フレームアームズ・ガール外伝〜その大きな手で私を抱いて〜 ep12
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 その日、アーキテクトはマスターに対するアプローチを考えていた。理由は、最近知り合ったフレズヴェルク、彼女の無自覚ながらマスターへの積極性はアーキテクトとしても参考にはなった。というわけでアーキテクトはかねてより考えていた方法をマスターの大輔に試そうとしていた。

 

「えっと、春はあけぼの、やうやう白くなりゆく……」

 

 大輔の家にて、大輔もまたテスト勉強にはげんでいた。古文の暗証をしている所にアーキテクトがやってくる。キラービーク装備で飛んでいた。

 

「マスター……」

 

「どうしたアーキテクト」

 

「最近は猫にも興味が出てきた。猫を飼いたくなった」

 

「え?」と言いながら大輔は振り返る。若干申し訳なさそうに大輔は言う。

 

「さすがに猫は駄目だよ」

 

「そう……」

 

 表情は変わらずだが、大輔にはアーキテクトが落ち込んでるように見えた。

 

「あのねアーキテクト。FAGみたいな小さいロボットには危ないだろ?」

 

「理解はしている。成体の猫では私が弄ばれる可能性。98%」

 

「解ってるならやめておきなよ」

 

「マスターは……動物では猫は嫌い?」

 

「?そうだねぇ……好きかな。なんか自由って感じで、奔放な所を見るとなんか癒されるんだよな」

 

 僕が機械関係で悩んでる所とかに見ると特にね。と大輔は付け加える。

 

「そう……私も猫の挙動には興味がある。そこを観察して今後の私の挙動の参考にしたい」

 

「参考って……バトルの時のかい?」

 

「違う。甘え方」

 

「え……?」

 

「データ取得済み、猫は甘え上手。喉を鳴らし、お腹を見せて精いっぱい信頼を表す」

 

 ボディランゲージとしては大いに参考になる。というのがアーキテクトの理由だった。データで取得した情報があるが、本物の猫には適わないだろう。

 

「マスター、勉強で疲れてる確率、0・0……99・9%」

 

 言い直すアーキテクト、大輔が勉強を始めたのはついさっきだ。

 

「いや今言い直したよね」

 

「マスター……私が甘えて癒す。マスターは私の挙動に合わせた対応を……」

 

 そう言ってアーキテクトは猫耳のバンドを頭につけると机に降り立つ。四つん這いになるとアーキテクトは大輔の大きな手に頬を摺り寄せた。

 

「にゃあ……」

 

「おっと、くすぐったいよアーキテクト」

 

「みゃう……」

 

 今度は額をコツコツとついてくる。頭突きをしてくる。

 

「あれ?頭突きもするんだ?」

 

「データ取得済み、猫の頭突きの仕方も甘え方の一つ、額から出る匂いをつける。お尻から匂いを出す方法もある。でも匂いまでは再現できなかった……」

 

「さすがにお尻から匂いを出す君は嫌だなぁ」と苦笑する大輔。

 

「喉を鳴らす事は可能だった。ゴロゴロゴロ……」

 

「十分凄いよその発声機能」

 

 アーキテクトのボケにそこは突っ込むところであろうが、技術者肌の大輔にとっては、アーキテクトの音声機能に素直に感心をしめした。と、アーキテクトはその場に仰向けに寝転んで大輔を見る。

 

「猫の代表的な甘え方はお腹を見せる。これは信頼をしてる人に急所を見せるという事、マスターの事は信頼してる。お腹をなでて欲しい」

 

「えぇ、ちょっと恥ずかしいなぁ」

 

 苦笑いする大輔。

 

「やってくれなきゃ猫キック。猫の遊んでほしい時の挙動は、主人の作業の邪魔をする」

 

「なりきってるなぁ。まぁ片手なら」

 

 そう言いながら大輔は勉強を続けながらアーキテクトの胸から腹にかけて、インナー越しに撫でていく。優しく指が通っていくたびに、アーキテクトの身体が震える。

 

「んっ……にゃあ、にゃぁあ……」

 

 恥じらいながら猫の鳴きまねをするアーキテクト。暫くそれが続くが、大輔の方は勉強を続けていた。

 

「ふみぃ……みゃぁぁ」

 

 段々アーキテクトの声が艶っぽくなっていく。大輔の方もそれは意識してしまう物だった。

 

「アーキテクト、そろそろいいかな……ちょっとこれ以上は」

 

 こういった事は大輔は慣れてない。これ以上続けるのは大輔にとっても戸惑う反応だった。

 

「みゃぁぁ……ふぎゃぁああああああああああ!!!!!!」

 

「っ!!!」

 

 いきなりもの凄い絶叫を上げたアーキテクトに大輔はビクッと身を強張らせる。

 

「ア、アーキテクト!?大丈夫?!」

 

「あ、マスター、ごめんなさい。つい発情期になり切ってしまって大声を……しかもこの鳴き声は雄猫の方……」

 

 対応を間違えてしまったとアーキテクトは反省。こういったアプローチは、お互い慣れてなかったからだ。

 

「お互い慣れない事はするもんじゃないね……」

 

「見抜かれてた……マスター……ん?」

 

 と、アーキテクトは大輔の後ろの方、窓の外から覗いてる轟雷達三人の姿を見た。アーキテクトが自分の行動が見られていたと判断。どんどん顔が青ざめていく。

 

「アーキテクト?どうしたんだい?」

 

「……フシャーッ!!!」

 

 猫の威嚇ポーズをするとアーキテクトは新型のギガンティックアームズ、ルシファーズウイングを呼び出す。そして装着し、外の轟雷達の方に突撃していった。スピードに優れたその姿は、猛禽類の獣人、ハーピーを思わせる。

 

「みぃたぁなぁぁぁっっ!!!!」

 

「うわぁぁっ!!!来たぁ!化け猫ぉぉ!!」

 

「新型アームズ!スティレットが欲しいって言ってたルシファーズウイングです!」

 

 窓を開けて飛び出してきたアーキテクト。普段の無表情からは想像出来ないほどに悪鬼の様な表情だった。逃げようとする轟雷達だが、こちらが思った以上に相手のギガンティックアームズ。ルシファーズウイングは速い。

 

「にゃにゃにゃにゃにゃーっ!!!!」

 

 外側の羽根状のユニット。フェザーユニットを飛ばして襲ってくる。短剣の様な形状の羽根がそれぞれ遠隔操作で襲ってくる。

 

「らちが明かないよ!煙玉!」

 

 操縦に専念する迅雷なので、ライが煙玉を投げつける。

 

「みゃっ!!!」

 

 外側のクロー状のアームで煙玉を切りつけるアーキテクト。あふれ出た煙幕がその場を覆った。

 

「うにゃぁぁ……逃げた」

 

 もっと辺りを探すべきかと思案するアーキテクトだが、周りにいないのではどうしようもない。そのまま戻る。

 

「災難だったね。アーキテクト」

 

「うみゃぁぁ……」

 

 分離したアーキテクトは自分の身体をなめていた。そしてカリカリと壁を爪でひっかき始めた。もっとも手袋越しなので真似でしかないが、

 

「ってまだ猫の真似をしてるんだね」

 

「……猫は失敗した時に別の事をやって気分転換する習性がある……、昔はごまかすと考えられていた」

 

「まぁ気が済むまでやるといいよ」

 

 アーキテクトのボケに突っ込む事のない大輔。これもこの二人の関係ならではだ。

 

『ピンポーン』

 

 と、家のインターホンが鳴る。誰だろうと大輔がアーキテクトを猫の様に抱えながら玄関を開けると、

 

「よぉ大輔、轟雷来てないか?」

 

 ヒカルとスティレット。健とフレズを連れていた黄一がそこにいた。

 

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「それで、参考になった?」

 

 空を飛びながら問いかける迅雷。恋愛感情を持った三人はこれで全て回った事になる。

 

「んー正直解りませんね」

 

 喉に小骨がつっかえた様な表情で轟雷は答えた。どうも自分の思っていた事と違うとでも言いたげだ。

 

「なんだよそれ……」

 

「確かに仲がいいなって思う事はあれど、別に私達とそう違いはなさそうに思えました」

 

「轟雷お姉ちゃん的には、もっとラブラブしてるもんだとばかり思っていたって感じ?」

 

「そうですね。フレズの場合は仲良しで済むもんじゃなかったと思いますが。見た感じ、単純に仲良しってんなら私達とそう変わらないじゃないですか」

 

 轟雷としては、もっとそのまま行動を流用でもできそうだと思ってはいたが、これでは昨日マスターにしようと思っていた事と変わらない。

 

「……ボクとしては彼女達の弱みが見えたから収穫と言えなくもないけれどね」と迅雷は満更でも無さげだ。

 

「もっと私達の周りに特別な関係っぽい人がいればいいんだけどねぇ」

 

「ライ、そんな簡単にそういう関係の人なんていませんよ……。特別な……あ!」

 

 その時、轟雷の脳裏にあるFAGが浮かんだ。特別な関係に心当たりがある。

 

「そうだ!次はあの人に聞きに行きましょう!!」

 

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「ウッフフフ。それで私達の所に聞きに来ましたのね轟雷」

 

 轟雷の訪ねたFAG、マテリアwhiteのマリは上品に笑いながら答えた。暖房の効いた子供部屋でマスターと遊んでいたマリだった。

 

「そうなんですマリ。どうすればマスターと恋が出来るか、特別な関係になれるか知りたくて」

 

「あらあらまぁまぁ」

 

「ねーマリちゃん。ご本の続き読んでー」

 

 轟雷が問いかける横で、彼女のマスターであるトモコが聞いてくる。彼女は六歳の幼稚園児で、マリは友達とも保護者ともいえる。ある意味ではマスターと特別といっていい関係だった。

 

「あ……ごめんねトモちゃん。私はちょっと轟雷ちゃんと大事なお話があるから少しお部屋を出るわね」

 

 話づらい内容だ。マリにとってマスターの前では話せない。

 

「そうなのー?だったら大丈夫。轟雷ちゃん達お外飛んできて疲れてるんでしょ?廊下は寒いからここでお話ししなよ。話づらいなら私が出るよ」

 

 申し訳なさそうに答えるマリに対して、トモコは不満を見せずにそう言った。

 

「トモちゃん……。でも……」

 

「水臭いよー。マリちゃんと私の仲じゃないのー」

 

「どこで覚えたのそんな言葉……でもトモちゃん。ありがとう!」

 

 そう言った気遣いにマリは感激する。

 

「私、別の部屋行ってるから。どうぞごゆっくり」

 

 見様見真似か。ペコリと頭を下げるとトモコは部屋を出ていった。

 

「あぁトモちゃん……どんどん大人になっていくのね……全く。折角トモちゃんにクライマックスのシーンを読んであげていたというのに……」

 

 ひとしきり感動するとマリは轟雷に向き直る。あからさまに態度が変わった。

 

「すいませんねマリ。それにしてもFAGがマスターに絵本を読んであげるとは……」

 

 轟雷が床に目をやる。床に置かれた一冊の絵本が見えた。作品名は『ピノキオ』。説明不要の命を持ち、最終的に人間になる人形の童話。

 

「ピノキオですか……」

 

「で、マスターと恋愛がしたいと言っていたけれど、ウッフフフ……くだらないわね」

 

 笑った直後にマリは冷淡な表情で轟雷を切り捨てる。

 

「な!何をおっしゃいますか!」

 

「なぜマスターと恋愛関係になろうとするのかしら?あなたは」

 

「それは、それがFAGにとって最先端だと思うからです。かつての試作型轟雷の様なFAG全体に影響を及ぼす個体に私はなりたいのですよ」

 

「それがくだらないと言ってるのよ轟雷。恋愛関係になってマスターとどうなると思うの?」

 

「それは……やっぱり結婚ですかねー」

 

「ウッフフフ。……馬鹿ねあなた」

 

 軽蔑するような表情でマリはそう言った。さっきの冷淡から更に踏み込んだと言っていい。

 

「出来るわけがないでしょう?私達の本質は変えようがないわ」

 

「本質?」

 

「どれだけ人間に近い心や知能を与えられても私達の本質はホビー、人形でしかないわ。人間と並び立つ事なんて出来ないのよ。マスターが人間である以上、対等な立場になるには人間でなければいけないの」

 

「で!ですが!」

 

「そもそもよ。あなた自分で言ってみて最低だと思わないの?人を愛する理由が最先端だからとか」

 

「う……」

 

 言われてみて轟雷なりに最低だなと思った。

 

「別に人を愛する事を目立つ為に使わなくてもいいでしょう?マスターを愛してるなんてFAGなら当然であって、最高の幸せよ」

 

「マリは……マスターを愛してると言うのは解ります」

 

 マスターの前では子煩悩全開になるマリだ。トモコとマリがお互いを大切に思っているのは轟雷にもよく解る。

 

「あらありがとう。その通りよ。あなたの周りを見てみなさいな。あなたのマスターはあなたを大切に思っているでしょう?恋愛感情なんてそこには必要ないのよ」

 

 自分の身の周り、というのは解っていたが、周りを見てみる。ベビーベッドの上で、トモコの弟ユウ(生後四か月)が寝ていた。と、彼のFAGであるマテリアBlackのテアがお腹に顔を突っ込んでいるのが見えた。マリの妹である。ライと迅雷もそこにいた。

 

「さぁ。この至高の快楽を知ってしまえば、これなしでは生きられないわぁ。こうやってユウちゃんのお腹に顔を突っ込んでぇ」

 

 むき出しにした赤ちゃんのお腹にテアは顔を押し付けて顔をこすりつける。

 

「あぁ!この肌触り!こんな快楽はどこにいっても味わえないわぁ!」

 

 端正だったテアの表情が一気に崩れる。そのままスリスリと高速で顔をこすりつけるテア。それを見ていた迅雷は顔をしかめた。

 

「ボクは賛成しかねるよ……。今の寒い時期に赤ちゃんのお腹をむき出しにするなんて……」

 

 その迅雷を尻目に、ライの方はテアと一緒にお腹に顔をうずめてこすりつけていた。

 

「あぁ!本当この感触!今まで触ってきたどのクッションよりもやわらかくてきめ細かぁぁいい!!!」

 

 テアとライは恍惚の笑みを浮かべてスリスリと顔をこすりつける。

 

「ライ!何やってんの君まで!」

 

「えぇーいいじゃん。迅雷お姉ちゃんもやってみてよー。これすっごい気持ちいいよー」

 

「いやボクは別に……」

 

 興味なさそうに振る舞う迅雷ではあったが、いつの間にか回りこんだテアの方が迅雷の後頭部を掴む。

 

「お高くとまる必要はないわぁ!さぁ堕ちましょう!私と共に!」

 

 そうして強引にテアは迅雷の顔をユウのお腹にあてがった。肌障りの良い柔らかい感触が迅雷の顔いっぱいに広がる。

 

「んん!……この感触……でも駄目。赤ちゃんの身体で遊ぶなんて!赤ちゃんのお腹なんかに絶対負けない!」

 

 が、2秒後にはお腹を掴んで顔をすりつける迅雷がいた。

 

「お腹には勝てなかったよ……。凄いよこの感触ぅぅっ!!!」

 

 ベビーベッドの上の光景をマリと轟雷は閉口しながら見ていた。

 

「……まぁ今見えてるのはともかく、あなたの妹もマスターを大切に思ってはいるんでしょうね……後Blackverだとますます顔がサーニャダナ」

 

 皮肉で言ってるわけではないが、どうしてもそう聞こえてしまう言い方の轟雷、横目で見たマリは顔をひくつかせている。怒ってるのはすぐ解った。こっちは真面目にやってるのに妹はマスターのお腹でのランチキ騒ぎだからだ。

 

「テアァァッ!!マスターの身体で遊ばないでっていつも言ってるでしょう!!!」

 

 怒り心頭のマリ、ビクッと体を引くつかせるテア。

 

「っ!ご・ごめんなさいお姉様!」

 

 が、その怒りが逆効果だったのだろう。ユウは愚図り出すと泣き出してしまう。キメ細かい肌の顔が一瞬で歪んだ。

 

「ぅぅ……ふんぎゃぁぁああああッッ!!!!」

 

 その大声にその場にいた全FAGが顔をしかめて耳を塞いだ。かなりの大絶叫だ。

 

「うっわ!強烈!!」

 

「テア!あなたがユウちゃんで遊ばなければこんな事には!」

 

「わ!私の所為なのお姉様?!直接の原因はお姉様が!」

 

 テアの指摘にマリはバツが悪くなる。が、マリは開き直る様に言った

 

「ぐ……問答無用!何とかなさい!あなたの責任でしょ!!!」

 

「トモちゃんが見てないからって……苦労してるね」

 

 同情するライに対してテアは苦笑して返す。

 

「余計な事は言わない方がいいわぁ。まぁユウちゃんの担当は私だから任せておきなさい」

 

 いつもの事よ。そう言うとテアは一度ベッドから離れる。そして一つの武器を抱えてきた。ギター型アックス。ライブアックスだ。

 

「ユウちゃん。今日も聴いてね」

 

 泣き続けるユウの耳元へ移動し、椅子に変形させた充電君に座ると、テアはギターを弾き始める。ゆったりしたテンポの曲。それは……

 

「このメロディライン……バラードだ」

 

「子守唄にバラード?」

 

「静かに。ユウちゃんの為だけに歌うんだから……〜♪」

 

 テアはギターを弾きながら歌詞を口ずさみ始める。最初はどこ吹く風と泣き続けるユウだったが、徐々にではあるがユウの泣き声も収まっていく。

 

「……収まっていく。聴き入ってるんだ」

 

「単に泣きつかれただけじゃないの?」

 

 ライのその失言にテアはキッと睨み付ける。

 

「〜♪ライ〜♪後で覚えておきなさぁい〜♪ラ〜ララ〜♪」

 

「……うぅっ!!」

 

 ユウの顔が再びしかめる。テアが変な歌詞を歌ったからだ。「ライが余計な茶々を入れるから」心でそう思いながらテアは盛り返そうと再び歌い続ける。ユウはまた穏やかな顔になっていく。

 

「やるじゃないテア、さすが私の妹ね」

 

 元はと言えばお姉様が怒鳴るから。と思うテアだがここで口喧嘩してまたユウを泣かせるわけにもいかない。その判断は正解だった。暫くしてユウは泣き止む。するとユウはテアの方に顔を向けるとニコーッと笑顔を向ける。

 

「ッ〜♪」

 

 テアの方もその反応に微笑み返しながら歌い続ける。暫くするとそのままユウは眠りについた。泣き声は聞こえない程小さい寝息へと変わった。

 

「ふぅ……おやすみなさい。ユウちゃん」

 

 根ながらもテアの方に顔を向けているユウに対し、見守るような笑顔をしながらテアはユウの鼻にキスをした。眠っているユウには解らないだろうが、テアはそれで満足だった。

 

「眠った。凄いね。ギターの演奏で眠らせるなんて……」

 

 迅雷が感心しながら言う。ユウを起こさない様に小声でだ。

 

「毎度の事よぉ、泣くのをなだめる位なら楽な方よ」

 

 テアもまた小声で返す。

 

「お母さんみたいですね。テア」

 

「よして頂戴。抱っこできるのはユウちゃんのお母様だけ、お母さんの温もりと大きさは、どうしても私達では再現できないもの……」

 

 FAGではギガンティックアームズを使っても赤ちゃんを抱きかかえる事は出来ない。人肌の温もりはどうしても覆せない差だった。

 

「……寂しくはないですか?」

 

「ちょっとだけ、ね。でも大丈夫よ。私ユウちゃんの事大好きだもの」

 

「そうよ。人に私達が仕える事は当然の事、マスターが私達を好きになってくれるかどうかは関係ない。それが私達の役割よ」

 

「……仮にですよ?向こうが私達を好きになってくれなかったとしても?」

 

「当然よ。至高ですらない辛いだけの心の痛み。でもそんな環境に置かれたら私達はそれを受け入れなければならない。だけどあなた達のマスターは皆あなたを大切にしてくれてるのでしょう?」

 

 マリのその問いに、全員が頷いた。ためらう者はそこにはいない。

 

「幸せ者じゃない皆。それ以上を求めるのは贅沢としか言いようがないわね」

 

「……それは……そう……ですけど……」

 

 マリの言ってる事は解る。しかし、どうもスティレット達の行動や葛藤を見ていると、どうも釈然のしなさも感じた。とはいえ、マリの言ってる事も最もだ。ここで否定するのも間違ってると轟雷は感じた。

 

「少し、考え直してみます。と、それはそうと、ユウちゃんのお腹って本当に気持ちいいんですか?私も顔を埋めてみたいなぁ」

 

 何か、別の話題に切り替えたかった。

 

「あら、いいわよぉ。ユウちゃんのお腹の感触、まだ腹筋のついてない至高の感触を味わいなさぁい。罪悪感は最初だけ、これなしでは生きていけなくなるわぁ」

 

「あなた達ねぇ……」 

 

 呆れるマリを尻目に、ベッドに移動した轟雷はユウのお腹に顔を埋めて気分転換しようとした。しかし……

 

「?……なんか臭くないですか?」

 

 鼻に付く異臭に気が付いた。テアの方も気が付いたらしく、オムツの方に顔を近づけると鼻で確認。

 

「あらぁ、しちゃったのねユウちゃん。お姉様、オムツ交換ですわ。ギガンティックアームズを」

 

 いつの間にかギガンティックアームズを装着したマリがバーニアで上がってくる。テアの分のギガンティックアームズを抱えてだ。すかさずテアは自分の機体へ乗り込んだ。

 

「轟雷ちゃん。ぼさっとしてないで手伝いなさいな」

 

「え。もしかして……しちゃったんですか?」

 

「大きい方よぉ早く取り替えないとかぶれてしまうわぁ」

 

「えぇぇ……」

 

 テープを外してオムツを脱がそうとするテア。

 

「轟雷……ボクがやるよ……」

 

 その催促に迅雷の方が対応した。彼女もダークネスガーディアンで新しいオムツとベビー用のウェットティッシュを抱えてベッドに上がった。

 

「これを……」

 

「有難う。あなたは見ているだけで良いわ」

 

 姉妹の手つきは慣れた物で躊躇いなど無い。マリがユウの足を掴み。テアがオムツを外すとお尻の汚れをあっという間にユウのお尻を拭きとる。

 

「あの姉妹……連携しながらオムツを……」

 

「いや、片方が押さえてるだけでしょ」

 

 迅速にオムツ交換を完了させる姉妹だった。迅雷がやった事といえばオムツとウェットティッシュをベッドに上げただけで入り込む余地はなかった。

 

「待たせたわね。さぁどうぞ」

 

 テアは取り換えた方のオムツを袋に入れて捨てるついでで轟雷に言った。

 

「あ、やっぱいいです。……そろそろ帰ろうか」

 

 元々気分転換的な提案で言った轟雷だ。こういった事になるとは彼女自身思っていなかった。迅雷も特に反論はしない。ライはまだここにいたかったようだが、日が短い冬の事だ。早い時間に帰りたいと言うのもあった。

 

「お邪魔しましたー」

 

 トモコと、その肩に乗ったマリ姉妹に見送られて玄関から出ていく轟雷達。

 

「トモちゃんお待たせ、これでご本を読んであげられるわ」

 

「うん!じゃあお部屋行こう!」

 

 そして玄関の鍵をかけると部屋に移動、トモコは姉妹を下ろすと読んでもらう絵本を回収しに走った。

 

「ちょっと待っててね」

 

「うん。ゆっくりでいいわよ」

 

「……ねぇお姉様……あぁいう言い方で轟雷ちゃんの考えを切り捨てるのはちょっとどうかと……」

 

 トモコの背中を見守るマリに対し、テアが問いかけた。あら聞いてたのねと言わんばかりの顔で反応するマリ。

 

「ウッフフフ。テア……。私達は人間と同じ土俵に立つ事は不可能よ。私達は自分の死も含めて、マスターの思い出の一部となる事こそが幸せ」

 

「お姉様……それでは長くいればいる程、マスターを悲しませる結果になるのでは?」

 

「片方の感情だけで済むはずがないわ。幸せだからこそ失う事を恐れる。でもそれは正しい成長よ。私達の死を以てマスターが乗り越えてくれるなら、成長を促せるなら本望という物よ」

 

「……私達が死んだ時、トモちゃんやユウちゃんに乗り越えて欲しいと?」

 

「その時まで私達を好きでいてくれるかは解らないけどね。……さて、トモちゃんにご本を読んであげなくちゃ」

 

 大好きだからこそ、それをマリは覚悟していた。しかしマリはそれをある意味達観した風に受け止めていた。話題を切り替えると同時にマリは考えも切り替える。トモコに本を読んであげる事だ。

 

「もうご本読んでくれるよね?」

 

「トモちゃん。えぇ、ごめんねこんなに待たせて」

 

「やった!大丈夫だよ。マリちゃんピノキオさんの続き読んでよ!」

 

 トモコが抱えてるのはピノキオだ。やはりこれが一番のお気に入りなのだろう。

 

「ウッフフ。トモちゃんたら本当にピノキオさんが大好きなのね」

 

 もう何度も読み返してる。どハマリしてるというのは読んであげてるマリにとっては熟知した事実だ。

 

「うん!ピノキオさん大好き!私も人間になったピノキオさんみたいに良い子になるの」

 

「まぁ!トモちゃんたら偉いわ!」

 

「そして魔法使いさんが来たらマリちゃん達を人間にしてもらうの!!」

 

「あらあらまぁま……え゛?」

 

 最後の言葉に、マリは言葉に詰まった。……子供はいつだって大人の予想を超える者である。

-4ページ-

 予想以上に長くなってしまったので分けます。

説明
ep12『黄一と量産型轟雷』(中編)

申し訳ありません。ちょっと周りがごたついていたので遅れました。
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