身も心も狼に 第5話:別れ、約束と共に…
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家に帰った稟とルビナスは、長い時間玄関にいたが、

そこに掛かってきた電話で二人はやっと動き出す。

 

電話の相手は幹夫だった。

 

「もしもし稟君?」

 

「…はい、幹夫おじさん」

 

「全く、いつの間にか病室からいなくなったものだから心配したよ」

 

「スイマセン」

 

「まぁいいさ…ところで、稟君はこれからどうするんだい?」

 

「どうって…」

 

「稟君のお父さんもお母さんも…もういない。

 いくらなんでも、君とルビナスだけでは暮らせるわけがないだろう」

 

「……はい」

 

「そこでだ、稟君さえよければ家で暮らさないかい?」

 

「っ!?」

 

幹夫の提案を聞いて稟の中で様々な思考と感情が飛び交った。

 

生活力のない自分達が、これから二人だけで暮らして行くことは不可能なのは分りきっている。

親戚なんかを頼りに、誰かに引き取ってもらうと考えていた自分達にとって、

幹夫の提案は確かに嬉しかった。

 

だが、幹夫の家にいるということは即ち…楓がいるということ…

首を絞められ、あの瞳で自分を見ている彼女と同じ家で暮らす…

そうなれば、私生活の中で自分に対してどんなことをされるか想像に難しくない…

 

僅かに迷ったが、ある事を思い出して稟は決断した。

 

「わかりました。これからよろしくお願いします」

 

「ああ、歓迎するよ。それじゃ服なり何なり用意して待っていてくれ」

 

「わかりました」

 

受話器を置いた後、稟は林間学校のときに使う大きめのバッグを取り出して、荷造りする。

 

 

確かに、今の楓と一緒にいることは辛いかもしれない。

だが、辛いことは我慢すればいい。ルビナスも一緒にいてくれる。

 

思い出したこと、それは…1つの約束。

稟、ルビナス、楓の三人で花火を囲みながら交わした約束…

 

『いつまでもいっしょにいようね』

 

その約束を守るために…

例え仲良しな幼馴染という関係が崩れてしまったであろう今でも、

自分にとって唯一残された楓とのつながりを失わないために…

 

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「さぁ、今日からここが君達の住む家だ。自分の家と思って過ごしなさい」

 

「はい。ありがとうございます」(ペコリ×2

 

荷造りを終えたところで、幹夫は楓を連れて稟達を迎えに来た。

父親の前で、楓は仲のよさを見せるように稟と手をつないでいた。だが…

 

「それじゃ、私はまだちょっと病院のほうに手続きがあるから。3人で留守を頼むよ」

 

「はーい」「わかりました」

 

幹夫はドアが閉まりきるまで仲良さそうに手をつないでいる二人を見ていた。

そして、ドアが閉まりきった瞬間…楓はつないでいる稟の手を叩いた。

 

ルビナスはそんな行動をとった楓を、稟に今まで見た事がない瞳と表情を向ける楓に驚いた。

 

この世界に来て、稟と一緒にいろんな所を回って、多くの人間に会って来たが、

今の楓の瞳は初めて見るものだった。

あの瞳は、見ているものを敵としてみている…

 

稟は嘘をついたと言っていた…自分のことを嫌いになっちゃったといっていた…

とんでもない。そんなことでは済まされない。

 

そんなことを考えているうちに、楓は一層強く稟を睨んだ後、自分の部屋へと向かった。

 

信じられないものを見て呆然としていたが、ふと気になって稟の表情を窺う。

稟は辛いことを、泣きたいのを必死に我慢した、そんな表情をしていた。

 

「…それじゃ、おじさんが用意してくれた部屋に行こうか…」

 

稟達に用意された部屋は、楓の母紅葉が使っていた部屋だ。

愛するものの死を受け入れて、これからの人生を歩んでいく決意的な意味と、

稟達を家族として受け入れる意味を込めて、幹夫はこの部屋を提供したのだ。

 

この待遇に、稟は幹夫に対して感謝はしているのだが、素直に喜ぶことは出来なかった。

楓のことがあるからだ。

 

母親を殺した現況が、本来のへ家主の部屋に居座っている。

今の楓にとっての稟に対する認識はそんな感じだった。

 

だが…この状況はある意味楓にとって好都合でもあった。

お母さんを殺した稟に仕返しが出来る、と…

 

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それからは、楓の稟に対しての”仕返し”の日々が続いた。

 

足を突き出す、階段から落とす、鈍器刃物を落とす、他あらゆる方法で…

直接狙うこともあれば間接的に狙うことも…

 

事情を知っているルビナスであったが、稟が傷つくことは耐えられなかった。

稟を傷つける楓を何とかしようとしたが、稟によって止められる。

ならばせめて、自分が稟を守ろうとするが、自分の性で誰かが傷つくことを、

ましてやルビナスが傷つくことを許さなかった稟は、

稟を庇おうとするルビナスを逆に庇って、結果的に更に大きな傷を生むことに。

なので、ルビナスは寄り添い見守ることしか出来なかった。

 

家の中だろうと学校の中だろうと、どんな場所であっても、

稟は心も体も傷ついた。

隠せないほどの傷を負い、心の傷も表情に出始め、

幹夫や桜も異変に気付きだし、二人も稟を心配するようになる。

 

ルビナスと同様、二人も稟の味方となったが、

この3人に対しては、稟の様に当たることはなかった。

対象はあくまで稟ただ一人…

 

稟のことを気にかけてくれる人が増えても、

彼の体に包帯や絆創膏がなくなる日はなかった。

 

そんな、見ているものも受けているものも辛い日々が続いたある日、

二つの出会いがあった…

 

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その日、稟とルビナスは家の外を、特に目的もなく散策していた。

家の仲にいては、例え壁の向こう側であっても稟に対する怒り憎しみ恨みを感じてしまう。

なので、二人は極力家の外にいるのだった。

 

いつも通り散歩していると、街中の道端で泣きながらたたずむ少女を見つける。

長い茶色の髪の、普通の人間と比べると耳が少々長い少女だ。

 

他人の感情、それも自分自身が抱えている感情に、稟は敏感になっていた。

自分と同じ思いの少女を放っておくことは出来ず、稟は迷うことなく少女に声を掛ける。

 

「ねぇ、どうしたの?」

 

「ぐすっ…え?」

 

突然掛けられた声に振り返ると、そこには自分と同じ年頃でありながら大人のように落ち着いた、

それでいて、傍にいるだけで安心するような雰囲気を出す少年がいた。

 

「大丈夫?どうして泣いてるの?」

 

下心なく、純粋に自分のことを想ってくれる少年に、少女は警戒することなく答えていく。

 

「えっとね…お父さん達と一緒にここに来たんだけど…いつの間にかはぐれちゃったの…」

 

稟の声に僅かに元気を取り戻すが、喋るうちに自分の状況を思い出しまたもなきそうになる。

だんだんと両眼の端に滲み出てくる涙を見て稟は決意する。

 

「それじゃ…お父さん達も探しているだろうから、見つけてもらうまで一緒にいてあげるよ」

 

「……いいの?」

 

「うん!僕達はここらへんのことは良く知ってるから。お迎えが来るまで一緒に遊ぼう」

 

笑顔で誘ってくる稟を見て、ついでに傍らにいるルビナスを見るが、まだ僅かに迷ってしまう。

だが、

 

「僕の名前は稟だよ。よろしくね」

 

見ず知らずの他人である自分に対して迷うことなく名前を教え手を差し伸べられて、迷いは消えた。

 

「うん!!」

 

 

 

日もかなり沈み、空を朱色に染めきったとき、ようやく少女の保護者達が来た。

 

「あれってお迎えの人たち?」

 

「うん…あ〜ぁ、もう少し一緒にいたかったなー」

 

「しかたないよ。心配させちゃったんだから早く戻ってあげなくちゃ」

 

「うん……」

 

「「?」」

 

迎えの人たちが、顔まで分るほど近づいても、中々動き出さない少女を不思議に思っていたが、

不意に少女は何かを決意したような満面の笑みで稟の事を見て…

 

「チュ!」

 

「!!??」

 

何の前触れもなく唇を奪われてしまった。

ほんの少し触れ合う程度のものだったが、稟に取ってはかなりの衝撃だった。

 

「えへへ、それじゃぁね!」

 

頬を赤くしながら少女は去っていく。

その後姿を眺めながら、先程の唇の感触を思い出して思わず唇に指を添える。

 

が…真横からルビナスの視線を感じて慌てて指を離す。

 

「そ、それじゃ帰ろうか!」

 

ルビナスに見られていたことを今になって思い出し顔を赤くしながら帰宅しようとする。

ルビナスとしては、別に鼻を伸ばしている稟のことをイヤに思っているわけではなく、

むしろ、ここ最近見ることがなかった元気な姿を見ることが出来て喜んでいた。

そして、この方法なら…自分に人間のような唇はないが、自分なりのキスをすれば稟も喜ぶのではと考えていたりした…

 

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街で一人の少女との出会いを果たした数日後…

 

この日も、家にいることを避けて散歩に出かけていた稟とルビナスは、近所の公園に来ていた。

そこには、ブランコに座って一人さびしそうにしている少女がいた。

 

なんだか最近同じようなことがあったな〜と思いつつも、今回も変わらず声を掛けてみる。

 

「こんな所で一人で、どうしたの?」

 

「…え?」

 

突然の声に、少女は声の元を見上げる。

そこには、自分のことを心配そうに見ている少年がいた。

 

そこからは先日度同じようなやり取りが行われる。

このとき、リコリスの傍に来たときルビナスは何かを感じていた…

 

 

公園で遊んでいると茂みから小動物が現れ、

少女にアレは何かと問われ、稟はアレは猫であると教える。

稟が手招きをしてみると、人懐っこいのか、臆することなくその手のほうへと近づいていく。

初めて見る生物の動作仕草一つ一つに、リコリスは心を奪われてしまった。

 

ちなみに、猫に懐かれて稟も満更でもない表情をしていて、

ルビナスが一瞬気を悪くするが、「猫も可愛いけど一番可愛いと思ってるのはルビナスだよ」

という本心を聞いてあっさりと機嫌を直す、なんてこともあった。

 

街中まで遊びに来た稟達は、少女が見たいと希望する場所を中心に見て回った。

その途中、とあるゲームセンターの前、店の外においてあるUFOキャッチャーの中に、

少々大きめの猫のぬいぐるみが入っているのを少女が発見する。

物欲しそうにぬいぐるみを見ている少女を見、稟はポケットの中に入っている小銭を確認する。

 

500円玉が一枚だけ…この一枚全てをかければ合計3回出来る…

稟は決心して一枚の硬貨を穴に入れる。

 

音楽が流れ出し、稟は横のボタンと縦のボタンを押してアームを動かす。

一回目の挑戦は、残念ながらぬいぐるみを倒すだけに終わった…

二回目の挑戦は稟のやってみないかという提案に賛成して少女が挑戦するが、穴の近くにまで来たが落ちなかった…

最後の回、これを逃せばこれまでの苦労が無駄になってしまうと、稟はいつも以上に真剣にどう動かすかを考える。

だが、考えている途中、自分がボタンを押していないのにアームが勝手に動き出した。

下を見てみると、中の様子を覗こうとしていたルビナスが偶然にもボタンを押していたのだ。

慌ててルビナスを抱き上げるが、アームは既に動き出していた。

開かれたアームの片方がぬいぐるみの真ん中辺りに向かって下りてくる。

掴むことができなければもうダメだ…と思っていたのだが、

驚くことに、閉じようとする腕が上手く押し出してぬいぐるみは穴に向かって落ちていった…

 

二人が呆然とする中、ルビナスは稟の腕から抜け出して、頭を突っ込んでぬいぐるみを取り出す。

ぬいぐるみを咥えて稟の前に持っていくと、「Good Job!!」と叫びながら、

ルビナスを抱え上げて三回転した後一回胴上げをして胸に抱え込む。

 

稟は少女へ贈りたいと思っていた物が確保できたことに、

ルビナスは稟が喜んでいることに、

少女は喜んでいる二人を見、ぬいぐるみを確保できたことに喜んでいた。

 

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ゲームセンターを後にして、3人はいろんなことを話しながら歩く。

猫のこと、街のいろんなところのこと、ルビナスのこと…

 

楽しげに会話していると、彼女の迎えらしき人たちがやってきた。

迎えの人たちのメンバーの中にいた数人を見て、ルビナスは少女とあったときに感じた何か…

その正体を知る。

 

別れを惜しむ少女に、稟は先程入手したぬいぐるみを手渡す。

 

「これは君のために取ったんだ。だからもっていってよ」

 

そう言われてしまっては返すことなど出来ない。

嬉しそうに抱きかかえて、少女は歩き出す。

 

その少女に、ルビナスは我知らずと着いていこうとしてしまう。

だが、すぐに稟のことを思い出し立ち止まる。

 

迎えに来た人たちのうち、何人かは白衣を着ていた。

白い服を着た人間、少女から僅かに漂う懐かしい…森の香り…

この二つが、目の前にいる少女達は、自分の故郷の森の近くから来たのだと確信した。

 

つい最近身近で家族が、稟のお父さんお母さん、楓のお母さんを失ってしまったルビナスにとって、

自分の両親に合えるかもしれないという考えは、無意識のうちに体を動かしていた。

 

一度は少女についていこうとしたルビナスが、自分のほうへと戻ってくるが、

何度も少女のほうを振り返っている。気になっているのは一目瞭然。

いつもと違う彼女の様子を感じた稟は、

 

「行っておいで、ルビナス…」

 

少し哀しげで寂しげでありながらも、必死に笑顔を作りながら告げる。

稟の言葉を聞き、驚いて稟の方を向く。

 

今この機会を逃してしまったら、もしかしたらもう二度と故郷の森に、両親に会えないかもしれない。

だが、今稟を一人にしてしまってもいいのだろうか…

両親を失い、友人の母親を失い、友人との友情も失われつつあり、

その友人から毎日心も体も傷つけられ、自分の温もりを感じてくれて安心してくれる。

そんなときに自分が行ってしまってもいいのだろうか…

 

稟を見つめながら暫く考えていると、稟の方から喋りだす。

 

「あの子と一緒に行きたいんでしょ?言わなくても分ってるよ。

 だから行ってきてもいいよ…その代わりに…

 これだけは約束して!また僕のところに戻ってくるって!!」

 

稟はルビナスを抱きしめながら、一言話すごとに力を強くしながら言う。

 

「あの子と一緒に行ったら何があるのかはわかんないけど…

 終わったら僕のところに戻ってきてね…僕達は…家族なんだから!」

 

それは稟の心からの懇願。涙を流しながら告げる稟に、

了承の意味で、ルビナスは稟の顔を、流れ落ちる涙をなめ取る。

 

約束を交わした二人はそこで別れ、稟はその場で立ち止まり、ルビナスは少女のほうへ向かう。

理由は分らないが、自分と一緒についてきて来るルビナスを、少女は喜んで受け入れる。

 

二人は、お互いが見えなくなるまでその姿を追っていた…

 

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第5話『別れ、約束と共に…』いかがでしたでしょうか?

 

テスト勉強の休憩にコツコツと…やっとこさ完成し、連休を利用して投稿できます。

 

 

さて、今回の話に出てきました二人の少女…SHUFFLE!を知っている方なら誰であるかはお分かりでしょう。

 

二つの出会いはどちらも稟とルビナスに重要なものを与えました。

 

前者は、自分の行動が稟を励ますことが、笑顔を作ることが出来るのだということに気付かせてくれ、

 

後者は…タイトルにあるとおり、別れと約束を…

 

 

次回から暫くは舞台が少女や白い格好をした人たちが来たところへと変わります。

 

その間、SHUFFLE!主人公である稟は…回想や会話の中にしか出てきません!

 

もう完全にルビナスの舞台です。

 

まぁ、一種のルビナス成長記見たいな感じになると思います。

 

 

ではこの辺で…次回もヨロシク。

説明
宣言どおり、連続投稿!

SHUFFLE!SS第5話目、どうぞ!
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コメント
最後の約束が心にグッときた。そして、この後のことを考えると涙が・・・。稟とルビナスの再開を楽しみにしています。(偽黄金戦闘士)
……稟、頑張れ!……(乱)
タグ
SHUFFLE!  ルビナス  幹夫 少女 

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