紫閃の軌跡
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〜ノルド高原南部〜

 

―――七耀暦1204年12月5日。

 

 リィン達はヴァリマールの霊力充填も兼ねてユミルで一日の休息の後、リィン、アリーシャ、セリーヌ、マキアス、フィー、そしてクレア大尉のメンバーで『精霊の道』を起動。辿り着いた先はノルド高原南部にあるストーンサークルの中心であった。

 

「着いたか。この景色も久しぶりだな」

「相変わらず凄いですね、この景色も」

「って、アリーシャは来たことあるの?」

「はい。親戚の方が遊撃士をやってた頃、よく付き添ってもらっていました」

「成程……(親戚で遊撃士をやっていた……何かひっかかりますね)」

 

 リィンに続いて出たアリーシャの言葉にフィーが反応すると、親戚の伝手で遊びに来ていたような発言を聞き、クレア大尉は何か引っかかりのようなものを感じていた。とはいえ、ここに留まっていてはあっという間に暗くなる。なにせ、それだけこのノルド高原は広いのだから。

 

「しかし、こんな場所がガイウスの故郷とは……学院祭の絵を見てもその凄さは見て取れたが、正直それ以上だな」

「丁度私とラウラがギクシャクしていた頃だね。それがなかったら行けてたと思うと、ちょっと悔しいかも」

「はは、そういえばそんなこともあったな……あれは!?」

 

 ついこの間まで学院生活を送っていたその思い出に浸りつつ高原の広いところに出ると、機甲兵と戦車の戦闘に出くわしていた。幸い距離はあったので遠目だが、機甲兵の機動性を潰すように包囲殲滅するという巧みな戦術により、戦車部隊が勝利を収める。さしずめ『対機甲兵戦術』といえるものだろう。

 すると、戦車の一台がこちらに向かってきた。これは敵対するものかと思えば、その戦車が停止してハッチが開くと、一人の帝国軍兵士が話しかけてきた。

 

「お、やっぱりそこの黒髪の坊主はこの前の実習の子じゃないか! どうしたんだ、こんなところで」

「えと、もしかしてザッツさんですか?」

「おお、覚えていてくれたのか。もしよければゼンダー門まで乗せていくことはできるが、どうする?」

「せ、戦車の上にですか?」

「大丈夫だって、飛ばしはしないから安心してくれ」

 

 流石に徒歩で移動し続けるのも疲れるので、止むを得ずリィン達は戦車の上に乗るという経験をすることに。先日見たクレイグ中将が直立不動で戦車に立っているのが如何に大変なことか……その化け物っぷりも肌で感じてしまうこととなった。

 

「エリオットのお父さんが怪物じみてるって、これでよく解ったね」

「ま、まあ、帝国軍でも指折りの実力者ですから……」

「そんな実力者を投げたエリオットも凄いといいますか……血は争えないってことでしょうか」

『どんだけ人外がいるのよ、この世界……』

「聞かないでくれ、セリーヌ……」

 

 フィーの言葉にクレア大尉は中途半端なフォローしかできず、アリーシャとセリーヌの言葉にリィンは現実から目を背けたくなった。そんなこんなでゼンダー門に到着すると、どうやら連絡を入れてくれていたようで、ゼクス中将が部下達を両端に控えさせた上でリィン達を待っていた。ゆっくり停止した戦車の上からリィン達が降りると、ゼクス中将が声を掛けてきた。

 

「リィン・シュバルツァー、それとリーヴェルト憲兵大尉。それから、同じ<Z組>の方々だな」

「はい、ご無沙汰しております中将」

「態々お出迎え頂き、感謝します」

「うむ。おそらく先程の戦闘も見たのであろう。状況を話しておく故、少しだけ時間を貰いたい」

 

 ノルド高原の状況は今リィン達にとって間違いなく必要なもの。ゼクス中将の提案に頷くと、ゼンダー門の司令室に案内された。

 

「時は内戦が始まったであろう10月末にまで遡る。ゼンダー門の北東にある監視塔が貴族連合に占拠されたのだ」

「こちらも旧式戦車まで駆り出して乗り切っている状況だ。物資面は問題ないが……」

「正直、小型の『列車砲』とか持ち出されたら、間違いなく落ちるね」

「確かにだな。無論、最悪の事態を避けるべく、打てる手は全てやっていくつもりだ」

 

 北東側の『監視塔』、南西側の『ノルティア領邦軍』……ゼンダー門は二方面からの防衛線を強いられている。本来なら一月も持たない計算だったが、ここでも大量の物資提供があったとゼクス中将は語る。

 

「ガレリア要塞でも、か……そうなると、正規軍全体に補給物資が届けられている可能性……」

「中将閣下?」

「いや、憶測で語るべきではないだろう。今のは独り言だと思ってくれ」

「ゼクス中将。ところでどうして『監視塔』は落ちたのですか? リィン達の特別実習のことは自分も聞いていますが」

「当然こちらもそれなりの警戒はしていた。信じられないことだろうが……どうやら、貴族連合は共和国と一時的に共闘関係を結んだようだ」

 

 このことにリィン達は驚く。エレボニア帝国とカルバード共和国は不倶戴天の敵同士。その両者が協力関係を結ぶとは思えないが、必ずしもそうではないとフィーは呟く。

 

「それほど驚くことじゃない。帝国だって対立しているように、向こうも対立の構図がある。お互いの反体制派が結びつくのは別におかしくはないと思う」

「詳しいな。誰から聞いたんだ?」

「アルフィンに。この前の通商会議でそんなことがあったらしいし」

「えと、皇女殿下とお知り合いなのですか?」

「何か、個人的に友人関係にあるようで……」

 

 フィーの交友関係にクレア大尉が驚きを隠せなかったが、それはいま大事なことでもないのでゼクス中将は話を続ける。

 

「ともあれ、この地も安全ではない。お主達は目的を果たすといいだろう。この地にいるガイウス達に合流するためにな」

「ガイウスが……」

 

 ゼクス中将も兵士からの言伝らしいが、1ヶ月以上前ゼンダー門に数人の学院生と共に来ていたとのこと。流石に高原は広いので馬を貸してもらえることとなったのだが、その内の一頭は特別実習でアスベルが乗りこなしていた紅い毛並みの馬であった。

 

「こ、この馬は……」

「大きいね」

「ああ……(困ったな、あの時はアスベルがいたから何とかなってたけど……)」

 

 どうしたものか困っていると、その馬はアリーシャに近づいて、人懐っこそうにしていた。それを見やったリィンは、アリーシャにこう一言呟いた。

 

「アリーシャ、その馬は任せた」

「えっ!? いいのですか?」

「ああ。その馬には事情があって、アスベルかガイウス、ガイウスのお父さんでないと気を許さないらしいから……その様子だと、アリーシャなら手綱を許してくれるだろう」

「えと、解りました……こんな大きな馬は初めてですが」

 

 とりあえず移動手段はどうにかなったので、ひとまず以前訪れた集落のあたりを目指して移動することとなった。だが、特別実習の時に訪れた場所にはおらず、もしかしたら更に北上しようとしたところで、猟兵団に囲まれた。だが、この状況でもフィーは冷静だった。

 

「……マキアス、行けそう?」

「ああ。障害物がないのなら、十分いける」

「一体何を―――」

 

 フィーは何かを放り投げ、マキアスはそれを狙い撃つと強烈な光が辺り一帯を覆う。そして、その光が収まると……囲んでいた猟兵達は全員横たわっていた。

 

「マキアス、グッジョブ」

「はは、目視での狙撃訓練は正直堪えたが」

「えっと……」

『あんた達、一体何をしたのよ?』

 

 簡単に説明すると、フィーが投げたのは強烈なフラッシュグレネード。それをマキアスが撃って強制的に発動させた瞬間、二人は睡眠弾で猟兵達を眠らせたのだ。そのついでにフィーは彼らの持ち物まで漁っていた。

 

「えっと、クレア大尉?」

「ここは帝国ではありませんし、そもそも相手が武器を向けた以上フィーさんの行動は合法的行動かと。導力通信が使えない原因を探るには手段を選んでいられませんし……見なかったことにしておきます」

 

 ゼクス中将からは『監視塔』が占拠されて以降、導力通信が使えないという不具合が発生していると述べていた。だが、襲ってきた猟兵達は通信機を持っていた……これが何かしらの手掛かりになると考え、クレア大尉は言い訳をしつつも見なかったことにした。

 

「この人たちを放置するのは忍びないですが……急ぎましょう、リィンさん」

「ああ。確かラクリマ湖畔にはグエンさんの小屋がある。そこなら集落の行き先の手掛かりがあるかもしれない」

 

 元々ノルド高原の民は遊牧民族。この広い高原を探すのは骨が折れそうだが、ご隠居と呼ばれるグエンならガイウス達の行方も分かるだろう。眠ったままの猟兵達は行動の支障になるので放置せざるをえず、せめて魔物に襲われないことを女神に祈りつつリィン達は進路を北に向けた。

 

 ラクリマ湖畔に到着すると、そこには避難してきたであろう集落がいくつかあった。どうやら戦火を逃れてきたようだが……すると、リィン達の姿を見て近づいてきた一人の男性がいた。

 

「おや、君は……リィン君ではないか。見ない顔ぶれもいるようだが……これはアリーシャ嬢。その馬に好かれるとは、女神の導きかもしれませんね」

「お久しぶりです、ラカンさん」

「えっと、お久しぶりです」

「何はともあれ、まずは落ち着かれるといい。ガイウス達もじきに戻ってくるであろう」

 

 その男性ことラカンの案内で、移動式住居の一つに案内された。そして、ラカンの隣には若々しい女性がいた。

 

「改めて、ガイウスの父のラカン・ウォーゼルという」

「妻のファトマと申します。よろしくお願いいたしますね」

「つ、妻!?」

「……正直ガイウスのお姉さんかと思った」

「あはは、俺もそうは思ったけれど……ガイウスは戻ってきていたんですね」

「ああ。ガイウス達から聞いた情報は半信半疑だったが、共和国軍の飛行艇や巨大な機械人形―――『機甲兵』といったか。それを目の当たりにしたことで危険性を理解し、グエン公の提案もあってラクリマ湖畔に移動したのだ」

 

 導力通信が使えないのは高原全体に広がっており、第三機甲師団との連絡が取れないのは痛手となっている。そのため、グエンとガイウス達は高原の北東部に調査へ出かけていると述べた。

 

「ちなみにだが、ガイウスと一緒に避難してきたのはアリサ君、ミリアム君、そしてステラ君だ。集落の移住にも積極的に協力してくれて、本当に助かっている」

「そうでしたか。どうする? ここで待つのも手だが」

『まあ、どっちでも構わないと思うわ。そこまでの消耗はしていないでしょうし』

「そういえば、ここに来る途中で猟兵団と戦ったけど、ここは被害もなく無事なのはどうして?」

 

 すると、ここでフィーが一つ質問を投げかけた。少なくとも高ランクに位置する猟兵団であり、直接集落を襲うのは考えづらかったがZ組自体の問題もある。すると、ラカンはその疑問に答えてくれた。

 

「実は遊撃士とその協力員らしき人が来てな。彼らはカシウス殿の推薦状を持っていたので、滞在を許可したのだ。遊撃士の二人も凄腕だが、その協力員の槍捌きは私すら軽々超えているだろう。協力員の彼女は先日東方面に行くと言ったきり戻ってきていないが、遊撃士の二人は高原がある程度落ち着くまで滞在してくれている。今はガイウス達に同行している」

「組み合わせ的にはエステルたちかと思ったけど、違うみたいだね」

「中々顔を合わせる機会がなくてな。二人はグエン公の小屋に寝泊まりしているし、日中は北東部に出かけてガイウス達の稽古をして貰っているからな。年齢的には二十歳半ばぐらいだが」

 

 すると、住居の中にガイウスの弟であるトーマが入ってきた。彼はリィン達に気付いて声を掛けてきた。

 

「父さんに母さん! って、リィンさん!? それに、アリーシャお姉ちゃん!?」

「トーマ君、お久しぶりです。にしても、息を切らせてどうしたのですか?」

「え、あ、うん! さっき、聞き慣れない唸り声が聞こえて……多分、あんちゃん達がいる北東部あたりじゃないかって」

 

 集団で行動しているとはいえ、大丈夫なのかと不安に思うところはある。なので、リィン達は顔を見合わせて頷く。

 

「……念のため、俺達が北東部に向かいます。皆もそれでいいか?」

「はい、大丈夫です。私はリィンさんのサポートでもありますから」

「ガイウスの故郷というなら、僕達も無関係じゃない。是非手伝わせて貰おう」

「そだね。さっきのこともあるし、貴族連合がうろついている場合もある」

「同意見です。早速向かうとしましょう」

「……私は集落の守りがある故、下手に動けない。どうかお願いする」

 

 ラカンの言葉に頷くと、リィン達は再び馬を駆って高原の北東部へと移動する。しばらく道なりに進んだところでガイウス達らしき集団を発見したのだが、リィン達は唖然としていた。

 

「……えっと」

『この調子だと、エマも何かしらパワーアップしてそうね』

「エリオットにも驚きはしたが、ノルドに来た面々は一体何の鍛錬を受けたんだ?」

「私もそれが知りたい」

「ミリアムちゃん……立派になりましたね……」

「クレアさん!? 現実から目を逸らさないでください!!」

 

 リィン達は気のせいだと思いたかった。

 ガイウスが風の力を纏って攻撃どころか相手の攻撃を反射するのに一役買っていたり、アリサの背中に翼が生えて炎の矢を放つ技を繰り出していたり、ステラが魔法陣を使って縦横無尽に銃弾を浴びせていたり、ミリアムに至ってはアガートラムを変形させて14連装ガトリング砲で敵に銃弾の雨を浴びせていたとしても、それはきっと気のせいだと思いたかった。

 大事なことなので、二度言うことにした。でも、現実は非情であった。

 

説明
第136話 隣の芝は青い
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