ある司書の追憶 Ep0 5節 |
5.コーラルビーチ 格闘家の償い。エンジニアの冒険
「おい!何時だと思っているんだ、うるさいぞ!!」
「ひゃぁあっ!?」
……不覚にもヒートアップしてしまっていると、いきなり扉が開かれた。……って、窓もそうだけど、どうして鍵がかかってないの!?
部屋に入ってきたのは、バンダナを頭に巻き、そこから角を生やした男性。……まあ、ウシの仮装なんだろうけど。
筋肉質な体と精悍な顔つきが、私たち一般社会の住人とは違う雰囲気を醸し出していた。
「ご、ごめんなさい、その、えっと……そう!この人が件の怪盗です!!」
「え、ちょっ!?何いきなりあたしを売ってるのよ!?」
「何?宿の部屋に侵入する者がいるとは聞いていたが、女だったのか……」
「そ、そうよ!あんた、大の男のくせして、女に手を上げたりはしないわよねぇ……!」
「本来なら、女は殴らん。……だが、悪人ならば話は別だ。俺は友に誓って、二度とこの拳で他人に大怪我はさせないと誓った。しかし、軽傷ならば問題なかろう。歯を食いしばれ……!」
「い、いやぁあああ!!!拳ならあんたなんでしょ、ウサギちゃん!」
「ええっ、わたしっ!?」
「むっ、お前もこの女の仲間か?……見れば、鍛えられた体をしているな。よかろう、相手になる!」
「仲間じゃないよ、こんな子!!」
「だから、なんでさっきからあたしの扱い、こんな悪いのぉ!?」
……なんというか、さすがにキャットさんが可哀相になってきた。
「ええと、こほん……バッファローさん、ということでいいですよね。まずは落ち着いて話を聞いてください……」
かくかくしかじか。
「……なんだ、そんな話だったのか。しかし、こんな時間に大声で騒いだことは感心できないな」
「そ、その件については全面的にごめんなさい……しかし、このキャットさんの態度を見れば、私の気持ちもわかっていただけますよね……?」
「まあ、確かに……」
「わ、悪かったわよ……反省してるし、謝るわ。……いい加減、一人は寂しいし不安だし、それで気が立ってたのよ。シープ、バニー。ごめんなさい」
「う、ううん。わたしもなんかごめんね。売り言葉に買い言葉、みたいな感じで……」
バニーちゃんは頭をかきながら、微笑む。……そうすると、キャットさんも少しだけ明るい顔を見せてくれた。……やっぱり、彼女の笑顔は人を幸せにできるんだ。
「和解できたのならよかったが……俺は明日に備え、そろそろ部屋に戻るぞ」
「は、はい。お休みのところ、失礼しました」
「いや。俺でもいきなり部屋に侵入された上で、暴言を吐かれていたら同じ行動に出ていたかもしれないからな……」
バッファローさんも、話せばわかる人でよかった……。
けど、本当に色々な人がこの島に来ているらしい。見た感じ、彼はプロの格闘家な気がする。……すごく強いんだろうな。
「……いいわね」
「えっ?」
彼が去る間際、キャットさんがそう呟いた。
「よし……バッファロー!あたしと組まない?」
「何……?」
「パートナーの話よ。シープとバニーにしようと思ってたけど、やっぱりあんたがいいわ。結構いい男だし、見るからに強そうじゃない」
「……弱いつもりはないが、ご免だ。俺は俺のためにこの島で戦う。お前の小間使いになってやるつもりはない」
「わかってるわよ。もうあたしも、わがままは言わない。一緒に組んで戦おうって言うの。言っとくけどあたし、護身術として色々な武道を習って、どれもプロ級の腕前なのよ。……不安なら、軽く手合わせしてあげてもいいわ」
「ほう……?」
バッファローさんの目の色が変わる。……この人、色んな意味でプロだ。キャットさんを改めて見た時、その実力をおおよそ測ってしまったようで、確かに強者として認めた……ように思う。
「どう、悪い話じゃないんじゃない?ドン・カバリアの遺産は莫大なんでしょ。あたしとあんたで勝ち取って、山分けしても十分なんじゃないの。それとも――」
キャットさんも、目を輝かせる。
「お宝を目の前にして、二人で決闘してどっちが手に入れるかを決めてもいいわ」
「言ってくれるな……俺には友への償いのための金がいる。お前と分け合う余裕はない。……その時が来たら、骨の一本や二本は覚悟してもらうことになるぞ」
「ふんっ……あたし、どんなに激しいアクション映画でも、スタントを使ったことないの。それとモデル業を並行してできることから、業界内で付いたあだ名が“不死身のモデル”。あんたに折られる骨なんてないわ」
……モデルにその二つ名はどうなんだろう、と素直に思った。
「面白い。俺のあだ名も“不死身のボクサー”だ。不死身同士が競り合えば、どうなるんだろうな……?」
なんだろう、このやたらと汗臭い会話。というかキャットさん、なんでモデルで女優?なのに、格闘家さんとこういう会話できてるんだろう。
……それにしても、モデル?
「ええっと、すっかりお二人は意気投合されたということで、出ていってもらえます……?」
「ああ。行くぞ、キャット。お前と組んでやる。今夜は俺の部屋で休め」
「えっ!?あんたと一緒のベッドで!?一人部屋なんでしょ?」
「俺は床で寝る。そもそも、ベッドが柔らかすぎたぐらいだ。床ぐらいがちょうどいい」
やだ、ストイック……キャットさんも軽く頬が赤らんでいるような。
「ほ、本当はあんたが寝てた汗臭いベッドなんてイヤだけど、特別に使ってあげてもいいわ!」
「……気にするならお前が床で寝ればいい。使っていないシーツがあるから……」
「だから、使うって言ってるでしょ!!」
ワイルドな人なだけだったらしい。というかキャットさん、あれは俗に言う、そういう……。
「キャットちゃんはツンデレさんだねー」
「はぁっ!?うっさいわよ、ウサギちゃん!」
「おい、うるさくするな。さっさと行くぞ」
なんというか、凸凹ペアになりそう。私とバニーちゃんも大概?まあ、そうかも。
翌日。私たちは昨日考えていた通り、町から離れたところにまで足を伸ばした。
ラクーンさんや、キャットさん、バッファローさんペア。それから、ドラゴンさんに会えないかと思ったけど、姿は見えない。
バッファローさんはいかにもストイックに早起きしそうな感じだし、もうとっくに先まで進んでしまっているのかも。キャットさんも腕に覚えはあるみたいだったし。
一方で、ウチの前衛さんは……。
「う、うぅんっ……朝起きるの、辛いよぉっ……」
「もう十一時ですよ……?さすがにしゃっきりしてもらわないと」
「うーん、うーん…………」
この子、本当に運動部だったのかな。バニーちゃんの驚異的な寝起きの悪さには、なんというか。
「えい、リカバリー!」
「はわっ!?ばっちり起きたー!?」
「……そんな効果もあるんですね、この魔法」
なんとなく、対象の新陳代謝をよくして傷を治す魔法、リカバリーをバニーちゃんに使ってみた。傷は負っていないはずだけど。すると、ぱっちり目が開く。
「すっごいよ、リカバリーの魔法!これからは寝起きばっちりさっぱりだね!」
「では、気合い入れて行きましょう。……この辺りには、あのペンギンもいますよ」
「ふふん、そうだねぇ……でも、昨日のわたしじゃあないよ!」
バニーちゃんは駆け出し、ペンギンに近づくと、大きく踏み込んで――
「ハードアタック!」
思い切り拳を突き出す――!
大きく踏み込み、体重をかけて相手を殴る一撃、ハードアタック。新しくバニーちゃんが生み出した必殺技だ。ちなみに命名は私。
ちなみに当初は「地を砕く火竜の一撃」や「猛兎破岩拳」などの候補も挙がっていたけど、バニーちゃんセレクトでこれに。私のオススメは「神滅業襲撃」だったんだけど、却下されてしまった。
「よーし、一撃ー!」
「ばっちり決まりましたね。さて、それでは私も……!マジックアロー!」
真っ白なクリオネのようなモンスターに対し、マジックアローの魔法を唱える。魔力の矢は真っ直ぐに相手を貫き、消滅させた。
「いい調子だね!もうこの辺りに苦戦する敵はいないかなー!」
「どうでしょう……あっ、あれがぬすっともんきーと呼ばれる敵ですね。……何か、探しているみたいですが」
ぬすっともんきーはその名の通り、見るからに泥棒っぽい姿をしたサルだ。ただ、複数匹がきょろきょろと辺りを見回し、何か探している。
「なんだろー?まとめて倒しちゃえばいいかな?」
「仮にも盗人が探しているものです。何かお宝なのでは?」
「お宝、いいね!」
「こらっ、シーッ!!」
「ふえっ!?」
「だから、静かにしてって!」
バニーちゃんがテンションを上げていると、後ろから少年が声をかけてきた。
金髪の、ゴーグルが印象的な男の子。耳としっぽはライオン、だろうか。活発そうな、でもどこか理知的な……ちょっと不思議な雰囲気。
「あのサルたちの動向について、何か知っているんですか?」
「うん、昨日からずっと何かを探してるんだ。それで、どうやら探しているものは貴重な“ブルーペンギン”なんだって!」
「……ブルーペンギン?その辺りにいっぱいいるよね?」
「それは敵の青ペンギンでしょ?そうじゃなくって、ブルーペンギン!」
「……和訳しているかどうかだけの違いでは?」
ライオン君はちっ、ちっ、ちっ、とそれっぽく人差し指を振る。
「ブルーペンギンは、幻とも呼ばれるペットのことさ。なんでも、青ペンギンを倒しているとたまに見つかることがあるらしいけど、それで集めるのは非効率的だからね。ぬすっともんきーはどこかに隠されているそれを探しているらしい。それで、もんきーが見つけたら、おれが横取りしちゃおうと思ってさ!君たちに教えるのはどうかなー、とも思ったんだけど、もしかしたら複数手に入るかもしれないだろ?その時はここで会ったのも何かの縁だし、譲ってあげるよ」
「ペット、と言うと一緒に戦ってくれる使い魔のようなものですね。私たちはまだ持っていませんが……」
「おれもね。でも、ブルーペンギンはすごい力を持っているんだ。おれの最初のペットにいいと思ってさ!」
「なるほど……どうします、バニーちゃん?ライオン君と一緒に探してみますか?」
「うん、そうしようよ!宝探しなんて、すっごくトリックスターっぽいし!!青ペンギンってちょっといい印象ない敵だけど、それが仲間になるならやっぱり可愛いし、嬉しいもん!」
決まりだった。
「えっと、君たちはバニーちゃんにシープちゃん、かな。おれはライオン、見ての通りエンジニアさ!」
「あまり見ての通りでもないですが……持っている武器って、銃ですか?」
「そう、この銃、おれの自作なんだよー!まず、見てもらいたいのはこのグリップ!最高に握り心地のいい素材を使っていて、それで……」
あっ、長くなりそう。図書館でレファレンスサービスをしていて、自称専門家の方にほとんど世間話と自慢のような長話をされなれているので、そういう流れの時はわかってしまう……もんきーを取り逃がさなければいいけど……。
「まっ、そんなこんなで、これがおれの相棒さ!で、もんきーがペンギンを見つけたらこれで倒して、奪っちゃおうって訳!最高の作戦だろ?」
「へぇーっ、すごいねぇ!ライオン君、銃なんて作れるし使えるんだ!」
「まあ、カバリア島に来る前は、エアガンぐらいしか使えなかったんだけどさ……でも、ここだと試験さえパスしたら銃を使えるんだ!まあ、人に向けて撃っちゃダメだけどね」
なるほど、銃は許可制。
魔法の使える私や、武術を使えるバニーちゃんは持ち前の技術で戦えばいいけど、そうでない人の場合、銃というのは強力な武器だ。
「今まで戦いをしたことがないのなら、チュートリアルも大変だったのでは……?」
チュートリアル内では、個別に行う模擬戦があった。私は弱いながらも攻撃魔法のシュメッターリングがあったし、バニーちゃんもフィストアタックで戦っていたのは想像に容易い。でも、完全な一般人はあれでふるいにかけられて、落とされてしまうはずだ。
「ああ、それね。仕方がないから近くに落ちてた小石を拾って投げたら、いい感じに急所に当たったみたいでさぁ、やっぱりおれ、射撃の才能あるのかなー、とか思って」
「射撃というよりは投擲、投射ですけどね……でも、そんな方法で突破されるとは」
そういう応用力も含め、トリックスターへの参加資格を計る場なのかもしれない。
「おっと、もんきーが動くみたいだ!……もしかして、見つけたのかな?」
慌てて私たちも物陰に身を潜めながら近づく。すると……。
「あれは、青ペンギンの夫婦……?」
たくさんのもんきーが、二匹の青ペンギンを取り囲んでいる。そして、どうやらメスらしい一匹は動かず、もう一匹がもんきーに応戦しているみたいだ。もっとも、既に彼はボロボロで、今にも倒されてしまいそうに見える。
「……モンスター同士が戦ったりするんだ。青ペンギンのタマゴでも狙ってるのか?」
「みたいですね……ボロボロなのはオスでしょう。メスの下に孵化する前のタマゴがあるようです」
「狙っていたのはブルーペンギンじゃなく、青ペンギンのタマゴだったなんて、こりゃ肩透かしもいいトコだなぁ……」
「ですが、モンスター同士の戦いとはいえ、見殺しにするというのも……」
「目覚めが悪い、かな。仕方がない、射撃訓練のつもりでやってみるか……!」
ライオン君が銃口をもんきーに向けるのと同時に、私もマジックアローの詠唱に入ろうとする……と、その視界を少女の体が塞いだ。
「弱い者いじめは!許さないん、だからっ……!ハードアターック!!」
「バニーちゃん!?」
私たちが状況を把握している間に、バニーちゃんは既に駆け出していて、既に何匹ものもんきーを倒してしまっていた。そして、得意のハードアタックでリーダーらしい一匹も殴り倒す。
「ったく、無茶するよ……!ほらっ……!」
ライオン君の放った銃弾が、もんきーの一匹を撃ち抜く。私も改めてアローを放ち、一匹倒した。
一団が半壊すると、後はもう散り散りになって逃げていってしまい、後にはボロボロの青ペンギンと、メスペンギンが残された。
「…………シープちゃん、リカバリーって使ってあげられる?」
「理論上は可能だと思いますが……ただ、この調子では、もう……」
リカバリーの原理は、新陳代謝の活性化。そのためには、ある程度の生命力が必要になる。つまり、死者や、瀕死の相手には意味がない。だから、きっと……。
「リカバリー!」
青ペンギンの傷は、治る気配も見せなかった。もう彼には、新陳代謝をする余力も残されていない。……いや、もしかすると私のリカバリーが、その寿命を更に削り取ってしまったのかもしれない。
「………………ダメ、かぁ」
バニーちゃんは笑顔で言った。……悲しい笑顔で。
「こういうことも、あるよな……トリックスターはゲームでも、ここにいるモンスターも生きているんだ。生きていたら、死ぬ……おれたちが倒さなくても、他の理由で」
ライオン君は悲しい顔で言った。……今まで、周囲の人を笑顔にしてきたバニーちゃんの笑顔でも、バニーちゃん自身が心で泣いていたら……効果はないんだと知った。
まもなく、青ペンギンは消滅してしまった。それから、残されたメスペンギンの足元から。
「……赤ちゃん?」
小さな、青ペンギンをそのままミニチュア化したような、新しいペンギンが現れた。
「ブルーペンギンだ……!そうか、ブルーペンギンは青ペンギンの雛だったのか!青ペンギンを倒すとたまにブルーペンギンが手に入るっていうのは、子持ちの親を倒していたからだったんだ。そうか、なるほど……!」
「…………お父さんが守ってくれたから、この子は生まれることができたんだよね」
「……そうですね。それから、バニーちゃんが一目散に駆けつけて、もんきーを倒してくれたからです。私たちだけでは、タマゴを守り抜けなかったかもしれません」
バニーちゃんは、小さなペンギンの前に膝をついて……震えていた。
「ピィ!」
「………………?」
そんな彼女に向けて、母ペンギンが高い鳴き声で話しかけた……気がした。
「ピィ、ピィイイイ!!」
「え、え、なに……?」
「……ライオン君、わかります?」
「さ、さあ……でも、これは推測だけどさ……。ありがとう、って言ってるんじゃないかな。バニーちゃんに」
私も同意見だった。
「わたしは大したこと、してないよ……結局、お父さんは助けられなかったし」
「ピピィ!」
「えっ……?」
それから、小さな……ブルーペンギンもとことことバニーちゃんの方に近寄ってくる。生まれたてでも、しっかりと立って歩く能力はあるらしい。
「ピーィ!ピーィイイ!!」
母ペンギンも何か言っている。それは切なげだけど、でも温かさもある声で。
我が子を送り出す母親の言葉のように……聞こえた。
「バニーちゃんと一緒に行きたい、って言ってるんじゃないの?母親もたぶん、見送ってる」
「そ、そうなの……?それで、いいの……?」
「ピィ!」
ぴょん、とブルーペンギンは飛び跳ね……消えてしまった。
「ええっ!?」
「ペットは呼び出していない時は、カードになるんだってさ。で、一緒に戦いたい時はそのカードから召喚するんだ。まっ、ブルーペンギンは結構使いこなすのに経験がいるペットらしいから、バニーちゃんはまだまだ使えないだろうけどなー」
「そ、そうなんだ……。あっ、このカード。この中に、あの子がいるんだ……」
バニーちゃんは、カードに描かれたブルーペンギンを愛おしそうに見つめていた。
「ちぇっ、おれが手に入れるつもりのブルーペンギンだったのに」
「残念でしたね、ライオン君」
「まっ、いいさ。おれはエンジニアだけど、血も涙もない冷血漢のつもりはないからね。……じゃっ、おれはそろそろ行くよ。自分に合ってるペットを見つけないとね!」
「はい、さようなら。……また会いましょうね」
「ああ、バニーちゃんも、それじゃ!!」
「あっ、うん、バイバーイ!!」
ライオン君は慌ただしく去っていく。
……カバリア島での冒険には、こういうこともあるんだ。そう思った一日だった。
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