『塔の姫』
[全1ページ]

そは遠き昔の遠き世界

絶頂迎えし魔導の技が

力を得たる多くの者に

邪心招きし悪しき時代

 

高さ競いし黒鉄の塔

魔力に歪みし昏き空

地より漏れし雷光の

あがく龍さながらに

天に描くよじれし弧

 

大陸の西のとある森

緑豊かな小さき国に

一人の姫が生を受け

父王いたく嘆きたり

 

野心隠さぬ隣国の王の

贄となるため生れしか

王子の妃にと命あらば

拒む術などありはせぬ

 

新たな国へと目移らば

その命とて危うからん

ああ呪わしき我が無力

姫も国も守れぬこの身

 

では姫君を秘するまで

進言せしは宮廷魔術師

幸い姫君の守り星は森

未聞の術さえ施せよう

 

銀の塔を森の奥に建て

姫君をそこに匿われよ

守護の呪文を紡ぐゆえ

真の名もまた隠されよ

 

姫君の身に守りの術式

森の加護を織り込めば

森で危難に会おうとも

その身を塔へ戻せよう

塔に戻らばもはや姫に

仇なす術はありはせぬ

 

姫君を軸に結界巡らせ

国に忘却の幻術施さん

王があえて望まぬ限り

我が民以外の奴ばらに

無人の荒野と映るよう

荒れた森と見えるよう

 

老魔術師の忠言容れて

赤子は森の塔へ移され

国民の命運負いにけり

民にも秘されし塔の姫

姫さえ知らぬその秘密

 

日陰に芽吹きし種一つ

かくて塔にて育ちたる

黄金の髪と緑の目もつ

森人一族の秘めたる宝

年月を経て開くは大輪

 

豊かな髪は背にうねり

紅玉とまがう小さき唇

侍従と僅かな侍女達と

時折きたる父王の他に

語る相手もなけれども

 

耳は梢を渡る風を聴き

瞳は樹木の彩りを映す

樹木に語らい花を愛で

緑を映せし銀の塔での

日々を疑うこともなし

 

されど病に伏せりし王

はや訪れる事能わざり

父の許へと願いし姫は

登城禁じる王命受けて

初めて疑う己が身の上

 

なぜこの塔を出られぬや

なぜこの森を出られぬや

何故我は気づけざりしか

かくもこの世の狭きこと

 

晩春の宵の薄闇に紛れ

侍従や侍女の目を盗み

ついに抜け出す銀の塔

されど森の中の湖畔に

淡き花びら渦巻く中に

佇みたるは魔性の乙女

 

黒き衣の背に流されし

身の丈ほどの髪は雪白

大きな碧眼のその深さ

底知れぬその眼差しに

畏怖を覚えし姫の身は

白銀の塔へと転移せり

 

あれは始祖たる吸血鬼

出会いし者を転化させ

人外の身に堕とすもの

戦慄収まらぬ塔の姫に

語りかけしは魔性の声

 

塔の守りと森の加護

重ねて堅き守護の術

我が力とて及ばねど

定めを変える力なし

 

道の交わる者だけが

我と出会う理なれば

いずれ時も心も移り

宿命の刻こそ訪れん

 

告げる乙女の低き声に

見上げる深き眼差しに

畏れの中にありつつも

心惹かれし所以は何ぞ

 

かの碧眼に宿りし光は

時越えし者の叡智の印

遥かな旅路で映じたる

数多のものの遠き残像

 

花散らす風に雪白の髪

なびかせ薄らぐその姿

追いし瞳に宿りし色は

憧れと羨望に他ならず

 

ああ籠の鳥の身ぞ哀し

父君の許すら行けぬ我

何故この身に許されぬ

魔性の者すら持つ自由

 

 

思い悩みし姫をよそに

季節は移ろい迎えし夏

弟と名乗りし王子訪れ

父王の訃報告げにけり

 

塔の窓に取りすがり

嘆く姫を見上げる瞳

同じ緑の目に燃ゆる

義憤の念ぞ激しけり

 

今際の際に父上は語りし

姉上を秘してありしこと

国民の守護の人柱となし

銀の塔に閉じ込めしこと

 

驚かれたるも無理はなし

日陰の身強いる不憫さに

せめての安らぎ願うゆえ

父上は真実を秘し給うた

 

されどいかなる故あれど

許されざるはこの仕打ち

そのかんばせの陰りこそ

安穏と暮らせし我らが罪

 

姉上一人に犠牲を強いて

もはや暮らすは許されじ

この国を継ぎし者として

かの暴虐の仇敵に挑まん

 

無謀なことを言い給うな

父上をかくも悩ませし敵

勝てる筈などありませぬ

されど新王の決意は固し

 

正面きって勝てずとも

奇襲によらば勝機あり

長きにわたり結界の中

国ごと潜みし我らゆえ

 

必ずや災いの影はらい

この牢獄より解き放ち

お返しするが我が責務

王のみが知る真の御名

 

姉上の守護の要なれば

未だ告げるは能わねど

暗雲晴れしその日こそ

尊き御名にて呼び申す

 

踵を返し立ち去る王に

白き腕差しのべれども

惑う思いは千々に乱れ

言葉の形をなさざりき

 

いましばしとの王の声

去りぎわのその一言が

姫の惑いをかき立てり

留めんとの声封じけり

 

破壊と死招く魔の光

遂に夜空へ駆け上る

己が沈黙のその結果

悔いつつ祈る塔の姫

 

だが朗報なきままに

夏は無情に翔り去り

姫の煩悶掻き立てつ

蒼穹の色ぞ移りゆく

 

ある夜地穿つ破滅の雷

天空焦がす紅蓮の大火

侍女の悲泣聞かずとも

疑い得ざる王城の滅び

 

侍従が退路へと導けど

なおも破れぬ守護の術

無情にも姫を連れ戻す

獄舎と化したる銀の塔

 

この結果をば恐れつつ

弟の言になぜ迷いしや

ただ一瞬の解放の夢に

惑いし罪へのこれが罰

 

戻りし侍従や侍女達に

覚悟にじませ告げる姫

落ち延び給えそなた達

我と共に死ぬは許さぬ

 

我が身の自由に心惑い

王を止めざる我のため

滅せし者ぞいかばかり

免れ得ざるこの身の咎

 

民導くことも叶わぬ身

王族の責務果たせぬ今

そなた達に託す他なし

王族として最後に命ず

 

見つかる限りの民草を

引きいし旅の守りにと

扉の守りの魔晶石托し

気丈に侍従ら送り出す

 

振り返りつつ去る後姿

見送りし姫は念じたり

秋の風より浮き出ずる

初霜のごとき人影の白

 

見上げる深く碧き目を

見下ろす瞳に揺ぎなし

思いを秘めし面差しに

魔性の乙女も応じたり

 

我が正体を知りながら

呼び寄せしとは珍しや

ならばしばし耳傾けん

我に告げんとする言葉

 

ああ魔性でありながら

賢者の相を併せし者よ

御身は全てを覚えしか

この世に起きし事々を

 

否と答えし黒衣の乙女

我が記憶に留めたるは

己が道行きに交わりし

僅かな数にすぎぬもの

 

たどる旅路の長さゆえ

見えしものも多かれど

定めに抗うすべなき身

知り得ぬ事もまた多し

 

その声のいと柔らかく

仄かな寂寥帯びたれば

胸に迫りし万感の念に

解きほぐされし姫の心

 

自らの境遇語りし後

慰謝と共に続けたり

御身もまた虜囚なら

理に抗えぬ身なれば

 

思い託すに足る者よ

敵の手に落ちたれば

嬲り殺しの他なき身

贄となるは厭わねど

 

されど僅か半年の前

あれは今年の春盛り

森の側にて摘みし花

瞼に浮かぶ鮮やかさ

 

かの花の色のみならず

陽光浴びたる地も森も

眩しきばかりの蒼穹も

はや夢幻かと思うのみ

 

あの時の我は何ひとつ

憂いの影も知らざりき

罪深きことと思いつつ

無垢への未練断ち難し

 

数多の思いに支えられ

無垢でいられし有難さ

今はただただ口惜しき

無垢でありし愚かしさ

 

数多の者の逝きし今

御身に見え語れしは

我が僥倖に他ならず

無常を渡りし旅人よ

 

散る他なき思いをば

御身に托し散華せん

骸は地下に封じ給え

塵に還るが我が願い

 

定かならざる未来ゆえ

無に還るかは判ぜねど

我が忘れることはなし

汝の告げたるその思い

 

守り破れし戸を潜り

歩み入りたる白き影

姫も階下に降り来り

死の抱擁に身を委す

 

幻術破れし銀の墓所

早くも訪れたる者は

詣でる者の筈もなく

敵たる黒髪の民の王

 

見い出す者をば悉く

剣の錆にさせながら

目にしたるは銀の塔

あれぞ宝の蔵ならむ

 

見出す品々荒しつつ

残る地下室暴くため

扉を破り踏み込めば

麗わしの骸見出せり

 

やよ小癪なる民の姫

咎を怖れ果てようと

見逃す余と思いしか

刻みて野に晒すまで

 

言い捨て踵返せども

背より絡みし白き腕

声出す事も能わずに

牙の贄となり果てし

 

そは遠き昔の遠き世界

人と魔織りなす昏迷の

翳濃き雲間に垣間見ゆ

うたかたのごとき物語

 

 

説明
『封魔の城塞アルデガン』本編の時代から千年の昔。世はまさに魔法文明の絶頂期へと上り詰めた果てに大陸の形さえ変わるほどの大戦争へと雪崩落ちようという時期を迎えていた。そんな折、いつ隣国に併呑されてもおかしくない森の中の小国に生まれた姫の身を父王が案じたことから始まる物語を伝える伝承歌。
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ファンタジー 異世界 吸血鬼 魔法 戦争  

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