イチゴミルクウミウシはダイヤモンド狂いの夢を見るか |
夜。
ここは、遠浅の温い海。
銀色の月の光差す、岩の隙間。
ピンク色の、小さな小さなウミウシが、ため息をついた。
ウミウシ:「退屈だなぁ……。」
―――――――――ーー……
ペシペシ……
(……ぅん?)
何かに叩かれた気がした。
ペシペシッ!!
ウミウシ:「おわっ!なんだぁ!?」
ウミウシは、声と顔を上げた。
目の前では、毛むくじゃらの丸顔が、
真ん丸な目を光らせながら、こちらを見ていた。
再び、ちょいちょいと手を出す獣に、
「待った」の声が掛かった。
???:「お客さんで遊んじゃ駄目だ、オーナー。」
妙に渋くて、優しい声色だった。
諫められた猫は、そっと手を引っ込め、どこかに行ってしまった。
ウミウシは、バーカウンターの上にいた。
不思議な音と、黄昏時のような暗さ。
渋い声は、目の前でグラスを磨く男から発せられていた。
???:「こりゃまた珍しいお客さんだねぇ。
おじさんあまり虫は得意じゃないが、こりゃ綺麗な色だ。」
ウミウシ:「いちごはウミウシじゃい!!」
ウミウシは、「いちご」と名乗った。
男は耳を掻く。
???:「おぉ、すまない。いちごのお嬢ちゃんだね。
んで、お嬢ちゃんは何を飲む?」
男は、ショットグラスをいちごの目の前に置き、
冷蔵庫を漁った。
いちご:「え、いいの?それよりここどこ?」
???:「ここは夢の中さ。
お、これがいいんじゃないか?お嬢ちゃんにぴったりだ。」
男は、淡いピンク色の液体をグラスに注いだ。
???:「イチゴミルク、っていう飲み物だ。
おじさん、実は甘いものが好きでね。
たまに置いてあったりなかったり。」
いちご:「甘いの!?」
???:「あぁ。美味しいぞ。」
いちご:「飲む!!おいしぃ!!」
男は微笑ましそうに、その様子を眺めた。
猫も、その様子を眺めていた。
いちご:「この猫はなんなの?」
???:「このお店で、一番偉い奴だ。
俺はオーナーと呼んでいる。」
いちご:「猫なのに一番偉いの?」
???:「そうだよぉ。ウミウシも立派に話すんだ。
何もおかしいことはない。」
いちご:「……そうだね!!」
???:「それよりも、お嬢ちゃん。最近退屈なんだって?」
いちご:「……!? そぉ!!毎日、海の底で退屈なの!!」
???:「じゃあおじさんが、
面白いところに連れて行ってあげよう。」
パチンッ!
男は指を軽く鳴らした。
そこは海の上だった。
いちご:「海だ!!なんで!?」
???:「そりゃぁ、ここは夢の中だからさ。
それより、ほら、お嬢ちゃん。あっちの方が明るいだろ?」
いちご:「あ、ほんとだ。」
???:「あれはサンゴ礁だ。綺麗だろ?」
いちご:「おー、キラキラだぁ。欲しい!!
けど、いちご泳げない!!」
???:「泳げるさぁ、夢の中だから。
少しだけ、持って帰るかい?」
いちご:「持って帰る!!やったぁ!!」
???:「もっと、面白いところがあるが、行くかい?」
いちご:「行く!!」
男は指を鳴らした。
パチンッ!
そこは薄暗い洞窟だった。
いちご:「暗い!!ここどこ?」
???:「夢の中さ。
それより、お嬢ちゃん、上を見てごらん?」
いちごが上を見ると、
天井の代わりに、水面があった。
いちご:「え!なんで!?水落ちてこないの?」
重力を無視した水面は、
松明の光を抱え、輝きながら洞窟を照らしていた。
???:「大丈夫さ。すごいだろ?
まだまだ、面白いものはあるぞ。今から探しに行こう。」
いちご:「行く!!!」
男は、洞窟の奥へ歩き出した。
いちごも、それについていく。
すると間もなく、なにかを吐き出すような音が聞こえてきた。
音の正体は、物陰に隠れていた化け物だった。
いちご:「あ、何あれ!?」
???:「あれは、死んでるけど生きてる、ゾンビってやつだ。
お嬢ちゃん、その手に持ってる弓矢でやっつけちゃえ。」
いちご:「え、うん!!うりゃぁ死ね死ね〜。
なにこれ?めっちゃつよい!!」
???:「いいねぇ、お嬢ちゃん。つよつよだ。
そりゃ無限弓、っていうんだ。」
いちご:「うぉ〜!!!
……ー――
―――――――――――ーー……
ペシペシ……
誰かに叩かれた気がした。
ペシペシッ!!
いちご:「うわぁ!!なんだぁ!?」
ママウミウシ:「いちご〜、いつまで寝てるの?
今日はウミウシ学校の日でしょ〜?」
朝だった。
照りつける日差しと泡立つ波は、岩にきらめく影を落とす。
お母さんの触角が、何度もいちごの頭を小突く。
ママウシ:「ごはんできてるわよ〜。」
いちご:「おかあさん、何で起こしちゃうの!?」
いちごは両親に、さっきまでの体験を話した。
パパウシ:「死んでるのに生きてる化け物を殺した?
水みたいな岩が、ゴボゴボいってるのを見た?
それまた、あべこべだなぁ。」
ママウシ:「あなた〜、子供の夢にマジレスはクサいわよ〜。」
いちご:「ほんとのことだよ!!
キラキラのサンゴだって、持って帰ったもん!!!」
パパウシ:「どこに?」
いちご:「えっ、あれ?……ない!!!!」
パパウシ:「それより、早くご飯を食べなさい。
母さんの昆布の昆布和え昆布は最高だぞ?」
ママウシ:「あなた、それヒジキよ〜。」
いちご:(……わかめだよ。)
―――――――――――ーー……
ペシペシ……
何かに叩かれた気がした。
いちご:「やめてくれよ、オーナー……」
いちごが目を開けると、
そこにいたのは、ゾンビだった。
いちご:「うわぁ!!なんだぁ!?」
その時、
ゾンビの頭に、燃え盛る矢が突き立てられた。
???:「大丈夫かい?お嬢ちゃん。
弓矢はどうしたんだい?」
いちご:「ありがとう…あれ!?無限弓がない!?」
???:「じゃあ、おじさんのをあげよう。」
いちご:「えっ、いいの!?でも……。」
???:「おじさんも、お嬢ちゃんから目を離しちゃったからね。
悪かった。じゃあ、それを持って冒険に行こうか。」
いちご:「……うん!!ありがとう!!」
???:「じゃあ、行こう。」
男は、洞窟の奥へと向かった。
いちごも、それについていった。
???:「おや?」
男は、不意に足を止めた。
いちご:「どうしたの、おじさん?」
男は、壁にめり込んだ赤い鉱石を、じっと見つめている。
???:「みなさん、お晩です〜。
にじさんじ所属、ベルモンド・バンデラスと申します。
ようこそ、barデラスへ。」
いちご:「え、どうしたの?」
男は、一心不乱に赤い鉱石を掘り始めた。
???:「いや、すまないね。これが大事おやおや?
おやおやおやおや?」
いちご:「どうしたの?」
???:「そっちかい?」
男は、なおも壁を掘り続ける。
そして、間もなく。
男は、目当てのものを掘り当て、歓喜の声を上げた。
???:「来たぞ、ダイヤモンドォ!!!
見たかこれが、ダイヤモンド・バンデラスだァ!!!」
いちご:「どうしたの?」
男が掘り当てたのは、
無色透明に輝く、ガラスのような鉱石だった。
ただ、ガラスよりもっと透明で、
マグマの熱を反射するその石は、まるで小さな太陽だった。
いちご:「うぉー、きれいだぁ。」
???:「気に入ったかい?
おじさん、これがすごく好きなんだ。」
いちご:「そうなの?いーセンスだぁ。」
???:「採掘してみるかい?これを使うんだ。」
男は、紫の光を放つ鶴嘴を取り出して、いちごに渡した。
いちご:「え、駄目だよ。おじさん、好きなんじゃないの?」
???:「いいんだ。
おじさん、埋まってるダイヤを見つけるのが好きなんだ。
それにお嬢ちゃんが持ってた方が、ダイヤもきっと喜ぶさ。」
いちご:「……ありがとう!!大事にする!!」
???:「うん。お嬢ちゃんにぴったりだ。
……ー――
目を覚ますと、ダイヤと弓は無くなっていた。
―――――――――ーー……
ママウシ:「いちご、最近なんだか元気ね〜。
お友達が増えてきたからかしら〜?」
いちご:「うん!!ちひろお姉ちゃんは魔法使いだけどヤクザでかっこいいし、
ガクお兄ちゃんもママだけど、パパで優しいし、
みんなすごく良い人たちなんだぜ!!」
ママウシ:「?〜」
パパウシ:「よく分からないけど、楽しそうじゃないか。」
いちご:「うん!!!!」
―――――――――ーー……
???:「おや、また来たのかい?」
バーカウンターの前に立つ男は、
驚いたように声を上げた。
そこは夢の世界、barデラスだった。
男は、意外そうにウミウシを見た。
ウミウシは気まずかった。
せっかく貰ったダイヤモンドと弓を、失くしたからだった。
大事にすると言ったのに。
ウミウシは、失くしてしまったことを、男には黙っていた。
それを言ってしまうと、男はダイヤと弓矢を、
再び自分にくれるだろうと分かっていたからだった。
ウミウシは、夢の世界で、
今度は自分の力で、それらを見つけようと決心した。
――――――――――ーー……
勇気ちひろ:「なんか、いちごちゃん、元気ないね。
どした?顎になんかされたか?殺るか?」
伏見ガク:「何か妙にリアルなんで触れづらいんスけどw
でも、確かに。どうしたの、いちごちゃん。」
ヤクザっぽい少女と、キツネっぽい青年が、いちごに声を掛けた。
いちごは否定したが、
元気がないのは誰の目に見ても明らかだった。
いちごは、心配させたくないのと、
二人なら信じてくれると思い、話をした。
夢の中で、ある男からダイヤと弓をもらった。
でもいちごは、それを二つとも失くしてしまった。
だから、今度はそれを、自分の力で見つけたいと思った。
けれど、ある日。
ぱったりと、その夢を見なくなってしまった。
いちごは、せめて男に謝りたいと思った。
でも、どうすればいいか、さっぱり分からなかった。
その話を聞いた二人は、なんとなく理解してくれたようだった。
ちひろ:「そっかぁ。でも、夢の中なんでしょ?
なら、実際には存在しないんだから、気にしちゃ駄目だよ。」
確かに、ちひろの言うとおりだった。
でも、退屈な毎日を過ごしていたイチゴにとって、
あの場所での体験は、夢で終わらせられない程、
活き活きとして、満ち足りたものだった。
ちひろ:「夢ってそんなもんだよ。」
ガク:「でも、もし俺がそのおじさんだったら、
そのことであまり、悩まないで欲しいかもしれないね。」
いちご:「どういうこと?」
ガク:「気に病んで欲しくないってこと。
それに、いちごちゃんに『ありがとう』
って思ってもらえるだけで、きっと嬉しいと思うよ。」
いちご:「そうかなぁ…?」
ちひろ:「そうだそうだぁ!」
ガク:「ちひろ先輩はどっち側なんすか……?」
――――――――――――ーー……
ある晩、ウミウシは夢を見た。
夢の中では、あらゆるものが眠っていた。
そして、あらゆるものが夢を見ていた。
楽しそうに笑うものもいれば、
地獄のような苦しみを味わっている者もいた。
男は、バーカウンターでグラスを磨きながら、
それをただ、眺めているだけだった。
いちごは、なぜか無性に腹が立った。
ちいさな触角を逆立てて、男に声を上げた。
それに気が付いた男は、いちごを見て言った。
???:「なんだ、また来たのか。お嬢ちゃん。」
その一言に、余計に腹が立った。
会いたいと思っていたのに、謝らなきゃと思っていたのに。
何かを踏みにじられたような気がして、
どうしようもなく、涙が溢れて止まらなかった。
男は困ったように、耳を掻いた。
そして、グラスを持ってきて、そこにイチゴミルクを注いだ。
???:「まぁ、飲みなさい。」
いちご:「いらないよ!!!」
いちごは、突っぱねた。
そして、夢み微睡むものたちを見やって言った。
いちご:「なんで、苦しんでる人たちを放っておくの!?
なんで、何も思わないの!?」
男も、その方を見遣った。
人だけじゃない。
虫、動物、細菌。
石、水、空気。
あらゆるものが、悪夢にうなされていた。
男は静かに話し出した。
???:「お嬢ちゃん。ウミウシは、夢を見るかい?」
いちご:「見るよ。」
???:「そう。でもそれは、ウミウシだけじゃない。
人も、動物も、自然も、神も、世界さえも、夢を見る。」
いちごは、訝し気に男を見た。
男は、ほんとの事さ、とつぶやいた。
???:「ただ夢ってやつは、優しいわけじゃない。月や太陽と同じさ。
ある者には慰めを与え、またある者には無情を叩きつける。」
???:「存在するものたちは皆、何かしらの悩みを抱えている。
例えば、毎日が退屈だったり、大事なものをなくしちゃったり、
とか?」
いちごは、ピクッと触角を動かした。
???:「それだけじゃない。
それぞれの者によって、計り知れない苦悩や、絶望がある。
それは、その者が存在する限り、連綿と続く。」
???:「夢というのは、
そんな苦しみを少しづつ消化して、忘れ去るためにある。
いつかは、清々しい朝日を浴びて、目覚める時がやって来る。」
???:「そんな朝のために、
みんな一生懸命に、夢と、苦しみと向き合っているのさ。」
いちごは、夢をのぞき込んだ。
なにかに追われるもの。
何かを殺してしまうもの。
逃げられないもの。
殺されてしまうもの。
楽しそうに空を飛ぶもの。
英雄のように、誇らしげに駆ける者。
???:「夢と現実に疲れた魂を、ちょっとした一杯で労ってやりたい。
このbarデラスも、おじさんも、この猫も、そのためにあるんだ。」
男は、猫の丸い背中を、さらっと撫でた。
いちごは、自分も彼らと同じだったと気が付いた。
とても嫌な事があると、悪夢を見てしまう。
でも、いつの間にか、すっかり忘れてしまう。
何か我慢しなくちゃいけない事があっても、
良い夢をみると、気分がスカッとする。
いちご:「いちごが退屈だと思ったとき、
おじさんのおかげで、とても楽しかった。」
???:「そりゃぁ、良かった。」
いちご:「そのうち、たくさん友達が出来て、 退屈じゃなくなった。
けど、今度は夢を見られなくなった。」
???:「それは、お嬢ちゃんの悩みが無くなったからだよ。
もう、ここに来るはずはなかった。
でも、お嬢ちゃんは、また悩みを持ってしまった。」
いちご:「だって…だって…」
???:「気に病むことはないんだ。
弓なんてまた作ればいい、ダイヤもまた掘ればいい。」
いちご:「違うよ。」
ウミウシは呻くように言った。
いちご:「もう、おじさんに会えないと思ったから…。」
小さな沈黙があった。
ウミウシの涙ほどの雫が、カウンターを叩いた。
いちご:「ごめんなさい。」
いちごは謝った。
???:「おじさんが、赤い石に挨拶してたことがあったよね。」
男は、俯くウミウシに話しかけた。
優しい、妙に渋い声色だった。
いちご:「うん。怖かった。」
???:「あれはね、石の声を聴いているんだ。
あの赤い石が、ダイヤの場所を教えてくれるんだ。」
いちご:「石が?ほんとかな?」
いちごが言うと、男は笑いながら言った。
???:「本当だとも。
魂あるものはみな、それがあるべき場所へ導かれる。」
男は、優しく笑った。
???:「だから、またいつでも会えるさ。
また、その時にでも、弓をあげよう。」
いちご:「でも…いちご、貰ってばっかりだよ?」
男は微笑んだ。
???:「なら、ダイヤモンドでも貰おう。」
いちご:「いちご持ってないよ?」
???:「そんなことないさ。」
男は、ウミウシの涙をすくった。
その涙は、男の手のひらで固まり、やがて結晶になった。
いちご:「すげー、なんで?」
???:「そりゃぁ、ここが夢の中だからさ。
さ、そろそろ夜が明けるよ。今夜は店じまいだ。」
いちご:「…うん。そういや、おじさんの名前聞いてないや。」
薄れゆく意識の中、
いちごは、その激渋な声をはっきりと聴いた。
???:「おじさんの名前かい?おじさんの名前は……」
「ベルモンド・バンデラスだ。
……ー―――――
―――――――――ーー……
いちご:「…ぅん?」
明け方の空の下で、いちごは目を覚ました。
雲がかかった水平線は、青色のカーテンを張ったようだった。
その向こうから、優しい太陽が、顔をのぞかせる。
ふと、腹の下で硬い感触がした。
もしやと思い、勢いよく身を起こした。
そこに、ダイヤモンドはなかった。
しかし、この辺りでは見覚えのない、
真っ赤な石が転がっていた。
何故か良く分からないが、
いちごは少しも寂しくなかった。
真っ赤な石が、
こう語りかけているように思えたからだった。
『また、一緒に冒険しよう。
俺もダイヤも、逃げも隠れもせずに待っているからな。』
いちごは、その赤い石を、どこかへ放り投げた。
どこに居ても、どこにあってもいい。
いつだって、あるべき場所にいけるのだから。
そのウミウシは限りなく自由で、限りなく不自由だった。
イチゴミルクウミウシは、暖かい夜の海で。
今夜もまた、冒険を夢見て眠る。
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ストロベルはいいぞ。 | ||
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