ヘキサギアFLS2 天国に一番近い村 (下)
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 一晩が明け、無線機設置の作業が始まった。ノースが立てたプランに沿って部屋に穴を空け、給電ケーブルやアンテナ線を外に出す作業だ。村民達は農作業があるため、部屋にはミスターとノースだけ。

 そんな中で、ミスターはノースに昨晩のことを話していた。壁に穴を空けつつ、

「昨晩、パーティーの間に外に出たら村の子供に会ったんだ。その子が言うには、この村にはあの畑以外にも『下の畑』というものがあるらしい」

「へー、そこでも野菜作ってるんですかね?」

 壁に穴を空ける作業をミスターに任せ、ノースは無線機の配線を組み立てている。気のない様子のノースに、ミスターは続けた。

「それが妙なんだ。そことこの村との行き来は制限されているらしくて、子供は学校に入る歳になるとこちらに上げられるらしい。そしてこの村の中にもおかしなところがある。冷蔵設備がある建物や、妙にセキュリティが厳しい建物もある」

「ふぅん、気になりますねー。……と、できたっ。ミスター、そっちは穴通りました?」

「こんなもんでいいか?」

 ミスターは自分が空けた穴をノースに指し示す。ノースはそこにケーブルを保護するカバーをあてがい寸法を確認すると、頷いてみせた。

「オッケーです! ケーブルを外に出したら次は発電機との接続ですね。これはまあ、私一人で出来ます」

 そう言って、ノースはケーブルの先のソケットをくるくると回す。

「何か気になることがあるなら、調べてきたらいいんじゃないですか?」

「……いいのか?」

「ミスターが思いつくことはだいたい正しいですし」

 笑うノースの前で、ミスターは顎に手を当てて考え込む。そして頷き返すと、部屋を後にした。

 足早に去って行く背中を、ノースはじっと見つめている。

 

 村に出て、ミスターは人目を避けて昨晩見た奇妙な建物へと向かった。

 まずは会議場から近い、異常なセキュリティの建物へ。家屋の間の生け垣の間を低い姿勢で抜け、ミスターは問題の建物にたどり着いた。

 接近中の撮影データを受信したクイントは、監視範囲が外側にも向いていることを指摘。ミスターは生け垣の陰に伏せながら、インカムの機材で内部確認を図る。

「クイント、どうだ?」

『この建造物は外部からのアクセス部に目隠しが施されています。内部確認には音声系でのアクセスを要します』

「やってくれ」

 ミスターは掲げたインカムを捻り、マイクを建物に向ける。

『――複数の年少者の音声を確認』

「内容を評価できるか」

『意味が不明瞭です』

「データを直接俺に送ってくれ」

 クイントに送られていた音声が、ミスターの聴覚系に流し込まれる。遠い空間を挟んでいるためにノイズが酷いが、その奥から人の声が聞こえてきた。

『――私達は、自然の恵みに感謝し、人としての領分を弁え、過剰な技術を拒み、協力し合い、自然に近い営みを――』

 そんな内容が、子供の声で読み上げられている。ミスターはインカムを戻し、

「やはりカルトか……」

『共同体維持のための規律教育では?』

「他の価値観の存在について寛容じゃない。自分達の価値観を至高化し、他を下に見ることで若い世代の団結を保っているんだろう」

 クイントが沈黙する中、続けてミスターは冷房施設を備えた建物へ向かった。こちらは、セキュリティが比較的軽度ではあったが、やはり外側へのセキュリティが設置されていた。

 ミスターが接近すると、かすかに室外機の稼働音が聞こえてくる。だがその姿は見当たらず、音源は物置から。昨晩のクイントの指摘通りだ。

『構造から判断して、地下に冷蔵施設が存在することが推測されます』

「規模は?」

『隠蔽措置のため正確な判断は出来かねますが、地上家屋の規模よりも大型かと』

 家屋は一般的な一軒家の規模だ。それよりも大型の冷蔵設備とは。

 さらにその家屋の周囲を観察すると、入り口に車両が接近して出来る轍も存在していた。何かの積み卸しがここで行われ、それが冷蔵保存されているのは確実だ。

『外部からの購入物資の保存では?』

「この規模の集落が外部から買うものに比べて、お前が推測した冷蔵設備の規模は適切か?」

 指摘に、クイントは沈黙した。

 ミスターは二つの家屋を調査し疑惑を深めると、村から外へと移動を始める。昨晩ノボルと会った高台を脇に、森に入る。

 周辺地形のデータを確認し始めるよりも先に、それは見えてきた。森の中に切り込まれた、岩肌剥き出しの断崖だ。

「……確かに上り下りには人の手が必要だな」

 岸壁を覗き込み、ミスターは呟く。だが周囲には、昇降用の機材などは見えなかった。

「だが、下の畑ってのは?」

 谷底は岩が転がる狭いもので、畑どころか植生も無い。

『谷底に水流があります。上流は環境が異なることも考えられるでしょう』

「上流……。こっちか」

 ミスターは顔を上げ、谷に沿って歩きだそうとした。しかし、

「あらあアライアンスのお客さんだわあ」

 女性の声が響き、振り向くとそこには村の壮年女性が、青年を引き連れて立っていた。

「コワ君、この人はリバティーアライアンスで有名な人なのよ」

「こんにちは」

 女性に促され、ふらふらと近付いてくる青年に対し、ミスターは向き直る。握手の手を差し出されたのに応じ、

「はじめまして。……若い方はこの村ではなかなか見ませんね」

「僕達の人手はいつも必要とされていますから……。僕は今日、午前の休みをもらえたので散歩をしているんです」

 労働状況を語るコワなる青年の言葉に、ミスターは一瞬沈黙した。その間に、コワは笑顔を浮かべ、

「この後は畑仕事なんです。よかったらあなたもどうですか?」

「いやあ、自分は素人なんで」

「大丈夫です。簡単ですよ」

「……この村のことの、アライアンスへの報告もしなければなりませんし、いろいろ見て回っているんです」

 辞退するミスターに対し、コワは笑顔のままだ。しかしその肩が震え、

「何か疑ってるのか……?」

「え?」

「僕達が自然の有り様に沿って生きているのがそんなにオカシイのか……?」

 コワは笑顔のまま、目の焦点を失っていた。そうして震えるコワに、壮年女性が詰め寄る。

「コワ君……」

「ぼ、ぼ、僕達は正しいことをしているんですよ。そのおかげで『慈悲』を貰うことも――」

「コワ君」

 瞬間、女性が小振りな圧力注射器を取り出しコワの首筋に打ち込んだ。瞬時にコワは沈静され、女性に抱きかかえられる。

「すみませんね。この子は少し抑えが効かないところがありまして。ははは……」

「……へえ」

 ミスターは納得したように振舞いつつ、インカムの位置を直す。そうして、音声として外部出力しない意識でクイントと交信していたのだ。

『どう思う……?』

『注入された薬品のラベルを見ると、別の何らかの薬品効果を打ち消すもののようです。それ以上の解析は不可能です』

『何らかの薬品?』

 疑問しつつ、ミスターはコワごと村へと促してくる女性の笑っていない目を見て、谷から遠ざからざるを得なくなる。

 向かおうとしていた谷の上流側は、緩く曲がっていく断崖の陰に隠れて見えない。

 

「村のハンターが一人、帰ってきません」

 その夜、無線機設置作業の進捗をミスターとノースが報告しに行くと、スルガはそう切り出した。

「大きな熊が出たのかもしれません……。森の入り口近辺は調べましたが、ハンターは見つかりませんでした。明日、山狩りをします。お二人は気をつけて、あまり出歩かないよう……」

「よければ、協力しますが?」

 思惑を隠しつつミスターが問うが、スルガは首を振る。

「お二人はこの村のゲストですから」

 笑顔を浮かべつつ、どこか念を押すようにスルガは言う。

「明日の山狩りの際にはその熊が村に飛び込んでくることも考えられます。お二人は……あまり建物の外にいない方がいいでしょう」

 そして夕食の後、ミスターとノースは会議場で寝ることを勧められる。だがミスターは自分が眠らないことを指摘し、ノースは野営モードブルコラカスの狭い翼の間で中でしか眠れないとしてこれを辞退。二人で駐機場で夜を過ごすこととなった。

「やはり怪しいと思う」

「最初の印象のままですかー」

 ブルコラカスの保護スペースで休むノースは、リトルボウの荷台に腰掛けるミスターに苦笑を見せる。しかしミスターは笑い事では無い調子で、

「村の学校は異常なセキュリティ態勢の中でカルト的な教育をしている。不可解なまでに大きな冷蔵設備。そして薬物を投与された若者……。明らかに俺達に隠している何かがある」

「それが『下の畑』ですかねえ。でも、悪いことをしているとは限らないんじゃないんですか」

 タブレットにくるくると指を走らせながら、半分上の空の調子でノースは指摘する。

「カルト的だと言っても、こんなご時世ですし集落の団結を保つためだとしたら仕方ない面もあるんじゃないでしょうか。冷蔵施設も食糧をたっぷり保存するためのものかも知れないし、薬物はなにかの治療のためかもしれないし」

「確かに確証は無いが……。下の畑にいて行き来を制限されているという人はどうなんだ?」

「実際に確認しないとなんとも言えないですねー」

 慎重な立場を取るノースの言い分ももっともであり、ミスターはそれ以上は何も言い返せない。そして夜は深まり、ノースは眠り、ミスターは荷台の上で夜風に吹かれる。

『谷の上流に関してですが、古いデータでは我々が見た場所とさほど幅に差はありません。ただ、谷が東西に走るため日照条件は良いものと考えられます』

 クイントの報告を意識の中で反芻し、自分が見てきたものと照らし合わせていく。しかしノースが言うとおり、確証に至る証拠は無い。

「探偵ごっこをしても仕方ないか……」

 真夜中を回った頃、ミスターはそう呟いて身じろぎをした。

 その時、駐機場の周囲から砂利を踏む音が複数聞こえてくる。ミスターは片膝を立て、その陰に顔を隠しながら様子を窺った。

「……こちらを観察している奴がいるな」

 駐機場脇の倉庫や、家屋の生け垣の陰。デジタルなアーマータイプの視界ではなんら兆候は無いが、気配はある。なぜそれを今の体になっても感じられるのかは、ミスターにはわからないが。

 自分の身じろぎに反応して動いたのだとしたら、動いていなかった相当な時間を観察していたのではないか。

 警戒されていることを実感しつつ、ふとミスターは思い出す。人間は長時間同じ姿勢を取り続ければ筋繊維にダメージを受けるが、戦闘中に長い待機を必要とすることもある兵士向けに、アーマータイプには人工筋肉を用いた姿勢補助機能もあるのだと。

「まさかな」

 ミスターが頭を振ると、まるでたしなめるように風が吹いた。聴覚センサーが逆巻き、吹き抜け去って行く風の音を捉える。

 そして、止んでいくはずの音が止まらなかった。遠く、風が吹き続けるような音が鳴り続けている。ミスターにとっては、聞き覚えがある音だ。

 顔を上げ、望遠モードの視界でミスターは森を見る。その上空、星空には黒い影がいくつも浮かんでいた。その上には、胡乱げな生差しの人影が――。

「ヴァリアントフォース!」

 立ち上がり、ミスターは声を上げる。ノースがそれに気付き、ブルコラカスに被せたカバーの下から起き上がった。

「なぁんですミスター……?」

「ヴァリアントフォースだ! 見ろ、モーターパニッシャーの部隊がこちらに向かってくる!」

 ミスターが夜空を指すと同時に、村のそこかしこからサイレンが鳴り響き始める。そのための施設など今まで見当たらなかったにも関わらずだ。

『イントルーダー・アラート。イントルーダー・アラート。ワーニング、ワーニング……』

 旧式の合成音声がサイレンに混じって警告を発する。すると村の外れ、畑の奥でなにか板のようなものが跳ね上がるのが見えた。続けて、そこから大きな影が立ち上がる。

「あれ、あれは……?」

「スケアクロウじゃないか……。しかも武装を強化されている」

 無人稼働するスケアクロウは、地中から姿を現すとモーターパニッシャー達の方へ向き直り、機体左右に増設されたミサイルランチャーを発砲。これに対しモーターパニッシャー達は散開しつつ、タンデムするガバナーが担いだミサイルで反撃を開始する。

 交戦が始まる中、村中で足音が響き出す。昼間に見かける村人達のサンダルや長靴のものではない、重厚な足音だ。そしてミスターが注意を向けていた物陰からも、飛び出してくる者がいる。

 彼らは見覚えのある村人であったが、その首から下は旧式動甲冑に身を包んでいるのが見えた。手には、アサルトライフルを持っている。

「その装備は……!?」

「ちっ……」

 ミスターが思わず声を上げた途端、飛び出してきたうちの一人が舌打ちと共にミスター達へ銃口を向けた。

 

「ほっほーぅ、おっぱじまったねえ」

 夜の森の中、そう呟くのはフェイスガード付きのセンチネル型アーマータイプ装着者、シングだった。

 傍らにいるはずのフォーカスはおらず、単独の彼は森のやや開けた場所に駐機していたシャイアンUに飛び乗ると、即座に機体を浮上させていく。木立よりも高度を上げると、すでにモーターパニッシャー隊が通過し、村の上空へと差し掛かろうとしているタイミングだった。迎撃するスケアクロウにグレネードランチャーを撃ち、さらにバイティングシザースで組み付いている様子も見える。

「今回のミッションは簡単。後腐れ無く皆殺しにするだけだからな。たまにはこんな脳味噌スッカラカンにしてできる楽な仕事もいいねえ」

 喉を鳴らしつつ、シングはシャイアンUを発進させる。先行したモーターパニッシャーが村の中にまでグレネードランチャーを打ち込み、タンデムさせていたガバナーを降下させてブレイクしていくのに追いついていく。

「抵抗はどうよ。――おっほ、冴えねえジジババがいるいる」

 わざとらしく手でひさしを作って見渡すシングは、村のそこかしこで旧式動甲冑を着た村人が応戦しているのを見つける。地上に降りたガバナーを撃つ者や、モーターパニッシャーめがけ対空ミサイルを構える者もいる。

「ヘテロドックスがよく頑張るわ。ま、俺にかかれば指一本でちょちょいのパッパだけどな」

 鼻歌交じりに、シングは友軍のガバナーに応戦する村人達の一団を捕捉。シャイアンUのサーチライトでその一団を照らし出すと、尾部機関砲のトリガーを引いた。

 集中射撃で重装ヘキサギアの装甲もボロ屑にする大口径機関砲の掃射が、村人の一団を砂埃の底に沈めた。シングは指を鳴らし、そしてその手で前方を指し示し地上のガバナー達に前進を指示する。

「さあて、問題のブツはどちらさまのお宅にございますでしょうねえと……」

 村を一望するシングは、家並みに舐めるように視線を這わせ、会議場を見つける。そしてその瞬間に、咄嗟にシャイアンUに中を蹴飛ばさせるような急機動を操作した。

 上昇するシャイアンUがいた空間を、炸裂したプラズマ光弾が射貫く。そのまばゆい光に、シングは目を見張った。

「うっ……は。マジかよ!」

 ぐにゃりと首を捻り、シングは地上を見る。シャイアンUのサーチライトが、会議場脇から対空射を放ったミスター達を横切っていくところだった。シングはヘルメットの呼吸マスクの中に吹き出し、

「これはこれは……ミスター殿ではありませんかあ」

 思わずシャイアンUのハンドルを叩き、機体をふらつかせるほどにシングは笑った。ひとしきり肩を震わせ、そしてふっとそれを止め、

「……となると面倒だな。奴がいるってことはアライアンスに察知されてんのかな?」

 疑問するシングは、機体を傾けて地上の様子を窺う。すると、対空射撃をしたミスター達めがけ村人の一隊が接近し攻撃を仕掛けるのが見えた。さらにミスター達の傍らには、旧式動甲冑を着たままうつぶせに倒れ動かない人影もある。

「おやあ、これはこれで面白いんでないかい? 動向が気になるねえ」

 喉を鳴らし、フェイスガードの奥で視覚センサーを怪しく光らせると、シングはシャイアンUを降下させていく。地上では、ミスターとノースが銃撃を受けながら逃走に転じているところだった。

 

 村人からの攻撃に、見覚えのある敵の出現。急展開の中、ミスターは銃声を背後に聞きながらリトルボウを発進させる。

「なにがどうなっている!? 村人に襲われる予感はあったが……ヴァリアントフォースの部隊が攻め込んでくるなど」

 こういう事態ではなくゲリラ戦の恐れがあるからこそ、ミスターとノースが派遣されたはずなのだ。しかし今や、この村と周囲はバトルフィールドと化し、空に地上にヘキサギアが乱舞している。

「たはー、本当に襲撃されるとは」

 そう言いつつ、クレーンにぶら下がるブルコラカスの中でノースはなにかごそごそと作業をしていた。耳聡くそれを聞いたミスターは振り返る。

「なんだ? 知ってたのかノース!」

「元々、どういうわけかこの村に向けてヴァリアントフォースが部隊を動かす計画があるのをうちの部隊が察知してましてね。それでこんな電気工事屋のまねごとみたいなことをしつつ調査することになってたんですよ。あ、ミスターは元々関係なかったんですけど、私が推薦しました。ごめんなさあい」

「はぁあああ!?」

 愕然とするミスターに対し、ノースは手を振り、

「まあまあ、この件の借りはいつか返しますよ。私はちょっとこれから、今回の件の中心になりそうな『下の畑』を見てきます。死ぬことはないでしょうけど、帰りの足を無くさないようにして下さいね?」

 両手指さししてくるノースの背でブルコラカスが変形し、クレーンから離脱。ノースは背にブルコラカスを負って地上に降り立つと跳躍し、グライダー形態のブルコラカスによって上空へと浮かび上がった。

「お前、じゃああれもこれも俺に調べさせ――お前ーっ!」

「ほんとごめんなさいって! うっかり工事に熱中したとかないですからぁ」

「ノォォォォォス!」

 谷の上空の方角へ飛び去っていくノースが手を振るのに対し、ミスターは拳を振り上げた。しかし頭上を銃弾が通過し、ミスターはやむなく姿勢を下げる。

「くそっ……奴の尻を引っぱたくためにもまずここをなんとかしなければ」

『ミスター、そのような言動は――』

 こんな時にも口やかましいクイントのコンソールをミスターが叩くと同時に、前方の角から飛び出してきた影がリトルボウに横から衝突した。衝撃を堪えつつミスターが見れば、それは農作業に使われていた村のリトルボウだ。

 操縦席を閉鎖した無人運転モードのリトルボウは、ミスター機を横様から押し込む。速度が落ちる中、ミスターはリトルボウを突っ込ませてきた村人の集団を見た。やはり動甲冑を着込み、こちらに対戦車ロケットを構えている。

「撃て、クイント!」

『敵対行動がありますので、やむを得ませんね』

 無人リトルボウに突っ込まれつつ、クイントは車体の横に取り付けられた重機関砲を旋回させ村人の集団に向けていた。ミスターも車体横に積んでいた自身のアサルトライフルを構え、同時に銃撃する。

 掃射を浴び、ロケットランチャーの射手が仰け反って倒れていく。暴発した対戦車ロケットが上空へ飛んでいく中、他の村人達は別のリトルボウの影へ隠れ、旧式アサルトライフルで応戦した。

 操縦席の防弾版の陰で、ミスターは拡声器を作動させた。

「現在この村に侵攻してきているのはヴァリアントフォースだ! 私はアライアンスの所属だぞ!」

「うるさいねえ! コソコソかぎまわってたくせに!」

「役に立たない兵隊が偉そうな顔するんじゃないよ!」

 返ってくる声は、村の女性のものだ。ミスターはヘルメットのフェイス部に手を当てる。

「やはり歓迎されてはいなかったか」

 呻きつつ、ミスターは村人達が予備のロケットランチャーを構えるのを確認。横から押してくる無人リトルボウに対し、自機をバックに転じさせた。クイントを載せたミスターのリトルボウと異なり、単純な無人リトルボウはいなされ外れていく。

 後退によって、牽引されていた野戦砲の砲尾が押され砲口を村人達の方角に向けていた。ミスターは操縦席を飛び出して荷台を転がると、砲の操作グリップに飛びつく。

「しかしこの混乱に乗じて俺達を亡き者にしようとするのは何故だ?」

 呟きつつ、ミスターは村人達が盾にする無人リトルボウへ照準。プラズマ光弾のセッティングを徹甲弾モードとし、即座に発砲。

 正面装甲を貫いた際に爆散したプラズマが、陰に隠れる村人達へ降り注いだ。吹き飛んだり飛び退く人影を尻目に、ミスターはリトルボウの操縦席へ飛び乗る。後ろから追ってきていた他の村人達へは、クイントが機関砲を真後ろにまで旋回させ銃撃していた。

 再度発進するリトルボウ。この混戦の中で孤立無援のミスターとしては、村から脱出したいところだ。ノースのことが気にかかるがあの呑気さでは死ぬこともあるまい。村から外へ向かう道へと、ミスターは車体を向けた。

 しかしそこで、前方を機銃掃射が横切る。頭上からの攻撃、シングのシャイアンUだ。

「くそ、奴まで……」

 急停車から、やむなく村の中へ戻る道へ曲がっていくリトルボウ。ヴァリアントフォースのセンチネル型アーマータイプの軍勢が、村の中にまで侵入し始めているのが見えた。ミスターを追ってきた村人達も、反転して応戦している。

「一端森の中か? いや、あいつが上から見ている限り脱出はできないか。戦ってみせろと?」

 シャイアンUは地上のヴァリアントフォースを援護しつつ、それとなくミスターの上空を追随してきていた。ミスターは唸り声を上げ、

「疫病神め……!」

 完全に村の中へ進路を取り直したミスターは、前進するヴァリアントフォースの分隊を捕捉。家屋の間を機銃掃射と共に前進して敵を吹き飛ばし、突っ切っていく。

 出来れば、村人とヴァリアントフォースがぶつかり合う前線のどちらか後ろに回り込みたい。できれば、装備が充実したヴァリアントフォースの背後へ。

「奴らを頼らなければならないとは……」

 戦術情報など観測して寄越してくれる者もいないので、状況は自分で判断するしかない。ミスターは何度か角を折れ、銃声が片側一方から聞こえるような道を目指す。

 が、銃声は前から聞こえてきた。戦線と見たラインからの突出部が前方に出来ているのだ。それは、村人達がある家屋を死守しているためのように見える。

 見覚えのある家屋。冷蔵設備がある家屋だ。

 防衛する村人の側面を突こうと、ヴァリアントフォースの一隊が前方を横切っていく。そしてミスターに気付き、家屋の陰から銃撃してきた。

「迫撃砲、自動照準……!」

 操縦席の防弾版でライフル弾が弾ける音を聞きつつ、ミスターはクイントに照準を指示。車体横のフレームに載せられた自動迫撃砲が高い仰角を取り、立て続けに榴弾を打ち上げた。

 降り注ぐ榴弾がヴァリアントフォースのガバナー達を吹き飛ばす。血糊も飛ばさずにバラバラになっていくのは、パラポーンだろう。

 爆発によって、村人達もミスターがここにいることに気付いたようだ。射撃がこちらにも振り分けられはじめ、ミスターは迫撃砲の炸裂で穴が空いた家屋を盾にする。

「……やはり重要なものがあるのか。あそこには」

 様子を窺うミスター。銃撃戦は続き、ヴァリアントフォース側はモーターパニッシャーによる爆撃も繰り出し始めた。村の外縁から出撃したスケアクロウの迎撃ラインは、すでに壊滅していた。

 しかし、新たに一機のスケアクロウが村人側から出現する。やはり武装を増設したその機体は、くたびれた塗装に、この森の中の村では見かけない砂汚れをこびりつかせているのが見える。

「あれは……ケインの機体じゃないか?」

 その機体は、書籍の運搬キャンバスを取り外されてはいたが、たしかに行商ケインのスケアクロウだった。だが今、その機体を動かしているのは村人の男だ。

 その時、リトルボウの無線機が鳴る。通信相手は、ノースだった。

 

 時間は前後し、ノースがミスターを置いて飛び立った直後。

 ノースはヴァリアントフォースの空中ヘキサギアを警戒し、ブルコラカスを可能な限り低空で飛ばし、ミスターとクイントがデータを得ていた谷の上流を目指す。

 ブルコラカスから吊られた自身の足が、木立の先に触れるような飛行を続け、ノースはまずは谷へたどりつく。すると、その谷底を移動するものが見えた。

「む、これは……」

 暗視ビジョンでノースが確認してみれば、モーターパニッシャーを改造したと思しきクモのような姿のヘキサギアが一機、複数のガバナーに護衛されながら進撃している。ノースは顔を上げ、ブルコラカスを加速させ谷の先を目指す。

 カーブした谷の先、谷底から吹き上げてくる風の中でノースはブルコラカスをゾアテックス形態へ変形させる。複雑な気流の中で、コウモリのような姿を持ったブルコラカスは細かく翼を操り、足にノースを引っかけて谷底へと降りていった。

 上流の谷は、上から見る分には幅が下流と変わらないようだ。だが実際は断崖がオーバーハングになっており、谷底が広い。そしてそこには、流れる川の左右に確かに植物が植えられているのが見える。

「なるほど、これが『下の畑』ですか」

 ノースとブルコラカスは、浅い川へと降り立った。すると左右の畑よりも奥、断崖に寄り添うようにしてプレハブ小屋が並んでいるのが見えた。中からはか弱い光が漏れている。

 ノースは畑を横切り、プレハブへ。畑の植物はまっすぐ立ち玉のような果実を先端に付けているが、ノースには植物学の知識が無いので正体はわからない。

 畑を突っ切ったノースは、プレハブに踏み込む。そこでは簡素な仕切りごとに人が寝転び、谷の上から聞こえてくる銃声のためか不安げな表情を浮かべていた。ガンナイフを抜いていたノースは、その銃口を下ろす。

「……ここの代表の方は?」

「の、ノースさん……?」

 呼びかけるノースに、予想外の声がかかった。はっとノースが見下ろすと、入ってすぐのスペースに横たわっている人影がある。その姿は、粗末な服に着替えさせられてはいるが、あの行商のケインだった。

「ケインさんじゃないですか。なんでここに?」

「き、昨日の夜にアーマータイプを着た村の人に捕まって、ここに運ばれたんです。ここで栽培しているもののためだって……」

 そう告げるケインの脚には、乱暴に包帯が巻き付けられていた。さらにその下からは血が滲んでいるのも見える。

「脚が……」

「腱を切られました……。この谷から出られないようにするためです。ここにいる人は、子供以外みんなそうです。あの村にたどり着いたり、泊まった人達なんです……」

 見渡す闇の中、目を凝らせば小さな人影もある。本当に小さな、未就学児程度の子供が数人だけだが。

「子供が生まれたら上の学校で教育して、上で使うわけですか」

「お姉ちゃん、ミスターの仲間……?」

 闇の中から、子供の一人が問いかける。しかしノースはヘッドギアで表情を隠し、立ち上がる。

「すみませんが、今の私の装備では救助には取りかかれません。ただ、上では激しい戦闘になっているのでこの隙に脱出はできるでしょう。皆さん、なんとか歩いて下さい。ここにもヴァリアントフォースが向かってきています」

 静かに告げるノースに対して、その場の人々は色めき立った。杖を手にしたり、這いずる人々がプレハブの出口に殺到する。ノースは先んじてプレハブから飛び出し、谷の下流を見た。

 カーブする谷を曲がり、多脚ヘキサギアがすでに姿を現しつつある。サーチライトが点灯して畑と、逃げ出す人々を照らし出すと悲鳴が上がった。

「も、もうだめだあ」

 ノースの傍らで、一人の男が跪く。

「頑張って逃げて下さい。非戦闘員であるあなた達は優先して襲われることは無いですから。私が上流に救助を呼びますから、早く」

「た、助けられたところで、脚も切られちまって、金も無くて、どう生きて行けって言うんだ。このまま奴らに捕まって情報体にされた方がましだあ」

「ほほほ、賢明な人もいますねえ」

 突然の笑い声に、ノースはプレハブの上へガンナイフの銃口を向けた。そこには、しゃがみ込み覗き込んでくるフォーカスの、ぽっかりと空いた観測ユニットのカメラアイがある。

「こんにちはお嬢さん。幾度かミスターのそばで見たことがありますねえ。私のことはご存知?」

「……フォーカスさんでしたか。斥候ですか?」

「ええまあ、それが私の役目ですので」

 頷き、フォーカスは逃げ去る人々をしげしげと眺める。

「ま、こういう逃げ惑うだけの人達のことはどうでもいいですね。今回の作戦のこともありますのでノータッチといきましょう。ああ、そちらの御仁のような我々の側での保護を望む方は置いていって下さいね? 本人の意思を尊重しましょう。人道的ですね?」

「…………」

 ノースは注意深くフォーカスを観察しつつ、後ずさる。その表情はミスターのそばにいる時とは全く異なり、暗い谷底にいてなお深い影が落ちていた。

「……随分と今回は寛容じゃないですか。いつもなら問答無用で全員捕まえてしまうのに」

「我々としては保護した上で情報体化を提案しているだけなんですがねえ。しかしまあ、今回の任務はそんな誤解を解くきっかけになるかもしれないものなんですよ。ええ、大いに広めて頂きたい」

 そう言うと、フォーカスはプレハブの上から飛び降りる。ノースが銃口を向けるが、特に気にした様子も無くフォーカスは畑へと歩み寄った。

「これ、何を育てているかご存知?」

「…………」

「これね、ケシっていうんですよ。こうやって実に傷をつけると……」

 フォーカスは実の一つに手を伸ばすと、握り込み親指をめり込ませた。皮が割れ、白い乳液が染み出し始める。

「はい出てきた。これ、アヘン。麻薬です。生成すると麻酔のモルヒネになりますが、最近はヘキサグラム技術のおかげで合成して作れるのでわざわざ作ることも無いはずのものです。そんなものを何故育てているか。わかります?」

 首を巡らせ、フォーカスはノースを見た。そして笑うように肩を震わせ、

「これ以外にも余所ではマリファナ、大麻、タバコなんかも……。汚染を逃れた環境に隠れて、ドラッグになる作物を栽培して資金源にしているヘテロドックスというのは、結構あるんですよ。特にこういう環境に親しい自然回帰派のヘテロドックスにはね。さらに、流通ルート確保のために企業に接近したりもする。いやはや、どこが自然回帰派なんだか」

 パラポーンとしての合成音声ながら、嫌に実感のこもった声音でフォーカスは告げる。

「戦場でストレスがかかるリバティーアライアンスのガバナーは、そういう流通ルートの上客らしいですよ? まあ、アングラに伝手がある奴に限った話でしょうが。その点、ヴァリアントフォースはその辺り潔白ですよ! 情報体はこんなもの使いようが無いし、MSGもヴァリアントフォースもSANATによる流通管理に健康チェックで汚染ゼロ! こんな組織今までに無い!」

「……何が言いたいんです?」

 手振りを交えて盛り上がるフォーカスに、ノースは冷ややかに問う。するとフォーカスは指を立て、

「いえね? 自軍の管理を徹底するSANATは、MSG外のこういった異常な肉体的快楽を与えるものの存在が、情報体化の障害になっているのではないかと最近疑問するようになりましてね。そこで、プロジェクト リ・ジェネシスの補助計画としてこういうものの排除作戦が実行されることになったんですよ」

「……こういうものの栽培に関わる人々を根絶やしにするつもりですか」

「いやいや、現に今見逃している人もいるじゃないですか。そりゃあ、栽培組織の首謀者達は排除しますがね。しかしこういう慈善的な行いに相応しいクリーンな方法も考案されているんです」

 そう言って、フォーカスは背後から迫ってくる多脚ヘキサギアを指差した。見れば、そのヘキサギアは何かタンクを背負っているのが見える。

「あのヘキサギアには、MSGが品種改良を行ったある種の細菌兵器が搭載されています。兵器と言っても生身の皆さんには何の影響もないものですがね。ただ、あれに感染したケシはアヘンの成分を作ることが出来なくなると、それだけのものです」

「……!」

 ノースは息を呑む。その様子に、フォーカスは満足げに腕を広げた。

「ドラッグ成分を分解、生成を阻害する生物兵器。試作段階ではありますので、こうして実際に栽培されている地での試験運用を重ねている次第です。まだまだターゲットごとに違う種が必要ですし、感染性も低いんですよねえ。ま、今後にご期待下さい。こういうものを作れるのは、MSGとヴァリアントフォースだけでしょうし」

「これからも、こういう集落を襲い続けると?」

「悪いことみたいに言わないで下さいよ」

 肩をすくめるフォーカスに、ノースは何も言い返せない。すると、フォーカスは背部ラッチからハンドアックスを抜き取った。

「さて、いろいろお話ししましたし、是非お友達にも教えてあげて下さい。ああ、お望みとあらば、リバティーアライアンスのより多くの人々に情報を流布できるお体にして差し上げることも可能です。貴方のその美貌を永遠に保つことも可能ですが――」

 言いつつ、前へ一歩を踏んだフォーカスめがけノースは発砲。咄嗟に急所を庇ったフォーカスを置いてノースは飛び退き、跳び上がるブルコラカスに捕まって谷から脱出していく。

 後続のガバナー達がノースを追って射撃するが、フォーカスは肩を震わせながらハンドアックスを背部ラッチへと戻す。そして、多脚ヘキサギアへ前進を示すハンドサインを送った。

 飛び立ったノースは、上空でブルコラカスをグライダー形態に戻し滑空していく。谷底を逃げる人々を見下ろし、村で続く戦闘へと視線を移すと、通信のセッティングを始めた。

「――ミスター、わかりましたよ。『下の畑』のことも、ヴァリアントフォースが攻めてきたわけも」

 

「――なるほど、ケインがそっちに」

 戦闘が続き、倒壊した家屋を盾にミスターは野戦砲でモーターパニッシャーを迎撃していた。接近してくるヴァリアントフォースのガバナーはリトルボウが食い止めているが、徐々にミスターへの攻撃は散発的になりつつある。

『谷底の人達を救出する手筈はこちらで要請しました。離脱しましょう』

「とんだ遠足になってしまったものだ……。帰ってからも大変だぞ、リープ製薬に関する一大スキャンダルだ」

 うんざりと頭を振り、ミスターは脱出の機を窺う。相変わらず頭上にはシャイアンUが飛び回っているが、村の攻略が大詰めのためか、攻撃はそちらに向いている。

「これ以上留まれば、村人が全滅してこちらがターゲットになりかねないか……」

 もとより、敵しかいない戦場だ。長居する価値は無い。

 ノースの報告を受けた今、村人達の矛盾した態度にも納得できる。接待で誤魔化そうとした者、裏稼業がばれることを警戒した者、労働力として洗脳されていた者……。収穫し、リープ製薬に送って精製されたものの一部を代金として受け取ってもいたのだろう。

 考えることは尽きないが、ミスターは撤収を開始する。リトルボウを下がらせ砲をクレーンにかけるが、視線を外しかけた照準画面の中にミスターはあるものを見た。

 接収され村人が操るケインのスケアクロウだ。多くの書物を運んでいたはずの機体は、今荒っぽく乗り回されている。

「よくもやってくれたものだ……」

 ミスターは野戦砲の徹甲弾モードでスケアクロウに照準する。スケアクロウを乗り回し、興奮した様子の村人が画面に映り込んでいた。

 発砲。プラズマ光弾はスケアクロウのヘキサグラムストレージに横様に飛び込み、機体を左から右へと貫通していった。一瞬遅れて、機体の上半分が炸裂。残った機体の脚部と腰部フレームだけが、その場に仁王立ちした。

「……そっちの障害を排除してやったんだから見逃してくれよ」

 頭上を飛び回る敵にそう呟き、ミスターはリトルボウの操縦席に飛び乗る。急発進するその車体へは散発的な射撃が繰り出されたが、追いすがる者はいなかった。

 

 戦闘は明け方近くまで続き、装備にも数にも劣る村人達が追い込まれ、最終的には壊滅した。

 落ち延びようとする者を追って、補給を済ませたモーターパニッシャーが離陸していく中、シャイアンUを着陸させたシングは制圧下の村を見て回っていた。

「は、欲を出さずに暮らしていればいーい田舎だったものを……」

 旧時代から残っていたはずの家屋や、砲撃で穴だらけになった会議場を見物しシングはぼやく。会議場最上階からは煙が上がっていたが、聞くところによると設置途中だったと思しき無線機が自爆したらしい。シングはミスターと共にいたノースの仕業だと見当を付けていた。

「周到な奴もいたもんだ。それなのにこっちは、なあ?」

 縛り上げられ、パラポーン達に監視される捕虜のもとへ、シングは訪れる。捕虜達の中には、スルガの姿もあった。

「へえ、あんたがここの村長閣下?」

「…………」

 膝をついたスルガは、視線でシングを射殺さんばかりに睨め上げている。ミスター達に見せた柔和な表情など、どこにもなかった。

「どうなんだいあんた。自然回帰派なんて言って、実際はドラッグ売った金で遊んで暮らしてたんだろう? あーあー折角作った綺麗なおべべが黒焦げ」

 シングは笑いながらスルガのケープを指で突く。スルガは無言でシングを睨み続けるが、その瞳は揺れていた。シングは首を傾けながらその顔を覗き込み、

「俺ぁ先行して現地入りして偵察しててさ、この村のハンターをとっ捕まえて訊問してたわけよ。まーこいつが素人くせえ上に無警戒な動きでよ。捕まえたら捕まえたでぺらぺら喋るわ手持ちのドラッグ渡してくるわで保身の連続よ。あまりにうるさいんで思わず埋めちまったわな」

 そう言って、シングはポーチから薬包を一つ取り出してスルガの眼前でぷらぷらと揺らす。そしてそれをスルガの目の前に落とし、

「これもあんたらの言う『自然の恵み』なのかい?」

 スルガは歯ぎしりした。そしてその背後、捕虜の中でも若い青年が、地面に落ちた薬包を見て騒ぎ出す。

「じ、『慈悲』がっ! お前、僕達の『慈悲』に何をする! それは謙虚に自然に奉仕した人間だけが賜ることが出来るものだぞ!」

「暴れるな」

 パラポーンの一人が、銃床で青年を殴りつける。その様子をしげしげと眺め、シングは面白そうにスルガに言う。

「謙虚に奉仕することの報償ね。俺はそういう人間蔑視と、快楽に対する言い訳じみた姿勢は嫌いだな」

 薬包を踏みつけ、シングは立ち上がる。そしてスルガを指差し、

「今のお前達みたいに、強者に生殺与奪を握られている状況の方がよっぽど自然だって、俺は思うぜ? 楽しめよ、お前らが求めていたものをよ」

 ひらひらと手を振り、シングは振り向いて去って行く。その背に、スルガが食ってかかろうと上体を起こした。

「私が築いた楽園を、よくも、よくも……! ガバナーどもがっ」

「楽園? 現実からお薬で逃れるための?」

 肩越しに嘲り、シングは歩いて行く。その前方では、谷から帰還したフォーカスが待っている。彼はシングの陰にいるスルガを見つけると、覗き込みながら親指を下に向けた。

「ほほほ、いい気味ですねえ。人間を痛めつけてパフォーマンスする商売の奴が、無様な最期を迎えるのを見るのは」

「いい趣味してるぜ」

 言葉を交わすシングとフォーカスに、スルガはなんとかにじり寄ろうと体を揺すった。しかし背後からパラポーンがその体を押さえつけ、唸り声を上げさせた。

 

 森の中を駆け抜けていくリトルボウの上には、二人のガバナーと一機のブルコラカス、そして沈黙が載っていた。

 撤収するミスターとノースは、言葉を交わさずにいる。

 ノースがまとめた報告を受け、リバティーアライアンス憲兵団がリープ製薬へ、救出部隊が谷へ向かったという連絡は受けていた。悪事は暴かれ、救われるべき人は救われるだろう。

 だが前者は多分にヴァリアントフォースの功績が有り、後者は全員ではない。この一件をヴァリアントフォースは誇示するだろうし、救助部隊まで辿り着けない者も、絶望して投降する者もいるだろう。

 そして、ヴァリアントフォースの企みは進行している。彼らの推測にも真実が含まれており、失われたドラッグの代わりに情報体化を選ぶ者が現れることはありうる。そうでなくとも、ドラッグを失わせていく彼らの行いを批判することは難しい。

 近しい場所に悪が潜んでおり、敵が善を為している。そんな、自分達が依って立つものが揺らぐような事態だ。ミスターもノースも、語らうよりも先に、現実を飲み下す必要があった。

 ミスターは、ノースがフォーカスから聞いたという理屈を考える。

 人類が情報体化を拒む理由。そこには、快楽への未練があるのだろうか。すでに境界線を越えたミスターには、もうわからないことだ。

 その時、風が吹いた。木立が揺れ、風が鳴る響きをミスターは捉える。

「あ、いい風……」

 荷台のノースが呟いた。ミスターが振り向くと、ノースは髪に手櫛を差し込みながら、風を頬に感じるように顔を上げている。

 その横顔に、ミスターは感覚を抱いた。胸が軽くなるような、浮き立つような。もうそんな感覚を抱く体は無いはずなのに。

「……お前は美人だなあ、ノース」

「え、ええ? なんですいきなり」

 突然の言葉に困惑するノースに、ミスターはかみ殺した笑いで肩を揺すりながら再び前を向く。

 そうだ。フォーカスが指摘した快楽は、悪意に満ちたものだ。だがその一方で、世界には悪意無き善良なものも、自然なものも存在する。それに属し、それそのものでありたいという想いまで、フォーカス達は否定できないだろう。

 どれだけどす黒い悪意が存在していても、それだけで世界の全てが塗り潰されてしまうわけではない。ミスターは自らの胸の内に浮かんだ感覚を信じる。

 世界には真に素晴らしいものも存在する。それから引き離される謂われなどありはしない。

 自らの結論を抱いたミスターの眼前で、森が終わる。リープ製薬が立てたフェンスを過ぎると、見慣れた荒廃の地平線が広がる。

「あーあ、綺麗な森だったのに……」

 風を感じることが出来るノースも、そう惜しんでいる。彼女のプリミティブな感覚を、誰が糾弾できよう。

「……なんですミスター、なんかにやついてるような雰囲気を感じるんですけど。昨晩のこと、怒ってます?」

「怒ってたなあ。けどもう、どうでもよくなっちまった」

 荷台からミスターを見るノースは、首を傾げる。そんなノースへ、ミスターは肩越しに手を振る。

「帰ろう、俺達の最前線へ」

 リトルボウは荒野の道を駆けていく。その先には、戦乱の荒野――。

説明
 ここまでのあらすじ
 アライアンス所属企業リープ製薬が独自に契約しているヘテロドックスの村に連絡手段を設けるため、自然が残る地域を訪れたミスターとノース。しかし自然と共に生きるというそのヘテロドックスについて、ミスターは疑念を抱いていた……。

 そんなこんなでヘキサギアフロントラインシンドローム、第二回の(下)です。戦闘シーン、諸々の真相はこちらに。
 正しさ、善悪。全ては人が作り上げなければならないものです。
 破壊も創造もお前が決めろ――。ということですかね。

本作品はコトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』シリーズの二次創作作品であり、同作の解釈を規定するものではございません。
またフィクションであり、実在物への見解を示すものでもないことをあらかじめご了承下さい。
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