夜摩天料理始末 54
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 それまで、猛然と思兼を斬りたてていた都市王が攻撃を止めた。

 剣と斧を逞しい腕に構え、思兼を見て……有ろうことか奴はニタリと笑みを浮かべた。

 ドウシタ、ソノユミハ、カザリカ?

 辛うじて声と判る音と、岩が擦れるような低い笑いが喉から洩れる。

 ソレトモ、イルコト、カナワヌカ?

「あら、気が付かれましたか」

 しれっと呟く思兼の言葉に、それは得たりと頷いた。

 キサマハ、アノ、シニカケノオンミョウジガヨンダ、シキヒメ。

 なれば。

 ツカエルチカラハ、ワズカデアロウ。

 勝ち誇ったような響きがその声に籠もる。

 

 そう、そういう事か。

 それは夜摩天の抱いた疑問に対しての答えでもあった。

 思兼が相手の攻撃を躱すだけで、反撃に移らない理由。

 攻撃に力を使えば、それだけ彼女をここに式姫として顕現させている種子に込められた力は失われ……そして、それを超えれば、彼女を召喚した、あの、今にも滅びそうな陰陽師の力と魂を更に削る事になる。

 あの優しい女神に、それは出来まい。

「そうですね、お見立て通り、私が攻撃に使える力は残り僅かな物です」

「ちょっと、何もそんな馬鹿正直に!」

「すみません、閻魔さん、私、基本的に正直なもので」

 思兼が閻魔に微苦笑を向けて肩を竦める。

 キサマガデキルノハ、ジカンカセギノミ。

「ご明察」

 思兼が静かに頷く、だが、その口許にはどこか皮肉な笑みが、微かに浮かんでいた。

「でも、それを承知の上で、貴方はその時間稼ぎに付き合わざるを得ない」

 ……ムゥ。

「私が、たった一矢でも放てる内は、貴女は私に隙を見せる訳にはいかない」

 思兼の矢が万全の状態で放たれたとしたら、いかに都市王ーそして、彼に憑りついた玉藻の前ーといえど、その身があやうい。

 故に、彼女を斬りたてて、隙を与えぬようにせねばならない。

 お互い、決定打を持ちえぬが故に、この奇妙な対峙を続けざるを得ない、膠着状態。

 ダガ、キサマトテ、エンエント、コノチャバンヲ、ツヅケラレルワケデハ、アルマイ。

「そうですね、避けるにも力は使いますので」

 思兼の言葉に、その思惑は判っていると言わんばかりに、それもニタリと笑った。

 ジカンヲカセギ、ソコノフタリガ、ウゴケルヨウニナッテモ、ワラワニハカテヌゾ!

 その言葉に、閻魔と夜摩天の顔が強張る。

 悔しいが、我が身に受けた傷と打撃を考えると、否定しきれぬ言葉ではある。

 だが、思兼は、その言葉を涼しい顔で受け止めた。

「お二人の底力を、随分甘く見た言い種だとは思いますが、それはさておき……」

 その温厚な顔が、珍しく人の悪い表情を浮かべた。

「軽々にそう判断して良いんですか?私、こう見えても神々の軍師であり、知恵の女神様ですよ」

 さて、如何なる悪辣な策を企んでいるやら。

 ホザクナァ!

 更なる勢いを伴い、都市王の刃が思兼を襲う。

 それを思兼が変わらぬ様子で躱す……だが、その躱した動きの中に、一滴の汗と、一筋の髪が散る。

 増す一方の都市王の力に比して、こちらの力は減少の一途。

 何れ、どこかで逆転するのは間違いない。

(……さて、私の判断は吉と出るか、それとも)

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「君は……あの人じゃ無いな?」

 威厳ある凛々しいが秀麗な顔、綺麗な浄眼、外見は間違いなくあの人だ。

 だけど、何となく判る、今ここに居るのはあの冥府の裁判長、夜摩天ではない。

「ええ」

 その誰とも知れぬ『彼女』が頷く。

「君は、誰だ?」

「私は、三尸(さんし)」

「三尸……」

 

 人の体内に潜み、人の行いを監視する、蟲の姿をした精霊。

 庚申の日の夜、人の体を抜け出して天に上り、その人の犯した罪を司命神に告げ、その罪の軽重に応じて、その人の寿命を伸ばしたり縮めたりする。

 故に人は誰が見ておらずとも、体内に常に潜むこの監視者の事を常に思い、善行を積み、悪行を慎むべし。

 だが、三尸は、憑りついている人が死ねば自由となり、その後は神として祀られるようになるという伝承もある。

 その為に、三尸は可能な限り早く自由の身となる為に、憑りついている人の寿命を縮めようとして、司命神に人の悪行を過大に、時には偽ってでも報告する事がある。

 故に、庚申の夜は眠らずに明かし、三尸が天に上るのを妨げる事が長命の秘訣。

 これ、庚申待ちの習わしの始めなり。

 そんな風に、唐の国から伝わり、平安の昔から伝承されてきた存在。

 

「浅学の俺が知っているのはその程度だが?」

「そう、三尸はそんな風に、人の世界には伝えられていますね」

 善行を奨励し、悪行を抑える役に立つなら、虚名も誤りも何とも思いませんが、自らのした悪行を糊塗する為の『庚申待ち』を行う、そのうしろめたさを隠すために、私たちを悪者にする辺りが、実に人間らしいですが。

 苦笑を浮かべ、彼女は首を振った。

 本当は少し違うのです。

「我らは、命を司る神々の使い。人に生を授けたり、死を告げ、その魂を冥府に誘う役を負っています。そして役割に応じて外見は常に異なります」

 虫だったり馬だったり、時に小さな人の姿を取る。

 私は、そんな、夜摩天様に従う数多いる三尸の内の一人。

「成程な、だが、何故そんな存在がここに?」

 男の言葉に、彼女は、どこか困ったような顔で、彼を見返した。

「ここが、どこかはご存知ですか?」

「そうだな……良く判らん場所だが」

 先程の問いではないが、何となく判るが、言葉にし辛いな。

 強いて言葉にすれば……そう。

 

「俺の魂の在処、置き所」

 

「そうです、本来だれも立ち入れない、神々ですら立ち入ってはならない、貴方だけの聖域」

「誰も……か。では、そこに君が来たという事は、俺の魂をどこかに連れて行こうというのか?」

 男の言葉に、彼女は首を振った。

「本来の三尸ならばそうですが、私は三尸の在り様から外れて、変異してしまった存在ですから」

「変異?」

「ええ、夜摩天様の強い願いと、余りに強すぎるお力故に、その側近くにお仕えしていた、私たちの一部が、意図せず変異してしまった」

 その姿も、力も、役割も……主たる夜摩天様すら気が付けぬほどに変わってしまった、それが私。

「元より、我ら三尸は定まった姿は持たぬ物、変異しやすい存在ではあるのですが、役割も、与えられた力すらも大きく変わるというのは、本来ありえないのです」

 こうして、貴方と言葉を交わす、これとて本来はない事。

 初めての事ゆえ、人と言葉を交わす時の適切な姿が他に思い浮かばず、主の姿を借りてしまいましたが。

 

「だが、それが起きた」

「そう、今代の夜摩天様のお力が高すぎるという事の裏返しですが、困った物です」

 当の本人の顔で、そう困り顔で呟く姿に苦笑しながら、男は肩を竦めた。

「しかし判らないな、では君は何の為にここに居る?」

 魂を誘うでも無く、死を宣するでも無く、俺の行いを記録し、夜摩天に報告するでも無い。

 何故君は、ここに?

 その男の言葉に、彼女は ー本人なら絶対しなさそうなー 悪戯っぽい笑みを彼に向けた。

「その苦情は私が言いたいですよ、私、貴方に食べられちゃったから、ここに居るんですよ」

説明
式姫の庭二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/987269
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タグ
式姫 思兼 夜摩天 閻魔 

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