紫閃の軌跡 |
〜クロスベル帝国クロスベル市 ミシュラム〜
―――12月8日・18:00
オルキスタワーの会談を終えたエレボニア帝国第一皇子オリヴァルト・ライゼ・アルノール、そして第二皇女アルフィン・ライゼ・アルノールはクロスベル帝国の皇帝マリクルシス・フィラ・クロスディールの計らいでミシュラムの高級住宅街の最奥―――ハルトマン元自治州議長の邸宅にして、現在迎賓館として使われている屋敷の客室に案内され、二人はソファーに座った。
「ふう……正直、事前会談だけでもここまでとは思わなかったが。アルフィンは大丈夫かい?」
「ええ、お兄様。もしここにいたのがお姉様やセドリックだったらと思うと……」
「その意味で、ここにいるのがアルフィンだったのは救いというわけかな。流石に僕一人でマリク殿とシオン君の二人を相手にするのはオズボーン宰相殿よりも骨が折れそうだ」
数時間の事前会談の時点で講和条約交渉が厳しいものになると二人は痛感していた。そして、明日にはその交渉というか条約締結の段取りまで持っていくことも確認済みで、エレボニアの皇族としてリベール側からどんな要求をされるかが焦点ともいえる。
そして、屋敷を警備している兵と話を終えたミュラー少佐が部屋に入ってきた。彼は二人を見やると少しだけ表情を崩した。
「オリビエ、それにアルフィン殿下……お前も、だいぶお疲れの様だな」
「大丈夫だよ、親友。ただ、明日からの条約交渉はほぼ呑まざるを得ないだろう……」
「そこまでの状況なのか。いや、聞き及んでいる報告からするに、無理もないとは思うが」
「ええ、ミュラーさん。事ここに至っては最早賠償金を支払うだけでもかなりの負担を強いられるかと。……最悪、皇族であるアルノール家が国家主権を剥奪されることも覚悟しなければなりませんが」
「……」
本来ならエレボニア帝国の国内だけの問題。それが飛び火して周辺諸国にまで影響を与えた。更にはリベール王国との戦争状態にまで発展している。その状況を改善するために動いてはいるが、エレボニア皇族としての責も当然問われることとなる。ただでさえ<百日戦役>からたった12年で再び剣を交える事態になってしまったのだから。
アルフィン皇女の言葉にミュラー少佐は神妙な表情を浮かべている。
「アルフィンの言ったことも誇張ではない。シオン君のご両親―――当時の王太子夫妻がエレボニア帝国内で『殺されてしまった』件だって、政府だけでなく帝国として正式に謝罪していないのが事実だ。その償いもしなければならないだろうね……その様子だと、アルフィンは知っていたのかな?」
「大方の予想でしかありませんでしたが。そうなると、私も責を取らなければいけません。シオンが『エレボニア皇族としての最後の外交』と言っていた意味もやっと腑に落ちました」
「ふむ……そこまで神妙な表情をしないでくれ、親友。元はと言えば“皇”たる責務を負いきれなかった父にも責任がある。ウルフ殿は『時にはその手を血に染めてでも争いの火種を取り除くのが頂点に立つ者の責務』と父に諭していたが、それをできなかったツケだろう。無論、僕や妹の母のこともあるだろうが……それを理由にしてほしくなんてないんだ。僕も、きっとステラもね」
「オリビエ……」
誰かを理由にするのは簡単だ。けれど、一個人の理由で国全体を揺り動かすなど以ての外。施政者に求められるのは揺るがない国家の安寧と利益であり、個人の感情で国民を振り回せばいずれ破滅する。有史以来、そうやって没落してきた国は数多くある。下手を打てばエレボニア帝国もその道を歩みかねない……オリヴァルト皇子はそのことを危惧した。
「……その意味で、僕も改めて覚悟を決めなければいけないわけだ。現皇帝の血脈を継いだアルノール家の嫡男としてどうあるべきなのか。この内戦を通して、エレボニアを含めた西ゼムリア全体のパワーバランスは大きく変わりつつある。三大国の均衡からリベール王国・クロスベル帝国という二大国の台頭へと……アルフィン、恐らく僕は会議に参加できない。通商会議では父上の口添えもあったが、今回は僕らの独断そのもの。よって皇位継承権を持たない僕は交渉の権限を持たないだろう……恐らくその辺は手を打ってくれているから、アルフィンはしっかりと交渉に臨んでくれ。どのような結果になろうとも、僕はアルフィンの決断を支持すると約束しよう」
「お兄様……はい。これでもシオンやクローゼさんの薫陶を受けておりますので、皇族としての務めを果たしてまいります」
〜クロスベル帝国クロスベル市 オルキスタワー〜
七耀暦1204年12月9日―――年の瀬が迫りつつある中、クロスベル帝国の首都クロスベル市にある超高層ビルにしてランドマークタワー、現在は皇帝府となったオルキスタワーでリベール王国とエレボニア帝国の講和条約締結に向けた交渉が始まった。
南の導力大国―――リベール王国からは次期国王でもあるシュトレオン・フォン・アウスレーゼ王太子と女王名代としてクローディア・フォン・アウスレーゼ王女。
西の軍事国家―――エレボニア帝国からはアルフィン・ライゼ・アルノール皇女と、その補佐という形でリベール王国に置かれたエレボニア帝国大使館に務める駐リベール大使のダヴィル・クライナッハ大使。
北の医療立国―――<不戦条約>共同提唱国であるレミフェリア公国からは今回の交渉提案者として出席するアルバート・フォン・バルトロメウス大公。
東の新鋭なる大国―――議長国であるクロスベル帝国からは議事進行としてクロスベル帝国議会議長となったフィリップ・マクダエル、二国の仲裁役としてマリクルシス・フィラ・クロスディール皇帝。
更には、遊撃士協会総本部名代としてクロスベル支部の受付を務めるミシェル・カイトロンド、七耀教会の法王名代としてクロスベル大聖堂のトップであるエラルダ大司教。様々な勢力がオルキスタワー35Fの会議室に集い、その周辺警護をクロスベル帝国軍総司令レヴァイス・クラウゼル自ら陣頭指揮に立つという厳戒な体制の中、リベール王国とエレボニア帝国の講和条約交渉が始まろうとしていた。
「―――それでは、これよりリベール・エレボニア戦争の講和交渉並びに講和条約調印式を始めさせていただきます。議事進行は僭越ながら、私ことフィリップ・マクダエルが務めさせていただきます。交渉会議は休憩を挟む形で5時間を予定しておりますが、進行次第では延長もありますのでご了承ください。そして、今回の会議に際してオブザーバーに2名参加してもらいました。遊撃士、エオリア・メティシエイル並びにジン・ヴァセック。所属支部は異なりますが、遊撃士協会に今回の会議の保障をしてもらうため、参加を要請しました」
「遊撃士協会グランセル支部所属、エオリア・メティシエイルです。以前はクロスベル支部に所属していた縁から要請を受けました」
「パルフィランス支部所属、ジン・ヴァセックという。何かと顔なじみもいるが、改めてよろしくお願いする」
ここにアスベル達がいないのはさておくとして、エオリアはリベールとレミフェリアとクロスベルに縁のある人物。そしてジンはかつて<百日事変>における立役者の一人。この会議を保障するには確かな人選に納得しつつも、シュトレオン王太子は思わず頭を抱えた。何せ、エオリアは自身に深くかかわる人間であるだけに。
「なるほど、確かに人選としては悪くないですね……エオリア嬢は我が国としても縁のある方ですので」
「確かにジンさんなら安心できます。我が国にとっても事件の解決に寄与してくれた方ですし」
「ええ。それは確かですわ」
「リベールの王族、それにエレボニアの皇族にそこまで言われるとは冥利に尽きます」
実際のところ、ジンだけでなくシェラザードにも要請があったのは彼自身聞き及んでいたが、絶対あのお調子者が関わってきそうで会議が真面目に進まないと聞き、ジンにその話が回ってきたのはここだけの話である。それはともかくとして、シュトレオン王太子は咳払いをして視線をマリクルシス皇帝に向けた。
「コホン。国家として見れば新進気鋭とはいえ、ここまでの陣容を整えられた皇帝陛下の信望はかなり厚いことと感じます。さぞ先代アルバレア公は其方の比類なき資質に草葉の陰から嘆いておられるやもしれませぬが」
「リベールの次代を担う殿下からそのような言葉を頂け、感謝に堪えません。亡き父も今のアルバレアの様相にはひどく嘆かれていることかもしれませぬ。さて、議長殿。議事進行を」
「はい。それでは、シュトレオン殿下。リベール王国がエレボニア帝国に提示する講和条件の提示をお願いいたします」
シュトレオン王太子の賞賛を素直に受け取りつつ、マリクルシス皇帝はフィリップ議長に議事進行を進めるよう促し、返事をしたうえでシュトレオン王太子に講和案の提示を要請した。
「了解した。エリゼ、彼らに条件案の配布を」
「畏まりました」
それに頷いた上で、シュトレオン王太子は後ろに控えていたエリゼに指示を送り、彼女は手に持っていた鞄から書類を取り出して参加者たちに配布された。それに目を通した参加者たちは様々な反応を見せるほどだった。
「ほう……」
「これは……」
「……そこまで、ですか……」
「このような……」
マリクルシス皇帝は感心したように声を上げ、アルバート大公は予想よりも厳しい内容に思わず声が漏れ、アルフィン皇女は講和案から垣間見えるリベールの怒りに悲しげな表情を浮かべ、ダヴィル大使はかの国の怒りを感じ取りつつも愕然とした表情を見せるほどの講和案はこのような内容であった。
――――――
『リベール・エレボニア戦争の講和案』
1.以下の人物を最重要人物として引き渡しを要求する。その処遇についてはリベールにおける国内法に基づいての処罰とし、如何なる決定に対してもエレボニア帝国は異論を挟まないこと。また、彼らの“報復”を大義名分とした戦争行為を我が国に対して行った場合、その規模を問わずエレボニア帝国が全てリベール王国に補償すること。
○カイエン公爵家当主 クロワール・ド・カイエン公爵
○アルバレア公爵家当主 ヘルムート・アルバレア公爵
○貴族連合協力者 ヴィータ・クロチルダ
2.ザクセン鉄鉱山を含むノルティア州全域、ガレリア要塞を含む帝国直轄領、ラマール州北東部の一部にある所有権・統治権ならびに領有権の完全放棄を宣言し、リベール王国に贈与する。なお、これらの領地に住む貴族は特段の事由がない限り爵位を剥奪して“平民”の扱いとする。これを不服として爵位を維持したい場合はエレボニア帝国が引き取り、一つの例外もなくエレボニア帝国内に住まわせること。
3.アルトハイム自治州・レグラム自治州・センティラール自治州における旧<四大名門>の領地に関する領有権の完全放棄を宣言し、以後これを大義名分とすることを永久に禁じる。また、その領内出身の住民の安全を脅かす行動を取った際、国内法に基づいて厳正に対処するものとし、この処罰を大義名分とすることも認めない。
4.アルフィン・ライゼ・アルノール皇女ならびにエルウィン・ライゼ・アルノール皇女はリベール王国内に住まわせ、その処遇についてはリベール王国で判断して実行する。その際エレボニア帝国が異論を挟むことを禁ずる。
5.エレボニア帝国からリベール王国に流入した全難民のうち、エレボニア帝国への帰還希望者全員をエレボニア帝国が引き取り、その際に生じる運搬費用のみならず、彼らの生活にかかわる諸般の費用全てを支払うこと。リベール王国への帰属希望についてはエレボニア帝国が反論することを禁じ、暗殺や誘拐などの非人道的手段による行為を取った場合、国内法による判断で処罰する。
6.1204年11月上旬の王国領侵攻ならびにセンティラール自治州の州都ユミルへの襲撃に対し、エレボニア帝国国家元首が直接謝罪すること。更に、領民の被害全ての補償を帝国政府が全責任を負う形で実施すること。
7.旧クロスベル自治州における宗主国権限の完全放棄、ならびに同地域とノルド高原の領有権を完全放棄すること。以後これを大義名分とすることを永久に禁じる。なお、リベール王国はこれらの地域に対する領有権を持たないものとする。
8.エレボニア帝国の内戦における終結方法をリベール王国ならびにクロスベル帝国に一任する。なお、リィン・シュバルツァーが所有する<騎神>についてはリベール王国に寄贈するものとする。
9.エレボニア帝国内において、遊撃士協会に所属する全遊撃士のいかなる行動制限を一切禁ずる。現在入国規制がかかっている遊撃士についても即時解除を求める。帝国政府で発令している行動規制については条約締結後に即時破棄すること。閉鎖した各支部については閉鎖前と同等の規模で1年半以内の活動再開を実行する。
10.<百日戦役>において発端となった“ハーメルの悲劇”の全面公表。
なお、第九条を除く項目については内戦終結後より1ヶ月以内とする。万が一、期日を過ぎても執行されない場合、リベール王国によって強制執行する。
―――――
「これは、すべて実行すれば混乱をきたしますぞ……」
「まさか、遊撃士に関しても条約に入ってるだなんて寝耳に水だけれど、遊撃士協会としてはありがたい話になるわね。まあ、その辺りはきちんと説明してくれるでしょうから、あえてここで追及は避けるけれど」
エラルダ大司教は言葉を震わせるように呟き、ミシェルはまさか講和案に遊撃士関連の項目があることに驚きつつも、現状のエレボニア帝国内における活動状況からすればそれが少しでも改善してくれることは喜ばしいような含みを持たせてつぶやいた。一方、これを見て声を荒げたのはダヴィル大使であった。
「シュトレオン殿下、この講和案は一体何なのですか!? 確かに此度の一連の件はエレボニア帝国側に非があるとはいえ、ここまで要求されるなどというのは度を過ぎておられませぬか!?」
「……確かに、講和というよりは最早賠償に近いと思われるが。殿下、その辺りをご説明願えますか?」
ダヴィル大使の言葉に反応する形でアルバート大公も自分の意見を述べつつ、シュトレオン王太子にこれらの講和案へと纏まった経緯の説明を要求すると、王太子はそれに頷きつつ説明を始めた。
「解りました。まず始めに申しあげておきますが、我々はエレボニア帝国自身の持つ統治権・治安維持権は要求しておりません。第一条で触れている貴族当主の引き渡しは要求しましたが、ラマール州の大部分やクロイツェン州を対象から外しただけでなく、カイエン公爵家やアルバレア公爵家そのものの扱いについても我々は触れておりません。そもそも、我が王国民を人質に取るような相手を一応“政府”という公的な扱いとしましたが……そのような方々を“犯罪国家”と名指しで非難しなかっただけ、我が国としてはエレボニア帝国の存続をまだ願っているということです」
「っ!?」
「それだけではありません。先月の王国領侵入では、私の傍にいるエリゼさんも誘拐しようとなさったこと。それと、既に皇位継承権がないアルゼイド夫人の保護すら名目にして攻め込んでまいりました。そのような行いを平然とできる方々をどう信用できるのかお尋ねしたいぐらいです。とりわけ、前者についてはアルフィン殿下がよくご存知かと思われます」
「はい。あの時はルドガーさんが助けてくれたお蔭で事なきを得ました。本当に感謝しております」
「成程……オリヴァルト殿下よりリベール王国にアルフィン殿下の保護を依頼されたことは本人から直接聞いておりましたが、そのようなことがあったのですか」
シュトレオン王太子とクローディア王女の言葉は真っ当であるし、リベール王国としてもエレボニア帝国を滅ぼしたいがために宣戦布告を受諾したわけではない。その証左という形でノルティア州・ガレリア要塞を含む直轄領・ラマール州北部および北東部の占領に止めていることも併せて伝えられると、ダヴィル大使とアルフィン皇女は驚きを隠せなかった。
「それに、度を過ぎていると仰られたが、この講和案はこれでもかなりの譲歩をした上でマリクルシス陛下にも一つ前の試案を見せた上で修正を加えた形となっている」
「具体的にはどのあたりを削除なされたのですか?」
「主に金融と経済、それと法律―――国際法の扱いについてだ。とりわけ今回のことは話し合いのテーブルすら用意せずに侵攻した。つまり話し合いで解決するという<不戦条約>をエレボニアとカルバードの両国が破った形だ。カルバード共和国は既に消滅してクロスベル帝国に取り込まれた以上共和国への請求権は請求相手がいないために消滅するが、エレボニア帝国に対しては損害請求権が生じる形となる」
それが認められない場合は昨年締結した二国間条約の中にある関税0%枠の一時凍結、そして<不戦条約>の実効性を高める目的で本則・附則の改正まで視野に入れていたが、クロスベル・旧カルバード方面にも影響が出かねないと判断されて削除された。シュトレオン王太子としてもこの程度の修正なら既定路線だと踏んで削除に同意した。
「議長、進行を」
「は、はい。では殿下、第一条から説明をお願いいたします」
「ああ。第一条で要求した三名はいずれも貴族連合の中核におり、我が国からすれば混乱を生じさせた元凶に近いだろう」
「シュトレオン殿下、彼らの処遇については如何なされるお積りですか?」
「カイエン公とアルバレア公については極刑―――即ち“死刑”となる。彼らは我が国の領土を侵し、更には命まで奪いかねなかった側の人間だ。死人が出なければ罪の軽減をすべきとの声もあるかもしれないが、彼らはリベールだけでなくエレボニアにも多大な被害を及ぼした以上、双方の負の感情を鑑みれば極刑も止むを得ないだろう。どの道エレボニアの内戦の後片付けでその責を被るとなれば、首謀者クラスが妥当というほかあるまい」
単にリベール側の怒りを鎮めるだけでなく、内戦によって多くの被害を受けたエレボニア帝国民の怒りを鎮める意味合いにおいて彼らの存在は大きい。内戦終結後、誰がその責任を取るべきかと考えれば、此度の戦争を引き起こした元凶が妥当。よってカイエン公とアルバレア公の引き渡しは極めて妥当であるとシュトレオン王太子は述べた。
「確かにその通りです……その、殿下。そこに書かれている方はエレボニアでは有名な歌姫。なぜ彼女の名まであるのですか?」
「彼女は結社<身喰らう蛇>の使徒第二柱<蒼の深淵>。本来我が国では第一級国際犯罪組織扱いの人間である以上極刑は免れないが、彼女の身内である複数の関係者から罪の軽減が可能か打診があった。我が国としても<百日事変>で彼女に助けられた側面があり、その功績を以て打診を受けることとした」
「ちなみにですが、誰が罪の軽減を嘆願なされたので?」
「エレボニア帝国ではリューノレンス・ヴァンダール侯爵に夫人であるカレン・ヴァンダール、リベール王国からはカシウス・ブライト中将に彼の妻であるレナ・ブライト。以上の方々だ」
「な、何と!? ヴァンダール家当主にブライト中将、さらにはその奥方様の方々が……」
ここには名を挙げなかったが、魔女の“長”たる人物と自分の親友にして使徒である人物からも嘆願を出されているが、ここでいう必要もなかったためシュトレオン王太子はその4人のみを挙げた。
すると、アルフィン皇女はあることに気付いてシュトレオン王太子に問いかけた。
「シュトレオン殿下。ここには書かれておりませんが、ルーファス・アルバレアさんやカイエン公、アルバレア公の夫人や子息および令嬢の方々はどうなされるのでしょうか?」
「両公爵夫人、子息や令嬢をはじめとした家族は処罰の対象としない。両公爵とその家族では権力の差があまりに大きすぎるからな。ただ、ルーファス・アルバレアおよびカイエン公次子に関しては貴族連合の中核に近い立場だったことは確かだが、処罰された故に対象から外した」
「処罰された、とは?」
「昨日、我が国の精鋭部隊が貴族連合の保有しているパンタグリュエルに強襲を掛け、貴族連合が誘拐していたソフィア・シュバルツァーの救出に成功。なお、彼女をどこかに連行しようとした輩の中にルーファス・アルバレアの姿もあり、彼を討伐したとの一報を既に受けている。そしてカイエン公次子については先日西部で貴族連合と謎の勢力との大規模な戦闘があり、そこで命を落としたと報告を受けている」
前者については後の憂いとなる可能性が極めて高く、死体を回収したのは利用されるのを防ぐため。後者については完全に偶然の産物だが、後顧の憂いを絶つ形となった。その言葉に周囲の人間は驚きを隠せなかった。
「なっ!?」
「あの方が、ですか……」
(……多分、アスベル君達でしょうか?)
(だろうな。奴さんの実力は耳にしてるが、そこまで極まってるとはな……)
「ちなみにですが、ルーファス卿を討ったのはどなたかご存知でしょうか?」
「本来は機密にもなるんだが、本人から許可は貰っているからいいか……アスベル・フォストレイト中将だ。彼がルーファス卿を討伐している」
「ユーシスさんと同じ“Z組”の方が、それもアスベルさんがですか……」
アスベルの実力を正確に知っている人間となれば、シュトレオン王太子とマリクルシス皇帝の二人だけだろう。その二人から見ても彼の実力は既に人外の領域だと判断していた……その本人達も人のことは全く言えない立場であるが。
ダヴィル大使は驚きを隠せず、クローディア王女は以前夏至祭での祝賀会の時のことを思い出しながら呟き、エオリアとジンは同じ遊撃士でもある彼の実力を知って小声で話し、マリクルシス皇帝の問いかけに王太子が答えると、アルフィン皇女は同じトールズ士官学院の関係者同士で剣を交えたことに複雑な表情を見せていた。
すると、そこでアルバート大公がシュトレオン王太子に対して質問を投げかけた。
「シュトレオン殿下。貴公とオリヴァルト殿下の要請を受けて講和条約交渉の提唱者として質問させてもらうが、昨日のパンタグリュエルへの強襲作戦は初耳だ。その前の時点で講和条約締結に向けた意思があったにもかかわらず、そのような行いはこの交渉に反するのではと……」
「確かに一昨日の時点で貴国に講和交渉を持ち掛けたことは事実ですが、なればこそ講和条約締結を行うまで“戦争停止状態”にするべきという提案をすべきであったと思われますが。それに、我が国が事を起こした最大の理由は人質同然の扱いをしたソフィア・シュバルツァーの奪還であり、それを実行したまでのこと。レミフェリア公国は敵国の非人道的な振る舞いを黙認しろと仰るのですか?」
「いや……確かに、殿下の仰る通りであった。非礼を許して頂きたい」
「いえ、この場は交渉であるとご理解しておりますので、ご指摘も至極当然でしょう。後日<不戦条約>の凍結も含めた詫びをさせていただきますので、平にご容赦を」
共同提唱国であるレミフェリア公国に対して便宜を図る発言に、アルバート大公としても必要以上に強く言うことはできない。何せ、相手はかつてのほぼ同等な立場から西ゼムリアの一角を担う大国へと成り上がったのだから。その様子を見てフィリップは議事を進める。
「では、皇女殿下。エレボニア帝国として第一条に対する意見はございますか?」
「いえ、ございません。確かに内戦が終結した折、被害に遭われた多くの方々の溜飲を下げるためにカイエン公とアルバレア公への厳罰は止むを得ませんし、クロチルダさんの処分の軽減に皇族の守護たるヴァンダール家の当主とブライト中将閣下が名を挙げられた以上、それを信ずる意味でもアルノール家の人間として後ろ盾になりましょう」
「こ、皇女殿下、よろしいのですか? 下手をすればカイエン公爵家が敵に回ることも」
「ダヴィル大使、カイエン公が総主宰である貴族連合が皇帝たる父ユーゲントをはじめとした皇族を幽閉していることは“皇族への翻意”以外にどう見るべきでしょうか。加えてアルゼイド夫人のこともある以上、毅然とした態度でなければ皇帝を頂点とする国そのものが揺らぎかねません」
「それは……」
ここで弱腰になって弱い態度を見せれば、近い将来エレボニア帝国の体制そのものが根底から崩れ去る。権威の象徴であるのならば、自ら先頭に立って強き姿を見せるのが国を保つ上で必要。そしてそれに反旗を翻した形となるカイエン公爵家をはじめとした貴族連合に厳正な処罰をせねば、国内どころか国外からも冷ややかな対応を取られるのは必定。
「シュトレオン殿下。そちらで指定された人物以外の貴族連合の処遇や、カイエン公爵家をはじめとした貴族の処分は、私達もといエレボニア帝国で請け負っていただくことで異存ありませんか?」
「ええ。先程申し上げたように、こちらとしては指定した人物の引き渡しさえしていただければ問題ありません。この後で述べる占領地以外の爵位の降格や改易などといった貴族への処分は全てエレボニア帝国にお任せいたします」
リベールとしても必要以上の労力を費やすのは面倒であるし、それに貴族らへの処分によってエレボニア帝国の本気度を図る狙いもある。あの御仁なら嬉々として貴族派の力を削ごうとも考えるだろうが、この先のことを考えると常識的な範囲での処分に収まれば文句はないとシュトレオン王太子は考えている。
講和交渉はまだ始まったばかりであった。
気が付けば前作の4分の3に迫ってました。ペースは不定期ですけれど。
リベールがエレボニア貴族の処分に口を出さないのは“内政干渉”という言い分が出ないようにするためのもので、戦争責任の意味でカイエン公と襲撃を指示した主犯であるアルバレア公、それとユミル襲撃とソフィアの誘拐に間接的に関与したヴィータの3人を対象に指定したということです。
それ以外の協力者を口に出さなかったのはエレボニア帝国の貴族派が結社と結託している流れにしないためのものです(若干気付いている可能性もありますが…)後々のことを考えれば、貴族派をある程度抑止力として残すのが望ましいという思惑があり、それ以外の責任をエレボニア帝国に附託したのはアルノール家がまだ話の通じる部類だからです。(後のことを考えると一人はその括りから外れますが……)
一応補足しますが、今回の講和条約の提示した項目はリベールにとってすべて関連のある項目です。
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第149話 リベール−エレボニア講和交渉@ | ||
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