泥棒!
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駅までは自転車。駅から学校の最寄の駅へ移動し、そこから徒歩一分。それが俺の通学経路である。

もちろんその日もその方法で通学をしていた訳だ。…しかし問題が一つ。今日、寝坊して遅刻しそうになっていた俺は、チャリの鍵をかけるのを忘れてしまったのだ。

五時間目の途中でそれに気付き、そっから六時間目までは盗まれていないかと気が気でなかった。まだ買ったばかりのチャリだ。万が一にもありえてしまいそうだ。

そんな心配の反面、それはありえないと思っていた事もある。自転車置き場には万単位の自転車が満遍なく止められている。その中の一つに鍵がついているかどうかなんてそんな細かい所まで見る人間、そうはいないであろう。

 

学校が終わり普段通りに部活を終えてから電車五駅を乗って自転車置き場へ辿り着く。部活が長引いてしまったせいなのか、自転車置き場には俺を含めた二人しかいなかった。

黒い髪を肩まで伸ばした、家の近くにある(と言っても一駅向こうだが)高校の制服を着ていた女子高生。本当は俺もあの高校に行くつもりだったが、サッカーの強い所に行きたかったから諦めたという二年前の自分が脳裏を掠めた。

俺はわかり易いように自転車はいつも同じ場所にとめている。だから必然的に俺の足は自転車置き場右奥の突き当たりを目指した。あの女子高生も同じ所に止めているのか、俺の自転車のあるだろう場所に止めてある自転車に跨った。

黒い自転車はギア付きで真新しくて格好良い。俺の自転車にそっくりだった。というか俺の自転車と同じ自転車だ。女でもあんなチャリ買うんだなと思いながら、通り過ぎた女子高生の顔が一瞬だけ見えた。

日本人特有の黒色の少し釣りあがった瞳。追い風で靡く髪。微かに香るシャンプーの匂い。

一瞬だけ、目が合った。ドキリと心臓が鳴った気がして、顔に熱が集中したのがわかる。嗚呼、これが一目惚れというヤツか。

未だ高鳴る胸を鎮めるために大きく深呼吸をしてから再び足を自転車のある場所へ進めた。そう、自転車のある場所。に、自転車はなかった。

 

「え」

 

という情けない声が自分の耳に入り込んだ後、普段使わない頭をフル回転させて、現状を理解した。

 

ぬすまれた。

 

よく思い出してみると、そうだ、さっきの可愛い女の子の乗っていた自転車についていた鍵のストラップはAKY達の写真付きストラップ。

AKYは女の子一万五千人で構成されるアイドルグループで、男性からの人気が半端内。かく言う俺もその一人なのだが。…俺の自転車の鍵についているストラップはまさにそのAKYの写真付きストラップなのだ。

自転車が同じ。ストラップが同じ。ここまでの共通点を挙げれば、もう気付くだろう。気付くさ。学年テストワースト一位の俺でも気付く。

あの女の子に、

 

 

「おまッ馬鹿!馬鹿だよこの子!自転車盗まれたんだってよ!!」

 

腹を抱えて笑うこいつは同じクラスの河内晃。昨日の経緯を話した途端これだ。

むっとなりながら俺は目の前に置かれた飲み物のストローに噛り付いた。現在地はファーストフード店(窓際)だ。

 

「しかも一目惚れした子かよ犯人!笑える!何これ面白ェ!!」

「そんな笑ったら悪ィだろ晃…」

 

と、言葉上では優しいヤツだが笑いを必死に堪えて晃の隣でハンバーガーを貪っているのは近藤健志。晃と中学が一緒だとかで仲良くなった。

どうにも俺の友人というのは人を小馬鹿にするのを趣味とするヤツが多いらしい。こっちは真剣だというのにげらげら笑うし。

未だ笑い続ける晃に溜息を吐いてから、窓を見た。学校帰りの学生や仕事を終えたサラリーマン、買い物途中の主婦が雑踏していて、まるで蟻の集団だ。

見てて気持ち悪くなりそうだったからすぐに視線を戻すと、いい加減笑い疲れたらしい晃はもふもふとアップルパイを頬張っていた。

 

「もう、昨日は嫌な思いした!悔しいからアップルパイ一口よこせよ!」

「は?!やだよ!って、おい!!」

 

拒否する晃を無視して無理矢理アップルパイを口に含む。…あまッ。普段はハンバーガーとかポテトとかしか食べないからここのアップルパイ食べるのは初めてだ。

やっぱりこの店って言ったらポテトだろ。俺は口に入ったアップルパイを喉に押し込むと、トレイに散りばめられたポテトを三本まとめて食べた。

悔しそうな顔した晃が俺のポテトを五本もまとめて奪い、さり気無く健志も二本食べやがった。

 

「お前の母ちゃん怒ってたろ。怖いもんな!」

「怒られたよ、もんそい怒られた。自転車も買ってくれないってさ」

 

六本目七本目八本目を一緒に奪って食べる晃の問いに、背筋を震わせて答える。俺の母さんは怖いのだ。

前に晃が俺の家に来た時、ベッドにお茶を零した晃に何の遠慮もなく叱り付けた母さんだからな。晃はもう俺の母さん苦手らしい。

 

「まぁしばらくは歩いて登校だな!頑張れよ!」

 

なんて無責任な言葉だ。二度目になる溜息を吐いてから、俺達はファーストフードを後にした。

 

 

 

 

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