葉桜恋々 〜 高校1年 |
葉桜恋々 〜 高校1年
「で、お前は性懲りもなく美術部か」
「いやはや……」
カナ……いや、もう高校生なんだから、昔からのあだ名は使わないんだった。奏美は、えへへと笑って俺に、早速美術部に入部しやがったことを告げる。
名前が示す通り、両親は音楽系に進むことを望んでいたらしいというのに、思わぬ方向に進んだもんだ。
「晃ちゃ……晃一君は、帰宅部?」
「帰宅部なんて部活ないぞ。俺は無所属だ、無所属。大体、学校の宿題だけで大変なのに、なんで更に作業を増やさないといけないんだよ。馬鹿らしい」
「うわぁっ……部活動を作業って言っちゃう辺り、すごい晃一君らしいよね……」
「うるせぇ」
もちろん、俺は中学から引き続き部活には所属しない。
……大体、中学の時に野球部に入ったのも後悔してるんだ。ただプロ野球が好きで、そこそこ運動も得意だったから、という理由だけで安易に野球部に入ってしまった。
それで実際にやってみると、そこそこ投げれたし、打てた。……だが、期待されて打てなければがっかりされるし、調子よく打てても、いまひとつ爽快感のようなものはなかった。
そうしていて、理解できた。ああ、俺はこうして知らないやつと一緒に何かをやっているっていうのが、向いてないんだ、と。
それでも、途中で抜けるのは部の連中に悪いから、一年間は続けた。ただ、その一年は作業的に野球というタスクをこなすだけで、楽しさはなかった。体を動かすこと自体は楽しくても、試合内容や結果には全く興味を持てない。勝っても負けても、ああ、そうなんだ。としか思えない。
ただ、露骨にそうしていては仲間の士気にも関わるだろうから、無理して喜び、悲しむフリをしていた。……それがイヤだったから、二年に上がると同時にやめて。
それからは、奏美と放課後や休みにちょくちょく会うようになった。
あいつが失恋したって聞いた時。俺はほとんど勢いで部活をやめるように言ったが、奏美はその通りにはせず。ただ、時々俺に絵のことを相談するようになった。俺は適当な、俺自身の美意識に従ってアドバイスをしていただけだが、それで案外、あいつは満足していたみたいだ。
そして、高校に入っても美術部……筋金入りの美術バカなんだろうな、こいつは。
「で、美術部にお前好みのイケメンはいるのか?」
「その言い方やめてよ!中学の時の先輩も、別にイケメンじゃなかったじゃない!」
「……俺には関係ない先輩だけど、同じ男として、そういう扱いはやめてやってくれ……。なんかすごくきつい」
「え、あれ……?こ、こほん。別に恋愛のために入った訳じゃないもん。でも、中学の時にやれなかったことがあまりに多いから……高校でリベンジ、って感じ。ひとつぐらいはコンクールに入賞したいし。なんなら、最優秀賞だって……!!」
「俺からすればお前の絵、相当上手いのにダメなんだな」
「上には上がいるんだよ……残念ながらね。でも、部内では一番いい評価をもらえてたりしてたから、高校でもっと高め合えば、きっと……!!」
「はぁ。なんかお前、青春してるなぁ」
別に俺はそうなりたかないけど、とにかく眩しい。きらっきら……いや、ぎらっぎら輝いてる。
「晃一君が青春してないだけじゃない?」
「別にしたくないからな、そんなもん。……適当でいいんだよ、適当で。俺は今ぐらいの毎日が気に入ってるんだ。高校から何か始めるー、だとか。そんなのはお寒いことだとしか思えないね」
「さとってますなぁ……。よっ、さとり世代!」
「お前もな」
「私はさとりの中でも熱く生きる青春太郎ですよ」
「太郎て」
なんていうか、奏美はどんどんバカになっている気がするんだが、気のせいだろうか……?
まあ、前まで以上に明るくなっているのは、いい傾向だと思うけどな。暗い顔されてるより、ずっといい。……俺の方が暗いだけに、余計に。
「それで、絵についてアドバイスとかするのは続けるのか?もう高校レベルにまでなってきたら、俺なんかじゃ間に合わないと思うけど」
「ううん、続けよ?」
「そっか。ならそれでいい」
俺に断る理由は特にない。何せ、奏美とは違って青春していないからな。……俺にも青春なるものがあるとすれば、青春している奏美と一緒にいる時間だけがそれだ。だから、続けておいた方がいいのかもしれない。
「な……生クリーム」
「蒸し焼きガニ」
「ニシンのパイ!」
「いちじくのタルト」
「トリュフ!」
「フ……フカヒレ」
「レモンパイ」
「イカナゴの釘煮」
「ニラレバいため!」
「め……飯食いてぇっ…………」
「あーっ、晃ちゃん負けー!!」
「……意外ときつかったな、食い物縛り」
「次は歴史上の人物とかでやる?カール大帝!」
「い……イアン・ソープは歴史上の人物でいいか?」
「ど、どうだろ……。教科書レベルだけで」
「じゃあ、井伊直弼」
「け、かぁっ……わ、わかんない……」
なぜか俺は、奏美が絵を描いている間、しりとりの相手をしている。というか、しりとりなんかしながら描けるものなんだな、絵。
「けは確かに難しいよな……やっぱり、勝負が付かないかも、って思うぐらいの大ジャンルがいいと思う」
「色の名前とか?」
「意外とやれそうだな、それ」
「じゃあやろっか!……えーと、今使ってるレモンイエロー!」
「ローは、“う”でいくか?」
「うん、それで」
「こういう長音とか、ローカルルールが割りとあるよな。……えっと、うっ!?うの付く色なんてあるか?」
「うっ……海色!」
「詩的だけど、色じゃないだろ」
「ウニ色!」
「……食いてぇ」
腹が減るばっかりだった。
「で、今の題材もレモンだよな。……レモンなんて描いてて楽しいか?」
「うん、楽しいよー。できるなら、画集をいっぱい積み重ねた上に置きたいよね。それで、爆弾だー!みたいな」
「梶井基次郎か」
「おっ、わかった!」
「暇だから小説ばっかり読んでるんだ。まあ、梶井はほんとに檸檬ぐらいだけど」
「檸檬だけが文庫本に収録されてたりするの?名作集、みたいな?」
「いや、ネットで読んでるから」
「はーっ、ハイテク世代ですなぁ。こちとら、絵の具で絵ぇ描いてるんですぜ」
「同世代どころか、同い年だけどな。まあ、お前はアナログで描いてる方が似合ってるだろうよ。これでペンタブで描かれたりしたら、違和感しかない」
「わかる?私もねー、一応、デジタル試したんだけど、なんかねぇ」
雑談をしながらも、意外なほど早く奏美の手は進んでいく。……こういう辺り、間違いなく才能があるんだろうな。雑ではないが、手が早い。
「で、コンクール行けそうか?」
「どうだろ……。あっ、でも、部内で私の絵、好評だったよ。切り口がいいって」
「切り口……?」
「うん。同じものを描くとしても、何をクローズアップして描くかで違いが出てくるでしょ?そこの取捨選択っていうかな……題材を活かした絵を描けるって」
「はぁっ……俺にはわからない次元の話だな。じゃあ、レモンの場合はどうなるんだ?ブツブツをどれぐらい描くか、とか?」
「うん、方向性としてはそんな感じ」
「……マジかよ。そんなの、見たまま描くか、面倒なら省略して描くか、ぐらいじゃないのか?」
「だから、見たままどういう風に描くか、ってところだよ。省略するなら、どれぐらい省略するのか?省略は別に、楽することじゃないよ。何かを減らすことで、別の何かが際立ってくる――立派な表現技法なんだから」
「…………本格的過ぎて、俺にはもう、全然……」
ただまあ、奏美が楽しく絵を描いているってことはわかった。それだけわかればもう、十分だ。
「あっ、そうだ」
「うん、どしたの?しりとりの新しいお題?」
「お前最近、ちょっと太ったか?なんかシルエットがやたらずんぐりむっくりしてるっていうか……」
「カップが一つ上がったんです!!!これでようやく、夢のCカップ!!!」
「ああ、Cなかったのか」
「死ぬか殺されるか選ぶ!?」
なんとなく、ここらでオチを付けておいた方がいいと思って言っておいた。
でも、そうか……奏美のスタイルなんて意識してなかったが、まあそれなりにはなってるんだな。
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3連作です 葉桜の季節を舞台にした、幼馴染同士の恋?の物語 続きの高校編! |
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