【新7章・後】
[全5ページ]
-1ページ-

■■■■■

 

あの時から、ライシーヤは郷に戻ってこない。

リントは自宅の寝床に転がりながら、夜の帳に包まれた窓の外へと目を向けた。

外で郷を守っているのか、それとも外へあの人間を倒しに行ってしまったのか。

 

「…外へ?」

 

己が考えた事柄にリントはガバリと飛び起き頬を叩く。

そうだ、そうすればいいじゃん。

リントはリザドがいつかの稽古で「郷を守りながら戦うのは難しい。被害を覚悟しなくてはな」とため息混じりに漏らしていたことを思い出した。

逆に考えれば、郷じゃないとこで戦えば郷に被害は出ない。

つまり、アイツが郷に攻めてくる前に、外でアイツをやっつければ良い。

外でやっつけちゃえば郷は襲われず、リントの手で郷も仲間たちも全部守れる。

 

「オレってば頭イイ!」

 

パァと満面の笑みを浮かべ、リントは寝床から立ち上がった。善は急げと準備もそこそこに家を抜け出す。

家の外は真っ暗で、灯りもポツポツと燈るのみ。これなら誰にも邪魔されず郷の外に行けるだろうと、リントは軽い足取りで夜道を跳ねた。

小さい頃に一度だけ通った、郷の抜け道を目指して。

 

夜の森に到着し、リントは少しばかり足を止めた。

何故こう、夜の森とは異様に不気味なのか。視界が悪く、星明かりすら拒む木々の群れとたまに聞こえる夜鳥の鳴き声。それが森の不気味さを強調させる。

この、一度足を踏み入れたら二度と出られない感のある場所に躊躇しつつも、リントは意を決して足を動かした。

恐る恐るといった足取りで、リントは森の中を進む。

風に揺らされ鳴る木の葉に体を跳ねさせ、己で踏んだ木の枝に固まり、暗い視界に蹴躓きながら、リントは森の奥へと進んでいった。

 

「たしかこの辺り…」

 

薄っすらとした記憶を元に外界への抜け道を探す。塞がっていたらどうしようかと今更ながらに不安になったが、どうやらまだ穴は空いていたらしい。

ウロウロしている合間にちょうど抜け道を通ったらしく、リントが気付いた時には見覚えのない森の中の拓けた場所に立っていた。

 

「んお?」

 

肌を撫でる風の雰囲気と、周囲の気配がなんか微妙に違う気がする、とリントは足を止めくるりと辺りを見渡す。

郷の外に出たのだろうか。

見覚えがないとはいえ森の中。夜と昼では雰囲気がまるで違うため判断しきれないと視線を彷徨わせるリントだったが、突然、目の前にある大きな木がスパンと気持ちの良い音を立てて真っ二つにされた。

唐突に、なんの素振りも無く幹から切り離されゆっくりと倒れる巨木を、リントはぽかんと見守ることしか出来ない。

 

「なん、なんで急にデッケー木が倒れ…、えええ!ヒト!?」

?

倒れた巨木に目を向けると、その先に人影が映った。

風圧で目の前にいる人影の髪が揺れ動き、丸い形の耳を露出させる。それは、彼が人間であるという証拠だった。

どうやら一応、郷の外に出ていたらしい。その上ニンゲンとエンカウント。ならば「逃げ」一択であろうこの状況で、リントの口からは今目の前で起こった出来事に対しての疑問が飛び出す。

 

「オマエ、いやまさか、え?ヒトってそんなこと出来んの?」

 

巨木を切り倒すなんて、オレらでもよっぽどの力があるやつしか出来ないんだけど、とリントは目の前の人間を見開いた目で眺める。

よくよく見れば、巨木を切り倒した人間は片手に武器らしきものを持っており、それを使ったのだろうと予想はできた。

しかし、あんな細っこい刃物で巨木がスッパリと切れるものなのだろうか。

リントでさえ、両腕の刃物を数度打ち付けなくては切り倒せそうにないのだが。

リントの疑問に小首を傾げながら、黒い髪を結ったヒトはさも当然のように答える。

?

「俺が出来るのだから、誰でも出来ると思う」

?

「マジかよ!」

?

郷を襲撃した人間もヤベー強さだったけど、目の前の人間もヤベー部類だとリントは思った。

それとも人間ってのは全員ヤベー強さを持ったヤベー生き物なんだろうか。

やっぱヒトって怖ぇ生き物だな、とリントは警戒するように両腕に身に付けた刃を構え「オレはやられないからな!」と威嚇の声を鳴らす。

ここでようやくリントは、外界に来て早々、ヤバめな人間と邂逅してしまったことに青ざめた。

前来たときはほとんど人間を見かけなかったから今回も大丈夫だろうと、根拠のない自信のまま何も考えず不用意に外界に来たが、まさか早々にヒトに見つかるとは。

ヤバい、ヤバい、ヤバい。

捕まったらヤバい。

竜だとバレたらヤバい。

斬り殺されて食われる。

でも逃げられる気がしない。

この人間気配が怖い。

?脂汗を流しながらぐるぐる思考を回すリントに、黒髪の人間はすっと視線を鋭くさせて静かな声で問い掛けてきた。

 

「此処らでは見ない顔だが、何処の何方だろうか」

?

竜です、竜人です、竜の郷から来ました。なんて答えたらそのまま捕獲ルートになりそうな気がする。

だってなんか物凄く殺気送ってくるよコイツ!

殺す気だよね!?

なに?人間って出会って5秒ですぐバトルする習性でもあるの?

こんにちは死ね!的なキョーボーさを持つの?

それともオレが竜人だってバレたの?

だから怖い顔してんの?

竜人即死ね糧となれ派なの?

郷を襲ったヤツと同じなの?

頭の中では半泣きになりながらも、そんな弱さを見せたら殺されると虚勢を張って、リントは黒髪の人間を睨み付ける。

応えを、行動を間違えたら即死亡だとリントが緊張する中、

?

「この辺からドラゴンの気配がする!!!」

?

という場違いな明るい声と元気な足音が突然現れ、緑色の塊がリントを襲った。

突然すぎてリントも黒髪の人間も一切反応出来ず、乱入してきた緑色に一瞬で場の空気が書き換えられる。

突然の不意打ちに虚勢は崩れ、リントは目を白黒させたままされるがままに地面に引き倒された。

リントに飛びかかってきたナニカは、竜のような鎧を身に付けてはいるが恐らく人間だろう、緑色の瞳をキョトンとさせながら「あれ?人?」と驚いたような声を漏らす。

緊張していた最中さらに人間が追加されたことで、リントはパニックを引き起こした。

 

「なん、なに、なんだよ!?なんだよ!!不意打ちかよヒキョーだぞ!離せ離せ離せ離せ離せよバカぁ!殺されてたまるかぁあ!」

 

「あれ、おっかしーな?ドラゴンだと思ったんだけど、…って、え?」

 

揉みくちゃになりながらもリントは緑色の人間を押し返すように必死に抵抗した。緑色に取り押えられた今、この体勢はマズイ。

身動きが取れないのだから、黒髪の方にスパンと真っ二つに殺される。さっきの巨木のように。

人間ふたりに取り囲まれ、命の危機を覚えたリントは半泣きで叫び声を上げた。

そんなリントな叫び声を聞いた緑色の人間は困った顔となりオロオロとリントを宥める。

 

「殺されるって、んなことしないぞ?」

 

「じゃあなんでオレに引っ付いてくるんだよ!」

 

ワケわかんねぇ、と全力で抵抗するリントと、

だって、と口ごもりながら首を傾げる緑色の人間と、

何事…、と揉みくちゃなリントたちをぽかんと見つめる黒髪の人間は、

騒がしい夜の森の中で、三人揃って同じ言葉を口から放った。

「説明してくれ」と。

 

■■■

 

ある程度理性を取り戻した三人は、話し合おうと車座となり焚き火を囲って座り込む。

リントとしては今すぐにでもこの場から逃亡したかったが、服の裾を緑色にガッツリ捕まれ逃げられなかった。

リントから手を離さない緑色の人間は、頭を掻きつつ口を開きレオンと名乗る。

 

「竜騎士やってる。んでおれの相棒は、えっと、族長に『巫山戯ているのか貴様は』って睨まれたからお留守番」

 

「…族長とはオロシ殿だろうか。面識があるのか?」

 

レオンの言葉に黒髪の人間は小首を傾げる。

「この森では、今でも「族長」と言ったら先代を浮かべる輩の方が多いと思うが」と不思議そうな表情を見せた。

「先代?は、おれ知らないし。族長はオロシしか会ったことないぞ?」とレオンは笑う。

可愛い竜連れてたし覚えてるとニコニコしながらレオンは「ほら、ここ!その竜に噛まれた!」と薄っすらとした傷を嬉しげに見せてきた。

竜に噛まれたことが、人間的には自慢になるのだろうか。リントがキョトンとしながらもうひとりの人間の方に首を向けると、彼は「オロシ殿の竜…」と羨ましそうなそうでもないような複雑な表情を浮かべている。

あれこれほんとうに竜に噛まれるのが自慢になるの?

首を傾けるリントを尻目に、黒髪の人間は「族長の竜を見せてもらえるほど信頼されているのか」とぽつりと呟き、リントに見られていることに気付くと慌てて表情を戻した。

そのまま胸を張って己の名を名乗る。

 

「俺はヒエン。七笑流の剣士だ」

 

そう名乗った途端、ヒエンの表情が固まり一瞬で青ざめた。

その不自然な態度にリントはまたキョトンとした顔となる。彼が青ざめるほど、今の言葉におかしな所があったのだろうか。

レオンの方を見てもふーんといった表情をしているため、別段変なところはないようだが。

 

「っ、…」

 

「ん?なに?」

 

レオンが首を傾げると、ヒエンは「…知らないのか?」と震える声を絞り出した。

「だからなにを?」とさらに首を傾けるレオンに安堵したような表情を見せ、ヒエンはリントに顔を向ける。

人の世のことなど全くもって知らない。故に「…なに?」とリントも困ったように声を出せば、長い息を吐きながらヒエンは崩れ落ちた。

「つい、対抗してしまった…」とヒエンの呟きにレオンは「え?なにに?」と目をパチクリさせる。

 

「俺だって、族長殿に信頼されてるんだ、と…」

 

「…、いやおれあいつに信頼されてねえと思うけど」

 

森に入るなら相棒置いてけって言われたし、とレオンは頬を膨らませた。

「おれの相棒が森を燃やすなんてことするわけないだろ!確かにちょっとメラメラしてるけど!成長したんだーって自慢しにいったら吹き飛ばされたんだぞ!?」と不機嫌そうに地面を叩く。

「メラメラしている? ああ…なるほど。ならばそんな者を森に連れてきたら普通追い返すと思うが…」とヒエンが返せば、レオンは「だーかーら!燃やさないってば!」と反論した。

リントはふたりの会話に首を傾げる。この森は人によっては追い返されるほど厳しい場所なのだろうか。というか、メラメラしている相棒、つまり燃えている人間というものがいるのだろうか。

同じ人間だろうに、その程度で出入り拒否するとは差別的だ、やはり人間は信用できない。

まあ言い争っていてくれるのは都合がいい、レオンと名乗った緑色の人間は会話に熱中してオレから手を離してくれたしとリントはついと腰を動かした。

その途端、平行線の会話を続けるふたりがふたり揃ってリントに顔を向ける。彼らは「んで、おまえは?」「まだ名を聞いていなかったな」と声を揃えた。

こっそり逃亡の用意をしていたのがバレたのかと、リントはビクリと身体を跳ねさせる。

 

「え、ぅ…」

 

四つの目に見つめられ、その圧迫感に押されリントは身体を竦めた。

言えるワケないとリントが口ごもり狼狽えると、ふたりは一瞬、ほんの一瞬だけ警戒の気配を強める。

まあ確かに、目の前にいる人間が名乗りもしない身分もわからない不審な態度をしていると揃えば、武闘家も騎士も敵対モードに入るだろう。

とはいえ、彼らはそれを相手に悟られるようなヘマはしない。逃げられたり逆上される恐れがあるからだ。

故に、その気配は一瞬だけ、だったのだが。

外界に来たばかりで、その上郷での出来事と今さっきのやりとりで人間に警戒心を持っていたリントは、それを殺気だとハッキリと感じ取ってしまった。

 

「ッッッッ!!!」

 

「は?」

 

「え?」

 

露骨に浴びたふたり分の殺気と、見知らぬ土地と、慣れぬ空気、そして極度の混乱と緊張により、リントの額にある宝石が輝き、竜のカタチへと変幻する。

その姿のまま、叫びなのか泣き声なのか、真っ暗な森の中にリントの咆哮が響き渡った。その音はこの地にいる竜と同じように大地を揺らし、木々を弛ませ、葉を鳴らす。

普通の人間だったならば、目の前で人間が竜となり恐ろしい咆哮を鳴らしたならば「泡食って逃げ出す」という選択肢しかとれないだろう。

しかしながら、

今リントの目の前にいる人間たちは、

普通の人間では、なかった。

 

「ほらやっぱ竜じゃんか!」

 

「ふむ…?」

 

ひとりは嬉々として、ひとりは別段気にすることもなく、逃げ出すどころか竜のリントに普通に近付いてくる。

というかレオンに至ってはニコニコしながらリントを撫で「おまえみたいな竜ははじめて見たなぁ」と感嘆の声とともに時折妙な笑い声を漏らしていた。

 

…あれ?

なんだこいつら、

おどろかない。

こわがらない。

かといって、襲ってくるわけでもない。

むしろなんか褒め称えてくる。

コワイ。

ヤバい。

 

尚更混乱し尚更恐怖にかられ鳴くリントに、レオンは「怖くないぞ?」と笑顔を向けた。

コワイ。

混乱のあまり尻尾を振るうがヒエンはさも当然のように避け一向に当たらない。

コワイ。

郷で会った人間も怖かったけど、なんかそれとは別ベクトルでこいつら怖くてなんかヤバい。

竜変幻をしたにも関わらず、一切動じない人間と対峙し混乱の極みにいるリントだったが、そんなリントにさらに爆弾が投下される。

 

「おまえ竜人?」「…竜人だったか」

 

ふたりの人間が声を揃えてリントの種族を言い当てた。

リントはバレたヤバいと驚き狼狽したが、何故かふたりの人間もそれは同じだったようで互いに顔を見合わせている。「あれヒエンも竜人知ってんのか」「そちらも?」と両者ともにキョトンとしていた。

 

「おれは昔、赤竜の小っさい仔を見たことあって」

 

「俺は少し前に似たような者と会った。そこで少し聞き齧ったくらいだな」

 

珍しい種族なのにそれを知っている人間が顔を揃えるとは奇遇だなと言わんばかりに彼らは笑う。

笑えないのはリントのみ。

竜人の存在を知っているばかりか、ふたりとも竜人と会ったことがあるらしい。

そいつらはどうなったのだろうか。

人間は、凶暴でずる賢くて卑怯な生物。

ならば、そんな「人間」と対峙した竜人の末路は。

彼らがピンピンしているということは、竜人のほうは。

 

「お、おいどうした暴れるな!暗いから木にぶつかって怪我、…え?殺される?そういやさっきもなんかそんな事言ってたな」

 

「…?」

 

恐慌状態となり暴れだしたリントを必死に宥めるレオンと首を傾げるヒエン。

「そいつ何か喋ってるのか?」とヒエンは鳴いているようにしか聞こえないと言う。まあなんとなく、怖がって「泣」いてるのは理解しているようだが。

「あーそっか、聞こえないのか」とレオンは困った表情を浮かべ、リントに向けて「別に危害を加える気はないから落ち着けー」と声をかける。

竜の言葉が理解できるとか、あまつさえ会話するとかこの人間ヤバい。オレらでも、竜化したら言葉が通じないのに。

得体の知れないものが傍にいると完全に理解しパニック度が増すリントに、レオンは真顔で言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「というか、おれが!竜を!殺すわけないだろ!竜騎士だぞ!」

 

「ギャウ!」

 

「は?竜騎士なんか知らんって?相棒と一緒に世界を駆け回る誇り高き騎士、 …いやいや無理矢理連れ回してないから!相棒が行きたくない日とか行きたくない場所には行かないから! …つーか人型のときは喋れてたよな戻ってくれないか?ヒエンがなんか『ひとりで喋ってるカワイソウな人』みたいな目で見てるから泣きたくなってきたんだけど!」

 

「…いやそんなことは」

 

リントは所々で言葉を挟んだつもりだったが、やはりヒエンの方には伝わっていなかったらしい。

むしろ逆に竜の言葉を完全に理解しているレオンの方が変なのだが。これが「竜騎士」という生物の特徴なのだろうか。ヤバいんだけど。

混乱したままのリントは大声で「なれない」と鳴いた。自分は変幻が苦手で、1度竜化したらしばらく人の形にはなれないことを怒鳴り返す。

するとレオンは目をパチクリさせ、

 

「…うん?」

 

とリントをぐるぐる見回した。

そのままひょいと、いとも簡単にリントに飛び乗りポフポフ背中を叩く。

レオンは落ち着かせようとしたのだろうが、リントには逆効果だった。

はじめてせなかにのられた、しかもそれがにんげん。

このままくびきりおとされる。

と、レオンを振り落とそうとするリントに「えええ、なんで暴れんだよ」とレオンは優しく頭を撫でた。

 

「大丈夫大丈夫。苦手っつーか、おまえは竜の力が強いから、竜のカタチのほうが馴染むってだけだろ?だから人に戻りにくい」

 

だからまあ多分、とレオンはリントの頭を再度撫で額にある宝玉に触れる。

「落ち着きゃ大丈夫だ、手伝うから安心しろ。"竜騎士" に任せとけ」と柔らかく微笑んだ。

その微笑みと同じような暖かい何かが体に流れ込んだかと思うと、リントの混乱が少しずつ落ち着いていく。

背中の重さは徐々に気にならなくなり、心が穏やかに、安堵の気持ちが大きくなっていった。

 

オレは郷のみんなと違って、ポンポン変幻できなかったから、

だからみんなより弱いんだろうって、自分でも郷のみんなも思っていたのに。

だから人一倍強くならないとって思ってたのに。

「人」の力が弱かっただけで、

「竜」としては弱くなかった、ってことか?

じゃあ、オレは、

 

「ちゃんとみんなみたく、一人前ーー……、痛って!重っ!」

 

「うっお!?」

 

ぽひゅんとなんの前振りもなく、リントの身体はヒトのカタチに変わった。

リントの背に乗っていたレオンはそのままリントの上に落下し、下敷きとなったリントはレオンを乗せたまま地面に叩きつけられる。

慌ててリントから降りたレオンは、謝罪しながら潰れたリントに手を差し伸べて「ほら、大丈夫だっただろ?」と笑った。

差し伸べられたレオンの手とその微笑みを交互に見やり、リントは恐る恐るといった風情でその手に己の手を重ねる。その手をぎゅっと握り、レオンはリントを引っ張り上げた。

繋がった手を見つめながらリントは思う。

人間の手も、暖かいなと。

落ち着いたか?とヒエンも心配そうな表情で小首を傾げた。そのままゆっくり近寄ってリントの服に付いた埃を払ってくれた。

そういえば彼は、終ぞ刀を抜かなかった。混乱して大暴れし、尻尾を振り回したにも関わらず。巨木を切り倒すほどの力量があるならば、リント程度の暴れ竜など簡単に切り裂けただろうに。

レオンもヒエンも、本気でリントに危害を加える気がなかったのだろう。

なんかおかしいな、話に聞いた人間と違う。

この人間たちは、なんかちょっとヘンだけど、信用してもいいのかもしれない。

リントはぼんやりとそう思った。

警戒が解け少し表情を緩ませたリントに、レオンたちは笑いかける。

 

「ああそうだ、んで、おまえ名前は?」

 

「まだ聞いてなかったな」

 

「……。オレは、」

 

レオンとヒエンにそう問われ、リントはようやく己の名と種族をふたりに明かした。

悪くて怖い人間ばかりではないのかもしれないと笑いながら。

ちょっとなんかいろんな意味で、ヤバいタイプな気はするけども。

 

-2ページ-

 

■■■

 

紆余曲折あったが三人の自己紹介も無事終わり、リントはぽつほつと己の事情を話した。

竜の郷という場所に住んでいること。そこは外界から切り離されていること。そして、そんな場所にも関わらず、人間に襲われたこと。

そいつに思い切り腹を蹴られて死にかけたとリントが眉を下げれば、レオンが眉を釣り上げる。本気で怒ってくれているらしい。

郷を襲ってきた人間は恐らく郷の外に拠点を置いているはずだからと、リントはそいつを知らないかふたりに問い掛けた。言葉だけでは伝わらないだろうと「こんなカンジの…」と木の枝で地面に似顔絵を描きながら。

なんともいえないラクガキのような絵ではあったが、「蹴りがスゴい」「かお隠してる」「たぶんヤバい」とちょこちょこ書いた注釈が効いたのか、ヒエンがおや?と考え込むような素振りを見せる。

「そういえば龍がどうのこうの言っていたな」とヒエンは首を傾けた。

 

「知り合いなのか?」

 

「以前龍に頼まれて退治しに行った奴と同一人物だと思う」

 

リントの問い掛けにヒエンは郷を襲った人間、「魔皇」の話を語り出す。

龍の化身に頼まれ、魔皇と対峙したこと。その魔皇の名前がマオタイだということ。そして、しばらく姿を見せなかったマオタイが不思議なことにさらに力をつけて「邪帝」と呼ばれるものになっていること。

 

「そもそも俺は其奴を倒しに行くところだっ、」

 

「そんなことより『龍の化身』について詳しく。あとリントは竜の郷について詳しく」

 

レオンがやや食い気味にヒエンに詰め寄った。ついでにリントにもキラキラした目を向けてくる。

今ソレ関係ないだろというリントの言葉はレオンの熱気に阻まれ、虚空へと消え去った。

なんかレオンは竜に対する熱意ヤバめだなと、リントは若干引き気味な表情を作る。

詳しくと言われてもと、ヒエンは悩むように目を閉じしばらく逡巡したあと「説明しにくいな」と歯切れの悪い言葉を漏らした。

そこで濁らされると気になるのが人情というもの。

レオンは元より、リントも少しばかり興味を惹かれた。

リントの存在、つまり竜人というものにヒエンが驚かなかったのは過去に龍の化身なるものと接触していたかららしい。

つまり、外界の竜人ということだろう。

郷の外にもオレらみたいなのがいるのかと、外界でよく生きていられたなと、周り人間ばっかだろうにと、リントは不思議そうに首を傾けた。

 

(レオンやヒエンみたいな、悪いヤツじゃない人間に守られてたのかな)

 

リントはそんなことを目の前にいる人間ふたり、「詳しく…!」と縋るレオンと「詳しく…?」と困った表情のヒエンを見ながらぼんやり思う。

外界の人間がみんなこんなヤツらばかりだったらオレらもずっと郷に籠る必要なかったのにと、そしたらもしかしたら小さい頃からオレもこいつらと一緒に遊べたかもしれないのにと、楽しげなふたりを寂しく感じながら。

 

「詳しく、…詳しくか…。直接見たほうが早い気がする」

 

「居場所知ってんのか!よし行こう今すぐ行こう」

 

リントがぼんやり見守っている間に話が進んだらしい。龍の化身に会いに行くという方向に。

「まあ、邪帝と対峙するならば龍に協力を願うのも必要か」とヒエンは頭を掻きリントに顔を向けた。

お前はどうする?と目で問い掛けられたため、リントは「ついてく」と手を挙げる。

土地勘皆無な場所に置いていかれるのも怖いし、このふたり以外の人間はまだ怖かった。付いて行ったほうが安心できる。

 

そうこうしている間にレオンがいそいそと焚き火を消した。あっという間に周囲が暗闇に包まれる。

突然の暗闇に少し驚いたリントだったが、その暗闇からピュウと笛の音が鳴り響いた。かと思えば、地面に魔方陣が描かれその中からぼんやりとした灯りが飛び出てくる。

「なんか出てきた」と首を傾げたリントの目に、メラメラ燃えた大きな赤いドラゴンが写り込んだ。

突然何もないところから竜が現れ驚くリントだったが、よくよく思い出してみればライシーヤも似たようなことをしていた記憶がある。それと同じような技なのだろう。

まあ郷で一番凄くて強いライシーヤと同じことが出来るレオンは何者なんだと別方向で混乱はしたが。

驚くリントとは対照的に、ヒエンは炎を纏った竜を見て、呆れたように息を吐いた。

 

「ああこれは族長殿も立入拒否する…」

 

身体の炎で周囲は燃えないと理解していても、森の中でこんな大きな炎がウロつくのは心臓に悪いと小さく呟く。

思った以上に燃えている竜だなと引きつった表情のヒエンに首を傾げ、まあいいかとばかりにレオンはニコニコと喚び出したドラゴンに駆け寄り「ヒエンが友達のとこに案内してくれるってさ!仲良くなれるといいな」と話しかけていた。

 

「あ、こいつはおれの相棒!よろしくなー」

 

満面の笑みを向けて相棒の竜を紹介するレオンに対し、木が燃えそうで怖いからその竜しまえとは言えないなと目を瞑り、ヒエンは炎の竜に向けてぺこりと頭を下げた。

リントとしては、外界で初めて会った同種だ。ちょっと顔がリザドに似てると眺めるように視線を送る。

「…ん?あれ? "相棒" ?」とリントは赤い竜とレオンを交互に見やり、つい先ほどレオンが語っていた内容を思い返した。

相棒相棒と言っていたが、レオンの言う「相棒」とはこの竜のことだったらしい。ヒトじゃなかった。

それならば、さっきの会話も理解出来る。こんなメラメラ燃えている竜を森の中に立ち入らせるのは拒否されるだろう。

 

「相棒って竜のことだったのか…。人間ってみんなこうなのか?」

 

「いや竜騎士が特殊だ。竜と共にいられるのは彼らだけで…、ああそうか言わなかったな申し訳ない」

 

リントの言葉にヒエンが応え、詳細を話さなかったことを謝罪した。人の世では「竜騎士」と「竜」がパートナーとなっていることは常識らしい。竜騎士が相棒と言ったら竜のことを指すと。

なんとなくイチャついてるように見えるレオンたちを眺めながら、リントは首を傾けた。パートナーとして人間がすぐ傍にいるという感覚はピンとこない。

リントの視線に気付いたのか、レオンの相棒は怪訝な顔でリントに近寄り匂いを探った。そのまま「ヒト?じゃない気がするけど、なにこの人?」とばかりに首を傾げレオンに向き直る。

「ん?昔見ただろ。竜人だってさ」とレオンが応えると、相棒は合点のいったように声を鳴らした。

よろしくと言いたげにリントに向けて頭をコツンとぶつける。

 

「よ、ろしく?」

 

リントがそう返すとレオンの相棒は嬉しげな声で喉を鳴らした。

レオンと似て、懐っこく人見知りしない性格らしい。しかも人語を理解しているようだ。

ならばと「…人間怖くない?」と聞いてみると「別に?」といった態度で首を傾げられ、「人間ヤバくない?」と聞いてみると「…変なやつだけど楽しい」とばかりに不思議な声を返された。

あ、やっぱこっちの竜から見てもレオンはヘンなのか。返答がモニョモニョと濁るくらいに。

竜同士のコミュニケーションを満足げに見ていたレオンはひょいと相棒の背に乗り「おれは相棒に乗ってくけど、ヒエンはどーする?」と声を掛けた。

乗るならうしろー、とレオンは相棒の背を叩いたがメラメラ燃えている竜の背に乗るというのはかなりの覚悟がいるのだろう。

カチンと固まったヒエンには気付かずレオンは「リントは竜になれるから自分で飛べるよな?」と首を傾けた。

人変幻はさっきのようにレオンに手伝ってもらえば良い。レオンの問いに頷いて、リントは少し戸惑いながらヒエンを誘う。

 

「えっとさ、………のる?」

 

リントの誘いにヒエンはこくりと頷いた。

まあリントから見ても燃えてる竜に人間が乗っている姿は「なんか見た目ヤバい」と思うので多少慣れてきたヒエンなら背に乗せるのも吝かではない。

というか、なんでレオンは平然と燃えているものに跨っているのか。

人間は炎すら恐れず突っ込んでいける類の生き物なのかとも思ったのだが、ヒエンの反応を見るにあれは異常の分類に入るのだと思う。

こうして、ほんの些細な出来事ではあるがリントの「人間ってやっぱヤバい生き物」ゲージはまたさらに上がった。

まあこの短時間で散々人間の妙な生態を見たのだからこれ以上は上がらないだろうと思いつつ、リントはポンと竜の姿へと形を変える。

少し下降し身体を傾け、「乗れる?」問うようにヒエンを背中へと誘った。

 

■■■

 

2体の竜とふたりの人間はふわりと空へ浮かび上がる。空には月と星があるとはいえ、やはり薄暗く視界が悪い。

リントは地上に目を落としたが、ちらほら小さな光が見えるもののほぼ真っ暗だった。

深夜だからほとんどの人間は寝てるさ、と並走するレオンが笑う。

人間も夜寝るんだ、とリントが不思議そうに言うとレオンは「寝るぞ?ヒトもドラゴンも同じ」と相棒の背をペシペシ叩いた。リントたちの会話にヒエンも混ざる。

 

「…竜も眠るのか」

 

「夜に動くドラゴンもいるけど、…とりあえず相棒は夜寝てるな」

 

たまに一緒に寝るぞ?とレオンは自慢げに微笑んだ。ヒエンとリントは「炎を纏う竜の近くで眠れるものなのだろうか」と呆れたような眼差しを向ける。

そんななか、ヒエンが地上に目を向け「この辺りだと思う」と声を掛けた。

案内に従いリントはひよひよと下降する。いつものように頭から突っ込んだらヒエンが落ちそうだしと慎重に。

真横で楽しそうに頭から地上に突っ込んでいったレオンを見て「あれ?案外いけるのかな?」と錯覚はしたが、直滑降に降りるレオンを見てヒエンがギョッとした表情を浮かべたため「アレは異常」だと判断した。

リントたちがゆっくりと地上に降りると、レオンは相棒を労わりながらもリントたちに向け「遅かったなー」と首を傾ける。

ヒエンは口には出さなかったが「あんな降り方出来んのはお前らくらいだ」となんともいえない表情をしていた。

 

レオンに手伝ってもらい、リントは人の形を取る。人間を乗せて飛んだのは初めてだと大きく伸びをし、そのままぐるりと周囲を見渡した。

キラキラしたデッカい建物がそびえ立つこの場所は、夜だというのに灯りで彩られほんのりと明るい。

屋敷の隣には何段にも重なる塔があり、その塔を囲むようにして睡蓮の池が水面を揺らしていた。薄っすらとした灯りに照らされる蓮の花と葉は、この世のものとは思えないほど幻想的で美しい。

見たことのない景色に見惚れたリントがあちこちに視線を彷徨わせていると、ヒエンは「中だろうか」と頭を掻いた。

 

「灯りがついているから、起きているとは思うが」

 

竜も眠るらしいしとヒエンは屋敷の入り口に手を掛ける。

「イン、ヤン、いるか?」とヒエンが声を掛けながら扉に触ると、施錠はされていないらしく滑らかに開いた。

首を傾げ室内に足を踏み入れるヒエンを追って、リントたちも慌てて敷居を跨ぐ。

すると突然足元に魔法陣が描かれ、淡い光を放った。「え?」と誰かが呟いたかと思うと、足場が浮くような感覚に襲われ周囲の雰囲気が変化する。

 

気がつくとリントたちは、よくわからない場所へと運ばれていた。

 

真っ平らな地面には角ばった渦巻きが描かれており、周囲には何本もの柱が生えている。リントたちは先端が白い柱と黒い柱、等間隔で並ぶそれに取り囲まれている不思議な空間に立っていた。

空を見上げれば雲に覆われ薄暗い。隙間から見える空は濃く暗く、深藍の色が広がっており物悲しさを感じた。

人間の世界の家というものは、入るとこんな風になっているのだろうか。

落ち着かない気がするけどとキョトンとしていたリントだったが、当の人間のレオンとヒエンが驚いてキョロキョロしているため、これまた「普通」ではないらしい。

 

「…こっちの家ってみんなこうなの?」

 

「いや違う。…なんだ此処は」

 

「うえあああ!?相棒がいねえ!どこいったぁー!?」

 

前言撤回。レオンが驚いているのは相棒がいないことにだった。

そしてヒエンは驚いてはいるのだろうが、ほとんど表情に出ていなかった。

ふむとヒエンは顎に手を当てる。転移の魔法だろうかと辺りを見渡していた。

つまるところ、屋敷の入り口からよくわからない空間に飛ばされたらしい。レオンの相棒がいないのは、転移時にレオンだけ飛ばされたのだろう。相棒を取り戻そうと指笛を鳴らしていた。

なんだここ喚べないー!?と涙目になっていたが。

 

戸惑う3人の耳を大きな鳴き声が届いた。何事かと振り向けば、そこにはチカチカしたナニカが暴れ回っている。

長い体を捩り、時には輝き、時には黒く沈んで、体色を変化させながら空を縦横無尽に走っているそれは恐らく龍。

その龍の発するごちゃごちゃとした気配に酔ったリントは顔をしかめた。

なんだアレ。混ざっちゃいけないものが混ざった感じがする。ヤバいもんが混ざり合って暴走してるような奇妙な感覚。気持ち悪い。

カップの中で紅茶とコーヒーを混ぜてオマケに緑茶を足した、妙な物体を飲まされた感覚。

気持ち悪さに顔を真っ青にして口元を押さえたリントは、不安そうに隣にいる人間たちを覗き込んだ。

竜のオレがこんな気持ち悪いんだったら、人間はもっと気持ち悪いんじゃないだろうか。

そう思い、心配そうに見上げた人間ふたりは

すごく普通な表情で走り回る龍を見つめていた。

 

「なんかあいつ、陰と陽が混ざり合って最強に見える」

 

「陰と陽? …ああなるほど。ウロコがちょっと欠けてるな、紹介したかった龍だ」

 

「…ええ…?」

 

平然と気持ち悪い龍を眺め、平然と会話するふたりにリントは驚く。

なんでそんな普通なんだこのふたり。

気持ち悪くないの?

混ぜるな危険を素でいってるのに?

オレは気持ち悪すぎて目がぐるぐるしてきたのに。

吐き気を抑えつつリントが「なんでへいきなの…?」と問いかけると、ふたりはキョトンとしながら首を傾げる。

 

「いやだってよくあることだし」

 

「あんな感じの奴、そこそこ見掛けるぞ」

 

「マジかよ…」

 

なにそれコワイ。

郷の外ってあんなのがゴロゴロいるの?

リントが外界の恐ろしさを再認識している合間に、レオンとヒエンはポンポンと例を語り出した。

「昨日と今日で性格がガラッと変わったり」

「急に乱暴になったり」

「かと思えば急に冷静になってたり」

「そういやこの間友達が白黒半分ずつになってたな」

「師匠も突然乱心したな」

「まああれだ、稀によくある話だ」

レオンがそう締めれば、ヒエンもしたり顔で頷いている。そんなふたりに返す言葉が見当たらず、リントは目を泳がせた。

郷の外どうなってんの、ヤバいってのは知ってたけど、ヤバいってレベルじゃねーぞ。

あの龍も、人間も、外の世界も、

カオスすぎる。

 

「カオス?ああそうかそれだ。気配が渾沌としてるからか、あいつの言葉がイマイチ要領を得ない」

 

「そうなのか、それはかなり、…ふむ」

 

少し考え込んだヒエンは、刀を掴んだまま極々普通に、知り合いに話し掛けるかのように自然な仕草で渾沌とした龍に近付いていった。

そのまま刀を鞘に包み込んだままの状態で、暴れ回る龍の胴を突く。ズガンと大きな音がリントたちのいる空間に響き渡った。

今、刀で、あの小さな棒で、突いただけだよな?とリントは目を丸くする。デカイ丸太とともに体当たりしたかのような音だったのだが。

ただ突いただけのはずだが、巨大な龍はその衝撃を受け体を怯ませた。

ヒエンは怯んだ龍の体に足を掛け、納刀したまま高く高く飛び上がり龍の頭に刀を叩き込む。

刀を振るった反動と龍を足場にひょいと跳んで、ヒエンはリントたちの元へと戻ってきた。

ちらりと龍を見やって小首を傾げ困ったように頭を掻く。

 

「叩けば正気に戻るかと思ったが駄目だったな」

 

ヒエンの言葉を掻き消すように、龍はリントたちに向けて咆哮を奏でた。

ヒエンの一撃のおかげで、渾沌とした龍はリントたちのことを認識したらしい。

己に危害を加えた侵入者に対する敵意とともに再度鳴き、龍は物凄い勢いで体を走らせた。

完全にロックオンされた3人は、流石にあのまま体当たりされるとマズいと慌てて地面を蹴り走り出す。

 

「なにしてんだよバカぁ!レオンに比べたらマトモだと思ったのにヒエンもヤベーやつじゃんか!?」

 

「心外だ」

 

「おれよりマトモってどういう意味だよ!」

 

バタバタ走りながら言い争う3人に龍が迫ってきた。背後から感じるチカチカした気配に「セキニンとれバカぁぁあ!」とリントが泣くと「了解した」とヒエンはキュッと足を止め反転する。

ああは言ったものの、本当に戻るとは思っていなかったリントが慌てて振り向くと、ヒエンが龍に向かって飛翔している姿が映った。

心なしか、若干楽しそうに。

正面から仕掛けるヒエンから目を離すと、レオンは槍を携え「援護する!」と位置をずらしながら龍に向かって駆け出している。

心なしか、ウキウキとした表情で。

 

「…やっぱ人間って竜を殺したがるの…?」

 

若干裏切られた気持ちになったリントだったが、よくよく見ればヒエンもレオンも殺そうと思って動いてはいなかった。

致命傷になりそうな攻撃は避け、体力を奪うかのようにちまちまと絶妙な箇所を叩いている。形としては稽古や手合わせに近い。

弱らせて落ち着かせようという作戦だろうか。

それでもまあ、ヒエンは強そうな龍と闘えるのを楽しんでいる雰囲気を、レオンは初めて見た龍と戯れられるのを喜ぶかのような雰囲気を、全身に纏って立ち回っていたが。

 

「人間怖いな…」

 

なにがとは上手く言えないが、ともかくなんか怖い。そしてヤバい。

人間ヤバいメーターが上限知らずに上がっていく。

そう再認識したリントも、人間が闘っているのに竜である己がぼんやりしているわけにはいかないと遅ればせながら戦線に加わった。

今度はヒトの形のまま。

いやだって、あの空気の戦場に竜の形で参戦したらドサクサに紛れてあのふたりに斬られそう、だったから。

 

■■■■

 

-3ページ-

 

しばらくして。

息を切らして立つリントの目には、目を回しながら地面に落ちた龍と、それを嬉々として撫で回しているレオンと、疲れを微塵も感じさせない態度のヒエンが映っていた。

人間って、元気だな…。

これが人間の普通なのか、それともこのふたりが規格外なのかよくわからないと深い息を吐きつつリントもふたりの傍へと近付いていく。

いつの間にやらチカチカした龍が消え、ヒトが座り込んでいたからだ。

チカチカした龍のいた場所で唸るように頭を押さえているのは赤いヒトと青いヒト。

カタチとしてはヒトだが、気配は龍だ。多分、先ほどの龍がヒトの形に変わったのだろう。やはり竜人らしい。

本当に郷の外にも竜人いるんだなと、リントがポテポテ近寄るとヒエンが彼らに声をかけていた。

 

「大丈夫か?」

 

「お主なあ…、思い切り殴っておいてよく言う…」

 

赤い方が愚痴るように言葉を漏らす。

確かに彼らはリントと似たような形だが、ひとりの龍が人化でふたりに分離するという話は聞いたことが無いし、耳の形も竜人とは違った。

そもそも、近寄って確認すれば気配がまるきり違う。リントたち竜人族は人の形をとっていたら、気配も若干ヒトに寄るのだ。リザドでさえ、竜っぽい人、に止まる。

故にレオンもレオンの相棒もリントを見て「あれ?竜っぽいけど人?」だの「ヒトっぽくないけどヒト?」と首を傾げたのに対し、彼らはこの形でも気配は龍そのものだった。

なんだこいつら、こんなの知らないとリントは若干警戒し、彼らと顔見知りらしいヒエンの背に隠れながら問い掛ける。

 

「竜人、じゃないのか?」

 

「む?……おや、郷の竜か? お主のような小僧が此方にいるのは珍しいな」

 

「小僧じゃない、オレはリント! …いやそりゃまあオレはまだ数百年しか生きてないけどさ」

 

小僧じゃないもうオトナだもんとリントが頬を膨らませば、赤い龍は微笑ましそうに口元を緩めた。孫を見るような目で微笑まれるのは面白くない。

不機嫌そうなリントを笑い飛ばし、赤い龍は「広義的に見れば我らも竜人よ。お主らのようにヒトの形を取るのではなく、ヒトと接するために似た形を造っておるだけだ」と、袖口をヒラヒラ揺らした。つまりこの姿は本体の分身みたいなものらしい。故に竜人とは名乗らず化身と称しているのだろう。

この姿だと街に行っても気付かれん、龍の姿で行くとヒトを怯えさせてしまうからな、と彼は柔らかく笑った。

 

「まあ怯えるどころか嬉々として斬りかかってきた面白い奴もおったが」

 

そう言いながら赤い龍はちらりとヒエンに視線を向ける。視線を受けたヒエンはぷいと気まずそうに「ヤン、それは…」とそっぽを向いた。

そんなヒエンにジト目を向けながらリントは思う。龍に斬りかかったのかー、やっぱヒエンもヤベーやつじゃんかー、と。

そういえば、筆頭ヤベーやつのレオンが静かだなとリントは不思議そうに首を回した。

先ほどのリントと赤い龍、ヤンだったか、の会話に割り込んできてもおかしくないだろうに。

レオンを探して視線を回したリントの瞳に、キラキラした表情のレオンとされるがままの青い龍人の謎の戯れが入り込んできた。

わしゃわしゃと青い龍の髪に触れつつ「おお…」と喜色の声を鳴らすレオンと、「…」とただ無言で不思議そうに首を傾げている青い龍。

なにやってんのあいつら。

 

「コラ、そこの緑の。インも疲弊しとるからそのへんでやめておけ。インも抵抗くらいすれば良かろうに、騒がしいのは嫌いだと言っておっただろう」

 

「…あ、そうか。嫌だったか?ごめんな」

 

「……む…」

 

ヤンに叱られ素直に謝るレオンに対し、ぼんやりと頷きながらインと呼ばれた青い龍は手をヒラヒラと動かした。

気にするなということだろうか。

多少名残惜しそうだったがインから離れたレオンは、挨拶とともに己の名を化身たちに告げる。先ほどのニコニコしていた態度からは打って変わって、キリッとした凛々しい顔と声色で。

その姿は見事に「騎士」だった。

レオンの変わりように目を丸くするリントを尻目に、騎士の顔でレオンはヤンたちに問う。疲弊しているようならば、貴方方を竜騎士の隊舎で保護をする、と。

ああ仕事モードなのかとリントは頬を掻き、いつもこれならマトモに見えるのにと苦笑した。

 

「うむ?…ああ、その必要はない。少し休めば大丈夫だ」

 

そう応え、ヤンはへらりと笑う。まあ多少小さくなってしまうがなと手をヒラつかせれば、ヤンの影から小さな龍が飛び出してきた。

先ほどの大きくチカチカしていた龍と、形の造形は似ているが雰囲気が全く違う、ちまっとした赤めの小龍。

さっきのチカチカした龍の姿が消えたのではなく、この小龍に戻っていたからちまっこくて見つけられなかっただけだったのだとリントは気付く。

その小龍は「ヤンヤン?」と可愛らしく鳴き声を上げ、低空をくるりと舞ってみせた。

レオンが死ぬほど連れて帰りたそうな顔をしているのは無視すべきだと思う。

赤い小龍の姿を見て「幼体化したのか?」と首を傾げるヒエンに、小龍は「ヤン」と首を振って否定の仕草を見せた。

人語を話せない小龍の代わりにインが「…分離したばかりで、陰陽の気が弱まっておるから縮んだ、と考えてもらって良い」と手をヒラつかせる。

本体が動くとこっちを動かしにくいなと苦笑しながらいつの間にか隠れた小龍の代わりにヤンが動きはじめ、インの肩に手を置いた。

 

「我らに定まった形はない。良いバランスならば大きく、偏れば小さくなる。まあ今回は我らそのものが弱っておるのもあるが」

 

「…無理に混ぜられた。確かに元はそれだが、…今の世には必要ないことだ…」

 

さも当然の、一般常識の知識かのようにインが口を開く。

もう既に秩序によって全て形作られているのだから、渾沌に戻す理由がないと首を振りながら。故に我らは分離して陰陽等しく定めているのだが、と疲れたように息を漏らした。

陰の気も陽の気も、必要なのはバランス。偏らせてはならないし、混ぜてもいけない。混ぜたら最後、この世はただの渾沌へと戻ってしまうとインはぼんやり空を見上げる。

 

「あのまま我らが大地に出ていたら、天と地は混ざり、物事は入り乱れ、大地とてこの世を造る前の状態にまで戻ってしまっただろうな。止めてくれて感謝する」

 

ヤンはそう言ってニカッと笑った。

我らに会いにきたということは何か用事があったのやもしれんが、我らは天と地を定めるので精一杯だ、と少しばかり申し訳なさそうな顔となり「すまんなぁ」と頭を下げる。

 

「ただ、天地は我らで支えるから、今後狂うことはなかろう。そこは安心してくれ」

 

ヤンはニコニコしているが、放たれる言葉全てが小難しくよくわからないと、リントがギブアップの表情を浮かべるとヤンは不思議そうに首を傾けながら「む?」と呟いた。

知らんのかと頭を掻きながらヤンは語り出す。

 

元々世界は渾沌。何もない物体だったのだ、と。

そこからふわりと原初の帝が生まれ、この世を作り始めた。

どういった手段を使ったのかは知らないが、渾沌を陰陽と分離させたらしい。

すると陽は天、陰は地と変わった。

 

「それが我らだぞ? 彼奴が教えているとばかり」

 

「?」

 

リントは首を傾ける。

インとヤンが、もとい、陰龍と陽龍がなんか凄い龍だってのはわかった。

なおかつ、インがぼんやりしているのは現状この世界の大地が騒ついているからそれに連動しちゃってるってのもわかった。

だから騒がしいのが嫌いなのもわかった。

あとついでにレオンが「つまりこのふたりはうちに連れて帰れない」とショックを受けているのもわかった。

ブレねえなこの竜騎士。

あとわからないのは、

 

「…"あいつ" って?」

 

「郷の守人だ。お主も知っておるだろう?」

 

ヤンが小首を傾げ問いかけた内容にリントは「…ライシーヤ?」と思い当たる竜人の名を呟いた。

それは正解だったらしい。ヤンは頷き「彼奴も古い竜だ、郷に籠る時には我らも誘ってくれた。郷の方が安全に支えられるだろうと」と嬉しげに微笑む。まあ断ったのだがと少しばかり眉を下げた。

そんななかインがぽつりと「…無為自然…」と口を挟んだ。

人為的に手をつけるのではなく、自然のあるがままを受け入れる。自分たちはその思想のまま生きているのだが、と空を見上げた。

 

「…彼奴はそれに障っている。故に断った」

 

竜人を郷に籠らせた行為は自然から反していると、インは首をゆっくりと振る。

言ってやるな、彼奴は彼奴なりに考えた結果だとヤンは苦笑しぽふぽふとインの頭を叩いた。

自然のまま竜人族がヒトに襲われ滅びるのを選ぶか、手を加え郷の中で竜人族を保護するか。

ライシーヤの判断が正しかったかはわからない。しかし結果的に、ライシーヤの行動により竜人族は滅びず、リントが存在している。

 

「深く考えるな、考えたところでどうにもならぬよ」

 

しかし若い竜人にも我らのことくらい話してくれても良かろうに、とヤンは拗ねた表情を浮かべた。ついこの間顔を見せに来た癖にと小石を蹴るような素振りを見せる。

多分、陽龍たちのことを話したらオレらが外に興味持っちゃいそうだから黙ってたんだろうなと、リントは頭を掻いた。実際に、もしも彼らの話を聞いたら「あいたい!」とねだる自信がある。

…あれ?今さらっとヤンが変なこと言ったような…。

複雑な表情を見せるリントに小首を傾げ、ヤンはリントたちに向き直った。

 

「…して、お主ら何故此処に?そこの、………、あ」

 

ヤンはヒエンを指差しながら今気付いたとばかりに口をぽかんと開く。

急に固まったヤンを見て、ヒエンは元よりここにいる全員が「どうした?」と怪訝そうな視線を送った。

 

「いやうむ、そこの剣士。そういえば名を聞いておらなんだ」

 

「………、ああそういえば」

 

小さい頃に斬りかかり、多少成長した頃に言葉を交わし、ともに魔皇に挑んでともに空を飛んだ仲ではあったが、ヤンはヒエンの名を聞いていない。

名乗る機会を逃していたというか、特に気にならなかったというか、忘れていたというか。

若干気まずそうに視線を泳がせるヤンに、ヒエンは「まあ困らなかったからな」と苦笑し、ようやく己の名を告げた。

ヒエンの名を聞いてヤンは嬉しげに微笑み、覚えたとばかりに胸を張る。

 

「うむ、覚えたついでに、この状態で魔皇だか邪帝だかに狙われたら敵わんのでな。ヒエン任せた」

 

「…いやそれの助力を頼もうと思って訪ねたのだが」

 

ヒエンの言葉に「すまん無理!」とばかりにヤンはいつの間にやら人の形に飽きてミニサイズの龍となっていたイン、名付けるならば「陰小龍」だろうか、をきゅっと抱きかかえた。

こんな小さくなった我らに闘えというのか、と訴えるように。

その眼差しを受け、ヒエンは諦めたように息を吐いた。

 

「…すまない、龍の助力は得られないらしい」

 

「いやそれは別に、素敵な龍に会えたからとても満足」

 

なー?と抱きかかえられている陰小龍をむにむにと撫でるレオン。撫で方が心地良いのか、陰小龍は珍しく表情を緩めていた。

相方の表情を見て「おや」と目を丸くしレオンをマジマジと眺めるヤンは、何か合点のいったように頷き笑みを浮かべる。

疲弊している龍にこれ以上負担をかけたくないとレオンがリントたちに声を掛け、ヤンに帰り道を聞いた。

ヤンはすいと片腕を動かしゲートの魔法陣を地面に描く。

 

「其処に乗れば戻れる。我らはしばらく此処で休むが…」

 

「大丈夫大丈夫、ありがとな!ちゃんと休めよー。んで元気になったら遊ぼうな、今度はおれの相棒に会わせたいからさ」

 

ニコニコしながら手を振り、レオンはリントたちの背を押しながら陣の中へと入っていった。

3人の客人が陣の中へと消え、賑やかだった空間には静寂が訪れる。

「元気な子らだったな」と相方を撫でながらヤンは微笑んだ。

 

「特に、レオンだったか。昔見た人間と似ておった。竜を好いておるところも、竜に好かれるところも」

 

陰龍がヒトの手に安堵するとは珍しい。お主のそんな顔は久方ぶりだなと楽しげに声を掛けた。

インの姿で撫で回されていた時、一切抵抗しなかったのはそういう理由かとヤンは空を見上げる。

 

昔々、とても竜が好きな人間がひとりいた。

竜とともにあり、竜を守り、竜を育てた人間が。

同族とともにいるよりも、竜とともにいた時間の方が長いのではないかと疑うほどの妙な人間。

今ではもう、古い龍しか覚えていないであろう伝説に近いその人間を、竜たちはとても好いていた。

 

竜人たちが、竜の姿ではなくヒトに近い姿で生活しているのは、

恐らく彼の影響なのだろうとヤンは思う。

 

人間に酷い目にあわされ、人間を嫌い、人間を避けるように郷に篭った竜人が、

何故、ヒトと同じ姿を形作っているのか。

嫌悪する生物と同じ形を、わざわざ選ぶ必要はない。

竜人は竜の姿にもなれるのだから。

ヒトの姿を捨て、「稀にヒトに変化できる竜」として生きることもできただろうに。

 

しかし彼らはそれをしない。

今存在している竜人はほとんどが「ほぼヒトの姿で生活し、竜の姿にもなれる」のだという。

人間を拒絶している割には、人間の姿を好んでいる。

 

恐らく、

何百、何万と存在する「嫌いな人間」ではなく

たったひとりの「好きな人間」のために

もっと彼の傍にいたくて

彼と話がしたくて

彼とともにいたくて

竜人は、人の形を捨てられなかったのではなかろうか

 

その想いが脈々と受け継がれ、竜人は竜「人」のまま続いている。

たとえその人間のことを知らぬ世代に変わろうとも。

「ヒトの形で良い」「ヒトの形が良い」と。

 

「竜の種族は一途よなあ」とクスクス笑いながらヤンは眠りについた相方をぽふんと撫でた。

きっと竜人族は、知識としては知らなくとも本能的に識っている。

「仲良くなれる人間がいる」ということを。

ヤンは先ほど出会った若い竜人を思い浮かべた。

郷産まれ郷育ち、外のことなど何も知らない。

それなのにあの子は、人間のふたりと肩を並べていた。変に警戒することまなく、友人かのように気安く。

 

「ああ本当に、竜という生き物は人間が好きなのだな」

 

己も含めて、と笑いヤンも龍の姿に戻った。こちらも小さな小さな陽小龍の形に。

白と黒と深藍色の空間でふたりの龍は眠りにつく。

いつかまた、この世界が竜も竜人も人間も他の生き物も、ともにいられる地になれたら良いなと優しい夢を描きながら。

ああしかし、我らを混ぜることの出来る者など、この世界に数えるほどしかおらぬというのに、何故我らは突如渾沌に戻ったのか。

いったい誰が我らに手を加えたのだろうか。

心当たりがいなくはないが。

「多少回復したら早々に此処の外に出ても良いな、人の世と竜人がどう動くか気になる」と先ほど訪れた彼らに小さな夢を託し、彼はゆっくり目を閉じた。

 

 

■■■■■

 

 

 

まあ、

竜が人の形になるのは

小回りが利くとか

意思疎通しやすいとか

道具を使えるから便利とか

そんな理由もあげられますので

一概にそうだとは言えませんが

 

姿を変化させやすいこの世界で

ふたつの姿を持った種族が

わざわざ嫌いな相手と似た形をとるのは

不自然といえば不自然ですので

その形に、なにか思い入れでもあるのではないかと

ふとそう思っただけです

 

実際のところは

全てを識る方に問わねばわかりませんが

 

永い永い刻のなか

個々の記憶などほとんど消えていくもの

知能のある生物は

忘れなければ生きていけません

ならば恐らく最期まで

こちらとしてはわからずじまい

 

さてさて、

少し寄り道をした彼らですが

風ですからねこればっかりは仕方ない

風なんざ他人を気にせず気ままに走るものですからね

追い風になろうが向かい風になろうが

そんなの知ったこっちゃない

 

ただ走りたいように走るだけ

 

■■■■■

 

 

-4ページ-

 

■■■■■

 

リントたちは、屋敷の外に立っていた。

ちょうど夜が明けていたらしく爽やかな朝焼けが目に映り、リントは思わず目を細める。

そんなリントたちの姿に気付き、置いていかれオロオロしていたレオンの相棒は「みつけたー!」とばかりにレオンに飛び掛った。言葉だけなら微笑ましいが、実際のところ大人が見上げるほどの大きなドラゴンだ。

そんなドラゴンに飛び掛かられたら、普通の人間は勢い余って吹き飛ばされる。案の定、レオンはドッと音を立てて弾き飛ばされた。

突然の竜の体当たりにギョッと目を見開くリントだったが、吹き飛ばされたレオンが割と幸せそうな顔をしていたので気にしなくて良いらしい。

割と遠くまで吹っ飛んだにも関わらず、ケロっと立ち上がりニコニコしながら「心配かけてごめんなー」と相棒を撫でるレオンは本当に人間なんだろうか。

妙な人間を眺めながらリントは大きく欠伸を漏らす。夜の内にこちらに来て、そのまま龍に会いに行ったのだ。夜通し動いた疲れが今になって襲ってくる。

眠たそうなリントを見て、ヒエンは眉を下げリントに声を掛けた。

 

「陽龍たちの助力を得られなかったな、すまない」

 

無駄な時間を取らせてしまったとヒエンはぺこりと首部を垂れる。面白かったから別にとリントは笑い、もう一度飛び出た欠伸を噛み殺した。

「少し寝るか?昼には起こしてやるから、」とヒエンは言ってくれたが、それは勿体無いとリントは首を振る。

早くマオタイを倒して郷に平和を、とも思わなくもないのだがそれよりも目の前にいる「人間」を知りたい。話をしたい。

 

「さっきヤンが話してた、ヒエンが龍に斬りかかったのってなんで?」

 

「…昔の話だ」

 

話したくなさそうにリントから目を逸らすヒエンに「昔ってことは小っさかった時なのか?ヒトも小さい時があるの?」と食い付くリント。

あれもこれも話してよとウキウキねだるリントを見て、ヒエンは「…龍に斬りかかった話なんて、その、リントには不快だろう?」と困った表情を浮かべる。

ヒエンに指摘されてリントは目をパチクリさせた。

そういやそうか、そうだよな?

人間が同族を襲った話なんて面白くないはずだ。

でも知りたい、聞きたいという気持ちの方が優った。

 

「んー? …でもだって、ヒエンは嫌な人間とは違うだろ?」

 

「…そうだろうか」

 

「ヒエンは、レオンもだけど、理由なく竜を殺さないだろ? それくらいオレでもわかるよ」

 

だからなにか理由があって斬りかかったのかなって、とリントは首を傾げる。

例えばその龍が先に攻撃してきたとか、龍が人間の住むところを襲ったとか。

人間にだって、マオタイみたいに竜を襲う人間もいれば、レオンみたいに竜を溺愛している人間もいる。

それと同じで、郷の外の竜には色々いるんだろうとリントは少しずつ理解し始めていた。

だって、

郷の外にいる人間は、竜を狙うヤツらばかりじゃなかった。

人間は問答無用で竜を殺すんだと思ってたけど、違った。

仲良く出来る人間もいた。

だからヒエンが竜を襲ったという話を聞いても「乱暴な竜を懲らしめたんだろう」程度で、そこまで不快にはならないと思う。

 

「というか、人間で嬉々として竜に挑むやつあんまいないぞ?大抵怖がって逃げる」

 

リントたちの会話にレオンが割り込んだ。

ほら、また、郷で聞いた話と違う。

どうにもレオンが言うには、この世界で竜というものは権威と力の象徴らしい。

そりゃまあ確かにそういった側面があるから名を上げようと竜に挑む輩もいるにはいるが、基本的には畏怖しつつ崇めつつ程よい距離感で共存しているという。

人間と仲良くできてる子もいるし、とレオンは笑顔で相棒を見上げた。

ほら、竜と人間は仲良くなれる。

実例がそこにいる。

竜人族だって、人間を嫌って郷に籠る必要はないかもしれない。

郷のみんなだって、人間と仲良くなれるかもしれない。

レオンとその相棒を羨ましそうに見つめ、リントはヒエンに目線を戻した。

だから、人間をもっと知るためにもヒエンの話を聞きたい。

困り顔のまま頭を掻いてヒエンは仕方なしとばかりにポツポツ語り出した。

 

「…俺が斬ったのは、ヤンだ。陽龍の姿だったが」

 

「じゃああれかな、さっきみたく暴れてたとき?あ、だからさっきぶん殴ったんだな!」

 

リントの相槌にヒエンは頷き、昔陽龍から街を守ったときのことを教えてくれた。まあ色々あって、本人的にも若干苦い思い出に分類されているようだったが。

話を聞いてリントは「…街で暴れてた龍を追い払った、街を守ってくれたヒエンを、なんで人間は怖がるの?」と目を丸くし、人間よくわかんないと首を傾ける。

 

「強すぎると怖い、らしい」

 

「? 強いのは凄いことだろ?」

 

「この辺の感覚は、竜人と人間でちょっと違うのかもな」

 

なんだかんだで竜の気質を持つ竜人という生物は、強い個体に従うという本能があるのだろう。この件に関しては少し動物的なのかもしれない。

リントが警戒しつつもヒエンやレオンに馴染んだのも、この辺りが影響している可能性がある。

強いと認めたら懐くというか。

逆にマオタイに敵意を持ったのは、テリトリー内で襲われたから防衛本能が優先されたのだろう。

自分たちの巣の近くで暴れるやつは敵、程度の。

テリトリー外で、自身に危害を加えない、強い個体を見つけたら、リントはホイホイついていきそうな雰囲気があった。というか現状そうなっている。

ニコニコしているリントを見つめ、レオンたちは少しばかり真剣な顔で「…変なやつについて行くなよ?」と忠告し、それに対してリントは「おう?」と不思議そうに首を捻った。

 

■■■

 

その後もリントは様々なことを知りたがり、レオンもヒエンもリントからの質問に答えていく。

途中リントの腹の虫が鳴き、食事にするかと有り合わせのものを並べた。

竜人って何食うの?相棒と同じ?とレオンはヒトの食べ物の竜の食べ物を並べ、どっちが良いかを問う。どっちも食べてみたが、どっちも美味しかった。

 

「よくわからんが、食う量は相棒と同じくらいか」

 

「…あの量が収まるのか…」

 

リントの食べっぷりに人間組が驚いたような表情を浮かべる。何に驚かれているのかよくわからず、リントはキョトンとした表情で返した。

リントは、人の形はレオンたちとそう変わらないから奇妙に映るが、竜の形はレオンの相棒とほぼ同じ。つまるところ、成人竜と同じ量は腹に収まる。

むしろリントは、人間ってあんま食べないんだなと不思議に思った。

美味しいのに。

おにくやいたら美味しかった。生じゃなくても美味しいんだな、肉って。

そんなことを考えながら、リントはモリモリと幸せそうに食べ物を頬張った。

 

「少し休んだら行くか」

 

腹も満ちたところでレオンがぐっと伸びをしながら言う。

たくさん話をし、ご飯も食べて、気付けばもう日が傾いていた。

どこへ?と一瞬疑問に思ったが、リントはすぐさま当初の目的を思い出す。

色々あってすっかり忘れていたが、リントは郷を狙ってるマオタイを倒しに来たのだ。そうだったと表情を引き締めるリントだったが、一瞬の呆けた顔はレオンたちに見られていたらしく、生暖かい目を向けられていた。

レオンの相棒にすら「えー…?」という呆れ顔を向けられ慌て、リントは「いやえっと違う、違う!」と言い訳を並べる。

何が違うのかよくわからないがオロオロ狼狽するリントを見て「リントは、俺たちより年上だと聞いたが」とヒエンは苦笑しぽふぽふとリントの頭を叩いた。

「なん、なんだよ!」と抗議したもののあまり効果はなく、レオンを交えて髪の毛をぐちゃぐちゃにされる。

違う忘れてない、ちょっと気を抜いただけだもん。

 

わちゃわちゃしている間に休憩も終わり、さて、邪帝の所へと乗り込もうと相成った。

飛んだ方が早いだろうとリントは竜の形をとる。先ほどと同じようにヒエンを己の背に誘った。

レオンが羨ましそうな目を向けて来たが、その後ろで相棒が睨んでいる。ヒエンとともに見ないフリをすることにした。

先に行こうとリントはふわりと宙に浮き、ゆっくりと高度を上げる。

今まで休んでいた屋敷が小さくなっていき、眼下には街や村、大きな森が広がっていった。

と、

 

「………?」

 

遠く遠く、足元にある森よりももっと先にデカい水溜りが見える。その水溜りは広く大きく青々としており、妙なことに果てが見えなかった。

なんだコレ、と首を傾げるリントを見てヒエンは「どうかしたか?」と声を掛ける。ヒエン的には別段変わったものは見えないらしい。

空中で止まっているリントたちに、遅ればせながらレオンも相棒とともに追いついて「どした?」と横に並んだ。

 

「ああ、海見るの初めてか?」

 

あの水溜りは海と言うらしい。

あの先には島があって、そこにも人間も竜も色んな生き物が暮らしてるんだぞ、とレオンは海の果てを指差した。

あっちには王国のある熱い大地があって、こっちには水が豊かな涼しい大地があって、そっちにはカラカラの砂漠とピラミッドがあって、とあちこちの方角を指差しレオンは語る。

詳しいなとヒエンが驚いたように返せば、レオンは「一応騎士やってるし。あと相棒と一緒に色々回った」と得意げに応えた。他にも色々教えてくれたが、その地に住む竜の話が8割を占めるのがレオンらしい。

レオンの話に耳を傾けながら、リントは真っ青な海に視線を落とした。

どうやら、郷の外の先にも、まだ外があるようだ。

オレの知ってた世界は、「郷」という世界は、本当に狭かったんだなとリントは空を見上げる。

きっとこの世界は、この空と同じくらい広いのだろうと。

その一部しか知らなかったなんて勿体無いなと、リントは声を広い世界に向けて悲しげに鳴らした。

もっと早く知りたかったな、と。

 

■■■■

 

少しばかり陽が落ちるのを待ち、リントたちは灯りに照らされる大きな屋敷に向かって飛び込んだ。

邪帝が空からの襲撃を警戒していたらと多少不安に思ったが、ヒエン曰く「気質が武人に近いから、変な小細工しないだろう」とのこと。

ガチガチに護りを固めて籠城するよりも、堂々迎え撃って拳を重ねたがる性格らしい。

人間ってやっぱ好戦的なのかなとリントが目を泳がせると、レオンが苦笑しながら各地の情勢を教えてくれる。

「確かに拠点を持つのならば対空への備えは必要だ。だが、対策を取っているのは半々だな」と思い出すかのように目を閉じた。

 

「北は海中神殿にいるから空からの攻撃は海に阻まれちまうし、西はピラミッドの中だから拠点そのものが丈夫だったな。昔いたやつも地下墓地にいたらしいし。そこそこ空からの攻撃が効かない拠点はあるぞ」

 

「確かに効く効かないもあるが、師匠は『直接ぶっ倒す』お方だった。空からの攻撃?それがどうしたと言わんばかりに堂々と」

 

ヒエンも混じり、各所の拠点とそこを治める主について会話が弾む。

ふたりの話を聞いて、リントは人間にも色々いるんだなと思いつつも、やっぱ人間怖いと再認識した。特に直接ぶっ倒す派。

リントの郷はどうなんだ?とヒエンが口を開いたがすぐに気付いて言葉を止める。空からの攻撃?オレら竜です空中戦は得意です。

まあ、得意だといっても戦慣れしているわけじゃない。もしかしたらすぐ制圧されてしまうかもしれないけれど。

「まあ、各地に散らばる竜騎士と空飛べるやつらで対策とってるとこが多いからな。もしもここに対空兵器あってもおれが対応できるよ」とレオンが頼もしげに微笑んだ。

「レオンって騎士やってるときはカッコいいよな…」とリントがつい漏らせば「なんか引っかかる言い方だな…」とレオンは複雑な表情で返す。レオンの相棒がこっそり頷いていたのを、リントは見逃さなかった。

 

雑談している間に地上に着いたらしい。

ヒエンがぽつりと「そろそろ降りる」と呟くや否や、宙を飛びスタンと華麗に着地を決めた。

あ、あの降り方カッコいい。

オレも出来るかな、とリントは空中で変幻に挑戦してみたところ、割とあっさりヒトの形に変わった。

初めて自分の意思で変幻出来たことに驚いて、リントは「うわ!?」とバランスを崩す。

おかげでヒエンのようにしなやかに着地することには出来なかった。着地自体は出来たものの、ズドンと大きな音をたて、地面に若干のヒビを作る。

やべ、派手な音立てちゃった。

頬を掻くリントに「凄い音がしたが大丈夫か?」とヒエンが駆け寄り、「空中変幻からの着地ってなんだそれ格好いい」と慌てて降りてきたレオンがキラキラした声を掛ける。

 

「え。いやゴメン、デケー音出しちゃったし潜入バレたかも」

 

「それは別に」

 

ふたりは声を揃えて拳を作った。邪帝探すの面倒だから、目立つ音に驚いて出てきてくれたほうが楽。と笑みを浮かべる。

どうやらこのふたりも「小細工なんかしない、己の手で直接ぶっ倒す」派のようです。

知ってた。

こういうとこコワイ。

敵の本拠地に立っているにも関わらず、どう贔屓目にみてもウキウキしているふたりを見てリントは頭を掻く。頼もしいような、若干恐ろしいような。

引き気味にリントがふたりから目を逸らすと、屋敷の扉が目に入った。その扉が待ち構えていたようにゆっくり動き出す。

その気配に気付いたのか、ふたりも屋敷に顔を向けすっと己の武器を構えた。

ゆるりと開く扉の向こうから、やはりというか当然と言おうか、邪帝が姿を現し、リントたちを視認すると薄っすら笑みを浮かべる。

 

「…おや。何時ぞやの剣豪か。わざわざ我が民となりにきたか」

 

貴様は来るたびに土産を持ってくるなと、邪帝はリントとレオンの相棒に顔を向けた。

その視線から守るように、目を吊り上げたレオンが立ち塞がる。そのおかげでようやくレオンが目に入ったのだろう、邪帝は「ん?」とレオンに視線を回し満足げに頷いた。

「その風貌、竜騎士か。丁度良い、これから竜の郷に行く」とレオンに対して手を招く。着いてこいとばかりに。

 

「大半は糧にするつもりだが、貴様が手懐け従えられた竜はくれてやろう」

 

良い戦力になるだろうな、と嬉しげに邪帝は口を弧の形に歪ませた。

リントが以前見かけたときは顔を隠していたはずだが、今の邪帝は顔を晒し、その笑みを真っ直ぐ向けている。それが酷く不気味に思え、リントは無意識に身体を震わせた。

邪帝からの誘いを聞いて、リントの様子を見て、ヒエンは邪帝に冷たい視線を突き刺し、レオンは大きく声を張り上げる。

 

「誰が行くか! 竜が糧だ?竜を従えるだ?巫山戯んなよ、おまえ竜を喰うつもりか!」

 

「青いな小僧、大義がわからぬか」

 

食べるという行為は神聖なものなのだと邪帝は微笑んだ。

古来から生き物は他者を喰う。薬効だと信じて、生きるために。

ただその他にも「喰う」理由がある。

食べたものの力を己に取り込む、そういった側面があるのだ、と。

肝臓が弱っているときは他者の肝臓を食い、目が弱ったら他者の目を食い、英雄が生まれればその力にあやかろうと全てを喰らう。

昔から誰もがしてきた行為、それを否定するなかれ。

 

「竜を喰わんとする行為は、竜の力を取り込みあやかろうとしているだけのこと。何も問題あるまい?」

 

竜の力。人間の何倍も何十倍も生きるその力を。

民を老いや病から解放し永遠の豊さをもたらす、長寿の生を得るために。

この世に生を受けたからには、全てを握り楽しむべきなのだから。

そのためには、竜を糧とし全てを平らげることが必須なのだと、邪帝はちらりとリントを見やる。

 

竜ならば、ただ喰うだけではあったが、

ああ、この形ならば、更に力を得やすいやもしれぬ。

 

まずは目か、ヒトと同じ瞳ならばよく効くだろう

次は耳か、竜に耳はないからな、耳として喰うだけでも効果があるだろう

次は手足か、ヒトと同じ形とは素晴らしいな、喰われるために生えているようなものだろう

ああもう頭を全て平らげてしまえば良い、永い生の中育った経験全てが全て糧になる

心の臓はどうだ、ああ違うな五臓六腑全て全て

ヒトと同じ形なのだから

全て効能が期待できる

ああ、竜人という生き物は素晴らしいな

ヒトと同じでありながら

長命であり愚かなのだから

鱗であれば傷も付かないのに

それを捨て、柔らかな肌を晒しているのだから

ほら竜人とは

我らに喰われるためだけに、我らの糧となるためだけに

存在している

 

静かに淡々と邪帝はリントの部位を指差し、恐ろしく優しく澄んだ声で言葉を紡ぐ。

邪帝の指が声が刺さるたびに、リントは怯えたように息を呑み青ざめた。

目の前で微笑みながら己を喰う算段を立てられ、言葉にされるというものは気分の良いものではない。

思わず逃げ腰となりリントは足を引いた。

その瞬間、「ああいや、まずは、首か。騒がれると面倒だ」と風よりも早く邪帝が動く。

一瞬で距離を詰められ、リントは眼前に迫る邪帝と目がぴったり重なった。全ての動きがゆっくりと走る。

邪帝の腕がリントに向けて伸ばされたのが見えた、身体が上手く動かない。邪帝の指先がリントの喉笛を抉り取ろうと動くのが見えた、声が出ない。

待って、喰われる避けられない動けない怖いこいつ本当にオレを食べ、。

 

止まったかの風景から、キン、と金属の音が響く。

同時にぐいと引っ張られ、尻餅をついた。

リントの視界の先には、竜の翼のようなマントが広がった。

 

ようやく刻が動き出す。

遅れてきた己の心臓の音が痛い。

あいつの爪が掠った喉が痛い。

 

リントの首元から生暖かく赤い液体が、鉄の香りともに流れ落ちた。

ヒエンの歯を食いしばる声が聞こえた。

レオンの怒鳴り声が聞こえた。

レオンの相棒の咆哮が聞こえた。

 

「っ…!」とヒエンが刀で防いでくれたらしい。

「おまえマジ巫山戯んな!」とレオンが引っ張って壁になってくれたらしい。

近寄らせまいとレオンの相棒が背後を守ってくれているらしい。

 

人間に襲われた。

けれど、

助けてくれたのも人間だった。

 

ヒエンが邪帝を押し返すように弾けば、邪帝はヒエンたちから距離をとる。呆れ返った表情で「土産は素直に渡すものだろう?」とかぶりを振った。

それには応えず、ヒエンは邪帝を射殺すような視線で睨み、レオンも「どっかに隠れてろ」とリントに指示しながらも邪帝から目を逸らさない。

ふたりの態度を見て、邪帝は残念そうにため息を吐いた。そして、どこか楽しそうにヒエンたちに拳を構える。

 

「大義を解さぬ愚蒙さ、悔いるがよい!」

 

邪魔をするなら容赦しないとあからさまな殺気を飛ばした。

それを受けてヒエンは刀を握り直し、レオンも槍を構える。同時にレオンはハンドサインを出し、相棒にリントを避難させろと合図を送った。

レオンは心配してくれたのだとは思う。けれどもリントは迎えにきたレオンの相棒に首を振り、ゆっくりと立ち上がった。

まだ、生きてる。大丈夫、オレはまだ生きてる。

人間に助けてもらったから、まだ動く。

自分でも信じられないほど、感情が高ぶっていた。その昂りに驚く。

ただ喉元に爪が掠っただけだというのに。

ただ、喉元に、首にある逆鱗に触れられただけなのに。

激しい怒りがリントを包んだ。

 

「そんなの知らねぇよ!」

 

咆哮のように激昂した声をあげたリントに、邪帝はおろかヒエンたちすら目を丸くする。

大義?人を殺すことが大義だって?

他人を踏み台にすることが、行うべき最高の道義だって?

フッザけんな、阿呆ぬかせ。

そんなクソッタレな大義なんざ

ぜんぶ、全部オレが喰ってやる

そう思うや否やリントの形は竜へと変わり、大口を開いて邪帝に襲いかかった。

直情的に飛び込んだせいか、リントの牙は邪帝には届かず容易く避けられてしまったが、避けた先には刀を構えたヒエンがいる。

「ああそうだな」とリントの言葉に呼応して、ヒエンがぽつりと呟きながらひゅんと剣閃を滑らせた。邪帝の冠の飾りが数個切り離される。

 

「お前はただ死から逃げ、他者の生を奪っているにすぎない!」

 

チィと舌打ちを漏らし邪帝は、再度鍔に手を掛けるヒエンから離れようと足を跳ねさせた。

しかしその先には、レオンが待ち構えている。

それに気付いた邪帝は身体を引き止め、槍先の範囲から外れようと試みた。

 

「廻る命の宿命、貴様ごときの大義で汚すなかれ!」

 

身体は避けられたが、ヒラヒラと舞う袖口は避けるを叶わず大きな穴を穿たれ音を立て切り裂かれる。

幾つか破損を生みながらも、なんとか邪帝は3人から距離を取った。

空には竜、近接には剣士、中距離には竜騎士。ああ、少しばかり分が悪いと邪帝は嗤う。

跳べば落とされ、近寄れば斬られ、背後を狙えば突かれてしまうだろうと邪帝は三者に視線を送った。

直接的な攻撃ならば弾き返せる自信はあるが、竜のブレスには対応出来ない。かといって、竜を堕とすために集中すれば、残りの2体に突き崩される。

 

ああ愉しいなと笑みを漏らし、邪帝は地面を蹴った。

 

例え分が悪くても、例え数の差があろうとも、此方が素手であったとしても、殺し合いの経験ならば己の方が上だ。

本気で殺し合いをするのは久々だなと邪帝は軽やかに宙を舞う。

さて誰から動くか誰から狙うか。

刀や槍で己が身体をどうこうできるものか、なんせ己の身体全ては武器。無作為に飛び込んでもなんとかなる。

ああ、そういえばーー…、

 

「…人を殺したことはあっても、食ろうたことはまだないな」

 

ヒエンの頭に脚を打ちながら邪帝は朗らかに微笑んだ。

その言葉にヒエンは一瞬反応を見せたものの、至極冷静に刀を、横から槍を入れられ一撃は阻まれる。残念だと邪帝は刺し貫いた槍の上に飛び乗り、それを足場に空を跳んだ。

なれば案の定、怒り狂った竜が飛び掛かってくるが、単純で直線的な動きならば空中で如何様にも避けられる。竜をひょいと飛び越し拳を打ち込む前に、地上から「任せた!」とレオンの声が鳴り響いた。

熱気を感じ竜を蹴り弾いて無理矢理位置をズラせば、先ほどまで居た空間で火の息が燃え盛っている。

そういえばもう1匹いたな、赤い炎の竜が。

ふたりの人間と2匹の竜。

1体1体ならば容易く殺せるだろうに、なかなかどうして、良い連携を見せる。

 

「ああ、愉しいな」

 

地上に降りた邪帝は8つの眼をしかと受け止め微笑んだ。

さあまだまだこれからだ。

命尽きるまで愉しませてもらおう。

 

■■■

 

-5ページ-

 

■■■

 

どのくらい打ち合ったか。

時間とともに冷静さを取り戻したリントは、ヒエンもレオンも翻弄しながら4対1でも疲労を見せず拳舞する邪帝を眺めていた。

ブレスを吐きたいが、ヒエンたちが近くにいる時は流石に無理だ、巻き込んでしまう。

レオンの相棒も同じなようで、攻めあぐねているのか少しばかり困ったように翼を動かしていた。

ヒエンたちですら疲労の色が見え始めてるのに、なんでピンピンしてんだあの化け物は。

一か八かで突っ込んでやろうかとリントが翼に力を込めると、遠くから微かに竜の鳴き声が聞こえた。

その声は普通の竜の声とは違い、妙に身体を震わせる、魂を揺らす不思議な音。

 

「え。…何…、っどぅわ!」

 

竜の鳴き声らしき音を耳にした瞬間、リントの形がヒトへと変わり、翼を無くした身体はそのまま地上に落下する。ドカンとド派手に着地して地面に顔面が叩きつけられた。

突然落ちてきたリントにヒエンもレオンもギョッとした表情を見せ、また流石の邪帝も驚いたようで、一応攻撃を疑い離れながらも手足を止める。

邪帝の反応的に彼が何かしたわけじゃなさそうだと判断し、ヒエンたちはリントに駆け寄った。

 

「どうした?」

 

「なんか、急に力が入らなく…」

 

「え。ああああああ、相棒ー!?」

 

リントの様子を見て己の相棒を確認したレオンも悲鳴をあげる。リントほどではないが、レオンの相棒も不思議そうな顔をしながら力が抜けるかのようにゆっくり降下していたからだ。

慌てて受け止め相棒を寝かせるレオンは、相棒以上に死にそうな顔をしていた。

竜種の不調に混乱する最中、邪帝が空を見上げ「ん?」とぽつり声を漏らす。

それにつられ、リントもヒエンもレオンも、星のチラつく暗い空に顔を向けた。

 

リントの視線の先には星空。

その星空に真っ暗な穴が空き、その暗闇に真っ赤な線が描かれていく。

そしてそこから現れたのは、4本の腕と立派な角を持った竜。

 

その竜がもう1度、鳴いた。

 

「ッ!?」とリントは身体を反応させ息を呑む。ゾワゾワする背中を、ビリビリする頭を、叫びたくなる喉を抑えつけた。

喚ばれる魂を引き止めるかのように。

どうやらこの感覚は竜種のみ感じるようで、邪帝もヒエンも「なんだアレ」とばかりに空を見上げている。

レオンだけは嫌がる素振りの相棒とリントと空にいる竜に忙しく視線を巡らせていたが。

リントも空を見上げ声に耳を澄ます。

怖い、けれど、聞いたことのある声だな…?

 

リントが怪訝そうな表情を浮かべている間に、空にいる竜の咆哮が止まった。

と同時に、大地がズシンと大きく揺れる。

揺れに戸惑い慌てるリントの耳に、聴き馴染んだ声が届いた。

小さなころから聞いていた、郷で1番すごい竜人の、

泣きそうな辛そうな声が。

 

「星が…死ぬ…全て…壊す!!!」

 

「ーー……、ライシーヤ…?」

 

リントが目を丸くしている間にライシーヤらしき竜はどこかに飛び去っていく。

空は元の星空に戻り、静かな夜が帰ってきた。

否、静かな夜ではない。時折大地がズシンと揺れた。まるで徐々に崩れていくかのように。

揺れに合わせ、パラパラと屋敷から木屑が落ちる。

大地の叫び声と建物の悲鳴だけが響く、その静寂を破ったのは邪帝だった。

 

「ふむ。仕方ないな矛を納めるか」

 

邪帝はくるりと反転し、リントたちに背を向ける。

散々好き勝手やらかして、突然勝手に逃げるつもりかとリントは腕の刃を振りかぶり追い掛けた。

リントの殺気を感じ取ったのか、邪帝は呆れた顔を向けながら振り返り「やってる場合か」と的確にリントの腹を蹴り飛ばす。

吹き飛ばされたリントを慌てて支え、ヒエンは邪帝を睨み付けた。

そんなヒエンを一瞥し、邪帝はフンと鼻を鳴らす。

 

「何が起きたかは知らんが、何かが起こった。ならば我は民をまとめねばならん」

 

貴様らに構っている暇はない、という言葉だけを残し、邪帝はこの場から立ち去って行った。

追う気力はリントたちには残っていない。

どこかトチ狂っているが長の自覚はあるんだな、とため息をつきながら、ヒエンはリントに「大丈夫か?」と問い掛けた。

手加減した、というか吹き飛ばすのが目的だったからなのかそこまでダメージはない。大丈夫だとリントは応え、蹴られた箇所を払いながら立ち上がる。

そんなリントを見て安堵の表情を浮かべ、ヒエンは竜が去った方角に目を向け、リントに向き直った。

 

「さっき、あの竜の名前を呼んでいたようだが…。知り合いか?」

 

「…え、っと…」

 

リントは言葉を濁らせる。

声はライシーヤに似ていた。しかし雰囲気が全く違う。外見も見覚えはない。

知っているかと問われたら首を振っただろう。けれどもリントの本能は、あれをライシーヤだと認識していた。

聞こえた言葉通り「全て壊す」が正しいならば、ライシーヤがこっちの世界に何かしたということになる。

なんせ、未だに地面が揺れるのだ。少しずつ壊れるように崩れているのだろう。

あれがライシーヤならば、竜人が人間の世界を崩し始めた、ということだ。

目を泳がせるリントに、相棒が落ち着いたのかレオンが声を掛けた。

 

「ちょっとヤバい感じがするな、風の通りがおかしい」

 

頭を掻いてレオンはリントに顔を向ける。「多分さっきの竜が何かやらかしたな、追う必要がある。…リントおれも聞くぞ。おまえの知り合いか?」と少しばかり厳しい顔でレオンはリントを射抜いた。

その視線にリントはビクッと身体を跳ねさせ、あからさまに狼狽しはじめる。

知り合いだと思うけど知り合いだと言ったら嫌われるだろうか、竜人仲間が人間の世界に危害を加えたと。せっかく人間と仲良くなれたのに、竜人は危険だと、退治しなければと思われるのだろうか。同じ竜人だから。

声を詰まらせるリントを見かねて、ヒエンが口を開く。

 

「…お前も人が悪いな、確信を持って言っているんだろう?」

 

「え」

 

ヒエンの呆れたような顔と、リントの若干怯えたキョトンとした表情に挟まれレオンはぷいとそっぽを向いた。

どういうコト?とリントがヒエンに顔を向ければ、ヒエンは「竜騎士の中には、竜の言葉だけではなく、ある程度思考を読める奴がいる」と刀の柄でレオンを指し示す。

 

「そういった感覚が鋭いのだろうな。…ほら、レオンはたまに竜が声を出さぬとも返事していただろう?」

 

「あ」

 

そういえば、レオンは相棒が小首を傾げた程度でも、視線を向けた程度でも会話をしていた。

というか、竜化しているリントが声出してないときも返事をしてくれてた気がする。

「まあどうやら竜限定のようだが。人の姿のリントには反応していなかったからな」とヒエンはクスクス笑った。

 

「素直に聞けば良いじゃないか。『知り合いだろうとなんだろうとどっちでもいいが、こっちは危険だから郷に送り届けるつもりだ』と」

 

「台無し!台無しだぞおまえ!」

 

人がせっかく逃げ道を用意したってのに!とレオンはヒエンをガクガク揺らす。

「視えたし聞いたし感じたよ!あれは恐らく郷の竜だリントに似てた!どうであれヤバそうだから調べないといけない、リントに来てもらえたらそりゃ助かるけどさ!」とヒエンを揺らしながらレオンは怒鳴り、でもリント多分疲れてるだろうし、と目を伏せた。

つまるところ答えとしては、どっちでもよかったらしい。

知り合いじゃないと答えれば、「じゃあ、こっちは危ないから郷で休んでろ」で終わり、

知り合いだと答えたら、「じゃあ、知り合いと闘うのも辛いだろうし郷で休んでろ」となったようだ。

どっちを言っても気遣われ休む一択。

竜人は、一部の人間に襲われたから「人間みんな悪いヤツ」と決め付けて郷に篭ったのに、

人間は、ひとりの竜人がなんかしたとしても「他の竜人も危険」だなんて思わないらしい。

ほっと安堵しリントは声を漏らす。

 

「…きらわれたかとおもった…」

 

「なんで?」

 

心底意味がわからないとばかりに首を傾げられた。

本当に杞憂だったらしい。

心情を話せば「ああなるほど」とふたりに納得され、他のやつらは知らないがおれたちは別に、とふたりは顔を見合わせた。

「リントとあの竜は違うってのはわかってるしなあ」「ああしかし、悪意ある輩は何処にでもいるから気を付けろ」とヒエンはぽふんとリントの頭を撫でる。

 

「だから郷に戻ったほうが良い、とは思うが、」

 

「でも!あれ多分ライシーヤだ!郷の守護しててくれた1番すごい竜人で、…ライシーヤが何かするなんて信じられない」

 

だから会いに行きたいとリントは声を張り上げた。ヒエンたちはライシーヤを追うつもりなんだろ、なら一緒に行くと服の裾を摘まむ。

あの時聞き取った言葉を信じるならば、ライシーヤは世界規模で破壊するつもりだ。

たとえ尊敬していた相手だろうと、仲間だろうと、明らかにヤバそうな行為から目を逸らすわけにはいかない。

 

「…前、渾沌の龍に会ったとき、話したことを覚えてるか?」

 

レオンがぽつりと言葉を紡いだ。突然問われ、リントはキョトンとした顔を向けた。

この世界ではなんらかの要因で突然雰囲気が変わることがごく稀にある、その話だとレオンは頭を掻いて「それから目を逸らし続けた人間」のことを話した。

そいつらは、自分の理想通りではないことからずっと目を逸らし続けた結果、最終的に当人も周りのやつらも関わったやつ全員にとって幸せからかけ離れた結末を迎えた、と。

1度でもいい、ちゃんと向き合えば結末は違っただろう、と。

 

「リントは、どんな理由があろうとも、ちゃんと向き合えるか?」

 

「当たり前だろ!」

 

リントは真っ直ぐな眼差しで胸を張る。

ライシーヤは、強くあることが護ることだと、ともに護っていこうと、そう言っていた。

だから多分、きっと今も根っこにある気持ちは変わっていない。

何か理由がある。あのライシーヤが、星を壊すという極論に辿り着いた理由が。

 

「だから、オレが行かなきゃ」

 

郷の外でライシーヤのことを知っていて、自由に動けるのはオレくらいだから。

尊敬する人が豹変したことにきちんとぶつかる覚悟を見せたリントの頭を、レオンは「そうか、助かるよ」と嬉しげに撫でる。

なんで撫でるのとリントが文句を言えば、真顔で「竜は撫でるもんだろ」と論破された。

 

「よし、まずは何が起こっているのかの把握からだな」

 

「…ライシーヤは、星が死ぬ全て壊す、って言ってたから、何か起きてるのは多分この世界ぜんぶだと、思うけど…」

 

困ったようにリントが語る。

それが事実ならば事態の把握にも、被害の確認にも時間がかかるだろう。

どこから手を付けたものかと辺りを見渡すヒエンの目が、ある一点でピタリと止まった。

どうかしたのかと同じ方角に顔を向けるリントの目に、ひとりの人間が写り込んだ。

ふわふわした髪の、緑色の服を着た、レオンやヒエンと同じくらいの、青年。ふわふわした髪に負けず劣らず柔和な笑みを携えていた。

 

「遅くなった」

 

こちらに近付いてくる人間の口から、凛とした声が落とされる。

レオンかヒエンの知り合いかなとリントがふたりの表情を見ると、ヒエンがこれ以上ないほど目を見開いて固まっていた。

ヒエンの口から「ハヤテ殿…?」と名前らしき単語が漏れる。

 

「はやて…? …ああ!あの時の仮面のやつ!あれ?仮面辞めたのか?」

 

名前を聞いてレオンが大声を上げた。どうやらふたりとも顔見知りらしい。この人間のことを知らないのはオレだけかぁ、とリントは少し寂しく思った。まあなんかレオンを見てハヤテは眉を顰めたので、あまり仲が良いわけではないっぽいが。

「何故此処に」と驚いた顔のままヒエンが声を絞り出すと、ハヤテは変わらぬ表情で空に目を向ける。

 

「各地に覇星神の分身体が発生。剣・杖・翼を使い、崩壊を促す」

 

「えっ何?はせいしん?ダレ?」

 

さっき空に居た竜だとハヤテが補足し、声を出したのがリントだとわかると今気付いたかのように「?」と首を捻った。

ハヤテの態度に構わずリントが「ライシーヤが覇星神?なんだよそれ!」と声を荒らげると、逆にハヤテから「ライシーヤ?」と質問で返される。

「ライシーヤは竜人でオレの郷の守護者で、覇星神?何がどうなって!」「竜、人?」「だから!」と互いの会話が成り立っていないのを見兼ねて、レオンとヒエンが間に入った。

補足してもらいながら軽く事情を説明し、リントが竜人で覇星神の同郷だと言うことを話す。

勢い余って己の種族を教えてしまいリントは一瞬青ざめたが、当のハヤテは「…ああ」と余り気にせず頷くだけだった。

気にされないのもそれはそれで寂しい。

 

「ん、理解した。ならばやはり任せる」

 

「相変わらず言葉足りないなおまえ…」

 

呆れながらもレオンはハヤテの説明を待った。言葉自体は漠然としているが、どうやらハヤテは現状を粗方把握しておりレオンたちの知らない情報を持っているらしい。

「しかし動きが早いな、なんで、」と疑問を口にするレオンに対し、変なことを言う、とハヤテはキョトンと首を傾ける。「我は風。風は世界を駆けるもの」とさも当然のように笑った。

うん…、とレオンは遠い目をして「こいつをメッセンジャーにしたやつ誰だよ…」とため息を吐く。

ヒエンはフォローしたいらしいが、それに関しては概ね同意なのかオロオロしていた。

リントもよくはわかっていないが、何かすれば良いのだけは何と無く理解する。「オレらなんかすればいいの?」とハヤテに問い掛けた。

リントの言葉にハヤテは頷き、リントたちに指示を出す。

 

本体を叩いてくれ、と。

 

その言葉に、3人は目を丸くした。

事情を知らぬ相手に本体を狙えと指示するとは。恐らく自分たちは今回の騒ぎの中核を担うのだろうと気付いた3人は、口々にハヤテを問い詰める。

3人に迫られオロオロと「こ、此処が1番本体に近い」と言葉を並べた。

どうやらこの大陸近くにライシーヤが拠点を構えている小島があり、取り急ぎ近場にいたリントたちに白羽の矢が立ったらしい。

他にいるだろと呆れた声を出すレオン。この大陸には竜騎士を含め様々な集団が存在している、そもそも世界規模ならば軍や戦特化の集団が無数にあるはずだ。レオンたちでなくとも良いだろう。

その言葉にハヤテは首を振り「竜は各地に出現、対応するのに精一杯」と眉を下げた。

しかしながら、今此処にいる面子は、伝説の竜騎士に七笑流の剣聖、そして竜人。正直、下手な軍よりも真っ当にライシーヤの対処が可能だも思われる。

「異変が起きたのは数日前。その時小島は見当たらなかった」とハヤテは説明した。そのため、各地は出現した分身体に気を取られ、今になって出てきた敵本拠地に戦力を回す余力がない。

そんな騒ぎ気付かなかったぞ?とレオンが首を捻ると、ヒエンが「…そりゃ、騒ぎがはじまったころ、俺たちは丁度ヤンたちのトコにいて、その後邪帝のとこで篭っていたからな…」と頭を掻いた。

なんとなく、世間から置いていかれた気持ちになりつつ、やはり現状「敵本拠地に突入できる実力をもった手の空いている奴ら」は、リントたちしかいないらしい。

元よりライシーヤを追うつもりのリントたちに断る理由はなかった。が、しかし突然敵本拠地に急行しろと言われては不安が生じるのも確かだ。

困り顔となるリントを見て、思い出したようにハヤテは懐から小さな玉を取り出した。

緑色の小さな丸い玉。見た目に反してやや重い。

「ナニコレ」と手渡されたその玉を弄くり回すレオンに、ハヤテは「緑色の玉」と答えた。

 

「…」

 

「いや終わりかよ説明しろよ」

 

レオンの呆れ声にハヤテは口を噤む。

ハヤテとしてもこれが何かよくわからないらしい。ただ、ライシーヤが現れてから時たま地面に落ちている様々な石を、適当に合体させたら出来上がったそうだ。

出てきたタイミングがタイミングなだけに、何か役に立つのではないかと持っていたらしい。

胡散臭え、とレオンは緑色の玉を覗き見た。 普通の緑色の玉。けれどリントはこれが気に入ったのか楽しそうに弄くり回している。

まあ竜って光り物とかお宝集める習性があるしとレオンが微笑ましく眺めていると、リントは首を傾げながらぽつりと漏らす。

 

「なあ、これ、星じゃないか?」

 

星のかけらというか、大地のエネルギーの塊というか。この星の大地のかけらというか。

なんとなくだけどとリントは緑色の玉を手のひらで転がした。他の誰かがそんなことを言ったら「何言ってんだ」と呆れられるだろうが、リントは竜人。

それを思い出したレオンがぽつりと漏らす。

 

「そうかリントは確か、星の竜…」

 

「いや流星。流れ星」

 

レオンの相棒が火の竜と呼ばれるように。インとヤンが陰陽の龍と呼ばれるように。

リントは「流れ星の竜」だった。

流星は星に引かれて空を駆ける。その竜が惹かれる丸い玉。

流星が、手に持った玉を「星」だと言う。これ以上信頼できる言葉はなかった。

ライシーヤが生み出したのか、ライシーヤが現れたことで崩れ始めたこの星が救済を求めて生み出したのかはわからないが、これには星からのエネルギーが詰まっている感じだとリントは思う。

持っていれば、エネルギーを分けてもらえそうだ、な、と…。

 

「…はい食べない。ぺっしなさい」

 

ぼんやり見ていたら緑色の飴玉に見えてきてつい口に含みたくなった。ので実行した。美味しくはなかった。

レオンに叱られリントは玉を吐き出す。

まあともかく、とレオンは緑色の玉を手元で転がした。

リントの予想が確かならば、これは世界からのSOS。ということは、全て壊そうとしているライシーヤ、つまり世界にとっての敵、に効果があるかもしれない。

そう考えレオンは玉をポケットにしまいこんだ。

確かに最前線に向かう身としては、多少の拠り所が出来たのは心強いなとヒエンも懐に収める。

 

「…そういえば、ハヤテ殿は一緒に、」

 

「否。我は報告観察連絡係」

 

「…別のやつにしてくれないか」

 

ついレオンがそう言うと、ハヤテはぷくと頬を膨らませた。

小さい頃から忍の友人とともにこの森を走り回っていたハヤテは隠密行動に優れており、他の人間よりも足も速く腕も立つため、現状世界中を駆けずり回るのに最適らしい。

唯一の欠点は、コミュニケーション能力が独特すぎることくらいだ。

それは連絡係として致命的だろとレオンが突っ込むと、ハヤテはむうと不機嫌そうな顔でレオンを小突いた。「兄上と各地に友達がいるから平気だもん」といわんばかりに。

どうやらハヤテは各地の主戦力組に友人がいるらしく、難解な言葉綴りでもある程度解読してもらえるらしい。

つまり、前線のこの地に情報を取りまとめる兄を置き、ハヤテや竜騎士たちが各地に情報を拡散、その情報をもとに各所が行動を起こすという形。

 

「故に、最前線、ライシーヤのいる島にいける者がいない。…任せた」

 

そう言ってハヤテはぺこりと頭を下げた。

「任された!」とリントが拳を突き上げれば、ハヤテも微笑む。

「また何かあったら、行く」とハヤテはライシーヤの島がある場所を地図を広げた。この辺り、と指し示しリントに向けて「知っているだろうか?」と首を傾ける。

多分大丈夫だろうとリントが頷いたのを見て、ハヤテはじゃあ案内は良いかと頷き返した。

 

「…無理は、しないで欲しい」

 

その言葉を残してハヤテは報告のため去って行く。

余力が出来たら戦力を回すからそれまで耐えてくれ、と付け足して。

一陣の風が流れ去ったあと、残されたリントたちも移動を開始した。いつも通り、レオンは相棒に乗って、リントは竜の形となってヒエンを乗せる。

並び立って空を駆け、彼らは世界の端っこに浮く小さな島を目指した。

風が騒めく小さな島へ。

 

 

 

next

 

 

■■■■■

 

 

 

さて、

今回のお話自体はひとつ前の頁で終わりでしたが

申し訳ない

それ以降からあと少し

もう少しだけ続きます

 

みんなで闘うひとつの戦

それを最後にしましょうか

 

南の人々が

北の人々が

西の人々が

東の人々が

 

ひとりの神と対峙する

 

どちらも正しいですよ?

もう終わりにしようと壊すのも

まだ続けたいと止めるのも

もう休んで良いと見守るのも

 

ああほら見てください

たくさんの人が各地で動き

小さな島を目指していく

 

選んだ道がひとつに重なっていくのが見えますかね

 

ああ少し違うでしょうか

ひとつに重なるように

道を選んだ

たったそれだけのことなのですが

 

まあどうだっていいんです

さてさて、

最後まで楽しみましょうか!

 

説明
新7章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け。後編
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
948 948 0
タグ
オレカバトル

01_yumiyaさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com