ヘキサギアFLS4 爆撃評価任務:2048号(中) |
初戦から時間が経ち、四〇五七小隊は順調に成果を上げ始めていた。
時にユーモラスに、時にスパルタに指導をするシングとフォーカスから、ダヤンやイワオ達は様々な実践的技術や、有形無形のノウハウを吸収していった。パトロールレンジは少しずつ伸ばされ、結成二週間目には一泊を要する距離、三週間目には目的地点付近までの空輸を経たロングレンジパトロールまで行うようになっていた。
そうする間に、気付けば一ヶ月。小隊が所属する基地に一つの任務が下される。その内容をイワオ達はダヤンから聞くこととなった。
「森の中にあるリバティーアライアンスのゲリラ戦拠点群を、ヴァリアントフォース司令部は特定した。ここに対して空爆を実行するので、この基地のパトロール部隊はその爆撃評価に出撃することになる。所属部隊全てがだ」
「爆撃評価?」
「爆撃によって敵にどれだけの被害を与えられたか、実際に目視して報告することさ。しかし――隊長!」
首を傾げたイワオに、ホープスが耳打ちする。そしてそのまま彼はダヤンへと挙手した。
「なんだろうか、ホープス」
「空爆とはいいますがね、今日日爆弾をたんまり運べるほど積載量がある航空機はそんなに残っちゃいませんぜ? どこの誰がその空爆とやらを行うんです。まさかモーターパニッシャーでちまちま撃ったのを見物しに行くんじゃあ」
ホープスの問いに、隊員達はそれぞれ苦み走った表情を浮かべる。ヴァリアントフォースの主力航空ヘキサギアであるモーターパニッシャーには、確かにグレネードランチャーが搭載されている。しかしその威力も装弾数も微々たるものであることは皆よく知っていた。ましてや、施設が相手では。
「――空爆を行う部隊の詳細については明らかにされていない。ただ、爆撃評価の参考にする資料には使用弾薬としてレーザー誘導爆弾やバンカーバスターの記載がある」
「B-52でも引っ張り出すつもりですかね?」
「ある程度高く飛べば地上からの迎撃は少ないことだし、輸送機に積んでるのかも」
隊員達が口々に憶測を並べる様子に、ダヤンは困ったようにシングやフォーカスを見た。その仕草に、パトロール用レーションの余りのナッツをぽりぽりと食べていたシングがため息混じりに立ち上がる。
「任務の詳細がわからねえからってガタガタ抜かすんじゃねえ! ――というのがSANAT様の思し召しだぜ。余計な詮索をするとある朝目覚めたらパラポーン化されてるかもしれねえぞ」
手指を垂らしたお化け的なジェスチャーをしてみせるシングに、隊員達は苦笑し、パラポーン達も肩をすくめる。シングの口振りにそんなリアクションを取れる程度には、時間が過ぎていた。
「一つ事情通の我々から豆知識を出しておきますとですねえ――シング、私にナッツを差し出されても困ります。『これがホントの豆知識』とかやかましいです――ええ、ヴァリアントフォース空軍部には少数ですが旧時代の爆撃機並のスペックを持った試作ヘキサギアが配備されており、日夜実戦任務で性能テスト中です。私が情報を得た段階でのコールサインは『ミルキーウェイ・エクスプレス』でしたかねえ」
指を立て、フォーカスがそう告げる。その内容に、隊員達はざわついた。
「なあ? わかったところでどうしようもねえだろ。ガタガタ抜かしたって無駄なのはそういうこった。わかったら支度でもしな。オーケイ?」
最後にとっておいたアーモンドをボリボリとかみ砕きながら、シングはそう呼びかけた。その姿に、隊員達は不承不承頷きを見せる。
「我々の出発は明日昼。空輸によって作戦エリアへ移動し、徒歩で観測ポイントへ移動する」
「あ、一つ言っておくと俺達は直接同行はしねえからな。もう一ヶ月、いい加減補助輪付きの任務にも飽きてきたろ」
「私とシングは本来用いるヘキサギアでエアカバーに回りますからね。ピンチの時は呼び出してくれれば対応しますのでご安心を」
シングとフォーカスの発言に、イワオはハッと顔を上げた。ホープスや周りの隊員達も不安げな顔をする中、シングは名残惜しそうにナッツの包装を捨て、
「この一ヶ月、お前らには必要なイロハは教えてやったぜ? それで出来ねえってんならこの場で皆殺しにしてやるが、どうよ?」
「どうなんですか? シング曹長」
夜のバーにて、すっかり定位置となったカウンター席、シングの隣に座ったイワオは問いかける。
「どうったって、何についてのどうなんだかわかんねえと答えようがねえぜ」
ロックグラスを傍らに、注文したナッツの包装を開けようとしているシングは上の空にそう応じた。
「四〇五七は、本当に僕達だけでやっていけるんでしょうか」
「へっ、独り立ちする直前の奴はみんなそう不安になるのさ。覚悟決めちまえよ」
「じゃあうちの隊は、戦場で思う存分、シング曹長達みたいに振る舞える状態なんでしょうか」
「俺みたいにしてどうすんだよ。これは俺の個性だぜ」
ビニール包装を開き、カシューナッツを口に投げ込みシングは言った。
「お前らが俺みたいにゲラゲラ笑いながら面白おかしく勝てる連中かってんならノーだぜ? せいぜいこれまでのノウハウを活かして、なるべく死なないように努力して、それでたまーに人死にが出るレベル。凡才共にゃそれが限界だ。ま、そんなレベルに到達できただけでもそこそこ価値はあるんだがな。当事者にゃわかんねえか」
ピーナッツを片付けようと素早く手を動かすシングに、イワオは思い詰めたような表情を浮かべる。するとシングは、その横顔に吹き出した。
「なーに思い詰めてんだよ。死にたくないなら頑張ればいいんだよ。当たり前のことじゃねえか」
「しかし、隊の人達も……」
「お? いつの間に連中と仲良くなったんだよ? 生き死にを気にするほどべったりな仲ってか」
塩のまぶされたアーモンドをつまみ上げ、シングは笑う。
「お前何か勘違いしてるかもしれねえけどな、隊の仲間ったって死ぬときは勝手に死ぬもんだ。お前のもんじゃねえんだから。お前が生き延びるのも、仲間に生きて欲しいのもお前のエゴだ。全部通したいってんなら、通せるだけの実力を身に付けなくちゃな。世の中、結局は一人一人で成り立ってんのよ」
「一人一人、ですか?」
「そうそう。『こう』できりゃ他人から認められるとか、『こう』して皆と助け合うのが正しいとか、偉そうに抜かす奴はいるがな、本質的にはそうなんだよ。そこを忘れて、局所的な馴れ合いを人生の全てだと思ってる輩が多くて困る」
喉の奥で笑い、シングはロックグラスを手にする。
「お前だってそうだろう、イワオ? いつかはこの隊を抜けて、勉強をしに行くんだろ?」
「……!」
稲妻に撃たれたように、イワオは目を見開いた。そして、自分が注文したレーション缶へと視線を落とす。
「は、これだから他人の目ぇ開かせてやるのはやめらんねえや。――あ、もうねぇ。やっぱつまみやすいのはダメだな。オヤジ、ピスタチオ一皿。殻付きでいいからよ」
傍らでシングがそう注文する中、イワオは缶の中でゼラチン質に浮かぶベーコンを見つめていた。
そして、四〇五七小隊の出撃の時が来た。部隊は輸送ヘリコプターとなるヘキサギアに乗り、作戦エリアの外縁まで運ばれる。
ヘリのキャビンに設置されたシートに、アーマータイプを装着した隊員達がベルトで固定される。イワオは階級順の席の後方に、背嚢やマークスマンライフルを手に腰掛けていた。
ローター音が激しく、隊員達の会話は無い。そうでなくてもイワオはこれまでのパトロールとは異なる、完全なる敵地での行動に緊張して黙り込んでいた。
さらに、隣席はリガであった。
最初の作戦以降、リガは特に目立った行動もせず、ダヤンの指示に従ってはいた。だが普段はパラポーン組のために隊員との交流は希薄であり、さらに出動を経るごとに個性を発揮し始めた他のパラポーン達とは対照的に、リガの言動はなりを潜めている。
腕を組み黙りこくるリガの隣で、イワオは居心地悪そうに身じろぎする。そんな時間が、かれこれ一時間は続いていた。
「おい」
その時だった。リガがイワオのアーマータイプにつま先を合わせ、接触回線で声をかけてきたのは。
「リガ二等兵?」
「お前、シング曹長と親しいみたいだな」
語りかけるリガは、腕を組んだまま視線を前に向けている。イワオが様子を窺ってもそのままだ。
「まあ、自由時間によく、基地のバーで話を聞いてましたけど」
「そういう手筈が得意なんだな。良い気分だっただろう。だが、ようやく隊が本来の体制になった」
平板な調子の口調ながら、リガの言葉には何か隠しがたいものが籠もっているようだった。合成音声とは思えないようだ。
「あんな勝手な奴の下での異常な体制は終わった。奴の贔屓目も無くなる。お前もいい気になるなよ」
「ど、どういう……」
「鳥を撃っていた程度の腕で、ここから先の戦場で活躍できるはずがない。その銃を俺に寄越しても良いんだぞ」
イワオは、信じられないようなものを見る目でリガを見た。しかしリガは、正面を見据えたまま小揺るぎもしない。
「なんのつもりですか……。リガ二等兵」
「リガでいい。今の階級はすぐに変わるし、気に入っていないんだ。いいか? 俺は親切心から言っているんだぞ。お前みたいに一芸が目立っているだけの奴より、様々な能力を持っている俺の方が最終的には活躍する。お前のような奴が中途半端に活躍して責任を負わされた結果死ぬよりは、俺に活躍の場を譲った方が身のためだ」
「勝手なことを……!」
「逆らうのか? パラポーンの俺より自分の方が優秀だとでも? そんなことをこのヴァリアントフォースで口にして良いのか?」
リガの脅しに、イワオは息を詰めた。
「パラポーンは情報体のバックアップを取っている。この会話のログを憲兵隊に提出することも出来る。さあ、どうする?」
問いかけに、ゼンマイ仕掛けのような動きでリガがイワオへと向き直る。センチネル型アーマータイプの眼光から、イワオは何も読み取れない。
「ポジションはブリーフィングで決定しているから変えられないでしょう……」
「今は好きにすれば良い。しかし、これから全ては元通りになっていく。覚えておくことだな」
特に慌てた様子も無く、リガは視線を戻していく。底知れぬその様子に、イワオは寒気を覚えた。
そして降下地点まで残り一〇分を告げるアナウンスが流れる。リガが無言で銃を抱え込む姿から、イワオは目をそらした。
ラペリング降下に加え、ヘリが吊り下げてきたスケアクロウを下ろし、四〇五七小隊は現地へ展開した。
「ここから先、基地との通信などは大型無線機を使わなければならない。パラポーンの情報体転送もだ。油断しないように」
パラポーンは機体の損傷時には情報体を転送することで人格部分は即時帰投できる。しかしそれも通信網あってのことだ。ここで死ねば、MSGのバックアップ情報の段階までの記憶は失われてしまう。
「包み隠さず言えば、前にこの隊が壊滅したのはこのエリアの近くだ。リバティーアライアンスの拠点が近く、警戒も厳しく、敵の戦力も集まりやすい」
ダヤンの指示に、任務に慣れてきた隊員達も緊張した面持ちを見せる。イワオだけは、別の要因で表情を曇らせていたが。
「目標地点まで一〇キロ。短いようで長い。頑張っていこう」
そうして、行軍は始まった。過酷な道が。
四〇五基地の付近のパトロールコースは、何度も繰り返されたパトロールによって道が作られ、最も長いコースでも行軍しやすくなっていた。アライアンス偵察部隊の回避をさらに避けるためにコースにアレンジが加わる場合もあるが、最終的にはそういった道へ回帰するものだ。
しかし四〇五七部隊が行く道は、人の踏み行った形跡が無い天然自然の要害であった。顔に絡みつく植物、上げる足を引っかける岩、踏み込む足を飲み込む腐葉土に、身じろぎ一つに騒ぎ立てる枝葉や落ち葉。隠れ潜み進もうとする者達の神経を逆なでするものしか、そこには存在していなかった。
「うわおっ」
武装や無線機を運搬するスケアクロウが、泥を踏んで滑り手を突く。ガサつく植物や金属の軋みに、行軍する隊員達の緊張は高まっていく。
「おいおい、気をつけろよな? こんなところで倒れでもしたらアライアンスのガバナーが駆けつけ――っ!」
操縦手に軽口を叩こうとしたホープスが、足下に這ってきた巨大ヤスデを目に留めて絶句した。怖気だっているのが傍目にもわかる縮こまりように、この手の野生動物に慣れたイワオが摘まんで捨てる。
「ヤスデは噛まないから平気ですよ……」
「見た目が無理だわ……」
アーマータイプの上から腕をさするホープスに、イワオは苦笑いをする。ダヤン達パラポーンも生身だった頃の覚えがあるのか、肩を揺すって笑うような仕草を見せた。
「――トラップ発見。ワイヤー起爆式のクレイモアです」
リガが、そこへ報告した。足首の高さに張られたテグスを植物の陰に回し、散弾地雷の信管へと繋げた罠だった。
「解除しますか?」
「いや、迂回しよう。この手のトラップは、作動状況を確認しに巡回している奴がいる。前もそいつらのせいで包囲されたんだ」
リガの提案に対し、ダヤンは緊迫した声音でそれを却下する。穏やかな声音を心がけてきたダヤンだが、今回はそうする余裕も無ければ、威圧的にならぬよう伏せてきた技能をフルに用いる必要もあるということだろう。
ダヤンの指示に、隊員達は感心したように顔を見合わせる。しかしその中でイワオは、提案を却下されたリガが無言でダヤンを背後から見ている様子に気付き寒気を覚えた。
進軍は続く。敵との遭遇は無かったが、トラップの存在やかすかな行動の痕跡などから、リバティーアライアンス兵の存在は誰もが意識し始めていた。
そこへ、遠くから銃声が響く。隊員達は一斉に伏せるが、遠い音はそのまま遠くで銃撃戦の響きとなる。
「余所の隊が発見されたか……」
ダヤンが指示し、隊員達は行軍を再開。しばらくすると、後方からフローター音が空中を接近してきた。
見上げる隊員達の頭上を一瞬影がよぎり、銃撃戦のもとへと向かっていく。そして機関砲の掃射音が響いて、静かになった。
「シング曹長達かな」
ダヤンが独りごちる。すると、スケアクロウに括り付けられた積載ネットの中で、大型無線機に着信ランプが灯った。
「イワオ、君が受けてくれ」
「……はい」
ダヤンの指示に、イワオは恐る恐る受話器部分に手を伸ばす。
「……こちら――」
『ハローハロー、ドラゴンフライよりスロースラッグ。ああ、なんだイワオか? 調子はどうだい?』
「シング曹長」
コールサインをさっさと放棄してくる声は、シングのものだった。風を切る音も環境音として聞こえてくる。
『今さっきの航空支援は見てたか? 俺達も航空ヘキサギアのシャイアンUともども前線に展開中だ。やべえときはすぐ駆けつけるからリラックスな。――と、ダヤン隊長に伝えておいてくれ』
「は、はい!」
羽音が空を遠ざかる中、イワオはダヤン達に振り向きシングの言葉を伝える。歓声を上げることは出来ないが、隊員達は安堵した様子だった。
しかし、その様子の奥でリガがじっと見ている。イワオは俯き、無線の受話器を戻した。
手探りに、行きつ戻りつ、右往左往と進軍は続く。やがて日が落ちた頃、ダヤンが大休止を命じた。
「観測地点まではもう一直線。明け方に爆撃が始まるので、その直前に残りの距離を詰める。今のうちに休んでおくように」
その指示に、生身の隊員達は木陰や藪に潜みながら休息を取り始める。歩哨には、ダヤン自らをはじめにパラポーン達があたることとなった。
イワオはヘルメットを外した。樹海に充満する湿気に、肌に塗ったドーランもあって汗ばんでいる。センチネルの給水機構から飲料水パックを外し、飲み口を開放。ヘルメット内の行軍中給水用のストローから飲む際とは比べものにならないのどごしに、ようやく一息ついた。
行軍中でもあるため、言葉を交す隊員は周囲にはいない。火も使えないため、食器不要のパトロール部隊用レーションからエナジーバーを取り出して囓り、アーマータイプからの出力供給で作動する簡易ポットで粉末コーヒーを淹れる静かな音が聞こえるばかりだ。
イワオはエナジーバーだけを取り出し、脚を伸ばして座る。猟をしていた頃に疲れを取る姿勢として教えられ、ヴァリアントフォースでの訓練で正しいと知った知識だ。
さらに耳を澄ませば、ここまで自分の足音などが気になって集中して聞けずにいた自然の音が聞こえてくる。センチネルの聴覚越しではない生の音は、場所こそ違えどイワオにとっては慣れ親しんだ森の音だ。自分が立てる音を気にせずに済むようになると、枝葉の擦れる音も途端に心地よく聞こえてくる。
虫の鳴き声に、何か小動物が枯れ葉を踏む足音。危害を加えてくる者のいない、静かな時間が過ぎる。
イワオの耳がこの土地に慣れてきた頃、新たな音が聞こえてきた。かすかな、不自然にごわついた合成音声だ。
「ダヤン准尉、場所を代わります」
「ああ、ありがとう。パラポーンに慣れていないと、同じ景色を見続けるのは辛いね」
「そうですか」
リガとダヤンだった。距離もあり、声も潜めているため、気付いたのはイワオだけのようだ。
「いつかは君のようにこともなげにできるようになるかな?」
「俺は特に苦労してないのでわからないですね。でもまあ、パラポーンであることには早く慣れた方が良いですよ」
「そうだね。なるべく早く慣れたいものだ」
「なるべくではなく、可及的速やかにですよ。それがSANATの望みでもあるし、それに人間らしさを盾に無能さを棚に上げるようなことがあるのは不快です。パラポーン化に抵抗などせずに、皆情報体になればこう苛立つことも無いのに……」
リガはダヤンが相手でも変わらずに、見下すような口調でそう言っていた。イワオは表情を曇らせ、ダヤンがどう応じるかに耳を澄ました。
「手厳しいな、リガ君は。弱い人間は嫌いかい?」
「弱い奴はどうでもいいです。弱い奴が、強い奴に対抗して邪魔なことをするのが見苦しいと思うんです」
リガの断言に、森の奥からは沈黙が届く。イワオは、その沈黙の中に何か張り詰めた雰囲気が籠もっていることを感じていた。人間同士の密接なやりとりについては詳しくない自身には、よくわからない雰囲気だった。
「……リガ君、君の言うこともわからなくはない」
ようやく聞こえてきたダヤンの声は、ささやき声の中でもさらに低い声音だった。
「しかしね、リガ君。人は得意不得意があるからこそ、様々な技能を生み出してきた。その果てに、我々パラポーンが利用できる技能データが生み出された。そのことを忘れてはならないよ」
「過去にはそうだったでしょう。ですが、人類はもう情報体化という道を手にした。ここから先は違う。そうでしょう?」
「これからだって変わらないさ。情報体であっても、あらゆる個性が存在しなければ環境の変化を越えてはいけないと、そう思うよ」
ダヤンの指摘に応じるように、リガのセンチネルが排気音を立てた。そして数呼吸の沈黙の後、足跡が一人分、移動していく。
ただ一人になったパラポーンは、周囲に己の存在を漏らさない。イワオに聞こえるのは、森の喧噪ばかりだった。
時間は止まらない。月が昇り、落ち、明け方は近付く。
休息を終えた四〇五七小隊は前進を再開し、目的地点へ到達していた。樹海の起伏に生じた高台から、観測機器越しに彼らは木々の一点を見つめていた。
「予定時刻五分前……」
ダヤンがそう告げる横で、イワオはライフルのスコープを覗き込んだ。さらにセンチネルのナイトビジョン機能を起動し、視線は空へ。
「――おい、マサゴ二等兵。何をしている」
リガがそう口を挟んでくるが、周囲のクリアリングは充分に済ませた状況だ。ダヤンや周囲の隊員も、苦笑交じりに黙認し、双眼鏡などを持つ者は同じように空へと向けていた。
上空は、わずかに雲がある暗夜。スモッグを含んだ大気越しに星の光が瞬いているが、望遠視界を持つ隊員はその中に奇妙な光を見ていた。
星明かりとは異なる、LEDの翼端灯を上下に振りながら、雲間から何かが出現した。何も比較になるものが無い高空の存在故に、その大きさはわからないが、イワオの拡大スコープを埋め尽くすような黒い影が、星々を遮ることでその位置を明らかにしている。
夜空よりも黒い影は、彼方の上空に少なくとも三つは出現しているようだった。雁行陣形を組んだそれは、羽ばたき飛びながら四〇五七小隊が見る前を通過しようとしている。
「でけえ……噂のアグニレイジ・タイプよりもよっぽどだ」
「旧時代の大陸間旅客機規模じゃないのか」
双眼鏡を持つ隊員がそう呟く。それに対して、パラポーンの一人が誰にとも無く口を開いた。
「――翼の形状に関しては、かつて存在した爆撃機B-52に類似している。旧時代の遺産をヘキサギア技術で復元したものかもしれないな」
その言葉にイワオも含めて何人かが感心しているうちに、空の影は目的地上空を通過。そして空中と地上を結ぶ地点から、かすかな風切り音が聞こえてきた。
夜の静寂はそこまでだった。次の瞬間には樹海のど真ん中から火柱が上がり、続けて炎の中から吐き出されるように黒煙が膨らむ。上空の雲海にまで達しかねないほどのキノコ雲だ。
「すげえ威力……。核弾頭じゃないのか?」
「核分裂弾頭なんて古典的兵器、もう残っちゃいないさ。それに、もしそうだったとしたらここも吹き飛んでる」
スケアクロウの上から爆撃地点を見るホープスに、ダヤンがそう応じた。そしてイワオへと振り向き、
「ここからの撮影データを転送する。大型無線機の起動を」
爆炎が夜闇に呑まれていく中、ダヤンの指示にイワオは無線機の脇に束ねられていたコードを解き、観測機器へと接続した。その作業を監督しながら、ダヤンは周囲へと告げる。
「夜明けと共に、我々は敵拠点跡へ進入。残敵掃討と現地確保、詳細な爆撃評価を実施する。移動用意」
指示を受け、爆撃の規模にすっかり観戦の様相を呈していた隊員達はいそいそと移動の準備を始めた。イワオも無線機へのデータ転送を終えると、配線を解除し、黒煙越しの朝焼けの始まりへと視線を上げた。
飛び去っていく爆撃手達の影はすでに遠く、その造作を見ることは叶わない。
朝日が昇り、パトロール部隊は爆撃跡へと前進する。精密な爆撃評価のためだ。
「黒焦げですなあ」
ホープスが現地の様子にしみじみとそう言う。爆撃され森の中で真っ平らになったエリアを前に、部隊は森の中から様子を窺っていた。
「どんな拠点があったかどうかすらわからなくなってるのに、どれだけの被害を与えられたかを評価するってのも難しいんじゃ?」
「敵のデータ自体はSANATや参謀本部が保持しているから、我々が収集したデータと比較するんだろう」
ダヤンがそう応じ、周囲を索敵する。燻る煙が立ちこめ視界は悪いが、もとより生存者がいるような景色には見えない。
「周囲の部隊は進出し始めていますね。安全は確保されているようです。我々も前進しましょう」
パラポーンの隊員がそう告げるのに、ダヤンは頷く。
「爆撃地点の実地検分に移る。リバティーアライアンスの増援があるかも知れないので、周辺や上空への警戒は絶やさないように」
指示を受け、部隊は森を出て爆撃痕へと歩みを進めた。炙られ炭化した地上のものは、アーマータイプに踏みしだかれると軽い音と共に砕けていく。
そこに何があったかなど関係なく黒が埋め尽くす大地に、イワオは感心の吐息を漏らす。
「凄い威力ですね……。こういうものがあれば、戦争なんてすぐ終わる……、いや、起こそうともしないでしょうね」
「旧時代は、そういう時代だったって聞くね。誰かが戦争を起こせばこういう力でみんな滅びてしまうから、戦争以外でどうにかしよう、と。もっとも、そうしている内に資源を使い切ってしまったというわけだけどね」
ダヤンの言葉に、イワオは考え込む。
「……話し合いでも、解決できないものがある……?」
「まあ、そうだろう。理解し合う準備が出来ていなければ、言葉なんて通じないから」
合成音声ながらに実感のこもった声音で、ダヤンはそう応じる。その背後で、スケアクロウに搭載されてきた観測機器が起動されていた。
「生身のままにせよ、情報体化するにせよ、生きていたいというのは今戦っているどちらの組織でも同じ事だ。でも、戦い合っているだろう?」
ダヤンの言葉に、イワオは納得した。言葉やロジックだけでは通じないものは確かに存在する。それは今、自分も実感していることだった。
そしてその瞬間、銃声が響いた。スケアクロウから降ろした観測装置を手にしていた隊員が仰け反り、倒れていく。
「――敵襲! 森まで後退!」
誰よりも先に叫んだのはダヤンだった。その声に隊員達が応じるよりも先に銃声は続き、新たに倒れる者も出てくる。遠くに見える部隊には、機銃掃射を受けている隊もいるようだった。
姿勢を低くして退避しようとするイワオは、周囲の黒焦げの地面を小さくめくって顔を出す白いアーマータイプを見つけていた。リバティーアライアンスの制式アーマータイプ、ポーンA1だ。
「敵……囲まれている!?」
「なに? どこだイワオ! 見えないぞ!」
スケアクロウの操縦シート上からホープスが呼びかける。そして機体をしゃがみ込ませ、搭載機銃を左右に振って照準を迷っている。
「地面にハッチみたいなものがあります! その下から……!」
「爆撃対策済みだったってことかあ!?」
隊員達の撤退を支援すべく、ホープスはスケアクロウを後ずさらせていく。しかし次の瞬間、響いた銃声と共にホープスのヘルメット側面が破裂した。
「ホープス軍曹ーっ!」
シートから転落するホープスを、イワオは受け止める。そしてその側頭部に、これまでの狩りで何度も見てきた致命的な深い穴を見つけ、俯く。
「イワオ二等兵! スケアクロウの操縦を引き継げ! 敵は健在だ! 救援要請も、早く!」
リガがライフルを撃ち、ハッチに手榴弾を投げ込んで敵の攻撃を食い止めていた。他のパラポーン隊員達もスケアクロウの前に出て応戦する中、イワオは意を決してスケアクロウへとよじ登る。
「スロースラッグよりコマンドポスト! 現地部隊は敵の潜伏部隊より強力な反撃を受けております! 救援を要請します! 救援を――」
イワオがコンソールに設置された無線機への送話器に叫ぶと同時、地表の一角が震え、左右へとスライドを始める。対爆ハッチの複合装甲断面を見せながら開いていく扉の下からは、ヘキサギアを乗せたエレベーターが上昇してきていた。
「まずい。イワオ下がれ! 君は……死んでしまう!」
ロード・インパルスらしき機体がエレベーターから歩み出る様子に、ダヤンがパラポーンの部下を引き連れて前に出た。彼らを迎え撃つように、小型車両ヘキサギアであるリトルボウに武装を増設したものがさらに接近してきつつある。
「隊長達は!?」
「俺達はパラポーンだから大丈夫だ! どうせ倒されたところで……! リガ、君がイワオに随伴しろ!」
「了解」
タンデムシートに駆け上がってくるリガに、イワオはびくりと肩を震わせた。するとリガは平板な口調で、
「なにをしている。隊長の指示に従え」
「くっ……!」
すくみつつ、イワオは機体に射撃させながら後退を始めた。ダヤン達が突撃を始めるが、その後方のエレベーター上に砲を設置したガバナーからの鋭い殺気をイワオは感じる。
「危ない!」
突然のストロボ光と共に、プラズマ光弾の散弾がぶちまけられる。その光に巻き込まれ、ダヤンの左腕が吹き飛んだ。
「隊長!」
「なにをしている。ヘキサギアに乗っている俺達も狙われるぞ」
リガの指摘通り、砲を操作するグレーのブレードアンテナ付きのガバナーの視線は、スケアクロウへと向いていた。砲身が旋回し、銃口が黒い点として真っ直ぐ向けられる。
「くっ……」
イワオはその射線を見切り、スケアクロウを跳躍させた。射手の側もその動きを先読みしていたが、スケアクロウは効果範囲の外縁で、正面装甲にプラズマ光弾を受けて耐え、機関砲を乱射しながら後退していく。
「あんな固定砲なんかに手間取るんじゃない」
「相手の腕もいいんですよ! ちょっと黙ってるか支援射撃を!」
焦げた装甲が上げる白煙を振り切るように走るスケアクロウを制御し、イワオは叫ぶ。
湧き出す歩兵達を振り切れる距離まで遠ざかり、イワオはスケアクロウを反転させ全力疾走の構えを見せる。しかし振り向いた先に、ロード・インパルスが回り込んできていた。
「第三世代のゾアテックスだ。インファイトでは勝てないぞ」
「あれがゾアテックス……」
敵の動作に、イワオは山の中で出会う肉食獣と同じ気配を感じ取った。狩る獲物を値踏みするような視線を受け、イワオはヘルメットの中で歯を食いしばった。
「援護射撃を……お願いします」
「勝てないと言っているだろう」
「逃げることも出来ないんですよ! あれはもう獲物に襲いかかる算段を立てている動き。少しでもダメージを与えなければ状況を打開できない!」
敵に対し、スケアクロウは弱いヘキサギアだ。この部隊に配備されているものも戦闘のためではなく、行軍時の装備運搬用でしかない。対するロード・インパルスは高速野戦用ヘキサギアとしては最新機種の一つだ。
「ジ……」
舌打ちのようなノイズを漏らし、リガがショットガンを構える。リガが携行しているのは対アーマータイプ弾であり、ガバナーを狙うしかない。風防装甲付きの、正面から。
「行きますよ!」
イワオはスケアクロウを駆け出させた。搭載機銃を乱射しての突進に、ロード・インパルスはガバナーを庇いつつ、飛びかかる前兆として身を伏せる。
軽装な機体だが、その装甲の上でも機銃弾は跳ねる。鬱陶しそうに頭部を振る相手に、イワオはハンドルを胸へと引きつけた。
「跳びかかってきます! 姿勢を低く!」
「なぜわかる」
「早く!」
瞬間、ロード・インパルスは跳躍した。対するイワオは、スケアクロウの姿勢を一気に下げ、潜り込むようなスライディングをさせた。
頭上を、グラビティ・コントローラーを起動したロード・インパルスの爪が通過していく。重力変動が立てる鈍い音と振動が頭上を通過していき、イワオは機体を立ち上げさせた。
「後ろからなら!」
イワオが振り向くと、リガはすでに着地したロード・インパルスへとショットガンを向けていた。イワオが再びスケアクロウを森へと駆け出させるのと同時に、リガも発砲する。
敵のガバナーの背で火花が散る。しかし着地に備えて背を丸めていた相手を、撃ち抜くには至らなかったようだった。ロード・インパルスが振り向き、さらにその奥からエレベーター上の砲口がイワオ達に狙いを定めている。
「だ、ダメかっ――!」
スケアクロウを加速させながら、イワオは呻いた。軽快ながら、決して高速ではない走りのスケアクロウ。背後のロード・インパルスは追う動きならその爪を外すことは無いだろう。
少しでも機体を前へ出そうと、イワオは身を乗り出す。すると、森の方角から音が聞こえてきた。風を巻く、フローター音だ。
『――ドラゴンフライよりスロースラッグ。生きてるか? 援護を開始する』
聞き慣れたしゃがれ声。瞬間、尾部の機関砲を前方に展開し、木立を越えて飛来する機影が一つ。航空ヘキサギア、シャイアンUだ。
「シング曹長……!」
イワオが視線を上げる先、シャイアンUは頭部のサーチライトをギョロつかせイワオとリガを見下ろした。そしてその頭部越しに顔を出すのは、フェイスガードと観測ユニットを装備したセンチネル二人。シングとフォーカスだ。
『タコツボ掘ってやがったんだなあ腰抜け骨無し共がよお。ゲッソリさせてやろうかあ?』
『無理矢理こじつけなくていいんじゃないですかねえ』
『ああ? なんのことですかねえ? なんにこじつけてるってえ?』
けたたましくやりとりしながら、シング達のシャイアンUはリバティーアライアンスを睥睨する。その飛来に、ロード・インパルスも兵達もたたらを踏んだ。
そして無線にシングのゲラゲラ笑いを流しながら、シャイアンUは速射砲を掃射した。スケアクロウの後方が着弾の砂埃で一気に土色に染まる。
『ほっほー! 大当たり!』
シングが機上でガッツポーズを見せる。その様子に、イワオは一息を吐いた。
しかしその直後、砂埃を貫いて光弾がシャイアンUへ飛んだ。掃射のために機体を傾けていたシャイアンUはその一撃を躱すが、その光弾の破裂に巨体を震わせた。
『またこのパターンかよぉ!?』
『ええっ!? こんなところにまでいるんですかミスター!』
上空で上がる声に、イワオとリガは背後を見た。砂煙の一角に、たゆたうものが吹き散らされた空間が存在していた。そこにいるのは、設置砲を構えるグレーのブレードアンテナのガバナーだった。
『へっへっへっ、この腐れ縁は大事にしないとなあ。フォーカス、ちょっと遊んでくるから小僧っ子共は頼んだぜえ?』
『ああもうどちらも懲りませんねえ……!』
シャイアンUが機体を傾け、シングが飛び降りる。そしてタンデムシートから前に出たフォーカスが操縦を代わり、イワオ達のスケアクロウの前で機体を反転させた。
『ルーキー達、ちゃんとついてきて下さいね?』
砂煙の中にシングが駆け込んでいくのと入れ替わりに、イワオ達は戦場を離脱する。ガムシャラに機体を走らせるイワオの背後で、銃声とヘキサギアの駆動音が鳴り、しかし遠ざかっていった。
説明 | ||
お待たせしております、ヘキサギア二次創作シリーズの第四話中編です。 「上で前後編って言ってなかった?」と気付いた方はまさにその通りで、今回ここまで長引くとは思ってなかったですね。どちらかというと人間模様中心の話になってしまったからでしょうか。 ともあれ、言い訳をしても本文は一文字たりとも進まないので(下)も急ピッチで制作中です。もう少々お待ちを。 ・ここまでのあらすじ ヴァリアントフォースの新人ガバナー、イワオが配属されたのは樹海をパトロールする四〇五七小隊。かつて壊滅したこともあるその部隊には、アドバイザーとして偵察・破壊工作コマンドからシングとフォーカスが加わっていた。 言動が不穏なパラポーン、リガを叩きのめしたシングの下で、イワオ達は部隊としての体裁を整えていく。 本作品はコトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』シリーズの二次創作作品であり、同作の解釈を規定するものではございません。 またフィクションであり、実在物への見解を示すものでもないことをあらかじめご了承下さい。 |
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