蒼き閃光のアルゼェイブ【第一話 第一話 悠久の目覚め】
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―時は流れ2050年―

 

  太平洋のど真ん中に浮かぶ人工島「パンテオン」、総人口1万人というかなり小さい都市だが、それはこの島に住んでいるのは全てパンテオン学園に通う学生だからだ。

 

 

 

 パンテオン学園は世界初の大規模インターナショナルスクールの一つであり、全世界から学生達を集めて常に切磋琢磨している。

 

 

 

 そのパンテオン学園では、世界最先端であるパワードアーマーによるPASと呼ばれるスポーツが全クラス対抗のクラスマッチという形で執り行われ、外からも客を集めて賑わっていた。

 

 

 

 彼らの着ているのは「アキレス」と呼ばれる凡庸パワードアーマーで本来は救助活動などのために作られたパワードアーマーだが、この学園では試着データをとる意味を込めてこういったスポーツが執り行われている。

 

 

 

 そのPASの中でも、もっとも注目されているのはアキレスを使った殴る蹴る何でもありの集団格闘戦だ。

 

 

 

 何故こんな過激なスポーツがまかり通っているかというと、この格闘戦の主催側が世界各国の軍部から依頼であり、そのデータを軍事目的に使いたいからだ。

 

 

 

 無論、ルール上、相手を死亡させない事を条件として、試合に出場する全アキレスには遠隔で自動停止機能が働くようになっている。

 

 

 

 そして、今まさにパンテオン学園のグランドにより、アキレスを着込んだ8人が両サイドから、睨みを聞かせながら試合の開始を待ちわびている。

 

 

 

「そろそろか」

 

 

 

 普段は野球部が使っているであろうベンチに腰を掛けて茶髪の青年、雪村才蔵は、今か今かと試合の開始を待ち続けていた。

 

 

 

 父親譲りのブルーの瞳にはいつもの優しさなどなく、肉食動物ように獰猛で鋭い目つき、格闘戦の直前はいつもこうなる。

 

 

 

 何故だかは分からないが、この時だけは、まるで自分が本当に一人の獣になったような感覚になる。試合が始まった時などは真っ先に飛び出して、向かってきた敵を仕留めていた。

 

 

 

 その姿はまさに一匹の狼のようだっため、チームや敵からは「単眼の白狼」と呼ばれていたが、才蔵は狼ならまだましだろうと思った。自分の隣にいるサイクロプスに比べたら。

 

 

 

「ん、どうしたサイゾウ」

 

 

 

「いや、何でもないよ」

 

 

 

 はにかんだ笑顔のまま流暢な日本で話しかけてきた金髪オールバックの白人青年はアーチボルト・A・アッカ―ソン、出身国はドイツで身長180p。彼こそが才蔵が唯一、この学校に来て恐れた「単眼巨人(サイクロプス)」だ。

 

 

 

 この表情では考えられないほどの迫力とその巨体から発揮される怪力で迫りくる敵を薙ぎ払う光景には背筋に冷え切ったような感覚が走ったのをよく覚えている。

 

 

 

 つくづく、アーチボルトが敵じゃなく、安心して背中を預ける事ができる戦友でよかったと才蔵は思う。

 

 

 

「サイゾウ、そろそろ」

 

 

 

「おう」

 

 

 

 アーチボルトの声に応え、ベンチの小脇に置いておいたヘルムを手に取る。才蔵は一時期、自分が持っているアキレスの顔が苦手だった。特にこの一つ目が堪らなく不気味だったのだ。

 

 

 

 せめてもの救いが、アキレスが学園から支給された後、個人所有なることだった。そのため、才蔵のアキレスにはY字のバイザーが付いている。

 

 

 

 そして、周りを見まわすと一つとして同じ形を、いや原型を留めているものは比較的に少ない。

 

 

 

 ゴリラの様なフェイスアーマーと腕をした者や、はたまたトカゲの体ような外見をしている者さえいる始末だ。

 

 

 

(あのゴリラっぽいのはアメリカのジョンソンで、向こうのトカゲ擬きが中国のシュウさんだったな。というか・・・あそこまで改造していいのか? いや、まぁ人の事は言えないんだけどさぁ)

 

 

 

 そう思った才蔵は一度、自分のアキレスの装備を見直してみる。普通のアキレスにはない鋭い手や、狼を模したであろうフッサフサの白い毛が装備の所々から出ているし。

 

 

 

脚だって狼の脚部を模したデザインになっており、太ももの近くには緑色のクリスタルが輝く。

 

 

 

(でも、このデザインは俺のせいじゃないって事は、お兄さんが一番分かっているんだもんね!!)

 

 

 

 才蔵の脳裏に現れては消える満面の笑みで才蔵のアキレスを改造しまくる妹、雪村理穂と整備部の仲間達。

 

 

 

 元々はトライアスロン用のアキレスを設計するのが本来の役目のはずなのだけれども、今ではすっかり才蔵のアキレスの専任(自称)チューナーになってしまっている。

 

 

 

 それもかくにも、彼女たちは決して、才蔵の了承を入れてアキレスの改造をしているわけでないのだ。

 

 

 

 そのため、是が非でも才蔵のアキレスを改造せんがために教室にまで強襲してくるなど日常茶飯事になってしまっている。さらにタチの悪い事に段々と手段を選ばなくなっているのも才蔵の悩みの種でもある。

 

 

 

 この前にも才蔵が別の授業に行っている間に、整備部にアキレスを奪取されてるという事件が起こり、怒り狂った才蔵が整備部に殴り込みをかけたのは記憶に新しい。

 

 

 

 そんな攻防が何度かあり、気が付くと彼のアキレスは今の姿になってしまったのだった。

 

 

 

(この試合、終わったらまた質問攻めだろうな・・・・)

 

 

 

『開始五分前です! 出場する選手はグランドに出てください』

 

 

 

 試合開始前の号令に今まで座っていた選手たちが一斉に立ち上がり、校庭の中心に集まり始める。才蔵もフェイスアーマーのセーフティーを解除し装着するとアキレスの眼から映し出されている映像が画面に映る。

 

 

 

 モノアイが起動した事を確認すると皆より一足遅れて列に並ぶと隣にいたアーチボルトから軽快な音楽と共に通信が入る。

 

 

 

『サイゾウ』

 

 

 

「うおッ!」

 

 

 

 突然、画面いっぱいにアーチボルトの顔が映り思わずおどけてしまう。どうやらアーチボルトがフェイスタイムにしていたのを完全に忘れていたようだ。

 

 

 

「ボ、ボルト、フェイスタイムになってるぞ?」

 

 

 

『え? マジか! 忘れてたぁ〜』

 

 

 

「はぁ、心臓に悪いから、ちゃんと切っておいてくれ」

 

 

 

『すまん、すまん! あ、所で向こうの連中がお前の事ずっと睨んでるぞ』

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 アーチボルトの顔が画面から消えた才蔵は本日の獲物―敵―へと向き直る。

 

 

 

 顔のディティールはそのままで代わり映えもなにもないという感じだが、特徴的なのはその体、空気抵抗を少なくするために外装を取り外し、極限まで細くなったそのボディ。そして体周りにはいつでも換装が可能なジョイントが所々についている。

 

 

 

 この学校唯一、才蔵に敢然と立ち向かい、その逆恨みに近い感情を常にぶつけまくる彼らの名は光琳トライアスロン部!

 

 

 

「なぁボルトよ」

 

 

 

『ん、何だぁサイゾウ?』

 

 

 

「あれはさすがに不味くねぇか?」

 

 

 

『ああ、不味いだろうな』

 

 

 

 その言葉と同時に敵方の主将、二階堂征和から通信が入り、あからさまに威張りくさった声が才蔵のヘルム内に響き渡る。

 

 

 

『フッハッハッハ!! 久しぶりだな! 雪村才蔵!!』

 

 

 

「お、おう久しぶり。またあんた達かい。懲りないなぁ〜」

 

 

 

『じゃかしい!! てめぇ一人で整備部を独占しやがって!! 俺達が天誅を下さず誰がやるってんだ!!』

 

 

 

「いや、だからあれは、理穂と整備部の連中が勝手にやってる事だから、俺は知らな

 

いって何度言えばわかるんだよ!・・・・所でさ、マジでこの試合出るのか?」

 

 

 

『たりめぇよ!! ここでてめぇをぎゃふんと言わせてやりゃ! 整備部は俺達のもんだ!』

 

 

 

「結局それかよ。ケガしても知らねぇぜ」

 

 

 

『うるせぇ! 余計なお世話だ!! 本来だったらな! その足についているアクセラレータは俺達の装備だったんだ!』

 

 

 

「あ〜分かった。分かった。じゃあお前らが勝ったら足の装備はやるよ」

 

 

 

 才蔵は心底うざそうに言い放つ。それを言い負かしたのと勘違いした征和はさらに要求をエスカレートさせてしまう。

 

 

 

『ついに折れたか! じゃあもう一つ! 俺達が勝ったら雪村理穂を俺様の彼女にすることを認めてもらおうか!!』

 

 

 

「…いいだろう」

 

 

 

『本当か!?「ただし!」む?』

 

 

 

「…今日は、自分の部屋の天井が見れると思うなよ?」

 

 

 

『!?』

 

 

 

 今まで見た事ない程鬼の形相になった才蔵はその言葉を征和に残すと無言で通信を切る。

 

 

 

 そのやり取りを今まで聞いていたアーチボルトは恐る恐る、再びフェイスタイムに切り替えるとそこに移っているのは、見るものを恐怖へと陥れる悪魔ような笑顔を携えた親友の姿であった。

 

 

 

「なぁボルト、試合中に脚や腕は折れるなんてよくあることだよなぁ?」

 

 

 

『え? よ、よくあるのかなぁ? そ、それよりも落ち着け。まずは冷静なってだな』

 

 

 

「何言ってんだ。俺は冷静だよ…今もつけ上がった馬鹿をどう料理するか必死で考えてんだよ。」

 

 

 

 才蔵の怒気を含んだ冷たい声を聞き、アーチボルトはもはや何も言えなくなってしまう。ただ彼に分かることは今日の試合は凄惨な物になるという事だけであった。

 

 

 

 通信をオフにした才蔵は、アキレスの中で深く深呼吸をし、軽くだが冷静さを取り戻していた。だが、すぐには、この胸のムカムカは収まりそうにはなさそうだ。

 

 

 

 まぁいい、獲物は目の前にいるのだからとそう思い。顔が地面に付きそうになるほど低い姿勢で構える。まるで狼が獲物に狙いを定めるかのように。

 

 

 

(全アクセラレータON、さぁ喰い散らかしてやるぜ)

 

 

 

 脳内コントロールにより、両足についているアクセラレータが稼働を始め、全ての人工筋肉が唸りを上げる。

 

 

 

『試合開始五秒前! 4! 3!』

 

 

 

(2! 1!!)

 

 

 

『GO!!』

 

 

 

「おおおおおおッ!!」

 

 

 

 カウント終了と共に、才蔵は誰よりも早く先陣を切って駆け出した。それはまるで白銀の弾丸のように真直ぐ、敵大将の方へと突撃する。

 

 

 

「才蔵!」

 

 

 

『おやおや、張り切ってますねぇ』

 

 

 

「うぉわっ! シュウさん、止めてくださいよ」

 

 

 

 ボルトの背後から現れたのは翡翠の色をしたトカゲ型のアキレス「バーショ」を装着する周浩然、二人よりも二つ年上の青年だ。

 

 

 

 このパンテオン学園は高校と大学の共学であり、彼は現在、大学一年目となる。遠目で才蔵が征和のアキレスに飛び膝蹴りを叩き込んだところを微笑ましそうに見つめている。

 

 

 

『ツァイザン(才蔵)君は中々お淑やかな子だと思っていたんですが? 何やらご立腹のようですねぇ』

 

 

 

「あ〜向こうの主将が、サイゾウの妹のリホちゃんを彼女にするって言っちゃったもんで」

 

 

 

『ああ、なるほど、ツァイザン君は何やかんやで妹さん大事ですもんね。主将の子、禁句言っちゃいましたか』

 

 

 

「ええ、完全に地雷を踏み抜きました…大丈夫っすかね?」

 

 

 

『まぁ殺しはしないでしょう。ツァイザン君ですから』

 

 

 

 シュウは普段通りの表情で、ボルトに微笑み返した。

 

 

 

「ええ…あ、そういえばジョンソンは?」

 

 

 

『先ほど、ツァイザン君と一緒に突っ込んでいきましたよ? おっと』

 

 

 

 シュウは才蔵の攻撃で吹き飛ばされたトライアスロン部の一人を片手で受け止める。その彼を今まで自分たちが座っていたベンチの方へ投げ捨てるとゆっくりと歩み出す。

 

 

 

『どうやらツァイザン君に呼ばれたようですので、僕たちも行きましょう』

 

 

 

「了解です」

 

 

 

 二人は足のモーターを全開にし、才蔵達が戦っている場所へと駆けていく。一方才蔵はと言うと。

 

 

 

『二階堂ぉぉぉぉ!!!』

 

 

 

「ぎゃあああああ!」

 

 

 

 オープンになった無線から征和の悲鳴と才蔵の怒声が響き渡る。どうやら早々に、才蔵に襲撃されたようで、そのままプロレス技のアルゼンチン・バックブリーカーをかけられているようだ。

 

 

 

 腕部のモーターが駆動音を唸らせるたびに、外装がほとんど皆無に等しいアキレスが軋み、ついでに征和の背骨も軋みを上げる。

 

 

 

『参ったか! おらぁ!!』

 

 

 

「ギギギギ…ギブッ…折れる…背骨が…」

 

 

 

『でやっ!』

 

 

 

 ギブアップを宣言した征和を乱暴に地面に叩きつけると、その足で踏みつけ、今だに、ジョンソンに虐められているトライアスロン部の二人に回線を開く。

 

 

 

『てめぇらの部長は早々に潰れたぞ! まだやるか!』

 

 

 

 ジョンソンの剛腕に首根っこを掴まれた二人はやむなく棄権を宣言し早々に、この試合は終わりを迎えた。

 

 

 

 才蔵は、ほかの部員達に抱えられながら、連れていかれる二階堂を見ながらフェイスアーマーを汗だくになった髪を振り払いながら取り外す。

 

 

 

「暑ぅ…」

 

 

 

「お疲れ様です。ツァイザン君」

 

 

 

 背後を振り返るとフェイスアーマーを小脇に抱えたシュウとボルトが立っていた。その後ろには黄色い声援を送る女子の集団が群がっていた。

 

 

 

「ツァイザンじゃなくて才蔵ですよ。中国読みやめてください。それにしても何ですか。その子達」

 

 

 

「いやぁ試合終了と同時に集まってきちゃったんですよ〜どうにかなりませんかね?」

 

 

 

 やれやれと困ったように艶やかな黒髪を掻く度に女子の悲鳴が更に大きくなる。それを呆れたように見ていた才蔵は、フェイスアーマーを肩に担いでその場を離れようとする。

 

 

 

「そりゃ無理ってもんですよ。そんじゃ俺帰りますんで〜ボルト行こうぜ」

 

 

 

「あ、才蔵…」

 

 

 

「ん? どうし…ああ…」

 

 

 

 まるで地獄から這い出た亡者の如く、ボルトの身体に女子がまとわりついている。

 

 

 

「そういえば、お前もモテたな…しょうがない。ジョンソンにでもついて来てもらおうかな〜ってあれ? ジョンソンはどこ行ったんだ?」

 

 

 

「ああ、彼なら私たちがしゃべりだしたのと同時にさっさとどこかへ行ってしまいましたよ」

 

 

 

「さいですか…じゃあ俺一人か。そんじゃ、お二人さん頑張って!」

 

 

 

 そう言って、才蔵はグランドを後にした。その後二人が解放されたのは、下校間際だったそうな。

 

 

 

 この島の中央のほとんどを占めているパンテオン学園には、巨大な校舎が二校も存在している。一校が高等学校で、一校が大学だ。

 

 

 

 現在、才蔵はアキレス姿で高等学校の校舎内に入り、手慣れたように無駄に長い通路を歩いていく。

 

 

 

 一見、気怠そうに見えるが、実際気怠い。普段から高速で動くアキレスに慣れている才蔵にしてみれば億劫以外の何物でもないからだ。

 

 

 

 今すぐにでも走ってしまいたいのだが、そうすれば校舎の床が傷ついてしまうのは明白だからだ。

 

 

 

 試合以外では、模範的な生徒として見て貰っている以上、下手な事をするわけにはいかなかった。

 

 

 

 本当ならこんなくそほど熱いアキレスなど早々に脱いでしまいたいのだが、案の定整備部の陰謀により、整備部の施設を使わなければボディアーマーのロックが外せない使用されてしまっていたのである。

 

 

 

 額に汗を流し、何とか到着した才蔵は震える手でドアに手を触れると、ドアが開き、中に入る。

 

 

 

 広い一室のほとんどをよくわからない機械の部品やアキレス用の装置で埋め尽くされた部屋から機械油のにおいが全体に広がっている。才蔵にとってみればすでに嗅ぎなれた匂いであるが、あまりこの部屋に入ったことのない人は必ず顔を顰めてしまうだろう。

 

 

 

 すると、そんな部屋で作業している部員の一人が才蔵に気づく。才蔵も彼の存在に気づいたようで、不意に目が合ってしまう。

 

 

 

「才蔵さんが来たぞぉ!!!」

 

 

 

 彼の一声と共に部員達が一斉に才蔵の周りに集まり始める。まるではそれは先ほどのシュウとボルトのように、違いは好意と好奇心ぐらいな物だろうか。

 

 

 

 才蔵を取り囲んだ集団はやれ、取り替えたジェネレータの状態はどうだの、新型のアクセラレータはどうだの。質問攻めを始めて出し、その効果で才蔵のイライラと怒りのボルテージを溜め込むには十分だった。

 

 

 

「あ、それでここの外装の…ぶほっ!!」

 

 

 

 突然、顔面をゴツゴツしたアキレスの手で掴まれた男性部員は恐る恐る、才蔵の顔を見上げるとそこには鬼の形相となった単眼の白狼の姿があった。

 

 

 

「どうでもいいんだけどよぉ…さっさとこれを外してくれないかなぁ…さっきからすげぇ熱ぃんだよ!! っていうか理穂呼べぇい!!」

 

 

 

「は、はいぃぃぃ!! 理穂さん! お兄さんが来ましたッ!!」

 

 

 

「え? 兄さん?」

 

 

 

 部屋の一番奥の方でヘッドフォンを肩に引っ提げている整備服姿の少女こそ、才蔵の妹である雪村理穂だ。理穂は、遮光ゴーグルを外すと、満面の笑みで兄の元へ一門さんへと駆けていく。

 

 

 

「やぁ兄さん! 試合お疲れ様! 見てたよ〜あのストーカーにアルゼンチン・バックブリーカーをかけるところ〜」

 

 

 

「はいはい、それはいいから、さっさとこいつを外してくれないか?」

 

 

 

「オッケー、みんな! 作業始めるよ!」

 

 

 

 理穂の号令に全員が動き出す。そのほとんどが、理穂よりも一つ、二つ年上の先輩たちばかりだ。これは理穂が入学した時、突然才蔵のアキレスを魔改造したのが原因で、それに驚いた整備部が理穂を高1でありながら、副部長として押し上げてしまったのだ。

 

 

 

 しかも、全員、このアキレスに対して熱い視線を持つ少女の虜になっていたのも一因の一つだろう。

 

 

 

「じゃあ、兄さんはそこに立って、待っててね。あ、すぐ始めるから動かないように」

 

 

 

「わぁってるよ。さっさと始めてくれ」

 

 

 

 理穂は全員が定位置に立ったのを確認すると、パソコンを操作し、アキレスの取り外しが開始した。

 

 

 

 才蔵の立っている場所の床が開き、リングが現れる。そのリングから各種ロボットアームが現れ、才蔵を拘束しアキレスを取り外していく。

 

 

 

「右腕部、取り外し完了。続いて左腕部取り外し始め」

 

 

 

 次々と整備部の操作するアームによってアキレスが取り外され、黒と青のボディスーツ越しに才蔵の鍛え抜かれた肉体が姿を現していく。汗によって強調された筋肉はまるで鋼。その様子を見て一番興奮していたのは理穂だった。

 

 

 

「兄さぁ〜ん、相変わらずいい体だねぇ〜」

 

 

 

「ええい! 近づくな! さっさと全部取り外さんかい!」

 

 

 

 拘束されていることをいい事に、理穂がペタペタと才蔵の身体を触り始める。理穂的には愛情表現らしいが、今日一日アキレスを自由に脱げなかった才蔵にとっては、非常に苛立たしい事、それ以上でも以下でもなかったのだ。

 

 

 

「いいじゃ〜ん。減るもんじゃないし〜」

 

 

 

「うっさい! さっさとこいつを取らんかい! まったくお前が脚にあんなもんつけたせいで、トライアスロン部と喧嘩する羽目になったじゃねぇか」

 

 

 

「しょうがないじゃ〜ん。だってあれ、完全にレギュレーション違反してたんだもん。兄さんに着ける以外、用途なかったんだもん」

 

 

 

「だったらそう説明すりゃ良かっただろ!」

 

 

 

「したよ〜あそこのマネージャーちゃんに! 私に非なんてないも〜ん」

 

 

 

 ぷいっと頬を膨らませて、そっぽを向く理穂。これ以上話を続けてもしょうがないと思った才蔵は、ため息をつく。

 

 

 

「はぁとにかくさっさと終わらせてくれ」

 

 

 

「はいはい。分かったよ〜作業再開」

 

 

 

 こうして、五分後には完全にボディスーツだけになった才蔵は、この部室に置いてきた制服に着替える。

 

 

 

 パンテオン学園の制服は、赤、青、黄、緑を主体とした色をした制服に所々、黒がのラインが入っている。

 

 

 

 それぞれ、パンテオン学園に入学した時の色で残りの四年間を過ごす事になっている。現在の一年が赤、才蔵達二年生が赤い制服を着用している。

 

 

 

 ネクタイを締め終え、最後にブレザーを羽織る。才蔵は、自身によく合うこの制服が好きで入学した。初登校の時は、これに腕を通すのを子供のように楽しみしていたものだ。

 

 

 

 だが今では、派手な自身のアキレスを持ち歩くせいで、どこに行っても因縁やら決闘やらを吹っ掛けられる事もしばしばだ。

 

 

 

 そんな事が最近、連続して続いており、うんざりした気持ちになる―二年の服を着て、派手なアキレスを持ち歩いている男が雪村才蔵だ―と言われてしまうぐらいだ。

 

 

 

 横目に、旅行鞄程度の大きさに収納された自身のアキレスを見つめる。そこには巨大な緑色のクリスタルが強く自身を主張しているために、もはや隠す事など不可能など魔改造されていた。

 

 

 

「これ…どうしようか…」

 

 

 

「あ、兄さん、それ置いてってね〜」

 

 

 

「ざっけんな! 今回ばかりは意地でも持って帰るぞ!」

 

 

 

「ええ!? でも今回ので駆動部とかに疲労きちゃってるかもしれないし! あと、それに…まだこれだってつけてないんだよ!?」

 

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

 理穂と整備部員達が取りだしたのは足のアクセラレータよりも派手な腰用の部品だった。真ん中にドでかい緑色のクリスタル。そのうえ、周りを覆うように白い狼を模したレリーフがついている。

 

 

 

「かっこよくない!? 最高じゃない!!」

 

 

 

「ダメだ! これ以上派手にされて溜まるか!!」

 

 

 

 そう言って、才蔵は慌ててカバン型になったアキレスを持ち上げ、さっさと整備部を出て行ってしまった。

 

 

 

さすがの怪力に全員唖然となり捕まえるどころじゃなかったが、むしろ捕まえたら手酷い仕返しを受けるのは明白だったため、誰も動く事はなかった。

 

 

 

「ちぇ〜せっかく、もっとかっこよくしてあげようと思ったのに〜ってあれ?」

 

 

 

 理穂は先ほどまで自分のいたデスクの上にキランと光る物を見つける、それは小さなボルト。どこかで見覚えのある、それがどこの部品か、気づくのに数秒ともかからなかったが。

 

 

 

「あ…不味いかも…まぁでも、明日は休みだしぃ〜その時にこれと一緒に着けてあげれば大丈夫か〜さぁみんな片付けよう」

 

 

 

 そういってボルトを白衣のポケットにしまうと部員に号令をかけ、片づけを初めてしまうのだった。

 

 

 

 一方、才蔵はと、言うと整備部から逃げ出した後、自身のバイクがある駐輪場までやってきていた。

 

 

 

 小脇に、アキレスを置き特殊な形をした、バイクのモニター中央に手を触れると真っ暗だった画面にStart-upの文字が浮かび上がる。

 

 

 

 才蔵の愛車「X]-1800」のエンジンが唸りを上げる。まるで主の帰還を喜んでいるかのように、白銀のバイクが吠える。快調にエンジンが動く事を確認した才蔵はタイヤを確認する。

 

 

 

 無論、いたずらされて穴を開けられていないか調べるためだ。

 

 

 

 タイヤに外傷がある状態で、アキレスを取り付けると最悪、タイヤが破裂してしまう事もあるからだ。目視と指先確認で前後両方のタイヤには特別、外傷がない事が分かり、ほっと胸をなでおろし、ようやくアキレスを取り付け始めた。

 

 

 

 取り付けるといっても、X]の右横についているスペースにはめ込むだけ、後は自動で固定をしてくれる。

 

 

 

 アキレスが固定されたのを確認して、座席を上げ、中に入っていたヘルメットを被る。

 

 

 

 これでようやくバイクの座席に跨り、学園を後にすることが出来る。背後を注意しながら、才蔵は愛車を発進させた。

 

 

 

―パンテオン都市部・パンテオン考古学研究所―

 

 

 

 そこは非常にホコリにまみれ、かび臭い場所だった。パンテオン考古学研究所と銘打たれたこの施設では、とある場所から集められた古代の遺物が安置されている。

 

中には粘土棺から運び出された遺体も安置されている。

 

 

 

 ここの研究員を務めているアンリエット・ミシェーレは、日々その遺体の研究に熱心だった。

 

 

 

 すでに殆どのデータは取れていた。遺体は紀元前7世紀頃のカルディア人の物であり、全身を狼に似た鎧で覆われている。首と両方の手足に枷があった。そのため当初は奴隷兵士のような存在だと思われていたが。

 

 

 

(奴隷がこんなに丁寧に埋葬されるとは思えない。彼は何者なの? それに彼を覆う鎧の構成物質は…)

 

 

 

 自身が調べ上げたデータを再度、読み返しながら遺体を見返す。鎧のほとんどを茶褐色の錆に、侵食され元は美しい装飾などは見る影もない。

 

 

 

 それ以上に、興味が出るのはその胸に突き刺さっている短剣だ。元は美しい装飾で飾られていたのだろう。これもまた狼の顔を模している。

 

 

 

(これも彼の鎧と同じ材質。でもどこか違うような…)

 

 

 

 アンリエットは、長年付き添ったこの名も無き男とその胸に突き刺さった短剣に青春の全てを費やして、今もその途中といった所だ。

 

 

 

 一見すれば美しい金色の髪を持った文系美人なのだが、三度の飯よりも考古学を愛し、寝ても覚めても考古学。そのため周りからは変人扱いされて、恋人を作る機会を何度も逃していた。

 

 

 

 現在、22歳。この鎧の男と出会ったのが、ルイ=ル=グラン学院を卒業した後の事だ。常から志していた考古学の道へと進むために単身、このパンテオン学園の大学部へと入学しEHESSが援助を受けて、出来た考古学科に進学。

 

 

 

 そのままパンテオン考古学研究所に配属されて一年も経たない時、その研究所の所長つまり大学での教授に当たる人物に、彼の研究を頼まれたのが事の始まりとなる。

 

 

 

 いざ、研究してみれば、出るわ出るわ。未知の材質で出来た鎧や短剣、鎧と融合しているかのような肉体の組織など、まさに彼自身がオーパーツその物だったのだ。

 

 

 

 そして現在、研究は行き詰まり、教授からは論文の催促で忙しい毎日を過ごしている。

 

 

 

「いっそのこと、この短剣、引き抜いてみようかしら?」

 

 

 

 どうせ、このままでは研究すらロクに進みはしないのだ。鎧の男から、もはや何もないのなら、自分でアクションを起こすしかあるまいと思った彼女は、椅子から立ち上がり、デスクにおいてある薄いゴム手袋をはめる。

 

 

 

 おもむろに突き立てられた短剣に手を伸ばす。

 

 

 

「ゆっくり…ゆっくり…」

 

 

 

 遺体を傷つけないように細心注意を払いながら、短剣を引き抜いていく。

 

 

 

「抜け…たぁ!」

 

 

 

 短剣を引き抜いたその時だった。古き力で止められていた鎧の男の心臓が再び時を刻むかのように強く脈打ち始めた。

 

 

 

 それは引き抜かれた短剣もまた同じで、茶褐色だった短剣が彼女の中で蒼く輝き始めたのだ。

 

 

 

「え? な、なに…この短剣、錆が取れて…この蒼…綺麗、サファイアみたい」

 

 

 

 美しく輝く短剣に見惚れている。次の瞬間だった動くはずのない男の身体が弾み、乗せられていた台に強く打ちつけられる。

 

 

 

 音に驚いたアンリエットがわぁっ!といった情けなく可愛げのない声を出し、恐る恐る遺体のそばへ近づく。

 

 

 

「な、何よ。まさか短剣抜いたからって、ミイラの祟りなんて起きないでしょう?」

 

 

 

 そんな非科学的な…なんてことを言いながら、顔を引きつらせつつ、遺体を覗き込む。遺体には、今までなかった亀裂が身体を真っ二つにするように通っている。

 

 

 

 その様子をみて、一気に青ざめていく。貴重な歴史的遺産を不可抗力と言え、こんな巨大な傷をつけてしまったのだ。無理はないだろう。彼女の脳裏に浮かぶのは、研究所からの除名処分とパンテオンからの国外追放。

 

 

 

 だが彼女の想いとは裏腹に、突如として亀裂が赤い光を発し、彼女を睨みつけるかのように光り、突然、亀裂の中から白銀の巨腕が伸び、アンリエッタに襲いかかる。

 

 

 

「きゃあっ!」

 

 

 

 咄嗟に、後ろに仰け反った事で尻餅すんだが、その腕の主は遺体から這い出すようにその姿を現した。

 

 

 

 それは白銀の鎧を身に纏った狼男だった。身体よりも巨大な腕には鋭い爪がついており、あれを振るわれれば、人間など簡単にスライスされてしまうだろう。

 

 

 

 狼男はゆっくりとアンリエットの方を向く。その鋭い眼光と凶暴なる牙を持つ怪物。もはや彼女の頭では追いつけないほどの情報量が現実で起こってしまっていた。

 

 

 

 しかし、相手は、呆けた様子の獲物を待ってくれるほど優しい相手ではない。狼男が低い姿勢を取ると、脚部の筋肉が膨れ上がり、凄まじいスピードでアンリエットにとびかかった。

 

 

 

「いやああっ!」

 

 

 

 あまりの恐怖に悲鳴を上げるも、腰が抜けて立つこともままならない彼女に出来た事は、蒼く輝く短剣を翳す事、それだけだった。

 

 

 

 一瞬の出来事だった。肉薄する狼男とアンリエットの間に、短剣から現れた蒼く輝く人型が現れたのだ。人型は迫ってきた狼男を研究所の壁ごと殴り飛ばしたのだ。

 

 

 

 アンリエットは夢を見ているようだった。崩れる壁ごしに蒼い人影と白銀の狼男。普通の人間ならば気絶してもおかしくなかったが、元々好奇心が強い彼女は食い入るように、この現実離れをした光景見つめていた。

 

 

 

 しかし、戦いはすぐ終わった。勝てぬと思った狼男が逃走を始めたのだ。それと同時に蒼い人影も消え、研究所内は再び静寂が支配した。

 

 

 

「な、何だったの? 一体…」

 

 

 

『やれやれ、まだ呆けておるのか』

 

 

 

 突然、彼女の耳に聞き覚えのない女性の声が聞こえてくる。

 

 

 

「え!? な、何!? どこから声が!?」

 

 

 

『娘、我は、奴を追わねばならぬ。申し訳ないがその身体、借りさせてもらう』

 

 

 

「ええ!? 何を勝手にっ! きゃああああ!!」

 

 

 

 短剣から蒼く濁ったガス状の物が、彼女を包み込み。最後の悲鳴と共にアンリエットの意識は深い所へ眠らせてしまった。

 

 

 

 ガスが消えうせると、そこには髪が白髪となったアンリエットの姿、そして瞳を開けると美しい空色が、狼男を消えた先をジッと見つめていた。

 

 

 

『まだ、目覚めたばかりで遠くへはいっておらんだろうな。まったくこの娘も面倒な事をしてくれたものだ。果たして…こいつを扱える者に出会えるかな?』

 

 

 

 彼女は短剣を握り、風の如くその場から消え去った。

 

 

 

―パンテオン都市部 商店街―

 

 

 

 現在、PM6:00、蒼い人影との戦闘音は、帰り途中に缶コーヒーを飲んでいた才蔵の耳にも届いていた。

 

 

 

「な、何だ!? さっきすげぇでかい音したけど? あっちって…たしか考古学研究所がある所だよな? 暇だし行ってみるか」

 

 

 

 そう言って缶コーヒーを一気飲みすると、ヘルメットを被り直しバイクに跨って考古学研究所へと走らせた。

 

 

 

 数分もすると、考古学研究所へと続く道路が見えてくる。

 

 

 

 この道は通行量が極めて少ないため、この時間帯になると車の通りがピタッと止む。そんな状態も相まって才蔵が好奇心を刺激し、バイクを発進させようとしたその時だった。

 

 

 

 道路のコンクリートを吹き飛ばし、才蔵の目の前に銀色に光る巨大な何かが姿を現した。

 

 

 

「な、何だ!?」

 

 

 

 才蔵が驚くのは無理もない傍から見れば、ピクリとも動かないそれは銀色の塊にしか見えない。しかし、その塊から伸びる巨大な手の様な物が、危険な雰囲気を醸し出している事に才蔵自身が気づいていた。

 

 

 

「一体、何なんだ、これ? さっきのでかい音って、もしかして、これのせいか?」

 

 

 

 才蔵はバイクから降り、恐る恐る謎の物体へと近づく。

 

やはり物体は才蔵が近づいても、何の反応も示しはしない。

 

 

 

「本当に何なんだ? これ?」

 

 

 

 怖いもの見たさ程、恐ろしいものはない。

 

 

 

 何故なら、好奇心は先ほど感じていた危険な雰囲気すら忘れさせてしまうからだ。

 

 

 

 物体の周りを一周して最後に物体を覗き込もうした瞬間、いきなり、巨大な手が才蔵目掛けて振り下ろされる。

 

 

 

 バンッと凄まじい衝撃波を発し、更にコンクリートを吹き飛ばす。

 

普通の人間ならば、先ほどの一撃で頭をスイカのように割られていただろう。

 

 

 

 だが、パンテオンでの、アキレス格闘戦の選手をやっていた才蔵は、直感で謎の物体の攻撃をギリギリで回避していた。

 

 

 

「いってぇ…」

 

 

 

 好奇心から一気に目覚めた才蔵は、右腕が酷く熱く感じていた。

 

見ると制服ごと切り裂かれ、そこから血が流れていた。

 

 

 

「チックショウ! 何とか、バイクの自動運転で!」

 

 

 

 痛む右腕を左手で押さえながら、バイクに乗り込むと、素早くボイス入力へ切り替える。

 

 

 

「学生番号223! 雪村才蔵! ナビ! 自動運転モードへ移行してくれ!」

 

 

 

 X]のディスプレイに「YES」の文字が表示され、エンジンが動き出し、1人でに方向を変え走りだそうとした。

 

 

 

 しかし、背後から衝撃が走る。バイクも止まってしまい、恐る恐る、後ろを振り返ると先ほどの物体、否、怪物が巨大な両の手を使い、後部車輪に掴みかかっていたのだ。

 

 

 

 何という剛腕、何という怪力か。

 

 

 

 銀色の怪物は、バイクに才蔵を乗せたまま、それを森林へ投げ飛ばした。

 

 

 

 バイクは木々へと叩きつけられ、乗っていた才蔵はそのまま、投げ出されてしまう。

 

 

 

「ガハッ! 痛ぅ…くっそ…こんな終わり方ありかよ…」

 

 

 

 痛みと血を流し過ぎた姿勢で、意識が朦朧とする。

 

 

 

 思わず脳裏に浮かんだのは、いつもは邪険に扱っていた妹、その泣き顔。

 

 

 

「ダメだ! こんな所で死ねねぇ!! こうなったら!!」

 

 

 

 才蔵の視界には、バイクから投げ出された白銀の相棒。

 

 

 

 それに向けて、死に物狂いで這っていった。

 

 

 

          ☆ ☆ ☆

 

 

 

 白銀の怪物は、投げ飛ばした獲物がまだ生きてる事を知っていた。

 

 

 

 先程は不覚を取ったが、決して逃がしはしない。

 

 

 

 その意思と共に、ゆっくりと森林の中へ分け入っていく。

 

 

 

 すると赤い炎に照らされながら、奇妙な鎧を身に着けた男が現れた。

 

 

 

 白銀の赤い目を持つ、狼のような鎧、まるで自分を見ているような気分だった。

 

 

 

 不愉快だった。非常に不愉快極まりない存在だ。

 

 

 

 同じ存在は一人で十分だ。白銀の怪物は森を木霊せるほどの大声で吠えると、その不愉快な存在を消すために、強靭な腕を振り下した。

 

 

 

 しかし、その攻撃は簡単にいなされ、逆に顔面に鋭い拳が叩き込まれた。

 

 

 

 素早く、飛び退いたそれは、手を返し、手招きをするような仕草を見せる。

 

 

 

 それだけで、怪物の怒りを買うには十分の行為だった。

 

 

 

 こうしていつ、開けるとも知れない死闘が幕を開けたのだ。

 

 

 

     ☆ ☆ ☆

 

 

 

 アンリエットに乗り移ったそれが、怪物の怒号を聞いたのが、研究所を出て、すぐの事だった。遠くでは、黒煙が立ち上っているのが見える。

 

 

 

「遅かったか! ええい! この娘! 何故、こんなに足が遅いのだ! こうなれば!」

 

 

 

 右手に持っていた短剣に意識を集中させると、彼女の身体が蒼く光り輝く。

 

 

 

「急がねば!」

 

 

 

 ダッと走り出すと、凄まじいスピードで駆け抜ける。

 

 

 

 見る見るうちに、黒煙が上がっていた場所へと到着すると、かの怪物と誰かが戦っていた。無論、アキレスを身に纏った才蔵だ。

 

 

 

 どうやら怪我をしているようで、鎧の隙間から血が流れていた。

 

 

 

 それでも男の鉄拳は、怪物の顔面や腹などに命中し、怯ませる事は出来ていた。

 

 

 

「中々にやる、が…それだけではあのエンブリオンには勝てない。それにしても、あの男の力強さもしやすると…」

 

 

 

 才蔵が猛攻撃をしていたが、すでに貧血を起こしていた身体では長続きするはずもなく、今度は、白銀の怪物の猛ラッシュを受けていた。

 

 

 

 所々の装甲は剥がれ落ち、生生しい傷跡を増やしていく。

 

 

 

 更に、腕がもはや使い物にならなくなっていたのが災いし、一気にガードを剥がされ、隙だらけのボディを晒してしまった。

 

 

 

「しまっ!!」

 

 

 

 白銀の怪物の鋭い爪が、フェイスアーマーの装甲ごと、深々と才蔵の顔を切り裂いた。

 

 

 

  吹き出る鮮血、才蔵は膝から崩れ落ち、倒れ伏してしまう。今度こそ、本当に意識が遠のき始める。

 

 

 

 すでに碌に視界も見えていない。すると、瞳の隙間から蒼く輝く美しい光がうっすらと見える。

 

 

 

 もはや、才蔵には何が、起きているのだが分からないでいた。

 

 

 

 そんな彼の傍に誰かが近づいてくるのを感じる。誰かは女性の声で語り始めた。

 

 

 

「君、そんな所…っても…かね?」

 

 

 

 よく聞き取れないその声に何と答えたかは、よく覚えていない。

 

 

 

 最後に意識を失った時、耳元ではっきりと「これは、今日から君の力だ」その言葉

 

を聞いた後、才蔵の意識は深い所へと落ちていった。

 

 

 

 そして、邪魔をされた怪物が見たもの、それは眩い蒼き光を身体から発する漆黒の戦士の姿だった。その眼光は、白銀の怪物を写し、赤く怪しく輝いていた。

 

 

 

 こうして、悠久の時から甦った戦士と、その力を受け継いでしまった男の物語は幕が開けたのだった。

説明
古の黒狼は再び歴史の表舞台に立つ―――現代―2050年、人工島「パンテオン」。
PAS(パワードアーマースポーツ)のアキレス戦において「単眼の白狼」の異名を持つ学生、雪村才蔵。
彼が歴史の闇に触れる時、忘れ去られた生物兵器「エンブリオン」との壮絶なる戦いの幕が上がる!!
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