その瞳に映りし者 第13話 |
その瞳に映りし者
〜第13話 喪失〜
リリアとジュリアンは、馬車に乗ってルドルフの家にやってきた。
リリアにとっては、久しぶりに見る我が家である。
こんな形で、戻ってこようとは思いもしなかったが…。
「父さんっ!」
リリアは、すぐにルドルフの傍に駆け寄った。
ルドルフは、苦しそうに息をしていたが、目は閉じたままだった。
「リリア…よく戻ってきてくれたね…本当に夢みたいだよ」
コリンは、久しぶりの娘との再会に涙した。
「母さん…なぜこんなことに…」
リリアは、コリンと抱き合いながら、そうつぶやいた。
「仕事中に足を滑らして落下したんだよ…いつもだったら、もう少し気を付けるんだけど…まさかこんなことになろうとは…」
「もう…助からないの?お医者さまは何て…」
「落ちたときに、頭と背中を強打していて…もう、あまり長くはないと…」
コリンは落胆した様子で、リリアに話した。
「…そう…」
「それより、おまえ…ジュリアンとは一体どういう関係なんだい」
「えっ?!…あ…それは…」
リリアは、突然のコリンの質問に、いささか動揺した。
「母さん…ジュリアンは名門シュテインヴァッハ家のご子息なのよ…」
「え…あのシュテインヴァッハ家の?」
コリンは初めて聞いた事実にビックリしていた。
すると、ジュリアンがコリンにこう言った。
「コリン…彼女は僕にとってとても大切な人なんです…ルドルフが彼女のお父さんだったことを知って…彼女を絶対ここに連れてこようと思って…」
「そうだったの…それはそれは…」
コリンは、ジュリアンとリリアを交互に見ながら、納得したように頷いた。
リリアは恥ずかしそうにうつむいた。
まさかここで、ジュリアンがそんなことを言うとは思っていなかったのだ。
まもなく、ルドルフがゆっくりと目を開けた…。
心配そうにみつめるリリアを見て、驚いたようだった。
「リリア…なんでここに…」
「父さんっ!私がわかるの…?戻ってきたのよ…父さんに逢いに…」
「そうか…戻ってきたのか…もう二度と逢えないと思っていたよ…でも、ここにいてはいけないんじゃないのかい…あちらの方も心配してるだろう」
「心配しなくても大丈夫よ、父さん…しばらくこっちにいてもいいって…」
リリアは精一杯の嘘をついた。
久しぶりに見る娘の姿に、ルドルフは目を細めた…。
「あちらでは、皆さんとうまくやっているのかい…」
「ええ、皆いい人達ばかりで…私は本当に恵まれていると思うわ…」
「そうか…それはよかった…それを聞いて安心したよ…もしかしたら、向こうで苦労してるんじゃないかって心配してたんだよ…」
ルドルフの言葉に、リリアは泣きそうになったが、グッとこらえた…。
「おまえも、随分と大きくなったな…ついこの間まで、小さい小さいと思っていたのに…もうすっかり一人前の娘だ…どこに嫁に出してもおかしくない」
「そうかな…まだまだだよ…」
リリアは、ルドルフの前では自分が子どもの頃に戻ったような気がした。
「思い出すなぁ…あの頃は、本当に貧しかったが…3人で毎日笑いあって…おまえは、学校の帰りによく仕事場に寄ってたっけ…」
「うん…そして、父さんの仕事が終わるのを待って…いっしょに帰ったんだよ…家が近付いたら、母さんの作った夕食の匂いがしてきて…」
「そうだった…美味しそうな匂いがしてくると…駆け足になって…」
2人は、懐かしそうに昔の思い出話をした…。
しかし、しばらくするとルドルフの息が少し苦しそうになった。
「父さん、大丈夫?もうやめようね…少し眠ったほうがいいよ…」
「そうだな…今日は本当にありがとう…逢えてよかったよ」
「父さん……」
ルドルフは、ゆっくりと目を閉じた。
リリアは、それを見届けると、コリンたちがいる部屋へと戻った。
やがて、夜が明けてすぐ…
ルドルフの容態が悪化した。
再び街医者が呼ばれて、ルドルフの様子を見守った。
苦しそうに息をしながら、ルドルフはリリアの名を呼んだ…。
「リリア…リリア…」
「父さん…私はここよ…ここにいるよ…」
リリアはルドルフの手を握って、そう応えた。
コリンも、ルドルフの傍に駆け寄り、3人手を取り合った。
「母さんもここにいるよ…みんな一緒だよ」
リリアは、ルドルフに呼びかけ続けた。
すると…安心したようにルドルフの息がフッと静かになった…。
街医者は、ルドルフの脈を見ながら、しばらくしてこう言った。
「ご臨終です…」
「父さんっ!目を開けて…父さんっ!」
リリアは、その場に泣き崩れた…。
コリンもまたリリア同様、ルドルフの傍で号泣した…。
ルドルフは2人に見守られながら、天国へと旅立ったのだ…。
やがて、近所の人々の援助もあり、教会で葬儀が行われた。
ルドルフの人柄もあるのか、多くの人々が葬儀に参列した…。
リリアは、ひとり生気を失ったように、呆然としていた。
そんなリリアを見て、ジュリアンは傍にきてこう言った。
「リリア…お父さんはきっと最後にリリアに逢えて嬉しかったと思うよ…安心して天国に旅立ったんじゃないかな…」
「そうね…そうだったらいいのだけれど…」
「きっとそうだよ…だって君のお父さんは、君をすごく愛してたじゃないか…君は、親孝行をしたんだよ」
「親孝行…?私は親不孝者よ…結局、何もしてあげられなかった…ソユーズ家に行った当初、何度も家に帰りたいと思ったわ…正直、はじめは馴染めなくて…でも帰れなかった…迷惑がかかると思ったから…」
「それでよかったんだよ…君のご両親はそれを理解していたと思う…お互いに思いやってのことなのだから、後悔することなんてないよ…」
ジュリアンはリリアの肩を抱いて、慰めた。
リリアは、それでもすぐには立ち直ることは出来なかった。
葬儀が終わって、柩は近くの墓地に埋葬された。
ルドルフの好きだったユリの花が手向けられ…
リリアとコリンは祈りを捧げた…。
「母さん…これからどうするの…ソユーズ家に頼んで、うちに一緒に…」
リリアの言葉を遮るように、コリンはこう言った。
「それは駄目だよ、リリア…私はソユーズ家の屋敷には絶対にいけない…罪を犯しているのに、それは許されないことよ…」
「でも、このまま母さんをひとりここに置いてはいけないわ…」
心配そうにリリアはコリンをみつめた。
「そのことなんだが…リリア…」
同行していたセルゲイが突然口を開いた。
「コリンをうちで預かろうと思うんだ…コリンさえよければ、うちで働いてもらおうかと思ってね」
「え…本当ですか?」
リリアは、びっくりしてジュリアンの方へ目をやった。
するとジュリアンは、深く頷いた…。
「だから、何も心配することはないんだよ、リリア…安心してソユーズ家に戻れる」
「そうですね…少し安堵しました…ありがとうございます…何とお礼を言っていいか」
「わたしも、何かできることはないかと思ってね…君たち親子を見ていると、本当に心があらわれるようだった…」
セルゲイは、リリアを優しく見つめながら、そっと肩をたたいた。
「このことは、ジュリアンも心配していたんだ…生前、ジュリアンはルドルフに世話になっていたからね…彼は本当にいい人だったよ…」
「ジュリアンと父さんが…なんだか、不思議な気がします…私の知らない間に2人が出会ってたなんて…」
「まったくその通りだ…縁なんてそんなものだよ、リリア…きっとこれは運命なんだ」
「運命……」
ついこの間まで…もうジュリアンとは逢えないのではないかと思っていた。
しかし、今はこうやって傍にいる…。
何かの運命に導かれて、2人は再会した…。
確かに不思議な縁で結ばれているような気がする…
リリアはそう思わずにはいられなかった。
そして、ジュリアンも同様にそう思っていた。
ずっとリリアに逢いたいと思っていたが、きっかけが掴めずにいたのに…
こうやって、何かに導かれるように再会できた。
今は、とにかくリリアを守りたい…
自分にとってはそれが使命なのだとさえ思えた。
やがて、リリアがソユーズ家に戻る日がきた…。
カイルが馬車で迎えにきたのだ。
「リリアさま…お迎えにあがりました…ご準備はよろしいですか」
「ちょっとだけ待ってちょうだい…」
リリアは足早にコリンのところへやってきて、別れの抱擁をした。
「母さん、元気でね…」
「リリアも、向こうで頑張るんだよ…」
そして、リリアは後ろにいたジュリアンに目をやった。
「ジュリアン…色々とありがとう…本当に今度のこと、嬉しかった…」
「リリア…当たり前のことをしただけだよ…」
「また…きっと逢えるよね!」
「勿論!…まだしばらくはこっちにいるけど…必ず連絡するよ…」
「うん…待ってる…」
少しの間に2人の絆が深まったことはカイルの目にもみてとれた。
「リリアさま…もう時間ですよ…そろそろ」
「わかったわ…今いきます…」
リリアがカイルの方へ向かおうとした瞬間…
ジュリアンが呼び止めた。
「リリア…」
そしてリリアを強く抱き締めた…。
「ジュリアンッ!…」
ほんの一瞬時間が止まったような気がした…。
そして、リリアは実感した。
この人は、自分にとってかけがえのない人だと…。
やがて、リリアを乗せた馬車は遠くに消えた。
それを見送りながら、ジュリアンはクロディーヌの言葉を思い出していた。
「自分の愛するものを失う…いつか…」
ジュリアンは強く首を振った。
「違う…そんなことにはさせない…」
そう何度も不安を打ち消すようにつぶやいた…。
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小説「その瞳に映りし者」第13話です。 思わぬ形で再会したリリアとジュリアン… 果たしてこの先の二人の運命は… |
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リリアとジュリアンはうまくいって欲しいな。(華詩) | ||
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