いずれ天を刺す大賢者 1章 2節 |
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「ここが資料庫だよ。俺にはよくわからないけど、魔法の触媒や魔法の本がいっぱい所蔵されている。きっとユリルはよく利用することになるんじゃないかな」
二階の中央がエルラさんの部屋。一階の右に食堂があって、一階の左端が俺の部屋、その真上にあたる二階左端の部屋を、ユリルが使うことになった。他にこの屋敷で機能している部屋といえば、一階中央の奥にひっそりとある大きめの部屋だ。元々は書斎か何かのようだったそうだけど、今は資料庫として使われている。
エルラさんいわく、たくさんの物を売りに出したが、この部屋にある本当に大切な物は何一つとして売り払うことはなく、この屋敷でもっとも大事な部屋とさえ言う。……俺にはよくわからないけど。
「中に入ってもいいの?」
「ああ、魔法で施錠されているけど、俺なら――あっ、エルラさんのことだから、もうユリルで開けられるようにしているかな。試してみたら?」
「ちなみに、もしもまだ無理だったらどうなるの?」
ある程度は予想がついているのか、さすがに慎重だ。別に俺は悪いことをしていないのに、思い切り疑惑のジト目で見てくる。
「確か、体がしびれるんだったかな。でも、それで死ぬようなことはないはずだから、大丈夫。しばらく足腰立たなくなるとは聞いたけど」
「……じゃあ、やめておくわ。あなたが開けて」
「でも、きっとエルラさんは抜かりないって。それに、たとえ無理でもエルラさんの魔法を体験しておくのは悪い経験じゃ……」
「悪い経験に決まってるじゃない!あたしはか弱くていたいけな女の子よ?盗賊みたいに防犯魔法でやられるなんて、そんなことあっていいはずがないじゃない!!」
「そ、そうですか……」
「はい、とっとと開ける!」
「へーい」
ぷりぷり怒って、なんなら殴りかねない勢いだ。……この感じ、ユリルと初めて会った日を思い出すな。
再会してからは落ち着いていた印象だけど、修行先が決まって安心したから、また地が出てきたのかもしれない。かなりきつい性格をしているみたいだけど、なぜか微笑ましく感じられて好きだ。
扉を開けると、古本屋、もしくは図書館で古い本を開いた時にするような、あの古くなった紙の匂いがする。こっちの世界でもこういう匂いは同じで、そこまでいい匂いとは思えないんだけど、不思議と安心感があった。
「ユリルが見たら、興味深い物も多いのかな」
「……そうね。でも正直、すごすぎてあまりわからないかもしれないわ。どれも貴重な物であることは間違いないけど、どこがどうすごいのかは……」
ユリルは書架から本を取り出そうとして、でもためらっていた。汚してしまうことを恐れたんだろうか。
「手にとってみたら?エルラさんだったら、使わないならどれだけ貴重な物も、持っていないのと同じだ、とか言いそうだけど」
全く似ていないけど、なんとか似せようとする努力をして言ってみる。
「それはまあ、そうだけど……やめとくわ。きっと貴重であると同時に危険な物もたくさんあるでしょうし、下手にあたしが触ったらとんでもないことになるかもしれないもの。次の部屋に行きましょう」
モノマネに関してはスルーされて、なんというか……これはこれで微妙な気持ちだ。いっそ酷評された方が楽だったのに。
次、とは言ってもそれほど多くの部屋がある訳じゃない、残っているのは一部屋ぐらいだ。
「ここは?」
「娯楽室。名前の通り、遊ぶための部屋なんだけど、エルラさんがアレだから、俺たちにしか関係がないところかな」
扉を開け、ユリルを中へと招く。中には、なんとも意外なことに、ビリヤードのナインフィート台が設置されている。……いや、多分正確に九フィートではないと思うけど、この世界にもビリヤードという娯楽があったのは驚きだ。エルラさんいわく、古くからある遊びで、主に貴族がやっているという。
「ユリルはこの遊びって知ってる?」
「玉突きよね?棒で玉を弾いて、穴に落とす遊びということは知っているわ。自分でやったことはないけど」
「そっか、さすがだな。実は俺の世界にもほとんど同じ遊びはあって、初めて知った時は驚いたんだ。後はカード遊びもあるけど、こっちはまだルールがわからないな……俺の世界のそれとは、絵柄もルールもまるで違うから」
さすがに、トランプまで共通、ということはなかった。ただ、いくつかの絵柄があって、それを組み合わせて遊ぶというのは変わらない。主流なのはポーカーのようなゲームで、やっぱり賭博とも密接に関わっているらしく、ビリヤードが金持ちの遊びなら、カードは庶民の遊びだ。特に旅の商人や傭兵に人気があるらしい。……でもまあ、どっちも社会的には下に見られがちな職種だから、低俗な遊びと嫌う人も多いようだった。
「でも、たくさんの家具を売りに出したというのに、この部屋の物は売られていないのね。ステラさんが楽しんで遊ぶとも思えないのだけど」
「それはまあ、そうだな……でも、相応の意味はあったんだと思う。見ての通りに普段はゆるい人だけど、無駄なことはしない人だから」
「わかるわ。……ねぇ、さすがに今日は遊ぶつもりはないけど、余裕ができたら一緒に遊んでもらえる?」
「ああ、いいよ。と言っても、どれもやったことないから、上手くはできないけど」
「それはあたしもよ。でも、なんだかすごく楽しそうだから興味があるの」
「同感だけど、ユリルがそう言い出すなんてちょっと意外だな」
「……まあ、そうよね。でも、自分を変えるいい機会だと思ったの。今までのあたしは、遊ぶ心の余裕なんて持てなかったから。……でも、そう。成果を出せないのなら、いくら真面目にやっても何もしていないのと一緒。なら、成果を出すために息抜きをして、力を溜める時間も必要よね」
「努力は無駄じゃないと思うけどな……」
そう言って、でも、その後に何か言葉を続けることもできず、慰めのつもりの言葉は宙ぶらりんのまま、最後の残響も消えていった。
「じゃあ、そろそろ部屋で休むわ。……ウィスもありがとう。まだここでの生活に慣れるのには時間がかかりそうだけど、念願の魔法使い見習いになれたのはあなたのお陰だから。……その、あたしは運命とか縁とかって、そんなに信じている訳じゃないけど。でも、あなたに出会えてよかった」
「俺の方こそ。無事にユリルを連れ帰れたから、俺もまだまだ居候させてもらえそうだ」
きっと、今回の件で見習いとなる人を見つけられなかったとしても、ただちに俺が追い出されるようなことはなかったんだろうけど、でも、半分は本気で言っていた。
「よかったわね。……それじゃ、本当におやすみなさい。改めて明日から、よろしくね」
「うん、よろしく。魔法はわからなくても、お使いとか雑用ぐらいはするからさ。それに、料理も教えてくれたらがんばるし」
最後に小さく笑い合った後、軽く手を挙げて、俺たちはそれぞれの自室へと戻っていく。
ここから、新しい生活が始まっていくんだろう。ユリルにとってはもちろん、俺にしてみてもようやくきちんとこの屋敷の住人になれたような気持ちだ。
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