えんすうとの絆語り |
十二月二十五日。世間一般で言うところのクリスマスである。
当屋敷でも、夕べは豪華な七面鳥とケーキが振舞われ、とりわけ幼い式姫達は大いに喜び、楽しんでいた。
彼女らの大半は、クリスマスが本当はどういった日なのか理解していないだろう。
しかしまぁ、そんな事はどうでもいいのである。俺もぶっちゃけどうでもいい。
皆が笑顔になってくれれば、それで。
……前説もぶっちゃけどうでもいいと思っているので、適当に綴らせて頂く。
暦の上ではすっかり冬、それに合わせて特に朝晩の冷え込みも激しくなってきている。
ただ、積雪だけは未だに観測していない。東北の方では既に積もっているかもしれないが。
俺としては寒いのは苦手なので、できれば遠慮したい所である。
イブに積もれば、やはり幼い式姫達は喜んだだろうけれど。
そうそう、今年のクリスマスは、サンタに扮したえんすうが皆にプレゼントを振舞っていた。
火の車寸前の苦しい家計のやりくりに悩む俺は、当然そんな資金など用意できるはずも無かったのだが
聞くところによると、どうやら試供品や宣伝目当てという理由からその大半はなんと頂き物らしい。
改めて彼女の交友関係の広さに驚かされた。
ちなみに俺は子供ではないので、当然プレゼントなどもらっていない。
欲しい物がないわけではないが、もうとっくにそんな事を口にできる歳ではないのだ。
さてちょっくら買い物でも行くかと思い立ち、身支度を整え玄関に向かった所で、ちょうどサンタと出くわした。
彼女もこれから出かけるようだ。
「あれ?オガミさんも出かけるの?」
「おう、えんすうか。ちょっと買い物でも行こうかなーと」
「あ、じゃあさ、もし良かったら一緒に行かない?」
靴紐を結ぶ手を止めて、えんすうを見上げる。
「……えんすうと、二人でか?」
「うん、そうだよー」
ドクン、と心臓が高鳴る。
「ま、まぁ構わないが……」
「えへへ、今日はよろしくね!」
はい、と差し出されたえんすうの手を一瞬見つめた後――
「おう!」
パシッと勢いよく掴んだ。
天候は、仲睦まじい二人を祝福するかのような――などと書くと大袈裟だが、快晴。
肌寒さは多少感じるが、いい具合にほぼ無風だったのでそれなりに過ごしやすい一日になりそう。
天候に関係なく俺の気分は良かった。隣にこんな可愛い子を引き連れて、良い気がしないわけがない。単純である。
「えんすうも買い物?」
「うん、ちょっと小物をねー」
クリスマスなのにプレゼントを配るばかりで、何ももらえないえんすう。
そんな彼女に対し、何か贈り物でもしてやろうと考えていた所である。これはいい機会だ。
だが、彼女が身だしなみにどれ程の金額を充てているのか、俺は知らない。
あまり高い物はちょっと……ううん、いや今日は特別な日だし、ケチるのもなんだかなぁ……。
「ん?何か言った?」
「あぁいやなんでもない、独り言独り言。あはは……」
声を交わす度に、互いの口から白い息が漏れる。
それでも不思議と寒さを感じないのは、軽く繋いだえんすうの手から伝わってくる温もりのおかげだろうか。
そういえば以前、鳳凰一族は体温が少し高いと聞いた事があった。
まぁそれはともかく――。
「えんすうはその恰好、寒くないのか?」
こちらはそこそこの重装備。
対してえんすうの方は、お腹と太ももを大胆に露出させた割とけしからん――傍目には寒そうなサンタの衣装。
本人は割と気に入ってるのかもしれない。道行く人々が好奇の視線を向けてくるのに対し、彼女は笑顔を返していた。
「大丈夫だよー。オガミさんの手、温かいから。心配してくれてありがとね」
「そ、そうか……」
こちらをドキドキさせるような台詞をさりげなく仕込んでくる。
これでは顔がつい緩んでしまうのも仕方ないというもの。
……財布の紐が緩むのも、時間の問題かもしれない。
そうこうしているうちに、えんすうオススメの雑貨屋に到着。
普段はあまり見かけない、洋服の類を多く見かける。えんすうが気に入るワケだ。
店主とにこやかに話している彼女をその場に放置し、一人店内を物色する。
「えーっと……」
生憎、俺はいわゆる女子力とか、その手の理解力が致命的に欠けている。
えんすうの好みとか、その辺も殆ど知らない。
大体、赤やオレンジといった辺りの色が好みだろうという見当はついているが、その程度。
特別な日故に、失敗は許されない。ここは慎重に選択せねば……。
腕組みしながら、色とりどりの帽子、手袋、マフラーなどを目で追っていく。
「ふーむ、手袋か」
サンタと言えば、やはり手袋は必需品だろう。あって困るものではない。
帽子という選択肢もあるが、えんすうの可愛いらしいポニーテールが隠れてしまうのはもったいない。
サンタの衣装に合わせるなら、ここは赤一色ではなく手首に白いふさふさの付いたのがいいかな。
一度これと決めたら、もう迷わなかった。
「えーっと、後は……」
自分用の帽子が欲しいな。それなりに温かくて、飾り気のないシンプルなヤツが。
例えばこのニット帽とか――。
「何か良いのあったー?」
背後からえんすうに呼びかけられ、俺は慌てて手に持っていた手袋を隠した。
「あ、今何か隠さなかった?」
「か、隠してない……」
「ふーん?まぁいいや。いいのが見つかるまで、待っててあげるね」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あのさ、そんなに張り付かなくても……えんすうは自分の物でも見て来ればいいじゃないか」
「じゃあ、そうしよっと。あ、先に買い物終わったら入り口で待っててね」
「へいへい」
手持ちが寂しかったせいで、結局帽子は断念する事にした。また今度来る事にしよう。
店を出たその後、少し疲れたから甘い物を食べようというえんすうの提案に乗り、甘味処へ。
「この店は、みたらし団子が美味いんだ」
「おー、奇遇だね。私もそう思う!」
同じ物を注文した後で、二人して顔を見合わせて微笑んだ。
「ほう。流石は街の情報通、よくご存じでいらっしゃる」
「ここ、何度か来てるからねー」
「えんすうなら、尋ねれば作り方まで教えてくれるんじゃないか?」
「あはは、そうかもね。でも私、料理とかはあまり……」
少し恥ずかしそうに俯くえんすう。言われてみれば、彼女が料理をしている所は見た記憶がない。
ただ、俺の中のイメージでは料理下手という感じはしなかった。
「料理が上手くなるコツは、好きな人の笑顔を思い浮かべて作る事」
って鈴鹿御前が言ってた。
「うーん。笑顔、かぁ……あ、ありがとうございます」
そこで二人分のみたらし団子が運ばれてきたので、俺達は会話を中断して黙々と食べ始めた。
「んー、美味しー!」
そうやって笑顔でほおばるえんすうを見ているだけで、なんというか、もう――お腹一杯。
お茶を啜りながらふと店内を見回すと、同じようにカップルとおぼしき来客がちらほら見える。
一人で来ている時なら、お前ら爆発しろという怨嗟の独り言が零れる場面だが
今日に限ってはどうか爆発しませんようにと祈る普段とは完全に逆の立場になっている。
「笑顔って言えば、オガミさん」
「何だ?」
「今日は何か、いつもより嬉しそうじゃない?」
「そ、そりゃあ……クリスマスだからな」
「普段なら、そんな行事俺にはどうでもいいとか言ってすかしてるのに」
「…………」
中らずと雖も遠からず。実際はクリスマスだからじゃなくて、キミとデートしているからだよ。
――えんすうはどう思っているのか分からないけれど。
皿の上が櫛だけになった所で、頃合いを見計らって切り出す。
「あのさ、えんすう」
「なにー?……これ、私に?」
袋のまま、彼女に差し出す。
「俺からサンタさんへのクリスマスプレゼントだ」
「わぁ、ありがとう。開けてもいい?」
「煮ても焼いてもいいぞ」
「あははっ。そんな事しないってー……わぁ、温かそうな手袋!」
「気に入ってくれたか?」
「うんうん、とっても嬉しいよ。ありがとねー」
止めてくれ。そんな眩しすぎる笑顔、手袋とは価値が違いすぎるよ。
顔が赤いのを誤魔化す為に、湯呑みに手を伸ばすと
「はい、これ!」
「ん?」
突き出された紙袋を、俺は恐竜の卵でも見るかのようにまじまじと見つめた。
「お返しに、私からのプレゼントだよー」
口に含んだお茶が、妙な音を立てて嚥下された。
無言のまま受け取り、ガサガサと包みを開封する。
「…………」
あの時俺が見つめていた、紺色のニット帽。
そうか、えんすうもあの時――。
あぁ、ダメだ。固く結んだはずの唇が、自然とニヤけてしまう。
「おっ、その顔は気に入ってくれたみたいだねー?」
「うん、嬉しいよ。ありがとう」
「へへ、あの時のオガミさんの目がこれ欲しいって言ってた気がして。どういたしましてー」
「バレてたか。……やれやれ、えんすうにはかなわないな」
本人は何でもないように言ってるが、これは女のカンとは明らかに違う。
贈り物をする相手の事を、しっかり観察しているのだ。
それなのに俺は、恥ずかしいという理由で贈り物を彼女から隠したりして……。
「…………はは、情けねーな」
自分の器の小ささを、自覚したのであった。
頂いた帽子をそのまま被り、甘味処を後にする。
さほど時間は経っていない筈なのに、辺りはもう既に薄暗くなり始めていた。
「じゃあ、帰ろっか」
と、差し出されたえんすうの手に手袋は付けられていない。
俺は少し寂しい気持ちで、その手を握り締めた。
「…………」
自然と口数が少なくなる。
口ではああ言っていたが、やはり俺のプレゼントは気に入らなかったのかもしれない。
そもそも普段から堂々とお腹を出しているのだから、防寒具など実は必要ないのではないか。
かといって彼女に渡してしまった手前、もはやキャンセルはできない。
「えんすう」
「ん?」
さて、本当の所はどうなのか。
聞いてみたいのは山々だが、単刀直入に尋ねれば間違いなくせっかくの雰囲気が台無しになる。
なんとか伝えたいが、いざ言葉にするのは難しい。俺には――気の利いた駆け引きはできぬ。
結局言葉に詰まり、悶々とするしかない。
「……今日は、楽しかったか?」
「うん。こうやってオガミさんと出かけるの、久しぶりだったからねー」
「そうか……」
「?……ははーん、さては私が手袋付けてないのを見て、ガッカリしてるんでしょ?」
「うっ」
鋭い。
「い、いや、そんな事は……」
「ちゃんと顔に書いてあるよー?」
俺は恥ずかしくなって、そっぽを向いた。
「ふふふ、分かりやすいなぁ」
うるさいほっとけ。
「手袋付けてたら、手の温もりが相手に伝わらないからね」
……もう騙されないぞ。
そうやってこの子はいつも人の心を弄ぶんだ。
「もー、元気出しなって。ほら、いつまでも拗ねてないで、こっち見て」
叱られた生徒のように、おずおずとえんすうの方に振り向くと――。
ちゅっ
「――――」
「えへへ。これが、私の本当のお返しだよ」
「――――」
「…………おーい?もしもーし」
「――――」
「あらら、雪だるまみたいに固まっちゃった」
その後、どうやって屋敷に帰ったのかはよく覚えていない。
今でも覚えているのは、周囲の式姫達にニヤニヤの原因を誤魔化すのに苦労した事と、
頬に刻まれた、えんすうの温もりだけ。
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