いずれ天を刺す大賢者 序章 1節
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いずれ天を刺す大賢者

 

 

 

序章 いずれ天下の魔法使い

 

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 その人と初めて会った時、あたしはたぶん、逃げ出したくなったんだと思う。

 ひと目見て、その存在感を知っただけで、あたしの師匠にはもったいない人だと理解して、あたしなんかが目の前に立っている、それ自体が恥ずかしくて。

 でも、あたしは彼女の下で修行をすることになる。いずれ、天下にその名を轟かす魔法使いになるのだと、断言されて。

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「ユリル・アーデントと申します!どうぞ、私を修行させてください、よろしくお願いします!」

 魔法使いの正装である、黒いとんがり帽子とローブ姿で、あたしは修行先候補の魔法使いの家を訪ねて、ひとりひとりに頭を下げて頼み込んでいた。

「おお、アーデント家の?それは教えがいがありそうだ。それで、学力証明書は?」

「はい、こちらなのですが――」

「んっ。……あ、ああ。そうかい。うーん、申し訳ないけど、他をあたってもらえないかな」

「そ、そうですか。わかりました。ありがとうございました」

 魔法学校での三年間の就学の証明書にして、その成績を記す学力証明書には、古の大魔法使い、ツェザールの名前が記されている。その頭文字はC。それはあたしの成績が中程度であることを示していた。伸びしろがあって、教えがいがあるのは最低でもBを頭文字とするバルトロトの位が与えられている学生から。それは周知の事実であるから、Cのあたしを誰も取りたがらない。

 ……それは理解していた。でも、あたしの家、アーデント家とは有名な魔法使いの一族だ。特に炎や光など、熱を伴う魔法を得意としていて、一族の誰もが魔法使いか、魔法研究者として活躍している。三歳違いの兄も今はある有名な魔法使いの元で修行をしていて、既にその才能を広く認められている。

「お願いします!必ず、三年後には兄に追いついてみせますので!!」

「そうは言われてもね……あなたがお兄さんと同じだけの才能を持っている訳ではないんでしょう?」

 あたしは思いつく限りの魔法使いの家を訪ねた。最初は高名な人ばかりをあたっていたけど、徐々にその基準は下がって……最後には言葉を選ばずに言えば、末端の魔法使いも訪ねていたものの、それでも見つからなかった。

「……お願いします。まずは小間使いとしてでいいので……!」

「悪いけど、魔法も満足に使えない子を家に置くのはねぇ。家賃とか払ってくれる訳じゃないんでしょ?」

「は、はい……修行はご厄介になるお家にお金は負担してもらうことになります……」

「じゃあ、ウチでは無理だよ。仕事を手伝ってくれるなら置いてあげてもいいけど、ツェザールの子には無理だから」

 目の前でドアが閉められる。外はもう、真っ暗になっている。

 あたしは、帽子をくしゃくしゃに丸めて、石畳に投げつけた。

「…………ったく!!なんであたしがぺこぺこ頭を下げて回って、しかもそれで修行先を決められないのよ!あたしはユリル・アーデントよ?誇り高い魔法の大家、アーデント家の長女。将来が有望視されることはあれど、こんな扱いを受けていい人間じゃないの!」

 あたしを置いてくれなかった人に対する不満というより、アーデント家に生まれながら、こんな現状に陥ってしまった自分自身が許せなくて、意味の通らない言葉を喚き散らしていた。でも、すぐに余計に虚しくだけだと気付いて、帽子を拾い上げる。

 “最後の仕送り”で買ったあたしが魔法使いとして羽ばたくための衣装。これより先は、どんなことがあったとしても、あたしはあたし自身の力で生きていかないといけない。再び家に帰れるとしたら、魔法使いとして大成した時だけだった。仮に「魔法使いになれなかったから住ませてください」と実家に帰っても、絶対にあたしは受け入れられない。……それは魔法学校に入った初日に言われたことだった。

 アーデント家の人間は、魔法使いになるか、さもなくば全く関係のない世界で一人だけで生きていくか、その二つに一つ。どちらもできないなら、野垂れ死ぬしかない。

 帽子を胸に押し付けて、最後に少しだけ目を瞑った。……泣かない。あたしはこれぐらいでは絶対に負けはしない。本当にお金も何もなくなって倒れる時まで、誇り高く生きてみせる。

「っ!?……み、見てたの?」

 ふと人の気配がして振り返ると、男の人があたしを見ていた。二十前後ぐらいで、そこまで特徴的な容姿ではない。ただ、どことなく気品……というより、清潔な世界で生きてきたということがわかる爽やかさがある。ということは、庶民より生活レベルは上。あたしと同じかその近辺ぐらいの家柄だとわかる。

「い、いや、女の子の声が聞こえた気がしたから、どうしたのかと思って」

「そう。なんでもないわ、少しだけ声を出したくなっただけ。もう夜なのに非常識だったわね。……それじゃ、あたしはもう行くから」

 魔法使いとは思えない。ということは、あたしが関わる必要もない。すぐに背中を向けて行こうとすると、その背中に更に声をかけられる。

「これからどこに?宿のアテとかは……」

「……ねぇ、それってナンパのつもり?悪いけどあたし、魔法使いでもない人間には興味を持てないの。あんまりしつこいと、不審者ってことで町兵に連絡させてもらうけど」

 彼は善意で言っているのかもしれないけど、精神的にかなり参っているところに、他人。しかも男に声をかけられるというのは、かなり神経を逆なでにされることだった。今は地味な衣装だからそんなことはないけど、学生時代はさんざ男に声をかけられて、イヤな思いをしてきた。彼がそうではなかったとしても、疑ってかかって神経をすり減らすのは仕方のないことだった。

「そんなんじゃ――」

「そういうのじゃないのなら、このまま黙って行かせて。今からでも本当に泊まるだけの宿なら見つかるだろうし、一食ぐらい抜いても差し障りないわ」

 言いながら、お腹が鳴りそうになるのを感じる。……そう言えば、お昼もロクに食べていなかった。まだ昼頃は、根気よく声をかけ続ければあたしを置いてくれる家は見つかると思っていたから、それが決まってから食事をすればいいと思っていた。

 ――いや、これだとまるで、今はもう修行先が見つからないと考えているみたいだ。そんなことはない、必ず、あたしを置いてくれる人は見つかる。諦めることだけは絶対にしてはいけない。

「なら悪いんだけど、俺も一緒に行かせてくれないか?今夜はこの町で明かそうと思ってたんだけど、野宿はさすがに問題があるだろうし、自力じゃいい宿も見つけられなくって」

「……あなた、子どもじゃないんでしょ?なら、それぐらい自分でなんとかしなさいよ。自力で見つけられなくても、町の人に聞けば教えてくれるでしょう。それにあたしも、この町の魔法学校には通っていたけど宿屋のことなんか知らないから、今から探すところなの」

「ああ、そうか。人に聞けばいいよな――なんか頭になかった」

「……バカの相手はしたくないんだけど」

 やっぱり、変な男だ。というか、ストレートにあたしに言い寄ってくるよりもずっとタチが悪い気がする。

 もうこれ以上、まともに口を聞く理由もない、ずんずんと歩いていく。……すると、男も後ろを追いかけてきた。

「だから――!あたしは今、機嫌が悪いのっ。焼かれたくなかったら、さっさと消えなさいよ!」

「ご、ごめん。でもなんか心細くって――」

「あなた、何歳!?いくらお上りさんでも、頭が悪くても、自分一人で歩くことはできるでしょ!?」

「十九だけど……」

「あたしは十五よ!四歳も年下の女にすがってくるなんて、男としてのプライドが傷つかないの?いいえ、あなたにプライドなんかなくってもどうでもいいわ。あたしはあなたについて来てもらいたくないの。これ以上しつこかったら、本当に実力行使に出るから!」

「うっ…………」

 これだけ言うとさすがに効いたのか、男は立ち止まる。……大きなため息をついてから、あたしはさっさと宿を見つけに行く。……つもりだった。

 後ろからまた、足音がつけて来る。振り返る。あの男がいる。

「……殺すわ。夜道は危ないと思ってたし、あんたをランプ代わりに火を灯してあげるから!」

 振り向きざまに、炎の魔法を起動させる。大気中にある魔力と、あたしの体内にある魔力とがしっかりとつながり、ひとつの術式を完全に紡ぐ。アーデント家が数百年という長い時間の中で作り出した“炎を操る因子”がしっかりと宿ったあたしの体は、炎魔法だけは確実に高い精度で扱うことができる。

 空中のある一点に魔力が集中して、それを糧に炎が燃え盛る。火打ち石や何やといった原始的な方法で灯した火は、自由勝手に燃え続けるだけ。薪や油が全て燃えつけるまで、ほぼ一定の火力を維持する。ところが魔法の炎の強弱は送り込む魔力の量によって決まって、逆に言えば絶妙な魔力の量を維持しなければ、たちまち霧散してしまう。

 あたしは男と自分の間に灯した炎を、握りこぶしほどの大きさに安定させ続けて、しかもそれをゆらゆらと踊らせた。

「うわっ!?」

「それ以上近づけば、本当に燃やすわよ。何?あたしに何か言いたいのなら、もっと直接的に言いなさい。はっきりしない態度は嫌いなの」

「いや……本当にただ、なんとなく君のことが気になっただけだよ。なんというか……不安そうだった」

「あんたには関係ないでしょ。あんたこそ、今夜の宿を探していて不安を感じているんでしょ?それを勝手にあたしにまで投影しないで。――この通りをまっすぐ行けば、行商人や庶民の旅人のための安宿が集中しているはずよ。あたしもその内のどれかに泊まるつもり。あんたも財布の中身と相談して適当な宿を決めなさい」

 炎をぐっと自分の方に近づけて、それをランプ代わりに宿の方向へと向かう。もう男は振り向かず、足音が聞こえても気にはしなかった。

 ……彼は、どこまであたしのことを知っているのか。声が聞こえてきたというのなら、あたしが何を喚いていたかはわかってないはずだ。帽子を放り投げて、それからそれを拾い直したところは……見られていたんだろうか。

 もしかすると、ここで彼にあたしの事情を打ち明けて、本当は不安に思っていること。もしかすると、あたしは本当に魔法使いにはなれなくて、何か他に仕事を探さなければならないということ……その全てを話せば、気が楽になったのかもしれない。彼はなんとなく、悪い人ではない気がする。間違いなくバカだけど。

 でも、それはアーデント家の誇りが許さなかった。弱味を見せるとしたら、それは身内だけだ。見ず知らずの相手に身の上話をするなんて、今のあたしが唯一持っている財産。アーデントの家名に傷をつけ、手放すようなもの。

 それはできない。だからあたしは、大して悩まずに雰囲気が気に入った宿屋に入って、一泊の代金を渡した。……仕送りの残りは、もうあまり多くはない。これが尽きる前に修行先を見つけるか、別の仕事を探すという決断をしなければならない。

説明
珍しくハイファンタジーの連載です
元々、ラノベ新人賞用に書いていたのでストックは10万字分あります
女の子主人公をとにかく可愛く書きたいだけの作品なところあります

※毎週日曜日(時刻不定期)に更新されます

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