きっとあの日の花火
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夏の夕暮れ時。18時をまわっても、空はまだ明るかった。

 

太鼓をたたく軽快な音が、お囃子と一緒に遠くから流れてくる。甘い匂い、ソースの匂い。熱気とざわめき。宙に浮かぶ提灯と、色とりどりの浴衣。

 

たくさんの音と匂いと光と色がモザイクのように交じり合っていて。泉水子は戸惑いながらも、すべてが新鮮でわくわくした。

 

「ほら、あまりきょろきょろしていると転ぶぞ」

 

ふいに腕をぐいっと引かれ、その脇を子供たちが駈けていく。泉水子はお礼を言おうと深行を見上げ・・・しおしおと自分の姿を見下ろした。

 

「やっぱり、変かな」

 

 

花火大会を兼ねた夏祭りに誘ってくれたのは真響だった。

 

学園からほど近い神社なので、泉水子のクラスでも休み前からその話題でもちきりだった。夏休みに入って2日後に開催されるため、花火を見てから帰る計画をしている帰省組も多いらしい。

 

山で暮らしてきた泉水子は、今まで夏祭りに行ったことがなかった。胸をときめかせた泉水子に真響がさらに提案したのは、せっかくだから浴衣を着て行こうということだった。

 

お互い実家に連絡し、佐和は「まあ! 写真を楽しみにしていますね」とすぐに送ってくれた。そして、この日をとても楽しみに定期試験だってがんばったというのに。

 

深行は泉水子の浴衣姿を見るなり言葉を失い、気がつけばまじまじと見つめられている。

 

きっとこの浴衣が似合っていないのだ。それとも三つ編みのお団子にさした髪かざり?

 

しょぼんとしていると、深行が慌てた声を出した。

 

「そんなこと言ってないだろ。ただ・・・浴衣で来るとは聞いてない」

 

「そりゃ、言ってないからねー」

 

真響が間に割り込むように泉水子に腕を絡め、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「内緒にして大成功だったね。大丈夫だよ、泉水子ちゃん。相楽のやつ、照れているだけだから」

 

深行の様子を窺うと、そっぽを向いていた。出店を見て回っていた真夏が戻ってきて深行にじゃれつき、そのまま男子ふたりで歩きだす。泉水子たちはその後をついて行った。

 

「真夏くん、張りきっているね」

 

「あいつはお祭り大好きだからね」

 

真響とくすくす笑っていると、聞こえたのか真夏が振り向いた。

 

「祭りもそうだけどさ、夏の夜って、なんかいいじゃん」

 

「あ、枕草子」

 

泉水子が嬉しくなってぽつりと呟くと、真夏は首をかしげた。

 

「なにそれ」

 

「授業でやったことくらいあるだろう。清少納言の、春はあけぼの、夏は夜ってやつ。千年前からすでに夏は夜がいいと言われてるってこと」

 

深行が秀才らしくすらすら答えると、真夏は大げさにうなった。

 

「マジか。なかなかやるじゃん、清少納言」

 

深行は古典が得意ではないと思っていたが、勘違いだったのだろうか。それとも克服したのだろうか。泉水子はちらりと考えたが、それよりも清少納言に対して親しみのこもった真夏の物言いに笑ってしまった。

 

真響が「もっと勉強しなさい」と真夏の頭を軽く小突くと、説教から逃れるようにまた深行にじゃれつき始めた。

 

「真響さん、今日は誘ってくれてありがとう。すごく楽しい」

 

泉水子が感動のままにこっそり言うと、真響はおかしそうに笑った。

 

「まだ来たばかりだよ。花火もこれからだし」

 

昼間の暑さもいくぶん和らぎ、涼しい風が浴衣をすべって心地いい。立ち並ぶ屋台、道行く人の笑顔。見ているだけで楽しい気分になってくる。

 

焼きそばの後にイカ焼きを食べていた真夏は、串をゴミ箱に捨てると、Tシャツの襟をパタパタと煽いだ。

 

「あっちー。かき氷食べない?」

 

よく食べるなと思いつつも、もう慣れっこなのか誰もそう言わなかった。それに、確かに屋台のかき氷はとても魅力的だった。

 

真夏はブルーハワイ、真響はレモン、深行はソーダ、泉水子はイチゴにした。少し歩いて木の下の落ち着き、スプーンストローでしゃくしゃくと氷をつつく。

 

シロップが下の方まであるのであの店は当たりだと真夏が言い、真響と深行も頷いていた。当たり外れがあるのかと泉水子は首をかしげたが、かき氷は本当に美味しかった。

 

長野で食べたかき氷を思い出す。あれから季節は巡り、またこの4人でかき氷を食べている。泉水子はその嬉しさを甘い氷と一緒に噛みしめた。

 

「鈴原さん、見て見て」

 

「ひゃっ」

 

べっと舌を出した真夏に、泉水子は飛び上がって驚いた。シロップの着色料で舌が真っ青だったのだ。

 

「まったく子供なんだから」

 

真響は呆れたが、泉水子も自分の舌が気になった。

 

「私も真っ赤になってるかな・・・んっ」

 

言った瞬間、深行に口を押さえられた。

 

「さ、相楽くん。なに?」

 

「いいから、早く食えよ。溶けるぞ」

 

泉水子も舌を見てもらおうとしていたのだが、食べるのが遅くて残っているのは泉水子だけだった。待たせてはいけないとせっせと氷をつつくと、顔を見合わせた真響と真夏は、なぜかぷっと吹き出した。

 

 

少しずつ空は暗くなり、提灯の明かりが際立ってくる。屋台はまだまだ続いていて、お祭りの雰囲気を楽しみながら気ままにぶらぶら歩いていると、ある露店で真夏は足を止めた。

 

「シンコウ、射的やろうぜ。射的」

 

子供のように無邪気にはしゃぎ、深行の腕を引っ張る。げんなりした様子でついて行く深行であったが、やってみると夢中になったのか、男子ふたりで白熱し始めた。見ているこちらまで熱くなってくる。

 

しばらく盛り上がって応援していたけれど、撃ち合いはなかなか終わらず、真響はしびれを切らした。

 

「まったく、こういうのやりだしたら止まらないんだから。もういい、泉水子ちゃん、ラムネでも飲もう」

 

ぷりぷりする真響と連れ立って歩き、泉水子は思わず笑みがこぼれた。

 

そう言いつつ、面倒見のいい真響は、きっと弟の分も買ってあげるつもりだろう。泉水子も深行に買ってあげようと考えた。

 

「言ってこなくて大丈夫かな」

 

「ちょっとは焦らせた方がいいんだって。自分からガード役を買って出たくせに。しばらくふたりで回っちゃおうか」

 

(ガード役?)

 

泉水子が瞬いたとき、いきなり肩をぽんと叩かれた。

 

「ふたりじゃなくてさー、俺たちも入れてよ」

 

見知らぬ人に声をかけられ、びっくりして固まってしまった。雰囲気からして大学生くらいだろうか。人のいい笑みを浮かべた男子ふたりは、泉水子たちを見て声を弾ませた。

 

「うわ、ちっちゃくて可愛いー。こっちの子は美人だし。めっちゃ当たりじゃん」

 

「悪いけど、他の友人と来てるから」

 

素っ気なく言った真響が泉水子の前に立とうとしたが、明るい髪色をした男子が一瞬早く泉水子の手を掴んだ。

 

「いやっ」

 

「そう言わずにさー。なんだったらお友達も一緒でいいよ。なんでもおごっちゃう」

 

「ラッキー。本当にいいの? 俺、まだまだ全然食べ足りなかったんだ」

 

「・・・俺の連れなんで、手を離してもらえますか」

 

背後からあらわれた真夏が真響を庇うように間に入り、深行は泉水子の手を掴んでいた男子の腕をねじり上げた。

 

「い、いててててて!」

 

「な、なんだよ。男つきかよっ 行こうぜ」

 

途端にうろたえ出した男子たちは、そそくさと去って行った。泉水子がホッと肩の力を抜くと、深行はじろりと見下ろした。

 

「移動するなら言えよ。焦るだろ」

 

「そっちが放っておくから、ナンパなんて面倒な目にあったんじゃない。しっかり泉水子ちゃんをエスコートしなさいよね。ということで、ここからは別行動。花火が終わったら集合ね」

 

真響は泉水子の代わりに深行に言い返し、真夏の腕を掴んだ。

 

「えー、別行動するの?」

 

「あんたはどうせ花より団子でしょ。じゃあ、泉水子ちゃん、後でね」

 

びくびくしていた泉水子と違い、真響にはナンパなどなんでもないことのようだった。感心しているうちに宗田きょうだいは行ってしまい、泉水子ははたと気がついた。

 

(ふたりきり・・・?)

 

急に緊張してしまい、泉水子はもじもじと深行を見上げた。深行は目が合うと、泉水子の手を取って歩き出した。触れた指先から、頬にまで熱が伝わってくる。

 

「あ、あのう」

 

「はぐれるから」

 

「でも・・・誰かに見られたら」

 

「この人ごみだぞ。そんなことより、迷子にならないことだけを考えてろよ」

 

返す言葉もなく、泉水子は口を結んだ。ドキドキしながら周囲をうかがうと、誰もかれもが楽しそうで、確かにお互いのことしか見ていないように思う。

 

あたたかくて大きな手。泉水子はそっと力を込めて握り返した。

 

 

ぱあん、と大きな音が鳴り、夜空に大輪が咲いた。花火が打ち上がる時間になったのだ。周囲がいっそう賑やかになる。しかし深行は、人波をぬって小路に入って行った。

 

「深行くん?」

 

たどり着いたのは神社の裏側で、照明が少ない分、花火がとてもよく見えた。

 

「わあ・・・」

 

視界いっぱいに花が広がり、光の雨が降り注ぐ。

 

色とりどりに変化して、夜空を彩っていく。

 

夏の夜風が前髪を揺らし、火薬の匂いが微かに届いた。

 

ぼうっと見上げていると、ふいに深行は持っていた袋を差し出した。

 

「やるよ。射的の景品」

 

「えっ」

 

中をのぞいてみると、バレーボールほどの大きさのぬいぐるみが入っていた。取りだしたそれは、トトロだった。頭に小トトロもくっついている。

 

ぽかんとしている泉水子に、深行は気まずげに目をそらした。

 

「・・・前にトトロの話をしたとき、ずいぶん楽しそうに見えたんだが。鈴原も好きなんじゃないのか」

 

言われて、異界での出来事がまざまざと蘇ってくる。

 

着信音がトトロだったこと。理由をきいて、涙が出るほど笑ったこと。

 

泉水子は、ゆっくりと息を吸い込んだ。

 

(そうだ、あれから私もトトロが好きになったんだ。でもそれは、深行くんが好きだと言ったから。小さな深行くんが夢中になってトトロを見ているところを想像して、可愛いと思ったから笑ったんだよ)

 

「うん、好き・・・。ありがとう」

 

トトロを抱えてはにかむと、深行は少し息を詰め、再び花火に注目した。

 

泉水子は感慨深く思いながら腕の中のトトロを見つめて・・・なんとなく枕草子のことを思い出した。

 

泉水子が愛読書だと言った時には沈黙した深行が、先ほどすらすら答えたのは。もしかしたらあれから目を通したのだとしたら。

 

トトロに顔を埋めて、緩みそうになる頬を隠した。泉水子は深行のことが好きだから、彼のことが知りたいと思う。相手もそう思ってくれるとしたら、それはとても嬉しいことだ。

 

震えるほどの号砲に、泉水子は顔を上げた。もう終わりが近いのか、大小さまざまな花火が連続して打ち上がる。

 

一瞬の美しさに余韻をかみしめ、また次の花火が上がる。いろいろな形。それはさながら思い出のようだと思った。この夏の花火もいつしか思い出に変わり、きれいだった記憶をかみしめ、懐かしむ時がくるのだと。

 

それでもこれだけは変わらないだろう。深行への特別な想いと色は。

 

 

深行がこちらに背を屈め、頬にやわらかい感触がしたとき、花火終了のアナウンスが流れた。

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

泉水子ちゃんもトトロを好きになったと信じて疑ってないんですけど・・・(*´−`*)

そしてすぐ「鈴原にはそれが大事なのか?」と気にする深行くんは、(これの何が面白いんだ…?)と枕草子をこっそりチェックしたのではないかと思ってます(笑)

 

スピンオフ読み返してるうち、宗田きょうだいとわいわいしてるところが書きたくなったのでした。

イメージを損なっていたらスミマセン(>_<)

真響さんて6巻ではかなり協力的だったので、隠したりしなければ(深行くんが素直なら)けっこうみゆみこの仲を気遣ってくれるのではないかという願望。

 

 

説明
高校2年の夏祭り妄想です。
いつもながらの妄想・捏造ですが、よろしくお願いします。
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