IS~ワンサマーの親友
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前書き

 

 

3D NO 3Y YES

 

 

「そうか!!そういう事だったのか、piguzam]の奴!!」

 

「……あ〜、なるほどぉ〜」

 

「投稿は3日後じゃなく3年後……立ち止まって力をつけるんだ……ッ!!」

 

 

 

「「「「「3年後に、ハーメルン諸島で!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさいwww

 

 

今回の話、少々グロいです。

 

 

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――これは、既に過ぎ去った日々の物語。

 

 

 

 

 

鍋島元次が知らない、裏の物語である。

 

 

 

 

 

 

――学年別トーナメント第一試合終了直後。

 

 

 

 

 

 

大型プラズマテレビの画面に流れる、『暫くお待ち下さい』というテロップ。

この文字がテレビで流れるのは例外無く、撮影現場で起きたトラブルで世間に流せない映像を撮ってしまったという事に他ならない。

それが5分、10分と続き、室内に無言の静寂が満ちていた。

 

「……」

 

「……ゲンちゃん……」

 

しかしその沈黙も長くは続かず、先程までIS学園の学年別トーナメントを見ていた者達の一人が、不安に揺れた声を漏らす。

その筋肉質で大柄な体を震わせながら手に持ったグラスをテーブルに置いたのは、元次と並ならぬ縁を結んだ一人の男。

東城会の若頭を務める伝説の男、冴島大河その人である。

 

 

自分が世話になった人間が女尊男卑のこの時代にIS学園という女の園に居て、果たして元気でいるのか?

 

何時か”自分を超える”と宣言してみせたあの強き心に陰りはないのか?

 

 

それを知る為に今回の放送を見ていた訳だが、結果としては想像以上のモノを見る事になる。

間違いなく、自分が知っていた過去の元次よりも数段に強くなっていた。

そして今時珍しい、義侠心に溢れた心のあり方も変わっていない。

結果としては別れた時より成長した弟、いや年齢からすれば”息子”とも言える恩人の成長を知る事が出来た。

だというのに、冴島の表情は優れない。

 

一番初めの試合が元次の試合だったので、そこまで気を揉む事もなく、冴島は恩人の今を知る事が出来た。

 

25年間もの長きに渡って刑務所に服役していた冴島には、ISという存在は全く馴染みが無い。

ISが世界に進出してから、今だ10年程しか月日が流れていないからだ。

そんな事情があった冴島が画面越しにではあるが初めて目にしたISというパワードスーツ。

昔、塀の中に入る前では考えられない代物を着て、バトルの場に立っていた元次の姿。

 

試合開始の直後に戦線を離脱した時は首を傾げたが、そのまま続いたラウラVS一夏・シャルルペアの試合を見て、冴島は確信した。

 

おそらく元次の相方である少女……ラウラという少女は誰も信じていないのだろうと。

人を信じず孤高に闘う少女に、元次は……”友の大切さ”を教えようとしたのではないかと。

孤高と孤独は違うのだと、一人で出来る事には限界があるのだと。

 

自分という一人の人間を支えてくれる『絆』というものの大切さを。

 

それを、自分の兄弟分とその相方と戦わせる事で、体に分からせようとしたのだ。

確かにこの世の中、口で言っても分からない輩というのは存在する。

だが、体でぶつかり合うという肉体言語を少女にさせる辺り、元次のスパルタ加減が見え隠れし、冴島は苦笑いしていた。

 

そしていよいよラウラが撃墜されそうになった瞬間、遂に野獣が唸り声を上げて参戦。

 

それまでは「や〜っぱガキのお遊びやないかい」と面白く無さそうにしていた真島の兄弟。

仮にも軍属であるラウラの戦いすらも「ま〜だ薄いのぅ」と切って捨てていた男が、元次が暴れだした瞬間に目つきを一変。

今正に目の前で対峙しているかの様な鋭い目付きで持っていたタバコを灰皿に乱暴に押し付けて捨て、テレビに齧りついたのである。

器に注いだ酒に口を付ける事すらせず、元次の闘いを見逃さんばかりの気迫で、テレビから目を離さなかった。

その兄弟の変わりように冴島が笑みを零してしまうのは仕方が無かったであろう。

一方で元次の強さを文字通り体で知っていた冴島は酒を飲みながらテレビを見る程度には落ち着いていた。

 

自分と最後に戦った時よりも更に洗練された動きを見て、冴島は顔を綻ばせる。

 

 

 

冴島大河が鍋島元次という男に喧嘩をする者として感じていたのは、磨けば輝く『ダイヤの原石』という印象だった。

 

 

 

荒削りながら、戦いというものを理解した喧嘩に対する経験値。

 

野獣が持つ恐るべき反射神経と動体視力に、天性の才能とも言える勘による回避動作。

 

数十秒程度ではあったが、完全回復した自分とタメを張れる程の怪力。

 

並の攻撃では揺れる事すら許さない異常なタフネス。

 

そのどれもが、自分が元次と同じ歳の頃は持ち得なかった異常な身体能力。

研鑽され、磨きぬかれ、数え切れない修羅場を潜り抜けた自分に、齢16という若さで迫る成長速度。

 

間違いなく、今まで戦ったどんな敵や友よりも揃った逸材ともいえる底知れないポテンシャル。

磨けば必ず、自分達以上の男になると確信していた。

だからこそ冴島は、元次に喧嘩の修行を頼まれた時にも快くそれを受けたのである。

 

元次は自分達の様に、渡世の道に足を踏み入れる訳では無いだろう。

 

そんな事は冴島も分かっていた。

 

しかし極道の世界だけに限らず、この世で最後に必要なのは、何時だって”力”なのだ。

大事な家族、愛する女、己の領域を汚そうとする全てに対して、”権力”や”法の力”だけでは対抗できない。

極論ではあるが、そういった”己自身を貫ける強さ”が無い者に、誰かを守る事は出来ないのである。

 

ましてや元次は、今や世界で2人だけしか居ない男性IS操縦者の片割れだ。

 

そんな美味しい利益に群がらない程、世の中は甘く優しくは無い上に、今は女尊男卑のご時世。

女性の立場が強いこの世界でも、周りが敵だらけになろうとも――恩人が自分の思いを貫ける様に強くなって欲しい。

それがアウトローである冴島に出来る、精一杯の恩返しだった。

 

そして、その抜きん出た力に呑まれず、喧嘩という”華”を咲かせる元次の姿を見て、冴島は安心した。

 

力を手にした人間が堕落するのは、余程心が強くないと止めようがない。

過去、冴島が戦ってきた男達の中にもそういった輩は何人も居た。

 

「『やってやりますよ……ッ!!――――来やがれ!!ドグサレ人形ぉ!!!』」

 

だが、己自身に酔う事も無く、”誰かの為に”拳を振るう元次の姿を見て、冴島は笑みを浮かべる。

”弱気を助け、強気を挫く”――これは最近ではよくヒーローの心得として使われる言葉だが、実際は”違う”。

 

 

 

その言葉は、日本にヒーローという偶像が生まれる前から――”ある者達”を指して使われていた。

 

 

 

「『……『古牧流、虎返し』……今のは先生達を痛めつけてくれた礼だ』」

 

 

 

古き日本男児が、渡世の益荒男が背負う――『侠気』

 

 

 

弱い者を助け強い者を挫き、義のためならば命も惜しまないといった気性に富む者。

 

 

 

彼等の生き様こそが、この言葉の語源である。

 

 

 

その尋常ならざる生き様を、人々はこう呼ぶ――『任侠道』――と。

 

 

 

現代に於いて廃れてしまった古き好き侠気をその身で体現する元次の姿に、冴島は嬉しい気持ちを抑えるので必死だった。

自分を助けてくれた息子のような恩人の成長。

それは元次と同じく義侠の塊とも言える冴島にとって何よりも嬉しい事だったのだ。

 

だが、事態はより深刻な方へ向かってしまう。

 

突如変異を遂げた元次の相方のISもそうだが、更に無人のラファールが動き出すという異常事態。

それまでは優勢を保っていた元次も、遂には3体の猛攻の前に圧されてしまう。

 

「(バゴォオオオオ!!)『ぐがぁ!!?』」

 

「ッ……」

 

「……」

 

テレビ越しに聞こえてくる、鉄と人体のぶつかる嫌な音。

暮桜モドキの繰り出した回し蹴りをモロに顔面へ食らった元次の悲痛な声。

弾け飛んだヘッドギアであるサングラスの奥の、苦悶に歪んだ表情を浮かべる元次の姿。

その姿に、冴島は思わず腰を浮かしかけ、真島は相変わらず真剣な表情でモニターを睨んでいた。

 

――そして。

 

「ッ!?ゲンちゃんッ!!」

 

「『ーーーーーッ!!!?(ガシャァアアン!!)…………ペッ!!(ビシャァ!!)』」

 

「っ……ッ!!」

 

ゼロ距離によるグレネードの砲撃。

幾ら神懸かったタフネスを持つ元次であろうと、その衝撃には抗えず。

画面いっぱいに元次の顔が映し出され、口から大量の血を吐き出す姿に、冴島は歯を食い縛る。

だが決してモニターから目を逸らさず、元次の事を見続けていた。

 

「……ええんか、兄弟?」

 

「ッ……なにがや」

 

と、ここで冴島は自分の兄弟分である真島に、何時になく真剣味を帯びた声音で尋ねられる。

しかし主語が無い言葉と、真島と同じくモニターから目を離せない冴島はぶっきらぼうに返すだけだった。

 

「あの坊主の事や……助けにいかんのかい?……昔のお前やったら、一も二もなく飛び出しとったやろうが」

 

「……」

 

「まぁ普通に考えたら、今向こうに乗り込もうにもIS学園なんて御上の管理しとる場所に乗り込むなんざ一筋縄じゃイカンし、IS相手に生身やなんて自殺もええとこや……せやけどお前やったら、そんなもん関係無いっちゅう感じに乗り込んどる筈や」

 

「……」

 

一般人からすれば無茶も良い所な言葉を吐く真島に、冴島は答えない。

試合会場であるIS学園に何の身分も、それどころか世間からは鼻つまみ者として扱われている極道者の冴島が乗り込む事は不可能だ。

ましてや政府の重要人物も来賓として招かれている今のIS学園の警備は生半可なものではない。

しかしそういった常識を無視してでも、恩人の為に駆け付ける。

それこそが、真島吾朗の知る冴島大河という極道だ。

周りの事情も問題も知った事では無いとばかりに愚直に目的へと向かう。

向かっていなければおかしい程に。

だというのに、冴島は一歩も動いていない。

 

 

 

「――答えろや――――『兄弟』」

 

 

 

そんな義侠心に熱い男が全く動きを見せなかったからこそ、真島は問う。

 

 

 

『何故、お前は動かない?』と。

 

 

 

2人だけしか居ない組長室に、真島の濃厚な殺気が漂う。

テレビを見ているラフな体勢であるというのに、一般人なら泡を吹いて失神する程に濃密な殺気。

千冬や冴島という猛者と同じステージに立つ実力を表す――『狂気のヒート』

真島はそれを無遠慮に兄弟に対して放つ。

 

ことこの問いに対して嘘を言う様なら――殺す。

たったひとつの質問に嘘を吐けば殺すだなんて……と、普通の人は考えるだろう。

しかしこの真島の問いは、それだけの重みがある質問だからだ。

 

一度足を踏み入れた以上、『義理』は貫き通す――それが、2人が兄弟の盃を交わした時の約束だから。

 

そんな思いを込めた殺気を――冴島は受け流す。

手が白くなる程に握り締めながら、しかし冴島の目は真っ直ぐに、テレビを見ている。

 

「……信じとるからや」

 

「……」

 

「あいつは……ゲンちゃんは、負けへん……相手がどんなヤツでも、大事な人の為やったら何処までも強ぉなる男や……」

 

信じている。

肉体的な強さでも無く、精神力でも無く――元次の、意地を貫き通せる”魂”の強さを。

そこには、又聞きするだけでは出来ない、確かな信頼の響きが――真島と冴島が互いに寄せる、”兄弟”の様な”絆”が存在した。

 

そして、その絆は紛れも無い本物なのである。

 

奇しくも今正に冴島が語った言葉は、この同じ中継を遥か遠い地で見ている元次の祖母、鍋島景子の言葉と全く同じだったのだから。

 

「それに例え、今からあそこに乗り込んだとしても……俺があの場所におったとしても――手ぇは出さん」

 

「なんでや?」

 

「決まっとるやろ……これは――”俺”が出張ってええ喧嘩やない」

 

モニターを見続ける真島と同様、一切目を逸らさなかった冴島は、画面の向こうで獰猛な笑みを浮かべる元次へと視線を向ける。

口は切れ、血を流しながらも痛みを感じている素振りすら見せない――たった一人の男を。

 

「『へっ……やってくれるぜ……だが、テメエ等の攻撃なんざ爺ちゃんの足元にも及ばねえよ……そろそろ兄弟の準備も整うだろうし……(ジャキンッ)カタを付けてやる!!』」

 

威風堂々と口火を切りながら、敵へと突き進む元次の姿。

その姿を真剣な表情で見つめながら、冴島は兄弟へ答えを返す。

 

「……これはゲンちゃんが……”鍋島元次っちゅう一人の漢”が、自分の為に……そして、”兄弟”の為に戦っとる……一人の『漢』の喧嘩や。その喧嘩に水差すなんて、たとえゲンちゃんの命の危機やったとしても出来ひんわ」

 

一人の男が、信念を持って挑む喧嘩に余計な茶々は無粋だと、冴島は答えた。

その答えに納得したのか、狂気のヒートを綺麗さっぱり消し去って真島は短く謝罪を口にする。

 

「……そぉか……野暮な事聞いてもーたな……忘れてくれや」

 

「おう」

 

冴島もそれに短く返し、それから2人の間に会話は無かった。

そう、この喧嘩は元次が他ならぬ自らの意思で買った、売った喧嘩だ。

ならその戦いのケジメは、他ならぬ元次自身が付けなければならない。

だからこそ、冴島は見守るだけに留めたのである。

 

「『おぉおおおおおおおおおお!!!』」

 

(ゲンちゃん……お前の想い、しっかり見届けさせてもらうで……お前のドでかい喧嘩の華……しっかり咲かせたれやッ!!!)

 

雄叫びを挙げながら謎のIS三台に突貫する元次の姿を、冴島は真剣な表情で見守る。

自分の命を救ってくれた、年下の恩人の晴れ姿を。

 

 

 

結果的に言えば、元次は途中で気絶したものの、ワンオフアビリティーを発現させて謎のISを駆逐した。

更に土壇場でISだけで無く自らの力量をも跳ね上げ、勝利を収めたのだ。

しかしテレビの画面が変わる直前、地面に倒れそうになっていた所を教師部隊に支えられた所で映像が途切れてしまったのである。

 

 

 

ここで話は冒頭に戻るのだが……。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

2人の男が居る社長室に漂う静寂な空気。

彼等の正体を知る者なら、その重苦しい雰囲気に唾を飲み込み、緊張で乾く喉を潤そうとするだろう。

或いは彼等を知らない者達ですら、この空気に耐え切れず冷や汗を流すかもしれない。

 

 

 

そんな、発火寸前のダイナマイトがあるかの如き緊張感が部屋を覆い――。

 

 

 

 

 

「――ひ――」

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

「――――ひっひひ――ひゃぁっっはははははははははははぁ!!!」

 

 

 

 

 

喜色を含んだ――『狂喜』の声が、部屋の緊張感を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

「ッ……兄弟?」

 

「きっひひひ……ッ!!……いぃ〜ひっひっひっひっひ……ッ!!おう兄弟ぃ!!」

 

「……なんや?どうしたんやお前?」

 

突然の問いに大して、冴島は怪訝な面持ちで問い返す。

腰掛けていたソファーから立ち上がり、嬉しくて堪らないという感情を隠そうともしない真島吾郎に。

 

――真島は笑っていた。

 

それこそ、愉しくて仕方ない、という程に――笑い続けていた。

 

隻眼の片目は血走り、口元を吊り上げて弧を描く狂笑は、見る者に一つのイメージを浮かばせる。

 

――『魔王』という姿を。

 

この神室町で、誰よりも狂った生き方をする真島が浮かべるこの笑みは、強敵との楽しい戦いをしている時の笑み。

今や『伝説』と謡われる程になった嘗ての弟分、そして目の前の冴島といった強敵との戦いの時にしか浮かべた事が無い。

そんな、普段は浮かべない筈の笑みを浮かべる兄弟分に冴島は怪訝な顔で問い返す。

 

 

 

冴島の表情に少しも機嫌を損ねる事もなく、子供が見れば泣く事間違いなしの表情を浮かべた真島は――。

 

 

 

 

 

「お前ぇ……ずぅうるいやないかぁあああああい!!」

 

 

 

 

 

一転、拗ねた子供の様な表情に変わる。

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

無論、そんな兄弟分の唐突過ぎる表情の変化に、幾ら兄弟分といえども冴島は理解が追い付かなかった。

しかし困惑する冴島に構わず、真島は拗ねた子供の様な表情のまま、大仰にテロップしか流れないテレビを指差す。

 

「あんーーな将来有望そーなボウズと喧嘩しとったとか、最近女尊男卑の所為で腰抜けしかおらんくて苛ついとる俺へのあてつけか!?効果は抜群やぞ!!」

 

「いや、何を言うとんねんお前?」

 

冴島は心の底からそう答えるが、真島の表情は変わらない。

寧ろ両手で頭を掻きながら体全体を上下に動かして、まるで子供の様に駄々を捏ね始めたのだ。

 

「あーくそ!!襲われて遭難しとったとか言うからホームレスばりの生活しとらんか雀の涙程度には心配しとったっちゅうのに!!あんな戦い概ありそうなボウズに喧嘩の仕方教えて、しかもご当地料理たらふく食って温泉街も行って、挙句に巨大熊と喧嘩してきたやと!?もうバカンスやん!!一分の隙も無いバカンスやんけ!!しかも最後は育てたボウズと本気のぶつかり合いの豪華オマケ付き!!どこの旅行会社プロデュースや!!端から端まで予約入れたるっちゅうねん!!」

 

「ばっ!!?お前俺がどんだけ苦労したと思うとるんや!?遭難した上に熊には食われそうになるし、泊めてもらって飯までご馳走になったけど、その分労働してきたんやぞ!!温泉行く時に年下のゲンちゃんから金出してもらいとぉ無くて、温泉の無料券もらう為に雪掻き三昧だったわ!!立ち往生した車助けるのに車引っ張り回ったんやぞ!?」

 

自分が大変な目に遭った冬の出来事をバカンスだと言われ、冴島も一瞬で頭に血が昇ってしまう。

幾ら優しい男と言えど、冴島も極道。

その気性の荒さと短気さは、普通の社会で言えば沸点が激低な部類に類される。

今も真島と同じ様にソファから立ち上がり、額と額をぶつけてメンチを切り合ってる程だ。

 

 

 

この二人、沸点の低さはとても似通っていた。正しく兄弟の様に。

 

 

 

「はぁあああ!?アホ抜かせぇや!!こちとら終わらん書類に情けない男共に囲まれて動けへんねやぞ!!毎日毎日代わり映えのせん高いだけの食い飽きた料理……せやのにそこでしか食えんご当地料理に採れたて新鮮ピッチピチな野菜に魚を使った家庭料理ぃ!?しかも外の飯屋も美味い店ばっかりで、挙句にゃ天然温泉で一日の疲れ癒すとか、どんだけ恵まれた遭難やっちゅうねん!!俺も遭難したいわ!!どこでもええからどっかの組襲ってこいや!!ワシも慰安旅行プゥリィ〜〜ズやぞこらぁ!!」

 

ブチッ。

 

「――おうおう!!そうや!!温泉街の温泉全部制覇したったわ!!海の幸食べ歩きっちゅうのもやったしのぉ!!地元漁師料理っちゅうのも最高やったし、出石蕎麦も滅茶苦茶美味かったでぇ!!地方酒も制覇したわ!!お前ものんびり呑んで食っての田舎旅行行って来いや!!行けるもんならのぅ!!」

 

そして等々、文句と愚痴の止まらない真島に対し、怒りの湧いてきた冴島も自慢で返し始める。

脳裏に蘇る、仕事終わりの温泉に浸かる気持ち良さ。

風呂上りの火照った体で飲むキンキンに冷えたご当地ビールに但馬牛のメンチカツ。

寒い雪掻きの休憩に立ち寄った蕎麦屋で食べる極上の麺と海山の幸がふんだんに使われた天ぷら蕎麦。

民家の雪掻きのお礼に振舞われる郷土料理、鹿肉の絶品とも言える歯ごたえと旨味。

休日に呷るご当地酒の喉越しに、元次や元次の祖母が作ってくれた心暖まるつまみの数々。

そして心を熱くさせる元次との修行の日々。

 

 

――遭難、してた……?

 

 

「こ、こんのぉ……ッ!!上等やないかぁああ!!」

 

そして勿論、兄弟である冴島の自慢に対し、沸点激低の真島も引火。

額を突き合わせてメンチを切っていた状態から一転、ゆっくりと体を起こし、左腕を振り被る。

同じく冴島も体を起こし、右腕を大きく振り――。

 

「だらぁああああ!!」

 

「うりゃぁあああ!!」

 

ドゴォオ!!という鈍い音を互いの顔面から鳴らす勢いで、拳を叩き込む。

所謂ところの『クロスカウンター』である。

勿論そんな勢いで互いの顔面を殴れば、反動で後ろに仰け反る――が、それこそが『((合図|ゴング))』だった。

 

「「どおりゃぁああああああ!!!」」

 

ドゴン!!ガツン!!と大きな破砕音が部屋に鳴り響き、ソファやテーブルが舞い踊る。

陶器等の割れる音すらも入り乱れ、部屋の外に待機していた西田は大きな溜息を吐きながら肩を落としていた。

 

「あ〜ぁ……ま〜たやってるよ……親父も冴島の叔父貴も、すぐ暴れちまうんだから」

 

部屋の中から聞こえる音に『何時もの事』だけどと思いながらも、西田は子分に連絡して清掃用具の準備をする。

更に平行して、自らの親父の部屋に入れ直す家具等の発注先も考えていた。

何だかんだでこの西田も、こういった騒動の後始末に慣れたものだ。

 

 

 

『『きょおだぃいいいいいいい!!』』

 

 

 

部屋の中から聞こえる怒号と破壊音をBGMに、西田はパイプ椅子に座りながら雑誌を読み始める。

 

「ん〜……おっ?このアングル堪らねぇなぁ……でへへ」

 

昼間から肌色の多い大人雑誌を読みながら顔をだらしなくさせる西田。

壁の向こうは喧騒、こちらは平穏。

触らぬ親父に祟り無し。

 

 

 

一つ壁を隔てた先の喧騒を何時もの事と流せる辺り、この親父にしてこの子分あり、であった。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

――元次がVTシステムを完全に撃破したその5分後のとある場所。

 

 

 

――とあるドイツの、これまた人里離れた山間。

 

 

 

山々の重なる美しい山脈風景は見る者を圧倒させる程の光景だ。

そしてその中には、どの登山ルートからも意図的に外された一帯があった。

環境保全と言う名目で関係者以外の立ち入りが禁止され、地形図では急勾配の岩肌に囲まれた窪地となっている。

 

 

 

つまり、登山しない限りは”人の目に触れない”シークレットスポット。

 

 

 

その窪地には、とても貴重な自然――なんてモノは存在せず。

 

 

 

「駄目です!!殆どのサーバーは既に掌握されています!!」

 

「そんなのは分かってるわよ!!何とかしてアクセス権限を取り戻しなさい!!」

 

「し、しかし……ッ!?そ、そんなッ!?」

 

「今度は何!?」

 

「……ガ、ガードロボが暴走……いえ!!全て乗っ取られました!!研究員や警備兵に危害を与えています!!」

 

「はぁッ!?」

 

 

 

存在するのは、現代の技術によって建築された((魔王の城|研究所))と――只の『地獄』だった。

 

 

 

けたたましく鳴り響く警報と赤色灯の赤。

コンソールの前に座って忙しなくキーボードを叩く研究員と、その研究員に喚き散らす女。

 

 

 

そして――。

 

 

 

『た、助けてくれ……ッ!!お願いだ……ッ!!』

 

『――』

 

ゴキャッ。

 

『いっ――ぎゃぁああああああ!?』

 

『――』

 

バキッパキキッ。

 

『あげぇえええ!?や、やめでやめでぇえええ!?』

 

「ひっ!?ちょ、ちょっとこれ、何処でガードロボが暴走してるの!?直ぐに他の警備兵を送りなさいよ!!」

 

「け、研究所内だけでなく、敷地内全てのガードロボが暴走!!警備兵も含めて区別なく――”人間”を駆除し続けています!!」

 

研究所敷地内を映す全てのカメラやスピーカーから運ばれる、阿鼻叫喚の絵図と悲鳴の嵐。

四速歩行の多脚式ガードロボによって腕や足をアームで圧し折られる研究者や警備兵達の姿。

涙と鼻水を流しながら痛みに悶える屈強な男性の警備兵。

普段気にも留めなかったガードロボに対して涙ながらに手を組んで許しを乞う女の研究者。

 

『い、いやぁああ!?もう嫌!!嫌ぁああああ!?』

 

『――』

 

ボキッ。

 

『あ゛あ゛あぁああああ!?』

 

ベキベキッ

 

『ぎゃぁあああああああ!?やだやだやだぁあああああ!?』

 

そして、それら全ての許しを解さず、只々作業的に相手の四肢を砕くガードロボ。

当然である――彼等に感情は存在せず、只”命令”された仕事をこなしているだけなのだから。

四肢を砕かれた痛みに絶叫する女の研究者を意にも解さず、ガードロボはその女性の足をアームで掴んで引き摺る。

 

『あ゛あ゛あぁああああ!!痛い痛い痛い痛いぃいいいいいいいい!!』

 

砕かれた骨が肉に、神経に突き刺さる叫びも、間接とは逆向きに捻じられた叫びも知ったことかと無言で引き摺るガードロボ。

やがてその女性の絶叫だけをスピーカーに残したまま、ガードロボと女性はカメラから姿を消す。

 

「ど、どうなってるの!!ガードロボは何をしてるの!!」

 

「意図までは分かりません!!マップでは、無力化した者達を全員輸送トラックに放りこんでいますが……ッ!!」

 

「くそ、くそ、くそぉ……ッ!!後は量産するだけだっていうこの時に……ッ!!」

 

女性の方は階級が高いのか、上等なスーツに身を包んでいるが、髪を振り乱して喚くその姿は正に醜悪そのもの。

研究所内部を映すカメラとは別の”あってはならない”画像が写しだされたモニターを見て憎々しげに呟く。

後もう少しで、全てを掴む筈だったのに……ッ!!と、未だ泡沫の夢となった栄光に想いを馳せるこの女は、とても醜悪な顔だ。

彼女の本来の予定では、研究の成果を纏めた理論と――遠き極東で行われた『学年別トーナメント』の稼動データで完成。

そのデータを基にとあるプログラムの完成系を形にして”とある組織”へ提出。

 

行く行くは秘密裏ではあるが、その功績で自らはドイツの『英雄』になり、富を、権力を、力を掴む――筈だったのだ。

 

だが、その全ては今正に全て崩れ去ろうとしている。

女は高級ネイルサロンで手入れしたであろう爪をガリガリと噛みながら口を開いた。

 

「今すぐに何とかしなさい!!このままじゃ撤収もままならないじゃないの!!」

 

研究所内部で現在進行形で起こる異常事態、即ちハッキングによる攻撃だ。

それに対応できない男の研究者に対する苛立ち。

やはり男は使えない、と男性軽視の思考に染まった女は舌打ちをする。

 

 

 

「む、無理に決まってるじゃないですか!?相手は――あの『篠ノ之束』なんですよ!!?勝ち目なんてあるはずが無い!!」

 

 

 

そして、そんな上司からの言葉に、男性の研究者は振り返りながら叫ぶ。

既に絶望の淵に立たされた男性が指差すモニターの画面。

 

 

 

――大画面の中央に堂々と映る黒色の『ウサミミマーク』のシンボルが、この騒動の元凶を表している。

 

 

 

ウサミミマークの額横には、怒りを表す赤いバッテン。

デフォルメされたそのマークは大変愛らしいが、起こしている騒動は地獄絵図そのもの。

 

 

 

既にこの研究所の全てが――怒りに燃える束によって掌握されていたのだ。

 

 

 

「うるさい!!これだから男は使えない……ッ!!何とかするのがあんた達の役目でしょうが!!」

 

と、世紀の大天災相手に勝てと無茶を言いながら、女は苛立たしげにモニターを睨む。

だが睨んだ所で状況が好転する筈も無く、研究所内部の惨劇は繰り返されていく。

 

 

 

――この秘匿された場所に聳え立つ研究所は、正に”ドイツの闇”を煮詰めたかの様な研究所だった。

 

 

 

人体実験や人造人間の製造など、道徳に喧嘩を売り続ける闇のラボ。

そのラボの主人面をしているこの女性は、正に童話に出てくる悪い魔女そのものだ。

まるで全ては束が悪いとでも言いたげな視線をモニターに向ける、((束の恩恵に縋る|ISに乗れる))だけの矛盾を孕んだ女。

この人類の悪を煮詰めたかの如き場所に居座る女は、その通り『屑』と呼べる人種だった。

 

――全ての発端は、第二回モンド・グロッソ。

 

織斑一夏の心に今尚、暗い影を落とす発端となった事件……一夏の誘拐事件だ。

いや、厳密に言えばISが登場した時点でラウラ・ボーデヴィッヒの様な試験管ベイビーの製造に着手していた点では、ドイツそのものの闇ではある。

しかしこの女が主導で行った実験は、更にその上を行く外道だった。

何せ今回の件の発端である第二回モンド・グロッソ以前の実験ですら、聞く者が怒りに震える所業なのだから。

 

ラウラが左目に施された擬似ハイパーセンサーとも言える((越界の瞳|ヴォーダン・オージェ))。

 

眼球へのナノマシン移植処理は理論上では危険性は一切無く不適合も起きないと言われていた。

しかしラウラや他のドイツ軍部が受け取ったこの時の情報は、全ての『臨床実験』が終わり、安全が確認された後の結果だけだ。

では、その臨床実験を受けた他の試験管ベイビー、つまりはラウラの姉妹達はどうなったか?

結果はラウラ以上の重大な暴走――失明や脳の処理限界を超えて廃人――凄惨たる人道に反した行為。

 

それをこの女は「駄目な在庫の有能な使い方」として推奨したのだ。

 

戦闘等に耐えられず、ISの適正が低く、表に出る事の無かった試験管ベイビー達はどうなったか?

軍部の糧にならないと、有能性が無いと、生み出されて後に烙印を押され、人としてすら認められなかった幼子達の存在。

この女はそこに目を付けたのだ。

この秘密裏に建てられた研究所内部で女王の如く振る舞い、用済みとなった試験管ベイビー達を『廃棄』し続けた。

あってはならない行為――だが、それが姉であり軍で活躍するラウラの能力を千冬の指導の後にではあるが、切り札として使用できる能力の礎となったのは皮肉以外の何者でも無い。

 

 

 

――そして、千冬が一夏捜索の借りを返す為にドイツ軍の教導を受けた時――悪意は加速した。

 

 

 

元々、第一回のモンド・グロッソの後に開発、研究が成された((Valkyrie Trace System|ヴァルキリー・トレース・システム))。

過去のモンド・グロッソ優勝者の戦闘方法をデータ化し、そのまま再現・実行するシステム。

パイロットに「能力以上のスペック」を要求するため、肉体に莫大な負荷が掛かり、場合によっては生命が危ぶまれる。

余りにも非効率・非人道的だった為、現在あらゆる企業・国家での開発が禁止されていた代物だ。

 

更にこの時まで、第一回モンド・グロッソの優勝者である千冬の稼動データもそこまで揃っておらず、余りにも旨味の無いシステムだった。

 

しかし千冬が教導に来た事で、再びこのプロジェクトが胎動する。

正に千載一遇のチャンスが訪れたと確信したこの女は、VTシステムの『アップデート』に乗り出した。

この女は千冬が帰国するまでの一年間、どんな些細な事柄でも軍部にデータを要求し、過去までの千冬のデータを上乗せしたのだ。

千冬の癖や自己鍛錬の風景等のデータや第二回モンド・グロッソでの棄権した決勝戦以外のデータまで、ありとあらゆる全てを。

 

しかも千冬が主に教導を請け負った部隊は、ドイツ軍IS配備特殊部隊((SCHWARZER・HASE|シュヴァルツェ・ハーゼ))。

 

通称「黒ウサギ隊」と呼ばれる、ドイツ国内にある10機のISのうち3機を保有している、名実ともに最強の部隊だった。

当然、訓練も苛烈を極め、千冬の教導は実演を加えた実に内容の濃いモノである。

それは全て、この女にとっては知恵を与えてくれる禁断の果実に等しく、女は嬉々としてそれらを貪った。

そして国内のISの一機を軍部より回して貰い、((越界の瞳|ヴォーダン・オージェ))の試験後に更に生まれた試験管ベイビーに、彼女は手を伸ばした。

 

肉体に莫大な負荷が掛かり、場合によっては生命が危ぶまれるVTシステムの臨床試験すらも、この女は試験管ベイビーを利用したのだ。

 

VTシステムを作動させる機動キーの設定環境。

 

どのぐらいの時間の稼動でパイロットが死に至るのか?

 

最大戦闘可能時間はどのぐらいか?引き伸ばせるのか?パイロットの最低条件能力は?

 

 

 

結果として彼女のプロジェクトで生まれたVTシステムは各国の中でも抜きん出た性能を誇る事に成功。

 

 

 

――そして、学年別トーナメントから数える事、半年程前……彼女にある『組織』が接触してきた。

 

 

 

相手は組織の名を明かす事無く、VTシステムの発展型――((Valkyrie Trance Form System|ヴァルキリー・トランス・フォーム・システム))(以下VTFシステム)の雛形を彼女に渡した。

 

 

 

既存のVTシステムに混入させる事で戦いの中で相手の技をコピーし、千冬のデータに適合させて技を覚える。

学習したデータを基に形すらも最適化させた上で、より完璧な対処法を蓄積。

あらゆるIS・パイロットに優位な戦闘能力を会得し続ける――進化し続けるシステムだ。

その組織はこの雛形を彼女に渡す際に、条件を付けた。

 

曰く、既存のVTシステムの中でも最高の性能を誇る貴方のVTシステムにこのシステムを混入させ、システムそのものを完成させて欲しいと。

 

その研究や実験に掛かる費用は全て組織が負担する。

更にドイツ軍への圧力や隠蔽すら請負い、成功の暁には莫大な資金と、組織内の幹部のポスト。

その成功報酬に今よりも高いドイツ政府内部の権力的地位や、各国政界に対するパイプ等のバックボーンの紹介。

 

彼女からすれば、飛び付かない奴は馬鹿だと言えるほどに魅力的な条件だった。

 

どうして秘密裏に研究していた筈のVTシステムの詳細を知っているか、といった疑問を、彼女は問題視しなかった。

それだけ、VTFシステムが魅力的であり、達成条件に目が眩んだとも言えるが。

裏社会の組織なら余程の力があり、ドイツ軍にもスパイが居るのだろうと、軽く考えはしていたのだが、彼女にとっては瑣末事。

自分の事を『世紀の天才』だと言われ、気分が高揚していたのもあるだろう。

 

成る程、私を選ぶとは本当に運が良い……この私が、篠ノ之束を越える”天才”たる私が貴方達の要望に応えましょう。

 

そう自信満々に組織の特使だという『金髪の咽返る様な色気の美女』に言葉を返し、彼女は更に研究に力を入れる。

自分は天才なのだから、必ず出来る。

そう自信満々に研究に挑む彼女は――試験管ベイビーの少女達の姿を見て微笑んでいた。

 

 

 

そしてラウラがIS学園に入学する1ヶ月前――VTFシステムは、その産声を挙げてしまう。

 

 

 

IS学園に向かうラウラの専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンの中で――覚醒の時を待ちながら。

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

研究所内の試験管ベイビーは――誰もいなかった。

 

 

 

 

 

そして、クライアントの依頼通り、VTFシステムは学年別トーナメントでその全てを晒す。

しかも対戦相手は、女が唾棄すべきと言って憚らない”男”が二人。

一人はラウラと同じチームではあるが、暴走すればどの道、敵味方の区別無く全員を葬るだろうと、女は嗤っていた。

前座のVTシステムが起動した時の研究所職員達の真っ青な顔は、正に滑稽の一言だ。

彼女以外の者たちはシュヴァルツェア・レーゲンに積むだけで稼動データの取得が目的だと聞かされていただけに、起動しただけで予想外。

よもや全世界への生放送の試合の最中で起動する様な自殺行為をする等と予想出来る筈も無いのだが。

 

このままではIS委員会の査察によって、全ての実験の存在が明るみに出てしまう。

 

それを防ぐ為に全ての研究成果の撤収及び破棄を命じながら、女は一人ほくそ笑む。

 

なんの事は無い。全ては周到に計画された只の喜劇。

研究が明るみに出て明日をも知れぬ身となった他の研究者達と違い、女には既に栄光への切符がある。

VTシステム及びVTFシステムのデータは既に彼女の端末に移動済み。

現在の稼動データも逐一端末へ転送されている。

 

後はこの実践で得たデータと完成型のVTFシステムのデータを手土産に、組織に迎えられる。

 

一時身を潜め、後に組織のバックアップを得てドイツの政界へ乗り出す。

 

全ての栄光はもう直ぐ――最早隠しきれない程の笑みを浮かべながら、女はモニターに目を向けていたのだった。

 

自身の最高傑作であるVTシステムが男性IS操縦者の一人である鍋島元次にこれでもかと痛めつけられ怒り心頭だったが、VTFが起動すると戦況が一変。

成すすべなく吹き飛ばされた元次の姿に溜飲が下がる思いだった。

 

だが、ここで女の予測もしなかった出来事が起こる。

 

VTFシステムが起動したレーゲンが、パイロットの居ないISを再起動。

更にその二台のISを従えて元次に襲い掛かったのだ。

元次の心配など欠片も無い女だが。彼女はこの予想外の展開に笑みを浮かべていた。

 

この副二効果は予想できなかったけど、これならまだ要求を跳ね上げられそうね――と。

 

最初に開示された報酬が更に上がる、とほくそ笑む魔女。

彼女は思う――何れは世の無能な男達だけじゃない。

ISに乗れる”だけ”の低脳な女たちすら、何れ自分に跪く事になるだろう、と。

そう――あの織斑千冬も、篠ノ之束すらも、私には及ばない――と。

 

 

 

――だが、それは全て覆される事になる。

 

 

 

偶々偶然、ISに乗れただけの――そう思っていた元次に、偶然にも現れた2機のISが潰され――。

 

 

 

たかが世界最強の弟、というだけの肩書きの――そう思っていた一夏に、VTFシステムを発動したレーゲンが両断され――。

 

 

 

「『ハァ――俺の手で……地獄に落ちろ!!!』」

 

 

 

再び女の予想だにしなかったレーゲンの復活体すらも――野獣によって蹂躙され、終止符を打たれたのだ。

他ならぬ元次の手で、VTFシステムのコアを内部より引き摺りだされ、その豪腕に砕かれた事によって。

自らの研究成果をモニター越しとはいえ、眼前で砕かれた時の女の表情は、正に筆舌に尽くしがたい程に醜悪に歪んでいた。

撤収作業で所内が引っ繰り返った様な騒ぎの中、女は自らのスーツに爪を立てて握り締める。

 

このままでは済まさない……何れ必ず、私の手で殺してやる……ッ!!

 

煮え滾る様な怒りと殺意を胸に、女は端末を回収して、撤収作業を尻目に外へ向かおうとした。

指定されたポイントで待っている筈のクライアントにデータと己を回収してもらう為に――。

 

 

 

ここで話は冒頭に戻り、女が研究所から出ようとした瞬間に、研究所のゲートが閉鎖。

 

 

 

メインシステムルームのモニターにウサミミのマークが鎮座し、所内のアラートが警報を鳴らした。

突然の”天災”に見舞われた職員達は呆然としていたが、それを意に解す事も無くメインサーバーが陥落。

更に乗っ取られたガードロボによって――”人間狩り”が始まったのだ。

 

「……も……もう、駄目だ……――う、うあぁああああッ!?」

 

「な!?ど、どこへ行くのよ!?戻りなさい!!」

 

と、束のハッキングに手も足も出ず、他の職員達が四肢を折られていく光景に絶望したのだろう。

先程から女に叱責されていた男性が叫びながら走り出し、システムルームから出て行く。

止める女の声すら無視して悲鳴を挙げながら一人が逃げ出す。

 

「「「…………」」」

 

そして、その恐怖は伝染し――。

 

「う、うわぁああああ!?」

 

「い、いい、急げ!!逃げろぉおおおお!!」

 

「はぁ!?」

 

集団心理が恐慌状態へと陥る。

 

ドタドタと、他の職員達も出口へ殺到して逃げ出した。

誰も敵わない世界が認める”天災”の襲撃。

そして無慈悲に人間を狩り続ける鋼鉄の執行者達の存在。

全てが心身にストレスを与え続けた結果、まるで倒壊する家からネズミが一斉に逃げ出すかの光景が生まれたのだ。

男女の区別無く全ての職員が逃げ出し誰も居なくなる。

シンと訪れた静寂の中、女は呆然としていた表情に憤怒を浮かべていく。

 

「んの……ッ無能共がぁ……ッ!!屑の分際で、この”天才”たる私を見捨てるですって!?恥を知りなさい!!」

 

醜悪な表情で聞くに堪えない言葉を吐き捨てながら、行き場の無い怒りをコンソールに叩き付ける。

世間一般で言えば美人な部類に入る筈の女は、正に醜女と呼ぶに相応しい形相だ。

 

「何も出来やしない((無能|男))に、たかがISに乗れるだけの((低脳|女))が!!人類の宝である私を放り出すなんて……ッ!!」

 

『あーあー。やっぱゴミカスの言葉は聞くに耐えないねー。自分の存在価値を履き違えるとか失笑ものだよホント』

 

「ッ!?」

 

と、誰も居ない筈のシステムルームに女以外の声が響く。

この場に居ない……元次からすれば甘いキャンディを思わせるとろとろの声……それが成りを潜めた冷たく鋭い声。

最早人間の声では無く、いっそ無機質な声とすら表現できる平坦さ。

果たしてそれは、システムルームに備え付けられたスピーカーから鳴り響いていた。

 

「し、しの――」

 

『黙れよ』

 

スピーカーから聞こえる声――束の声に声を出そうとした女。

だがそれは、ピシャリと束のたった一言によって止められてしまう。

 

『無価値な有機物の声なんて聞きたくも無いし聞く必要も無いんだよ。ゴキブリはゴキブリらしく隅っこで大人しくしてれば良いのに、無駄に子供増やして調子付いちゃってさ。束さんのISに這い回ってあんな不出来で不細工なシロモノ載せるとか極刑モノだよ。何ちーちゃん侮辱してんの?生きてるんじゃなくて”生かしてもらってる”のがまだわかんないのかよ』

 

「……ッ!!」

 

『オマケに自分を天才と勘違いするとかさ。なんなのオマエ?所詮さ……あ〜、試験管ベイビーだっけ?生み出された命を使い潰さないとあんなモノすら造れないとか、臍で茶を沸かすレベルの滑稽さだね』

 

流暢に、それでいて反論を許さない無機質な声で紡がれる罵倒のオンパレード。

聞く事しか出来ず、自身の最高傑作を不出来とまで言われた女はせめてもの意趣返しにウサミミマークを力強く睨む。

それぐらいしか許された反抗は無かった。

 

――だが、女は勘違いをしていた。

 

束が直々にシステムを攻撃してきたのは、自身が認められないシロモノを造ったからなのだと。

だから、まだ遣り様によっては逃げる事が出来る――と。

そんな――そんな”甘っちょろい”考えしか持てなかったのが女の最大の過ちだった。

 

篠ノ之束は間違い無く――過去最大のレベルで”キレ”ていたのだから。

 

『しかも――束さんの((夢の結晶|IS))で束さんの夢を護ろうと、束さんの事を理解してくれた、大事な、だいーじなゲン君に傷を負わせるとか――オマエ、((楽になれる|・・・・・))と思うなよ?』

 

「……な」

 

「「「「「ぎゃぁああああああああああ!!?」」」」

 

何を、と問おうとした女の耳に、痛みにぬれた叫び声が木霊した。

女を放置してシステムルームから逃げ出した他の研究者達の声だ。

続いて、ボキボキと固いナニかを圧し折る破砕音も聞こえてくる。

 

「ひっ!?」

 

その悲鳴を聞いて短く、つんのめった声を上げる女。

やがて、悲鳴と破砕音が鳴り止んだので、職員達が出て行った部屋の出口に目を向ると――。

 

『『『『『――』』』』』

 

ガシャッガシャッ

 

赤く光るモノアイを自分に向ける――10数台のガードロボを、見つけてしまった。

更にその中央に、明らかに自分達の作ったとは思えない浮遊する丸いロボが何体も居るではないか。

 

「あ……あ、ぁ……」

 

最早絶望的な光景に声も出ない女。

だが、そんな事知るかと言う具合に丸いロボの一台が近付き――その中央からノズルが飛び出す。

先端にあるのは――ボールペン程の大きさの飛び出すナニか。

 

ドシュッ!!

 

「いぎ!?――あっ、ぎぃいいいい!?」

 

そして、その先端部分が勢い良く発射され、女の首筋に刺さる。

その痛みに短く悲鳴を挙げた女だが、その瞬間、まるで耐え難いナニかが流れ込んでくる感覚に襲われた。

女に刺さった部品から何かの液体が注入されているのだ。

 

「あ、ぎゃ……ッ!?」

 

『束さんの大事なゲン君やちーちゃんを侮辱して傷付けたゴミカスなんて、殺して解して並べて揃えて、下水の底に晒してやりたい――けど、ゲン君との約束だから、束さんは殺さないでいてやるよ――その代わりに地獄を見せるけど』

 

「ひ、あ――」

 

『オマエなんかには勿体無いけど、ゲン君の言葉で束さんが納得出来る、お仕置きの方法があったんだよ――『この世には死ぬより辛い生き方があるのを、その体に教えてやる』ってね――じゃーね、有象無象。これ以上はリソースの無駄だから後はその子達に遊んでもらいな』

 

ボキボキベキィッ

 

「あぎゃぁああああ!?」

 

束の言葉がスピーカーから聞こえなくなったと同時に、動けない女にガードロボが殺到。

四肢の先端である手の指を順繰りにアームで掴み、関節とは逆向きに捻り、圧し折り始めた。

その念の入れ様は、指が全て逆向きに、まるでロールケーキの様になるまでしっかり巻き折る程だ。

 

しかし、それだけの事をされても、女は痛覚から送られる激痛で気絶する事は無かった。

 

尤も、その痛みの所為でそんな事に頭が回る筈もなく、女は只悲鳴を挙げる。

 

「や゛、やめでぇ!?いだぁいいいい゛!!」

 

恥も外聞も無く、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で懇願するが、誰も聞かない。

彼等は人間では無いし、聞く必要もないから。

 

ペキベキベキベキィッ

 

「あ゛あ゛ぁあああああああああああああああああ!!?」

 

ガードロボは無慈悲に、只命令に従って、女の腕を圧し折る。

悲鳴を煩わしく思う機能すら無い彼等は、黙々と腕を折り続けた。

丹念に、1センチ感覚でアームで掴んだ骨を曲げ、砕き、間接という間接、骨という骨を粉砕し続ける。

やがて出来上がったのは、四肢が蛸の様にグニャグニャになった軟体動物の様な有様の女。

 

涙を流し、失禁し、脱糞した女は、只呟く。

 

「……して……ろして……殺してぇ……」

 

痛い、死ねない、気絶できない。

 

女は正に、地獄を体験していたのだった。

 

そんな彼女の願いに――答える者は誰も居ない。

うわ言の様に殺してと呟く彼女の目に映るのは、無機質なモノアイのみ。

只黙々と武器を換装し、キュイィイイインと高速回転する丸鋸を取り出す束の送り込んだロボ。

高速回転する鋸は、まるで元次のオプティマスのエナジーソードの様に真っ赤に熱されている。

更に他のロボも、鋭利な刃物で構成された三本爪やバーナー、明らかにナニカの『卵』で満たされたポッドを取り出す。

束のロボに注入された『ナノマシン』の影響で丈夫になった変わりに、死ねず、気絶できなくなった女は悲鳴を挙げながら悟る。

 

 

 

――地獄は、まだ始まったばかりだったのだと。

 

 

 

――この数時間後、研究所は爆破され、コンピューターのデータは全て失われた。

更にネットワークから発信された束お手製のウイルスによってドイツ軍のコンピューターも感染。

後ろ暗い実験のデータも、試験管ベイビーの製造法も、((越界の瞳|ヴォーダン・オージェ))のデータも――VTシステムの全ても。

更にこの研究所に勤めていた職員達は、自動制御された輸送トラックにて運ばれ、研究所から離れた場所で発見。

全員、四肢を砕かれているという重傷者ばかりだったが、その中でもこの研究所の所長は、悲惨の一言に尽きるほどだった。

 

四肢を切断され、目を刳り貫かれ、耳を削ぎ落とされ、舌は言葉を発せ無い様に焼かれていた。

 

歯は全て抜き取られ、モノを噛むのは不可能。

 

――正直”生きている意味が無い”程の状態だった。

 

恐らく彼女は今後、何の楽しみも無く、誰にも意思を伝えられないだろう。

 

外界から遮断されて、最早何も出来ない――死ぬよりも辛い生き方をせねばならない。

 

そしてこの事件の首謀者が世界を股に駆ける”天災”の仕業である事を理解し、ドイツは口を閉ざす。

全ては非人道的な実験をしていた後ろ暗い場所で起きた出来事。

 

 

 

 

 

誰の口からも表沙汰には出来ない――悪の城が滅ぼされただけなのだから。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

――少しばかり時間を遡り、元次と束が夕食を共にした日の放課後。

 

 

 

 

 

異例の異常事態が起きたものの、世界中での生中継という状態を鑑みたIS学園の学園長は日程を少々変更する形で対応した。

本来、一年生という原石の中から更に耀きを放つダイヤを選定する為の重要なイベント。

故に学園は元次が戦ったISの処遇については後日という形にし、最初の一回戦のみを執り行う事となったのである。

そうする事で各国に対する生徒達の最低限のアピールの場を作りつつ、イベントの早期終了を決定した。

 

「ふむ……とりあえず全体的に今年の一年生は粒揃いですな」

 

「ええ。まだ一学期の段階で、既に二年生に追い付きそうな生徒がちらほらと居ましたね」

 

「代表候補生で専用機持ちでは無い生徒も、訓練機で充分な成果を挙げていました」

 

IS学園のアリーナのとある一室。

そこは各国の高官や企業の代表者に割り当てられた専用の観客席だ。

彼等は先ほどまで眼下で繰り広げられていた試合に関しての意見を交換し合う。

表面上は普通の会話にしか聞こえないが、水面下では誰に勧誘を持ちかけるべきか?という激しい腹の探り合いが繰り広げられている。

しかし去年よりは豊作だ、と言っていた高官の一人だが、表情は少し面白く無さそうな色を浮かべていた。

 

「確かに、粒揃いなんだが……しかし、なぁ……」

 

「ははは……まぁ、仰りたい事は分かりますよ」

 

「ほう?では貴方達もですか」

 

「えぇ。やはり、それだけ強烈な印象があったという事ですね」

 

と、一人の高官の呟きに周りの起業代表者や他の国の高官が引き寄せられる。

彼等の脳裏に浮かんでいるのは、紅蓮の炎と共に蘇った一匹の猛獣の姿だった。

 

「鍋島元次……確かに、見た目はかなりのものではありましたが……」

 

「よもやアレほどとは、ここの誰もが思い至らなかったでしょう」

 

「ええ。それにあれだけの試合を一回戦で見てしまうと、どうしても他の試合が物足らなく感じてしまいまして……」

 

恥ずかしそうに頬を掻く高官の言葉に、視線を向けていた誰もが頷く。

彼等が話しているのは言うまでも無く、今回の大会で一番に目立った元次の事だ。

今年になって現れた、男のIS操縦者というだけでもイレギュラーな事態。

しかしそれを凌駕して刻み込まれたのは、元次の異常とも言える戦闘力である。

 

「荒々しく、ISの戦闘術としては型破りで粗雑な動きでしたが……いやはや、こういう事を言うのも恥ずかしいんですがね……ゾクゾクしましたよ」

 

「あー分かります。年甲斐も無くこう、胸に来るといいますか」

 

「格闘技の試合を観てるのとは違う感じでしたね……本物の、ルール無用の『喧嘩』を魅せられた気分です」

 

「喧嘩は漢の華だ、と堂々と彼も言ってましたな」

 

思い出す、等という生易しい感覚では無い。

正しく本能に刻み込まれたとすら言える程に、元次の喧嘩は強烈だった。

教本に載った基本の動きでは無く、全てが元次の本能による戦い方。

それは彼等がこの女尊男卑の時代になる前の、男達がそうあった時代を彷彿させた。

 

「専用機持ちとはいえ、2対1での圧倒的な動き。しかも相手も専用機」

 

「それを2機相手取っての大立ち回りで一蹴する様は、とても素晴らしかったですなぁ」

 

「それどころか、あの謎の現象を起こしたIS3機に対して一歩も引かず、友を守るとは……」

 

「間違っても彼とは敵対したくないですね」

 

企業代表の若者の言葉に「違いないですな」と言ってコロコロと笑う高官や他の企業代表達。

戦い方だけにあらず、元次の気性の荒さを身体で感じた日の夜など、恐怖で眠れなかったのを誰もが覚えている。

 

――しかしそれ以外にも、男達はある”熱”を感じていた。

 

強大な敵を相手にしてボロボロになりながらも、友を守る元次の姿に――『侠気』とも言える熱い感情を。

その穿たれた熱が、彼等からこの瞬間に毒気を消し去っているのだ。

政治的地位や立場を超えて、彼等は童心に帰ったかの如く笑い合って話をしていた。

元々、男達はこの時代に生まれた男性のIS操縦者である二人に対して、男の地位の復活という願いを賭けている。

その一方で二人の身体を徹底的に研究して、男性のIS操縦者を増やそうとする野心に燃える男も居た。

そういった人道に反する行為を望む者達の目的は単純。

 

女達を屈服させたい。

 

自分達をぞんざいに扱う女達に復讐したい。

 

そんな身勝手な理由で元次達を狙っている。

しかし彼等男性陣は、一夏と元次に手を出す愚かさの代償を知っていた。

今年の4月に元次を確保しようと先走った高官の一人が、それはもう無残な姿で病院に搬送されたのである。

更に篠ノ之束からの本気の警告、いや脅迫とも言える言葉が政府に届けられ、男性高官達が揃って顔色を真っ青にしたのは記憶に新しい。

折悪く女性高官が居ない時の話だった為に、彼女達はそういった類の話を知らずに、女性権利団体を通じて元次に嫌がらせの手紙を毎日の様に贈り付けている訳だが。

しかもIS学園生徒の家族に女性権利団体の一員が居る事もあって、元次の言動等は女性権利団体に届けられている。

更に本音を苛めた女生徒に対する言動や見下した態度を聞いて女性権利団体の団員達は皆、元次の事を蛇蝎の如く嫌っていた。

 

しかし考えた事は無いだろうか?

 

例え男の話を聞かない女性権利団体であっても、誰か女性の遣いを送れば話くらい聞けるだろうと。

 

実際、その通りではある。

 

女尊男卑の思考に染まった女性達でも、同じ女性であれば話も聞かず無碍に追い返す事はしない。

 

にもかかわらず、未だに政府が女性権利団体に使者として送っているのは毎回、男性なのである。

 

そして使者として向かうものの、門前払いされてすごすごと帰ってくる事を繰り返す。

 

何故この様な同じ対応を続けているのか?

 

 

 

この同じ事を繰り返している無駄な行為こそ、実は男性政府高官達が共同で執り行っている『策』なのだ。

 

 

 

知っての通り、女性権利団体は元次と一夏、引いては男という存在を自分達の奴隷だとしか考えていない。

そんな奴隷という分際でIS界へ進出してくる等と、彼女達が耐えられる筈も無かった。

だからこそ排除したいという思いが募っていたが、彼女達は最初に現れた男性である一夏に対し、行動を起こす事を躊躇った。

自分達は偉いから、権力があるからと何でも好き放題にしてきた彼女達が今更何を戸惑ったというのか?

それこそ表沙汰にはされていないが……女性権利団体の上層部の何人かは人を殺した者すら居る。

そういった犯罪の記録すら抹消できる権力に酔い痴れた彼女達ですら、一夏に手を出す事を躊躇われた。

 

その理由は主に2つある。

 

一つは、一夏の身内に高過ぎる壁が2つ存在するという事。

 

一人は言うまでも無く、初代ブリュンヒルデにして世界最強の呼び声も高い織斑千冬の存在。

彼女達と同じ女性にして、今という時代で『女が強い』という代名詞を地で行く、全ての女性達の憧れの的だ。

勿論、団体に所属している女性達も千冬を崇拝している面々が多々居る。

そんな千冬の『家族』に手を出す事がどれ程愚かしい事か?

それは権力に酔った彼女達ですら理解できるくらいには、凄惨な結末を迎えるであろう。

 

更にもう一人、それはこの((女尊男卑の世界を構築した|歪んだ解釈))ISという『兵器』の開発者である篠ノ之束。

 

世間には人間嫌いで通っている束に身内と認められる程に仲が良く、付き合いが深い。

更に言えば、束は千冬の親友であり、千冬に乞われれば束は即座に全面的な協力を申し出る程。

そんな二人の人外を敵に回す程には団体の上層部も馬鹿では無く、一夏への殺害や脅迫は全面的に取り止められた。

 

 

 

そしてもう一つの理由は……一夏が『イケメン』であるが故である。

 

 

 

実際ここまでの話でいくと、女性権利団体の人間は男を嫌っている事に間違いは無い。

中には同性愛に奔り、男という存在の必要性は無いとさえ考える最右翼すら居る程だ。

しかし誤解して欲しくないのだが、彼女達にも当然、女としての、いや雌としての本能というモノがある。

 

それ即ち――下世話な話だが、性欲である。

 

ここで言う彼女達の性欲だが、当然の如く男に身を任せるつもりは一切無い。

要は自分の欲望を満たしたいが為の道具と割り切っている。

しかも彼女達には、権力者が所有する者は一流で無ければならない等という狂った概念があった。

言うなれば一夏は、彼女達の性欲を満たす以前の、連れて歩いても恥ずかしくない顔という面にヒットしていた。

いやそれ所か、他の者に自慢すらできるであろうと。

 

 

 

つまり一夏はイケメンであるが故に、女性権利団体の者達の魔の手から逃れる事が出来たのであった。

 

 

 

しかし別の意味での魔の手は当然の如く管を巻いて待ち構えている。

既に女性権利団体の何人かは一夏を己のモノとすべく、幾つかの策を画策している程だ。

中には攫ってしまおうという危険な輩も居たが、直ぐに千冬の存在を思い出して止めるに至った。

他には千冬と良好な関係を築いて政治的優位なパイプを作りつつ、一夏をモノにしてしまおう等。

 

 

 

更に尖った千冬の狂信者等はもう一つ危険だった。

 

 

 

曰く、『男が千冬様の傍に居ては千冬様が穢れる』

 

曰く、『千冬様を血という忌々しい鎖で絡めるあの男を殺して、千冬様に真の自由を』

 

 

 

といった危険な思想を振り翳し、一夏の身を狙っている程だ。

だがここまで行き過ぎた狂信者は数が少ないのが一夏にとって幸運だったらしく、まだ表面的な動きは見せていない。

それに一夏を手に入れようとする女性達に押し止められているので、一夏の身は暫く安全だろう。

 

 

 

と、今現在まで嫌がらせを受けていない一夏ですらこういった思惑が渦巻いている程だったりする。

 

 

 

では、彼女達女性権利団体から本当の意味で目の敵にされている元次はどうなのか?

 

 

 

はっきり言ってしまえば、元次という存在は彼女達にとって『第一級殺害対象』という扱いである。

 

 

 

断っておくと元次もはっきりと言えるイケメンでは無いが、それでも顔は整っている方だ。

では何故、一夏とこうも扱いが違うのか?

 

それは偏に、鍋島元次という存在が『男らし過ぎる』という一言に尽きる。

 

前述で述べたが、彼女達は基本的に男性よりも優位に立ちたいというスタンスの元に成り立っている集団だ。

そんな彼女達にとって昔の『強い男』を身体で表す元次は、拒否反応が出るレベルで度し難い存在だった。

高い身長に筋肉の盛り上がった、骨太で益荒男らしさ抜群の肉体。

粗野で凶暴な笑みを浮かべる無骨な貌と、お世辞にも綺麗とは言えない言葉遣い。

その暴力性を現し、彼女達からすればまるで原始人の様な野蛮さをもつ傷だらけの拳。

女をまるで物の様に抱えて攫う事を平気でやってのけそうな、丸太の様な腕。

 

その全てが、彼女達にとっては目に入れるのも拒否する程であった。

 

故に、彼女達は手紙での嫌がらせに始まり、中に火薬や剃刀を仕込むという悪質な手段を多々用いている。

そのほぼ全てが学園側に握り潰されている事を忌々しく思いつつも、それを決して止めなかった。

元次が外に出るという情報が学園の生徒で団体の同士からもたらされると、隙あらば殺害を決行しようとしてすらいる。

 

 

 

しかしここでも疑念が残ると思う。

 

 

 

男を奴隷とする事、そして先の一夏の話でも出たが、権力者が所有する者は一流で無ければならない等という狂った概念。

 

この2つに元次は当て嵌まっているのではないか?

 

元次の戦闘力、そして見る者を畏怖させる強靭な肉体。

 

見た目でのインパクトもさることながら、何よりも希少価値があるのは一夏と同じ様にISを操縦できる。

 

それならば殺害するよりも、自らの奴隷として使役できれば、『私はこの化物を飼い慣らせる』と言う箔が付く。

 

その方が自慢になるのでは?

 

 

 

――その答えは彼女達自身が、いや彼女達の『本能』が既に知っていた。

 

 

 

彼女達は、元次に恐れを抱いていたのだ。

 

今回の学年別トーナメントの試合を、元次の怒りを目の当たりにする以前から。

本能的に、悟ってしまったんだろう。

『この男には勝てない』と。

身体が、本能が、男を奴隷と考える彼女達を脅かした。

故に、彼女達は恐怖の根源である元次を排除する事に決めたのである。

 

『あんな野蛮な男に生きる価値無し』とお題目を掲げながら。

 

自分達の理解出来ない本能に突き動かされ、敵から身を守る為に。

 

……尤も、それは彼女達にとって清算出来ない程の誤算だった訳ではあるが。

 

彼女達にとっては敵を排除するのでは無く、逃げ隠れする事こそが最善だったのである。

 

今回の学年別トーナメントを目撃してしまった政府の女性高官や女性権利団体の幹部達は試合が終わるや否や、そそくさと学園を後にした。

真っ青な顔色で震えながら退室する姿は、まるで天敵から逃げる小動物にも思える程だ。

事実その通りで、彼女達は心底から恐怖した。

元次の強さ、怒りを目の当たりにして、自分達が喧嘩を売った相手の恐ろしさに漸く気付いたという所か。

 

 

 

……と、ここまでは元次と一夏に対する女性権利団体の動きを辿ってみた訳だ。

 

 

 

では、男性高官の策とはどういう意味なのか?

 

これはそのままの意味合いで、彼等は自分達の利益を守る為に、『二人を利用する』腹積もりだ。

 

彼等は元次や一夏といった『火種』を利用して、女性権利団体や女性高官の排除を目論んでいたのである。

 

知っての通りISが出来て女性権利団体の勢力が増しつつある昨今では、男性の立場は極端に弱い。

これまでも女性の政治的出場は認められていたが、ISの登場と共に女性達は増長した。

自分達は選ばれた人間だから、自分達の意見だけを重視しろという暴論。

それによって無理矢理可決してきた法案のほぼ全てが、男性に不利なモノばかりだった。

 

このままでは自分達の権力以前に、全ての日本人男性は法の元に女性の奴隷となってしまう。

 

その危惧を感じ取った”とある議員”が今回の策を提唱し、内密に男性達のみで実行に移されたのである。

女性権利団体に態と真実の情報を流さず、元次と一夏を餌として背後の”大物”を呼び出す。

その大物に、政府に食い込む”膿”を掃除させようという魂胆だった。

 

 

 

彼等が指す大物とは勿論、束と千冬の事だ。

 

 

 

元次に危害を加える事は即ち、今年の春に日本政府を震撼させた脅迫の再来になる。

国家の防衛の要であるISの全機体を停止させるという脅しは、今の世界情勢では計り知れない被害を生み出す。

それこそ数兆円という莫大な予算が言葉通りの水泡と帰してしまう。

これが日本政府全体への脅しなら、自分達の存在も危ないだろう。

しかしこの粛清対象が女性権利団体や政府の女性政治家ならどうか?

多少の犠牲を払う必要はあるだろうが、それでも一気に男の政治的地位や社会的地位の回復を図る事ができる。

 

一方で、一夏に手を出せば身内である千冬が黙ってはいない。

 

千冬はこの女尊男卑という時代で”女が強い”を体で表す存在。

女性達からすれば現代に生きる、英雄の((偶像|イコン))に等しい。

そんな千冬が表立って女性権利団体と対立すれば、彼女を慕う女性陣の大半は味方に付く。

要は元次と一夏のどっちを狙ってもその時点で大物のどちらか一方を引きずり出せる上に、邪魔者を消してもらえる。

それが彼等男性陣の考えた作戦の内容だ。

 

尤も、元次と一夏のどちらに手を出しても、大物”2人”が同時に動くとは、さすがの彼等も予想出来なかった様ではあるが。

 

ともあれ概ねの処、彼等の復讐戦は順調に進んでいたのであった。

 

勿論、政府内部の女性高官や女性政治家にはこの話が漏れない様、徹底的な情報漏洩の防備が施されている。

 

しかし元次の事を調べる処か話題に挙げる事すら嫌う権利団体が、こんな事態を知る筈も無い。

 

 

 

それが原因で未だに元次に対して強気でいられるのは、彼女達にとって幸運なのか、不幸なのか。

 

 

 

話は逸れたが、元次と一夏の周りではそういった思いが渦巻いている。

しかし今だけは、男達の間で様々な思惑が払拭され、こういった話が出来ているのだ。

 

「鍋島元次に隠れがちですが、織斑一夏も中々でしたね」

 

「ええ。さすがブリュンヒルデの弟、といった所でしょうか」

 

「ドイツの代表候補生のAIC。それをパートナーと息の合ったコンビネーションで翻弄し、一撃を当てていく」

 

「ブレード、いやKATANAでの見事な一撃を当てた時なんて……SAMURAI魂を感じマシタ」

 

「例の篠ノ之箒に匹敵する剣の腕前。その意味では彼女もかなりの逸材ですな」

 

箒の名前が出てきた理由は言うに及ばず、シャルル改めシャルロットは余り注目されていない。

しかしそれはこの場での話である『勧誘するなら誰か?』という話に限定されてこそ。

既にフランスの代表候補生であり、バックにデュノア社というIS専門の機関の存在があるシャルロットは勧誘の対象にはなり得ないからだ。

更に政治家達が沸く中で、明らかに毛色の違う人種達も混ざっている。

 

「ラストで鍋島元次が使っていたカノン砲(笑)あるじゃないですか?あのイカした兵器(笑)ってドコ製なんでしょうか?」

 

「分からん。登録社名はFRC鰍ニしか情報が無いし……どんなイカレた開発者が居るんだ?あんなバカ火力の砲台なんて普通積まないぞ」

 

「コンテナボックスからのベルト給弾方式で絶え間なく発射される、グレースケールのピアス並にごんぶとな弾丸。なにあの悪夢?」

 

余所行きの上等なスーツよりも、白衣等に身を包んだ研究者然とした男女の方が比率の多い集団。

彼等は政治家や高官では無く、IS開発企業の代表者や出資者、そして開発の主任といった研究者陣営である。

本来なら通常は閉鎖されたIS学園に堂々と入り、他国の専用機の装備等を調べる為に来た者達だ。

しかしセシリアと鈴、つまり中国とイギリスの専用機がトラブルで出場しない事を知って落胆していた。

だが転んでもタダでは起きぬとばかり、今はオプティマスの武装に対する考察を交わしている。

 

「見た目からして重量はかなりありそうだし、反動も彼級の腕力が無いと抑え付けは無理でしょうしね。ましてや狙ってバカスカ撃つなんて絶対に無理よ」

 

「移動砲台IS……新しいわね」

 

「でもまぁ、真似しようとは思わないわ。普通のパイロットじゃあんな長い砲台を振り回して撃つ、なんて無理だもの」

 

「オマケに腕部に仕込んだ炸薬式のパイル機構に、チェーン付きのロケットパンチとか……変態企業?う、頭が……」

 

一体ドコのイカレた会社が製造元なのかと頭を悩ます彼等だが、彼等は気付かない。

この世でブッチぎりの”天災”が初めて、自分の信念を曲げてまで作り上げた――純粋な”戦闘用”のIS。

 

((元次|愛する男))の力になりたくて。

 

((元次|大好きな初恋の人))を守りたいが為に、テンションが振り切った状態で”兎”がマジに組んだ末の結果が、((アレ|オプティマス))なのだと。

 

結果、彼等のオプティマスに対する考察の結果は、『真似しても旨味が無い』という事になった。

企業に所属するISパイロット達の身体データを元にオプティマスと似た様な武器を作った所で、劣化コピーでしかない。

逆にパイロット達の限界を無視した武器なぞ、百害あって一利無し。

オプティマス・プライムの強力な武器は、身体スペックが化物級のパイロットが扱う事で初めて成り立つ、という事で帰結。

そして話題はラウラのIS,シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムの話へと流れた。

 

「ドイツの専用機のVTは、まぁアレな訳だけど……」

 

「うむ。最後にとんでもない展開が待っていたものだ。まさかVTにあんな機能を追加したシステムがあるとはな」

 

「それも結局、彼に粉微塵にされちゃったけどね」

 

「まぁ生で見る機会があっただけでも良しとしよう」

 

現存したという事は、作れるのだから――と、言葉にはせずに彼等は思う。

国家政府の役人が揃うこの場でVTシステムについての言及等をすれば、必ず叩かれる。

何せ国際条約に禁止されている程の代物なのだから。

 

 

 

――というか。

 

 

 

「あの、((アレ|VT))の話は止めません?私まだ猛獣に狙われるのは勘弁なんですけど……」

 

「「「異議なし」」」

 

アレ造ったら間違いなく、IS学園が誇る放し飼いの猛獣に食われる、と充分理解させられているのだが。

 

「あら?私は狙われたいけどね……彼ったら激しそうだし、ね?」

 

「ソッチかよ」

 

「えー?私はどっちかっていうと織斑君の方が〜?優しそうじゃないですか〜?」

 

「分からないわよ〜?もしかしたら鍋島君も、凄く大切に扱ってくれるかもしれないじゃない?彼なら安心して全部預けられるわ?」

 

「うーん。でも〜」

 

「誰かこの脳内花畑共引き取ってくれません?」

 

「これは手に汗握る展開ですねぇ」

 

「発情乙www」

 

 

 

……研究者達の議題は尽きない。

 

 

 

-3ページ-

 

 

後書き

 

 

はい、投稿遅れて申し訳ありません。

 

いや、考察に時間掛かったのもあるんですけど……ね?

 

 

仕事忙しいだけじゃなく、IS原作も急展開過ぎて……やべぇなこりゃ、と。

 

 

作品全体を見直してリメイクするかどうしようかと悩んでたら早3年www

 

更にはアーキタイプ・ブレイカーとやらも出てきて……もう、もうなんなん!?と。

 

色々と考えながら今後も投稿しようと思っております。

 

 

まだ、この作品をお待ち頂けてましたら、本当に謝罪させていただきます。

 

遅くなって誠に申し訳ありませんでした。

 

これからもIS〜ワンサマーの親友をよろしくお願いします。

 

 

説明
後日談〜信頼、制裁、注目、考察
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コメント
久々に来たら更新きたーーー!!(KH天然パーマ)
wryyyyyyyyyyyy!ウラーーーーーー!研究者で明暗分かれる、つか明の方がHENTAI何ですが。暗はエグイっすね。(道産子国士)
プロフェッサー.Yさん>いやー、お待たせです。しかしTINAMIさんよりハーメルンさんの方が特殊タグとか魅力的な機能あるんで……真剣に引越しを検討しようかな?(piguzam])
…うん、正直言って九割がた諦めてたけど…お帰りなさい。公私ともにいろいろあったみたいだけど、とにかくまた逢えて嬉しいよ。(プロフェッサー.Y)
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