いずれ天を刺す大賢者 1章 7節 |
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「古代より、太陽は神聖な光、神の恩恵、あるいは神そのものとされて来た。対して月は不浄な光、悪魔を活性化させる呪いそのものとされる。怪談や魔物の伝説の多くが夜を舞台としているのは、闇が不安を煽るからという理由も大きいだろうが、月が悪を増幅させるから、という古くからの共通認識があるためなのだろう。
この神と悪魔の対立関係はおそらく、昼と夜が巡る世界の理を擬人化した姿なのだと思う。そして、人間は自らの力によって、神の光である太陽、悪魔の光である月の他に、人間自身の光を手に入れた。それが火というものだ。人の力で太陽を隠すことはできず、夜の闇を払うことはできない。しかし、火によって闇の中に“自分の場所”を作ることはできるし、火は多くの利益を人にもたらした。それを更に便利にしたもの……すなわち、火の魔法は人を象徴する魔法とされ、王道の魔法とされる向きが強い」
ステラさんの授業は、大体は魔法の実践についてだ。だが、たまにこうやって座学をすることもある。とはいえ、ユリルは座学に関しての成績はピカイチで、本当に些細なこともよく覚えている、とステラさんに評価されていた。
「一般から見ても、火の魔法は派手で目立つし、わかりやすいからね。比較的低位のものから、単純な破壊力に関しては優れたものが多いし、暴発の危険性はつきまとうものの、基本的には打ち出すか炸裂させるか、といったところだから、扱いやすさにおいても優れている。それだけに、その専門家として生きるのは難しい。――たとえ、アーデント家の末裔といえども、ね」
「はい……!」
とにかく、ユリルは自分が得意とする魔法を極める。それが第一だ。そこで改めて自身の使う魔法について理解を深めよう、ということだった。
「それに、これは軽く脅しも入るのだけど、炎の悪魔という伝説がある。いわく、高位の炎の魔法の使い手はその破壊力に魅入られ、破壊行為を繰り返すようになるそうだ。物を壊すだけならまだいいが、破壊の対象が人間へと移った時、その魔法使いは魔女を超えた忌むべき存在“炎の悪魔”と化す。さっき話したように、火は人間が扱うことを許された光だ。それは善性を司る神と、悪性の権化である悪魔の間で揺れている。悪魔の側に振り切れた瞬間……ということだよ」
「あたしもそれは、何度か聞いています……」
「……まあ、何人かは出ているよね。君のところほどの家系であれば」
「でも、あたしは絶対に正しくこの魔法を使って、立派な魔法使いになってみせます。ステラ先生の弟子として、恥ずかしくないような」
ユリルは暗い表情を吹き飛ばすように、そう力強く言い切った。
「それはまた……頼もしいね。うん、君ならきっと大丈夫だ。あれは増長し続けた魔法使いが一番危ない。生まれた時から才能に恵まれているだとか、当代一の鬼才だとか……そういう風に持ち上げられ続けたような魔法使いがね。でも、君は挫折を知っているからこそきっと、いい魔法使いになれる。守られた経験があるからこそ、多くの人を守ることのできる騎士になれる……とは、騎士道物語の一節だったか。魔法使いも、誰でも、それはきっと変わらないよ。苦労を伴わない成功はただただ危ういだけだ」
ステラさんはそう言って、どこか遠くを見つめる。……それは、自分の過去なんだろうか。それとも、彼女の友人の内の誰かなのかもしれない。
「さ、続きだ。根本的な話になるけど、魔法使いは基本的に戦争には加担しない。それを求める声は多くあるだろうが、戦争のために魔法を行使したその時から、少なくとも魔法使いの仲間内では魔女になる。味方した国からは英雄と賞賛されるかもしれないが、敵国からしてもやはり、邪悪な魔女でしかない。それゆえに、破壊専門の炎の魔法は時代錯誤な技術とも言える。それは一面では正しく、世界の平穏のためには失われた方がいいかもしれない魔法だ」
「……でも、失われていないということは、理由があるんですよね」
「その通り。炎の魔法は破壊しかできない。だが、逆に他の魔法ではその破壊が困難なんだ。水の魔法は強い力を発揮する。だが、物を押し流すほどの力を持った激流を起こそうものなら、周囲への被害も大きくなってしまう。雷を操っても、物を燃やすばかりで破壊力という点ではいまひとつだ。風、大地、光に闇……どれも、目の前にある人と同じぐらいの大きさの岩を壊すことすら難しい。ところが、炎魔法は低位のものであったとしても、正しく扱えば巨岩をも砕くことができる。延焼の危険性も、きちんと炎を制御すれば全くない。破壊しかできないが、破壊ならば簡単にできてしまえる。だからこそ、平和な世界でも需要はあるということだね」
「アーデント家が繁栄したのは、災害が起きた際に、その救助活動や復興において貢献したことで、評価を大きく上げたためと教わりました。以降、アーデント家は他国を含め、災害が起きた際には必ずとも言っていいほどなんらかの活動をしていますよね」
「ああ、実に平和的な魔法の使い方だね。だから同業者でなくとも、多くの人がアーデントの名を知っている。特に海や川が近い地域や、地盤のゆるい地域といった災害の起こりやすいところは、ほとんど信仰にも近い感情をアーデントに対して持っているだろう。だからこそ、難しいんだけどね」
ステラさんは頭を抱えるように、手で顔を隠す。実際に彼女が頭痛に苛まれることはないと思うから、心理的なものなんだろう。
「信仰ほど危険な感情もない。神への信仰は、反転すれば悪魔への呪詛に化ける。アーデントが助けてくれなかったその瞬間、彼らはアーデントを魔女と罵り始める。だからこそ、アーデントの魔法使いは世界中を駆け巡り、絶対に人々を助けて回る。だが、魔法使いも人間だ。いつかは力が衰えるし、いくらその魔力が強大といえど、危険過ぎる場面はある。そういう時は逃げ出す、それもまた勇気だと私は考える。ただ、それを人々が許すかといえば、また別問題な訳で――私は分家筋だが、災害救助の中で命を落としたアーデントを三人は知っている。だからこそ、私は思うんだ」
彼女はそこで一度、言葉を区切って、ユリルに向き直って言った。
「君には、アーデントの名前を隠して生きて欲しい。正直、ね。これは出会った当初からそう思っていたんだ。厳しい表現になるが、事実だからあえて言おう。君はアーデントの落ちこぼれだった。本人にとってはシリアスな問題であったとしても、優秀過ぎる人物とは違い、平凡かそれ以下だった人物のことなど、すぐに人は忘れるものだ。だから、そう遠くない内に君の同級生や、君を担当した教師は君のことを忘れる。それに今の君は、日に日に大人の女性として育っていっている。数年もすれば美しい女性となって、もう誰も君がユリル・アーデントとはわからないよ。だから、その時はバルトロトの名を名乗ってみてはもらえないかな。……名実共に、私を継ぐ魔法使いとして」
「そ、それはっ…………」
ユリルは大きく目を見開き、口をぱくぱくと意味もなく開閉している。……いや、軽く息が詰まっているのかもしれない。衝撃、あるいはプレッシャーのために。
「アーデントの本家としての血と名前は、君のお兄さんが継いで行ってくれるだろう。だから、君にはバルトロトを継いで、そして、アーデントの宿命からは逃れて欲しい。……アルディーン。魔法学校のAランクにも名前を残すその大魔法使いは、アーデント家の始祖とも語られる。それは君にとっても誇りだろう。それは理解している。
だが、私にしてみればアーデントの名前は呪いもいいところだ。その名を持って生まれた、それだけの理由で人から特別な眼差しを向けられ、自己犠牲もいとわない“正義の魔法使い”であることを期待されてしまう。それは……不幸な生き方だよ。長く生きられる丈夫な体を持って生まれたのなら、天寿を全うするのが一番だ。命を捨てて人を救う英雄なんて、物語の中だけで十分だろう?」
「ステラ、先生っ……。あたしはっ…………」
「うん」
「アーデントの名前は……あたしにとっても、重荷でした。誇りだけど、同時に決して外すことのできない、血に刻み込まれた大きな重しで……。だから、アーデントの名前を変える、それはあたしにとっても嬉しいことなんです。それができるのなら、そうしたい…………」
ユリルの声は、震えている。
本当にそう言う通りなら、こんな悲痛な声は出さないだろう。
「でも、だからと言って、バルトロトを名乗るのは……。アーデントに生まれて、落ちこぼれなら、人からの罵りにもまだ耐えられました……。なんと言われようと、あたしがアーデントの血を持って生まれたのは事実だから。でも、弟子入りしたバルトロトの名前を語って、それで失望されるのは……耐えられません」
「…………そうか」
ステラさんは、そう言って。
「じゃあ、ここまでだね。君を弟子として育てる必要は今、なくなった。それと同時に、君を見込んだ私の存在意義もなくなった。先に逝った友達に会えるのは嬉しいから、まあ、残念なことばかりでもないよ」
「えっ……?」
「君は私の弟子になっておきながら、バルトロトの名に泥を塗ることを忘れているのだろう?ついさっき、立派な魔法使いになると言ったその口で、そんな弱気なことを言ったんだ。君は可愛いし、才能も認めているけど、自分の言葉に責任を持てない。あるいは、ウソを平気で言ってしまえる子を弟子にし続けることはできないな。だから、ここでお別れだ」
「なっ、そんな…………」
彼女の体の色が、薄まっていく。半透明となり、やがて、完全に空気に混ざるようにして……消えていく。
ほんの一分前までは想像することもできなかった事態に、ユリルも。もちろん俺も、どうすればいいのかわからなくなって、駆け寄ればいいのか、泣き喚けばいいのかすらわからなくて、ただ呆然としてしまっていた。
「あ、あたしはっ……!絶対、絶対にバルトロトの名にふさわしい魔法使いになりますっ!だから、どうか、ステラ先生……!!」
「うん、それでこそユリルちゃん、私の弟子だ」
「……えっ?」
ところが、それから一分もしない内に、ステラさんの体はまたくっきりはっきりとした。
「ふふっ、ちょっとした演出だよ。でも、本当に私が消えると思ったでしょう?いやぁ、我ながら名女優っぷりだ」
「先生っ……!もっ、もう、脅かさないでくださいよ……!」
ユリルは気が抜けたのか、勉強机に突っ伏してしまった。……俺も同じ心境だ。
「ははっ。……でもね、ユリルちゃん。私はウソはついていないよ。君が本当にバルトロトを継げないなんて、弱気なことを言うのなら……君をこれ以上弟子としては置いておけない。自惚れる訳じゃないが、君の才能を、私が育てるんだ。今や没落したバルトロトを継げない程度の魔法使いにしかなれないと本気で思っているなら、君は私の弟子失格だよ。悪いことは言わない、自分に自信を持てないのなら、魔法使いはやめた方がいい」
「…………まだ、自分に全幅の信頼を寄せることはできません。あたしは、魔法学校での三年間で、いかに自分が情けないかを知りましたから」
顔を上げたユリルは、真剣な顔でステラさんを見上げる。
「でも、あたしはステラ先生のことは信頼しています。……そのステラ先生が、あたしのことを信頼してくれるのなら。自分自身を信頼することも……きっとできると思います」
「じゃあ、自分のことを信頼してくれるんだね?」
「……はい。ステラ先生の信じてくれたあたしを、信じてみます」
「信頼の質としては、二流三流だよね、それは。結局、君は君自身を認めることができていない」
ステラさんは、溜め息をつく。
「でも、どんな形であれ自分を信じることができたというのなら、上出来だ。……よし、第一試験は合格としよう。熾天の書の封印を解くとしようか」
「えっ……?」
「学校でも定期試験はあっただろう?今のがそれの代わりだよ。君の魔法の力の成長は、日に日に感じていた。だから、その心を試させてもらったんだ。まあ、百点満点とはいかないが、八十点はあげられるよ。そして、私は完璧なんて求めてないから、それぐらいでちょうどいい。さあ、ここからは一気に高等レベルまで行くよ」
いつもユリルが肌身離さず持っている熾天の書が、幻想的な青色の光を帯びた。かと思うと、すぐにそれが弾けて……辺りに俺でも感じる、生暖かい風が吹いた。
「熾天の書は、通常であれば禁書指定がかかるほどの魔道書だ。それを三重に及ぶ封印によって、通常の魔法触媒の範疇に留めている。今は第一の封印を解いただけだが、もう魔法触媒としては上等……いや、危険なレベルにまで達している。
熾天という語にはもうひとつの意味があって、それは熾天使……自らの体を燃やす天使のことだ。天使は言うまでもなく神の使い、聖なるものだが、自らを燃やすという点は“炎の悪魔”とも重なる危うさがある。我が家にこの魔道書が渡ったのは、いずれこの書が自らを燃やすのを恐れたアーデントのためなのかもしれないな」
「そんな危険なものを……あたしが」
「使うんだ。危険と思うから、恐ろしくなるんだよ。大丈夫、君はその本の主人だ。絶対にそいつは主人に牙は剥かない。少なくとも君が、主人として振る舞っている限りはね」
ステラさんはそう言って、いつものように笑っていた。
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