デビルサバイバー〜死ぬはずだった男の生きる道〜
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代わり映えの無い日々。

いつものように朝起きて、飯を食って、やることなくて暇つぶしにテレビ見たりゲームをしたり……。

きっと、今日もいつもと変わらず過ぎていくのだろう。

……そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん? ……いっつぅ!」

 

部屋でピコピコとゲームをしていた所、突如襲ってくる頭痛に顔を顰める。

またかと、そう内心辟易しながら痛みが過ぎるのを待つ。

これとはもう小さいころからの付き合いで、少しすれば落ち着いてくるのも知っている。

頭痛とはいっても鈍痛というか、そこまで酷い痛みでなく耐えられる程度なのがせめてもの救いだった。

 

「……ん……はぁ、おさまったか」

 

時間にして1分程度だろうか、痛みが少しずつ引いていく。

頻度としてはそう多くないのだが、時々思い出したころにこうして痛み出すのだ。

子供の頃、いくつかの病院で見てもらってはいるのだが、そのどれも特に脳に異常はないという診断に違いはなかった。

 

「にしても、最近は多くなってねぇかこれ?」

 

以前は月に1度くらいの頻度だったのだが、最近では週に1度くらいに増えていて、今日なんて午前中に1度起こったというのにまただ。

しかも頭痛が起きた後には、よくわからないビジョンのようなものが浮かんでくる。

それは一人の男の生活風景だった。

自分と同じように学生生活を送り、普通に就職して、休日には趣味のゲームに勤しんでいる。

そんなのが小さいころから頭痛が起こるたびに浮かんできて、まるでその男の一生を追体験しているかのようだ。

どうせ見るなら、可愛い女の子の日常生活を拝みたいものだけど。

もしかすると、将来そんな生活をしたいと密かに憧れた俺の妄想が現れているのだろうか。

 

「……ほんとなんだろーな、これ」

 

いくら考えても答えなんて出るわけもなく、若干イライラしてきて無造作に頭を掻きながらゲームを続ける。

 

『かつて、バベルの塔の建設を阻んだ神の試練が、今! 再び訪れようとしているのです!』

 

「あん?」

 

付けっぱなしだったテレビから流れてくる声に、手元のCOMP(コミュニケーションプレイヤー:コンプ)から視線を外して目を向ける。

そこでは最近幅を利かせているらしい宗教団体、翔門会(しょうもんかい)の話題が取り上げられていた。

どうやら新宿の歩道を占拠して、大々的に演説を披露しているらしい。

 

「またこいつらか、いってぇ集団だなぁ。てか、新宿の警察、マジで仕事しろよ」

 

『今夜から三日間、ネットの力を信じ、同じ志を持つ人々が東京に集います。心ある方はぜひ参加してください!』

 

宗教など信じていない俺は、聞こえてくる演説がアホらしくなってテレビの電源を落とす。

 

「なーにが、神の試練だよ。てか、ネットの力って、オタクでも釣ろうとしてんのか? まぁ、確かにあぁいう奴等って、よく金を落としそうだけど……って、あ」

 

資金集めに余念がないことだと呆れながら、再びCOMPに目を向けるとゲームオーバーの画面になっていた。

ちょっと目を向けていた隙に負けてしまったらしい。

 

「……あー、つまんねー」

 

ゲームに飽きてCOMPをその辺に放り投げる。

……なんか今、ガチャッっとヤバ気な音がしたけど……まぁ、どうせ隣に住んでる変な男から貰ったものだし別にいいか。

腹が立つほどのイケメンで、しかしどことなく気味の悪い奴が隣に住んでいる。

少し前に友達もみんな持ってるし、俺もCOMPを買おうかと思っていた矢先の事。

その男が唐突に現れて、おもむろに俺に渡してきたのだ。

 

『欲しかったのだろう? この先必要になる、持っていて損はないぞ』

 

などと言って。

このアパートに住んでから特に交友関係なんてないのに、まるで俺の考えを読んで先回りでもされたように思えて不気味だったけど、ただで手に入るならと貰うことにした。

意外と使い易かったから少しもったいないけど、まぁ、壊れたら今度こそ正規品を買えばいいだけだ。

 

「……15時50分……まだ、そんな時間なんか」

 

何の気なしに時計を確認する。

別に腹も減ってないし、特にやりたいこともなく、なんだか手持ち無沙汰になってしまった。

少し前に夏休みに突入するも、出された宿題にはまだ手を付けずにゴロゴロと一日を無為に過ごしている今日この頃。

どうせいつも休みの最後の週に追い込みで片付けるのだから、今はめいいっぱい遊ぶに限る。

高校2年の夏休みなんて1度しかないのだ、遊ばなけりゃ損というものだ。

……とはいっても、何もやることはないのだけど。

 

学校の友達は皆実家に帰ったり、他の友達との予定があったりで生憎と暇を持て余している。

夏休み前に実家の母さんが帰ってこないかと連絡をしてきたのだが、少し距離があって面倒臭いからと断ったのが今では悔やまれる。

田舎で何もない所だけど、一人で暇な時間を過ごすよりは、まだ気は紛れたかもしれない。

 

「……なんか面白いこと、起こんねーかなぁ」

 

そんなこと起こるはずがないとはわかっていても、あまりの暇さについ口に出してしまう。

 

 

 

 

その時。

 

 

 

 

―――ジジッ

 

 

 

 

「あ?」

 

何か小さく電子音が聞こえたような気がした。

それと同時に、薄らと影が差す。

一体なんだと振り返ってみると……。

 

「……は?」

 

さっきまで俺以外誰もいなかったはずの部屋に、突然誰かが現れた。

それは2mを容易く超えるくらい大きく、鬼のように怖い形相で、その手には大きな鉈の様なものを持っている。

 

「……だ、だれ? ……いや、なんだ、こいつ……?」

 

あまりにも唐突に現れたそれに、俺は呆気にとられてしまった。

しかしそいつは、そんな俺を一瞥するとニィッと口角を上げて、肉食獣を思わせる鋭い牙を見せる。

 

「ニンゲン……喚(よ)ンダナ……?」

 

「は? よ、よぶ? な、なに言って……」

 

そいつは混乱する俺をよそに、ユラァッとゆっくりとした動作でその手に持った大鉈を振り上げた。

 

「っ」

 

その時、あからさまに嫌な予感がして何とか逃げようとするけど、俺の体はこのあまりにも現実離れした現状に恐怖し、うまく動いてくれなかった。

それでも少しでも動いてくれたのは、きっと幸運だったのだろう。

 

 

 

―――ガッ

 

 

 

「……ぁ?」

 

左肩に走った鈍痛。

見るとそこは傷がついていて、血が滲み、服を赤く染めていた。

 

「ぅ、ぎゃあぁぁぁああ!!?!?」

 

そして遅れてやって来た激痛に、俺は傷口を押さえてただ叫ぶしかなかった。

 

「……腕、斬レナカッタ」

 

痛みや恐怖で恐慌状態に陥る俺をこいつは、この化物は不思議そうに眺めていた。

 

「あ、あぁっ……ぅ、うあぁあ!」

 

「オ?」

 

俺はボーっと眺める化物から逃げるように近くの部屋に転がり込み、すぐさまドアを閉めて鍵を掛けた。

とはいえ部屋に逃げ込んだといっても、安心なんて全くできない。

元々アパート内にあるドアなんて仕切り程度のものでしかなく、そんな頑丈にできているわけでもない。

あんな力の強そうなやつなら、こんなドアなんて簡単に壊してしまうだろう。

 

「は、はぁ、はぁ……っ……グゥ……っ!」

 

いつの間にか過呼吸になっていたらしく、息が苦しい

それだけでなく、さっきから頭が痛い。

こんな時だというのに、また頭痛が始まってしまったようだ。

しかもこれは、いつものとは比較にならない。

頭の血管がはち切れてしまうのではないかというくらい、ズキズキと激しい痛みが襲ってくる。

 

「い、っつぅ〜〜っ!」

 

余りもの痛さに膝を付き、頭に手を当てる。

あんな大鉈で斬りかかられた肩の方よりも、むしろこっちの方が痛いと思えるほどに痛みが増していた。

 

「なん、だってんだよ、こんな時に……!」

 

また、いつものようにビジョンが頭の中に流れてくる。

いつもなら頭痛の傍ら、今度はどんなのが見れるんだろうと少しは楽しめる余裕があるのだが、流石にこんな命の危機的状況でそんな余裕はない。

 

―――ガッ!

 

「っ!?」

 

締められたドアに、何かを叩きつけるような大きな音が聞こえてきた。

見るとドアの表面が大きく抉れ、亀裂が生まれていた。

その亀裂の隙間から、ギョロッとした目玉が覗き込んでくる。

 

「ニンゲン、見ツケタ」

 

「ひっ!」

 

「カクレンボハ、オ終イ」

 

―――ガガッ!

 

再度ドアが叩きつけられる。

すると俺と化物を隔てていたドアは、あっけなくバラバラに砕けてしまった。

 

「あ、あぁ」

 

バラバラに砕けた破片を踏みながら、化物は部屋の中に入ってきた。

俺はへたり込んだまま、少しでも逃げようと後ろに下がる。

が、それもすぐに終わってしまった。

そもそもそんなに広くもないこの部屋、少し後ずさればすぐに壁にぶつかってしまうのも当然だろう。

 

(俺はどうなっちまうんだ……あの鉈に切り刻まれて、殺されるのかよ)

 

もしかしたらそのまま食われるのかもしれない。

あの鋭い肉食獣の様な牙をみて、そんな最悪な想像が浮かんでくる。

 

(死ぬ……死ぬのか? 俺、こんなところで……あんな“オーガ”なんていう、低レベルの悪魔にやられて……?)

 

「……オーガ?」

 

ふと頭に浮かんできた単語に、思考が一度止まる。

気が付けば、さっきまでの頭痛も不思議と無くなっていた。

しかし反対に頭の中に浮かんでくる情報に、恐怖とは別の意味で体が震える。

 

「コレデ、オワリ」

 

目の前まで来たオーガは、さっきと同じくゆっくりと大鉈を振り上げた。

その様を見ながら、震えながらも口が動く。

 

「……デビル、サバイバー」

 

口から出てきたのは、俺が“前世”でプレイしていたゲームの名前だった。

 

『COMP』

 

『翔門会』

 

『バベルの塔』

 

『神の試練』

 

これらのことに違和感を持ち、もう少し早く前世の事に気付いていれば、また状況は違っていたのだろうか。

いや、所詮は過ぎたこと。

「たら」「れば」なんて、いくら考えても仕方のないことだ。

そんなことよりも今は……

 

「うっ、おぉぉぉ!」

 

目前に迫った死神の鎌ならぬ、オーガの大鉈を必死の思いで躱すのが先決だった。

俺は叫び声を上げながらも、咄嗟に大股に広げていたオーガの股の下に飛び込むような形で鉈を躱す。

背後から大きな破砕音が聞こえてくるが、俺の意識はしっかりしている。

まだ、俺は生きている。

 

「……シブトイナ、ニンゲン」

 

オーガの声を背に受けつつ、俺は起き上がって駆け出す。

あいつとは違って、こちとら悠長に話している暇なんてないのだ。

 

「っ!? うぁっ!」

 

……が、かなり切羽詰っていたせいもあるのだろう。

廊下にでて咄嗟に外へ逃げようとしたところ、床に引いていたマットに足を滑らせてバランスを崩してしまい、そのまま向かいの部屋に倒れ込んだ。

その勢いのまま転がり、壁に背中をぶつけてしまう。

 

「い、ってぇ!」

 

痛みを堪えながら周りを見ると、ここは部屋などではなく、流し台のあるただの小さなスペースだった。

 

「っ」

 

ハッと横を見ると壁だと思っていたそこ、流し台の下の戸棚が開いていた。

ぶつかった拍子に開いてしまったのだろう。

その戸の内側に仕舞ってあった包丁が目に映る。

俺は咄嗟にそれを手に取り、オーガに向けて威嚇する。

 

「……あ」

 

その時、俺は今のこの状況にピンと来るものがあった。

それはさっき思い出した前世の記憶の中にあったもの。

一つは未来の出来事を知らせるメール、最初のラプラスメールの内容について。

 

『16時頃 渋谷区青山アパートにて 男性が死亡 肉食獣に食い荒らされたような傷』

 

そしてもう一つ、決定的なのはコミック版で見た一巻の冒頭部分にあった場面。

一人の男が今の俺と同じような状況でオーガに襲われ、流し場に転がり込み、そして包丁を手に取るところ。

 

「……俺が、ラプラスメールに書かれてた、最初の犠牲者かよ!?」

 

手に持った包丁が震える。

こんな安物の包丁、オーガには効かないことを知っているから。

 

「……っ!」

 

それでも奥歯をグッと噛み締めて、なんとか恐怖を押し殺す。

俺にCOMPを渡したあの怪しい男がナオヤだとしたら、そのCOMPは間違いなく改造されているはず。

いきなり部屋にオーガが現れたこともそうだが、これでただのCOMPだったなんてことはないだろう。

だとしたら俺のCOMPにも、ハーモナイザーが内蔵されているはずだ。

 

それでもコミック版で男の包丁が刺さらなかったことを考えると、ハーモナイザーの効果範囲外だったか、もしくは包丁が安物過ぎただけか。

少なくとも今現在、身体能力が向上しているようなハーモナイザーの恩恵は感じられない。

 

(……嫌だ、死にたくない、こんなところで死にたくない!)

 

思い出すのはコミック版に出てきた犠牲になった男が、惨たらしく食い荒らされた場面。

その顔は苦痛と絶望に染まっていた。

 

(考えろ、考えるんだ! ここで死なないためには、生きるためにはあいつに勝つしかないんだ!)

 

恐怖と焦りから思考を放棄してしまいそうになるが、何も考えなければあの通りに死んでしまうだけだと、必死に考えを巡らせる。

 

(COMPのある部屋に行くには、オーガの近くを通らないと)

 

幸いといってもいいのか、オーガの歩みは予想以上にゆっくりだ。

何やらこちらの様子をうかがっているようにも見える。

俺が怯えるのを見て楽しんでいるのか、はたまた弱い人間がどのようにして戦うのか見てみたいのか。

 

(俺が最初の犠牲者ってことは、今日はまだ1日目のはず。だったら敵のレベルだってまだ低い。

弱点だ、弱点を付けば俺だってなんとか……オーガの弱点? ……あれ、何だっけ!?)

 

ゲームをやっていた時は自動でアナライズされて相手の情報が開示されるから、重要なボス戦以外の悪魔一体一体の弱点なんてそこまで覚えてない。

今更になってCOMPを手放していたことが悔やまれる。

記憶を思い出すのがもっと早ければ、COMPを肌身離さず持っていたというのに。

 

(……そう言えば、序盤の悪魔って結構火属性が効く奴が多くなかったっけ?)

 

もちろん耐性を持っている奴もいるけど、確かゲームの最初の方では、よく火属性の魔法を仲間にセットしていたのを思い出した。

 

(だったら!)

 

うまく行くかどうかはわからないが、いつまでも黙っていたらオーガに殺されるだけ。

俺は急いで行動に移す。

 

「マダ足掻ク。ニンゲン、次ハ何ヲスルンダ?」

 

面白そうに含み笑いをしながら言うオーガを無視して、上の棚を漁り目的のものを探す。

 

「くそ、何処だ!? 確か少し前に使ったはずなのに! ……あ、あった!」

 

ガサガサと中を漁ってようやく奥の方で見つけたのは、パソコンなどの細かいところを掃除する時に使うエアスプレー。

6本入りを安売りで買ったはいいが、ずいぶん前に一回使っただけで掃除するのが面倒になり、残りは戸棚の奥に仕舞っておいたのだ。

そしてキッチンペーパーのロール。

 

「ソレデ、ドウスルンダ?」

 

「こうするんだよ!」

 

コンロに火をつけて、ロールに火を灯す。

すると流石は紙、あっさり火が付き少しずつ全体に広がっていき、ちょっとした火の玉が出来あがっていく。

火の勢いが増していくのを、オーガに見せつけるように構える。

 

「……ソンナ小サナ火ノ玉デ、オレヲ倒セルト思ッテルノカ?」

 

それ見て呆れたような、期待外れそうな顔をするオーガ。

もちろんこんなのを投げつけた程度で、この巨体をどうこう出来るとは思っていない。

完全に油断しきっているオーガに目掛けて、俺はその火の玉を放る。

ゆっくりと宙を舞い、煤が散り、火が揺らめくそれを見て、オーガは軽く手を上げるだけだった。

その程度、簡単に払えるとでも言うように。

 

「……窮鼠猫を噛むってこと、身をもって知りやがれ」

 

「オォ?」

 

オーガの目の前に火の玉が近づき、一瞬俺の姿を隠す。

その瞬間を狙い、俺は少しでも勢いを増すためにあえて近づき、スプレーを相手に向けて押した。

ただのキッチンペーパーで出来た火の玉なら、あいつの思う通り簡単に払えただろう。

だけどスプレーで勢いを上げた火は、火の玉からちょっとした火炎放射のように姿を変える。

 

「ッ!? グァァア!?」

 

「どうだ!? これが俺流のアギってやつだ!」

 

宙に浮いていた火の玉はあっさりと足元に落ちたが、顔面近くで火炎放射をもろに受けたオーガはその被害をバッチリ受けていた。

火はその無駄に伸びているボサボサの長い髪に燃え移り、オーガは必死に消そうともがいている。

その火を検知したのか、火災警報器が煩いくらいに鳴る。

 

(今だ!)

 

俺はもがくオーガの横を通りぬけて、流し場から脱出した。

その去り際

 

「もういっちょ、オマケ!」

 

まだ燃える髪に、追撃のガス放出。

若干消えかけていた火が、さらに炎上する。

もがきながら狭い流し場で暴れ回るオーガを横目に、さっきまでいたリビングに辿りついた。

 

「あ、あった!」

 

逃げる時にぶつかったのか、部屋の隅の方に転がっていたCOMPを見つけて手に取る。

その時、バチッと静電気のようなものが走り、急に体が軽くなる様な感覚がした。

 

「……これが、ハーモナイザーの効果」

 

手をグッと何度も握り、効果の程を実感する。

まだオーガは怖いが、それでもこれでようやくまともに戦えるのだ。

 

―――ドンッ! ドンッ!

 

『グォォオ!』

 

「っ!? な、なんだ?」

 

その時、流し場の方から何度か小さな爆発音が聞こえた。

何も罠なんて仕掛けていなかった俺は何があったのか慌てるが、爆発の数から一つ予想ができた。

 

「あいつが暴れ回ったせいで、他のスプレー缶が破裂して引火したのか?」

 

そう言えば他の缶は、流し台の上に放置したままだったのを思い出した。

あれだけ暴れてれば、そりゃ缶程度簡単に割れるだろう。

そう考えていると、爆発の衝撃かオーガが暴れた拍子か、足元にさっき作った火の玉がコロコロ転がってきた。

すでに大よそ燃えているらしく、だいぶ形が崩れている。

持てるところもないし、これではさっきみたいな攻撃は出来ないだろう。

 

「……いや、もしかしたら使えるか?」

 

燃え続ける火の玉を見ているうち、ふと一つ考えが浮かんだ。

本当に使えるのかはわからないが、時間もない。

オーガもあのくらいでは死なないだろうし、そう時間もかからず再びやってくるだろう。

今なら逃げることもできるかもしれないけど、ここで逃げても多分俺を追ってくると思う。

確か召喚した本人を倒さなければ、悪魔たちはこの人間界で自由に行動ができないという話しだったはずだ。

 

「……倒すんだ。今、ここであいつを!」

 

そのための準備に取り掛かる。

 

 

 

 

 

「フゥー、フゥー! ……ニンゲン、ヨクモヤッテクレタナ!」

 

その数分後。

ようやく火が消えたのか、髪がボロボロで体のあちこちに小さな傷が出来ているオーガが俺の前に姿を現した。

その顔にさっきまでの余裕はなく、鬼のような恐ろしい形相に更に怒りを含ませて俺を睨んできている。

 

「殺ス! ニンゲン、キサマハ、バラバラ二斬リ裂イテ殺ス! 殺シテ、骨モ残サズ喰ッテヤル!」

 

「ふっざけんな! 喰われてたまるか!」

 

強がってはいるが、早く済ませないとまずいと内心焦る。

肩の止血もしないといけないし、先程までの疲労もある。

なにより早くしないと……“焼け死んで”しまう。

 

「はぁ……はぁ……ッ!」

 

「チッ、熱イナ!」

 

息苦しく酸素を求めて呼吸をする俺と、忌々しそうに周囲の“燃える様”を見るオーガ。

そう、“燃える様”だ。

俺達のいるリビングは今、炎に包まれているのだ。

 

「無茶スル! 焼ケ死ヌツモリカ、ニンゲン!」

 

「無茶しないと勝てないくらい弱いからな、人間ってやつは! お前ら化物とは違うんだよ!」

 

言葉の応酬。

さっきCOMPで見た限りだと、知能は低いはずなのによく喋るオーガだ。

その間もジリジリと間合いを計り、オーガの一挙手一投足に気を配る。

ハーモナイザーで強化されていても、多分低レベルな俺ではオーガの大鉈はまともに受ければ致命傷になりかねない。

 

そんなことを考えている俺とは逆に、オーガの方は大鉈を振りかぶり、火の粉がその身に当たるのも構わず駆け出してきた。

とは言えそのスピードはそこまで早くはない。

オーガは力は強いものの、スピードは比較的遅い方なのだ。

……まぁ、元から狭い部屋だから、あっという間に目の前に来てしまうけど。

 

「シネェ!」

 

とにもかくにも、俺が気を付けるのはその一番の凶器である大鉈。

大鉈が俺に向かって振り下ろされる瞬間、俺は飛ぶように駆けてオーガの懐に入る。

 

「てめぇが死ね!」

 

「ソンナモノ!」

 

オーガの胸元目掛けて、体重を乗せて思い切り包丁を突き出した。

オーガにしてみればこんな包丁程度、爪楊枝のようにポキリと折れてしまうくらい脆いもの。

……そう思っていたはずだ。

 

「ッ、ガァ!?」

 

だけど、結果はこの通り。

包丁はオーガの胸元に、深々と突き刺さっていた。

ハーモナイザーによる強化は、俺が持つ武器にも及んでいる。

ただの武器のままなら今一効かないかもしれないが、ハーモナイザー付きならば普通にダメージを与えることが出来るのだ。

そして何よりも。

 

「ッ、ァ、熱ィィイイ!?」

 

こいつの弱点は火。

 

「火属性付与ってか!? 熱い包丁の味はどうよ!?」

 

オーガが来るまでの間、残りのスプレーでさっきの火の玉を使い、包丁の刃に火に当て続けたのだ。

そのおかげで今の包丁の刃は熱々である。

……まぁ、COMPで情報を見ながらの片手間作業のせいで、誤ってマットとかソファーとかにまで火が燃え移ってしまったけど。

鎮火なんてしている余裕などなく、そのままに放置してしまいこの様だ。

正直、火ではなく、火に当てて熱くした武器でも効くのかは賭けだったけど、どうやら俺は賭けに勝ったらしい。

 

(……いや、弱点だから効いているのか? 普通に弱点じゃなくてもキツイよな、これ?)

 

ハーモナイザーの効果なのか、火属性が付いた効果なのか、今一わからない。

そんなことを考えていると、痛みと熱さに怯んで下がるオーガ。

今がチャンスだ。

 

「うぉぉぉ!!!」

 

俺は包丁をぶっ刺したまま全力で体当たりし、柔道の大内刈りのように足を思いっきり払う。

こんな巨体を倒せれば上等、倒せなくても少しでもバランスを崩せればいいと思っての行動だった。

だが相手が怯んでいたおかげか、その巨体は大きく後ろに仰け反った。

そのまま仰向けに倒れるオーガに馬乗りになり、包丁を両手でもって力の限り振り下ろす。

 

「グ、グギャッ!」

 

流石はこの巨体といったところか、一度二度ではまだまだ死なないらしい。

ならば、なんどでも続けるだけ。

 

「コ、コノ! ニッ、ニンゲン、ガ! ッ、グゥッ!」

 

掴みかかろうと伸びてくる腕を避け、オーガの体を刺し続ける。

掴まれても痛みのせいか上手く力が入ってないらしく、俺は踏ん張ってその腕を振り払い、更にオーガの体を刺し続ける。

反撃の暇も与えない、このチャンスを逃したら次もあるかわからない。

 

「いい加減に、くたばりやがれこん畜生がぁあああああ!!!」

 

「ガァァァアァッ!!!」

 

だから俺は、ただ我武者羅に包丁を刺し続けた。

 

 

 

 

 

……どれだけ時間が経ったのかわからない。

ずいぶんと長いこと、包丁を振り続けていた気がする。

1分か、10分か……いや、もしかしたらまだ10秒も経っていないのかもしれない。

緊張、恐怖、疲労、色んなものがごちゃ混ぜになり、もはや時間の感覚があやふやになってしまっている。

だけど気が付けば、いつの間にかそこにいたオーガは消え、俺が最後に突き出した包丁は床に突き刺さって止まった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!!!」

 

力の限り降り続けていたせいか、周りの火の手のせいか息が苦しい。

オーガのいなくなった床に座りこみ、肩で大きく何度も息をする。

 

「ん、はぁっ……くっ、酸素が、足りねぇ」

 

俺は這いずるようにして窓の所にたどり着き、何とか開けて息を大きく吸う。

そのままベランダに仰向けに倒れ込み、何度も深呼吸を繰り返す。

 

「はぁ、はぁ……ゲホッ……はぁ……あぁ……」

 

何度も繰り返していくうちに、ようやく少しは落ち着くことが出来た。

煙を吸ったせいか少し頭がボーっとするが、とりあえず命に別状はないだろう。

 

「……はぁ」

 

空を見上げると、あぁ、なんと青いことか。

この広大な空を見ていると、今までの疲れが癒えていく気がしてくる。

 

「……」

 

そこで俺はゆっくりと起き上がり、いまだに燃え続ける部屋の中にある時計に目を向ける。

時間は16時10分。

 

『16時頃 渋谷区青山アパートにて 男性が死亡 肉食獣に食い荒らされたような傷』

 

「……は、はははっ! 生きてるっ! 俺、生きてるぞ!」

 

自然と笑いが込み上げてきて、そして次々と涙が溢れてきた。

俺は、死の運命を撃ち破ったのだ。

ここで歓喜の叫びを上げたい衝動に駆られるが、遠くから消防車のサイレンが聞こえてきて諦める。

さっきの火災警報機か、もしくは誰かが通報してくれたのだろう。

 

通常なら火事になったら消防が早く来てくれることを望むものだけど、この時ばかりはこのサイレンの音が忌々しく思えてしまう。

この部屋の惨状を考えると、まず間違いなく病院に連れていかれて検査、後に警察の事情聴取があるだろう。

警察から事情聴取されるよりも“始まる”ほうが早いとは思うけど、とにかく消防が来たら救助という名の拘束をされることは間違いない。

病院に行くとなれば最悪COMPも取り上げらえる可能性もあるし、これからのことを考えるとそれは避けたい。

 

「くっそぉ、休みたいのに休めない!」

 

文句を零しながらも、俺は重たい体を何とか起こす。

誰か来る前に、さっさとトンズラしなければならないのだ。

色々と持っていきたいものはあるけど、火の手のこともあるしあまり時間もない。

手早く荷物をまとめる。

 

「着替え、救急セット、飲料水、軽食、財布!」

 

ハーモナイザーのおかげで、火の熱さを多少は我慢できるのが救いだった。

以前旅行用に買った大き目のバッグを引っ張りだし、部屋中の必要なものを片っ端から入れていく。

急いでいるからゴチャゴチャだけど、後でちゃんと整えないとな。

 

「COMPの充電器は……ちっくしょう、なんで手動式買っとかなかったんだ俺は!?」

 

基本的に充電は自宅で済ませる俺は、コンセントタイプしか充電器を持っていなかった。

 

「ちっ、あとで電機街で探すしかないか」

 

今ならまだ店も開いてるだろうし、充電器も買えるはずだ。

その他にも、必要そうなのは今のうちに買っておいた方がいいだろう。

多分、今日の夜以降は買い物なんてできる状況じゃなくなってくるはずだし。

 

そして念のため、武器として今回使った包丁も忘れない。

多分そう遠くないうちに壊れるだろうけど、今は何でもいいから武器を持っていないと落ち着かないのだ。

素のままだと危ないから、簡単に雑誌で包み込んでバッグの奥の方に仕舞う。

 

最後にCOMPの充電を確認する。

さっきまでゲームをしていたし、ハーモナイザーも使って大分減っているはずだ。

 

「……オーガ」

 

画面を開くと、そこにはさっきまで戦っていたオーガが写っていた。

 

「……正直、命を狙ってきたことを考えると、思う所がないわけじゃないけど。でも、生き残るためだ。力を貸してもらうぞ、オーガ」

 

そう呟き、充電の残りを確認して、COMPをポケットに仕舞い込んだ。

 

―――ウーウーウー

 

サイレンの音が大分近い。

 

「もう来たか。さっさと逃げないとな」

 

悪いことをしたわけじゃないのに逃げるのは納得できないけど、今は仕方ない。

ここにいない俺を警察が探すかもしれないけど、どうせ明日には俺に構っている余裕なんて無くなっているんだ。

 

「まずはこの7日間を生き残ること、それを第一に考えていかないとな」

 

これから始まる7日間のサバイバルに思いを馳せながら、燃え続ける今まで世話になった部屋を後にした。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

16時30分を少し過ぎた頃。

高校生くらいの男女が、慌てた様子でとあるアパートの前に駆けてくる。

ここは渋谷区青山にある、二人の知り合いが住んでいるアパートだ。

二人がここに来たのは、その知り合いからと思われるラプラスメールが届いたから。

それはこの場所で人が死ぬという、不気味な内容のメールだった。

到着した二人が見たのは、目的のアパート近くにいる多くの人混み。

そしてアパートを封鎖している警察と消防の姿。

 

「いやだ……また事件?」

 

「今回のは違うらしいけど……」

 

「なんでも、若い男の子が住んでいたアパートで火事があったんだって。それがまた妙で、部屋が酷く荒らされてるらしいのよ」

 

「まぁ! じゃぁ、その男の子は」

 

「それがねぇ、焼け跡からは誰も見つからなかったらしいのよ。多分、火事になった時か、その前に逃げたんじゃないかって話ね。今、その男の子が無事か探してるそうだけど」

 

二人はアパートの前にいる人ごみで、そんな話がされているのを聞いた。

 

「ねぇ、カズヤ。火事、だって」

 

「……そうみたい」

 

とにかく人が死んだわけではないらしく、二人は安堵の息を洩らす。

ラプラスメールは外れていたのだ。

その事にやっぱり悪戯だったんだと言う女の子、谷川柚子(たにかわゆず)。

しかしそれとは逆に、渋谷区青山のアパートで事件があったという事実に変わりはなく、カズヤと呼ばれた男の子、峰岸一哉(みねぎしかずや)の顔色は優れなかった。

 

「カズヤか?」

 

近くで聞き覚えのある声が聞こえて、呼ばれたカズヤは振り向く。

そこにいたのは2人が探していたカズヤの従兄、峰岸直哉(みねぎしなおや)だった。

 

「ナオヤ!?」

 

「ふふ、今日は驚くことばかりだな。こんな所でどうした?」

 

あんなに心配していたのに、当のナオヤはいつもと変わりなかった。

そんなナオヤに、カズヤはムスッと表情を変える。

 

「ナオヤがあんなメールをよこすから、不安になって来たんだよ!」

 

「……そうか。そうだな、すまない。怖がらせる気はなかったんだ」

 

一度言葉を切り、チラッとアパートの事件が起きたらしい一室を見る。

 

「あそこに住んでいたのは、お前達と同じ高校生だ。俺の隣に住んでいた、な。部屋は荒らされていて、普通ではありえない力で付けられた傷もあったとか」

 

「っ!」

 

それを聞いて二人はハッとする。

そんな二人を横目で見て、ナオヤは視線をアパートの一室に戻す。

 

「……まさか、自分の力で死の運命に打ち勝つとはな。それができるような男には見えなかったが……人は見かけによらないということか」

 

「ナオヤ?」

 

ボソッと何かを呟かれ、よく聞き取れなかった言葉にカズヤは首を傾げる。

 

「……ふっ。いや、なんでもないさ」

 

「……」

 

そう言うナオヤだが、長い付き合いのカズヤには、何処か面白いものを見つけた時のような顔に見えた気がした。

 

 

 

 

 

そこで3人は少しの間、会話を交わした。

何故ユズにCOMPを渡したのか、あのメールはなんなのか、違ってはいたがなぜ同じ時間に事件が起きることを知っていたのか。

そしてそれらの事で、まるでナオヤが未来を知っているかの様に思えたこと。

それらの問いにナオヤは正確な答えを返すことはなかったけど、カズヤがした質問に感心し、「流石は俺の従弟だ」と褒めていた。

 

「さぁ、お前たちもすぐに、アツロウの所へ戻るんだな。もうすぐ始まってしまう」

 

一通り話し終わった後、ナオヤはそんな意味深なことを言って、いつものように薄ら笑いを浮かべながら人ごみの中へ消えていった。

 

“もうすぐ始まる”

 

ナオヤが言ったこの言葉の意味をカズヤ達が知るのは、もう少し後の事だった。

 

 

 

-2ページ-

こうして7日間が始まっていく、という感じで終了になります。

しかし、よくゲームでもコミックでも、ハーモナイザーがあるからってよく戦って倒せるなと見ていて思いました。

もちろん倒せずに負けてしまう人もいるんでしょうけど。

多分私は、倒せずに負ける方の人な気がします。

ピクシー程の小さい見た目でもいきなりジオなんて撃ってきたら、まず怖くなって逃げ出しそうです。

ビビって逃げ出して、その時に後ろからっていうお約束的な感じでやられるんだろうなぁ……。

 

ちなみに、エアダスターは火気厳禁なので本来は流し場とか火を使う場所の近くではなく、別の日の当たらない所で保管した方がいいそうです。

……高校の時、別の所が荷物でいっぱいで、丁度空いていた流し場の戸棚の上の方に仕舞っていて、「もし火事になったらどうすんの!?」ってたまたまアパートに来ていた母に怒られた私です。

 

説明
デビルサバイバー、短編です。
最近になって、デビルサバイバーってコミック版もあったんだなぁと知った私です。
ゲームはだいぶ前に買ってはいたんですがねぇ、ほんと今更って感じ。
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