結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜 その3 |
第3話〜宿題〜
銀ちゃんとゲーセンで遊んだ日からしばらく経った。
俺の通う大学も少し前にめでたく夏季休暇に突入し、各々が各々の休暇を満喫している真っ最中である。
そんなある日のこと。
「お前さぁ、なんか最近付き合い悪くね?」
「……そうか?」
同じサークルに入っている男が、サークルを終えて帰る準備をしている俺に不満そうな顔を隠しもせずにそう言ってきた。
部室の入り口に仁王立ちしていて、俺を逃がさんとしているような立ち位置である。
その男は大学に入ってから出来た友人で、今年で4年の付き合いになる。
妙にウマが合ったらしく知り合って間もないうちに早々と打ち解けて、休日にはよく一緒に遊んだりしている仲だ。
その友人が俺の疑問の声に、不満そうな顔をさらに深めて言ってくる。
「そうだって! 最近だってサークル終わったら、さっさと帰っちまうし!」
「いや、だってバイトあるし」
「サークルない日だって中々遊べないだろ!」
「まぁ、バイトあるしなぁ」
「じゃあ明日は!?」
「うん、バイトだな」
「どんだけバイト入れてんだよ! じゃあ今日は!?」
「用事あるから無理」
「そこはバイトじゃないのか!?」
打ったら響くというか、その勢いのあるツッコミに少し感心してしまう。
「ってかさぁ、さっきからバイトバイト言ってるけど、週にどんだけバイト入れてんだよ?」
友人の言葉に少しだけ考えると。
「……ほとんど毎日?」
「ま、毎日!?」
素直に答えると、友人は驚きの声を上げる。
まぁ、毎日バイトを入れるようになったのは、あくまで夏季休暇が始まってからではあるが。
それに毎日とは言ったが、正確には週に5日程度である。
8割近くバイトを入れてたら、もう毎日と言っても過言ではないだろう……ないよな?
「……はぁ。ったく、お前さぁ? そんなにバイト入れて、何か欲しいものでもあるのか?」
「欲しいもの? ……んー、サークルで使うものも買い足したいし、新しいゲームや漫画も……あぁ、酒もよく買うな」
「酒かぁ。まぁ、お前も結構好きだもんな、酒」
「まぁね」
飲んだら翌日にかなり響く性質だから頻度は少ないけど、飲む時はがっつり飲む派で毎日飲んでる人並みには金も消費していると思う。
(……それに、ゲーセンで散財しまくったからからなぁ)
言葉には出さず、内心でそう付け加える。
少しの後悔と共に思い出すのは、銀ちゃんと一緒に行ったゲーセンでのこと。
銀ちゃんの分も出していたとはいえ、流石に5千円以上も使うことになるとは思わなかった。
今月は色々と買っていたから、出費を抑えるようにしようと考えていたのにこれである。
ムキになっていたとはいえ、少しは気を付けなければと猛省する。
そんな俺は現在、少しでも出費を抑えるようにコツコツ努力をしている真っ最中である。
その最たるものは我が家の食卓だ。
あれから俺は、毎食うどん生活を送っていた。
以前スーパーで安売りしていた乾麺を見つけて、保存もきいていつでも食べれるからと大量に確保していたものである。
一食あたり調味料代を含めても、100円はいかないくらいの安さだ。
安くて、簡単に出来て、おいしいという、まさに貧乏学生にとっては神樹様のように崇めるべき存在だ。
……とはいえ、うどんオンリーの生活だと流石に飽きがくるけど。
(そろそろバイト代も入るし、今日あたりは少し晩飯に色を付けてみるかな)
俺が晩飯のことを考えていると、我が友人は俺をじっと見つめながら何やら考え込んでいる様子。
流石に男にジッと見られて、喜ぶ趣味はないのだけど。
そう思っていると、彼はゆっくりと口を開く。
「……なんていうかさ、少し変わったよな。いいことでもあったか?」
「いいこと? ……さぁて、どうだろうな」
一瞬、銀ちゃんの顔が脳裏に浮かんだが、俺はそれを口にはせずに曖昧な言葉ではぐらかす。
「なんでそんなこと思ったんだ?」
「なんで、かぁ。なんていうか、前に比べてどこか楽しそうにしてるなって思って。イキイキしてる、みたいな感じか?」
「……そう、見えるか?」
「まぁ、俺にはってだけで、ただの勘違いかもしれないけどな」
と、苦笑しながら言う彼を見ながら俺は考える。
我が友人はお調子者でバカっぽい感じのする奴だが、実は講義での成績はトップクラスだったり何かと勘が鋭いところもある。
成績なんて中の中くらいという平凡な俺とは違って、ガチで優秀なのだ。
人受けもいいし大学でも学部を越えて顔が広く、正直なんで俺とつるんでいるのかわからないくらいだ。
そんなこいつのことだ、普段の俺を見ていて何かしら気になるところがあったのかもしれない。
「……と、そろそろ行かないとマジ遅刻するわ。悪い、また今度埋め合わせはするから」
「必ずだぞ? あと、こっちこそ引き留めて悪かったな」
そう言うと、あっさりと入口の前から体を退ける。
前と違って中々遊ぶ時間が取れなくなったことに、少し愚痴を言いたかっただけなのだろう。
友人を蔑ろにするつもりはなかったが、よく俺のことを気に掛けてくれる彼には少し申し訳なく思う。
「今度の日曜は特に用事も入ってないし、その日なら遊べるから」
「お、そうか。なら、久しぶりに映画でも見に行こうぜ!」
「……あぁ、そうだな」
また出費がかさみそうと思ったが、まぁ、これくらいは必要経費だろう。
正直、出費よりも男二人で映画とかどうよ? という思いの方が強かったが、今までにも何度か二人で見に行ったこともあるし、それこそ今更だと思い直した。
「それじゃ、今度の日曜日にな」
「面白い奴ピックアップしておくから、楽しみにしてろよ!」
そう言う友人に軽く手を振り、俺は部室を出た。
少し歩いて校門が見えてきた頃。
―――ズズズズッ!
「じ、地震? ちょっと大きいな」
上下に揺れるような大きな地震に、俺は驚きながらもその場で立ち止まる。
今の地震、震度5か6はあったかもしれない。
この四国は神樹様に守られているおかげか、大雨や大雪、大地震といった異常な天災は滅多にない。
地震にしても時々小さく揺れる程度のことはあるにしても、これくらい大きいものは俺が生まれてから1度あるかないかくらいだろう。
「……落ち着いたか。いやぁ、ちょっとびっくりしたなぁ」
それから10秒ほどだろうか、少しずつ揺れが小さくなっていき、ようやく収まった。
テレビでは今頃、この地震のことで話題になっている事だろう。
「おっと、止まってる場合じゃなかった。家に帰って準備もしたいし、少し急がないとな」
急がないと待ち合わせに遅刻してしまいそうだ。
そのことを思い出し、早足で大学を出る。
◇◇◇◇◇
「……遅いなぁ」
一度アパートに戻って素早くシャワーと着替えを済ませ、俺はイネスの入り口付近で人を待っていた。
スマホを見ると2時を少し過ぎた所。
1時30分にここで合流する約束だったのだが、30分待ってもまだ待ち人が現れない。
遅れる旨の連絡も無し。
普通なら約束をすっぽかしたのかと憤るところだろうが、まずその可能性は考慮していない。
少なくとも“あの子”は、人との約束を蔑ろにするような子ではないことを俺は知っているから。
……まぁ、素で忘れてたってことはあるみたいだけど。
「兄ちゃ〜ん!」
強い日差しもあり、店の中に入って待っていようかと考えていた矢先、聞き慣れた声が聞こえてきた。
声の方を見てみると、手を振りながら駆けてくる女の子が1人。
女の子は目の前に来ると、膝に手を置いて乱れた息を整えている。
「よっ、銀ちゃん」
「はぁ、はぁ……ご、ごめん、遅れた……」
俺は女の子、銀ちゃんに軽く挨拶をする。
銀ちゃんとは以前ゲーセンで一緒に遊んだ時からよく連絡を取り合ったり、お互い何も予定がなければこうして一緒に遊んだりしている。
大学の友人と遊ぶ時間が減った理由は確かにバイトを入れているからと言うのもあるが、こうして銀ちゃんとも遊んでいるからと言う理由でもあったのだ。
比較的、銀ちゃんと一緒に遊ぶことを優先しがちではあるが、可愛い妹分との遊びを優先するのは兄貴分としてはきっと当然のことだろうと確信している。
ちなみに友人には銀ちゃんのことは話していない。
どうせあいつのことだ、銀ちゃんの事を言ったら俺のことをロリコンだとかなんだとか煽ってくるに違いない。
ただでさえ一緒に遊ぶ時間が減っていて若干不貞腐れ気味なのだ、それはもう盛大に煽ってくることだろう。
「まぁ、気にしてないから。とりあえず息を整えなよ」
「う、うん」
銀ちゃんが息を整えるまで待つ。
待っている間、今日の銀ちゃんの服装を見る。
白い半袖のインナーの上に淡い緑色のタンクトップを着て、下はデニムのショートパンツを履いている。
上下共に柄の無いシンプルなものであり、なんというか夏の男の子が着ていそうなイメージがわく服装だ。
もう少し女の子らしい服装も見てみたいとは思うのだが、銀ちゃんは「あたしにはそういうの似合わないって!」というのだ。
花柄のヘアピンをつけてたり、可愛らしいキーホルダーが好きだったり、肩に下げているショルダーバッグも俺のとは違って可愛いキャラクターが描かれていたりと、本人も可愛らしいもの好きなはずなのだが。
「……すぅ……はぁぁぁあ! あぁ、やっと落ち着いた〜」
顔を上げて大きく息を吸ってはく。
まだ少し息使いが荒いようだが、とりあえず話せる程度には落ち着いたらしい。
顔を上げた銀ちゃんの首元には、以前プレゼントした本の形をしたペンダントが見えた。
気に入ってくれたらしく、一緒に遊ぶ時はよくそれを身に付けているのを目にする。
プレゼントした身としては中々に嬉しい……のだが、銀ちゃんの状態を見て思わず溜息が出てくる。
「……はぁ。ほれ、銀ちゃん」
「え? わっと!?」
走って来たことや、この暑さのせいもあるのだろう。
滝のように流れる汗が顎先からポツリポツリと落ち、他の肌が露出しているところでも止めどなく流れている。
それを見て俺はショルダーバッグからタオルを取り出し、銀ちゃんの頭にかぶせた。
「まったく、そんなに汗かいてたら風邪ひくぞ?」
「うぅ、ごめん兄ちゃん。後で洗って返すから」
「ん? いや別にいいぞ、そんな気にしなくて」
「あたしが気にするんだってば!」
ぷくっと頬を膨らませながら、受け取ったタオルで汗を拭いていく。
別にビニール袋も持ってきてるから、本当に気にはしないのだけど……。
「でも、なんでタオルなんて持ってるの?」
「そりゃ夏だしな。今日みたいに暑い日は、タオルと飲み物は必需品だ。それに……」
「それに?」
「銀ちゃんの場合、“また”なんかトラブルに巻き込まれて遅刻するだろうなって思ってたし。それで急いで走ってきて、絶対汗だくになるだろうなって」
「……ひゅーひゅー」
「あからさま過ぎるだろ」
サッと視線を外し、あからさまに吹けていない口笛を吹く銀ちゃんに俺は呆れてしまう。
目は口ほどにものを言うとは言うが、銀ちゃんのそれは目と口の両方で俺の予想が当たっていることを如実に語っているようなものだった。
銀ちゃんと遊ぶの今日で7回目くらいになるが、基本的に銀ちゃんは時間通りに来ることはない。
いつもではないが、遅れて到着することが多いのだ。
いわば遅刻の常習犯なのである。
本来なら遊ぶ約束をしているのに頻繁に遅刻をしていれば、年下とはいえ少しは物申したくもなるだろう。
実際、3回目の時には俺もちょっと不満を口にしたものだけど……。
(まぁ、今はもう、仕方ないって諦めてるけどな)
なにせ、それは銀ちゃんが時間にルーズだからというものではないのだから。
俺がさっき言った“トラブルに巻き込まれて”という言葉、それこそが事の真相そのものである。
そう、銀ちゃんの周りではよくトラブルが起きるらしいのだ。
特に人が困っている場面に出くわすことが多いらしい。
銀ちゃんは、所謂トラブル体質というものなのだ。
放っておいてもいいだろうに、銀ちゃんの元々の性格故か困っている人を見かけたら放っておけず、毎度お節介を焼いてしまうらしい。
お人好しというか、正義感が強いというか、関わったせいでいらない苦労を背負うことも少なくないだろうに。
……とはいえ、俺が銀ちゃんと仲良くなれたのも、その持ち前のお節介を焼いてくれたおかげなわけで。
そんなこともあり、遅刻に関して俺はあまりグチグチ言わないことにしてるのだ。
「それで、今日はどんなトラブルに巻き込まれたんだ?」
確か前回は迷子の子供を見つけて、一緒に親を探したのだったか。
「……あ〜、いやぁ、トラブルというか……」
すると銀ちゃんは気まずそうに視線を泳がせる。
「……えっと、そのぉ」
「どうした? もしかして、まだトラブルは解決してないのか?」
「うーん、まぁ、してないって言ったらしてないけど……」
いつもはきはきとしている銀ちゃんだが、今はどうにも歯切れが悪い。
そんなに言い辛いことがあったのだろうか。
「何があったか知らないけど、困ってるなら俺に話してみてくれないか? 何か助けになるかもしれないし」
「いやぁ、でも……これはあたしがどうにかしないといけない問題っていうか……」
「……もしかして遠慮してるのか? だったらそんなの必要ないって。いつもは銀ちゃんが困ってる人を助けてるんだ。自分が困ってる時くらい、他の人に助けてもらったって神樹様も罰は当てないよ」
「……兄ちゃん」
銀ちゃんはジッと俺を見つめてくる。
まだ言い出すか迷っているのだろう、言い出そうと口を開けたり、しかし思い留まったように口を閉じたりを繰り返している。
それを見ているのが、なんとももどかしい。
「俺が銀ちゃんの助けになりたいんだよ。だって俺は……銀ちゃんの、兄ちゃんだろ?」
「っ!」
それを聞くと一瞬目を見開き、その目じりからは薄らと涙をにじませていた。
「……えっと」
少し間を置き、ついに銀ちゃんは口を開いた。
「その、ね?」
「あぁ……っ!」
つい感極まって俺も涙をにじませてしまう。
血なんて繋がっていないし、会ってからまだそんなに時間も経っているわけでもない。
それでも俺は銀ちゃんのことを本当の妹のように思っているし、それは銀ちゃんだって同じだと信じている。
だけど、これまで何かトラブルが起きても、銀ちゃんは一度たりとも俺を頼ったりしてくれたことはなかった。
自分一人で十分だと思っているのか、それとも他人に迷惑を掛けたくないのか。
銀ちゃんの性格を考えるに恐らく後者なのだろうけど、それでも兄貴分としては何か困ったことがあったのならば少しくらいは頼ってほしいと常々思っていたのだ。
そして、そんな銀ちゃんがやっと俺を頼ってくれようとしている。
そのことがとても嬉しかった。
(さぁ、聞かせてくれ! 銀ちゃんは一体、何に困っているんだ!?)
「……夏休みの宿題が全然進んでなくて、今まで須美と園子に見張られてずっと勉強してました」
「俺の感動を返せこんにゃろう」
俺は一瞬のうちに間合いを詰めて、銀ちゃんにヘッドロックを仕掛ける。
「え、はやっ、ぎゃー! 兄ちゃんごめん、ごめんって!」
我ながら惚れ惚れする早業に、さしもの銀ちゃんも逃げる間の無かったらしい。
銀ちゃんがタップをしているが、そんなことでは止めてやらない。
何かトラブルに巻き込まれたのかと心配していたというのに、蓋を開いてみればこれである。
俺を頼ってくれるという感動も何もかも、一瞬でどこかへ消えて行ってしまった。
「そりゃそうだよなぁ、自分で何とかする問題だよなそりゃあ。んで、今回遅刻したのは一体誰のせいでしょうか?」
「はい、あたしのせいでございます! マジスンマセンでした!」
「うーん、反省が足りない!」
ヘッドロックついでに、お仕置きとして頭をぐりぐりする。
「うぎゃぁぁぁ! 兄ちゃん、なんかこれ地味に痛い!」
「そうだね、痛いね。それが俺の感じた怒りとか悲しみとか、その他諸々を混ぜ合わせた感情だよ。よぉく味わいたまえ」
「いや、感情的なものじゃなくて! 物理的に痛いんですけど!?」
本気でやってるわけではないのだから問題ない。
ガチで痛いわけではなく内側に響くような痛さで、ヘッドロックと合わせて地味に苦しいとは我が友人の言。
小学生ということもあり、その絶妙な力加減を更に弱めて責め立てる。
「……ふぅ。まったく、次からは気を付けるんだぞ?」
「あ、あい。うぅ〜、いたたぁ〜」
しばらく続けて俺の気もすみ、タップを続ける銀ちゃんを解放してやった。
というか、体を動かしたせいで地味に汗をかいてしまった。
ただでさえ暑いというのに、そんな中でわざわざじゃれあうとかアホかと。
自分でやっておいて、やるんじゃなかったと少しだけ後悔する。
(……そういえば、銀ちゃんの夏休みもそろそろ三分の一は過ぎるのか)
ぐりぐりした所を若干涙目でさする銀ちゃんを見つつ、そろそろそれくらいかと思い返す。
以前飲み会でサークルの先輩が、神樹館の出だという話しを聞いたことがある。
その時、何の話の流れか「小学校の時、夏休みの宿題どんなのだった?」などという話しになり、先輩は俺や友人の話を聞いた後に「え、何その量? うちの学校、どんだけ多かったのよ」と酔いのテンションのせいかすっごく落ち込んでしまった。
落ち込んだテンションが結構長く続き、地味にめんどくさかったのを覚えている。
まあ、先輩が出されたという宿題の量を聞けば、そうなるのもわからなくはないけど。
聞いた限りだと、俺の所の倍くらいは量があったと思う。
最初に纏めて一気にやっているか、毎日コツコツやっていなければ、そろそろ厳しくなってくる頃合いだ。
その事を思い出して銀ちゃんに聞いてみた。
「それで、宿題は大分進んだのか?」
「……じ、実はまだそんなに」
「そんなんでよく解放してくれたな。鷲尾ちゃん達は?」
「午後は用事があるって。今日はお母さんが家にいるから、それからはずっと見張られてたんだけど……」
「けど?」
「……兄ちゃんとの約束があったし。気分転換がてら図書館で勉強するって言って、出てきたちゃった」
「……」
「……え、えーと」
氷点下の視線というのはきっと、今の俺の視線を言うのだろう。
俺の視線を避けるように、銀ちゃんは再びサッと視線をそらす。
肩に掛けたショルダーバッグの隙間からは言い訳のために入れたのだろう、夏休みの宿題らしきものがチラリと見えた。
「……ちなみに、どうして連絡を入れなかったのかな?」
「じ、実は連絡を入れようとしたんですよ? だけど……」
そう言っておずおずとポケットから出したのは、銀ちゃんがいつも使っているスマホ。
……画面に大きな罅が入った状態の。
「これは?」
「その、遅れると思って連絡はしようとしたんですよ? でも走ってる途中にスマホを取り出そうとしたせいか、足がもつれて盛大にスッ転んでしまいましてね? 転んだ拍子にピョーンと飛んでいってしまって……」
「……それで?」
「……トラックに轢かれて、御臨終しました」
「……はぁ」
銀ちゃんがこちらを伺うようにチラッと見てくる。
俺はそれを見て深い溜息を零すしかなかった。
それはもう、今までで生きてきた中で一番大きな溜息だっただろう。
改めて銀ちゃんの露出している肌をよく見てみると、いくつか擦り傷のようなものも見えた。
きっと転んだ時にできた傷なのだろう。
トラックに轢かれたのが銀ちゃんじゃなくてよかったと安心すればいいのやら、もう少し落ち着いて行動しないから怪我するんだぞと厳しめに注意すればいいのやら。
まぁ、とりあえず。
「宿題、しよっか」
「え? ……り、了解っす」
俺の提案に、銀ちゃんはしぶしぶとだが頷いた。
俺と遊んでいたせいで宿題が終わらなかったなんてことになれば、銀ちゃんの宿題を手伝っていた鷲尾ちゃん達に申し訳ない。
一応簡単な治療セットもバッグには入っているし、怪我もゆっくり落ち着ける場所に行ってから処置するとしよう。
こうして俺達の今日の予定はあえなく変更となり、銀ちゃんの宿題のために図書館へ向かうことになった。
「……せっかく兄ちゃんと遊べると思ったのに。でも理由なんて、言えるわけないもんな」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、何でもない。ほら、早くいこっ!」
ボソリと銀ちゃんが何か呟いたような気がしたが、多分俺の気のせいだったのだろう。
少し俯いていた銀ちゃんだが、顔を上げるといつもと同じように笑っていて、早足で俺の横を抜けると少し先を歩く。
◇◇◇◇◇
「うへぇ、疲れたぁ〜」
「いや、ほんとスッゲーあるんだな、神樹館の宿題って。俺、神樹館じゃなくて良かったわ」
「学校で宿題の量が違うなんて、なんか不公平だ!」
ゲッソリとしていた銀ちゃんが、ウガーッと声を荒げる。
バッグの中に入っていた分でもそこそこの量あったのだが、銀ちゃんが言うにはそれはあくまで一部で、家にまだ残りがあるのだとか。
流石にこれには、銀ちゃんが不満に思うのもわからなくもない。
「まぁ、今の段階でやれてよかったじゃん。最後まで残してたら、目も当てられない所だったし。これからは、毎日コツコツやっていくことだな」
「ふぇ〜い」
上を見ると綺麗な夕焼け空。
日が落ちてきているおかげか、昼に比べて大分暑さも落ち着いた感じがする。
図書館に来てから休憩もそこそこに夕方までずっと続けて、付き添った俺としても大分疲労を感じている。
付き添って少し教える程度しかしてない俺でこれなのだ、当の銀ちゃんは相当だろう。
とはいえ、そのおかげで宿題もだいぶ進んだようだし良しとして置こう。
「……帰り、イネスに寄ってくか? 頑張ったご褒美に、アイス買ってやるよ」
「っ! うん、行く!」
一瞬で元気になった。
アイスで元気になるとは、ほんと現金な子である。
「兄ちゃん! あたし、しょうゆ豆ジェラートね!」
「またあれか? 銀ちゃん、マジで好きだよなあれ。正直微妙じゃね?」
銀ちゃんのおすすめ、しょうゆ豆ジェラート。
イネスに行ってアイスを買う時は、銀ちゃんは大抵それを買って美味しそうに食べている。
以前少し味見させてもらったのだが、悪くはないけど俺にはそこまで美味しいとは思えなかった。
俺としては、やはり素直にバニラが一番好きだ。
「もう、なーんであの味の良さがわっかんないかなぁ? しょうがない、宿題手伝ってくれたお礼として、あたし自らしょうゆ豆ジェラートの素晴らしさをレクチャーしてあげよう!」
それは本当にお礼なのかと思うが、それを口に出す前に銀ちゃんが俺の手を取って足早に駆けだす。
「ほら兄ちゃん、早く早く!」
「はいはい、わかったから走るなって。また転ぶぞ?」
待ちきれないとばかりに俺の手を引く銀ちゃんに、勉強の疲れも忘れてふっと顔が綻んだ。
結局、レクチャーを受けてもしょうゆ豆ジェラートの良さはわからなかった。
やはり王道であるバニラが俺には一番である。
そう言った俺に、次こそはしょうゆ豆ジェラートの良さをわからせるんだと意気込む銀ちゃんであった。
(あとがき)
3話、これにて終了です。
スマホが壊れた所は、正直勇者に与えられるスマホってそう簡単に壊れるのかなと疑問に思ったりもしましたが、壊れる時はやっぱり壊れるんじゃないかなと思い壊してしまいました。
正直戦闘時とか、わすゆ勇者達には精霊ガードがあるわけでもないのに、よくスマホ今まで壊れなかったなとも思いましたけど。
まぁ、小説の方は未読なので、どこかで何かしらの描写がされているのかもしれませんが。
基本的に私が見た&プレイしたのは
・結城友奈の章
・鷲尾須美の章
・勇者の章
・花結いのきらめき
・樹海の記憶
・ブルーレイディスクに付属しているPCゲーム
と、こんな感じです。
完全に全て網羅しているわけでもないので、所々オリジナル設定を入れたりなんだりしてやっています。
書いていて所々整合性が取れてなく、見ずらい分かりずらいところもあると思いますが、あと残り少しの間よろしくお願いします。
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3話目。大体折り返し地点。 | ||
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