左腕を決して動かせてはならない。翔一の筋力と魔物の力が拮抗しているらしい、翔一の筋肉も悲鳴を上げているが魔物の駆動部も限界が来ているのか甲高い音が鳴り出していた。

 エレノアが魔物に触れるまで後一歩、その一歩がやけに長く感じられる。体は安堵して力を緩めそうになるが、鍛えぬいた精神力で力を抜こうとする筋肉を叱咤激励し最後の力を振り絞らせた。ワイヤーはさらに深く食い込み、筋繊維の切れる音だろうか、左腕内部からぶちぶちと音が聞こえる。さらには関節にも限界が来ているらしい、今にも外れそうだった。それでも血が滲むほどに歯を食いしばって長い長い刹那を耐え抜く。

 そしてエレノアの手が魔物の胸部に触れた。その瞬間である、破裂音がして魔物胸部に大穴が開き、赤熱化した装甲の破片が周囲に飛び散る。間違いなく、致命傷となる一撃であった。

 証拠に、飛び散った破片は床へと落ちる前に塵と消え、魔物も胸部に空いた大穴の部分から塵へとその姿を変えながら消え去っていく。後に残ったのは、エレノアと翔一のワイヤーだけだった。二人ともそれぞれのリールにワイヤーを収納する、翔一のワイヤーには大量の血が付着しており収納する瞬間に赤い地の玉が飛び散る。

 思ったよりもワイヤーは深く食い込んでいたらしく、左手から鮮血が留処なく溢れ出始めた。さらに左腕の関節全てが悲鳴を上げており、筋肉にも相当なダメージがあるようで腕全体が痛む。

 それでも息を切らしながらではあるが何とか笑顔を作り、エレノアに向かって右手の親指を立てる。彼女はライフルを拾いながら翔一の姿を見て微笑んだ。彼女の微笑んだ姿など今まで見たことがない、そのせいか他の女生徒が笑うよりも妙に可愛らしく思える。

けれどそれも一瞬のこと、エレノアはすぐに愛想の無さそうないつもの表情に戻った。

「これで終わりですね。後はあなたの治療をして、全てが終わりですか」

「いいや、まだ終りじゃない外で先輩が倒れてる。俺より重傷だ」

 その言葉でエレノアは外へと飛び出す、後へ続こうとしたが足腰にも相当ダメージがあるらしく走ることが出来ず早歩きが精一杯だった。翔一が外に出たときにはもう、エレノアは恵理香の肩を担いでいた。

 恵理香の足を見れば、ベルトで足の付け根を巻き応急処置が施されている。榴弾の破片は魔物が倒された瞬間に消失してしまったのだろうか、どこにも見当たらない。そのせいで恵理香の出血は先ほどより酷くなっており、彼女の顔色も悪くなっていた。

「大丈夫ですか?」

 エレノアが優しい声を掛けてくれたが「先輩の方が先だよ」と返すと彼女は何も言わず、恵理香に肩を貸しながら正門へと向かっていった。翔一も止血を施さねばならないのだが、ワイヤーが食い込んだ程度で失血死するほどの量の血が出るわけがない。

 思わずその場に座り込んで空を見上げた。先ほどまであった羊雲はどこかへと流れていってしまったらしく、空は清々しい快晴である。これで終わり、学校に現れた魔物は討伐されたのだからこれで終わりのはずなのだ。

 だがこの胸に残る違和感はなんだろうか。体育館に入る前に感じた、あの注視されるような感覚を翔一は今も感じていた。

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