バースト! 月島 綾香のおまじない
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 バースト。

 20年前、私たちの文明を根本から変えた現象。

 人々の中から、それまでファンタジーな物語にしかいないと考えられてきた異能力者が突如姿を現した。

 空を飛ぶ者、火を吹く者、変身する者。ほかにもたくさん。

 

 ハンター。

 異なる次元から現れた、巨力な捕食者。

 要するに怪獣、モンスター。

 これらの発生現象をひっくるめてバーストと呼ばれる。

 

 ハンター・キラー。

 ハンターを狩る人たち。

 ハンターの皮膚や骨、爪は鋼鉄より硬い。

 肉は珍味として知られる。

 ハラワタの内容物……つまりフンは大きな畑の肥料になる。

 

 そんな産業にも人間はすっかり慣れてしまった。

 一緒に発達した、各種技術と一緒にね。

 

 でも、生まれる前からあっても、慣れるかどうかは別だよね。

 

「おめでたい時には、おいしい物がなくっちゃ。綾香ちゃん! 」

 その言葉には、賛成したいな。

 でも、連れてこられた場所が問題だった。

 そこは大きなテントの中。

 それも、大きなビルを解体する時、破片が飛び散らないように覆うような物。

 

 大きなバスが入口。

 外部からのバイ菌や毒ガスを防ぐタイプ。

 中には使い道のわからない機械が詰め込まれてるよ。

 ハンターの中には体に猛毒や爆薬のような成分を持つ者もいる。

 最悪、死ぬと毒を含んだ大爆発を起こすんだ。

 そんな成分を調べるものだと思う。多分。

 

 私は、血の匂いもシャットアウトされた、その中にいる。

 月島 綾香。16歳。

 無能力者《ノーマル》。

 壁に作りつけられた薄いクッションのイス、狭くはないけど痛いよ。

 170センチの体は収まるけど、プニュンと広がる太ももとお尻もクッションにはならなかった。

 

 テントの中で一番大きいのは、巨大で赤い人型ロボットのハンター・キラー。

 たしか名前は、ウイークエンダー・ラビット。

 手足には、格闘戦を想定した分厚い装甲を施したやつ。

 しかも、ちゃんと使っていた証拠に、塗装がはがれて灰色の地が見えているよ。

 このテントも、あのラビットが傘みたい開いて立てた。

 前に学校の社会見学で見たことがある。

 クレーン車や人が作ると、3カ月かかるんですって。

 

 狩られたハンターは、テントの真ん中から逆さづり。

 もともとは、ヤマアラシのように背中から無数のトゲをはやしていた。

 それが、今はトゲも毛の生えた革もはぎ取られ、筋肉だけの姿になっている。

 首にはぱっくりと避けた傷があり、血がしたたり落ちている。

 血ぬきの跡。

 その下には小さな浄水場そのものがあり、血を浄化している。

 

 肉をはぎ取るのは、ナイフを手にしたラビットと、アームの先にハサミをつけた2台のパワーショベル。

 切り分けた肉を、大きなトラックに乗るようなコンテナと、大きなまな板に器用に乗せた。

 まな板の前には、白いかっぽう着に髪をまとめる帽子、それにマスクをした1人の女の子がいる。 

 私をここに連れて来た張本人、じゃなくてネコ。

 真脇 達美ちゃん。

 交通事故で死にかけたネコの脳を使ったサイボーグ。

 しかも純然たる戦闘用にして、元アイドル。

 小学生にも間違えられるほど、その姿はかわいらしい。

 でも、手に持っている包丁は、刃渡りは50センチ。刃から峰までが人の顔ほどもある、クジラ包丁。

 達美ちゃんは、それをすごい勢いで振り落とす。

 肉は瞬時に細切れにされていく。

 その荒々しい姿に、思わず背筋が、寒くなってくる。

「い、いけない」

 その時、達美ちゃんが背中を見せた。

 ちょうどいい。

 おまじないをしよう。

 それは、相手と仲良く話したいときの物。

 相手の背中に、3回まばたきする。

 ワン・サウザンド。1回。ツー・サウザンド。2回。スリー・サウザンド。3回……。

 やがて、達美ちゃんは肉をビニール袋に入れ、アイスボックスに詰めた。

 

 今日は偶然にも、2人とも野球帽に白Tシャツ、ネイビーブルーのひざまでパンツ。

 でも、達美ちゃんの方が絶対目立つ。

 髪の毛は真っ赤。

 今は見えないけど、帽子を盛り上げるのは、ごきげんよく天に伸びた猫耳。

 同じ色の毛が、シャツとパンツの間からしっぽとなって伸びている。

 その真っ赤な目は、まんまるく輝き、ニコニコだ。

 私は、この顔がとてもかわいいと思っている。

 でも私は、自分で決め、やって来たのに。

 解体する達美ちゃんの姿が・・・。

 ……気持ちが悪い。

 

 いただきます。

「ありがとね?」

 そう、居並ぶ銃を持った従業員にあいさつして、テントをでた。

 外に並ぶのは、荷台やサンルーフにでっかい機関銃やロケット砲を載せた、軽トラックや大型SUV。

 それに無人戦車。

 人が乗らなくても、人工知能や遠隔操作で動くやつだ。

 大砲がついている。

 空を旋回している小さな飛行機も一緒。

 胴体と翼にミサイルを並べている。

 倒したと思ったハンターが動きだすこともあるし、重武装の泥棒もいるから。

 

 だめだ。

 夏休みの強烈な日光に照らされて、頭が動かなくなりそう。

 早く家に帰ろう。

 

 外はラビットとヤマアラシハンターの戦いと爆撃で穴だらけになった、狭い谷あい。

 休耕田、過疎化で作る人がいなくなった田んぼしかない。

 ハンターを追い詰めるには、ちょうど良かったのかな。

 あちこちに赤い電柱のような物が突き刺さっている。

 これは、ハリネズミハンターがミサイルのように発射した背中のハリだ。

 戦い後の穴は、慣らされて鉄板がひかれ、道になっている。

 私たちは、同じように仮設された海沿いの国道まで歩いていく。

 達美ちゃんは大きいアイスボックスを軽々と持つ。

 私は小さいやつ。

 その時、国道に白い軽自動車がやってきた。

 谷の前で止まったところを見ると、野次馬かな?

 10秒もせず、軽自動車は走り去った。

 私たちは特に気にせず、バスに乗った。

 

 バスは舗装された国道に移り、無事だった街に入る。

 私の家族を含めた住民の避難が発令された時は、大変だったけど。

 家に帰った私は、冷たいシャワーを浴びた。

「は〜」

 夕方の海風よ。もっと冷やしてよ。

 家は海を見下ろす丘の上にある。

 もうすぐ、オレンジ色の太陽が真っ赤になって海に沈む。

 この景色のよさが、我が家のひそかな自慢なんだ。

 

「よっ! 今夜の主役の登場だ! 」

 うう、照れ臭い。

 

 迎えたのは、小宮山 孝太さんの温かい声。

 彼は隣街の高校、魔術学園に通う。

 異能力者が集まる、政府肝いりの学校なの。

 音楽部の副部長である3年生。

 私、背の高い人が好きなんだ。

 で、彼はめったにいないそんな人。

 私の憧れ。

 

 海を見下ろす庭に、BBQコンロを囲む仲間たち。

 コンロではさっきのハンターの肉がジュウジュウ音を立てている。

 

「じゃ〜ん」

 女の子が2人、左右に広がって、もっ体ぶったしぐさで後ろを示した。

 1人は私の同級生。

 つまり無能力者の元気がすてきな高校生。

 ブラスバンド部軽音班長。塚原 栄恵ちゃん。

 魔術学園からは1年生ながら、その卓越した楽器の腕で音楽部部長に推挙された、竜崎 舞ちゃん。

 ちなみに、さっき「じゃ〜ん」を言ったのは栄恵ちゃんだけ。

 舞ちゃんは異能力が使える代わりに脳に障がいを負って、言葉が話せないの。

 だから「じゃ〜ん」はスマホのメモ機能で表現してる。

 

 いつの間にか、テーブルの上にはテレビが置かれていた。

 それから、シンセサイザーの高音による明るいリズムが流れる。

 私たちのオリジナルソングのミュージックビデオだよ。

 周りで激しく演奏したり、ステップを踏む仲間達。

 その中心でゆったりと踊りながら、女性にしては低い声で歌うのが私。

 ディナーは、動画サイトに投稿する前のMV試写会なんだ。

 

 やっぱり恥ずかしい!

 いくら歌やダンスがうまくても、それ自体だけだよ!

 だけどテレビからは、激しさを増す達美ちゃんのエレキギターや小宮山さんのドラムにのって逃げることは許さない!とばかりに。というか、そういう歌詞が流れてくる。

 そうだ。がんばれ私!

「あはは。ありがとう。ありがとう」

 飲み物を取り、手も振ってみる。

 ……すごく偉そう!

 

 熱帯夜の熱をかき集めて苦しめる、背中まで届く白いウイッグ。

 痛い赤のカラーコンタクト。

 白い陶器のような肌は、分厚いファンデーション。汗に乗って垂れさがって苦しめられた。

 二重アゴはテープで引っぱられて小顔に。

 コルセットをきつく巻いたおなかには、たしか、私の記憶が確かなら、生まれて初めてクビレができた。

 そして、栄恵ちゃんがどこかのサイトでレンタルして来た……黒いレザー調女王様風ロングドレスと、肘まで覆う、ロンググローブ。

 いわく、「白い光を背後におくと、闇夜でかえって生えるんだよ」と言うピカピカのツヤツヤが施された物だ。

 そのもくろみは、たしかにかっこ良かった!

 背景は、地元に住んでいてもめったに来ることがない岬。

 街灯りははるか遠く、最も輝くのは満月。

 私の白と黒は、その満月の下に輝く波と最低限の照明の元、さらに妖しく輝き続ける。

 

 やっぱり慣れない。

 望んでいた事なのに。

 というか、怖い!

 本当の私は、絡まるくせ毛が嫌で、短く刈り込んでいる。

 そして健康に気を使い、すくすくと……いや、言い訳はすまい。

 好きで食べた結果、ブクブクと育った体。

 達美ちゃんは、「このくらい大きい方が存在感があるね!」と言ったけど。

 この情けないのが私。月島 綾香。

 

 思わず後ずさりしようとしたら、後ろからギュッとおなかを包まれた。

「やっぱり面白〜い。オモチみた〜い」

 包む腕は、細くて小さい。

 ああ、達美ちゃん。

 いるのが奇跡の元アイドルは、振りほどこうとしても、びくともしない。

 この子は、本当に作詞作曲やプロデュースの実力もあるんだよ。

 今でも、復帰しないかと誘いが来るらしい。

 でも、今の生活が気に入っているからって、断っているんだ。

 詐欺師も言い寄って来るらしいしね。

 

「やめなよ。達美ちゃん」

 後ろから声をかけたのは、メガネをかけたやせた男の子。

 達美ちゃんのボーイフレンドの鷲谷 武志君。

 MVではシンセサイザーを担当していた。

 その彼が達美ちゃんを優しく外した。

 彼は達美ちゃんと同じサイボーグ。れっきとした戦闘用。

 だけど、達美ちゃんが従うのはそれだけじゃない。

 鷲谷くんは私と同じ学校で、達美ちゃんとはちょっと遠距離恋愛。

 だけと、2人はいつも仲良し。

 なかなかできないことしてるな。

 鷲谷くんは達美ちゃんの耳元で何か、ささやいている。

 何となくおなかの肉、とか、気にしてる、とか聞こえた気がした。

 そう。

 私は怠惰の象徴であるおなかの肉を気にしている。

 それに対する達美ちゃんの答えは。

「え?。タケ君。

 私、やわらかいとこ触られるの好きだよ」

 ああ、言っちゃった。

 

 この6人が、私のチーム。

 二つの学校からメンバーがいるのは、もともと軽音をやる人が少なかったため。

 こんな小さなチームなら、私みたいなどんくさい子にも出番があって、それを足掛かりに自分を変えられると思ったんだ。

 それは、たしかにある程度までは成功した。

 でも、すでにコントロール不能なレベルまで行ってしまったようだ。

 

 パーティーは続く。

 このお肉、ほんとにおいしい。

 普通は怪獣の肉なんて、何万トンもある体重を支えるため、硬くて仕方がない。

 そのままロープに使えるほど。

 だけどこの肉は柔らかく、肉汁はさわやか。

 達美ちゃんを作ったのはハンター・キラーの会社、ポルタ・プロークルサートル社。

 その面目躍如って感じ。

 おかげで大いに盛り上がった。

 今、我が家にはチームしかいない。

 両親と父方の祖父母は、「今夜は友達と楽しみなさい」と言って、どこかに出かけてしまった。

 買い置きしてあった酒類と一緒にね。

 ……みんな、あっても飲まないよ。

 

 あれ。これは何?

 双眼鏡にしては余計な機械がついてるけど。

「暗視ゴーグル。夜に動く動物を見ると面白いよ」

 そう言う達美ちゃんに使い方を教わり、遠くを見渡してみる。

 本当だ。

 すっかり暗くなっても、熱を持った人や自動車が、白く見える。

 海の方を向いてみた。

 そこにも白いものがある。

 どうやら人らしい。海水浴か密漁かな。

 そこは、切り立った岩場があるところだった。

 岩の陰に隠れるように、大きな熱源がある。

 エンジンを切ったばかりの、乗用車だ。

 それにしてもおかしいな。

 この辺りは広い日本海からの荒波が押し寄せる。

 海底も岩場。

 転べば命にもかかわるから、夜は泳ぐ人も、散歩する人さえいない。

 ……まさか……自殺!?

 

 そのことを訴えようと、私は振り向いた。

 でも、あまりの緊張に言葉がでない。

 それでも、小宮山さんは私の異常に気づいてくれた。

「おい! 顔が真っ青だぞ! 」

 それを聞いて、他のみんなも注目してくれた。

 なんてすてきなお友達!

 

「私が行く! 」

 そう言ったのは達美ちゃん。

「僕も! 」

 と鷲矢君も。

 同時に、2人の背中から首の後ろに、大きな機械が飛びだした。

 機械は箱型に、そして翼が飛びだす。

 2人を飛ばすジェットエンジンと翼。

「みんなはあかりを照らしたり呼びかけたりして、彼の気を引いて! 」

 鷲矢君がそう言うと、2人は海に飛んで行った。

 

 私は家にとびこむと、懐中電灯をあるだけ持ってみんなに渡す。

 停電が怖いと言って、お金に余裕があると買ってくるお父さんに感謝です。

 小宮山さんは、腕で大きく円を書いた。

 すると円の中に、これから行きたかった海岸が見えた。

 かれはテレポーターなんだ。

「そんなに長く開けられない! 急いで! 」

 私たちは岩だらけの海岸から自殺志願者(?)を探した。

「おーい! もどってこーい!! 」

「警察に逮捕されるよ〜! 」

 私は暗視ゴーグルで見るから場所は分かる。

 なにあれ。海面や周りが真っ白に見える。

 きっとジェットの排気だ。

 ものすごく熱そう!

 とにかく、そこにみんなの光を導きながら、叫びまくった!

「戻りなさい! 」

 頭の上で風が起こった。

 信じられない速さで空気が一点に集中していく!

 その下には、両手を上げた舞ちゃんがいた。

 その技は前に見た。

 素粒子を、物質を引き付ける力を操るんだ。

 今は空気をひきつけあい、プラズマに、つまり炎に変える。

 とたんに、巨大なかがり火が現れた。

 

 2つのジェットがやって来た。

 達美ちゃんと鷲矢くんはバランスをとり、排気をぶら下げた人に当てないよう、ハの字型に噴射している。

 おろされると、その人はへたり込んだ。

 ぬれてはいるけど、Yシャツは白く、ズボンもスーツ風。

 男性だ。身なりは良い。

 その体から、赤いロープのような物がスルスルと外れていく。

 ロープは達美ちゃんの腕に吸い込まれていった。

 ボルケーニウム。

 達美ちゃんの表層に使われる、遠い宇宙からもたらされた超常物質。

 熱でも衝撃でも自分のエネルギーに変え、今のように形を変えることもできる。

 そうか。

 熱い排気を当てないために、動くロープを使ったんだね。

 

「? あんたどこかで会ったこと、あるかね? 」

 達美ちゃんが、男性の顔をのぞき込み言った。

 20歳くらいかな。

 青年は顔を背けるだけで何もしゃべらない。

「アー!! 」

 その沈黙を破ったのは、栄恵ちゃん。

「いつぞやのコンサートで、タケ君を殴ったストーカー!! 」

 私の背中にも冷たい物が走る。

 栄恵ちゃんのいう事が本当なら。

「この男、犯罪者だ!! 」

 

 それは、達美ちゃんがアイドルを止めるしかなくなった事件だ。

 その日、達美ちゃんは鷲矢君を誘った。

 2人にとっては数カ月ぶりにあう機会だった。

 舞台の上と下で、感極まった2人は手をつないだ。

 そしたら鷲矢君が、ストーカーに殴られた。

 怒った達美ちゃんは、舞台を飛び降りて殴り返した。

 人間のアイドルがやっても、クビは免れなかっただろう。

 さらに達美ちゃんは、現役の兵器。

 それが民間人を勝手に殴るなんて、あってはならない事だ。

 たとえ相手が前にも暴力事件を起こしたとしても。

 それが裁判所の判断だった。

 

 男が、いきなり叫んだ。

 足のすくむ、現実感のないほど大きな声。

 それでいて、効き覚えのあるような。

 そう、ハンターの叫び声によく似ていた。

 とにかく、男は叫びと共に立ち上がり、走りだした。

 岩場の駐車場へ、白い車に向かっている。

 ハンターの解体場の前を通り過ぎた、あの軽自動車だ。

 

「待てえ! 」

 最初に男を追いかけたのは、栄恵ちゃんだった。

 男の背中に、蹴りを放つ!

 その逃走と追撃は、一瞬で終わった。

 達美ちゃんの機械の足は、両者にすぐに追いついた。

 ジェットエンジンは出しっぱなしだけど、使った様子はない。

 熱いから冷ましてるだけかもしれない。

 達美ちゃんの左手は栄恵ちゃんの蹴りを、右手は男の襟首をつかんで離さない。

 その上、達美ちゃんは2人を合わせたより重い。

 

 唐突に、さっき男が上げた叫びの意味が分かったよ。

 マワキ タツミチャン!

 

「離せ! 離してくれ!! 」

 男はそれでもあきらめない。

 前のめりになって逃げようとしている。

「いいの? 転けたら痛いよ? 」

 それに対して達美ちゃんの声は落ちついていた。

「いいの? あんたもひどい目にあわされたんでしょ?! 」

 栄恵ちゃんは私と同じ、納得いかないようだ。

 達美ちゃんは栄恵ちゃんを離した。

「それについては裁判で決着済み。

 ところで、まだ警察に通報してないよね? 」

 そう言えば、まだだね。

「今はしなくていいと思う。

 あんたも、その方がいいでしょ? 」

 襟首をつかんだままの男にたずねる。

 男は、へたり込むように頭を下げた。

「有村 修くん、だね」

 達美ちゃんは聴いた。

「そう……です……」

 返事は、蚊の鳴くような声だった。

 

 結局、有村 修青年は私の家に連れてくることになった。

 今は、お風呂に入っている。

 鷲矢くんと小宮山さんは、こっそり監視中。

 不審な物音を聞いたら、すぐにドアをケリ破ることになるだろう。

 何しろ自殺志願者だから。

 着替えは車の中にあった。

 おまじないは、もうやった。

 お風呂に向かう背中に向かって、瞬き3回。

 ワン・サウザンド。ツー・サウザンド。スリー・サウザンド……。

 だけど、どう話せばいいのか、わからない。

 

 とにかく、ご飯をだす。

 さしものハンター肉も、海に行ってる間に焦げてしまった。

 買い置きのハンバーグをご飯に乗せて、ロコモコ丼にしよう。

 あれ?

 疲れた人に栄養たっぷりの物をだすといけないんだっけ?

「見たところ、大丈夫だと思う」

 そう言ったのは、達美ちゃん。

 もうジェットウイングはしまい、舞ちゃんと栄恵ちゃんと一緒にパーティーを片づけてる。

「でも意外ね。本当に、あいつの事憎くないの? 」

 栄恵ちゃんが明け透けに聴いた。

 舞ちゃんもコクコクとうなづいて同意をしめす。

「まあ、なんと言うかな」

 達美ちゃんは言葉を探すためか、しばらく黙った。

「有村くんとは、事件の時と裁判の時にしかはっきり会ったことがないの。

 でも、事件と裁判の時で、性格が変わってるのが、印象に残ってる」

 ? 何それ。

「事件、と言うか、コンサートに来る時は荒々しい性格」

 それは、あなたのファンには珍しくない事ね。

「裁判の時は、ずっと怖がって震えてた」

「それって、よくある事じゃないの? 」

 栄恵ちゃんの質問。

「まえに、アイドルとして人にあっても、相手が自分を取り繕うとするから、立派な事を言ってても本気かどうかわからない。って言ってたじゃない」

 舞ちゃんも、私もそう思う。

 でも、達美ちゃんの答えは。

「私も最初はそう思った。

 でも、気になることがあるの。

 裁判では、裁判官とかいろんな人が話し合って判決をくだすよね。

 でも、有村さんはそういう人たちの話を聞かないし、信じようともしないみたい。

 本当の事を言え! とか、わけがわからない事言うな! とか。

 あれ、なんだったんだろう……」

 まさか、裁判で勝っても喜ばなかったんじゃない?

「よくわかったね。むしろ戸惑ってる感じだった」

 ニュースでは、兵器の管理をどうとか、神妙な面持ちで語ってたと思うけど。

 すると舞ちゃんが、スマホに何か書き込んで見せた。

『有村さんには真実とは違う、信じたい事実があるのでしょうか? 』

 自分が変態だと思い込みたいって事?

『それはありえると思います』

 再び書き込む。

 私が変態という言葉を使ったからか、赤い顔して。

『自分をダメな存在だと思いこみ、それを認識できるから自分は正しい。と思いたいのでしょうか』

「ヒドイ話ね」

 栄恵ちゃん。

「いいわ。私たちで励まそう! 」

 私もそう思った。

 でも、達美ちゃんからでたのは警告の言葉だったの。

「そうそう。有村君には直接叱ったり、がんばれ、なんて言うのはだめだからね」

 それは何で?

「自殺しようとしていたという事は、彼の精神は限界まで疲れているという事。

 向こうから、話しやすくするの」

 そして、いつも通りのリラックスした言葉で付け足した。

「いいじゃないの。

 もうしばらく、美味しいもの食べて、ゲームでもしてれば」

 

「……い、ただきます……」

 有村さんは、また蚊の鳴くような声。

 おずおずと即席ロコモコ丼とお味そ汁を口に運ぶ。

 その姿には、一片の暴力性も見いだせない。

 いえ、だからこそキレると、そうなるのかな?

 ……美味しい?

「はい、とても」

 6人の目でジロジロ監視したら、精神的に追い詰めることになって良くない。

 達美ちゃんのアイディアで、みんなは関係のないことをしている。

 響くのは海水にぬれた服を洗う洗濯機の音。

 男の子たちには、舞ちゃんがこっそりメモを見せた。

 思慮深い人たちだから、心配はなさそう。

 一度は有村さんを蹴り飛ばそうとした栄恵ちゃんも、おとなしくソファでテレビを見て……。

「グ―」

 寝てる!

 

 小宮山さんが、新しくハンター肉を焼いた。

 最初は誰もが食べるのにおっかなびっくり。

 だけど、有村さんはすぐ慣れたらしく、次々に平らげた。

 意外と度胸あるね。

 

 食事も終わり、私はいれたてのコーヒーを持って行った。

 私の好きな砂糖とミルクも一緒に。

「どうぞ」

 有村さんはブラック派らしい。

 落ち着いた顔は、けっこうかわいかった。

 そう思ってたら突然、話しかけられた。

「あのさ、そろそろ尋問と言うか、俺の話しを聞いた方がいいんじゃないの? 」

 ……なんでそう思うの?

「だって、兵器なら公共の福祉、犯罪の予防に務めないと……」

 そう言われ、視線を向けられた達美ちゃんは。

「そう? じゃあ……。

 ねえ、あなたって、嫌なことがあると、正義感を持って解決しようとするよね」

 話し始めた。

「あの時だって、タケくんを私の優しさにつけ込む悪いやつだと思ったから殴った」

「あんたが気前良すぎるのよ」

 栄恵ちゃんだ。

 起きてたんだ。

「握手した相手がパンチラ撮ってブログに載せてたりしたじゃない」

 有村さんに、過ちを犯したのは自分だけじゃない、と伝えて励ますためかな?

 まさか達美ちゃんに話しかけるとは。

 達美ちゃんが頭を下げる。

「それは、反省しています。

 それに比べれば有村さんは、誠実な感じがするよ。

 裁判の発言も誠実な感じだったって、タケ君も言ってたじゃない」

 鷲矢君が、うなづいた。

 

「で、今日の事は、何があったの? 」

 達美ちゃんの言葉に、有村さんの表情は硬まった。

 そのまま。だけど、意を決したようで話しだした。

「い、居場所が無くなったからだ」

 絞りだす。そんな感じのかすれた声。

「裁判では、あんた達の責任……なぐった俺の拳が折れたとか、そういう事に焦点が行った。

 だけど、身近な人たち、両親にとっては、そうじゃなかった。

 無神経、無責任、暴力性が、おまえの本質だとののしられた。

 アイドルを追いかけた事は、軟弱さの表れだと言ってたよ」

 次第に涙声がまじってきた。

「これでも、会社では若手筆頭と呼ばれてたんだ。

 1人暮らしだって、サークルでやってたサッカーだって、しっかりできたという自負もある。

 だけど、どれも失った。

 親が、会社やアパートやサークルに連絡したんだと思う」

 そして、みんなを見ながらつぶやく。

「なあ、俺のことを情けないと思うか? 」

「もう少し聞かせて」

 私の口が動いた。

 自分でも不思議な、勝手に動いた感じ。

 ゲスな好奇心? 本気で必要だと思った?

 とにかく、生まれて初めて感じる強い欲求で、聞きたいとおもった。

「そうだね……。

 自慢するわけじゃないけど、そこそこ人気ブロガーだったと思う。

 1日に700ぐらいアクセスがあったし。

 君たちの特殊な事情や、巻き込まれた事件。

 その苦難については理解していた、と思いたい」

 ハンター・キラーについてや、達美ちゃんや舞ちゃんや仲間たちが、強さを見込まれて異世界に召喚された事件の事ね。

「今じゃアクセス数0。

 代わりに、こんなうわさが立った。

 真脇さんがハンター・キラーになったから、それを追ってハンター・キラーへの転職がふえる。

 それで兵器が売れる。

 結果、日本の治安が悪くなった。とね」

 その噂なら、みんな知ってる。

 そもそも達美ちゃんのファンは、20年前から増え続けるハンター・キラーや警察、自衛隊などだから。

 でも、達美ちゃんは失脚した。

 そのことで、それまでの居場所も不確かなものに思えた人たちが、追いかけて……。

 だけど。

「そう。それだけがハンター・キラーになる理由じゃない」

 有村さんは分かっていた。

「お金やスリルを求めて。異能力を生かせる職場。無人兵器が発達して、無能力者でも安全になったのも増える理由だね。

 でも、理由なんて千差万別。

 本人のほかには分からないけどね」

 有村さんは、もういっぱいいっぱいです。という感じで言葉を断ち切った。

「ごちそうさま。

 言うだけ言ったらすっきりしたよ」

 その時、洗濯が終わったことを示すブザーが鳴った。

 私は洗濯物を取りに行く。

 そう離れていないから、話は聞こえる。

 

「で、どうする気なの? 」

 達美ちゃんだ。

「自殺は止めだ〜! 」

 初めて聞く有村さんの明るい声。

 そして大きく伸びをする気配。

 でも、わざとやって見せてるみたいだ。

「別に親にオンブでダッコで生きてたわけじゃない。

 蓄えだってある。

 せっかく、遠くまで来たんだから、どこかで再就職を目指すよ」

 

 多分、彼の言葉にうそはないだろう。

 でも何か、してあげなきゃいけない気がした。

「待ちなさい! 」

 私は洗濯物を入れた袋を手渡しながら言った。

 あのMVさながらの、女王様ボイスで。

「1つおまじないを覚えていくといいよ。

 相手と仲良く話したいときの物だよ」

 有村さんはキョトンとしている。

「相手の背中に、3回まばたきする。

 ワン・サウザンド。ツー・サウザンド。スリー・サウザンド……」

 有村さんは、さすがに吹きだした。

「なんだ、それ」

 でも、悪い気はしない。

「そうです。おまじないなんて、単なる時間稼ぎ。

 でも、それをしている間、私たちはその問題に向きあってる。

 だったら、その分私たちの姿が目につく可能性だって高まるはず。

 きっと、あなたの事を見てる人だっているはずです」

 

 彼は、再び歩きだした。

 さっきよりは力強い足取りで。

 きっと彼は救われる。そして私も。

 私たちは、お互いを助けあったんだ。

 

説明
 僕のダメダメSF・ファンタジー「レイドリフト・ドラゴンメイド」同一世界観です。

 ソ連の崩壊。携帯電話やインターネットの普及。
 文明の変化に僕らは触れてきたし、これからも触れるでしょう。
 でも、文明の構成メンバーは、それほど変わったでしょうか?
 これは、文明が激変した世界で生きる、彼らの手が届く範囲で頑張る物語です。
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