結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜 番外編2
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番外編〜3人だけの飲み会〜

 

 

「さぁ、本日もやってまいりました、楽しい楽しい憩いの一時が! 皆、グラスは持ったわね? 乾杯よ、乾杯!」

 

「い、いえーい」

 

「ぱふぱふー」

 

「んー? ちょっとちょっとぉ、二人ともノリが悪いわよ? せっかくおいしいお酒を飲むって時に、もう少しテンション上げていきなさいよね〜?」

 

音頭を取る安芸に三好も桐生も合わせるが、あまりテンションが高くない二人に安芸は頬を膨らませて文句を言う。

酒好きな安芸は特にこの面子で一緒に飲むのを楽しみにしているらしく、大学を卒業しても都合が合えばよく飲み会を開いているのだ。

今日も正しくそれであり、現在は安芸が暮らすアパートに桐生と三好がお邪魔している形である。

所謂、宅飲みというやつだ。

 

酒を飲むなら誰に憚ることのない我が家で飲むのが一番である、その考えはこの3人に共通していた。

誰に憚ることなく、自分たちの好きなように飲んで食べる。

それでこそ日頃の疲れを癒す、至福の時を味わうことが出来るというものだ。

そんな楽しみにしていた酒の席で、あまりノっていない2人を見て安芸は不満顔である。

 

「いや、だって……なぁ?」

 

「あぁ、そうだな」

 

2人は互いに顔を見合わせると、少しげんなりして言葉を合わせる。

 

「「何回目の乾杯ですかこれ」」

 

「にゃははははは! 乾杯はぁ、何度やっても良いぃモノよ〜! ほれ、かんぱーい!」

 

2人のツッコミに安芸は破顔して可笑しそうに笑い、グラスになみなみ注がれていたビールを一気に飲み干す。

そう、すでに飲み会は始まってから1時間過ぎていて、3人はそこそこ飲んでいる段階なのだ。

……安芸だけはそこそこではなく、2人の倍はあるけど。

 

安芸の後ろに転がるビール瓶が3本、安芸のそばにキープしているように置いてある日本酒の瓶が1本。

日本酒の瓶の中身は、すでに半分近く無くなっている。

それらはすべて、安芸が1人で飲んだものだ。

 

「んぐ、んぐんぐ……ぷっはぁぁあ! いやぁ、やっぱり暑い日に飲むビールは格別だわぁ!」

 

「おっさんだ」

 

「おっさんだな」

 

口元に着いた泡を豪快に手の甲で拭い取る様は、まるでどこかの飲み屋で仕事帰りに飲んでいる親父を幻視させた。

いつものクールで少し厳しそうな顔が、ふにゃぁっと緩く締まりのない顔に変わっている。

普段の安芸しか見てない人が今の彼女を見たら、彼女に抱いていたイメージを盛大に破壊してしまうこと受け合いだ。

 

「安芸先輩、もう少し自分のイメージを大切にしましょうよ。今のあなた、誰にも見せられないよって顔してますよ?」

 

「いーのよー、そんなの。大体イメージなんて気にしてたら、飲み会なんて楽しめないってーの。周りを気にせず自分の好きなように楽しく飲む、それが私の流儀よ」

 

そう言いキリッっと顔を引き締める安芸……だが、すぐにまた綻んでしまう。

周りを気にしないという割に外では飲酒は控えめにしているらしく、サークルの飲み会でもこういう気の抜けたような姿はまったく見せない。

おそらく安芸のこの姿を知っているのは、大学では桐生と三好くらいなものだろう。

それだけ気を許しているということかもしれないが、もう少し自重してほしいと思う2人であった。

 

「ほーら、2人ともグラスが空じゃないのよ。私自らお酌してあげるから、感謝してのみなさいよね〜」

 

「はいはい、感謝感謝」

 

「安芸先輩には感謝感激雨あられでごぜーますよ。これでもう少し絡み酒を減らしてくれたら文句ないんですけどねー?」

 

「よろしい! さ、飲め飲め〜」

 

「……だめだ、まったく通じてねぇよ」

 

「そうとう飲んでるからなぁ」

 

適当な返事に気付きもせず、安芸は気分よさそうに二人のグラスにビールを注いでいく。

 

「いよぉっし! 皆のグラスに酒も注がれたことだし、もう一回乾杯しよー!」

 

「わーい、乾杯だー」

 

「大体7回目くらいの乾杯ですね〜」

 

「乾杯は何度しても良いものだ! いっくわよぉ? ほれ、かんぱーい!」

 

「はいはい、乾杯乾杯」

 

「いえーい、かんぱーい」

 

安芸のテンションに引きつった笑顔を浮かべつつ、3人は7度目の乾杯でグラスを合わさる。

まだ開始1時間、これからが長いのだと2人は知っていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「んでさ〜、うちの教頭がまた陰険で〜、生徒のこと全く分かってないメガネなのよ〜」

 

「はいはい、先輩はほんと生徒思いですよ」

 

あれから更に2時間が経つ。

桐生も三好も結構飲んだが、それでも安芸は2人の倍くらい飲んでいるのは変わらなかった。

 

「……まぁ、先輩もメガネですけどね」

 

「あんだと〜!?」

 

ボソリと呟いた桐生の首に、強引に腕を絡ませ引き寄せる安芸。

必然的に巨乳といえるほどにある安芸の豊満な胸が、桐生の顔にグイグイ押し付けられる。

本来巨乳好きな桐生、最初安芸と会った時もその胸に目が釘付けになったものである。

……とはいえ。

 

「うぐっ!? あぁ、もう! 先輩、酒臭いですって!」

 

「お酒飲んでるんだからぁ、酒臭いのはみんな一緒でしょ〜?」

 

桐生の顔に柔らかい感触が押し付けられると同時に、間近で話してくる安芸の酒臭い吐息がダイレクトに当たる。

確かに皆酒は飲んでいるが、その量が桁違いな安芸から感じる酒臭さは相当なものだった。

このような状態では、流石にその感触を楽しんでいる余裕などない。

 

「ほれほれ、桐生君って胸が大きい人が好きなんでしょ〜? この機会に堪能すればいいんじゃないの〜?」

 

「平時に堪能させてくれたら文句なしだったんですけどね! 酒臭さでそれどころじゃないですって!」

 

「あー、いいな桐生はー。安芸先輩の豊満な胸に埋もれられてー」

 

苦しむ桐生を肴に、グラスに注いだ日本酒をチビリチビリと飲む三好。

他人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、さも残念そうな言葉とは裏腹に、まるで面白いテレビ番組を見ているかのように二人のことを鑑賞していた。

 

「てめっ、三好! その顔、絶対そう思ってないだろ!?」

 

「んなことないって。いやぁ、ほんと羨ましい」

 

「そう思うんなら代われっつうの!」

 

「いやいやー、そんなそんなー。そこは桐生さんの特等席ですからー」

 

「なに微妙に敬語になってんだよ!? つーか、こんな酷い特等席はいらん! こっち来い、俺と代われ! お前にも、この生き地獄をたっぷり味あわせてやる!」

 

「こーら桐生君、何が生き地獄よぉ。天国でしょー?」

 

「あ、先輩、さらに押し付けてこないで! 息が、苦しいぃ!!!」

 

2人のやり取りの間にも酒(今度はウィスキー)を飲んでいた安芸は、絡ませていた腕に力を入れてさらにグッと締め付けてくる。

それで胸も更に押し付けられるが、酒臭さと首を絞められてることで息苦しさがさらに増しただけにすぎなかった。

おまけに自分もそこそこ酒が入っているせいで、その苦しさで吐き気すら催してくるしまつである。

 

「う、くぅっ! ……あぁ、もう! 三好!」

 

「ん〜?」

 

「流石に限界だ……やるぞ」

 

「あー、うん。まぁ、よく我慢した方かもな。俺も俺で悪乗りしちまったし、仕方ないか」

 

色々と限界が来ていた桐生が三好に合図を送る。

それにやれやれと肩を落として立ち上がると、三好は奥の部屋へと向かった。

 

「やる〜? なによぉ、私に黙って宴会芸でも準備してたわけぇ?」

 

「……えぇ、そうですね。宴会芸みたいなもんですよ。安芸先輩の為に俺達が用意した、とっておきです」

 

「えー、ちょっとやだ〜。言ってくれれば私も何か考えて来たのに〜……あ、そうだ。今から私、ビール瓶を手刀切りしまーす!」

 

宴会芸と聞いて自分もなにかやろうと周りを探していた安芸は、次に飲むために置いていたビール瓶に手を伸ばす。

酔っ払った安芸がよくやる宴会芸の十八番、ビール瓶の手刀切り(なお切れない)である。

ビール瓶を取ろうと手を伸ばしたその時、桐生を拘束していた腕の力が少しだけ緩んだ。

 

「っ! 今だ!」

 

「あらら? んもー、桐生君、逃げちゃいやーん」

 

一瞬の隙をつき、桐生は安芸の拘束から抜け出した。

しかし桐生の行動は、それだけにとどまらない。

 

「それじゃあ、今度は安芸先輩の番ですよ」

 

「ん〜? あ、桐生君のえっちー! 酔っ払った女の子に抱き着くとか、これもう私襲われちゃう? 襲われちゃうんじゃないの?」

 

「……女の子?」

 

拘束から抜け出した桐生は、緩慢な動きで追いすがる安芸の手を受け流しつつ、その背後に回り込んで逆に安芸を拘束した。

動けないように安芸の両腕ごと体を拘束するこの技、通称あすなろ抱きである。

腕の中でクネクネと身をクネらせながら変なことを言う安芸に眉を顰めつつ、しかしその拘束する手は一切緩めない。

 

「とにかく……三好! こっちの準備は出来たぞ!」

 

「おーう、こっちもいい感じだ」

 

桐生が呼ぶのとほぼ同時に、奥の方から戻ってきた三好。

その両手は“休め”の状態のように、後ろに回されている。

 

「あらぁ、三好君も? まったくぅ、男2人でいったい私をどうするつもりぃ?」

 

「どうする? そんなの……」

 

「決まってますよね?」

 

男に拘束されているというのに微塵も危機感を感じていないらしい安芸に、桐生と三好が視線を合わせて頷く。

桐生は安芸を更に強く拘束し、そして三好は後ろに回していた両手を前に出す。

 

「んん? ……っ!?」

 

反応は劇的だった。

三好が両手を前に出したその時、その手に持っていた“もの”を見て安芸は目を見開き言葉を無くした。

さっきまでの酔っ払ってクネクネとした気持ち悪い動きも止まり、まるで恐ろしいものを見た子供のように体がプルプル震えている。

 

「そ、その色、その匂い……それは、まさか! ちょ、ちょっと待ってよ三好君。それを一体、どうするつもりなの!?」

 

「何言ってるんですか。これはどうするものなのか、そんなの安芸先輩だって知ってることでしょ? 子供じゃないんだから」

 

「ひっ!」

 

三好は手に持っている“もの”を見せつけるようにしながら一歩近づく。

それだけで安芸はビクッと体を振るわせて、表情を恐怖に歪めながら後ろに下がろうとする。

しかしそれは不可能だった。

 

「残念、後ろには俺がいますよ?」

 

「き、桐生君!?」

 

なぜなら桐生が後ろからがっちりと拘束しているのだから。

さっきの拘束がどういうものなのかようやく理解した安芸は、怯えた表情で桐生を見上げて懇願する。

 

「お願い、お願いだから桐生君……手を離してっ!」

 

「おーおー。酔っ払ってるとはいえ、あの凛々しい安芸先輩がこんなになっちまうなんてなぁ」

 

「三好君も、馬鹿な真似は止めて! 今なら、今ならまだ無かったことにしてあげるから。ね?」

 

「そうですねぇ……桐生、どうする?」

 

「んー、そうだなぁ」

 

普段とは違ったその弱気な表情を見て、三好はニヤッと嫌らしく笑う。

そして桐生は……。

 

「……嫌に決まってるじゃないですかぁ!」

 

「っ!?」

 

「ははっ、だよなー」

 

見上げてくる安芸の目をじっと見つめて、非情な答えを突き返した。

その瞳に映る桐生の顔も、三好と同じようなニヤァっとした嫌らしい笑みだった。

 

「それじゃ、いつまでも拘束してるのもあれだし。三好、さっそく安芸先輩にご馳走してやってくれ」

 

「あいよ」

 

「い、いや、来ないでぇ!」

 

ゆっくりと、まるで幽鬼のように少しずつ近寄ってくる三好に、安芸は必死に体を動かして逃げようともがく。

しかしすでに安芸は両腕諸共拘束されてるうえに大分酔っている状態で、上手く力を出すことが出来ずにいた。

 

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか。大丈夫ですって。苦いのは最初だけで、慣れれば美味しく感じられるようになりますから」

 

「そうそう。まぁ、確かにウチの妹も最初は嫌がってましたけどね。少しずつ慣れさせていって、今では自分から進んで手を伸ばすくらいですよ」

 

「ま、まさか! 三好君、自分の妹にまでそんなものを!?」

 

「そんなものとは酷いな。こいつだって、こんななりして結構栄養豊富なんですから」

 

「知らない、私そんなこと知らない! それは人が口にしていいものではないの! なんでそれがわからないの!? こんなことしたら、きっと神樹様が貴方たちに罰を下わよ!」

 

「神樹様が? なら、せいぜい祈ることですね。なるべく早く、この味に慣れますようにって」

 

「そ、そんなの、無理よぉ!」

 

「それならじっくりと、たっぷりと味わってから慣れてください」

 

「無理無理、絶対無理ぃ!」

 

そんなやり取りを見ていた桐生が、少し苛立ちが籠められた言葉を三好に向ける。

 

「おい、三好。遊んでないで、さっさと済ませろっつうの。こっちも抑えるの、地味にきついんだから」

 

「おっと、悪いな。先輩の反応が面白くて、つい話し込んじまった。それでは、お待たせしましたね、安芸先輩。どうぞ、思う存分に堪能してください」

 

三好が手に持ったものを安芸の顔に近づける。

安芸はイヤイヤと首を振って拒もうとするが、それは桐生が許さない。

拘束していた片手の代役として片足を絡ませることで補い、空いた片手で安芸の顎を押さえて強引に口を開かせた。

 

「ひ、ひひゃぁ、ひゃめへぇ!」

 

「……なんか改めて見ると、スッゲェ絵面だな。なぁ、写メとっていいか?」

 

「いいから早くしろ! 安芸先輩、ここにきて力増して来てんだから! 火事場の馬鹿力なんて、こんなところで発揮しないでくださいってーの!」

 

「はぁなぁひぃへぇぇぇ!!!」

 

「うっ、いっつ、うごぼっ!?」

 

「……お、おう。これはマジみたいだな」

 

抵抗が次第に激しさを増していき、押さえている桐生の声にも必死さが混じってくる。

そして安芸の肘が桐生の脇腹に突き刺さり、その頭が顔面にぶちかまされた。

それでもなんとか離さない桐生は、もはや流石というしかないだろう。

地味にというレベルではなく、ガチで痛そうなそれに三好は頬を引きつらせる。

すらっとしていて華奢なように見える安芸だが、これでもサバゲー部の先輩。

男の桐生達と同じ装備で、同じ練習メニューをこなせる程度の力も体力もあるのだ。

そんな人が火事場の馬鹿力なんてものを出した日には、大の男でも拘束し続けることは困難だろう。

 

「よ、よしわかった。今度こそ、本当にいくぞ!」

 

「よし来い、さぁ来い! 俺の体が壊れる前に!」

 

「ひひゃぁぁぁぁあ!!!」

 

かくして、安芸の開かれた口に“それ”は入れられた。

 

 

 

 

 

「ピーマンだけはムぐほっ!?」

 

緑色で苦くて青臭い匂いのする、安芸がこの世で最も苦手なもの、ピーマンが。

 

「ほらほら、どんどん行きますよ!」

 

「んっ! むぐぅ、むがぁ!?!?」

 

みじん切りに切られ口に入れやすくされたそれをタッパーから掬い上げ、スプーンで次々と安芸の口の中へ送り込んでいく。

 

「よし、いいぞ桐生!」

 

「それじゃあ、お口を閉じましょうね、先輩!」

 

「ひょ、こへおおしゅぎ、むひ、んむぅぅぅ!!!」

 

口の中に貯め込まれたピーマンを吐き出さないように口を閉じさせる。

安芸はあがくが、それでも桐生は口を押さえて離さない。

あがく、押さえる、あがく、押さえる。

両者の攻防は続く。

 

……そして、ついに口の中に入れたままなのが絶えられなかった安芸が、やむなくゴクッと喉の奥に流し込んだ。

それを確認すると、桐生はようやく手を離す。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……う、うぅ……に、にが、いぃ」

 

桐生の手から解放された安芸は、涙目のままゆっくりと床に倒れ込んだ。

酔いもあったのだろうが、苦手なピーマンを無理やり食べさせられたことによる精神的ショック、そして桐生との攻防により体力を消耗させられたことで力尽きたのだ。

 

「……はぁ、勝ったか。虚しい勝利だった」

 

汗を流し、一息ついた桐生は、どこか遠くを見つめるようにしてそう言う。

 

「こんなこと、本当はしたくなかった」

 

「俺もさ、桐生。でも……」

 

正直酒の席でこんなことをするのは、2人とも不本意ではあったのだ。

自分の好きなように楽しく飲むとは安芸の言だが、それは桐生も三好も同じ精神である

嫌いな物を無理やり食べさせること、これはその精神を汚している行為であるからだ。

……ただ。

 

「こうしないと安芸先輩、大人しくならないんだもん」

 

「だよなぁ」

 

「……うぅ……ピーマン……いやぁ」

 

「「……はぁ」」

 

床に突っ伏してうなされている安芸を見て、2人は疲れたようにため息を吐く。

 

「ほんと、安芸先輩も懲りないよな」

 

「まったく。これで何度目だっての」

 

そう、こういった騒ぎは何も今回が初めてではないのだ。

安芸も飲み始めはそうでもないのだが、ある一定量を越えてくるとテンションが上がり、絡みが激しくなってくる。

最初の時は二人ともどう対処したらいいのかわからず右往左往していたものだが、この対処法を思いついてからはもうだいぶ慣れたものであった。

 

「にしても、ほんと安芸先輩ってピーマン苦手だよな」

 

「そうだなぁ。普通にビールに合うと思うんだけど」

 

桐生は三好からタッパーを受け取って、みじん切りされたピーマンを一掬いして食べる。

ピーマン自体は生のままではあるが、ちょっと唐辛子と醤油を垂らしてピリ辛な味付けになっている。

口の中にピーマンの苦みとピリ辛な味わいが広がる頃、そこにグラスに注いだビールをグイッと流し込む。

 

「……あぁ、うっめぇ。三好ってやっぱ料理美味いな」

 

「いや、料理っていうほど手の込んだもんじゃないけどな。そういえば、これって桐生の実家から送られて来たやつだろ?」

 

「丁度、昨日な。採れたてらしいから、苦味もそんなにきつくないだろ?」

 

「ほんとになー。新鮮だと、ここまで違うもんなんだな。これなら子供でも食べやすいと思うぞ」

 

「「……」」

 

「うぅ……苦い……口の中……ピーマン……」

 

「……そんなに、苦くないよな?」

 

「……あぁ、そのはず、なんだけどなぁ」

 

床に突っ伏す安芸の呻き声を聞き、2人は同時にこう思った。

酒は好きなくせに、変なところで子供以上に子供舌だなぁ、と。

 

「まぁ、安芸先輩のことはとりあえず放っておくとしてだ」

 

「ようやく静かになったし、もう一回飲み直すか」

 

「あぁ……っと、そうだ、ちょっと待ってろ。余ったピーマンで肉詰め作ったから、温めてくるよ」

 

「お、サンキュ」

 

2人は安芸のことをそのままにして放置し、新しい料理と酒を持って元の席に戻る。

 

「そんじゃ、改めて」

 

「あぁ」

 

「「乾杯」」

 

「か……かん……ぱーい」

 

安芸の呻き声を無視し、2人は静かにグラスを合わせた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……あぁ、油断してた。そうだよ、これがあったんだ」

 

あれから1時間ほどが経つ。

現在は適当にテレビを見ながら、桐生と三好は他愛もない雑談を交えつつ酒を飲んでいた。

しかしテレビから芸能人の楽しそうな笑い声が聞こえてくる中で、桐生は手で顔を覆い沈んだ声で呟く。

3人での飲み会の第一関門である、安芸の絡みを攻略したというのに。

 

……そう、第一関門だ。

第一があれば第二がある。

そして今現在、その第二関門に桐生は直面していた。

 

「あぁん? 桐生ぅ〜、どーしたんだ〜?」

 

「あぁ、いや。何でもないよ」

 

「ふーん? まぁ、いっか。それでさぁ、聞いてくれよぉ! うちの夏凛ちゃんがさぁ!」

 

「あぁ、はいはい。夏凛ちゃんの話ね」

 

気持ちよく話し出す三好に、桐生は適当に相槌を打つ。

 

(この話、もう4回目だけどな)

 

心の中で桐生が静かにツッコミを入れる。

そう、この飲み会の第二関門とは、妹をこよなく愛する三好の妹語りであった。

三好は安芸ほど早く酔いが回る体質ではないらしく、しばらく飲んでいてもいつもと変わらない状態を維持する。

しかし安芸と同じく、一定以上酔いが回った時、唐突に“スイッチ”が入り妹語りが始まるのだ。

普通にテレビを見ている時、DVDを見ている時、他愛のない雑談をしている時。

そのどんな時でも唐突に「そう言えばうちの妹がさぁ」と、自分の妹のことを語り出すのだ。

それが桐生にとって、三好のスイッチが入ったことを知らせる合図であった。

いつもならそのスイッチが入らないギリギリを考えて三好に酒を勧めていくのだが、今日は安芸の抵抗がいつも以上に激しく、大分体力を使ったことで三好の“シスコンスイッチ”のことが頭から抜け出てしまっていた。

 

(……あぁ、どうすっかなぁ。こいつのシスコンスイッチが入ったら、安芸先輩並に面倒なんだよなぁ)

 

「桐ぃ〜生ぅ〜! 聞いてんのかよぉ〜!」

 

「聞いてる、聞いてるから。だからさっさと話し進めてくれ」

 

「なんだよぉ。安芸先輩の時と違って、なんだか雑じゃないかぁ? もっと俺に優しくしてくれよぉ。夏凛ちゃんもしばらく前から俺の事避けてるし、お前にまで雑に扱われたら俺泣いちゃうぞぉ?」

 

「あ〜、はいはい、可哀相にな〜。大変だなぁ、妹に嫌われるのは」

 

「……はぁ〜?」

 

「……あ、やばっ」

 

桐生が適当に放ってしまった自分の失言に、しまったと思いつつ三好の方を見る。

三好はビールを一気に飲み干し、酒臭い息を吐いて桐生の方に目を向ける。

目が座っていて少し恐怖を感じさせる目付きをしていた。

 

「俺はー? 別にー? 嫌われてまーせーんーけーどー? ただ夏凛ちゃんも色々忙しいだけだしー? 友達との付き合いもあるだろうしー?

ていうーかー、妹が兄を嫌うとかー、兄が妹を嫌うくらい在り得ない事じゃないかなーって、俺は思うんだけどー?

どう思うかな桐生よぉ、君の意見を聞きたいなー?」

 

「うっ、くっ! そ、そうだなぁ……」

 

三好は新しくビールを注ぎ、桐生のそばに移動して肩を組んでくる。

それは安芸が絡んできている時の再現のようで、首を絞めるように腕の力を込めて、酒臭い息を間近で感じさせてくる。

 

(俺に聞いてもわかるわけないだろ!? お前の妹に会ったことなんてないし、どういう子かも三好からの又聞きでしか知らないんだから!)

 

先程自分が言った失言を今更ながら後悔するとともに、桐生はこうなった時の対処法に頭を巡らす。

とは言え、今は自分も酔いと、この生き地獄を再び味わっていることで思考が定まらない。

 

「ん? ん〜? 桐生ぅ、お前はー、どう思うのかなーって、聞いてるんだけどー?」

 

「あー、えーっとな?」

 

(えっと、確か、前にこうなった時は……)

 

「か、彼氏でも出来たんじゃないかなーって?」

 

「……あ?」

 

その瞬間、この部屋の気温が一気に下がったような錯覚を桐生は覚えた。

低くドスの利いた声色に、急に無表情となった三好に違和感を覚え、どういう事か必死に頭を回転させると、ようやくその理由に思い至った。

 

(……あ、これ、前に失敗したパターンの奴じゃん!)

 

「……夏凛ちゃんに……彼氏……男、だと……?」

 

「あ、いや! 今のは言い間違えっていうか!」

 

「夏凛ちゃんに男なんて認めねぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

「っ!?」

 

耳元で大声を上げられ、耳の奥がキーンとなる桐生。

 

「認めない! 夏凛ちゃんはなぁ、小さい時に「わたし、しょうらいおにいたんのオヨメさんになる!」って言ってたんだ! あどけない無垢な笑顔で、舌足らずな口調で! 俺を見つめて言ったんだ! そんな夏凛ちゃんに男!? どこの馬の骨じゃい! 大赦の権力使ってでも探し出して、俺の目の前に連れてきちゃるわ!」

 

「み、耳元で大声出すな! 何言ってるか聞きとれねぇし、耳が痛てぇっつうの!」

 

「夏凛ちゃんはぁぁああ!!! 俺の嫁ぇぇぇええ!!!」

 

首を締めつつ怒声を上げる三好に、桐生はただただ顔をしかめるしかなかった。

しかし“小さい時”とか“将来”とか“嫁”とかいう、何とか聞き取れた単語で三好が大体何を言ったのか予想を立てる。

 

「あ、あのなぁ、あくまでそれは妹ちゃんが小さい頃の話だろ。それを盾にして結婚を迫るとか、マジやめろよ? いいか、絶対だからな? 例え妹ちゃんがお前の事嫌ってなくても、余裕で嫌いになれる案件だからなそれ?

その前に、お前ら普通に血のつながった兄妹だろ? 結婚なんてできるわけないだろ……って、これ確か、前にも言ったな」

 

「嫌だい嫌だい! 夏凛ちゃんと結婚するのは俺なんだい! 小さい時に約束したんだ! 他の男となんて、想像しただけで殺したくなりますが何か!?」

 

「「何か!?」じゃねぇよ、普通に犯罪だっつうの! だから法律的に無理なんだっつうの!

ったく、お前が妹ちゃんのことが滅茶苦茶好きなのは十分に分かった……てか、ずっと前からわかってるけど。

だけどよ、妹ちゃんが好きになった相手がいたら、どんなに悔しくても祝福してやれって。自分のことだけじゃなくて、妹ちゃんの幸せを第一に考えてやる、それが兄貴ってもんじゃないのか?」

 

「う、うぅ……うぅぅう!!!」

 

「あぁ、もう。ほら、さっきのはただの予想だから、そんなに泣くなって。まだ妹ちゃんは小学生だろ? 結婚どころか恋愛だってもう少し先だって、きっと……はぁ、ったく。なんで俺がこんなことを。俺はお前の親父かっつーの」

 

言い合う中でとうとう子供のように駄々をこねて泣き出してしまった三好に、桐生は愚痴を言いつつも頭を軽くさすってやり、優し気に諭していく。

 

「……ぐすっ……なんかさ、本当に親父みたいで温かいなぁ……桐生ぅ〜!」

 

「だからいい加減泣き止めよ。てか、本当の親父さんに悪いからそんなこと言うなって」

 

「いいんだよーだ。あんな夏凛ちゃんに冷たくする奴らなんて、俺知らねーもーんだ!」

 

「ん? ……お、おう。まぁ、いろいろ複雑な家庭環境なのな」

 

今まで聞いたことのなかった友人の複雑な家庭環境を垣間見た気がしたが、聞くと更に荒れそうに思った桐生は深く突っ込まないようにした。

 

「ほ、ほら酒、酒を飲もう! 飲んで全部吐き出しちまえ! 今日はとことん付き合ってやるから!」

 

こういう時はとっとと酔い潰すに限る。

桐生は日本酒を空のグラスになみなみと注いで三好に手渡す。

 

「そうだなぁ……あ〜ぁ、お前が夏凛ちゃんの彼氏だったら、俺も泣きながら祝福できるんだけどなぁ」

 

「いや、俺がポリスメンに掴まっちまうわ。それに俺は自分と同じくらいか、少し上くらいの胸の大きい人が好みだ」

 

「知ってるよ。それでも、他の誰かよりは……んっぐ、んぐっ、んぐっ……ぷっはぁ!」

 

「……って、おいおい、一気かよ」

 

400mlは入るグラスになみなみと注がれた日本酒を一気飲みする三好に、桐生は頬を引きつらせてしまう。

酔い潰す気で勧めた手前あれだが、三好は安芸程酒が強いわけでもない。

流石に一気飲みするのは体に悪いし、もう少しペースは落とすように言った方がいいだろうかと考えだす。

しかし、その心配は無用だった。

 

「ん……んむぅ……」

 

「おっと!」

 

飲み干したグラスをテーブルに置くと突然三好の体がぐらつき、糸が切れた操り人形のように力なく倒れていく。

倒れる寸前、何とか桐生がその体を支えてゆっくりと床に寝かせた。

 

「んん〜……夏凛……ちゃぁん」

 

「……眠ったか。まぁ、相当飲んでたしな」

 

寝返りをうちながら、気持ちよさそうに眠る三好。

あれだけ騒がしかったのに、2人が眠っただけで一気に静かになってしまった。

元々3人しかいないのだから、うち2人が眠ればそうなるのも仕方ないことかもしれないが。

桐生は元の場所に座り直して、床で眠る2人を眺めながら自分のグラスに口を付ける。

 

「ピーマン……苦い……嫌い……絶対……無理……」

 

「夏凛、ちゃーん……また……一緒に……遊……」

 

「……はぁ。どんな夢、見てんだか」

 

とは言え、寝言で大体予想ついてしまう桐生であるが。

分かりやすいというのもあるが、長年の付き合いの賜物でもあるのだろう。

 

「……ほんと、この二人と飲むといつも騒がしいったらありゃしないな」

 

最初、安芸の家で3人で初めて飲み会をした時から、これでいったい何度目の飲み会だろうか。

頻繁に開いているため正確には覚えてはいないが、もう100は軽く超えているだろう。

それだけの数の飲み会を開き、その度にこんなバカ騒ぎに巻き込まれる桐生。

最初の頃なんて、騒ぎ過ぎてお隣さんがよく文句を言ってきたものだと思い出す。

 

あの頃から時が経ち、3人も飲み慣れて、こんなでも最初の頃よりは大分マシになったのだなと、昔を思い出しながら桐生は小さく笑う。

おかげで今ではお隣さんも文句を言いに来ることは無くなった……文句を言うのを諦めただけの可能性もあるが。

ともかく、この2人と飲み始めてから色々と面倒事を被ることも多くなった桐生だが、不思議とこの2人との飲み会を止める気にはならなかった。

諸々の面倒事も含めて、3人での飲み会を楽しんでいるということなのだろう。

 

「……さて、俺も寝るか。片付けは……まぁ、明日でいいよな」

 

自分が注いだ酒を飲み切ると、廊下の引き出しからタオルケットを持ってきて二人に掛ける。

この家のどこに何があるのか、もはや勝手知ったるというやつだ。

そして照明とテレビも消し、桐生も床にゴロンと横になってタオルケットに身を包む。

 

好きに飲んで、好きに騒いで、そして好きな時に寝る。

少しだらしないかもしれないが、これも気の許せる仲間たちとだからこそできることだ。

 

「ふぁ、ぁあぁ〜……少し疲れたなぁ。次は、もう少し落ち着いて楽しみたいけど……」

 

きっとまた今日のように騒がしくなってしまうのだろうと予感する。

だがそれも悪くはない。

それがこの3人の飲み会なのだから

 

この騒がしくも楽しい飲み会が、これから先もずっと続けることが出来たらいい。

そう思いながら、桐生は眠りについた。

 

 

 

 

 

翌朝。

 

「「……」」

 

「あら、2人とも酷い顔ね。コーヒーでも淹れてあげるから、少し待ってなさい」

 

「「……」」

 

目を覚まして体を起こす桐生と三好に襲い掛かるのは、二日酔いによる激しい頭痛と気持ち悪さ。

しかし2人よりも多く飲んでいたにもかかわらず、安芸は何事もなくケロッとしていた。

2人にコーヒーを淹れるためにいつも通りの足取りで台所に向かう安芸を見て、2人は顔を見合わせる。

 

「……なんか、ずりぃ」

 

「……だよなぁ」

 

そう呟き、2人は床に突っ伏した。

 

-2ページ-

(あとがき)

番外編第2部、これで終了です。

 

この3人の飲み会は構想としてはあったのですが、本編中には中々入れることが出来ず番外編として描くことになった話しですね。

わすゆの遠足の話を見て、安芸先生が誰かにピーマン盛られて涙目になってるところは結構グッときました。

クールな人のそう言うシーン、結構ギャップ萌えですよね。

 

三好春信に関してはちょくちょく名前くらいしか出てきませんが、そのストーリーを見ているうちに私の中では完全にシスコン入った夏凛ちゃん大好きお兄ちゃんとしてイメージされてました。

ちょっとシスコン過ぎかな? と思わなくもないですが、まぁ、大体こんな感じでしょうかね。

詳細な設定もなく完全にイメージでしかありませんが、書いてて結構好きになったキャラでもありますね。

いつか夏凛ちゃんと兄妹の絡みが見れたらいいなぁ、と思っていたり。

説明
これはまだ冴えない大学生、桐生秋彦が三ノ輪銀と出会う前の話。
桐生とその友人の三好、そして紅一点である安芸の3人はよく集まって飲み会を開いていた。
そして今日もまた、日頃の鬱憤や疲れを癒すべく3人は集まる。
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