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 読書をしていると、ポトリという音が聞こえた。すぐ近くからだった。

 宗一が本をどかすと、すぐ目の前に大きな蚊が一匹、畳の上に落ちていた。

 股の向こうの畳で彼女は飛び跳ね、震えていた。どうやらベープマットによってやられてしまったらしい。

 黒と白のストライプの腹を上に見せつけ、思い出したころに飛び、落ち、またシビレて震え、そして飛ぶ。その繰り返しを彼はじっと見ていた。羽が震えるのはほんの少しで、徒労に思えた。

 宗一は写生の時のようにその目を光らせていた。しおりを挟んだ。

 蚊の動きは徐々に小刻みになっていった。足がぐーっと天に伸び上がるように縮み、死んだかと思われる頃に、また跳ねた。その飛び様がまたひどく、死から逃れるためのあがき、ひいては生への執着のように思えてしょうがなかった。

 蟻が彼女の横を通った。

 死が近づくにつれて、体から発する死臭に誘われてか、様々な虫たちが一畳の上に集まってきた。蛾や蜘蛛、蟻、はてははさみ虫に羽のついたようなものまで、小さな虫たちは歪な円を描いていた。

 宗一はなおも蚊の一点のみを見つめる。

 六本の足を天へと突き上げ、きゅーっとしぼむ姿が、宗一には女がストッキングを脱ぐような姿に覚え、扇状的だった。だが、何も入っていないスカスカの細い腹を見るとその姿は、さながら乞食か人気のない娼婦のようだった。

 突然、彼女は高く飛び上がった。宗一は驚き、本を落としてしまった。

「お風呂、あがりましたよ。」

「ああ、分かった」

 宗一は空いた右手で寝間着をとり、外付けの風呂場へと立ち上がった。玄関から出る前に、最後に畳の上の、黒い一点をちらりと見ようとした。

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