真・恋姫SS【I'M...】18話
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 雨の夜から数日が明け、朝になる。

 

 空には太陽が輝き、最近続いていた雨が嘘のように晴れ渡っていた。

 

 気だるい頭を動かしながら、華琳は目を覚ます。

 

「あぁ………」

 

 普段では聞けないような低い声をもらす。頭痛がやまない最近ではこのような朝は当たり前になっていた。

 

 ボーっとしていても仕方なく、華琳は寝台から身を起こす。それだけで脳内がぐらぐらするのだから、もしかすれば重症かもしれない。

 

 原因はわかっている。ここ最近みる夢のせいであると。陶謙を殺すまではいい。それは華琳が望んだこと。復讐という悲願を成し遂げるんだから。

 

 しかし、その後。なぜかいつもそこには一刀がいた。

 

 そして言うのだ。「これで満足したか」と。

 

 もしコレが夢ではなく、現実ならば。―――満足だ。

 

 これ以上の喜びがあろうか。理不尽に殺された母の仇を討てるのだから。わざわざ聞かれることでもないだろう。

 

 何故聞くのか。…………なぜ答えられなかったのか。

 

 そんな疑問の螺旋が脳内で生まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚まし代わりに顔を洗おうと、華琳は部屋を出る。部屋の外は相変わらず文官たちがあわただしく働いていた。

 

 自分よりも官位が上のものが忙しく走り回っている姿を見ると、滑稽さと同時に腹立たしさを覚える。

 

 何故もっと上手くできないのか。何故この国には無能な上官が多いのか。本当に腹立たしい。いっそ全員追放して能力のあるものだけを採用しなおせばいい。

 

 そんな考えすら生まれる。

 

 

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 調理場へと行き、顔を洗う。

 

 ばしゃんと冷たい水が顔に心地よく当たる。

 

 朝の気温もあって、顔を洗った後はかなり涼しい。

 

「ふぅ…………」

 

 顔を布で拭き、改めて目を覚ます。

 

「それにしても、あわただしいわね」

 

 周りを見渡すと、普段でも忙しそうにしている文官が何故かいつもより騒々しい。朝はそれほどやることの無い警備のものまで走り回っている。

 

 隊長でもある自分が警備に関して知らない動きをしているということは、街でなにかあったのだろうか。

 

 

「ぁ、孟徳様!」

 

 そんな状況を眺めていると、兵の一人がこちらに向かって駆け寄ってきた。

 

「朝から騒がしいわね。なにかあったの?」

 

「それが、見るからに不審なものを捕らえたらしいんですが、どうにも言っていることも訳が分からないらしく。」

 

「??どういうこと?」

 

 兵の言っていることがいまいち理解できず、仕方なく華琳はその捕らえたもののところへ向かうことにした。

 

 

 

 

 城の中を歩き、階段を下りて地下へと入る。薄暗い石造りの空間が広がり、片方の側面には木製の格子がはめられていた。

 

「こちらです」

 

 松明で照らされた中を歩き、兵の声が響く。

 

 足を止め、兵が示したのはその空間の奥のほうにはめられた格子の中。地下牢の中である。

 

「………………」

 

 暗くて姿がよく見えないが、確かに中には人がいる。かろうじて足が少し見えるくらいだが、どうやら白い服を着ているようだ。

 

「なんだ………やっとか」

 

 突然。中にいた人が話し出した。

 

「ここまでずいぶん遠かったんだぜ。知らない間にいきなり偉くなってるんだもんな」

 

「先ほどからこのような事ばかり…もう訳が分からなくて…」

 

「…この者は、私に任せてもらえるかしら」

 

 兵の言葉には答えず、華琳はそういった。

 

「は、はぁ…では、後はよろしくおねがいします。」

 

 一礼して、兵は地下牢の中から出て行った。

 

 

 

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「………………いきなりじゃないわよ。こっちは7年、死に物狂いで生きてきたのよ」

 

「あぁ、わかってる」

 

「分かっていないわ。」

 

「わかってるさ」

 

「わかっていないわよ!!!」

 

 筋道の通らない会話。相手の声に、華琳は叫ぶ。

 

「こどもが……子供だけでこの時代を生きるのが、どれだけ困難かなんて、あなたにわかるはずないでしょう!!今までずっと消えていたあなたに、何がわかるのよ!!!」

 

 突然の出来事。不意にやってきた再会。苦悩の末にやってきたこの事態が華琳にもたらしたのは、ただ後悔と憤怒と怨嗟だけだった。

 

「………華琳」

 

「真名で呼ばないで。今それを呼んでいい人間は2人しかいないのよ」

 

「…すまない」

 

「………………。」

 

「恨んでるか。俺のこと」

 

「恨んでいるわよ」

 

 それがたとえ逆恨みだと分かっていても。

 

「あなたが消えなければ…………あなたがいてくれれば………」

 

 それを受け入れられるほど、華琳の心は強くなかった。

 

「私は………」

 

「………華琳」

 

「真名で呼ばないでって言ってるでしょう………」

 

「…華琳」

 

「よばないで………」

 

「華琳」

 

 否定しても、その人は華琳の真名を呼び続ける。認めずに呼ぶことは相手の生き方を否定すること。相手の存在を軽んじること。そう教えられたにも関わらず。彼は呼び続ける。

 

「華琳、俺は北郷、真名は一刀だ。」

 

「………だから…なんだというのよ…」

 

 先ほどの叫びとは裏腹に、既に華琳の声には力が無かった。

 

 

 

 

 

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「俺はお前達が天の国と呼ぶ場所から来た。」

 

 こんな状況になったのは、予想外だったが、正直今、俺はあの三人に感謝している。この数日、あの人たちは曹操に関する情報を手当たり次第集めてくれた。

 

 そのおかげで今現在洛陽に華琳がいることが分かり、俺は行動に出ることが出来た。

 

 アニキが言っていた通り。今の俺に無事に華琳に会う方法などなかった。華琳は身分が上がりすぎていたために、むやみに会いにいける存在ではなかった。

 

 下手に行けばつかまるだけ。”警備兵”に。

 

 後は簡単だった。実際にこの街にきて、目立つように行動すればいい。さすがに本当に犯罪を犯すつもりは無かったから、ここの警備の対応が早くて助かった。これも華琳が頑張っている印なんだと思えた。

 

 困ったのはむしろ瑯邪を出るとき。あの三人が付いてくると言って仕方なかった。

 

「何を今更…………」

 

 俺の言葉に華琳はそんな言葉で返す。

 

「だからな、華琳。お前に言っていなかったことがある。」

 

 でも、あの三人がついてくるのは、ここから先のことを考えるとどうしても許すことは出来なかった。

 

 俺は、華琳に仇討ちなどしてほしくは無い。それは最初にこの世界に来たときから思っていたこと。

 

 琳音さんからの唯一の願い。彼女の死をとめられなかった俺が出来る唯一のこと。

 

「俺は、この国の歴史を知っている。」

 

「………え?」

 

 俺の言葉が理解できないように華琳は声をだす。

 

 陶謙への復讐をとめたい。

 

 それが、華琳を救うことになると思うから。

 

 だから………世話になったあの三人には、こんな状況は見せたくなかった。

 

「俺は、琳音さんが死ぬことを知っていた。」

 

「―――――!?」

 

 見るからに華琳の表情が一変する。

 

「……どういう意味…?」

 

「そのままの意味だ。俺はあの人が殺されるのを知っていたんだよ、華琳。お前達と出逢ったときからな」

 

 自分で自分を殺したくなる。もう一度こちらに来る時に見た光景の感覚を思い出し、喉が震える。

 

「あの時、陶謙が軍を放ってくるのも、その後刺客を送り込んでくるのも全て。」

 

「………それは、つまり………あなたは知っていた上で」

 

「あぁ、見殺したんだよ。」

 

「っっうぁああああああああああああ!!!!」

 

 叫んだ華琳は、腰に下げた鉄剣で格子を斬り”砕いた”。とてつもなく大きな音が地下に響き渡る。

 

 まだ、華琳は優しい。実際、彼女は格子をこじ開けても、おれ自身にはまだ何もしていない。

 

「勘違いするなよ、華琳。」

 

 だから、俺は…続ける。

 

「お前が殺したいのは陶謙なんだろう?」

 

「だまれ………」

 

 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。

 

 あの時、琳音さんが死ぬ前の日。あの子に言われたあの言葉を俺は自分で、頭の中に刻む。

 

 最初に出逢ったとき、言われた言葉。

 

「陶謙……?もうどうでもいいわ、あんな男………」

 

 それはたぶん、このときを現していたんだろうな。

 

「……“お前のせいだ”」

 

 あの時、謝っていたのは、琳音さん。

 

 あの時、泣いていたのは、華琳。

 

 あの時、笑っていたのは、琳音さん。

 

 あの時、苦しんでいたのは、華琳。

 

 

 

 俺は………理解した。

 

 子供は二人いた。

 

 一人は…救えなかった。

 

 だから、せめてこの子は………。

 

 この子だけは…………

 

 

 

 

 

 だから、せめてこの嘘を………許してほしい。琳音さん。

 

 

 

 

 

「………あぁ、お前の母親が死んだのは…俺のせいだ」

 

 

 

 

 

 

 この子の恨みを背負うのは、俺だけでありたいから。

 

 

 

 

 

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 ――同刻、徐州瑯邪

 

 

「アニキ〜やっぱあいつに付いてった方がよかったんじゃないすか〜?」

 

「うるせぇよ。あそこまで拒否されちゃどうしようもねぇだろうが」

 

「ったく、アニキの温情を無下にしやがって、あのやろう」

 

 街の中をあの時の三人組が歩いていた。

 

 一刀に対し、出来うる限りの協力をしてくれた三人だったが、いざ出発の時になり、一刀は三人の同行を拒否した。

 

『四人もいくと目立つだろう?それにあんた達の場合は調べられたらホントに罪状とか架せられそうだしさ。』

 

 そういい残し、一刀は瑯邪を出発し、洛陽へと向かったのだった。

 

「しっかし、ほんとにカタギのくせに無茶苦茶なやつでしたねぇ。わざとつかまって曹操と会うなんて」

 

「まぁな、何やる気かはしらねぇが、最悪おもてに出てくれなくなるってのに…」

 

「………うまくいくといいんだな。」

 

「……そうだな。俺達が協力してやったんだ。成功してなきゃゆるさねぇ」

 

「もし、失敗してたらどうするんです?」

 

「………また身ぐるみ剥いでやるか!」

 

「いいっすねぇ〜〜」

 

 三人は歩を進める。

 

 もう一度、会うとき。そのときこそが彼らにとって、一刀にとって、また華琳にとっても本当の物語であるのだろう。

 

 

 

 

 

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 ――洛陽。

 

 

「はぁ…はぁ……はぁ…」

 

 息を乱し、華琳は立っていた。

 

「俺はあの人が死ぬのを知っていた。それでもとめなかった。あの人が殺されるのをただ待っていた。」

 

 精神が限界であることが見て取れる華琳に対し、俺はさらに言葉をぶつけた。

 

「どうして………あの時、約束したのに…」

 

 陶謙が邑へ攻め入る時、華琳と交わした約束。琳音さんを連れ戻すという約束。

 

「あぁ……したな。」

 

「あなた………母のこと好きだったんじゃないの…?」

 

「俺がいつそう言ったよ。」

 

「だって、母様と一緒に………」

 

「あの人が求めてきたからだろ?」

 

「―――っ!」

 

 風船を割ったような快音が地下に響き渡った。

 

「痛っ………」

 

 頬にじんじんと痛みが広がる。

 

「目は覚めたかしら?」

 

 華琳は優しい。

 

 まだ俺をどこかで信じようとしている。既に陶謙の事は頭に無いかもしれない。だけど、その矛先はまだ何処へも向いていない。

 

 それは俺に向いていなければならない。でなければ、華琳は歴史の通りに動いてしまう。

 

 まだ足りない。

 

 だから、また俺は嘘をつく。

 

「そうだな。殺される前にもう一回くらいしておきたかったかな」

 

「―――。」

 

 気づいた時には、俺の頬が石の床に触れていた。口の中が鉄の味で満たされる。

 

「………その口、いい加減とじたらどう?」

 

「…………ったく」

 

 まだ蹴るだけなんて、どこまで………

 

 俺は四つんばいになり、立ち上がる。

 

「あの雨のときも、あの人は先頭になって敵に向かって行ったっけか」

 

「もう……だまりなさい……」

 

「俺からすれば馬鹿としか言えんな。結局あの人、犯った時以外何もいいところないじゃん」

 

「……………っ」

 

 華琳が唇をかんでいる。剣を握る手にも血管が浮かび上がるほど力が篭っている。

 

 ほんとに……もういいだろ。華琳

 

 

 

 

 

 

 

 

「最低だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――。

 

 

 その一言。終えたときには、俺の世界、全てが変わっていた。

 

 聞こえたのは、鈍い音。

 

「………ぁ……ぁぁ………」

 

 腹に感じる強烈な異物感。それと同時に襲う激痛と膨大な熱。

 

 華琳の肩が俺の胸に触れる。弱弱しく震えている。

 

「か……かず――」

 

「駄目」

 

 華琳が離れそうになるのを、俺は両手で抑える。

 

 片方は背中から、体を抱えて。

 

 もう片方は剣を握る手を支えて。

 

「………琳音さんを殺したのは俺。それでいい」

 

「何を………」

 

 俺の様子が変わったことで、華琳が混乱している。

 

「華琳…………ごめんな…。今までそばに居てやれなくて」

 

「馬鹿に…しないで…。」

 

「琳音さんを……救ってやれなくて……」

 

「あなたの…せいなんでしょう…?」

 

「あぁ、だからもう………復讐は終わりにしろ……」

 

「………勝手な事……」

 

 どうやら、俺は悪者向きではないらしい…。結局最後に許してもらおうと嘘を通せなかった。

 

「………………約束。」

 

「………やぶったのはそっちのくせに……」

 

 俺はいつから、こうなると決めていたんだろう…。

 

 戻ってきたとき?

 

 琳音さんの死を知った時?

 

 華琳の顔を見たとき?

 

 ………わからない。

 

 …………天の遣いじゃない俺には…誰も救えない。

 

 でも、この子には俺の知らない道を生きてほしいから。

 

「………できれば一緒に………」

 

「………っ………母様の仇のくせに……もうしゃべらないで……」

 

 

 

 出来ることなら

 

 

 

 

 また、逢いたい…………

 

 

 

 

 今度は……

 

 

 

 

 華琳の夢を叶える為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が……天の遣いでいられたら……

 

 

 

 

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 暗く、夜のような空間。そこに人が三人。

 

「ふん、滑稽だな。外史を救うために自ら死を選ぶとは。これが貴様の望んだ結末か?貂蝉」

 

「あらん、ずいぶんねぇ。この外史は誰かが望んだから生まれたものではないのよん?」

 

「どういう意味だ」

 

「終る事を望まれた外史。終端より生まれるものこそが、真に望まれた結果」

 

「終端が望まれたものだと…?」

 

「えぇ、そうよん。だからこそあの時の約束を果たしましょうか。」

 

「約束とは……この外史の記憶を全て消すというものですか。」

 

「正確にはご主人様……『北郷一刀』に関する記憶ねん」

 

「………何を考えている…貂蝉」

 

「約束を遂行するだけよん。」

 

「ふ…。謎かけはよくありませんね。貂蝉。北郷一刀に関する記憶。つまり北郷一刀の死という記憶すら消してしまおうということでしょう。外史において、記憶とはすなわち絶対の歴史。人々の記憶が変われば外史はいくらでもその姿を変える。」

 

「もちろん一人の記憶をどういじったところで何も変わりはしないわん。でもぉ、それが外史全体、さらには外史そのものの記憶を変えてしまえばどうかしらん。」

 

「我々管理側にできることなど限られている。外史の改竄はもちろん。死んだものをよみがえらせるなど」

 

「でも、人一人に関する記憶ぐらいはどうにでもできるんじゃなぁい?」

 

「………………」

 

「ふん…勝手にしていろ」

 

 

「左慈………」

 

「うふん♪それじゃはじましょうか〜〜」

 

 

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 地下牢へ捕らえられていた不審者が曹操の手によって討たれたことは、一気に洛陽全体へと広がった。

 

 噂が噂を呼び、すでにその不審者の正体はどこかの没落貴族という風にまで広がっていた。しかし、そんな噂も、これ以上放っておく訳にも行かず、曹操の配下の者により、事実は改ざんされた。

 

 『この洛陽では夜に徘徊することを禁じているにも関わらず、その者は夜道を闊歩していた。不審に思った曹操がその者を捕らえ、尋問したところ、漢に仇なす賊と判明。故にこれを討った』とされた。

 

 

 

「曹操様。本日のご報告にあがりました。」

 

「入りなさい」

 

 

 そんな曹操は、今も以前と変わらず、政務を続けている。

 

「………いいわ。下がりなさい。」

 

 適当に目を通すと、曹操は何も言わず兵を下がらせる。

 

 仕事が手につくわけも無く、彼女はただ中空を眺めていた。

 

 

 

 

『………約束だぞ…これで終わりに………』

 

 

 最後にそういって、一刀は死んだ。

 

 一刀は昔から、私の向かおうとする場所の前に立って邪魔をする。それが嬉しいときもあったし、悲しいときもあった。

 

 でも、だからこそ、子供だった私がここまで生きてこられたのだと思う。

 

 あの雨の日の苦しみを知らなければ、私は荒野でのたれ死んでいたかもしれない。

 

 もちろんそれだけで生きられたとは思わない。少なくとも半分以上は陶謙への恨みで生き延びたようなものだ。

 

 なのにどうして、一刀はあんなことを言ったのか。

 

『…………俺は琳音さんが死ぬことを知っていた。』

 

 ――思い出しただけで、悔しさがにじみ出る。

 

『あぁ…したな』

 

 あの約束は、またみんなで暮らしたいからした約束。

 

 こんなものを望んだわけじゃない。

 

 望んでいたのは………

 

「……好き……だったのに」

 

 それだけ。

 

 皆一緒にいたかった。それだけだった。

 

 でも、もう、本当に誰もいなくなってしまった。

 

 母も彼も死んだ。

 

 目の前で。

 

 

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「あの雨は…お前さんに何をもたらした?」

 

「――――!?」

 

 

 突然目の前から聞こえてきた声。

 

「あの時の……どうやってここに入ったのかしら」

 

 それはあの雨の日の怪しい者。全身が黒で包まれたその者はいつの間にかこの部屋にいたのだ。

 

「愛しきものとは逢えたかの。曹孟徳よ。」

 

「………」

 

「その様子では、天命は崩れ去ったか」

 

「うるさいわね……」

 

 相変わらず脈絡のはっきりしない話。

 

「おぬしにひとつ、問いをかけよう。」

 

「………何を…」

 

「流星が運ぶのは乱世を鎮めんとす天の御遣い。遣いはかならずや乱世を鎮めてくれよう…………。しかしな」

 

 

 

 少しの間が出来て、その者は言った。

 

 

 

「御遣い自身が救われることは無い。」

 

「……どういうことかしら」

 

「さて、奸雄はどう動くのかの…」

 

「ぁ……待ちなさい!」

 

 

 黒衣の者は制止の言葉を聞かず、そのまま姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

「…………遣いなんて……」

 

 

 

 

 

「私には一人しかいないのよ………。」

 

 

 

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 ―――翌日・朝

 

 

 

 

「……さま。……んさま。」

 

 声が聞こえる。女性の声?

 

 ずいぶん聞きなれたような気がする。

 

「華琳さま。」

 

「ん……」

 

 その声に意識を拾われ、目を覚ました。

 

 目を開けると、そこには久しぶりに見た顔があった。

 

「………春蘭?」

 

「おはようございます。華琳さま」

 

 体を起こすと、ずいぶんさわやかな朝だった。衣擦れの音と共に布団をどけ、私は立ち上がる。

 

「…どうしてあなたがここにいるの?」

 

「はい!今日から秋蘭と共に、華琳さまの下に働くこととなりました!」

 

「……え?」

 

 突然のことに少し戸惑う。なにせそんな話は聞いていなかったんだから。

 

「…少し、待ちなさい」

 

「え、あ。はい」

 

 はしゃいでいる春蘭はとりあえず置いておいて、兵舎の自分の執務室へと向かう。

 

 部屋に入れば、机の上には書簡が置かれていた。

 

「本当に………」

 

 たしかに、それは春蘭の官位の授与と異動を表すものだった。

 

 そして、もうその内容にはまだ続きがあり、それは自分のこと。洛陽の警備隊所属から、陳留の刺史へというもの。

 

 普通に考えれば、呈のいい左遷。だけど、これほど嬉しい知らせがあるだろうか。子供の頃共に暮らした三人でまた同じ場所で生きていける。

 

 

 

「………一刀…」

 

 

 もう一人、いてほしかった。

 

 そこに。

 

 呟いた後、扉の開く音がした。

 

「…お久しぶりです。華琳さま」

 

「秋蘭…。久しぶりね」

 

 前は背もそれほど変わらなかった従姉妹。しかし、彼女達は成長し、自分よりもずっと大きくなっていた。

 

 それが自分だけ成長してない。子供のままだと教えられているようで、ひどく複雑だった。

 

「これから、また一緒ね」

 

「はい」

 

 姉も妹も、嬉しそうに答えてくれる。

 

 

 

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 ――正午。

 

 私はこの街で最後の警邏に向かった。これが終れば、陳留へ向かう準備をし無ければならない。

 

 空は今日も晴れていた。雨が続いた先日から数日。

 

 もう季節も変わろうとしていた。

 

 相変わらず治安の差が激しいこの街を部下と共に歩いていく。一見平和で華やかな大通りから少し路地に入れば、そこは地獄と化す。

 

 この街とも、今日が最後。

 

 見納めの意味を込めて、いつもよりも注意深くあたりを見回す。

 

 

「………」

 

 

 何が見えるわけでもなく、そこには洛陽の日常が映るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警邏を終え、部屋に戻る。

 

 仕事のための執務室ではなく、私室。

 

 そして、中にある椅子を眺める。その椅子には、穴の開いた白い服がかけられていた。

 

「…………あんな約束をおいて行ってから、軍を持つなんて、皮肉にも程があるわね…」

 

 その服を手に取り、椅子に座る。

 

「分かっているわよ…。もう恨むのも疲れたんだから……」

 

 まるで誰かと話すように、華琳は言葉を続ける。

 

「わざわざ夢に出てまで止めていてくれたんでしょう?」

 

 椅子がギシギシと音を鳴らす。

 

「……うん。そうね…。悪いのはこの時代だったのかもしれない……」

 

 白い服を握る手に一層力がはいる。

 

「ふふ。私に何を求めているのよ。……………そう。それも悪くないわね…。」

 

 

 

「また、皆で遊べるなら………覇道なんて……るくない……」

 

 その服を抱きしめたまま、少女は眠りに着いた。

 

 

 

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 ――朝。曹操が都・洛陽から陳留へと移る当日となった。

 

 自らの私兵を連れ、曹操は都を経った。洛陽を出て東へと進み、数日もすれば自分の治める街が見えてくる。少しの期待と不安を引きずりながらも、曹操たちは歩を進めていた。

 

「華琳さま。兵にも疲れが見え始めましたし、一度休息にしませんか。」

 

 都を出発して数刻。新に部下となった夏候姉妹の妹が提案した。

 

「………そうね。今日はここまでにしておきましょうか。」

 

 その声を聞き、曹操は兵の様子を確かめる。少し思案した後にそう言葉を告げた。

 

 秋晴れというのだろうか。気温はそれほど苦にならないとはいえ、今日は日差しが強かった。

 

 兵達は歩を止め、天幕を張っていく。

 

「ふぅ………春蘭はどうしたの?」

 

「姉者は後方の兵をまとめておりますので、もうすぐ来るかと………あぁ、きましたよ、華琳さま。」

 

 二人が馬から下りて会話していると、隊の後方から駆けて来る兵が一騎いた。

 

「華琳さまーーー!!」

 

 ずいぶん大きな声。姿はまだ小さいのに声だけはずいぶん近かった。

 

 それから少し待つことでその声の主は目の前までやってきた。

 

「ふふ、相変わらずね、春蘭」

 

「??何がですか??」

 

 そのやってくる光景そのものが、というのは暗黙の了解らしく、春蘭には伝わることは無かった。

 

「なんでもないわ。それよりこれから茶にするから、付き合いなさい。二人とも」

 

「は。」

 

「はい!」

 

 子供の頃からの信頼関係は崩れることなく、主従の関係となってもそれは変わらなかった。

 

 

 

 

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 夜になり、あたりは静かになった。

 

 少し肌寒いくらいの風が吹き、空には星が輝いていた。

 

「………………決めたわよ。一刀」

 

 そんな中で、華琳は空を見上げながら呟いた。

 

「私はこの国を変える。………今の漢を変え、新しい天下を築いてみせるわ」

 

 少女の顔はやがて子供のそれではなくなっていく。

 

「あなたがここにいられないことを後悔するような世を作ってあげる。だから………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで、母様と一緒に見ていなさい。」

 

 

 呟きはひとつの決意となって、夜空に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして、その決意とほぼ同時に、それは起こった。

 

 

 

 突然、視界が”ぶれた”。

 

 とてつもないほどの地鳴りと共に視界がゆれる。眩暈のようなものではなく、大地そのものが震え上がっている。

 

「こ、これは………」

 

 そのゆれに思わず地に手を着いてしまう。

 

「華琳さまーー!!」

 

 天幕のほうから声が聞こえた。振り向けば揺れる景色の中を春蘭がこちらに向かってきていた。

 

「春蘭!こちらは良いから、兵をまとめなさい!この揺れでは確実に混乱しているはずよ!」

 

「は、はい!」

 

 華琳の指示を聞き、春蘭は方向を変える。

 

「突然………なんだというの……」

 

 

 

 

 

 

 

「か、華琳さま!!」

 

 兵たちのほうへ向かったはずの春蘭が今度はまたこちらへ走っている。今尚揺れ続ける大地を走るのは危険だが、春蘭の表情はそれすら気にしていられないというものだった。

 

「春蘭、兵のほうはもういいの?」

 

「そ、それが、兵が一人もいないんです!」

 

「何を言って―――」

 

 そう言いそうになって、華琳も異変に気づいた。

 

 

 

 

 

 

 ――天幕がなくなっている。

 

 それどころか、さっきまでそこにいた兵士まで姿を消していた。振り向けば、自分達がいた天幕まで消えている。そして、もう一度視界を戻せば。

 

「しゅんr――――」

 

 名前を呼ぶことも出来ず、その事実を突きつけられた。

 

 さっきまで話していた、春蘭さえも消えていた。

 

「なんなの…………これは……」

 

 受け入れられるはずも無く、ただ華琳は混乱する。

 

 そんな華琳の事を気に病むこともなく、周りからは次々と物が消えていく。木々、街、人、風、音、空。

 

 やがて何も無くなり、そこには真っ白な世界が広がっていた。

 

「何よ…………どうなっているのよ!!」

 

 誰もいないその空間で華琳は叫ぶ。

 

「春蘭!秋蘭!」

 

 名前を叫んでも二人が姿を見せることはなかった。

 

 

 それから数刻。

 

「……………っ…」

 

 華琳はその場に座り込んでしまっていた。

 

 場といっても、もはやそこに地面があるのかすら分からない。境界の見えない純白が広がり続けるこの場所で、華琳は事態についていけないまま、ただ自分の座っている場所を眺めていた。

 

「どうして………」

 

 ここは私から全てを奪うのか。

 

 理解できたこと。思い知らされたことはそれだった。

 

 

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『お前……また泣いてんのか?』

 

「………え?」

 

 もう何も考えたくなくなった。そんな時に、背中に軽く重みを感じた。

 

『ったく…………子供のときとあんまり変わってないな』

 

「………どうして死んだ人間がいるのよ」

 

 背中に当たる背中の感触。自分よりもずっと大きな背中。かつてはこの背中にずいぶん頼った時もあった。

 

 そして、その背中に剣を衝き立てたのも私だ。

 

『…………ずっと言われてたんだよ、お前を救ってくれってさ』

 

「何を言っているの…」

 

『どうすれば良いのか全然分からなかったけど、たぶん、今わかったかな…』

 

 声はずいぶん優しかった。

 

「なら、してみなさい……。救えなかったら頸飛ばしてやるわ」

 

『怖いな……。知ってるか?華琳…もうすぐここも消えるんだ』

 

「そう……」

 

 突然世界が消えてこんな場所に来た。それを経験した華琳にその言葉は冗談で済むはずもなかった。

 

『…………俺も、お前も消える』

 

「…そう」

 

 救ってくれると言ったわりにずいぶんひどい言葉ばかり並べるものだ。

 

『でも、望めば……また逢えるかもしれない』

 

「望む…?」

 

『あぁ、お前がまた俺と逢いたいと想ってくれるなら………』

 

「そんなの…………想わない時なんてなかったわよ」

 

『……なんだ、お前結構俺のことs――』

 

「だまりなさい!!」

 

 後ろにいるそいつに向けて、裏拳をいれようと腕を振る。

 

 しかし――

 

「触れ……ない……」

 

『もう、そろそろ時間だな』

 

「………また……望めばいいのね」

 

 消えそうな背中をみて、呟く。

 

『あぁ』

 

「わかったわよ……」

 

 触れることはできない。でも、触れていたいから。

 

 そいつを抱くように、背中から腕を回した。

 

『華琳』

 

「………。」

 

『俺、お前のこと好きだったよ』

 

「……母様は?」

 

『…………好きだった』

 

「………触れられるなら今すぐ頸を撥ねてやるところなのに…」

 

『ほんとに、好きだったよ』

 

「………………わかっているわよ…。私もそうだったんだから…」

 

『また逢う時まで、好きでいてくれるか?』

 

「………あなたと一緒にしないで。私は一度決めた男以外興味ないわよ」

 

『はは……。」

 

 

 

 

 お互い、既に体と呼べるものは無く、ただ薄れていくのみだった。

 

 

 

『………またな。華琳』

 

「えぇ……一刀…」

 

 

 

 二人の最後の言葉と同時に、世界は、幕を閉じた。

 

 管理者の約束の下、これらの記憶はすべて消去される。

 

 しかし、それにより生まれることが出来た新たな外史。それこそが望まれたものであることを知る者はあまりに少なかった。

 

 

 

-15ページ-

 

 

 

 

 

 ――一年後。

 

 

 

 

 

「流れ星?」

 

「はい、華琳さま」

 

 そこは陳留。かつて共にいた三人は、陳留刺史、その部下となっていた。

 

 賊がでたと、その討伐に向かうのだが、刺史自ら出ようとするのは華琳の気性と言えるかもしれない。

 

「昼に流れ星とは、あまり吉兆とは言えませんね。出立を伸ばしますか」

 

 そんな中で、空に流れた流星。

 

「そうね……では――」

 

 

 ―流星がもたらすは乱世を治めんとす天の御遣い。御遣いは必ずや乱世を鎮めてくれよう。しかしな、御遣い自身が救われることは無い―

 

 

「…………っ…。」

 

「華琳さま?」

 

 出立を延ばそうとした時、突然華琳の頭に声が流れた。

 

 痛みを伴うほどのそれに意識をとられたが、やがて痛みは治まる。

 

「大丈夫よ…。それより、先延ばしにはしないわ。吉ととるか凶とるかは己次第…でしょう?」

 

「分かりました。では、出撃しましょう。華琳さま!」

 

「えぇ」

 

 三人は兵達に檄を飛ばす。そして賊を討伐するために出撃した。

 

 出撃して、少ししたころ。前を行く春蘭の行動がおかしい。突然速度を上げたとおもったら、今度は停軍している。

 

 不審に思った私は、前へとでた。

 

「春蘭、何があったの?」

 

「あ、華琳さま」

 

「………」

 

 

 すると、春蘭の前にずいぶん風変わりな格好をした男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、名前は?」

 

 

 

 

 

「…北郷一刀だよ。君は?」

 

 

 

 

「私は……」

 

 

 

 これは、始まるための物語。

 

 かつて見た光景は、ひとつの結末。

 

 無限に広がる外史において、次へとつながるひとつの結論。

 

 少年は、少女のと共に歩むことを望み、少女は少年と共に未来を築くことを願った。

 

 それはひとつの突端となり、やがては外史へと広がっていく。

 

 たとえその結末が、悲しいものだったとしても、それはまた別の外史へのつながりとなるかもしれない。

 

 

 それが、”彼女”の願いでもあるのだから。

 

 

 

 ―曹…孟徳。いずれこの国を統べる者よ―

 

 

 

 

 これが、覇王と呼ばれる少女と天の遣いと呼ばれる少年の、”二度目の出逢い”だった。

 

 

 

 

-16ページ-

 

 

 

 

あとがき

 

 

っということで、完結です!(`・ω・´)

 

無事…ということはなかったですが、ここまで見ていただいてありがとうございますm(__)m

 

原作へつなげるのは最初から予定でしたが、正直お話がそれまくってここまで持っていけるか不安でした。

 

しかし、この話を考えている時間は、こういうことがあって〜と思いながら原作を思い出してエヘヘっとなる毎日でした。

 

 

それから、もし待っていただいてた方がいらっしゃってたら、ここまで遅れてしまって申し訳ないです(´・ω・`)

 

 

ほんとにここまでお付き合いいただいてありがとうございました。(`・ω・´)

 

説明
前回のお話から2ヶ月も過ぎてしまいました。(´・ω・`)
もうなんのこっちゃってなってる人もいらっしゃるかもしれませんが、こちらも完結させないといけないので。

色々あって投稿遅れましたが、今回でアイムも完結です。
では、どうぞ(`・ω・´)



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コメント
I'm→原作→覇王の願い→薫る空 綺麗に繋がってきてますね。今までが辛かった分、華琳様には是非とも幸せになって貰いたいものです。(ムカミ)
面白かったです。深い最後でした。(ブックマン)
ハイドラ様:誤字報告ありがとうございます。修正しました(和兎)
なるほど!こういうお話だったのですね。面白かったです。応援してますのでこれからも頑張って下さい。(乱)
待ってましたよw(狐狗狸)
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