紫閃の軌跡 |
〜クロスベル帝国クロスベル市 ミシュラム〜
リィン達がミシュラムの高級ホテルで各々の夜を過ごしているその頃、その湖岸でアスベルは一人エルム湖をのんびり見つめていた。すると、そこに姿を見せた一人の少女―――アリーシャの姿にアスベルは首を傾げた。
「これはまた懐かしい顔だこと。久しぶりだな、アリーシャ。最後に会ったのは女学院に行く前だから、丁度一年前ぐらいかな?」
「お久しぶりです、アスベルさん。それとも『お兄様』とお呼びした方がいいでしょうか?」
「そのことは秘匿事項になるから勘弁してくれ……リィンのところに行かずにここへ来たのは、何か聞きたいことがあるみたいだな?」
「はい。どうやらアスベルさんもそうですが、何人かの方々が“起動者”のような繋がりを感じましたので……」
元々シルフィル家は精霊信仰に縁のある貴族家。その霊的な繋がりを可視化できる異能を持っていて、アスベルもその辺りは聞き及んでいる。アリーシャの問いかけにアスベルは一息吐いてから答えた。
「この“力”に関してはまだ表沙汰には出来ない。何せ、裏技や実験の産物と言ってもいいからな。さしずめ“裏の騎神”とでも言えばいいかな」
「裏の……ということは<騎神(デウス=エクセリオン)>と同じく7体いるのですか?」
「ああ。“焔”、“水”、“風”、“大地”、“幻”、“時”、“空”……その一角を俺が担う形になったわけだ。正直、表沙汰にできない理由は色々あるんだが、一番の理由は“この先”にある」
アスベルがその力を表で振り翳さない理由。それは他でもなく面倒な連中に目を付けられないようにするための対処でもあった。現状表に出たのはシュトレオン王太子の“幻”だけ。アスベルの“焔”とルドガーの“大地”は夜間での戦闘だったため、まだ秘匿可能なラインでもあった。秘匿する最大の理由は個々の騎神の性能が既に存在する騎神すら凌駕するせいなのだが。
<黒の史書>の強制力を書き換えるとなれば、規格外の力を以て対処する―――力技ではあるが、それが一番対処可能な方法でもあった。そのために“裏の騎神”もそうだが、“聖天兵装”の残る起動者9名を探す必要があった。奇しくも転生組は『外の理』に通じる武器を保持しているため、出来ることなら他の面々がよいと思うが……こればかりは運に頼らざるを得ないだろう。
「この先……世界の消失、ですか?」
「それもあるだろうが……そのことについては、既に“解決してしまった”というのが正しいだろう。東ゼムリアの砂漠化が反転して緑化の一途に振り切ったからな」
それも様々な特典の実験による結果でもあった。単独でも使い方次第でやばいのに、それを組み合わせれば世界の命運すら引っ繰り返せる……目論見は成功して、おおよそ5年後に消失する事実が綺麗さっぱり消え去ってしまった。ダメ元で“あの神様”に相談したらどうにかなったのが正しい答えになるが……女神(エイドス)を信奉することが主流のこの世界で言うのも変な話だ。他の誰かに言ったところで信じてもらえるか怪しいので、敢えて黙る他なかったが。
「それよりも問題は“黄昏”……精霊が観える君なら感じているんじゃないのか?」
「……そうですね。僅かながら『黒き風』が観え始めています。その原因もおぼろげながら……少なくとも、この内戦でそこまでの事態になることはまだ予想出来ませんが」
「起こすにしても条件が足りていないからな。急拵えで“杯”を用意したとしても、それを満たすだけの“闘争”が起きていないのは確かだ」
内戦が混迷を極めているとはいえ、両面の差配をしていたルーファス・アルバレアは既にこの世にいない。死体も悪用させない目的で完全に“消滅させた”。それに、“黄昏”を起こすための最低条件が揃っていない以上、この時期に“黄昏”を無理に起こせば逆にエレボニア帝国そのものが崩壊するシナリオになりかねない。
そもそもの話、この内戦の結果によって“クロウ・アームブラストの死”というトリガーを引かなければ今後の計画そのものが破綻する。だが、その引き金を敢えて引かせる選択をすることにした。“福音計画”の時と同じく、最終局面において盤面諸共引っ繰り返すために。どんな存在であれ『成功した』という慢心は油断を生みやすい。どんなに完璧であっても、人の感情という不確定要素がある以上はそこに勝機を見出す。
「……ある意味全てを騙すやり方だし、非難されても仕方ないと思う。無論、その覚悟はとうに持ってるが……かったるいのは否定しない」
「でも、やり遂げるって顔に書いてありますよ? まあ、私はリィンさんのパートナーですから、その方面での協力になりますが」
「そのリィンなんだが、いいのか? 今頃寝技の応酬になってそうだが」
「今まで人目もありましたから、一晩ぐらいよいのでないかと思います。エリゼには既に話を通しましたし」
「人のことは言えないが、やれやれだな」
焚き付けた側の人間が言えた義理ではないな、とアスベルが零すとアリーシャは苦笑を浮かべていた。
―――1204年12月10日。
クロスベル国際空港に停泊するアルセイユ級W番艦『カレイジャス』の会議室にてリィン達Z組のメンバーが揃っていた。疲れた様子のリィンに対して、彼と関わっていた女子は元気そうな姿に周囲の人々は冷や汗を流した。すると、そこにエルウィン皇女とオリヴァルト皇子が姿を見せた。
「殿下、おはようございます」
「ああ、おはよう。リィン君は昨晩大変だったようだね」
「えと、まあ、ある意味自分のせいではありますので……」
「ふふ、エリゼを始めとしての説教ですから、致し方ないかと。それよりもお兄様」
「そうだね。昨日話していたことについてだが、リィン君。君以外の面々は特務部隊への参加を決めた。あとは君だけだが……」
「是非参加させてください。確かにまだ悩むことはありますが、それでもトールズを取り戻すという目標があるのは確かです」
“若者よ、世の礎たれ”―――ドライケルス・ライゼ・アルノールがトールズ士官学院を設立した際に伝わった言葉。それが今まで続く伝統の大本となった礎とも言えるだろう。正直自分たちに出来ることは限られている。だからこそ、少しでもこの現状を変えていくために出来ることを成す。それを積み重ねていって、自分たちの学び舎である士官学院を奪還する。一歩ずつ確実に……
「エリゼからソフィアのことも聞いて、無事再会もできました。結構キツイ言葉も貰ってしまいましたが……だからこそ、現状をよくするための手伝いをしたい。いえ、手伝いをさせて頂きたいです」
「そうか……リィン君の参加を歓迎する。君にはリベール王国―――シュトレオン殿下からの推薦という形で特務部隊の副将をお願いすることになる。Z組の重心である君だからこそ任せられる、とも仰っていた」
「え、リィンが副将って……」
「そういえば、特務部隊の面々と顔合わせをしていなかったね。どうやら、その面々も到着したようだ」
「―――失礼します」
オリヴァルト皇子の言葉を待っていたかのように、開いた扉から結構な人数の面々が入ってきた。その中に見知った顔がいる面々は驚きを口にしていたが、それを静めさせるがごとくアスベルが口を開いた。
「さて、色々言いたいこともあるけど……この度、特務部隊の総大将を拝命したアスベル・フォストレイトだ。とはいえ、ここにいる面々全員と顔見知りなので、あまり畏まらずに接してくれると助かる。正直、まだ二十歳の自分がこの役になるとは想定外だったが」
「何を言う。結社最強格の<鋼>を単独で打ち破ったんだ。紛れもなくこの面子の中で一番の埒外だと思うぞ。副将のルドガー・ローゼスレイヴだ。今朝皇帝陛下に帝国軍少将の地位を贈られて、しかも事後承諾というオマケつきだ……もう諦めたが」
「あはは……参謀のリーゼロッテ・ハーティリーです。どこかの“猫(キティ)”のような作戦立案はできませんが、よろしくお願いします」
ある意味Z組で埒外の頂点にいる三人の自己紹介に周囲の人々が冷や汗を流す。彼らに続く形で他の面々も自己紹介をする。
「副将補佐、クロスベル帝国軍大将のラグナ・シルベスティーレだ。先日は言えなくて済まないな」
「参謀補佐、同じく帝国軍大将のリノア・アーヴィングです。まあ、名字はちょっとした理由があって母方のほうを名乗ることにしました……クレアに思うところはあっても、私個人としては既にケリをつけた話だから気にしないで」
「……そう、ですか……」
リノアとクレア大尉の確執……そのことは“ケリを付けた”という言葉に、クレア大尉は少し表情を曇らせた。そのことを置いておく形で自己紹介は続く。
「えっと、トワ・ハーシェルといいます。って、皆は知ってるもんね。この場にいないけど、ジョルジュ君も船員として協力してくれることになったから」
「その、驚きといいますか……何にせよ、心強いです。ちなみにトワ会長は?」
「私は『カレイジャス』の船長をすることになったの。士官学院のこともあるし、適任だからって理由で」
「そうでしたか……」
トワとジョルジュはヴァンダイク学院長が内密に連絡を取り、合流したことも併せて説明された。ともあれ無事でいたことにリィン達も安堵していた。そして次に挨拶をしたのはエリゼであった。
「副将補佐のエリゼ・シュバルツァーといいます。何を言っても無理をしがちで頑固な副将殿の面倒を見る形ですが、どうかよろしくお願いいたします」
「エ、エリゼちゃん……」
「まあ、間違ってないからな。こちらとしても助かるというか」
「あはは……」
「フフ……参謀補佐、リベール王国軍大佐のアラン・リシャールという。アスベル君やリィン君に比べれば拙い力だが、微力を尽くそうと思っている」
「何を言うか。俺よりも資質があり、ついこの前“奧伝”の目録を受けた人間のいえた台詞ではないぞ」
エリゼとリシャール大佐……二人とも師事した人間は異なるが、各々剣技を高みにまで磨き上げた人間。その師事した人間であるアスベルとカシウス中将が同じ特務部隊にいる。こうしてみると“八葉一刀流”の使い手が5人もいるというのは中々にない機会だろう。
「総大将補佐、セリカ・ヴァンダールです。まあ、私の場合は特殊なのでリストには含まれていませんでしたが……」
「それは仕方がないだろうな……見るからに、また腕を上げたか。父がここにいれば、嬉々として試しをするかもしれないな」
「兄上にそのままお返しいたします。これでもアスベルの境地に届いていませんが」
その言葉に全員の視線がアスベルに向けられ、向けられた側のアスベルは頭を抱えた。まだ自己紹介が終わっていないのだからという理由で他の面々の自己紹介を急かした。一通りの紹介を済ませたのち、今後の方針について特務部隊のトップとなる面々―――アスベル、ルドガー、リィン、トワ、リーゼロッテの5人で話し合うこととなった。
軍人も含まれている以上、合議制という形をとった上でアスベルがその方針をエルウィン皇女や他の面々に伝える。これはアスベルが指揮権などの軍事行使権を有していないが、部隊にいる現役の軍人の中で形式上最高位であるのが最大の理由であり、盛大な溜息を吐いたのは言うまでもない。
「ひとまずはトリスタの解放ひいては士官学院の奪還が当面の方針となるが……まずは各方面というか帝国東部方面が中心だな」
「そうなると、クロスベル方面は一旦除外するとして……降りれるのはガレリア方面、レグラム、ユミル、ケルディック、それとルーレあたりになるか」
「うん。その辺りは殿下が依頼を纏めてくれるらしいけど……リーゼちゃんとしても、今は様子見って形になるかな?」
「そうですね。アルバレア公の暴発は危険ですが、ケルディックには心強い方々もいるので今は大丈夫かと」
「各方面の依頼をこなしつつ、か。各地にいる士官学院生も出来れば集めるか。アンゼリカ先輩にも声をかける意味でルーレには立ち寄ろう」
この艦にいるクルーは臨時なので、近いうちに艦を降りる予定とのこと。その穴埋めをするにも限界があるので、各地に散らばった士官学院生に声を掛けてその穴埋めをすれば特務部隊メンバーも動きやすくなる。その流れでアンゼリカを『カレイジャス』に呼ぶのはありだろう。問題は彼女が今ログナー侯爵家当主代行をしていることだが。
「でも、聞いた話だとアンちゃんは実家に戻ってるんだよね?」
「ええ。叔父で元取締役のハイデル殿の一件もあって当主であるログナー候は謹慎していますが……ログナー侯爵家には、返還予定のラマール州の一部とセンティラール自治州の一部が新たな領地として贈られる予定だと聞いてます」
「ある意味名ばかりの侯爵家に落とされるというわけか……」
そのことも含まれるが、もうひとつ大事な目的がある。それはリィンの操る<灰の騎神>ヴァリマールの武器。これについては最悪アスベルが力を貸してもいいが、その為に必要なゼムリアストーン集めも各地の巡回も兼ねてやっていくべきだろう。いつまでも機甲兵用ブレードに頼り切るのは拙いし、何よりクロウに勝つためには少なくともゼムリアストーン製の武器が必要になると思われる。
「そのことはジョルジュ君も伝手があるらしいから、そっちを当たってみるとは言ってたけど……アスベル君、あの人の力は借りられるかな?」
「あの人?」
「リベールでかつて武器や防具を手掛ける職人がいてな。故郷のクロスベルに戻って、近くの武器工房を譲り受ける形で“特務支援課”の武器も手掛けている。あの人に関してはマリクルシス陛下の伝手を借りるのがいいだろうな。騎神の武器制作にも携わったことがあるし」
公にはしなかったが、アスベルの操る騎神の『演習用武器』として太刀制作にも関わってもらったことがある。それを使う予定があるのかは解らないが……そうでなくとも、純ゼムリアストーン製の武器を作った経験はあるので、助けにはなると思う。
「騎神の武器か……そういえば、シュトレオン殿下も騎神を操っていると聞いたけど」
「まあ、アイツの立場からすれば完全に『決戦兵器』の扱いだから下手に前線に出てこれないが」
「その意味だとアスベル君やルドガー君も決戦兵器みたいなものだよね」
「俺らを歩く大量破壊兵器のような扱いはやめてほしいんだが……」
「あははは……ところで、さっき話に出たアルバレア公爵のことなんだけれど、ユーシス君は納得しているの?」
ユーシスにしてみれば実の父親である人間。それが講和条約によって引き渡される―――即ち処刑されることも既に理解しているのだが、特に反論が出なかったことにリーゼロッテは疑問を投げかけた。
「その件も含めてルーファス卿を討った件も個人的に話したんだが……」
話し合いの前、アスベルはユーシスを個人的に呼び出してアルバレア公の扱いとルーファスを討った件を話した。加えてルーファスが『鉄血の子供達(アイアンブリード)』の筆頭であることも付け加えた。非難も覚悟の上であったが、ユーシスから出た言葉は意外にも感謝の言葉であった。
「そうか……最近の兄上は正直何を考えているのか解らなかったが、その言葉で腑に落ちた。改めて感謝する……フッ、その表情だと意外だったか?」
「まあな。正直身内を殺めたことで詰め寄られるのも覚悟していたし」
「父もそうだが、兄がカイエン公に近い立場となれば当然内戦の責任追及は免れない。土壇場で反故にして罪を回避したのやもしれぬが……実の父親に対して取れるような態度ではないどころか、カイエン公に協力を仰いででも実の父を罰しなかった責任は重いと思っている」
「あー、それなんだが……マリクルシス陛下から聞いた話だと、そうじゃないらしい」
「何?」
加えてルーファスがマリクの弟と公爵夫人の不義の子であることを伝えると、ユーシスは茫然とした。公爵家としての名誉のために実子としたが、それが彼に貴族としての疑問を植え付ける形となり、内密に反旗を翻してオズボーン宰相を“父”として見ていたことに驚きを隠せなかった。
「……結局のところ、父も父なら、兄も兄であったということか。それでも、アスベルには感謝する。ユミルの件にしても、厳しく咎めなかったどころかリィンの妹君を利用しようとしていたカイエン公に安全の保証はしても、リベールに帰すことをしなかった時点でそれは最早“愚行”という他あるまい……」
「そうか……遺体は悪用されることを鑑みて火葬にして内密に埋葬した。一応これだけでも返しておく」
綺麗に修繕したルーファスの身に着けていた衣服と彼の持っていた騎士剣とオーブメント。それをユーシスに手渡した。遺体の悪用ということはユーシスも理解したようで、遺品となった彼の持ち物を受け取った。
そして、アスベルは先に部屋を出た後、ユーシスは一人泣き崩れた。流石にそれ以上は関わるべきでないと判断した上でアスベルは静かにその場を離れた。
「―――とまあ、ユーシスにはちゃんと事情を話してあるから。ただ、その後でユーシスから色々情報を貰ったんだが……」
バリアハートの北に“南ケルディック要塞”なるものを建設し、先日完成したらしい。そしてケルディックを迂回する形で敷設された鉄道路線を利用して軍備増強までしているとのこと。
そのことも踏まえて、既に撤退を開始したリベールの4つの飛行艦隊のうち、2個艦隊はルーレ・ユミル周辺、ケルディックの上空監視にあたる形となる。そこに加わる形で『カレイジャス』も東部巡回を行う手筈となる。
そういえば、連絡が一つ。
閃Wにて色々名前が出てきた方々もいますが、そのあたりで連絡事項となるのは以下の通りです。
・マキアスの従姉(名前は出てきましたが、前作からそのまま流用)
・エリオットの母(本作のものをそのまま活用)
・リノアとクレアの関係(実の姉妹→従姉妹に変更)
また何か判明したら(思い出したら)その都度文面で記載しますのでご了承ください。
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第154話 特務部隊、始動 | ||
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