紫閃の軌跡 |
〜クロスベル帝国(旧カルバード共和国)首都パルフィランス 皇帝府〜
旧大統領府は皇帝府と名を変え、旧来の体制はほぼそのまま引き継がれることとなった。国が変わり離職などを覚悟していた職員らに『有能な職員は起用する』という皇帝の方針を受けて感涙にむせび泣いていた。当分は帝国であることをひた隠しにするため、共和国の体制のほとんどを引き継ぐのは急務。難所を乗り切った後の体制改革は必須ともいえるが。
そして、そんな光景を目の当たりにしていたロイドにも一つの役職が宛がわれることとなった。
「特務執政官、ですか?」
「ああ。現状クロスベル独立国においてお前は指名手配犯だ。ならば、後ろ盾の一つはあってもいいだろう。執政官は独自の裁量権を持っている旧共和国の役職のひとつ。特務としたのは、下手に縛りたくないという俺の意向だ。特務支援課がこれまでもそうであったように、そうしたほうが憂いなく動きやすいと思っただけだが」
いくら親戚が共和国にいるとはいえ、生粋のクロスベル出身者であるロイドを共和国に縛り付けるというのは好ましくない。されど、しっかりとした後ろ盾があればいざというときクロスベル帝国のバックアップを受けやすくなる。リューヴェンシスはそのあたりも鑑みて任命した。
それを察したのか、ロイドは珍しくも深い溜息を吐いた。
「断るのも変な話なので有難くいただきますが」
「それで構わない。こちらとて特務支援課の繋がりは断ちたくないからな」
「……署長。いえ、皇帝陛下。いつからこの絵を描いていたのですか?」
「クロスベルを起点として大々的な国を興すことは決めていた。尤も、当初の予定はカルバード共和国をかなり縮小させて残すつもりだったが、彼らはリベール王国の怒りを買った」
当時のリベール王子夫妻が海難事故で亡くなった件。そして<百日戦役>の秘密協定のこと。その二つは明らかにリベール王国を何らかの形で取り込もうと画策したと嫌疑をかけられても不思議ではないごく自然な流れ。
それを知ったリューヴェンシスは当初の予定を大幅に変更して共和国も取り込んだ。問題であった東方系の移民問題だが、旧来の元共和国民との線引きを法律という理で示した。勤労・納税・人権の尊重。これらを重んじるものには等しく住む権利を与えるというもの。破れば当然厳罰が科せられる。
「だから滅ぼした、と?」
「短絡的な理由と思ってしまうだろう。だが、隣国の次期国王夫妻を葬り、帝国と手を組んで王国を滅ぼそうとした。それでいて17年も知らぬ存ぜぬを貫き通したのだ。現に王子夫妻の真実を知った王国民は怒り心頭だったそうだ」
「……」
ロイドの両親は本人が物心つかない時に飛行船事故で亡くなっている。その真実を知ったら自分がいかにどう思うか。きっと怒りで満ち溢れることになるかもしれない。そんな心情を察しつつもリューヴェンシスは続ける。
「今後はクロスベル独立国に対しての武力侵攻もしなければならないが……ロイド、キーアの処遇についてはお前や特務支援課に一任する」
「え? よろしいのですか?」
「彼女とて自発的な悪意を持ってやっているわけではあるまい。どうせクロイス家の連中が言葉巧みに利用しているのだろう。それに、彼女の境遇を考えればまだ取り返しはつく。お前は彼女の保護責任者として責務を果たせ、と言えるのはこれぐらいだ」
あの強大な力はクロイス家が数百年にも及ぶ妄執で積み上げてきた仕組みによるものが大きい。彼女自身の力も強力だと思うが、それは力の使い方を周りの人間が教えていけばいいだけ。幸いにしてロイドはその力のあり方を一番理解しているからこそ、リューヴェンシスは彼らに任せるのが適任だと判断した。
「そこまで重要視していないと?」
「祀り上げるのは誰も幸せにしないからな。まぁ、クロスベル統治後は特務支援課の在り方も変わるだろう……皇帝直属の特務機関という位置づけにするつもりだ。無論、お前が警察官として働きたいのなら兼任も可とする。キーアについては、彼女の意思が最優先だ」
つまるところ、キーアをクロスベル帝国として安全を保証するが、彼女がクロスベル帝国の為に働きたいというのなら、それは至宝クラスの力を持つ存在ではなく『キーア』という一個人の能力を見るだけであると。
「非常識な力に頼り切れば何れ綻びを生む。要らぬ欲や妬みを買うことだってある。だから、クロスベル帝国の方針は今言ったとおりだ。もしエレボニア帝国がキーアを付け狙うようならば、その時はエレボニア帝国を返す刃で滅ぼすことも已む無しだ」
「容赦ない言葉が出ましたね……」
「あれでいてキーアはクロスベルの、特務支援課のマスコットみたいなものだ。彼女自身は気づいていないかもしれんが、クロスベルの市民からは結構な人気者だ。警察や警備隊の中でも人気があるんだぞ。それも彼女の力かもしれないが、受け入れたのは他でもない己自身の意思だ。誰にも文句は言わせんぞ」
それも彼女の力なのかもしれないが、そうありたいと望んだ以上は誰にも文句は言わせない。それが例えクロイス家の連中であっても『だからどうした』とリューヴェンシスは断じた。クロスベル帝国を興した理由は彼女を救うとともに、彼女と平和な生活を送ることを望んだクロスベルの罪なき人々の願いあってこそ。それを悟ったロイドは一息吐くと、真剣な表情を向けた。
「陛下、さしあたってお願いがあります。俺は……もっと強くなりたいです」
「ほう……それは、キーアを助けるためにか?」
「それもあるでしょう。ですが、今のままでは届かない。ならば、届く距離まで引き寄せてぶっ飛ばす。良くも悪くも兄貴の受け売りですけれど」
拘置所でそれなりにトレーニングは積んでいた。けれど実戦経験の鈍りは否定できない。それに、今まで向き合うことがなかった己の力と今一度本気で向き合わなければ、この先の戦いを生き抜くことはできない。中途半端が一番拙いのはよく知っているからこそ、ロイドはその提案を申し出た。それを聞いたリューヴェンシスは思わず笑みをこぼした。
「ふふ、そうか……なら丁度よい。実は<翡翠の刃>の連中で強化訓練をする手筈となっているのだが、よかったらどうだ? お前の知らない技術を知るのも警察官として良い勉強になるだろう」
「はい、お願いします。言っておきますが、俺は兄貴に似て諦めが悪いですから」
「そうか。なら、精一杯ついてこい」
ロイドは約1週間という非常に短い期間ではあったが、実戦経験が豊富な面々に様々な技巧を教わり、それを持ち前の諦めの悪さで習得した。それを見たリューヴェンシスは『警察官にしておくには本当に勿体無いほどの才能』と評した。
〜リベール王国 アルトハイム自治州南西部〜
その頃、アルトハイム自治州の南西部に広がるイストミア大森林の中を進む者たちがいた。ユウナ・クロフォード、クルト・ヴァンダール、ルドガー・ローゼスレイヴ、クワトロ、シュトレオン・フォン・アウスレーゼ、そして彼らの先頭にいるのは一人の金髪灼眼の少女。どうしてこの面々がというと、それはシュトレオンが大きく関係していた。
「大きな騒ぎと思って来てみれば、よもや『8人目の起動者』に『未来の起動者』とはの。ああ、案ずるでない。どこかの馬鹿弟子の気配を辿ってきただけじゃ」
彼女は自身を『ローゼリア』と名乗った。今回の戦闘で被害が出なかったことも含めて里の長として礼を言いに外界へ出てきたと説明をした。その上で彼女は色々と驚きを隠せなかったという。一番の驚きはリベール王国がエレボニア帝国に勝つどころかその領土を割譲せしめたことに他ならないと話す。その上で彼女は一つの提案をした。
「ならば、礼儀を示さねばならぬな。折角の機会であるし、強くなりたい者がおるのなら手を貸そう。なに、少し長生きした年寄りの戯れだと思って付き合ってくれぬか?」
アスベル、シルフィア、レイアについては国内の守りを考えて本国に滞在。その上で騎神やそれ以外のことも鑑みてそのメンバーになった。ルドガーは最初同行に難色を示したが、うっかり『鋼』のことを漏らしたことでローゼリアが魔術でルドガーを拉致ったため、泣く泣く同行している。
ある程度奥地に進んだところでローゼリアが何かの呪文らしき言葉を呟くと、空間が歪んで目の前に村ぐらいの規模の街並みが姿を見せる。それを見て驚く一行に向き直ると、ローゼリアは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。
「ようこそ、エリンの里へ。本来は魔女の資質あるものしか入ることを許さぬのじゃが、人間はリューノレンスに続いてじゃな」
「え、父上がこの里に!?」
「おや、どこか優顔と魔力に面影があると思っておったが、やはり血縁者だったか……話は館でするとしようかの」
そう言ってローゼリアは里で一番大きな館に招き入れた。リビングらしき場所に案内すると、メイドらしき人物が紅茶と茶菓子をトレイに載せてリビングに姿を見せた。無駄のない動作でテーブルに載せると、音を立てずにその場を後にした。これには一同全員が驚きを隠せなかったので、ローゼリアはクスッと笑みをこぼした。
「いやはや、済まぬの。あやつはどうにもそういう性分なものでな。はてさて、お主らには話しておかなければなるまい。<魔女の眷属(ヘクセンブリード)>とその歴史についてな」
「魔女……ですか?」
「作り話や空想の存在、と言われているものは大概真実を含んでいるものよ。そなたらは多かれ少なかれ関わってしまった……なればこそ、真実を伝えるのが道理であると感じたまで。なに、ちょっとした独り言に付き合ってもらうだけのことよ」
元々ローゼリア自身ここまで大きく動くつもりはなかった。だが、愛弟子の一人が寄越した手紙には本来辿るはずの歴史を大きく逸脱しつつあった。漠然とした推測でしかなかったが、最悪の結果を回避するためにここで動くことが必要と考えた。一通り話をした後、ローゼリアはクワトロだけをその部屋に残した。
「さて……何の因果かは知らぬが、未来から来たお主―――灰の起動者、リィン・シュバルツァーよ。お主の知る未来を教えてくれぬか? その代わりと言っては何だが、霊力(マナ)を扱う術を教えよう。お主自身や騎神での戦いにも使えるはずじゃ」
「……はい。構いませんが、この世界の未来と異なる可能性もあります」
「それぐらいは構わぬ。歴史を定められた通りに戻そうとする輩もおる。その対策もできるから、決して無駄ではあるまい」
ローゼリアはほぼ推測していた通りのクワトロの話を聞き、それと引き換えという形でクワトロをはじめとした面々に魔術を習得させることとした。彼らが修業を終えたころには、帝国の内戦が始まって約一か月が経とうとしていた。
〜リベール王国 グランセル城 謁見の間〜
そして、グランセル城に帰ってきたクワトロをはじめとした面々をアリシア女王やカシウス中将をはじめとした首脳陣が出迎えた。その中にはアスベルたちの姿もあった。
「おかえりなさいませ、殿下」
「……わかっちゃいたけど、せめて対等な言葉遣いで頼むよ、アスベル」
「将来の陛下なのにか?」
「お前にまで畏まられると俺の肩身が狭い」
礼儀の意味合いは理解しているが、それでも対等な言葉遣いをしろと言い放ったシュトレオン王子に周囲の人々は笑みを漏らした。そして、その場にクローディア王太女やアルフィン皇女、そしてエオリアの姿もあった。アルフィンはシュトレオン王子の姿を見つけると、駆け寄って抱きしめた。
「シオン、お帰りなさいませ」
「愛情表現に磨きがかかってるな……ただいま、アルフィン。クローゼとエオリアさんもただいま」
「もう、さん付けはいいのに……シオンの奥さんですし」
「あはは。シオン、また強くなったみたいですね」
桃色の空間が形成されそうな雰囲気だったので、アスベルとルドガーはユウナやクルトらをその場から引き離した。そして、その様子を見て一緒に付いてきていたローゼリアがこう漏らした。
「ふむ、久々に血が滾ってきたのう」
「はいっ!?」
そう言って抱き着いた先は……ルドガーであった。当の本人はというとかなり困惑気味であったのは言うまでもない。何せ、リーゼロッテから内密にローゼリアのことを聞き及んでいたからだ。
「あのですね、俺は……」
「こう見えて家事は得意じゃ。何ならお主の好きな体格に変化させることも吝かではないの。別に妻が複数いても構わぬよ。それぐらいの甲斐性あってこそ男というものじゃ」
リーゼロッテはローゼリアの弟子の一人で、技術面だけならヴィータに引けを取らないとのこと。それはともかく、魔女に聖女に天使に貴族の娘……いろんな意味で話に事欠かない女性に惚れられるという難儀な一面を抱えているルドガーであった。それを見たユウナとクルトの感想はというと
「……モテるって大変なんだなあって思いました」
「……今になって父の気持ちが少しばかり解ったような気がしました」
なお、この二人もある意味難儀することになるのはちょっと未来のお話。
ロイド、シオン、ユウナ、クルト、クワトロ、そしてルドガーの強化フラグ。
言うてほかの支援課メンバーも強化フラグはありますがw
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第123話 類は友を呼ぶ(恋慕的な意味で) | ||
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