ヘキサギアFLS3 孵らぬ卵(中) |
夕飯中断から、戦闘とその後の復旧作業、さらにわずかに残っていた着任作業を済ませ、見張り以外の隊員達が眠りについたのはもはや夜明け前であった。コロンバスとコリンズも、眠たげな様子は見せないがパイプ椅子にもたれかかり、瘴気除け気密テントの指揮デスクで休んでいる。
そんな二人に、ミスターはコーヒーを淹れた。自分は飲めないので、カップは両手に一つずつ。
「ミスターにコーヒーを振舞って貰ったとは、自慢になるな」
「義体化する前は好きでしてね。この体になる間に滅んだ銘柄なんかも好きでしたが」
ミスターのパラポーン式アンドロイド体は、表向きは高度な義体化処置の産物とされている。それならば、戦傷の治療やヘキサギア運用のために行っている者も多い。歪んだことではあるが、よくある話、よくあるプロフィールだった。
ミスターが置いたアルマイトのマグカップを、コロンバスとコリンズは両手で受け取る。そしてミスターも椅子に座り、
「あの街のHDフーズも、俺が生身の頃は立派な企業だったはずですが、なんだか最近はそうでもないみたいですね。ここはあの企業のお膝元だっていうのに、夕飯のレーションもHDフーズのものではないようだし」
隅に置かれた搬出待ちの廃棄コンテナを覗き込み、ミスターは問う。夕飯の頃に気付き、戦闘の中で意識の外に追いやっていた疑問だった。
すると、コロンバスとコリンズは顔を見合わせ、コロンバスは街がある方角へとため息を漏らし、コリンズが苦笑いを浮かべる。
「少し前、HDフーズは先代社長が亡くなって社長職が引き継がれたんです。社長の子供は娘ばかりだったので、長女のところの入り婿に」
「それ以来だな、あそこのあの調子は」
「なにか不祥事でも?」
「そういうのは無いし、就業規則もアライアンスの協定を遵守してはいる。ただ、逆に言えばその範囲内で余計なことばかりしていてな。入り婿のその男は、この業界については門外漢な上に、以前は小さな企業を立ち上げては潰していた経営下手なのさ」
「まあ舌は回るようなので恨みは上手く躱していたし、HDフーズの相続権を得られるような結婚にも至ったようですけどね」
「詳しいですね」
「社長交代からしばらくは、新社長なりの『大攻勢』があったからな。当時を知る人間は皆うんざりしているよ」
遠い目でコロンバスはコーヒーを口に含む。そしてコリンズが私用端末を操作して、ある画面をミスターへと見せた。
「アライアンスの外郭団体とかに、所属企業向けの勉強会をやったりするところがありますよね? ナンタラ経済塾だのナニナニ先生に学ぶ会だの。新社長のアンドリュー氏はそういうのに片っ端から参加して、こういうのに参加しましたって実績をアピールしていったんですよ。ほら」
コリンズが開いたのは、やはり何かの勉強会の広報ページだ。その過去ログから、参加者インタビューの記事を開けている。そこには茶髪の小太りの男が満面の笑みで主催者と握手をしている様子が大写しになっていた。
「そういうのに加えて、HDフーズ自体にも社員向け研修の指導員を誘致したり福利厚生としてよその会社への研修旅行を企画したり……。ああ、少し前にスキャンダルがあったリープ製薬の自然保護区とかにも行ってましたね。自然保護活動旅行とか言って」
「それらもまた、いちいち広報していた。当時のアライアンス側ネットの広告バナーの半分はアレだった気がするな」
しみじみと言うコロンバスとコリンズに、ミスターは顎に手を当て俯く。排気音を立てると、
「なんというか、『余計なお世話』という感が強いですな」
「内からも外からも、そんな印象だったみたいですね。元々HDフーズは企業都市の防備がしっかりしてて社員の福祉も充実してたはずなんですが、アンドリュー社長になってからはそういうことをし始めたせいか荒れていきまして。食品の品質も落ちましたね、私も昔はあそこのコンビーフ、好きだったんですが」
「そのせいで突き上げを食らっても、アンドリュー社長は勉強会などで理念でっかちになってしまっただけの門外漢。業務の改善の方法すらお得意の『福利厚生の充実』と『豊かな研修制度』ばかりでな。さらにトドメとなったのが印象を回復するためにやった、ハンプティ・ダンプティ・シティへの避難民受け入れとHDフーズでの雇用だ」
ミスターは、昼間にあの街の外に出来ていた入場行列を思い出す。防壁にへばりつくようなスラム街も。
「もともとあの防壁は、先代社長が社員保護と、食品製造ための衛生環境を保つために作ったものなんですよね。だからキャパシティはあんまり高くないんですが、アンドリュー社長はイメージが悪化していくなかで唯一残っていたその防壁の中の環境をアピールし始めたんです。それで移住者の規制を緩和して、雇用も増やして……」
「そして的外れな研修制度で台無しにした。HDフーズの商品品質は落ち込み、さらに業務改善を求める労働組合や、過密化した都市の環境改善を求める市民団体が乱立。外からは際限なく避難民が押し寄せ続けているし、さらにここの戦線が接近し瘴気汚染も始まったことで都市から避難計画も求められている。だが相変わらず、社長はアンドリュー氏のままだ」
「まさか。そこまでしておいて?」
「相続した職ですからねー……。旧時代みたいな株式会社なら、罷免も出来るんでしょうが」
コロンバスとコリンズは、語り終えため息をつく。そしてミスターは頭を抱えた。
「そうですか……。あのHDフーズが、まさか……」
「人がやることに絶対の盤石は無いということだな。ましてや組織ともなれば、正しい人材が役を得られないこともある。HDフーズは、それが最悪の形で起きてしまったわけだ」
コロンバスはそう言って、コーヒーを一口。
「正しく実力を付けた者が、正しい立場になるよう、誰もが努力しなければ。誰もが力を付け、己の居場所を目指さなければ……」
そう続けるコロンバスは、自分に言い聞かせているかのようだった。その横顔を、ミスターはじっと見つめる。
「あー、最近は追ってませんでしたけどアンドリュー社長まだ対外アピールとかは続けてるみたいですね。社内報に著名人との対談記事とかも載せてるとか書いてあります」
アンドリュー社長の情報を表示したついでか、コリンズはまだ調べ続けていたようだ。そうして見つけたページに口を曲げ、そしてミスターを見る。
「この戦線にいると、ミスターも声をかけられそうですね」
「まさか、あくまで俺は一兵士ですよ。それにここにいることも、アライアンスの広報が報じでもしない限りは――」
「いやー、実はHDフーズ首脳陣は結構この戦線を監視してるみたいですよ。攻撃を受けた後司令部に出頭してみると、大抵一人はなんだかクレームに対応しているみたいな電話口の事務官がいますし」
コリンズの指摘に、ミスターは閉口した様子で視線を逸らした。コリンズはその様子に苦笑し、
「有名税ですかねえ……」
「好き好んでの立場ではないんですがね……」
頭を振るミスターに、コロンバスが頷く。
「なにかあったとしても、ここにいる間は、戦いに集中できるよう私も注力しよう。ああいうポーザーは、私も好かん」
「……その時はよろしくお願いします」
ミスターが頭を下げると、コロンバスはマグカップを軽く掲げて見せた。この一杯の礼だと示すように。
その晩の懸念は、やがて過ぎていく時間の中で忘れられていった。
夜が明け、また日が暮れる日々を繰り返す間に、ミスターは六三五六小隊のガバナー達と親交を深め、教えを請われ、またミスターも彼らの人となりを知っては驚き、そして笑い合った。戦いの中でも、穏やかな時間の中でも。
例えばある時は、回収したデモリッション・ブルートのパーツでムーバブルクローラーのデスペラードを改装強化する作業の中で、実家はヘキサギアの整備工場だという隊員と共に作業し、
「助かりますよミスター。ムーバブルクローラーみたいな旧式機の構造は、自分も詳しくないんで」
「本人に聞けばいいんじゃないのか? KARMAじゃないとはいえ、AIは搭載されているだろ?」
「しかしこの調子ですから」
隊員はそう言うと、ムーバブルクローラーの本体部を軽く小突いた。作業のために伏せていたデスペラードはセンサーを明滅させ、
『COMMAND?』
「戦闘時の指示くらいしか認識できないんですわ」
「じゃあ単純な動作で効果を発揮できるようにするか、人が操作する手段を増やすかだな」
ミスターの提案に、隊員は笑って頷く。ムーバブルクローラーはデモリッション・ブルート装甲とフレームで構造を強化され、機銃座が増設される結果となった。
「自分の手並みもまあまあでしょ。実家の親父もなかなかやるんで、なにかあったら訪ねて下さい」
作業を終え、隊員はそう言って紙のメモをミスターへ手渡した。代わりにサインをせがまれたミスターは、彼の持つ拳銃に小さく『Mr.』の字を書き込む。
またある時は、モーターパニッシャーの脚部を利用した自走砲ヘキサギアを装備したヴァリアントフォース部隊が前線に展開し、地雷原よりも彼方から陣地へ砲撃をしかけてきた状況があった。ブロックバスター隊の到着まで耐えつつ、ミスターは野戦砲で反撃するが、
「ミスター! その調子で撃ち合ってて下さいね! その隙に俺らが近付いてカタぁつけます!」
コロンバスの指示で集合したある軍曹の分隊がそう告げ、爆煙渦巻く前線へと飛び出していった。ミスターは彼らの身を案じながらも射撃を続け、十数分。砲撃の中を辛抱強く匍匐していった彼らが携行ロケットランチャーでの射撃を撃ち込んだことで、敵の自走砲ヘキサギア達の一角が崩れる。
「はっは! あいつらやりやがりましたよ!」
ミスターとハイタッチし、誘爆を警戒してミサイルを装填できずにいたランチャー班が即座に配置につく。前進した分隊からのレーザー照準を受け、ランチャー班は即座に攻撃を開始。周辺陣地も反撃に転じ、敵の砲撃は止まった。
戦闘後、リトルボウに回収させた敵の砲身に彼らは腰掛け、ミスターが記念写真を撮る。すると、隊員達はムーバブルクローラーのカメラを使ってミスターも加えた写真をもう一枚撮ることを提案。ミスターも砲身に座る列に加わった。
また別の時は、ミスターはコリンズも含めた隊の女性隊員達と共に夜の見張りをしていた。先日のデモリッション・ブルートの襲撃を受けサーチライトを増設された戦線では、暗夜に目を凝らすことも無く気楽な時間を過ごせた。
「ミスター的には、女の子ってどんな風なのが好みですかあ?」
「いやあ、もう俺は恋愛とかできるような身じゃないしなあ」
「んー、それでもこう、こういう女性っていいなあとか、思いません? そういういい印象の条件とか」
コリンズ同様、改造ポーンA1を身に纏った彼女たちは気密テントの外では顔を晒せない。しかしヘルメットから解放されるわずかな時間、テントの中で精一杯身ぎれいになるよう髪を整えている様子は、ミスターも見ていた。
たとえ戦場であっても自身らの美しさを楽しむ彼女らに、ミスターは頷き、
「まあ、何かを楽しんでいる女性は可愛らしいと思うよ。そういう意味では、君達は充分だ」
「やったあミスター公認!」
「新しい話題ゲットぉ! バーとかで話のネタ切れに困らなくて済むわね!」
「騒がしくてすみませんねえ」
はしゃぐ隊員達に、コリンズが狙撃銃を手に苦笑する。ミスターは首を振り、
「こういうのが、居心地が良くて好きなんですよ」
ミスターの返事に、コリンズは今度は曇りの無い笑い声を漏らした。
穏やかな時間は安らぎを、そこから続く戦闘の時間は緊張を伴うものの、信頼できる戦友と戦列を組む時間は勇気を奮い立たせる。
ミスターは六三五六小隊の中で戦果を上げ続け、小隊も陣地を良く守り、周囲の部隊も良く戦い、一週間が過ぎた。
陣地詰めの時間が終わり、隊には再び休暇が与えられる。
引き継ぎ業務を終え、六三五六小隊は戦地チリコンカーン陣地を後にした。休暇は陣地に積めていたのと同じ一週間。足を伸ばせば別の都市まで行き来出来る時間だが、多くのリバティーアライアンス兵はハンプティ・ダンプティ・シティでの時間を選ぶものだった。
ムーバブルクローラーとリトルボウが駐機場に納められ、隊員達は宿泊施設を改造したリバティーアライアンス簡易兵舎に荷物を置くと、プライベートの時間として都市の中へ消えていく。その背を、ミスターは与えられた自室の窓から見送っていった。
「戦場以外の時間を楽しめるというのは、やはりいいものだよな」
『休息はお嫌いですか、ミスター』
「出ずっぱりも嫌だけど、眠れない食べられないその他諸々感覚的なことはできない、そんな休暇は持て余してしまうものだよ。一週間ともなればねえ……」
駐機場のクイントとインカムで会話しながら、ミスターは自室の席からハンプティ・ダンプティ・シティを見渡す。整った規格建築の街並みに、無秩序な増設部が張り付いた乱雑な街だ。コロンバスとコリンズが語っていた誤った方策の結果を、ミスターはその景色に感じる。
「せめて綺麗な夜景でも見えればね。昔はこの街もそうだったんだろうけど」
ミスターが独りごちたその時、部屋の入り口で紙が擦れる音がした。ミスターが振り向くと、ドアの下に封筒が挟み込まれているのが見える。
ミスターは歩み寄り、封筒を抜き取る。それはHDフーズのマークが印刷された封筒で有り、『招待状在中』という印字がある。
銃剣をペーパーナイフ代わりに開けば、中からはHDフーズ社長アンドリュー氏の記名と共にこの街の中枢である企業区画への招待と対談の申し入れが、嫌に豪華な招待状と共に封入されていた。
さらに、読み進める内にもう一通の封筒がドアから差し入れられる。リバティーアライアンスの運営組織、理事会からの指令書だ。そちらの内容は、アンドリュー社長の申し入れを受理したので必ず応じるようにとの命令。
ミスターは暗い部屋の中、椅子に戻り、無言で項垂れた。
翌日、ミスターは愛用のアサルトライフルと銃剣を担いで部屋を出ると、HDフーズ企業区画へと足を向けた。
道中の市街区画では、ビルからテナントが商品をはみ出させ、二階より上のスペースに入っている商店などは勝手に階段なども設置している雑多な街を行く。HDフーズ社員、避難民、リバティーアライアンスの軍人などが行き交う活気に満ちた様子に、ミスターはかすかに顔を上げる。
だが、大通りに出るとそこには人垣が出来ており、
『アンドリュー社長はあ、我々を迎え入れた責任を取りい、新天地を用意する義務が存在するぅ! 仮に戦争の足音が近付かずにいようとも、徒に避難民受け入れを続け環境を悪化させていることは明白! 我々のような初期にHDフーズの受け入れに賛同した市民はあ――』
『受け入れ順ではなく! 平等な救済が必要なのです! この防壁の都市にまで戦乱は迫っています! 私達を助ける力は用意されなければならないのです! そしてこの都市でそれが出来るのはアンドリュー社長なのです! 人に見せるためでは無く、真なる善意が為されることを私達は期待します! それが責任です! 私達のような善良な――』
デモ行進が、大通りをゆっくりと進んでいく。主張することが細分化されているのか、団子状の行列は幾つかに別れ互いに火花を散らしているように見えた。そしてリバティーアライアンスの部隊章を付けたガバナー達が、彼らの警備に当たっていた。
肩を落とした警備のガバナーに、ミスターは小さく頭を下げる。警備ガバナーはそれに気付くと気怠げに顔を上げ、しかしミスターのインカムに気付くと敬礼する。
騒がしい市街地を過ぎ、企業区画に近付くと次第に人々の顔から生気が失われていった。くたびれた表情のHDフーズ社員達が、肩を落として行き来する社員寮が横目に見える。
たどり着いた先は、無秩序に成長する市街とは反対に、白亜の社屋を構えるHDフーズ本社。ミスターは排気音を漏らし、そのエントランスへと入っていく。
「ようこそミスター! アンドリューです! このハンプティ・ダンプティ・シティを守る戦線での活躍、聞き及んでます!」
受付に名乗り出たミスターは、数分後にはお連れを引き連れたアンドリュー社長の歓待を受けた。ミスターはアンドリュー社長の握手を受けるが、筋骨隆々なアンドリュー社長の付き人にちらと視線を送る。
「今回は、市民を守り多くの戦果を上げるミスターと親睦を深めたく思い、このような機会を設けました。お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします」
「……どーも」
ミスターが見る前で、付き人に続いてリバティーアライアンス広報班の記者も姿を現す。ミスターからしてみれば幾度か見た顔の一つだ。
「まずは我が社の環境をご覧下さい。この時代において、多くの人々の支えとなることが我が社の理念です。戦場のヒーローであるあなたと、後方を支える我々とが意見を交換する機会、とても有益なものだと思います」
満面の笑みでミスターの手を握るアンドリューに対し、ミスターは自身が表情を浮かべる機能を失っていることを感謝した。ポーンA1のセンサーを明滅させ、ミスターは応じる。
「私は一介の下士官に過ぎませんが、それでもよろしいと?」
「それ以上の影響力を持っているではありませんか、素晴らしいことだと思います」
アンドリューはあくまでも笑顔。軍事組織に属するミスターからしてみれば、自身の階級以上の影響力を発することは避けたいことなのだが。
「……ご満足頂けるなら、お付き合いしましょう」
「こちらこそ! ご満足頂けると思います!」
自信を示すアンドリューに手を引かれ、ミスターはエントランスから隣接する工場区画へと案内された。
そこでは、レーション用からは外されたものの、各地の避難民に支給するための救難物資として生産されている食糧缶の生産工程だというラインが公開されていた。
「ご覧下さい。高い衛生管理の元で、多くの人々を救う食糧を生産しています。従業員への福祉態勢も充分なものを用意しています。前線で戦い、人類の命をいたずらに奪うヴァリアントフォースを食い止めるリバティーアライアンス。それを支援するに相応しい環境を確保すべく、我々は最善の策を練っているのです」
工場施設の見学通路を先導しつつ、アンドリュー社長はそう告げた。対するミスターは、ここに至るまでの街並みと、その背景に見えていた企業区画の片隅――化学コンビナートじみた他の生産区画を思い浮かべる。
「ここ以外のラインはどうなんですか?」
「と、言いますと?」
「いや、言ったとおりですよ。ここ以外の工場の環境も、知りたいなと」
素っ気なく問うミスターに、アンドリューは引きつった笑みを漏らす。付き人達が面倒くさそうに殺気を立てるが、ミスターからしてみれば戦場で相対するガバナー達ほどの脅威は感じられない。生身であれば致命にいたる拳銃を携帯している様子だが、アーマータイプに加えてアンドロイド体を持ち、さらに人格のバックアップ機能すら持つミスターからしてみれば蟷螂の斧だ。
そして案内が終わり、ミスターはアンドリュー社長の応接間に通される。
「さて、本日は招待に応じていただきありがとうございます。これより、対談の収録を始めたいと思います」
「……私なんかにお話しできることがありますかね?」
ミスターが問うと、アンドリューは笑顔で首を振り、
「戦場で命をかけ、生き延びてきたあなたの知恵を是非知りたいという方は多いのです。私もその一人で、一番近くでお話を伺えることを嬉しく思います」
「生き延びてきた、と言えるかどうか」
呟き、ミスターは手指を握り込んだ。モーター音がかすかに響き、アンドリューは息を呑む。
「――ええ、ともあれ、ご自身でも気付いていないこともあるかと存じます。一緒にお話しする中で、ご自身の力に気付いて頂ければこれほど嬉しいことはありません。また、私どもの理念など、参考にして頂ければ嬉しいです」
「なるほど」
舌の回るアンドリューに、ミスターは半ば感心しつつソファに腰を下ろす。
「ミスターが戦場に立つ理由はどういったものでしょうか?」
「自分が生きるため、そしてその戦いで他にも誰かを救うことが出来れば……。そう考えたことはありますが、理由と言うほど先立つものではありませんね」
「いや、戦いの中で気付いたことというものも、素晴らしいと思いますよ」
迷いながら告げるミスターだが、応じるアンドリューの笑顔にそういうものかと納得した。だが、
「我々HDフーズも、社員達の拠り所として、またそれ以外の人々の生活を支える企業としての責任を果たすべく、日々努力しております!」
「……そうですか」
「はい! 特にこの時代に失われつつある教養、というものを蘇らせ、人々の心を豊かにする研修を社内に充実させています。我が社で食品を生み出す事業に従事するばかりではなく、学んだ多くのことを広めるメッセンジャーにもなれると、そういった方策をとっております」
「なるほど」
一片の疑いも無い目で、アンドリューは自らの行いを誇った。一方、ミスターはちらりと窓の外に視線を飛ばす。
「理念は良いんですが、環境の方はどうなんですか?」
「――と言いますと?」
「ここに来る途中で抗議のデモ行進などを見たのですが……」
途端、アンドリュー社長は笑顔のまま、視線を変えた。広報部の記者も顔をしかめると、アンドリューはそちらに向けて指で×を示す。オフレコで、ということだろう。
「ミスター、彼らが抗議をしているのは私も知っています。しかし、この規模であっても一つの企業であるHDフーズではできないこともあるのです。また、彼らの主張を無批判に受け入れるばかりでは、彼らが抱えている問題を根底から解決することは出来ないのですよ」
「その理屈はわかりますが、実際に不足しているものや優先するべきものがあるのではないでしょうか。また、明らかに都市のキャパシティを超えた数の市民が存在し、外部まで溢れている。この問題をそのままに、理念ばかりを主張するのは問題があるように思いますが……」
ミスターの指摘に、アンドリューは目を見開き、しかし笑顔を保とうとする。口の端を無理に吊り上げた笑みをミスターに近づけ、
「我々には企業としての義務があります。社会正義の面から見ても、人々を保護する役目を放棄するわけにはいきません。その過程で理念との間に生ずる摩擦を責めるのは、いささか粗探しの面が強いのでは……」
「問題があることは認識しているということですか? なぜそれを解決しないのです」
「ですから、我々の義務が……」
「その義務とやらも、あなたの価値観から生じたものであって、実行できない義務を掲げることは何の意味も無いのでは」
冷ややかなミスターに対し、アンドリューは荒い鼻息の音を漏らす。
「我々は社会の需要を満たす重要な役割を担っています。偉大な行いを、しているのです」
「出来ていないではありませんか」
その一言に、アンドリューは音を立てて膝に手を置き、ふんぞり返った。
「しかしミスター、あなたも人を助けたいという意志をお持ちでは? ならば、何故私のそれが否定されなければならないのでしょう」
「私の意志は私のエゴです。偉大でもなければ、賞賛を求めるつもりもありません。そして私の目の届く範囲、手が届く限りでしか行えません。自分の価値に対する証拠として振るうようなことでは無い……そういうものです」
ミスターの言葉に、アンドリューは意味を図りかねるような表情を浮かべた。記者が面倒くさそうな表情を見せるのを横目に見ながら、ミスターは告げる。
「あなたが言う義務も、エゴであるはずです。何かを果たすことで賞賛を得たいという。しかし、自身の行いの価値を高めるための様々な行いが、あなた自身の首を絞めているように私には思えるのです」
じっと見つめるミスターに対し、アンドリューは腕を組み深く息をついた。鷹揚な素振りのようだったが、ぱちぱちと落ち着き無く瞬きする様子は、明らかに追い詰められていた。
「ご配慮感謝しますミスター。しかしあなたと我々との間には、認識に隔たりがあるようだ」
「……その点に関しては同意しますね」
「日を改めた方が良いようですね! 後日またお声をかけますので、本日は……」
そう言いつつも敵意に燃えるアンドリューの目に、ミスターは後日など訪れないだろうと察した。プライドを傷つけられた今、アンドリューからしてみれば自分は敵そのものだろう。
その時だった。窓の外から、爆発音が響く。
衝撃が走り、ミスターもアンドリューも、取り巻き達も、窓を見上げた。確かに黒い煙が上がる景色に、アンドリューは叫んだ。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「確認中ですが……今日のデモ行進の現場からの通信量が増大しています」
「過激な破壊行為があったのかもしれません。社長は保安センターへ……」
アンドリューはそう促される。一方、ミスターには通信が入っていた。
『もしもーし、ミスター聞こえますかあ?』
「――ノース?」
突如割り込んできたのは、ミスターとは親しい仲のリバティーアライアンスの特殊部隊員、ノースの声だった。年若い少女の気楽な声で、ノースは告げてくる。
『あ、やっぱりHDフーズからの申請通りこの街に来てましたね。えーとですね、街の状況を送ります。出てこられますか?』
送られてきたのは、KARMAが作成するレポートデータだった。人間であれば開いて読むものだが、パラポーンであるミスターはデータそのものをロードして瞬時に確認する。
――デモ隊が持ち込んだヘキサギアが自律的に破壊行動を開始。ヘキサギアの出所は不明、事前申請無し。持ち込んだのはHDフーズへの主張が過激な団体の『市民防衛議会』。非武装作業型のバルクアームαが一体、スケアクロウ二体……。
続けて、続報のレポートデータが着信する。この間五秒。
――ハンプティ・ダンプティ・シティ廃物処理場及び物資搬出入エリアよりヴァリアントフォースのものと思しき戦闘部隊が出現、市街へ展開中。
『ヴァリアントフォースの息がかかったブローカーが、遠隔操作コマンドを仕込んだヘキサギアを街の団体に売り込んで、同時に潜入部隊も配置していたようです』
レポートの最後にはそんなノースの考察も付け加えられていた。ミスターは顔を上げ、席を立つ。
「有事のようです。自分は現地リバティーアライアンス部隊の指揮下に加わります」
「えー、待って下さい。当社の保安センターならば暴動程度のこと対しては安全が確保されていますが……」
「私はあなたのゲストである以前に、リバティーアライアンスの戦闘要員です。そしてどうやら、この混乱にはヴァリアントフォースが関わっているようです」
ミスターの言葉に、アンドリューは蒼白な表情を浮かべた。そしてソファを殴りつけるアンドリューを尻目に、ミスターは部屋のドアに向かう。
「あなた方は避難を。急ぐように」
告げ、ミスターは走り出す。眼前の社屋廊下は白亜の壁紙にカーペットが敷かれた立派なものだったが、今それは外から揺さぶられるように爆発音を響かせている。
社屋を飛び出したミスターは来た道を逆走していく。混乱が伝わっていないのか、第一波は過ぎたのか、周囲に人影はまばらだ。
「クイント! 無事か!」
『こちらクイント。現在市内リバティーアライアンス施設は敵勢力の攻撃下。私は独自の判断で格納施設を脱出しました。現在高架道路下に潜伏中』
「どこかで合流だな。全体の情報もいる――」
遠くノイズ混じりなクイントの声に、ミスターは敵の姿が無いか警戒しながら街を駆け抜けた。すると、それに空中から追いすがる黒い影が一つ。赤毛の女性ガバナー、ノースだ。
「ミスター、どちらへ?」
「一般市民も多くいる市街だ、ヴァリアントフォースを鎮圧しなければ」
「こちらの情報では、デモを警備していた部隊は潰走。街に駐屯していた部隊は指揮系統回復に努めていますが、各所に攻撃を受けて通信網がズタズタですねえ」
他人事のようにノースが言う間に、上空をモーターパニッシャーが一機通過していった。バイティングシザースの代わりにミニガンとミサイルポッドを搭載した市街戦仕様のようで、カラーリングはヴァリアントフォースのものだ。
「我が物顔だな……。というかノース、お前、そんな装備だからこういう戦線には派遣されないと思ってたがな」
曲がり角の先を窺うミスターの隣に、グライダー型のヘキサギアであるブルコラカスを折り畳みながらノースが降り立つ。頭部は覆われておらず、各部も装甲が軽いライトアーマータイプをベースにした装備だ。
「まあ私は道中は飛べますし、この街は古いけれどもちゃんとした防護設備を備えてますから。昔の偉い人のおかげですね」
「この件は、いつから察知してたんだ?」
「ほんの数日前ですよ。本当ですよ? ヘキサギア部品らしきものが搬入されたり、これまでと違う怪しい運送会社が出入りしたりを見つけて、憲兵隊と連携して、私が着いたのなんてついさっきですよ」
腰に手を当て、ノースは迷惑そうにぷりぷりと怒って見せた。対するミスターは角を抜け、先へ、
「巧妙な計画があったということか。それを招き入れてしまったのは失敗と言うほか無いが……」
「ホント大混乱になっちゃってますよ。各地の抵抗も散発的で連携が取れてないし、大丈夫ですか?」
ブルコラカスで飛んで追ってくるノースに、ミスターはどうしたものかと首を捻る。すると、通信系に新たな着信があった。
『こちらコロンバス。六三五六小隊各員に告ぐ。現在コロンバスとコリンズは市内のリバティーアライアンス事務局ビルにて応戦中。隊員は可能な限りここへ向かってくれ。現在指揮系統の回復作業中であり、六三五六小隊はその傘下に入った。合流が困難な隊員も、付近のリバティーアライアンス拠点で指示を待て』
銃撃音を背後にしたその通信に、ミスターは指を鳴らした。コロンバス達は、ここからの勝ち筋の中では最も太いもののそばにいるようだ。
「ノース、事務局へのルート、わかるか?」
「あいあい、道案内しますよー。荒事になっちゃうと私、大したことは出来ませんしね」
「クイントは来られるか?」
『敵への曝露、交戦を避けつつ当該地点へ移動します』
「よし、行くぞ!」
状況が動き出す。ミスターは駆け足で銃声と怒号、悲鳴が上がる市街中央へと向かっていった。
大通りに面したリバティーアライアンス事務局ビル周辺は、そこにあった日常を塗り潰す圧倒的暴力の嵐が吹き荒れていた。
飛び交うモーターパニッシャーの砲撃ですでに両隣のビルは倒壊。片方に至っては残骸が斜めに事務局ビルに寄り掛かっており、潜入したパラポーン達がそれをよじ登って事務局ビルに侵入を試みている。
ビルは窓がほぼ全て無くなっており、中からは市街から撤退してきた者や、今日偶然ここにいたガバナー、さらには非戦闘員達までもがその場にある火器でヴァリアントフォースを迎え撃っている。よじ登ってくる敵や、屋上への降下を警戒するために全力は投入出来ずにいるが、
『だあらっしゃあ!』
気合いを入れる声と共に、一機のバルクアームαが事務局ビルの前に立ちはだかった。青の回転灯を肩に付け、大型シールドを手にしたハンプティ・ダンプティ・シティ内での治安維持用機体だが、今はこの装備が幸いしていた。武装こそ対人放水銃であったが、丁度良いサイズが無かったため持たされていた複合装甲の盾が対人火器であれば全て弾き返してしまう。そんな機体が、さらにもう一機。
撃たれ放題ではあるが、二機のバルクアームαは雄々しくヴァリアントフォースの前に立ちはだかる。その背後で、リバティーアライアンスの兵達は立て直しを図っていた。
「新たに連絡が付いた場所はあるか!?」
「正面ゲート検問所からは、殺到した市民がぶつかり合い負傷者多数との連絡を最後に通信が途切れました!」
「簡易兵舎と駐機場からは連絡はありませんが、盛んに応戦している様子が見えます!」
「HDフーズ本社は健在です。保安センターが指揮下に入るよう求めてきています!」
「有事場合の序列はうちの方が上だろうが!」
事務局詰めだったハンプティ・ダンプティ・シティ治安部隊の隊長が怒りを露わにする。彼の部隊はHDフーズの認可の元で活動しているが、あくまでもリバティーアライアンスの部隊だ。一企業の内部保安組織、それもこの状況で一歩も動かないものに応じる必要は無かった。
「隣接する戦線の野戦司令部よりの通信を傍受しました。ヴァリアントフォースが攻勢を強め、現在複数の陣地を突破中。応戦中ながらも当都市へ到達する公算大。増援を求めています!」
「続いてリバティーアライアンス方面軍司令部より通達、ハンプティ・ダンプティ・シティは直ちに市民の避難を実施せよ、と!」
事実上の撤退命令であった。治安部隊長はため息をつき、
「……介入できる全ての市内放送施設を用いて避難を呼びかけろ! アライアンス兵にはその誘導を指示! 司令部からの指示である旨も忘れるな。あと、HDフーズにもアライアンスの命令が下ったことを伝えろ。正式な形式でな」
「時候の挨拶からでありますかあ?」
事務局オフィス勤めだった事務官が、デスクから持ってきた自身の端末を手に問いかける。治安部隊長はそれに皮肉を込めて頷くと、応戦する兵達へと声を張り上げた。
「我々も脱出を試みる。が、市民の避難状況や各所の部隊の把握のため今しばらくはここで応戦し続ける! もう少し堪えてくれ!」
「ここ自体は、比較的楽ですがね」
治安部隊長の言葉を聞く兵達の中に、コリンズとコロンバスの姿があった。共にリバティーアライアンスの制服姿だが、コリンズは非アーマータイプ兵向けのアサルトライフルを、コロンバスは同様のサブマシンガンを手にしている。
今は窓の下、壁に背を当てて座り込んでいる二人、窓枠に外からの射撃が当たって火花を散らすが、二人は冷静だ。
「短時間の籠城ならいいが、侵入を許したり前線からの敵増援が到着したらアウトだがな。脱出時も、アーマータイプを着けていない我々は足手まといだろう」
「狙撃できます、とか言わなかったらこのライフルの代わりにアーマータイプ貸してもらえましたかね?」
「かもしれんが、仁義にはもとるな」
言葉を交す内に、重い足音が響き、銃弾が金属と弾き合う響きが遠ざかった。治安部隊長が合図を送り、二人がいる場所の周囲に伏せっていた兵達は一斉に窓から銃を構えた。
二機のバルクアームαの内一方が、ちょうどコロンバス達の前でヴァリアントフォースの攻撃を受け止めていた。火花を散らしオーラを纏ったようなその後ろ姿越しに、兵達が反撃を開始する。
「パラポーンは体の末端への意識がお留守になりがち……♪」
即興で口ずさみながら、コリンズはアサルトライフルに取り付けたスコープを覗き込み、単発射撃。大通り上の瓦礫や車両の陰に隠れようとしていたパラポーンの一体に命中弾を与え、その頭部を破裂させた。
「ナイスショット」
「前はこれで食ってましたからね」
サブマシンガンを掃射するコロンバスにそう応じ、コリンズは次のターゲットを探す。しかしそこでバルクアームαが身じろぎし、
『瓦礫伝いに接近する敵歩兵を捕捉! シールドバッシュで吹き飛ばす。銃撃を止めて隠れてくれ!』
操縦するガバナーが外部スピーカーで呼びかけ、バルクアームαは前へ一歩を踏んだ。射線が開くより先に籠城側は身を隠し、防弾建材の外壁に銃弾が弾け始める。
飛び出したバルクアームαは、宣言通りにロケットランチャーを手に接近してきていたパラポーンを隠れる車両ごと吹き飛ばした。盾をナックルのように振る巨体は、激しい金属音を立ててフォロースルーを終えた。
しかしそこへ、路地から掴みかかるものがあった。乱雑に黄色と黒の警告ストライプが塗装された別のバルクアームα。デモの現場で暴走をはじめ、この混乱の引き金を引いた機体だった。
『こいつ、こんなところにまで……!』
『おい、今助ける!』
「待て、君はビルの防護を優先だ! このビルを丸裸にはできない!」
前進しようとするもう一機に、治安部隊長が制止をかける。もう一機のガバナーは歯噛みする様子で機体を踏みとどまらせ、盾を構えた。
『放せえええ! おらあああ!』
ナックルを振るい、盾のバルクアームαは暴走バルクアームαを殴打する。釣り鐘を乱打するような重低音が通りに響き渡った。搭乗者がいるならば操縦席で失神しているであろう打撃だったが、暴走する機体は盾に飛びついて離れない。
社交ダンスでもするかのように互いの位置を入れ替えながら取っ組み合う二機だが、暴走機は何らかのリミッターでも解除しているのか、盾の機体を未だ残るビルへと押し倒す。そして胴体前方を丸々覆う正面装甲に手をかけ、腕の関節をスパークさせながらこじ開けた。
『うおおおてめえやめろぉぉぉ!』
操縦ガバナーがモニターを蹴って脱出しようとしたが、暴走バルクアームαはもう一方の拳を操縦席に振り下ろした。破裂音が響き、暴走機はビルへと向き直る。
『くそっ……。くっそ!』
残るもう一機の盾持ちは、悪態をつきながら立ちはだかる。暴走機体は装甲をこじ開けた腕をだらりと垂らし、もう一方の腕は拳を血に濡らして近付いてくる。ヴァリアントフォースのパラポーン達がそれに続き、さらにデモで暴走を始めたスケアクロウもそれに追いつき、加わり始めた。
「これで盾は半分か……!」
「さすがに厳しいですね」
コロンバスとコリンズ、さらには周囲の兵達も射撃を再開し、敵の接近を食い止める。だが暴走するバルクアームαだけは止めようが無く、腕一本で盾に掴みかかった機体は弛緩した腕を鞭のように振るって盾に打ち付け始める。シャッターを叩く音を増幅したような轟音と共に、盾持ち機体は押され始めた。
『保たねえくっそ……!』
悔しげな声と共に、盾のバルクアームαは押し切られ、膝と背から冷却排気を噴出しながら後転しはじめた。紺色の巨大な背中がビルに迫り、
「退避――――!」
治安部隊長も、それ以外の者達も叫び、一斉にオフィスの奥へと駆け出す。一瞬遅れて、巨体はビルへ倒れ込んだ。
床も壁も撓み、バルクアームαの胴体の厚み半分ほど内部へめり込んだ。その分埋まった機体めがけ、暴走機体はもはや手首が脱落した腕を何度も何度も振り下ろす。倒れた機体はまだ辛うじて盾を構えているが、周囲には射撃が止んだことでパラポーン達が追いつきつつあった。
『あああ畜生……!』
バルクアームαのガバナーの苦悶と、盾が鳴る轟音の中、何人かが窓際に戻って射撃を再開する。だが散発的な射撃ではパラポーン達は止まらず、反撃を受け一人が頭を撃ち抜かれた。コロンバスとコリンズは治安部隊長の指示を仰ぐべく、振り向く。
すると、振り向いた先が突然明るく照らし出された。一拍遅れ、着弾音と何かが焦げる響きが連続する。未だ続くバルクアームα同士の格闘戦の轟音で互いの言葉は聞き取れないが、コロンバスとコリンズは窓へと振り向き直した。
暴走機体の肩越し、遠く見える高架道路の下でストロボのような光が瞬いている。そして直後、多数の光弾が周囲に降り注ぎ、パラポーンを焼き払っていった。
暴走機体は変わらず殴打を続けていたが、遠いストロボ光がかすかに青みを帯びると突然背中に打撃を受け、次に前開きのはずの胴体装甲が後ろからめくれ上がって停止した。殴打は止み、そして静かになったオフィスに、外から飛び込んでくる者がいる。
「はいはい失礼しますー。――あっ、味方です! 銃を向けないで!」
一瞬窓の外に陰りを見せ、飛び込んでくるのは若い女性ガバナー。黒いライトアーマータイプの彼女は、手にする端末にリバティーアライアンスと特殊部隊の識別マークを表示しながら呼びかける。
「ミスターが今、あちらから火力支援中です! 事務局ビルの皆さんは脱出を始めて下さい! 負傷している人はいますか? 市民の方と相乗りになりますけど、車両も手配しています!」
少女の背後、壁にめり込んでいたバルクアームαが立ち上がると、ぽっかり空いた穴越しにこちらへ向かってくるものが見えた。旧式トラックやコンバートキャリアー、さらには薄汚れたヘキサギアが一機混じっている。
「あ、隊長! あれはデスペラードですよ!」
「うちの隊員もいるな……!」
コロンバスとコリンズが肩を支え合う様子に、ノースは頬を綻ばせた。しかしすぐに顔を上げ、
「積めるだけの通信機器も持ち出して下さい! 不足する回線などは私が調整します! 少しでも統制的な撤退を!」
少女――ノースの声に、治安部隊長は頷き周囲に指示を飛ばし始めた。
「はあーぁ、苦労が報われたってもんだぜ」
混乱の市街地に場違いな声が空中から響き渡った。
飛び交うモーターパニッシャーとは違い細身のシルエットのヘキサギア、シャイアンUのシート上でヘルメットを被り、フェイスガードを着けるのはシングだった。
「我らが友軍はハンプティ・ダンプティ・シティまで二キロ地点まで進軍中ですねえ」
タンデムシート上で背後を見るのはフォーカスだ。シャイアンUはすでに防壁よりも高く上昇しており、灰色の街の外に広がるベージュの廃墟群が一望できる位置だ。
「都市内部の敵も混乱と敗走中、と。んじゃあ最後の仕掛けも行きますかあ!」
「イエーイですねえ!」
シャイアンUのハンドルにぞんざいに増設されたボタンにシングが拳を振り下ろすと、フォーカスもガッツポーズで応じる。
直後、防壁の一部で大爆発が起きた。防壁に内側からへばりつくように存在していた廃棄物処理施設と、外部に繋がる廃棄物搬出口とが連続起爆され、壁の一部が内側から吹き飛ぶ。
「たまやー!」
「おほほ! 東洋伝統的爆発賛辞!」
盛り上がるシングとフォーカスだったが、ハイタッチを交した直後、そのそばで突然光弾が弾けた。シャイアンUが宙を滑り、シングとフォーカスは慌ててシートにしがみつく。
「――は? 今の慣れ親しんだ感がある爆発は!?」
「あ! シングご覧下さい! 二時方向地上!」
フォーカスが頭部ユニットの望遠機能を最大にして、地上を指差す。そこから光が瞬くと、再びシャイアンUの近傍で光が弾ける。
「我らがミスター閣下じゃねえか! 撃たれっぱなしたまんねえなあおい!」
「近くの戦線にいるのは聞いてましたが、この街に来ていたんですねえ……!」
急降下し、シングはミスターからの射線をビルの陰に隠れてやりすごす。
「腐れ縁もここに極まれりだなあフォーカスよう」
「いやはや。あ、でも確か、リバティーアライアンスの広報記者がHDフーズを訪れるとかなんとか、彼らから聞いてませんでしたっけ?」
「あーぁ……。その日にインパクトあることしたいからってのが、今回の商談の決め手だったっけか?」
シングとフォーカスが共通認識としているのは、彼らがこの都市で請け負った任務のことだ。
すなわち、シングとフォーカスは二人でこの都市に潜入し、フォーカスのバックアップのもとシングが都市内部の団体に接触して工作用ヘキサギアの購入を打診。契約が締結されれば、遠隔操作機構を組み込んだヘキサギアと、その搬入ルートを通じて送り込めるヴァリアントフォース部隊を都市に潜入させ、さらに前線部隊も連動させてのハンプティ・ダンプティ・シティ侵攻作戦を開始するというもの。ノース達が察知した作戦そのものであった。
「HDフーズの社長は功名心が強いですからねえ。大方、ミスターとの対談でもセッティングしてたんじゃあないですかあ?」
「ぶはははは! やってくれるぜ! こいつはお礼参りしなきゃなあ!」
爆笑する二人を乗せ、シャイアンUは進路を変えた。行く先は企業区画の方角。シングはその方角へ向かう自軍部隊に連絡を取り、シャイアンUを対地攻撃モードへ変形させるとさらに高度を低く、街の中へと降りていく。
その日、一つの都市が落ちた。
ハンプティ・ダンプティ・シティはかねてからの企業上層部と従業員、市民達との摩擦から生じる問題につけ込んだヴァリアントフォースの破壊工作を受け混乱に陥る。そこへ、都市の近傍にまで接近していたヴァリアントフォース主力部隊が応じて戦線を突破。破壊工作によって開かれた防壁を通過し内部を制圧。
突入した部隊は戦線の突出部となったが、元々強固な防壁を備えていた都市だけに一度侵入してしまえば守りやすく、さらにパラポーンを中心とした部隊は籠城戦に抜群の適性を示していた。
市民、並びに都市内部のリバティーアライアンス構成員らは大きな被害を出したが、混乱の中で奮戦した一部戦力の尽力もあり、決して少なくない数がハンプティ・ダンプティ・シティを脱出。都市に向かっていたリバティアライアンス増援部隊との合流に成功し、市民は隣接する企業都市へ、兵はその場に新たな戦線を構築した。
市内に取り残された市民、リバティーアライアンス兵の生存は絶望視されたが、しばらくの間HDフーズ本社保安センターに籠城した勢力からの救援要請が周囲に発せられていた。だがリバティーアライアンスが反攻準備を整える間に、その通信も途絶えてしまう。
新たな前線に設けられた監視所から、リバティーアライアンスの偵察部隊が数度ハンプティ・ダンプティ・シティに接近し、その状況の確認を試みた。しかし彼らが見ることがかなったのは、防壁に掲げられていたHDフーズの看板が爆破解体された外観ばかりであった。
説明 | ||
・ここまでのあらすじ リバティーアライアンスの歴戦のガバナー、ミスターが配備されたのはアライアンス加盟企業の一つHDフーズが治める都市、ハンプティ・ダンプティ・シティの側まで迫った戦線だった。 歴戦の部隊六三五六小隊の優秀なガバナーと連携し、ミスターは配属直後の戦闘から陣地防衛に成功。敵の目的に疑問こそあったが…… 本作品はコトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』シリーズの二次創作作品であり、同作の解釈を規定するものではございません。 またフィクションであり、実在物への見解を示すものでもないことをあらかじめご了承下さい。 |
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