嵐のあとの日々に
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その日も絋次は佑介と弓道の稽古に行き、絋次の高校大学時の先輩・倉田臣の経営する喫茶店へ寄るというお決まりのコースをたどっていた。

深川の弓道場からその喫茶店「Cafe Lidell」へは一度路線を乗り換えないと行かれないが、30分もかからない場所にあった。

 

そして「Cafe Lidell」に到着すると。

「よお、いらっしゃい」

営業スマイルではなく、本物の笑顔でマスターの臣が出迎えてくれる。

「こんにちは」

佑介も笑顔で返す。

「倉田さん、この後もうひとり来るから閉店の札かけないで下さいよ」

「もうひとり?」

少し笑いを含んで言う紘次。佑介も「え?」という表情になる。

「もうひとりって…誰ですか?」

「佑介もよーく知ってる人さ」

悪戯な笑みで片目をつぶる。対する佑介は疑問符を飛ばすばかり。

「いらっしゃい、おふたりさん」

紘次と佑介の姿を見かけて、隣のジュエリーショップを閉めてやってきた臣の妻である綾が声を掛ける。

「臣、星野くんたちが来たのに閉店の札かけないの?」

「それが、星野がもうひとり来るって言うからさ」

「え?」

夫の言葉に目をぱちくりさせる綾。

 

と、タイミングよくドアの鈴が鳴り、入ってきたのは。

「…え、飛鷹さん!?」

佑介は入ってきた人物に驚きを隠せなかった。

「なんだ、佑もいたのか」

そう言って顔を綻ばせる人物――飛鷹光一郎は、カウンターに座る。

紘次とふたりで佑介を挟む形で。

「飛鷹さんこそ、なんでここに?」

首を傾げて尋ねる。

「なんでって、紘次に呼ばれたから?」

 

(紘次!?)

 

いつの間に、紘次のことを名前で呼ぶようになったのか。しかも呼び捨てで。

驚きの連続で開いた口が塞がらない。

ふと見れば、臣もあんぐりと光一郎を見ていた。

「…倉田さん?」

紘次の呼びかけではっと我に返る。

「…あ。わっ。わりぃ」

慌てて光一郎の前にお冷やを置いて。

「いらっしゃい。あんまりにも男前だからつい…」

ばつの悪そうな笑みを浮かべていると。

「見とれちゃったとか?」

「あ〜や〜…」

からかうような綾とじと目の臣に、ぷっと吹き出す佑介。紘次は呆れたような笑みを浮かべている。

が、気を取り直して。

「飛鷹さん。こちら俺の高校大学時代の先輩で、倉田臣さんと奥さんの綾さん」

「よろしく」

臣と綾はかるく会釈する。光一郎も、

「飛鷹光一郎といいます」

ぺこりと頭を下げる。

「…にしても、オトコマエが3人も並ぶと目の保養だわ〜」

にっこりと笑う綾。3人は顔を見合わせて苦笑いをするしかない。

 

「…飛鷹さんとは、どういう知り合いなんだ?」

臣はこう見えて人をよく観察している。スーツを着ているが普通のリーマンとはどこか違う雰囲気の光一郎を見て、つい尋ねていた。

「知り合いじゃなくて、友人ですよ」

「!」

紘次は一瞬光一郎を見て、笑顔で答える。その表情と答えに臣と綾は目を見開いた。

もちろん佑介も。

 

――友人。

 

今までに、紘次の口からその言葉を聞いたことがあっただろうか。

ただでさえ、身内以外には無表情で必要以上に親しくしなくて、紹介を求めても「ただの知り合いですよ」というのが常だったのに。

「ちょっと、母方の祖母とのことで色々助けてもらって。それで親しくなったんです」

「…そうだったのか…」

臣の顔はどこか嬉しげだ。綾もその顔に微笑みをたたえている。

 

紘次の家の事情については、実は臣も知っている。

おそらく陶芸の人間国宝である臣の祖父が、あのゴッドマザーの許に作品を贈呈している…というよりは、頼み込まれて渋々つくって渡しているというのが正直なところだが、その関係であろう。

そのことには心配していたが、今の嬉しそうな笑顔の紘次を見て、落ち着いたんだなと思う臣だった。

 

そうしているうちに、コーヒー独特の香りが広がってきた。

「お待たせ」

まずは初めての客である光一郎の前に差し出す。

「いただきます」

そう言い、一口飲んだ光一郎の目が見開く。

「美味しいでしょ? 俺の中じゃここのが一番なんだ」

にこっと笑う佑介。

「ああ。…なんていうんだろう、優しく香りに包まれていく感じかな。癒されるというか」

コーヒーは佑介に負けず劣らず好きな光一郎だ。じっくり味わうように飲んでいる。

「ありがとうございます」

首の後ろを掻きつつ、お礼を述べる臣だ。

「そのコーヒー、『海藍(ハイラン)』という名前で佑介をイメージしたんですよ」

「紘次さん」

紘次の言葉に照れくさそうな表情になる。

「そうか…」

光一郎も佑介の性格や経緯は知っているので、このコーヒーの性質はよくわかる。

よかったな、という風にぽんぽんと佑介の頭を叩いた。

「おかわりもOKだから、飲んでね」

「サンキュ」

 

そんな佑介と光一郎を見て…。

「…星野」

こそっと臣が耳打ちする。

「佑介くん、年上にタメ口なんて珍しいな」

紘次はああ、と苦笑になる。

実は、紘次もそれを見るのはこれが初めてだった。

だが…相手が光一郎だからか、僅かな寂しさは感じても嫌な気分にはならなかった。

 

「…佑介くんも、星野と同じ経由で飛鷹さんと知り合ったのかい?」

紘次とのいきさつを聞けば、当然佑介とのそれも聞きたくなるもの。

「あ…いえ、俺は…」

答えようとしたが、逡巡してしまう。光一郎もそれを見て思い当たった。

ふたりの出会いを語るには、佑介の能力に触れることになる。

臣と綾はそれを知らないのだから。

だから。

「…佑と知り合ったのは、1年前です」

光一郎が話し出した。

 

「実は私は私立探偵で、警視庁の嘱託として動いているんです」

「私立探偵!?」

これには臣と綾も目を大きく目を見開いた。

「元は警視庁の刑事だったこともあるんですが。昔のよしみで警視庁の道場に寄ることがあって、そこで会ったのが佑だったんです」

「な?」と言われ、佑介は少し焦りながらも「う、うん」と答え。

「俺、警視庁に剣道の出稽古に行ってますから」

「え〜、佑介くん剣道もやってるの? すごいわね」

「警視庁の道場に通うって、相当のもんだぞ」

綾と臣が身を乗り出して言う。

「そんなことないですよ」

苦笑しながら隣の光一郎を見れば、優しい笑みを浮かべている。

口だけで「ありがと」と言うと、目で頷いていた。

 

「それにしても…」

頬に手を当て、溜め息交じりでまじまじと光一郎を見る綾。

「こーんな超イケメンが探偵さんなんて、かえって目立っちゃうんじゃないかしら」

その台詞に、紘次は思わずぷっと吹き出してしまう。

「ですよね、俺もそう思いますよ。何人依頼人をたぶらかしたんだか」

「こ〜じ〜…。おまえな」

にっと悪戯っ子の表情で笑う紘次と、呆れ顔で半眼になる光一郎。

ふたりとも知っている佑介は、そのやりとりにちょっと驚いた。

特に紘次に至ってはそうで、こうやってくだけた雰囲気で誰かと話す場面を見たことがなかったのだ。

「…でも、腕は確かですよ。俺も助けられましたし」

ふっと穏やかな笑みを浮かべ。

「何かあったら、絶対力になってくれると思います」

その表情は信頼に満ちていた。

 

その思いが、光一郎にとっても嬉しいものであったから。

「…紘次」

「はい?」

「俺のことを『友人』と思ってくれてるなら、おまえこそ敬語じゃなくてもいいんじゃないか?」

ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべて、そう言えば。

「え、でも飛鷹さんのほうが年上だし」

柄にもなく、わたわたと焦り出す紘次。

臣と綾といえば、先ほどからの滅多に見せない紘次の様子に嬉しさをにじませた顔で見ている。

「いいじゃねえか、星野。俺なら即そうするけどな」

「倉田さん」

「それに探偵の知り合いができたのは、星野の言うとおり心強いしな」

にかっと人懐っこい笑顔になる。

佑介を見れば、こちらもにこにこして頷いている。

そういえば妻の咲子と佑介の知人の毬も友人で、2つ違いだがお互い敬語じゃなかったな…と思い出す。

ちなみに咲子のほうが年上だ。

 

「…わかったよ、飛鷹さん」

 

少し照れも入った声。だがその表情は嬉しそうで。

 

「おーし、そうと決まれば今度3人で飲もう!」

「え?」

臣の突然の提案に、残る4人は目をぱちくりさせている。

「俺の実家の蕎麦屋に、飛鷹さんを連れてこいよ」

紘次にウィンクして言う臣は、すっかり「その気」だ。

臣の実家は浅草で両親と姉夫婦が営んでいる蕎麦屋で、紘次も時々行くことがある。

「でもいいんですか? 部外者ですよ」

「いいの! って、いけね。俺も敬語じゃないや」

「倉田さん…。倉田さんよりも上なんですからね、飛鷹さんは」

臣の態度に紘次は呆れるが。

「ははは。いいですよ、それで」

女性はもちろん、同性でも思わず息を呑むほどの笑顔で言う光一郎だ。

「じゃ、飛鷹さんもなしだから!」

これまた紘次にびしっと鼻先に指を指されてしまう。

 

オトコ3人の会話に、苦笑いを浮かべて顔を見合わせる綾と佑介だったとさ(笑)

 

 

その後、佑介が光一郎との出会いの真実を紘次に話したのは、また別の話…。

 

 

 

説明
私の友人のキャラである星野紘次氏と友人になった、うちの探偵殿・飛鷹光一郎ですが、今回はその彼を紘次氏が自分の先輩が営む喫茶店に呼ぶお話。
少しずつ、距離が近づいてきている二人です。

ちなみに、紘次氏の先輩・倉田臣さんとその奥様の綾さんも、友人のキャラです。
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