【アルスト】今日から貴方が、私のパートナー(Vol.1) |
──私はまた、あの夢を見た。
炎に焼かれる村。
逃げ惑う人々。
泣きじゃくる子供の私は炎から逃げていく。
けれど、村を出る前に私は炎の波に飲まれてしまった。
嫌だ……!
怖くて叫んだら誰かの腕が伸びて、私を抱き上げた。
見上げると、微笑む優しい顔があった。
柔らかくて温かい月の光に透ける、銀色の髪の男の人だ。
あの人は──誰なの?
──バァン!
お盆で叩かれ、エリンは夢から現実の世界へ引き戻された。
「もう、エリンさん! いつまで寝てるの!?」お盆を片手に、酒場の女主人のルネッタはカンカンに怒っている。
「ありゃ……ごめんね?」
「謝るんだったら、早くお店を開ける準備を手伝って!」
「は、はい!」
エリンは酒場のベンチから飛び起きて、モップを取り出して、床掃除をたった3拍子で終わらせた。
「終わったよん☆」
「相変わらず、早いのね……」
「他になんかある?」
「次かぁ。それじゃあ……」
「すまない、ちょっと良いか?」
ルネッタがエリンに指示をしようとすると、男の冒険者が酒場に入ってきた。
「魔物を退治の依頼を承諾したんだが、その前に──この酒場にいる、エリンと言う剣士に手合わせを願いたい」
「準備運動ってことー? 良いわよ!」
エリンが男の冒険者に声を掛けると、二人は酒場の外へ出た。
「じゃあ、行くわよ☆」
「手柔らかに頼む」
剣を抜き、エリンが先手を取る。
男の冒険者は構えて、エリンの斬撃を受け止める。
交わる剣から火花が舞った。
エリンが剣を降ろして振り上げると、斬撃を防げたものの、男の冒険者は剣に気をとられ、顔を見上げる。
視線を奪った隙に、エリンは片手で彼の腕を打った。
ガツンと鈍い音が鳴って、男の冒険者は一歩引いた。
「っ……なかなかやるじゃないか」
「ふふん、とーぜんよ☆」
「なぁ、あんた。冒険者じゃないのか?」
剣を鞘に収めながら、男の冒険者は言う。
「ううん。でも、なるつもりは無いかなぁ。この暮らしの方が"まだ"私にあってると思うし?」
「……そうか? 冒険者になるのも、悪くないぞ」
これは報酬だと、男の冒険者はエリンに小さい袋を差し出す。
「まぁ。お金ならいいのに」
「礼だ、受け取ってくれ」
「ふふっ……じゃあ、遠慮なく貰っちゃお?」
また、よろしく頼む。男の冒険者は手を振り、去っていった。
「ただいま! ねえ、ルネッタちゃん。私ね、冒険者にならないかって、聞かれちゃった〜」
「いいんじゃない?」
「でもさぁ……」
エリンが上を見上げる。笑ってはいるが、どこか遠くを見る目をしている。
「私、普通じゃないから。ここで生きるのが、精一杯だもの……」
なんてね!と言い、エリンはルネッタに笑顔を見せた。
星が降り注ぐ夜。
酒場には、民間人と冒険者達が混ざった酒の席に、会話の花を咲かせて、和気あいあいとした空気で溢れている。
──だが、今日の酒場は『例外』があった。
一人の男が悪酔いして、罵声を上げていたのだ。
「おい、お前!俺のクロケットが落ちて食えねえ。
目が合ったついでだ。代わりに店の者呼べや」
「え?でも……」と小さく呟いて、民間人の男は、口をモゴモゴする。
「あぁん?俺様の頼みだろうが!」
「は、はい!すみません、ルネッタさーん!」
ルネッタは明るい返事をして、お盆を抱えながら、駆け寄った。
「ご注文ですか?」
「あ、わ、私では無くて……その、あちらの席の人が」
「かしこまりました!」注文を伺いに、例の男のテーブルに向かう。
刃の様な鋭い眼光が放たれた。
「おねーちゃん。何してるんだよ?」
「お客様のご注文を……」
「はあ!? 注文じゃねぇよ!詫びを寄越せ! 俺が落としやすい様に細工したクロケットを渡しやがって!」
「ええぇっ!?」
理不尽なクレームに、ルネッタは目を丸くする。
その陰から、酒場の他の客達が、小声で会話をし始めた。
「なぁ、アイツ……昼間、誰かと喧嘩をしてたよな? その腹いせでやってんのかね」冒険者の男が隣席の同業者の女に話を振るう。
「その喧嘩の相手は、あたしの知り合いだね。
話を聞いたら、アイツが何でも屋を名乗っているから
別の国にて買い出しを頼んでお金を預けさせたんだけど、勝手に使われちゃったらしいの」
「気の毒に」
「悪意を感じなかったから、そんな事するはず無いって信じちゃってたそうなのよ」
「このご時世、金を稼ぐのは困難だが、人の金を盗むなんざ、やるもんじゃないよな」冒険者の男が酒を一口飲むと、ため息をついた。
「まったくだよ」と女は、おつまみを一つパクついた。
「ですが、お客様。当店ではその様な意図があって、料理をお作りしておりません……!」ルネッタは恐怖を押さえながらも、男を宥めている。
「知るか!ガキでも酒場の主人だろ!? お客様に逆らうな!!」
泥酔の男はルネッタの足元に酒瓶を投げつけると、瓶は割れて、破片がルネッタの腕を切りつけた。
ルネッタは悲鳴を上げることすらできず、ただ震えているだけだった。
酒場の客達は見てみぬふりで、誰も彼を止めようとはしない。
いつもならエリンが仲裁に入るのだが……生憎、調味料の買い出しをしに出掛けている。
男は硬直するルネッタを見る。
「まだ突っ立ってんのかよ! 早くしろ!!」
短剣を抜き、ルネッタを目掛けて刺そうとしたその時。
男の体は宙を舞い、テーブルの上に叩き落とされた。
「こんなに怖がってるでしょ? やめてあげなさいよ☆」
いつの間にか帰っていたエリンが、手をはたいて、ニコニコ笑っている。
彼女を見た者達は、男を投げた感心な眼差しや、罰が悪そうな青ざめた顔が浮かんでいた。
そんな反応を気にせず、エリンはルネッタの肩に手を掛けた。
「ルネッタちゃん、怖かったね〜。このエリンがいれば もう安心よ?」
「うん……!」
エリンは、ルネッタの頭をそっと撫でると、彼女が負った傷を見ると、目の色が変わった。
男が起き上がり、殺意を込めた目でエリンを睨む。
「このアマ!何しやがる!?」
「やーねぇ、注意しただけでしょ? いい大人が、か弱い乙女に怪我を負わせただけじゃなく、武器を向けるなんてね!」
エリンは指をボキボキ鳴らす。
「クズめ、さっさと消えな!」
男とエリンの、戦闘が始まった。
──数十分後。
「なあ、あの女……いくらなんでもやりすぎだろ」
「ああ。あれはどう見ても普通じゃない」
一方的に男がやられてしまったのを人目でわかるほど、エリンは無傷で、男はたんこぶとアザだらけの顔になって、鼻血を流しながら倒れていた。
うふふと笑いながら、エリンは「ごめんね?でも、悪いのは貴方だから!」と言って男を踏みつけた。
「待て」酒場に別の男の声が響いた。
エリンが顔を向けると、その男はアンドルと言う連邦の兵士だった。
酒場にいた平民の客が、彼を読んだのだ。
「お前には、この状況を話して貰うぞ」
「はあ……。わかりました」
さすがに、説教を食らうわよね?と思いながら、アンドルに連行されて酒場を後にした。
エリンはアンドルに事の一部始終を、酒場の客達と話した。
男は投獄されるが、エリンは酒場を荒らした罰として、働いた分で賠償金を支払う事になった。(要はタダ働き)
当時の客達に騒ぎを大きくしてしまったことで謝罪をした、次の日の朝。エリンは荒れた酒場の修復に入っている。
「ホントに迷惑を掛けてごめんね。ルネッタちゃん……」
「迷惑だなんて、そんな。貴女は私を守ってくれたんじゃない」
ルネッタの胸の前で組んでいる手を見た。絆創膏だらけの手は、昨日の男から受けた傷だ。
その手を見つめると、エリンは次第に眉を曇らせる。
「私……普通じゃないよね」
「どうして、謝るの?」ルネッタは首をかしげる。
「私、昔から人の血が怖くて。アイツがルネッタちゃんにあんなことした時みたいに、許せなくて……消えてしまえばいいって思って……」
「それぐらい、よくあることだよ?」
エリンは首を横に振る。
「でも、皆が感じるものと私の感じるものは、違うのよ……」
酒場のドアが開かれると、長い銀髪の青年が入ってきた。
「うわっ!どうしてこんなに荒れてるんですか……!?」
銀髪の冒険者・アガサは、眼鏡の下の目を丸くした。
「昨日、お客さんとちょっとした出来事があって」気持ちが安定していないエリンの代わりに、ルネッタが答えた。
「ちょっとって、ところじゃないですよ! 僕も手伝います」
「ううん。お客様にそんなことはできないわ」
ルネッタの言葉に、アガサは首を横に振った。
「構いません。困ってる人がいたら、助けるべき。それが冒険者の務めですから!」
「ふふっ。エリンさんみたいな人だね!」
アガサはきょとんとした。「エリンさん?」
エリンを見たアガサは、一瞬瞳を揺らがせるが、すぐに目付きを戻した。
「……何よ?」
「あ、いえ。えっと……エリンさん、すごく綺麗な人ですね!」
「は?なんのつもりよ」強く出るエリンに、アガサは慌てて両手を振る。
「なんでもないです!すみません!!」
「……変な人」エリンはアガサをほっといて、掃除を続けた。
苦い顔をするアガサに、ルネッタが声を掛けた。「ごめんね。エリンさんは昨日、暴れてたお客さんを取り押さえたの」
「へぇ。凄いですね!」
「でも、まだ気持ちが落ち着かないみたいだから、そっとしておいてあげてね」
アガサはちらりとエリンを見て「彼女も冒険者なんですか?」手を口にそって、ルネッタに聞いた。
「ううん。でも、とても強い剣士で、冒険者さんの手合わせしたり、魔物を倒したお金で、食べているんだって」
「冒険者にはならないんでしょうか……」
「気になるの?エリンさんが」
アガサは頬を染めて、視線を反らしながら、小さく頷いた。
「あ、でも、気になると言っても……変な意味ではないですよ?」前髪を弄って、言葉を続けるアガサ。
「恥ずかしい話ですが、一人での冒険は心細くて……でも、エリンさんのような人がいればなぁと思って」
「勧誘してみたら?」
「でも、さっきのことがあって……気まずいですよ(自分からやらかしたのだけど)」
酒場のドアが開くと、ルネッタはとっさに反応して「あっ。いらっしゃいませ!」と笑顔で声掛けをするも、表情が凍りついた。
昨日の男が、脱獄をしたのだ。
説明 | ||
アルケミアストーリー。 強気女子な冒険者と内気男子なYOME(パートナー)。 二人が初めて出会ったお話。 初めての小説ですが、よろしくお願いします! 楽しめたら、嬉しいです。 |
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