【エピローグ・前編】
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【来寇】

 

 

 

 

降伏は無駄だ、

 

抵抗しろ

 

 

 

 

 

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太陽はひとつ。月もひとつ。

空に浮かぶ丸い陽は時間によって傾き、朝・昼・夕の全てで違う顔を見せ、

太陽と入れ替わりに姿を見せる丸い月は、チラチラと瞬く星とともに暗い夜を静かに照らす。

空があり雲があり、陽が廻り月もそれを追う、そんな世界を風が渡る。

外套を揺らし、髪を撫でて、耳元でささやかな音を鳴らしながら。

 

 

 

【●月19日】

ざわりとした風が肌を走り、不穏な気配が我が身を襲った。

何が不穏なのか、と問われても上手く言語化は出来ないのだが、どうにも心が騒めくと木の枝の上に立ち上がり空を眺める。己の瞳に映る空は、厚い雲に覆われどんよりとしていた。

まだ日が昇って間もないというのに。

この感覚は、以前、森が攻められた時に似ているなと眉を顰めストンと枝から飛び降りる。

森がまた厄介事に巻き込まれたら兄上が困るだろうと、ならばその前に対処しておこうと、目覚めて間もないこの森をぐるりと見回ることにした。

 

少しばかり森を見て回ったが、今の所そこまで厄介なことは起きていないようだ。何処を見てもいたって平和。

風の動きに敏感な者が幾人かそわそわしていたが、何処ぞの誰かが海を増やそうとしたときのような騒ぎにはなっていない。

それに安堵し少しばかり気を抜いたとき、背後から声を掛けられた。

 

「ああ、見付かって良かった。探しましたよ」

 

自分が誰かに話しかけられるとは珍しい。少し前、ボロボロの鎧を着た白色の迷い人が声掛けてきたくらいだ。

珍事に少々驚きながら振り向けば、そこにいたのは青色の勇者。見知った顔たと警戒を緩めれば、その青色の友人も柔らかく笑った。そんな友人の姿を見て思わず首を傾げる。

彼はこの森の住人ではなく、北の大陸に住む人間だ。

以前、まああれだ、ある程度森も落ち着いてきたし、兄上にもちゃんと勇気を出して「森が選んだ兄上が族長だから争う気ないよ!」と言ったし、もう何もやる必要ないよな、と暇に任せて世界中を旅したとき出会った友人。

元王子だとかで物腰柔らかく穏やかなので話やすく、割とすぐ仲良くなった。

見ての通り礼儀正しく穏やかな彼が、何の連絡もなくこの森に来るとはこれまた珍しい。

しかも彼は若干薄汚れていた。彼がそんな状態で訪れるなんて、またまた珍しい。見目に関しては普段はもっと、ピシッとキッチリ爽やかに着こなしているのだが。

不思議に思ったのが表情に出ていたのか、彼は「こんな格好で突然すいません」と頭を下げ眉を下げた。

 

「この大陸は大丈夫そうみたいですね。…少し困ったことが起きまして」

 

彼が「困った」ということは「少し」では収まらない程度の問題が起きたのだろう。

彼がわざわざ海を越え、この森にまで助力を求めるとは、やはり珍しい。

珍しいことばかりが続く。とはいえ、わざわざ訪れてきてくれた友人を無下に追い返す道理もなく、軽く首を傾げながらも彼に声を返した。

 

「…ん」

 

「……、はい。お願いします」

 

厄介事ならこんな場所ではなく落ち着ける場所のほうが良いだろう。そう思い青色の彼を手招きすれば、彼は一瞬妙な間を置いたのち察したように頷いた。

彼の表情から急いでいる気配を感じとったため、多少足早に森の中を案内する。

幼い頃から遊び回った森だ、特に迷うこともなく目的地に辿り着いた。

久しぶりに帰ってきた、我が自宅。今は兄上が家主になっている。

 

自宅だからと無遠慮に扉を開き帰宅を告げる。

トンと玄関に上がると気配を察知したのか少しばかり荒々しい足音を響かせ、奥から兄上が姿を見せた。

口を真一文字に結んでいた兄上は、隣にいる友人に気付いたのか一瞬止まり首をこちらに向ける。

「友人」と説明すれば兄上は「…………客間に行け」とたっぷりの無言のあと言葉を吐き出し背を向けた。

こくりと頷き言われた通り客間に友人を案内しようと振り向けば、青色の友人は目を泳がせオロオロとしている。

 

「あの、お兄さん機嫌が悪そうですが…。ご迷惑、だったのでは…」

 

「…?」

 

割といつも通りだけど。

首を傾げれば「物凄く嫌そうな顔なさってましたよ…?」と不思議なことを言われ、更に首を傾ける羽目になる。

別にいつも通りなんだけども。

そもそも自分の家に帰ってくることに、不自然なことはない。

遠くにある兄の背中に目を向け、目の前の友人に顔を戻し、問題ないと頷いて気にすることなく友人を手招きし廊下を進む。

オロオロしながらも友人はちゃんと付いてきたから問題ないと思う。

 

■■

 

「突然のご訪問、申し訳ありません」

 

開口一番、友人が頭を下げた。ちょっと驚いた。

それは兄上も同じだったようで、少々面食らった表情を見せたあと「気にするな」と扇で口元を隠す。

全員の目の前にはホコホコしたお茶と高価そうな菓子。客間に友人を案内してしばらく待っていたら兄上が持ってきた。

菓子だけ置いてすぐに部屋へと引っ込もうとした兄上を、青色の友人は「族長さんにも聞いてもらいたいことが」と引き止め、それに応えて無言のまま兄上は腰を下ろし綺麗な所作で茶を淹れる。

そのおかげなのか挙動のおかしかった友人は、多少落ち着いたらしい。表情を和らげ口を開いた。まあ、出てきた言葉はさっきの謝罪だったけれど。

深々と頭を下げられたことに若干戸惑いながらも、空気を変えるためか兄上はコホンとひとつ咳を払い、友人に顔を向け言葉を待った。

兄上の表情は「弟の友人が私に用なんかないだろ」と言いたげだったが。

眉を下げながら友人が言う。

 

「すいません、知り合いの、雪の一族の族長が『竜のことなら東のひとに聞けばわかるかな。族長とか』と、仰ったもので…」

 

「…竜ならば、そちらの地にもいるのでは」

 

首を傾げ兄上は言葉を返す。

いえそれが、と青色の友人はポツポツと語り出した。

「人と同じ言葉を扱う竜はご存知ですか?」と彼は兄に問う。兄が怪訝そうな表情を浮かべたのを見た青色の友人は、再度困ったように眉を下げた。

北の大陸に、妙な竜らしき生き物が現れたらしい。

その竜は、外見は人と竜の中間のような姿。しかし腕がニ対、大きなツノを持ち妙な飾りを身に付けていた。その上、手には不可思議な杖。

そして、聞き取れるほど流暢に人と同じ言葉を放ったという。「我が全力を使うまでもない」と。

 

これだけ聞いただけでも、その竜が不思議な生物なのだということがわかった。

言語を操り道具を使える竜など、現実では聞いたことがないのだから。

ヒトの言語に近い発音をする竜ならば何処かにいたような気もするが、それでも喉の造りが違うのか言葉として成り立ってはいなかったはずだ。

 

「あんなに流暢に言葉を話す竜、そして道具を扱う竜など、見たことがなかったもので…」

 

北の大陸はパニックに陥ったらしい。混乱する大地を尻目に、その竜は人間たちに向けて敵対行動を起こした。

「人間に、というよりは大地に向けて攻撃を仕掛けたという感じでしたが」と青色の友人は長い髪を傾ける。

一応、北の大陸の彼らも対抗しその竜に攻撃を仕返したのだが、妙なことに手ごたえが薄く、竜自体も鬱陶しそうに一瞥しただけで空へと消え去った。

それで終わればよかったのだが。

 

「すぐまた出てきたんです」

 

追い払っても追い払ってもまたすぐ現れ杖を振るう。放たれる魔法らしき光が拡散するためか、その度に大陸は崩され、被害が増えていった。

このままでは大地そのものが滅亡一択。

そんなとき、一緒に行動していた雪の族長がぽつりと言葉を放った。

『東の人たちならなんか知ってるかも』

どこかで彼は耳にしたという。

東にはリュウジンという生き物がいる、と。

どこで聞いたのか、誰が言っていたのかは思い出せなかったのだが、なんか聞いた覚えがあると。

 

「だからその、彼に対処の指揮を任せて僕が」

 

ここまで死にものぐるいでやってきた、と青色の友人は顔を伏せた。

彼の話を聞いて、何故彼が薄汚れているのか理解する。戦線を潜り抜け大慌てで海を越えたのならば、身なりを気にする余裕などない。

しかしそんな彼には申し訳ないが此方としては「知らない」としか言いようがなかった。

 

「…リュウジン、…竜人、だとは思うが…、それは…」

 

御伽噺の住人でしかない。

御伽噺に出てくる竜人たちは、言葉を操り道具も使っていた。ならば彼の見た竜と合致する。

しかしそれはあくまで「御伽噺」なのだ。

確かに、竜と共にある竜騎士や、竜と肩を並べ戦った人間はいる。けれどもその竜が、人語を喋り道具を操ったなど聞いたことはない。

それを伝えれば青色の友人はあからさまに落ち込み、顔を落とした。

縋った先でロクに情報を得られず、打開策も得られなかったとくれば当然の反応だろう。

 

部屋に冷たい風が流れた。

俯いたままの友人と冷たい目の兄、何も出来ない自分。

何かしたい、といつも通りの厳しい顔をしている兄に進言する。

例えばそう、援軍を送れないか、と。

この地は特に異常がないのだから、戦力はたっぷりあるのだ。助っ人として北に送っても問題はない。

駄目なら勝手に行ってやろうと企んでいたのだが、兄はぷいと横を向いていた。

そんな兄の態度に思わず口を開いたのだが、その口から出るはずの言葉は当の兄によって掻き消される。

 

「…ああ。…今、大まかだが報告が来た。その竜が出てるのは北だけじゃない、南も西も似た竜が出現している」

 

いつの間にか現れた紙を眺めながら、いつの間にか得た情報を兄は紡ぐ。その言葉に青色の友人も驚いたように顔を上げた。

どっから出てきたんだアレ。いつ聞いた情報だ兄よ。

確かによくよく気配を探れば、兄上お抱えの忍の気配がささやかに感じられるが、えっ、今情報まとめて報告したの?早くない?

常日頃からお抱えの忍に各地の情報を報告させているのは知っていたけど、タイムリーすぎない?

己が目を白黒させている間に、兄上は淡々と「此処にだけ出現しないのが逆に妙だな」と難しい顔を作った。

横を見ると友人は「僕の所以外にも…?」と驚いたような表情をしている。

パンと兄上が扇を叩き、その音で我に返った友人に向け兄は少しばかり口角を上げた。

 

「言った通りだ。北にだけ助力するわけにはいかぬが、多少なら回す」

 

こちらには竜騎士がいるから移動は問題ないだろうと呟きながら、兄は久しぶりに真っ直ぐこちらに目を向けた。

「お前は南と西を見てこい。各所に戦力をどのくらい回していいのか調べろ」と扇を突き付けてくる。

兄上は、と聞き返せば、どうやら兄上は今から竜騎士に話をつけに行くらしい。

「そこの青いのもまた海を越えるよりは飛んだほうが早いだろう」と兄上はちらりと青色の友人に視線を向けた。

急に名指しされた友人は「貴方方兄弟にとって僕は"青色"ですか…」と若干笑っていたが、誰がどう見ても青いだろう。他に何かあるのだろうか。

不思議に思って首を傾げれば、兄上もちょこっと首を傾けている。それを見て友人はほとんど聞こえないような声で、あまり似てないなと思いましたが変な所そっくりなんですね、と微笑んでいた。

最後に兄上は扇を叩き、またこちらに目を合わせ不機嫌そうに言う。

 

「早急に調べて報告しろ。かつ、先方に必要なら援軍を送ると伝えろ。…癪だが急ぎだ、他に出来る輩がいない」

 

あれ、これはじめて兄上に頼られた気がする。

そんなことを考えついつい口元を緩ませたら、苛ついたかのように再度大きく扇の音が鳴らされた。

その音に驚き追い立てらるように慌てて出発する。

まずはそうだな、南のほう行ってみよう。

 

■■■

 

兄上の言いつけ通り、森から離れ海を渡り、辿り着いた南の大陸。今目の前には大きな城がそびえ立っている。

ここに居る友人を訪ねてきたのだが、門番に話をしたら彼は不可思議な表情のまま奥に引っ込んだ。そのまま放置されている。

困り果てぼんやりと城を見上げていると、清廉な城とは真逆な元気な声が聞こえてきた。

 

「『多分、客?』とかって言われたから何かと思ったら。どうした?」

 

苦笑しながら赤い勇者が近寄ってくる。

彼も、暇に任せて世界中を旅したとき出会った。王国の騎士のひとりで、基本的に街の見回りの仕事をしているらしい。

ごちゃごちゃした城下町で戸惑っていたら声をかけてきてくれたのだが、元気で明るくよく笑うため話やすく、すぐ仲良くなった。

そんな彼は珍しく、少しばかり疲労の色が見え隠れしている。

やはり兄上の言う通り、此処でも竜人の騒ぎが起きたのだろう。王国の騎士であるこの赤色の友人は恐らくその対処に追われている。

「ちょっと厄介なことが起きてさ、そんなに時間は取れないけど」と彼は街の方へと指を向けた。

どうやら、遊びに来たと思われているようだ。忙しいだろうにこちらの訪問を優先し、街に連れて行こうとしてくれているらしい。

その誘いを断って、兄上の言葉を伝えた。

 

「竜、…否、竜人が暴れている、と」

 

「…は? ………は?」

 

ひとつめの疑問符は言葉そのものに対して。ふたつめの疑問符は、表情を見るに、「何故それを知っているのか」だろうか。

目を丸くしている赤色の友人に、青色の友人が来たことから話して行くと、みるみるうちに彼は王国騎士の顔に変わっていった。

 

「よくわかんないがわかった。他の皆にも聞かせた方が良いなこれ。いいか?」

 

赤色の友人の問いにこくりと頷き、促されるまま城の中へと足を踏み入れる。

たまにこの国には遊びに来るが、城の中に入ったのは初めてだ。

とりあえず、と案内されたのは赤色の友人の部屋。

特に目立ったものはないが多少散らかった普通の部屋、だが、妙に大きなクロゼットがあった。さらに妙なことにがっつりとした鍵が掛かっている。

物入れに鍵なんて不便ではないだろうかと小首を傾げていると、友人は「緊急会議の連絡してくる、が、そこは絶対に触るな」と怖い顔で忠告された。

これは恐らくなんか此処に隠してる。

戯れにクロゼットに手を伸ばしたら牙を剥いて威嚇されたので、大人しくしておくことにした。

 

しばらく待っていると準備が整ったらしい。「触ってねーよな?」と若干青白い表情の赤色の友人が姿を見せた。

その問いに頷けば友人はほっとした表情に変わり、そのまま手招きとともに部屋の外へと呼び寄せられる。

なんとか全員集めたから、と話す友人とともに大勢の騎士が待つらしい会議室へと歩みを進めた。

 

会議室の中に入ると、この王国の女王と近衛兵、そして各騎士がこちらに顔を向ける。

赤色の友人が口を開き紹介されるがままに頭を下げる。畏まらなくても良いと言われたが、面子が面子だ無理だと思う。

ともあれ己の仕事をしようと先ほど赤色の友人に話した内容を再度語り、兄上からの言伝も伝えた。赤色の友人がちょくちょく補足をするが、必要なことしか言ってないはずなのだけど。

ひと通り話し口をつぐむと、入れ替わりに金色の近衛兵が口を開く。

 

「…粗方把握した。東の大陸に何もないのが不気味ではあるが…」

 

金色の近衛兵は兄上と同じようなことを言い、難しい顔を見せた。しかし「助力するならば北か西を優先してもらいたい。こちらは今の所ある程度対応できているから」と顔を上げ微笑む。

その言葉に頷くと女王が小首を傾げ、金色の近衛兵に向き直った。

 

「こちらからも回せないかしら、あの大きな剣を持ってる竜人、は他の大陸だと対応しにくいと思うのだけれど」

 

「お気持ちはわかりますが、あの竜がどう動くかわからない以上、戦力を削るわけには」

 

女王の近衛兵の会話に引っかかりを覚えつい首を傾けると、赤色の友人がそれに気付き「どした?」と声を掛けてくる。

「…剣?」と疑問を口にすれば、赤色の友人は「?あの竜デッカい剣持ってるだろ?」と不思議そうに聞き返された。

おかしいな、と再度首を傾げる。

確か青色の友人の話では、北にいる竜人は「杖」を振り回していたらしいのだが。

それを言うと友人が、否、部屋中の人間の目が大きく見開いた。代表して友人が声を漏らす。

 

「武器が違う…? 今騒ぎになってる竜人は1体じゃないのか?」

 

てっきり、ひとりの竜人が各所に出没しているのだろうと思っていのだが、どうやら違うらしい。

話を聞けば、北の青色の友人が語った竜人と、ここに出た竜人の外見は一致している。違うのは武器のみ。

もちろん、その竜人が場所によって武器を持ち替え暴れている可能性もあるのだが、わざわざ持ち替える必然性を考えると首を傾げざるを得ない。

 

「んー、分身かなんかか?竜ってそんなコト出来たか?」

 

さあ、と肩を竦めると金色の近衛兵が難しい顔で、複数体が同時に出現しているのならば戦力分散は不可能だな、他の種類が出て来たら対応出来ない、とぽつり漏らした。

そのまま金色の近衛兵は「この地は戦力補強は必要ない。しかし、そちらには連携と情報共有のため動いてほしい」と頭を下げてくる。

彼の言葉に了解の意味を込め頷いた。まあ一応送るけどね、援軍。

こちらの反応を見て、彼は周りにいる騎士たちに向け指示を出し始めた。その声に頷き騎士たちは各々動き出す。

「メソタニアにも応援を」「街に避難勧告を」「手の空いた者は見回りに」

ザワザワとした慌ただしい声が広がっていく。どうやら会議は終わりらしい。自分も次の場所に行こうかと頭を掻いた。

次に行くのは、西かな。

次の目的地を思い描いていると肩をぽんと叩かれる。振り向けば赤色の友人がキリッとした顔で立っていた。

「さっき言われた通り、ココは人手足りてるから他のトコ優先してくれ。あ、無理はすんなよ?」と笑い、思い出したように手を鳴らした。

 

「そうだ、なんかあったらオレんとこ来てくれ。他の皆にはオマエ見掛けたらオレんとこ案内してくれって伝えとくから」

 

まあこの大陸で親しいのは彼くらいだから必然的にそうなるだろう。

わかったと頷いて窓の縁に足を掛けた。

 

「…また来る」

 

「あ? いや待てオマエ何する気だ普通に門から出、」

 

友人の言葉を最後まで聞く間も無く、トンと空へと舞い降りる。

真上から「ニンジャかオマエは!?」という友人の怒鳴り声が聞こえた気がしたが、きっと気の所為。

 

 

■■

 

 

さくと足元の砂が鳴った。見渡す限りの砂原でカラリとした風に目を向ける。

到着した西の大陸は丁度1番熱い時間らしく、遠くの景色が揺らいでいた。

突っ立ってると熱いなと砂を蹴り、目的の人物を探しに駆け出す。会えたら水貰おう。

 

しばらく走れば目の前に、こじんまりとしたテントが現れた。速度を落とし、少しばかり砂を巻き上げて止まる。

来訪を告げようと口を開くと同時に、中から人が「っあー!メンド臭ぇ!」と怒鳴りながら飛び出してきた。

流石に岩にぶつかれば、風は弾き返されることしか出来ない。

飛び出してきた人が「あん?」と怪訝な声を漏らし落とした視線の先には、尻餅をついて目を回す自分の姿が映っていただろう。

 

「…おお、悪い。いたのか」

 

相手がノーダメージなのが若干腹立つ。

クラクラする頭を抑えながら小さく呻くと岩は、否、黄色い勇者は苦笑しながら手を出してきた。

彼も暇に任せて世界中を旅したとき出会った友人だ。砂縛のあまりの暑さに力尽きかけていたとき救出された。

何も対策しないでここに来るなよと悪態をつかれたものの、きちんと保護されきちんと手当てして手厚く面倒をみてくれた。

あの時のように伸ばされた手を掴めば黄色い友人は「立てるか?」と首を傾けぐいと手を引き我が身をひょいと引き寄せる。

 

「おっと、相変わらずお前軽いなー」

 

相変わらずそこはかとなく雑だと呆れていると、テントの中からじわりとした人の気配が漏れ出てきた。

入口前でバタバタしたからだろう、騒ぎを聞きつけ中にいた人たちが何事かと集まって来たようだ。

黄色い友人もそれに気付き「敵襲じゃねえから大丈夫だ」と中に声をかけている。

 

「んで、何か用か?今忙しいから構ってるヒマねえんだけど」

 

テントの中が落ち着いたらしく、こちらに向き直り友人が首を傾げた。

遊びに来たわけじゃないと否定し声を出す前に、友人も腕を組んで不機嫌そうに声を放った。

そういう場合、大体は声の大きい方に軍配が上がる。

 

「いやなんかさ、バカデッケーなんかよくわかんないモンが出てきてあっちもこっちもズタボロでさ」

 

友人の開いた口はそのまま止まらず、つらつらと言葉を紡ぎ続けた。口を挟む暇も無いくらいに。

元よりお喋りなほうなのか、それとも監獄生活の反動で口数が多くなっているのか。この友人と顔を合わせると、基本的に彼が語りこちらは聞き役に徹することが多い。

相手に言わせれば「だってお前喋んねーじゃん」らしいのだが、ただ単に口を挟むタイミングが無いだけの話である。

森の族長の息子と、元監獄の囚人だからなのだろうか。なんだかんだでリズムが一切合致しない。

方や風の望むままのんびり生きてきた人間と、鎖に縛られながらも外に出ようと抗った人間とじゃ合わないのも仕方ないのかもしれない。生に対する執念が違いすぎる。

個人的にはそこまで生き急がなくとも良いだろうにと思うのだが、…いや彼の過去を振り返ればそれは無理な話か。

彼自身は嫌いではなく、むしろ面白くて好ましい方なのだが。だから仲良くなれたんだし。

ついいつもの癖で聞き役になってしまったが、次に友人の口から飛び出た言葉に思わず目を見開いた。

 

「そのバカデッケーなんかよくわかんないモンは武器なんざ持ってねーのに、近寄ると身体がスッゲー重くなって……ん?」

 

驚きとともに彼の服の裾を掴む。

こちらの行動に友人も怪訝そうな表情を返してきた。

やはり此処にも謎の竜人が出ているらしい。そしてやはり、他の場所と武器が違う。

 

「…何も、持ってない?」

 

「お?おお、竜っぽい見た目だし、そりゃ当然だろ。デケー翼あったし」

 

武器は無いが翼はあるらしい。ああ、他の所はどうだったかな、竜種ならば翼を持つ種が多いから聞くの忘れてた。

しかしこの友人がわざわざ公言するのならば、特徴的な翼なのだろう。

 

北は「杖」で広範囲の攻撃。

南は「剣」で高威力の攻撃。

西は「翼」で身体が重くなる。

 

件の竜人の特徴はこんな感じのようだ。

もう少し話を聞きたいと、彼に対しては珍しく、ずいと強気な姿勢でもって口を開く。

北の話、南の話、それに共通する竜人の話。そして最後に兄上からの伝言。

ひと通り話し終えた後の友人の反応は、

 

「…お前、長文を多少はマトモに喋れたんだな」

 

だった。どういう意味だと若干腹が立ったがそんな場合じゃない。

戦力的には此処が1番少ないし、なるべく助力を送りたく思う。故にもう少し情報が欲しい。

それを伝えると友人は少し悩むような素振りを見せ、口を開いた。

 

「んー…、本当に身体が重くなるだけなんだよな。死にはしねーし…」

 

竜人が咆哮するたびに押し潰されそうにはなるものの、人的被害は出ていないらしい。

「アレがいなくなれば身体の感覚も戻るんだよ。大地は潰れた風に荒れるんだけどな」と頭を掻いて友人は首を傾げた。

 

「ココを荒らす輩、魔王とかその竜人?は、なんで揃いも揃って生かさず殺さずのギリギリラインで攻めてくるんだろうな」

 

メンド臭え、と友人はテントの扉をガツンと殴り飛ばす。

どうやら結構な頻度で竜人が襲撃に来ているらしく、追い払わないと大地が荒される、が対峙すると身体が重くなってロクに動けない、が人手が足りず自分がいくしかない、のループに陥っているようだ。

北は雪の一族と協力出来ているし、南は元々人が多いため問題ないようだが、この地は他に協力者がいないためか彼の負担が大きいらしい。

 

「救援、早急に」

 

「あ?いいよ、他んとこは大変なんだろ。ココは人死に出てないから後回しでいいぞ。つーかお前んとこは何ともないんだろ、首突っ込むなよ危ねーぞ?」

 

友人の返答に目を丸くする。

何を言ってんだと目で問うと「メンドウだけど出来なくはねーし、大丈夫」とニカッと微笑まれた。

その笑顔のまま、仲間も手伝ってくれるから、とテントを親指で示す。危ないから闘うのは俺だけど、ナビとか手当とか補佐とかしてくれてんだと誇らしげに。

 

「やっぱり自分たちも闘うー、とか言われるけど、危ねーし。脱獄したばっかで本調子じゃねーだろうし」

 

俺ひとりでもこれまで竜人追い払えてたし大丈夫、と友人は胸を張った。

ああ、これは。

つい眉を下げ友人を見上げる。

彼はひとりで脱獄したせいか、今でも、何でも、ひとりで守ろうと、ひとりで背負おうとする。

……よし勝手に援軍送り込もう。

友人のお仲間さんたちに話付けて援軍受け入れて貰おう。

うんとひとり頷くと、それを了承と取ったのか友人は満足げに微笑み「んじゃ俺はまた竜人追っ払ってくるわー」と砂縛に向かって駆け出して行った。

丁度いい、このままテントの中の人に話しよう。そう思いテントの扉に手を掛ける。

もう遠くに行った友人の「マジで大丈夫だからなー!」という声が聞こえた気がするけど、恐らく気の所為。

 

 

■■

 

 

砂縛の人たちに話を付け、援軍の了承を得た。

このまま帰っても良かったが、北の状態も見ておいたほうが良いだろうと進路を変える。

すとんと砂浜に足を下ろせば、爽やかな海風が迎えてくれた。

青色の友人の様子から草木も死滅した荒廃の大地を想像していたが、そこまでではないらしい。確かに彼方此方荒れてはいるがまだ辛うじて原型が残っている。

とはいえやはり被害が大きいらしく海は荒れ、浜辺には大勢の人が簡素な武器を持って集まっていた。海の香りに潮と鉄の匂いが混ざっている。

何かあったようだ。友人は無事かなと風に目を向けた。

 

 

見付けた友人は誰かと一緒にいるらしい。

お邪魔かなと様子を伺っていたのだが、気付かれたらしく友人の顔がこちらに向いたかと思うと近寄ってきた。

「何かありましたか?」と問われたが、様子を見に来ただけだと首を振る。

 

「何もなかったなら、良かった」

 

ほっとした表情で友人は微笑んだ。そのまま友人は振り返り、先ほどまで一緒に居た人、と馬?に声を掛ける。

ある程度説明してあったのだろう。水色の髪の人と、水色の馬、…馬かなこれ。半分が魚みたいな馬、もこちらに来てぺこりと頭を下げた。

 

「ごめんね、巻き込んだみたくなっちゃって」「大丈夫だった?」

 

馬のほう喋った。

つい驚いて水色のふたりに視線を向ける。

白い馬と赤い馬なら見たことがあるけれど、嘶いたりはしていたが喋らなかったと思う。もしかして実は彼らも喋れたりするのだろうか。

水色の馬の子は可愛い声してたし、女の子なのかなと首を傾げると同じようにコテンと首を傾げられた。

 

「…彼女がどうかした?」

 

水色の人が不思議そうに小首を傾ける。何でもないと首を振り、やっぱあの子女の子なんだなと把握したように目を瞑った。

ええと、とりあえず友人たちにも調べたことを報告しとこうか。

 

見て回った大陸のことを語れば、水色の人たちは割と頻繁に怪訝な顔をし、それに対して「後で説明しますね」と青色の友人が苦笑した。

なんかわかりにくいこと話したかな。

そう首を傾ければ「あ、大丈夫ですよ」と青色の友人が微笑む。

大丈夫ならまあいいかとひと通り報告し、終わりだとばかりに口を閉じた。

それを合図に、青色の友人が困ったような声を出す。

 

「これは…」

 

難しい顔をしてそのまま押し黙ってしまった友人に、約束通りちゃんと援軍は回すから安心してほしい旨を語ると、何故か一拍の間を置いて首を横に振られた。

何故否定されるのかわからず首を傾ける。

何処も大変そうだったから予定より戦力は減ってしまうだろうけど、此処に送るくらいは問題ないのだが。

小首を傾げると、友人は再度曖昧な笑顔で首を振った。「ここは良いから他の所に」と今日何回も聞いた言葉が友人から放たれる。

 

「…まさかこれが世界規模の騒ぎだったとは…」

 

「?」

 

「…もう仲間がいなくなるのは嫌だったから、早く何とかしなくてはと、つい、早々に救援を頼んでしまって…」

 

平和だったそちらを巻き込んでしまってすいませんと謝罪の言葉を口にした。

…なんで我が友人たちは皆、どいつもこいつも口を揃えて「自分はいいから他の所手伝え」「そっち何ともないなら無理はするな」って言うんだろうな。

他の友人たちを思い出し呆れながらも、とりあえず目の前にいる青色の額をぺしと弾く。

全くもって当たり前の、誰もが知っている話なのだが、友達というものは1番2番3番と数えるのではなく、1人2人3人と数えるものだ。

だから、赤色のも青色のも黄色いのも、全員順列などない大事な友人なのだから、全員ちゃんと助ける。

 

「…大丈夫」

 

そう言って口元を緩めた。

弾いた額を抑えながら友人はキョトンとしていたが、言いたいことが伝わったのか小さく微笑み頷く。

その表情に満足し、報告に帰ろうと友人に背を向けた。

すぐに援軍送るから、と言い残して立ち去ろうとすれば背後から「この騒ぎが落ち着いたら、見せたいものが、」という声が聞こえてくる。

これは気の所為じゃない。

ならば、そっか、楽しみにしとく。

 

 

■■■

 

 

全ての大陸を巡り、この目と耳で現状を確認し終えて、ようやく森に戻って来れた。

懐かしい草木の香りと風の気配にひと息つきつつ自宅を目指す。周囲はもう薄暗い。

結局丸一日かかったなと疲労感とともに自宅の戸を開けば、静かな邸内が自分を迎えてくれた。さみしい。

少し不満に思いながらも報告のため、迷わず兄の部屋へ向かう。

部屋の戸を開けば凄まじく不機嫌そうな兄と目が合った。

兄はこちらに顔を向けていたが、すぐに机に視線を戻し仕事の手を休めず、たったひと言だけ口にした。

 

「…報告」

 

個人的には、丸一日世界中を駆けずり回った実弟に、労りの言葉くらいくれてもいいと思う。

少し頬を膨らませつつ、今日見てきたことを口に出す。

南のことを話すと「まあ予想通り」と言わんばかりに無反応だったものの、西のことを話せば書き物の手をピタリと止め少し考え書き直し、北のことを話せば軽く首を傾け書類を書き進めた。

 

「ついでだ。此処は?」

 

「怖いほど普段通り」

 

この東の地の様子も尋ねられたので素直に答える。此処のことは兄上のほうが詳しい気がしないでもないが、まあ何事も視点を変えて見た意見は必要だ。

帰りがけに見かけたこの地は、他の場所の騒ぎに比べて平和オブ平和。周囲の不穏な空気に影響されているのか、それとも各地の状態が耳に入っているのか若干落ち着かない様子も見られたが、それだけ。

他の大陸をこの目で見た身としては、この地は静かすぎて逆に怖い。

それを語れば兄上は「そうか」とだけ漏らして眉間の皺をさらに深めた。

ふいに兄上が窓の外に視線を向ける。外は黒く染まっており、この世界に住むもの全てに夜の訪れを知らせていた。

 

「…もういい」

 

そう言って兄上は手で追い払うかのような仕草をする。

居座ったら風で無理矢理吹き飛ばされ追い出されるだろうと把握し、そうなる前に退散しようと頷いて戸に手を掛けた。

ら、

小さく、耳をすまさねば気付かないほどの声量で、兄上がぽつりと声を奏でる。

「…御苦労」と。

聞こえなかったフリをしつつ、少し緩んだ口元を隠しつつ、静かに廊下へ身を踊らせ戸を閉めた。

足早に廊下を歩き、勢い余って家の外に飛び出し、そのまま森の中を走る。

 

「…久しぶりに兄上に労われた」

 

うん、気分いいからあと少しだけお手伝いしようか。

今何もないこの地に何かが起こったとき、動けそうなひとでも探しに。

そう考えて、暗い森の中を疾風の如く駆け出した。

確か彼はあっちのほうの道場に居たはずだから。

 

 

 

■■■

 

-3ページ-

 

■■■

 

 

【●月22日】

 

騒ぎが起こって数日経った。

件の竜人は暫定的に神がかりな力で星を覇すモノとして覇星神と呼ぶことになり、各地は日々対応に追われている。

ここ毎日朝から晩まで、北へ南へ西へと援軍を連れて行ったり情報を伝えたり彼方此方を飛び回ったが、余所の忙しさに反してこの東の大陸は平和なまま。

特に何事もなく、また他の大陸へ救援に向かった者が多いせいか人がほとんど居らず、ここ最近は森そのものがとても静かだった。

今日も今日とて世界をひと回りし、夕日とともに自宅へ戻る。

今日見た限りでは、騒ぎは未だ収まっていないものの、どの大陸も大きな被害は無い。

ふうと疲労の息を吐き自宅の戸を開いた。そのままここ最近の日課である、兄上の部屋へと報告に向かう。

世界中飛び回るのと、此処から動かず指揮を執るのはどっちが大変だろうなとうすらぼんやり考えつつ、眉間に皺を寄せながら書類と睨めっこしている兄上に声を掛けた。

すると兄上は珍しく顔を上げ、こちらに目を向ける。

 

「…お前、妙な島の話は聞いたか?」

 

「?」

 

兄上からの問いに首を傾げ、横に振る。南でも西でも北でも、そんな話は聞いていない。

この騒ぎの中、何処かで新しい島が発見されたら大なり小なり噂になると思うのだが。

 

「妙な島はこの大陸の近くだ。…そうか、他所では噂にもなっていないか」

 

ふむと難しい顔をしながら、兄上は口を開いた。

どうやらその島は、ここ数日の間にチラホラと姿を現しているらしい。

はじめは「変な所に島が」次に「すいません無くなってた、気のせいだったかな?」そして「…あの、また島が浮んでて…」最後に「……見間違いだったみたいです」おまけに「………何あの島!出たり消えたりする!」と。

何か変わったことがあったら些細なことでも知らせてほしいとこの大陸に残った者たちに通達した結果、こんな妙な報告が届いたそうだ。

出現はランダム。そして短時間だけぽつんと浮かぶ島。

だった。

 

「今日、いや、つい先ほどから突然『知らないとこに知らない島が!』という報告が延々と送られてくる」

 

若干虚無の表情を浮かべ、兄上がぽつりと呟く。

夜になって急に今まで存在して無かった妙な島が堂々と姿を現し始めたという所か。

何で今なのだろうか。

騒ぎを起こすなら、余所と同じく数日前から出てきても良いだろうに。

ここ数日やったことなんて、他の大陸に現れた竜人を各所で追い払いまくった、だけ…。

 

「…兄上…」

 

もしかしてもしかしてもしかしたら。

ずっと友人たちが言っていた。

「あの竜人を倒しても手応えがない」と。

「分身かなんかか?」と。

だからきっと多分もしかしたら。

 

「各地の"分身"を、倒したから。力が半減し危機感を得た"本体"が、出、て、」

 

そんな己の言葉は、ぞわりとした悪寒に遮られた。

 

繋がっている大気が破れ、風が裂かれる感覚。空気が抜けて音も光も吸い込まれそうな虚。

悪寒を振り払い何事かと窓のそばに駆け寄ると、兄上も同じ感覚を味わったのか窓の外へと身を乗り出していた。

我ら兄弟が見たものは、夜空に開いた一点、夜の黒よりも深い、何も見えないほどの闇。

そこから何かが身を踊り出した。

 

「星が…死ぬ…全て…壊す!!!」

 

暗闇に響く不気味な音を鳴らしながら。

この数日、各地を駆け回ったが終ぞ件の竜人の姿は拝めなかった。しかしそれでも見ただけで理解する。

2対の腕に剣と杖を持ち、背中には大きな翼を広げ、竜にも人にも似たその姿。

恐らくあれが各地に出現した「竜人」なのだ、と。

そして同時に理解する。

あれ、が"本体"だ、と。

その竜人はふいにこちらに顔を、微細ではあるがはっきりと、鋭い視線をこちらに向けた。

その口元がゆっくりと動く。

 

「どんなにあがこうとも無駄だ」

 

と。

それだけ残して竜人はふわりと体を動かした。

竜人の向かった方角は、兄上が報告を受けた「妙な島」のある方向。

やはりその島が彼の拠点であるらしい。

もしや先ほどのぞわりとした悪寒は彼からの殺意だったのだろうか。分身を討伐するための指揮を執る兄上と自分に向けて、の。

自分の身を脅かす元凶が目の前にいたら、だいたいどの生物も敵意を露わにするだろう。

それに思い当たったと同時にズシンと大地が鳴り響く。余所で起こっている大陸そのものの崩壊が、本体のお出ましによりいよいよこの地にも起こり始めたようだ。起こらなくてもよかったのに。

パラパラと崩れ、悲鳴をあげる屋敷の中で兄上の呟きが響いた。

 

「何か起こるだろうと思ったが、よりにもよって本体のお出ましか」

 

ため息とともに兄上は机に戻る。「…他所はまだ交戦中だったか?」とこちらに問いながら。

それに頷くとさらに深いため息が吐き出された。

まあそりゃそうだ、なんせ此処には戦力が無い。腕の立つ者はほとんどが余所へ救援として出掛けている。

もしかしたら本体が出現した結果、余所の分身は消え去ったのかもしれないがそうでないのならば戦力返せとは言い難い。

兄上もそう考えたのか「私が出るしかないか…」と呟いた。

それに驚き待ったをかける。

 

「なんだ?他にいないだろう、お前は各地への通達があるのを忘れたか」

 

お前以外だと通達速度が遅くなるから代えるわけにもいかないと忌々しそうに睨まれたのは流すとして、指揮を執ってる兄上を闘わせるわけにもいかない。

だから代わりに指を1本立てた。

ひとり、本体の拠点に行っても立ち回れそうな人を知っているという意味を込めて。

 

■■■

 

その人物の名を伝えたら「ああ…」と困惑したような納得したような声を出した兄上を多少時間が掛かったが説得し、なんとか当人の元へと向かった。

何故だか彼は邪帝の城周辺にいたが、詮索している暇はない。

前訪ねたときには何か忙しそうだったから「それ終わったらでいいよ」と伝えたが、現状そんな余裕は無くなった。出来るならこちらに協力してもらいたいと思う。

言いくるめるのは苦手だけどと彼の前に姿を見せれば、何故だか彼はムカつく緑色の竜騎士と見知らぬ黄緑色と一緒に居たが、こちらも詮索している暇はない。

というか、彼の傍にいるなら同等の手練れだろう多分。前一緒にいた赤色の闘士もなかなか強そうだったし。

よし彼だけじゃなくこのふたりにも頼もうと事情を話すと見知らぬ黄緑色が大声をあげた。

 

「覇星神?なんだよそれ!」

 

…なにか怒らせたのだろうか。妙に噛み付く黄緑色に面食らう。

その後も数回言葉を交わしたが全く持って意味がわからない。混乱していると軽く事情を説明して貰えた。

どうやらこの黄緑色は、騒ぎを起こしている竜人と同じ「竜人」という種族で同郷らしい。

ああ、だからなんとなく気配がヒトと違うのか。同じ竜人らしいが空に現れた竜人と比べヒトっぽいし、害意は感じない。こちらと会話が可能で、剣聖と竜騎士、つまりはヒトに慣れているようだから彼は大丈夫だろう。

自分でも驚くほとすんなりと納得し頷くと、黄緑色は何故だかつまらなそうな表情を浮かべた。

彼の態度に首を傾げつつ彼らに笑みを向ける。

 

「ならばやはり任せる」

?

「相変わらず言葉足りないなおまえ…」

?

なんかムカつくこと言われた気がする。

ぽつりと呟いた緑色の竜騎士に不満げな視線を送りつつ彼らに頼んだ。

「本体を叩いてくれ」と。

それを告げるとどうやら彼らもあの竜人を見たらしく、特に同郷だという黄緑色の竜人は元から追うつもりではあったらしい。

あ、よかった。同郷で同種だから闘ってもらうのを少し躊躇っていたが大丈夫そうだ。

現状を詳しく話し、なんとか了承してもらった。

あとは、と思い出したとばかりに持っていた石のような緑色の丸い球を3人に手渡す。

緑色の竜騎士がその球弄りながら首を傾げた。

 

「ナニコレ」

 

「緑色の球」

 

そう答えたら「いや終わりかよ説明しろよ」と不満げに、呆れたようにため息を吐かれる。そう言われてもそうとしか言いようがない。

なんせ自分でもこれがなんだかわからないのだから。

西の大陸に落ちていた風のような妙なマテリアルを、なんか綺麗だからと拾っておいたが、ついさっきこの大陸に湧いて出た獣のようなマテリアルを適当にくっ付けたら出来上がったなんか綺麗な球。

出てきたタイミングがタイミングなだけに、何か役に立つのではないかと持っていただけだ。何かと問われたら困る。

兄上に報告?「よくわからんもん持ち込むな」と叱られそうだからしてない。

きっと多分何か役に立つと思われる、と手渡したそれを囲んで3人は話し合い、何か結論が出たらしい。全員懐に仕舞い込んだ。

剣聖がこちらに顔を向け恐る恐るといった風情で声を出す。

 

「…そういえば、」

 

一緒に来てくれないのか、と彼が言葉を言い切る前に否定し、自分には報告と観察と連絡をする役目があるのだと主張しておいた。

一緒に行きたいのは山々だが、兄上と一緒に状況をまとめる仕事がある。余所に余裕が出来たら本体に戦力を回せるようにしないといけないし。

そう伝えると緑色の竜騎士が若干嫌そうな声で「…別のやつにしてくれないか」と呟いた。連絡係はコトバがわかるやつがいい、と。

その言葉につい頬を膨らませる。

 

ここ最近の我は

今まで生きてきたなかで

1番頑張っているんだけども

朝から晩まで世界中駆け回って

いろんな人に頭下げて依頼して

たくさん喋って説明して

毎日クタクタになるまで頑張っているんだけれども!

 

そんな思いを込めて緑色の竜騎士を小突くと剣聖に宥められた。

まだ小突き足りないが矛を納め、兄上への報告のために彼らと別れることにする。

ある程度状況が動いたらまたそちらに行くと伝え、無理はしないで欲しいと付け足し、各地に余力ができたら戦力を回すからそれまで耐えてくれ、と願った。

黄緑色の竜人の「任された!」という元気な声を背に受けて、夜空を跳ね兄上の所へと戻る。

また忙しくなりそうだなと苦笑しながら。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

報告

 

東にて謎の小島出現。

各地に現れた竜人の本体だと認識。

即座に竜騎士・剣聖・迅竜騎士の3名を派遣。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

重ねて報告

 

小島に現れた竜人は本体だと確定。

他所では行われなかった不可解な魔法を扱い、対峙の際、先制してこちらを威嚇する模様。

先発隊は対処を一時停止。

 

【急募】体調に異常を与える魔術に詳しい者は情報求む。

 

ーーーーーーーーーー

 

重ねて報告

 

本体による威嚇は時間経過で回復可能らしい。

先発隊は全員無事。

体調の異常は、身体の痺れと毒付与、口が動かない、目が見えない、風邪、異様に眠くなる、など。

 

【急募】上記の異常を与える魔術への対策・回復手段の情報。

 

ーーーーー

 

重ねて重ねてほうこく

 

先発隊、凄く元気心配いらない、大丈夫。

負傷したらすぐに下がらせるつもりだったが凄く元気だから大丈夫怖いくらい元気で怖い

竜騎士は這ってでも竜人に駆け寄ろうとする

剣聖は這ってでも斬りかかろうとする

迅竜騎士は這ってでも止めようとする

引けと言っても聞かない

 

 

ーーーーーーーーーー

 

私信・兄上へ

 

言っても聞かないひとを止めるための方便求む

 

ーーーーーーーーーー

 

返信・愚弟へ

 

それ知ってたらとっくにお前に使っとる

 

ーーーーーーーーーー

 

報告

 

………

 

早めに各地の竜人撃破願う

余裕できたらこっちに来て欲しい

 

ーーーーーーーーーー

 

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■■

 

説明
覇星神イベベース。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け。前編【シリーズ完結】
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