紫閃の軌跡 |
〜リベール王国 センティラール自治州 温泉郷ユミル〜
リィン達は無事にユミルのあるセンティラール自治州へと戻ってきた。ヴァリマールから降りて彼が休眠状態に入ると、そのまま山道を降りていく。途中の魔物についてはリハビリ代わりということでゼノとレオニダスがこなしたのだが、さっきまで骨折したとは思えないほどの動きを見せていた。
「やせ我慢しすぎ」
「あはは……アリスはんによう似てきたわ」
「容姿については……これも成長に期待だな」
(まるで親みたいな発言だな)
(ええ……)
ユミルに無事戻り、ゼノ達は宿を確保するために別れて一路領主館を目指す。すると、その館の前に立っていた二人の人物に気付く。一人はリィンの母親であるルシア。そして、もう一人は先日の襲撃で意識不明の大怪我を負ったはずのテオ・シュバルツァー侯爵その人だった。これにはリィン、トヴァル、セリーヌ、アリーシャは驚かずにいられなかった。
「と、父さん!? もう目が覚めたのか!?」
「しかも、見るからに傷がなさそうに見える……」
『ありえないでしょ。どんな手品を使ったっていうのよ』
「ええ。私の知る限り、あれだけの大怪我を治す方法は知りません……」
「フフ……積る話もあるだろうが、まずは夕食にするといい。鳳翼館のほうに部屋を用意させるよう言っておこう。ルシア」
「ええ、解りました」
「えっと、改めてお世話になります」
そうしてシュバルツァー家で夕食をご馳走になり、テオの提案でリィン、マキアス、エリオット、そしてトヴァルの男性陣が鳳翼館の露天風呂に浸かることとなった。
「ふうう……久々にこうやって体を清められるのはありがたいよ」
「ああ、ここ一ヶ月は大変だったからな。ケルディックの街の人たちにはシャワーを借りたりでお世話になりっぱなしだった」
「ここ一ヶ月ほどサバイバル生活とは大変だったみたいだな。トヴァル殿も態々感謝しています」
「いえ、寧ろこちらも軽率な部分があったのは事実ですし、お互い様です。にしても、怪我の跡が完全に消えていますが、一体何があったんですか?」
トヴァルの問いかけにテオは率直にこう答えた。
「……ルシアから聞いた話も含まれるが、リィン達がケルディックに向かった後のことだ。アスベル君とルドガー君、それとセリカ君とリーゼロッテ君。その4人がユミルを訪れた。回復させてくれたのはアスベル君ということもな。一通りの情報交換をした後、彼らは里を去ったのでその後の消息は私も特に聞いていない。『合流する前にやるべきことがある』と言ってな」
「成程。確かにアスベルなら可能かもしれません……本国からは何か連絡が?」
「それについては皆がそろった時に話そう。このことは君たちにも伝えるべき重要なことも含まれているからな」
風呂から上がって、領主館の執務室にて集まった一同。そしてテオが言った言葉にリィンが反応した。
「―――それは本当ですか!?」
「ああ。本国からの連絡で、センティラール自治州……とはいっても、ひとまず千人規模の精鋭部隊を配置。現在一時的に封鎖しているユミル−ケルディック間の鉄道路線も復活させて流通面を解消するとのことだ。詳しい配備計画は実のところ私も知らされていないが」
先日のユミル襲撃は軽微で済んだが、同等かそれ以上の襲撃がないとも限らない。本国にある王国支部から特例という形でA級正遊撃士二名が派遣され、そのうちの一人がユミルに来る手筈である。王国全体の警戒レベルが上がっていることと、それに付随する依頼で遊撃士も忙しいため、シュトレオン王子も特例措置を講じて遊撃士として動いているとのことだ。
「正規軍が立ち直ってきている以上、貴族連合としては何としても優位を保ちたいはず……そういえば、フィーは二人から何か聞けたのか?」
「ううん、特には。元々機甲兵の教練がメインだったから、裏の細かい段取りは教えてもらえてなかったみたい。ただ、気になるのは『赤い星座』の面々が貴族連合の中にいたってことぐらい」
「『赤い星座』……団長の<闘神>は死んだらしく、副団長の一人も行方不明。だが、もう一人の副団長である<赤の戦鬼>は健在で、現在はクロスベル方面での目撃情報もあるが」
通商会議の一件から何を狙っているのか不明だが、それはひとまず置いておく。テオは続けてソフィアに関する情報を口にした。
「―――それと、今日の夕方に殿下から連絡があった。ソフィアについては殿下が信を置ける人物に任せるとな」
「……間違いなくアスベル達だね。彼らが動くのなら、多分大丈夫だと思う」
「だろうな。僕としては彼らが余りある力で帝都が火の海にならないことを願う」
「マキアス、それ冗談に聞こえないから止めとこうよ」
『誰もできないとは一言も言わないあたり、彼らも妙に信頼されてるわね』
リベール王国からは数々の要求を貴族連合もとい帝国暫定政府に要求しているが、その回答は誠意に欠くものばかりであり、現在のところは100万ミラという端金という有様。これを見たシュトレオン王子は『信用に欠く』として何らかの策を講じると述べていた。
「それで、テオ様。他に何か新しい情報は?」
「ああ―――オリヴァルト皇子殿下から、君達にメッセージを預かっている」
そう言ってテオが取り出したのは一通の手紙。中に入っていたのはオリヴァルト皇子からのメッセージであった。
『突然のメッセージ、驚かせて済まない。エレボニア帝国は内戦によって混迷を極めている。トールズ士官学院の理事長とはいえ、君達をそれに縛り付けることはできないだろう。だが、今まで何度も立ち向かってきた君達にしかできないことはきっとあるはずだ。僕は現在、帝国西部で第七機甲師団と協力して事態の収拾にあたっているが、正直言ってジリ貧と言う他ない。まだ彼らが本腰を出していないのも自信の表れなのだろう。……『世の礎たれ』。トールズに通うものなら一度は耳にするその言葉の意味を、君たち自身で考えてほしい。他でもない<Z組>としての答えを。僕から、というよりは知り合いから預かったものを君達に渡すよう頼んでおいた。遠慮なく有効活用してほしい』
ユミルの遊撃士協会支部に預けられていたもの。リィン達に渡されたのは大量のミラと各種セピスの山。これにはリィン達も喜ぶどころかドン引きしていた。とても一介の学生に使いきれる量でもなかったからだ。
「ミラはアイテム補充とかで重宝するし、セピスはARCUSの強化とかに使えるけど、見返りに何を要求されるかちょっと怖いよね?」
「そだね。まあ、多分その被害を食らうのは……」
「だろうな……」
「いや、そこで俺を見ても困るし、それと今の俺はリベール王国の人間だから」
「殿下ならその辺も見越していろいろ言いそうだがな」
〜リベール王国 首都グランセル グランセル城〜
その頃、リベール王国の首都グランセルに聳え立つグランセル城では、シュトレオン王太子が駐リベール大使であるダヴィル・クライナッハを宰相執務室に呼び出した。
「さて、ダヴィル大使。まずは急なお呼び出しをして申し訳ない。こちらから要求したソフィア・シュバルツァーの返還要求交渉に加え、先日の侵攻についての賠償や難民の費用請求交渉まで押しつけたことで多忙を極めていると存じている」
「いえ、元はと言えばエレボニア側が引き起こしたこと。私だけでなく職員共々国外追放も覚悟しておりましたが、我々の安全を保証していただいたことに感謝すべき立場です。この状況でも対話という選択肢を残してくださる温情を……されど、そのことがエレボニア本国政府に伝っていないのは残念なことであり、大使としての至らなさを痛感しております。して、今回はいかなる要件でしょうか?」
「今回は最後通告に近いものだ。もし今後我が国が自治州として定めている領地も含めて武力侵攻並びにそれに付随する行動を取った場合、我がリベール王国はあらゆる可能性を排除しないやり方を以て事態の収拾にあたる。それで拘束した者たちの処遇は国境線の内外を問わずリベールの国内法を以て判断するとな」
対話という選択肢は残すが、エレボニア帝国がリベール王国に対して戦争の仲裁や調停などを頼みたいというのなら、生死が不明となっているギリアス・オズボーン帝国宰相の政界からの完全排除。これが絶対前提条件となる。それが出来ないのならば『仲裁や調停に至る余地なし』と判断するという宣言。
「それが例えエレボニア帝国の人間でもですか?」
「ああ。先日の侵攻で旧帝国領の住民たちは最早我慢の限界だろう。一番身の危険を感じたわけだからな。我々だけでなく賢明な判断をして民の命を最優先にした者たちを“下”に見ているというのなら、それは我が国そのものへの侮辱と心得るがいい、と大使殿に言ったところで何も変わりはしないが」
本来ならば<不戦条約>に抵触するが、そもそもその条約破りをしたのはエレボニア帝国と旧カルバード共和国。それを棚上げにして批難すれば、リベール王国は返す刃を以て二国を糾弾する用意がある。話し合いよりも先に銃を突きつけた相手に大砲を突き付けるようなものだが、それも止むを得ないとする判断。
場合によっては提唱国権限で<不戦条約>を凍結することも視野に入れている。そもそも、条約自体『クロスベル問題』に楔を打ち込むためのものなのだから。その問題が安定ラインに乗れば、条約自体形骸化するのは当然の流れだ。
「万が一、全面的な戦端が開いても大使殿を始めとした大使館職員の身の安全は、リベール王家たるアウスレーゼ家が全面的に保障しよう。<百日事変>後のオリヴァルト皇子の帝都帰還やアルフィン皇女の配慮に関しての功績もある故、我々としても対話の窓口を重要視している。国内にいるエレボニア帝国民が我が国の法を準ずる限りにおいて身の安全を保障する旨も合わせてな」
「……本当に感謝しております、シュトレオン殿下。大使館の職員たちも安心して夜が眠れるのはリベールの多大なる温情あってこそ。今こそ粉骨砕身の意思で職務に邁進する所存です」
「あまり無理をされて倒れないようこちらも配慮はいたそう。ところでアルフィン皇女の皇位継承権の件だが、まだ破棄されていないというのは本当か?」
「はい。どうやら現在の暫定政府がその書状を破棄したようなのです。それが真実かどうかは確認しようがございません。ですが、リベール王国で保護なさっている皇女殿下の返還要求は今も来ている最中でありまして」
下手な遺恨を残すぐらいなら、皇位継承権を破棄してセドリック皇太子だけが正統な後継者に仕立て上げれば済むものの、それができない。理由はセドリック皇太子の後継者がいないことに起因する。アルフィン皇女とエルウィン皇女に継承権が残っているのは、細ってしまっているアルノール家を危惧してのことでもあるが。
そもそもエレボニア帝国の皇室典範においては、皇位継承権は特別な事由がない限りにおいて破棄は極めて難しい。皇帝の勅令という形なら破棄も可能だが、それを乱発すれば御家騒動やアルノール家の断絶にも繋がるため、おいそれと使えない諸刃の剣である。
「(貴族連合も一枚岩、というわけでもなさそうか……ま、ユミルの一件もあるぐらいだからな)それを大義名分にして侵攻する方がおかしいという他ない。こちらはオリヴァルト皇子がユーゲント皇帝に了解を取り付けてまでアルフィン皇女の保護を願い出てきたのだぞ? しかも既に皇位継承権のないアルゼイド夫人の保護まで要求する厚かましさに正直反吐が出そうだ。別に大使殿を責める気ではないから、そこは安心してくれ。愚痴っぽくなっているのは認めるがな」
「……申し訳ありませぬ」
「気にするな、と言っても難しいか……そちらについては、王国独自に伝手を持っておりますのでお気になさらず。先ほど伝えた最後通告の文書は後日大使館に送付いたします。彼らが賢明な判断をすることに僅かながら期待しております」
総参謀を務めているのはルーファス・アルバレア。だが、彼の聡明な頭脳でも総主宰であるカイエン公の野心や『義理の』父親であるアルバレア公を抑えることができていない。彼が貴族という柵を重んじる限り、この状況を打破するのは極めて難しいだろう。彼も巧みな作戦立案をしていることは確かだが、『盤面』を見通すには足りないとみている。
加えて裏の協力者であるいくつかのカードを失った。勢力を盛り返しつつある正規軍……だが、ここで『例の切り札』を持ち出した場合、正規軍は間違いなく壊滅するどころかエレボニア帝国そのものが滅亡するシナリオに移行する。
まさに綱渡りの様相を呈している貴族連合軍……その原因はリベール王国領であるセンティラール自治州の存在。その一部にノルティア本線も掛かっているため、鉄道輸送ができないという状況が発生している。航空輸送するにしても大きく迂回を強いられ、大規模なピストン輸送が発揮できない。奇しくもオリヴァルト皇子の一手がこの混迷を生み出しているという皮肉。
互いの勢力を削ぐどころか互いに加熱しあい、総力戦の様相を呈している。この争いに終止符を打つためには、やはりオリヴァルト皇子に乾坤一擲の一石を投じてもらう必要がある。あくまでもリベール王国の大方針は『積極的な侵攻を是としない』なのだから。
ダヴィル大使が帰った後、執務室にアルフィン皇女が姿を見せた。どうやらすれ違いで大使と会ったらしく、ある程度の話を聞いていたようで皇女の表情は悲しそうなものであった。
「シオン、その……大丈夫ですか?」
「心配するな、アルフィン。この状況でお前を帝国に返すようなことをすれば、それこそリベールが貴族連合の正当性を認めることになってしまう。ユミル襲撃の一件で連中が我が国の民を誘拐した挙句侯爵閣下への殺害未遂までやった。それを引き留めれなかったどころか罰してもいない連中をどうやって信用できる?」
「……難しい、ですね」
「加えて軟禁中の皇族のこともだ。カイエン公爵家の調査を内密に頼んだが、まさかの『偽帝』と謳われた一族の末裔とはな……アルフィン。辛いことを言うかもしれないが、俺はカイエン公にしろユーゲント皇帝にしろ『信用に値しない』と考えている」
こんな争いを引き起こした人間も、人の身内を見殺しにして謝罪もしない人間も、シュトレオン王太子にとっては信用できない人間であった。そして、とある人物に心酔している彼女の三つ子の弟も……王太子にとっては信ずるに値しない。その言葉を聞いたアルフィンの反応は、辛そうな表情を浮かべていた。
「ええ。シオンのご両親のこと、ですね。それにセドリックも……」
「気付いていたのか?」
「あの子はオズボーン宰相に憧れていますから。兄様や姉様はそれを咎めようと思っておりますが……」
「オリビエの影響を受けすぎたら厄介者にしかならなくなりそうだが。……アルフィン、大使には黙っていたが、未だエレボニア帝国の皇位継承権を持つお前にだけは伝えておく。今日から4日後、1204年12月7日0時を以て提唱国権限で<不戦条約>を凍結、先月の帝国暫定政府の宣戦布告を受理し、エレボニア大使館を通じてエレボニア帝国に宣戦を布告する」
すぐに軍事行動を起こすわけではない。あくまでも主目的は『誘拐されたソフィア・シュバルツァーの奪還とその首謀者の拘束および処罰』であることと、東部方面での不穏な動きに対処するため、軍事的な行動を活発化させること。皇族の解放については……一応心に留めておこうと思うぐらいでしかないとシュトレオン王太子は述べた。
「リベールがエレボニアに……いえ、正確にはエレボニアからの宣戦布告の受理宣言、でしょうか。そうなると、私はどうなるのでしょうか?」
「何も変わらないし、変える気はない。オリヴァルト皇子からはお前の安全を保障するように言われている。下手に担ぎ上げる方が面倒事になる……ただ、講和条約の締結には出席してもらうからな。エレボニア皇族としての最後の外交として」
「あ……ふふっ、それでしたら私の姉のこともご配慮いただけますか?」
「将来の妻の機嫌を損ねたくないからな。まあ、政略結婚自体形骸化しそうだが」
『眠れる白隼、起こすこと無かれ』
<百日戦役>の大損害を受けてエレボニアで伝わった戒めの言葉。だが、貴族連合もといエレボニア帝国はその言葉を軽んじて禁を破った。既に喉元に突き付けられた剣の恐ろしさを、彼らはまだ知らない。
リベール王国側もいよいよ動きます。とはいっても、大規模の軍事衝突ではなく過去に成功した事例を発展させた作戦を用いる形です。帝国の領地の占領ほど面倒事はないためでもあります。元々あの時占領していたのは王国軍ではなく猟兵団だったのもありますが。
アルフィンにだけ伝えたのは、彼女の義理堅さを理解しているからこそです。そこでちゃっかり姉の恋愛ごとも売り込むスタイルは誰かの薫陶あってこそ。
そしてクロスベル帝国側も動き出しますが、碧の大樹はかなりダイジェスト編になります。即オチ2コマみたいな展開にはならないかと……多分。
あと、Vで言われていた執行者No.Vの扱いですが、前作の設定と切り離して女性扱いとします。そうしないと色々祖語も生まれるための措置です。ご了承ください。
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第134話 静かに目覚めゆく白隼 | ||
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