2327年2月 |
わたしの名はセルマ・リサ・アルム
星間貨物船「ペニー・レイン」号の船長
乗組員はフェラルとフローレンス
乗組員とはいっても、友達であり家族のようなものだ
DIARY・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2327年2月 ある星の夜空の下で
異星の夜空に「見上げてごらん」と歌が流れる
その星の人も、いい「歌」だと言った
歌はメロディも大切だけど、歌詞も大事
異星の人は、歌詞を理解していっそうこの歌に共感した
歌詞を伝えたのはフェラル
携帯の翻訳機が対応していない星の言語だけど、フェラルは銀河ライブラリにアクセスして、即座に翻訳を可能にした
それを見ていると、どんなに異なった星であろうと、わたしたちが「ひとつの宇宙」に存在していることを実感する
どうしてフェラルが、銀河ライブラリにアクセスできるのかわからない
何光年先にあるのか、いや、そもそもあるのかどうか、地球の人々は、あまたの星々の知識が集められた銀河ライブラリがあることを知らないのだ
きっと我々には理解することのできないネットワークが存在し、空間と時間を自在に操作してフェラルが繋がることを可能にしているのだろう
この星に着いたとき、あることに気づいた
はじめての出会いであるにもかかわらず、フェラルにだけは、まるで久しぶりに会った友人のように異星の人々が接しているのだ
しかも、わたしとフローレンスに対するより、対応が丁寧だとも気づいた
この星の人々のフェラルに対する態度は、フェラル自身が持つ特殊な力のためだ
銀河ライブラリに機器を介さず繋がることができる存在は、どの星でも尊重される
フェラルのように、何事にも偏見を持たず、銀河ライブラリを通して、この銀河のほぼすべての情報にアクセスすることができる存在がいるということは、その星が災いから守られているとも言えるからだ
だが、地球ではフェラルの能力を知るものはいない
フェラルが尊重される世界では、傷つけられることはないが、地球で存在が知られれば、守ろうとするものと奪おうとするものの間で、幾つ命があっても足りないことになるのかもしれない
フェラルは、おだやかで、ときにははしゃぎ、いつも笑顔だ
この子の物語を書くとしたら、十数年前に出会ってから、その書き出しはずっと変わらない
「涙を流さない少女がいた」
フェラルは、うれしいときも、どんなにつらいときも悲しいときも、けっして涙を流さなかった
それは自らが持つ特殊な能力の「負」の部分を、常に抑えなければならない強さが必要だったからなのだろう
フェラルが抱える、その「負」の力がどういうものであるのかは、いまは話せない
それはとてもつらいことだ
そして、出会った時から、この少女の物語の最後の一行も決まっている
「少女の頬に流れるものがあった」
頬をつたうものの原因が、良いことなのか悪いことなのか、いまはわからない
フェラルが「負」の力から解放されるときがくること、それはわたしの願いだ
それにても、フローレンスが好きなこの曲、この歌はいいな
どれほど昔の曲なのだろう
わたしの血にもすこしだけ流れている日本の人の歌だという
異星の星空の下で、すこしセンチメンタルになってしまった
この日記は、わたしのデバイスに幾重にも暗号化され保存される
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