ある司書の追憶 Ep0 4節
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4.コーラルビーチ  怪盗はモデルさん?

 

 

 

「ふーっ!今日はこれぐらいにしよっか!」

「はい。もうこの辺りでいいでしょう」

 無事に地図を回収して搭乗員に渡した後、私たちは本来想定されている初心者向けの地域で、実戦経験を積んでいた。

 ……ちなみに。

 搭乗員は嬉しそうに地図を受け取ってくれたけど、街には既に地図を持った冒険者が溢れていた。きっと予備の地図があってそれを配った後だったんだろうけど、バニーちゃんに気づかれないよう、一芝居打ってくれたんだろう……大人の対応がありがたい。

 「いいことしたよね!新しい出会いもあったし!」

 「そ、そうですね。それにしても、一流モデルまで参加しているなんて。芸能人ならドン・カバリアの遺産なんて求めなくてもお金はありそうですが」

 「たぶん、一流はお金の使い方も一流なんだよー!」

 「……なるほど」

 その時、そんな会話をしたりした。いち司書として生活していた私にとっては、芸能人の華やかな生活は想像もできない……とりあえず、高校生なのにモデルとして大人気なんて、本当に伝記が書かれるかもしれない逸材だということはわかるけど。

「ブルーミングコーラで今夜はやすもーう!」

「はい。……思ったんですけど、これから先、いつも町に帰れるという訳ではないですよね。その場合、野宿になるんでしょうか……」

「う、うーん……そうなる、だろうねぇ。わたしも野宿ってしたことないけど」

「ぶ、文化的な人間のすることじゃないですよ、それは!これからはどれだけ遠出しても、町に帰れる距離にしておきましょう!」

「そ、そだね……わたしも不安だもん」

 ブルーミングコーラとは、ここコーラルビーチに唯一ある町だ。メガロ号が到着したのもここの港だ。ただ、夕方となった今はさすがにメガロ号は出港してしまっている。明日の昼間にはまた、冒険者が乗ってくるんだろう。

「ええっと、宿屋は……」

「バニーちゃん、地図は何のためにあるか、知ってます……?」

「あっ、そっか!こことここと、あっこだね!」

「さすがに宿が多いし、どこも立派な建物ですね」

 ここがカバリア島の玄関口なのだから、当然かもしれない。それにしたって、ほんの数年でここまで建物を用意するなんて、メガロ・カンパニーのすさまじさを感じる。

「あっ、その前にお買い物行かない?」

「買い物と言っても、ここで買えるのは回復薬ぐらいですけど……」

「これからお世話になるんだろうし、ショップの人にあいさつしておこうかなー、って!」

「なるほど、それはいいですね」

 こういうところ、私の社交性はまだまだなんだな……と思わされる。

 正直、この地域はそう遠くない内に通過してしまうんだろうし、そんなあいさつなんて必要ないかな、と思っていた。

 でも、たとえ一度過ぎてしまえばもう来ないかもしれない場所でも、同じ島の中。たとえ運営側が用意したスタッフだったとしても、同じ島で生活する仲間同士だ。そういうあいさつは大切なものだろうな、と思い直した。

「ごめんくださーい!」

 ショップに入って開口一番、バニーちゃんが元気よくあいさつするものだから、他のお客さんが大いに驚いていた。……やっぱり、彼女と一緒に行動するのは恥ずかしいことが多いかも。

「い、いらっしゃいませー……」

 店員さんも気圧されてしまったのか、微妙な笑顔と声で迎えてくれる。

「え、えっと……ポーションやその他、消耗品はこちら、アイラが承ります」

 微妙な笑顔で茶髪の店員、アイラさんが案内してくれた。彼女も動物の仮装をしている。モチーフは……ハイエナ?見た感じ、内気で真面目そうだけど、思いの外ワイルドな動物で少し驚いてしまった。

「はいはーい、カードなら私、メルが担当しちゃいますよ〜!カードっていうのは、ここカバリア島で色んな役割を持つ、不思議なアイテム!まあ、冒険を進めてたら色々わかってくると思いますよ〜」

 そう言うのは、紫色の髪の店員メルさん。……といっても、二人とも私たちと同年代っぽい見た目に見える。仮装はやっぱりハイエナらしい。

「色々なサービスは私、ピアが承るぜ……承りますよ。まあ、今のところは関係ないと思うけどな……思いますが!」

「は、はあ」

 そう言ったのはピンク色のスーツを着こなした金髪の女性、ピアさん。彼女は二人とは違って、結構年上に見える。彼女も他二人と同じく、ハイエナの仮装だ。

「それから、アイテムを預けたりする倉庫、安全銀行はあちらのリサさんとアンジェリナさんが担当しています。持ち物が増えてきたらご利用くださいね」

 アイラさんが紹介すると、各担当者の人はぺこり、と頭を下げる。この二人はヒョウの仮装らしい。

「色々あるんだねー!」

「それだけ、冒険には色々と入り用なんでしょうね。でも、本当に壮大な冒険が始まったんだという実感も湧いてきて、ドキドキしてきました」

「ねー!そうだ、なんか面白い話とか聞けないかな。遺産がどこにあるか、とか!」

「運営側のスタッフさんなんだから、そんなことは言えないでしょう……そもそも、実の弟さんも知らないんですから、ゲームをクリアするしか方法はないと思いますよ」

「あっ、そっか」

 クスクスと周りの人たちが笑う……バニーちゃんは平気な顔をしているけど、強いなぁ、この子。

「遺産の場所はわかりませんが、不思議な噂は聞きますよ」

 とは、銀行担当のリサさん。情熱的な赤い髪が特徴的だ。

「へーっ!どんなのですか?」

「なんでも最近、宿の部屋に忍び込む怪盗がいるとか……」

「怪盗!?すごい、かっこいー!!」

「いえ、怖くありません……?私たちは盗られるような物もお金も全然ありませんが、知らない人が宿に侵入してくるんですよ……?」

「でも、ゲームっぽいでしょ?そういうアトラクションなのかなー」

「私も聞いていないので、普通に参加者の誰かがしていることと思いますが……ただ、何か物を盗まれるという訳ではないそうです。ただ、何者かが忍び込んだ形跡だけがあって」

「じゃあ安心だね!」

「いえいえいえ、むしろその方が怖くありません!?暗殺する対象を捜したりしているのかも……!」

 バニーちゃんの底抜けの明るさは嬉しい時もあるけど、今は圧倒的に危機感が足りないとしか思えない……!

「暗殺って、そんなのないよー」

「では、どうして物も盗らない怪盗がいるんだと思います?」

「うーん…………人の部屋を覗くのが趣味、とか?」

「だからその方がずっと怖い異常者ですって……」

 とはいえ、ここで考えていてもどうにもならない話、か。せめて今夜の私たちの宿に出没しないことを祈ろう……。

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 宿に着いてすぐに、私はベッドに横になっていた。

 ようやく陽が落ちたぐらいだけど、たっぷり動いてもう疲れた、眠い……運動不足に冒険はやっぱり、堪える。

「怪盗さん、来ないかなー」

「え、縁起でもないこと言わないでくださいよ……」

「でもさ、怪盗を捕まえたらわたしたち、きっとヒーローだよ!この町の平和はわたしが守る!みたいな!!」

「高レベルの参加者なら、返り討ちに遭いません……?そもそも参加者同士の戦闘行為は禁止されていて、見つかれば即刻退去させられるみたいですが……相手は怪盗ですし、それを守るとは思えませんからね」

 そういえば、極自然にバニーちゃんと同じ部屋に泊まっている。一人部屋を二つ取るより、二人部屋一つの方が圧倒的にお得だからこれでいいんだけども。

「シープちゃんの魔法があれば大丈夫だよ!新しい魔法、あれでさー!」

「マジックアローですか……。というか、さらっと私にも参加者を襲わせようとしてません!?イヤですよ、強制退去なんて!!」

「悪いことする人なら、モンスター扱いでいいんじゃないかな?」

「だから、バニーちゃんはさらっと怖いことを言い過ぎなんですよ!!い、いやですよ、この歳で人殺しなんて……」

 実戦経験を経て、新たに私が完成させた魔法、マジックアローはシュメッターリングよりも実戦的な攻撃魔法だ。

 シュメッターリングが未圧縮の魔力を放つ単純な魔法なら、マジックアローは矢の形に魔力を凝縮し、それを高速で放つ魔法で、非常に高い貫通力を持つ。この一撃で町周辺のモンスターは一撃で倒すことができるほどだ。

「い、いやあ、魔法の威力の調整とかできるんじゃないかなー、って」

「……バニーちゃん。改めて言わせてもらいますが、魔法は危険な力です。アローを完成させ、最初にモンスターに放った時。私は正直、後悔してしまいました。……こんなにも強い力を得て、私がそれを正しく使えるのか、と」

「シープちゃん……?」

「バニーちゃんも実戦を経て、ずいぶんと戦闘のコツを掴んだようですよね。ですが、バニーちゃんがするのは近接攻撃。自身が相手を殴っている、害しているのだという実感があります。それならば、力の調整などもやりやすいでしょう。……ですが、魔法は実際に手を汚すことなく、大きな殺傷力を発揮できます。その気になれば、小石を投げるような感覚で人を殺めてしまうような攻撃魔法を放つことができます。……それが、恐ろしいんです」

「シープちゃん……そ、そっか、そうだよね。……ごめんね、簡単に魔法を使えばいいとか言っちゃって」

「い、いえっ……私こそ、暗いことを言ってしまってごめんなさい。でも、バニーちゃんにはそのことを、ちゃんと知っておいてもらいたくて」

 そう言いながら、私は自分に言い聞かせていたのかもしれない。

 自分を戒めなければ。

 そう思わせるほど、魔法の力は強大だった。そのことを今日、はっきりと理解できた。

 もしかすると今日初めて、私は真の意味で魔法使いになったのかもしれない。

「もう、寝ましょうか。……明日はもう少し、遠出をしてみましょう。私たちの力を試すために」

「うん……!おやすみ!」

「おやすみなさい……」

 目を瞑ると、すぐに意識は深い深いところへと沈んでいく……この分なら、朝まで絶対に目覚めることはないだろう。……そう思っていたけれど。

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「わっ、誰っ!?」

「えっ!?なんで気が付くのよ!?」

 バニーちゃんの声……!慌てて枕元に置いてあった本をかき抱き、飛び上がる。

「まさか、怪盗……?」

 そこにいたのは、見知らぬ少女だった。月明かりを受けて、金髪が妖しく輝いている。私たちと同年代みたいだけど、なんというか、まとう空気が違う……気品があると言うか。明らかに一般人とは違う、そんなオーラのある、ネコの仮装をした少女だ。

「か、怪盗?そんな風に伝わっているのかしら……。まっ、あんたたちにあたしから用はないわ。それじゃっ……」

 気づくと、部屋の窓が開いている。ここから入ってきたんだ……。

「ちょっと、あなた!どうして人の部屋に入るようなことをするの?何か物を盗る訳でもないし……」

「そうよ。物を盗ったりはしないから、泥棒じゃないし、人に迷惑かけてないでしょ。じゃあいいじゃない」

「……こうして人の安眠を妨害したり、噂が立ったりすることで、人に不安は与えています。物質的な被害が出なければよい、という訳ではありません。……私は魔法を使えます。あなたがたとえその窓から飛び降りようと、追撃できますが……?」

「はぁっ……!?」

 私は抱きしめた本を魔法で開いてみせた。バニーちゃんに見せた時と同じだ。これだけで本当に魔法の使い手だとわかるはず。

「ねぇ、キャットちゃん。何か理由があるなら聞かせて?泥棒じゃなくても、これはよくないことだよ……!」

「…………面倒な子の部屋に入っちゃったみたいね。わかった、話すわ。話す。それでいいんでしょ?」

「はい。私たちはこの島に来てから、既に他の参加者の方に助けてもらえました。確かに参加者同士は競い合うべきライバルかもしれませんが、それ以前に共にゲームに立ち向かう仲間です。困ったことがあるのなら、どうぞ相談してみてください」

「はぁっ……面倒なお人好しばっかり」

 そう言ってキャットさんは、バニーちゃんの方のベッドにどっか、と座った。……私の方じゃないんだ。

 座る時、極自然に優雅に足を組んで見せる。……足はすらっと長く、全体的にとてもスタイルがいいのがわかった。輝く金髪も手入れが行き届いていて、どこかの名家の令嬢なんだろうか、といった風格がある。

「あたしが色んな人の部屋に忍び込んでたのは、人探しよ。あたしのお供になるような人材を探していたの」

「は……?お供、とは?」

「そのまんまの意味よ。お金が欲しくてトリックスターに参加したはいいけど、思っていた以上に大変な冒険になりそうじゃない!まあ、あたしは運動神経抜群だし、モンスターも魅了されちゃうぐらいの美貌の持ち主だけど、疲れることは嫌な訳。だから、あたしの代わりに戦ってくれて、ついでに色々なお金も出してくれる感じの都合のいいイケメンがいないかなー、って」

 こ、この人は……!確かに、めちゃくちゃ美人だけども!でも、この人は……!

「ダメ人間の類なのでは……?」

「めちゃくちゃ可愛いけど、なんか、なんか、だよね……」

「こらそこ、聞こえてるわよ!?……はぁっ、だから同じ女は頼りたくないの。やっぱり、あたしぐらいの美少女だと、やっかまれてしまうじゃない。はぁっ、人気者は辛いわ……せっかく髪も染めてイメチェンして来たのに、美女としてのオーラが強すぎるんだもの」

「は、はぁ……バニーちゃん、そろそろお帰り願いましょうか?」

「そ、そだね……わたしもあんまり好きじゃないタイプ……」

 バニーちゃんに見捨てられるって、相当ですよ、キャットさん。

「うっさいわねぇ!あたしもとっとと出ていってあげるわ!」

「……でも、どうしてこんな深夜にこそこそと頼りになる男性を捜しているんですか?昼間、もっとちゃんとした方法で探せばいいでしょうに」

 それこそ、キャットさんの美貌を考えると、無償で用心棒を名乗り出る男性がいてもおかしくはない。容姿の方は……わからないけど。

「昼間は面倒なやつがあたしを捜してるのよ。だから無理。……はぁっ、ここで足踏みしている内に、あいつの方が先に進んでいたらどうしよっかな……」

「急いでるなら、より好みしなかったらいいのに。わたしたちみたいに、気の合う子同士で組んで、さ!」

 ここでキャットさんを仲間に誘わない辺りに、バニーちゃんの本音が見え隠れする気がする。

「ふん、あたしと気の合うやつなんていないわ。……でも、確かにこのままあいつに遅れを取る訳にはいかないのよね」

 あれ、もしかしてこの流れ……。

「まっ、いいわ。お供としては貧相過ぎるけど、及第点としてあげる。それに、寸胴体型が近くにいた方が、あたしのスタイルのよさが際立つし!」

「誰が寸胴体型じゃい!!」

「シ、シープちゃん!?」

「あら、本当のことじゃない。ふふん、あたしも巨乳ってほどじゃないと思うけど、見なさいよ、この腰のくびれ!女の価値はウエストで決まると言っても過言じゃないわ」

「過言ですよ、このメスネコ!バニーちゃん、私は絶対に反対ですからね、こんな子を仲間にするなんて!!」

「わ、わたしもさすがにちょっと考えちゃうなぁ……」

「はぁっ!?せっかくあたしが妥協してあげたのに、なんであんたたちの方がフッてきてる訳!?」

「……無駄に露出させている、その恥ずかしい胸に手を当てて考えてみてください。まあ、高貴なるお猫様に、私たち貧乳の気持ちはわからないでしょうけどねぇ……!」

「シ、シープちゃん、地味にわたしも巻き込んでない!?」

「だって、バニーちゃんも私と大差ないじゃないですか!むしろ、ボクシングで鍛えられていて、体脂肪率的な意味での女性らしさなら、私に劣るでしょう!!」

「ええーっ!?なんでわたし、後ろから撃たれる感じになってるのー!?」

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割りと猫派にはごめんなさい案件だとは自覚しています
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