剣霊使いの逃走
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 高層ビルのエントランスに若い男がいた。

 ぼさぼさの頭をした、薄汚い格好をしている。

 腰にさげられたレイピアだけは綺麗で、掃き溜めの鶴のようだった。

 男の風体は危険人物そのものだった。企業のエントランスの中で、浮いている。

 「だからさ、ちょっと偉い人に会いたいだけなんだよ。中に通してくれって。」

 受付の女性が、引き気味に笑顔を作る。

 「申し訳ありません。アポイントメントを取って頂かない事にはどうしても。」

 男がしつこく食い下がっていると、次第に周りにいた人々も注目し始めた。

 二人の警備兵が近寄ってくる。

 警備兵は帯刀していた。

 「すみませんが、あちらでお話を聞きます。他の方の迷惑になりますので。」

 警備兵が、詰所と思われる場所をさす。

 男は、警備兵のほうへと向き直った。

 「アナイア。フリーの剣士だ。怪しくない。仕事をわけて貰いにきただけなんだよ。」

 アナイアと名乗った男は、腰にさげたレイピアを警備兵たちに見せた。

 「良さげだが、ランクは?」

 「Aランクだ。もちろん完璧に扱える。いいだろ?」

 警備兵は、口笛を吹いた。

 「本当なら凄いな。それだけ魔術が扱えれば、どこでも雇ってもらえる。」

 「だろ?中に入れてくれない?」

 アナイアと警備兵は笑いかけあった。

 ゆったりした空気が流れたが、警備兵は首を横に振った。

 「求人なら別の場所だ。さあ、迷惑になってるのはわかるだろ?」

 警備兵の言葉を聞いて、アナイアは不満げに頬を膨らませた。

 ふいに警備兵の体が吹き飛んだ。

 アナイアが、前触れもなく警備兵を蹴ったのだ。

 悲鳴があがり、周りの人々が逃げ出す。

 残った警備兵が剣を抜いた。アナイアから距離をとり、古代語を唱える。

 『チェンジライズ』

 警備兵が剣を自分に突き刺した。

 剣は、警備兵の体に傷一つつけることなく、体内へと吸い込まれていく。

 警備兵の体が光に包まれた。身に着けていたプロテクターが肥大化していく。

 掌から、巨大になった剣が現れ、手の内に収まる。

 その姿は人ではなく、鬼のようだった。

 『チェンジライズ』

 アナイアも、同じように行動した。

 レイピアを自分自身に突き刺す。

 光に包まれ、アナイアの肉体が変貌していく。

 髪は流麗な長髪へ、身体は細く美しく歪められる。

 光が消えたとき、立っていたのは男ではなかった。

 豪奢なドレスに身に纏った、美しい赤髪の女性。

 彼女の掌からレイピアが表れ、手の内に収まる。

 「逃げなくていいのか?俺、マジでAランクだぜ?」

 「どうかな?」

 鬼と化した警備兵が、雄叫びをあげた。

 思いきりよく、大剣をアナイアへと振りかぶる。

 アナイアは、軽くステップを踏んだ。ハイヒールを打ち鳴らし、後ろへと一歩下がる。

 警備兵の視界から、アナイアが消えた。

 大剣が空を切る。

 不思議なことに、アナイアは遥か遠くにいて、にやにやと笑っていた。

 警備兵が自分を見たのを確かめてから、手にしたレイピアで空を突いた。

 レイピアの刀身が一瞬で伸び切り、遥か遠くにいた警備兵を穿つ。

 一打、二打、三打。伸びては縮むごとに、男の体が刻まれていく。

 男の頬から、あたたかな血が垂れ落ちた。

 「降参しろ。いつでも喉にいけるんだ。」

 しばしの沈黙のあと、警備兵は剣を置いた。

 鬼のようだった姿がしぼんでいき、人に戻る。

 アナイアは隠れていた受付の女性を見つけ出すと、レイピアを突き付けた。

 「それで、改めて聞きたいんだけど、けっこう偉い人はどこかな?」

 アナイアの頼みは、今度は聞き届けられた。

 

 「これは、いったいどういうことなんだ。」

 オーダー=ジェントは、惨状に頭を抱えていた。

 会社のエントランスに、幾人もの警備兵が倒れている。

 社員たちが、混乱を収拾しようと駆けまわっていた。

 オーダーの姿を見て、社員のひとりがやってきた。

 「申し訳ありません。アナイアと名乗る剣士がやってきて、とんでもない強さで。」

 「被害状況は?」

 オーダーが、容姿端麗な顔を曇らせる。

 「みんな命が無事でよかった。怪我人のところへ案内してくれ、私が治療する。」

 怪我人を魔術で治療しながら、オーダーは考える。

 (しかし、大企業であるスフィアを襲うなんて、無謀がすぎる。)

 オーダーの所属する企業、スフィア。

 多くの剣士を抱えるこの企業は、様々な事業で功績を残している。

 (古代遺跡の情報が盗まれたとの話だが、そこまでする価値があるのか?)

 治療を終えたオーダーは、改めて被害状況を確かめ始めた。

 重役のひとりが、意を決した表情でオーダーに話しかける。

 「オーダー様。実は、盗まれた情報というのは……剣神に関することでして。」

 「なぜ、黙っていたのですか。」

 オーダーは、丁寧に厳しく重役を問い詰めた。

 「申し訳ありません。なにぶん、確実性に欠ける話でして。なにせ遺跡の入り口にそう書き残されていたというだけで。」

 「隠して、自分のものにしようとしていたわけですか。」

 重役は慌てて首を振った。

 「そんなことは。剣神なんて、おとぎ話みたいなものでしょう?」

 「我々は、そうでないことを知っている。事の重さがわかっていないようですね。」

 オーダーは長剣を抜いた。重役へと突き付ける。

 「これが事態の重さです。すべて話しなさい。あなたのせいで、世界が滅びるかもしれないのだから。」

 

 神が第一の剣を振るうと、剣霊たちを生まれた。

 剣霊。剣と生物。ふたつの姿を持つ生命。

 剣霊たちは、特別な力を持っていた。神と同じように、世界を書き換える力だ。

 剣霊たちは、真っ新な世界を自由に書き換えていった。

 しかし、剣霊たちが力を発揮するためには、神の許可が必要だった。

 無限とも思える要求に疲れ切った創造主は、第二の剣を振るった。

 第二の剣からは、神の模造品である人間が生まれた。

 人間たちは、剣霊に許可を与えることができた。

 人間と剣霊は協力し、世界を豊かに幸福に書き換えていった。

 しかし、幾つもの過ちが起こり、世界は不幸なものとなった。

 神は、第三の剣を振るった。

 最後の剣は、大災害を引き起こし、世界を滅ぼした。

 神は世界を見放し、どこかへと去っていった。

 

 アナイアが街を出るよりも早く、門は閉鎖されていた。

 行き来をする商人たちが、厳しい検閲を受けている。

 アナイアは、兵士たちの目から逃れるべく、路地裏へと隠れた。

 「早くない?」

 「スフィアに楯突いたからでしょ。あんな大企業狙う意味あったわけ?この街仕切ってるのはアイツらなのよ?」

 腰にさげた真紅のレイピアから、低い女の声が響いた。

 「これだから男は嫌いなのよね。粗暴で下卑ていて、考えなし。生きてる価値のない生き物だわ。」

 レイピアに宿る剣霊。剣と生物、ふたつの姿を持つ生命が、アナイアに語りかけているのだった。

 「男とか女とか関係ないって。イラついてたんだもん。誰だって世界滅ぼしたくなるでしょ。」

 「また始まった。」

 「またって何?前言った時からもう1か月もたってるよ。またじゃないじゃん。ピュアって凄く根に持つよね。」

 アナイアが早口でまくしたてる。

 彼の剣霊……ピュアは、彼が今年で28歳になるのだという事実から、目をそらしたくなった。

 あまりにも子供らしすぎる。しかも、可愛くない。

 「だってさ、変なのに絡まれて殴り返したら、みんな悪人を見るような目で俺を見るんだもん。もう滅ぼすしかないでしょ。」

 「それ何度も聞いた。」

 ピュアはもう、アナイアの話を聞いていなかった。

 ピュアの心は遠く、親しくしてくれている友人のことを思っていた。

 友人の名前はワイス。

 ワイスは、愛らしい容姿の少女だった。

 しっかりした子で、将来、本に携われる仕事をするために猛勉強をしている。

 ピュアは、ワイスの芯のあるところを好ましく思っていた。

 いま、彼女の笑顔に出会えたらなんて嬉しいだろう。ピュアは心からそう思った。

 「帰ろう。あんた一人で出所しな。私はワイスちゃんとパートナーになる。」

 「ええ〜?本当に〜?まだ告白もしてないのに〜?ピュアみたいな欲望の塊と一つ屋根の下になってくれると思う〜?」

 ピュアは、人間の姿になった。

 黒を基調とした上品な服を身にまとい、綺麗な顔をしている。

 長い脚で、思い切りアナイアを蹴った。

 誰もが、踏み込まれたくない領域を持っている。アナイアは、その領域に土をつけてしまったのだ。

 アナイアの頭が鷲掴みにされ、壁に叩きつけられた。

 「まあ、いいわ。今回は付き合ってあげる。さっさと唱えたら?」

 『マジグラム-オン』

 アナイアは、圧迫され苦しみながらも、古代語を唱えた。

 ピュアの手が怪しげな光に包まれ、アナイアの体が作り変えられる。

 魔術。剣霊だけが扱える、世界を書き換える万能の力。

 剣霊の力は無限とも思える莫大な制限に縛られていて、一人では大したことはできない。

 世界を書き換えていいのだと、人間が許可を与える必要があるのだ。

 その許可は、人間と剣霊の関係性が強ければ強いほど、剣霊の奥深くへと響く。

 ピュアがアナイアを投げ捨てる。

 アナイアの体は、美しい女性のものとなっていた。

 「ねえ、ピュア。門抜けたらちゃんと戻してね。」

 立ちあがったアナイアは、自分の体を見下ろして、泣き出しそうになった。

 「あんた、男も女もないとか言ったばっかじゃない。」

 「ピュア好みの体にされて、穢れた目でジロジロ見られると思うときつい。」

 ピュアはもう一度、アナイアを蹴った。

 彼女は、男に興味があると勘違いされるのが大嫌いだった。

 

 変身したアナイアたちは、無事に検閲を抜けた。

 情報にあった遺跡へと向かう。

 遥か昔、大災害によって滅びたと言われている古代文明の遺跡だ。

 アナイアは、こういった遺跡から古代文明の遺物……特に未起動の剣霊を掘り出して、生計を立てている。

 火を起こしたり、水を浄化したりと、剣霊の需要はきわめて高い。よく売れる。

 スフィアから奪いとった情報によると、ここには、神が振るったとされる剣が眠っているという。

 剣神。神によって制限を解除された、自我のない剣霊。

 仮に手に入れられたとすれば、世界を滅ぼすも、支配するも思いのままだろう。

 しかし、もう何百年も捜索されいるにも関わらず、剣神は一本も見つかっていない。

 古代文明は存在したし、何らかの原因によって滅びたが、神はいなかった。

 それが、いま社会に生きる人々の常識だ。

 「アナイア、鬱憤が晴れたら、ほとぼりが冷めるまで引き籠りね。」

 ピュアはレイピアへと戻り、アナイアの手の内に収まった。

 「それじゃ、あとはよろしく。」

 「任せて!絶対に世界滅ぼすから!」

 遺跡は危険な場所だ。古代の自立兵器や罠が、未だに朽ちることなく動いている。

 しかし、アナイアは、熟練の探索者だった。

 子供のころから培ってきた経験と技術を頼りに、危なげなく遺跡を進んでいく。

 時には進み、時には引き。優れた審美眼で危険を避け、遺物をかき集める。

 やがて、開けた部屋に出た。

 壁中に古代文字が描かれた、不気味な部屋だった。

 中央に祭壇があり、美しい飾りの長剣が刺さっている。

 「いやったぁぁぁぁ!!あれ絶対、剣神でしょ。」

 「Aランクの剣霊、当たりね。」

 ハズレだとわかっていながら喜ぶアナイアに、ピュアが現実を叩きつける。

 剣を抜こうとしたその時、後ろから声が聞こえてきた。

 清流のように澄んだ声だった。

 「そこまでです。止まってください。」

 アナイアが振り向いた。

 純白の服を着た、美しい容姿の青年が立っている。

 服には、スフィアの紋章が刻まれていた。

 「スフィアを襲ったのはあなたですね。大人しく投降してください。」

 「いや、人違い。ほら見て、俺は無関係の女です。」

 アナイアは胸を張って、自分が女性であることを示した。

 しかし、いまの彼は男だった。街を出たあとすぐ、ピュアに姿を戻してもらっていたのだ。

 「話は社内で聞きます。剣を捨てて下さい。」

 青年は、アナイアの話を無視した。

 アナイアも青年を無視して、祭壇に刺さった剣へと手を伸ばす。

 瞬間、アナイアは焼けるような痛みを感じた。

 いつの間にか、短剣が手の甲に突き刺さっている。

 青年が素早く正確に、アナイアへと短剣を投げたのだ。

 二つ目の短剣を指で弄びながら、青年がゆっくりと近づいてくる。

 「次は首を狙います。動かないで下さい。」

 アナイアは動きを止めた。

 「凄いね。魔術なしで当てれるんだ?名前は?」

 じっと青年を見つめ、機を伺う。

 「オーダー=ジェント。スフィア社長補佐を務める、Sランクの剣士です。」

 話している間にも、オーダーは隙を見せない。

 アナイアは無事なほうの片手をあげて、降参した。

 オーダーは、魔術を使ってアナイアたちを縛り上げた。

 祭壇に刺さった剣を見定め、僅かに顔を歪ませる。

 台座の剣は、ただの剣霊だった。

 「お願い見逃して!お家に病気の妹がいるの。」

 アナイアは叫んだ。『やるだけやっとけ』とでも言わんばかりの、陳腐な命乞いだった。

 やる気も誠意も全く感じられない嘘だったが、オーダーは

 「もしや、妹さんのために剣神を?」

 と、沈んだ様子で返した。

 アナイアはからかわれているかと思ったが、オーダーの表情は真剣そのもので、その目に嘘偽りは見えなかった。

 ピュアが物珍しそうにオーダーを見る。

 「ごめん。嘘。本当は世界滅ぼせる力欲しいなと思って。」

 「……どちらですか?」

 オーダーは、しばらくの間考えこんでから、

 「わかりました。確かめましょう。妹さんのところへ連れて行ってください。」

 「はぁ?」

 「本当なら、今回は見逃しましょう。嘘なら、スフィアで重い罰を受けて貰います。」

 「ほんと!?」

 アナイアは心の中でガッツポーズを決めた。なんでも言ってみるものだなと思う。

 病気の妹はいないけど、ワイスに口裏を合わせて貰えばいいだろう。

 あんた、まさかワイスちゃんを巻き込むつもりじゃないわよね?

 ピュアの冷たい視線が突き刺さってくる。

 アナイアは、気付いてないフリをすることに決めた。

 

 アナイアたちは、孤児院の門へたどり着いた。

 小さな孤児院だったが、やたらと綺麗で、設備は新しいものが多い。

 庭にはさまざまな遊具があり、子供たちが元気に遊んでいる。

 街から出る補助金では、こんな余裕のある暮らしはできない。

 オーダーが、訝しげに眉を潜める。

 やがて、ワイスがやってきた。

 ワイスは、こっそりとレイピアの姿をしたピュアに微笑みかけた。

 すぐさま視線をそらし、オーダーへと会釈する。

 「スフィアの方ですね。もしかして、アナイアがご迷惑を?」

 「ええ。あなたが……彼の病気の妹さんですか?」

 ワイスが首をかしげて、アナイアを見る。

 アナイアは、身振り手振りで話を合わせるよう伝えたが、ワイスはにっこり笑って、

 「いえ、他人です。」

 と、正直に告白した。

 オーダーがアナイアを引っ張って連れて行こうとする。

 「待ってください。他人ですが、身柄は引き取ります。おいくら必要ですか?」

 「はい?」

 「お金は支払います。お望みなら、謝罪もさせます。彼らを許してくれませんか?」

 ワイスは、オーダーに麻袋を渡した。

 オーダーが中を確かめると、一杯に金貨が入っている。

 立派な造りの家が立ちそうほどのお金だった。

 オーダーが不思議そうに尋ねる。

 「なぜ、ここまで?」

 「彼らは孤児院の支援者で、優秀な剣士です。大きく稼いで、大きく寄付をしてくれるんですよ。」

 オーダーは、唇に手をあてた。迷うようにアナイアを見る。

 アナイアは、何度も何度もうなずいて、ワイスの話を肯定していた。

 「本当ですか?失礼ですが、彼がそのような人間だとは、とても。」

 「同意しますが、残念なことに寄付は事実です。記録をお見せしましょうか?」

 「……いえ、けっこうです。」

 アナイアの人柄は信じがたい。しかし、ワイスの立ち振る舞いは、とても誠実で、優雅だ。

 オーダーは、ワイスを信じることに決めた。

 「お金は必要ありません。彼が起こした問題も、子供たちに免じて、私が処理しておきます。

 ですが、表向きには彼がきちんと罰を受けた、ということにして頂けますね?」

 ワイスは頷いた。

 オーダーが魔術の戒めを解き、アナイアとピュアを解放する。

 ピュアとワイスが、手をとってお互いの無事を喜びあう。

 ワイスはすました顔つきが、少しだけ緩んだ。

 「でもさ、本当にお金とかいらないわけ?都合のいい人すぎて逆に怪しいんだけど。」

 「僕は、世界平和を目指しています。子供たちが幸せでいることは、そのために大切なことです。

 スフィアがまだ手を出せていない事を、あなたたちが補っていてくれて良かった。」

 綺麗なお辞儀をすると、オーダーは立ち去っていった。

 その背中が見えなくなると、アナイアは後を追い始めた。

 足跡を追って、つかず、離れず。気付かれないようにこっそりと。

 やがてオーダーが商店街の人混みに入った。

 オーダーの腰には、遺跡で手に入れた長剣がさげられている。

 アナイアは驚くほど自然な動きで近づくと、音もたてずに長剣をその手におさめ、すり取る。

 しかし、長剣がするりと動き、アナイアの手をかわした。

 見ると、少女が長剣を抱えて、アナイアを見据えていた。

 オーダーの剣霊だった。短剣の姿で周囲を見ていた彼女が、アナイアに気付いたのだった。

 いきなり現れた少女に驚きつつも、アナイアは素早く人混みに紛れる。

 舌打ちをしながら、逃げ去った。

 

 翌日、孤児院に泊まっていたアナイアのもとへ、少女がひとりでやってきた。

 鉢合わせたアナイアが、すぐさま背を向けて逃げようとすると、

 「昨日のこと、オーダーには伝えてません。ただ話にきただけです。」

 と、少女は言った。

 オーダーの剣霊は、アルティと名乗った。

 アルティは難しそうな顔をして、出された紅茶にも手をつけない。

 「剣神を手に入れて、どうするつもりですか。」

 アナイアには、アルティの意図が掴めなかった。

 答えていいものか、迷う。

 しかし、剣神の情報が間違いだった以上、隠す必要のないことだった。

 「どこかにしまっておこうと思って。」

 「昨日は、世界を滅ぼすと言っていましたが。」

 「いつでも滅ぼせるようにしておきたいの。そうすれば、なんでも許せるようになる気がする。」

 「つまり、持っておきたいだけで、使うつもりはない。」

 続けざまに質問されて、アナイアは責められているような気持ちになった。

 踏み込んで話し過ぎた気がする。

 紅茶を飲んで、アナイアは会話から逃げた。しかし、そんなことをは構わず、アルティが話を続ける。

 「オーダーは違います。世界を平和にするために、剣神をいくらでも使います。

 でも世界平和なんてものは、神様にだってできなかったことです。オーダーにも無理です。

 いずれ疲れ果てて、挫折して、自分を責めて苦しみだします。私は、彼にそうなってほしくない。」

 アルティの冷たく低い声と、刺すような視線。

 どんどん、アナイアは気分が悪くなってきた。

 「剣神が見つかりました。オーダーよりも早く、あなたが手に入れて下さい。」

 

 世界を滅ぼしたいと思った理由は単純で、これは他人が嫌いだからだった。

 遺跡の探索は、子供のころからよくできた。しかし、人付き合いというものは、全くできなかった。

 他人は理解できない。

 他人と関わると、たいてい嫌な思いをさせられた。

 だれか新しい人と話すことは、抵抗のできない戦いの始まりに思えた。

 人々に言わせると自分は変わっていて、特別に浮いているのだという。

 彼らは、必ず自分をテストし、どういう存在なのか確かめ、自分を良いように利用するか、欠点をあげて去っていった。

 他人と関わらなければ生きていけない、という言葉には現実味がなかった。

 優れた過去の遺物のおかげで、その気になれば十年二十年と、遺跡に籠っていられそうだった。

 遺跡にたびたびやってくる剣士たちがいなければ。

 半殺しにされながら逃げ延びたとき、孤独でいることはできないのだと知った。

 どんな万全の備えをしても、いつか誰かが、孤独を破りにやってくる。

 それこそ、世界が滅びでもしない限りは。

 

 アナイアとピュアは、遺跡にやってきた。

 アルティに言われた通り、祭壇の部屋には、さらに奥へと続く通路が隠された。

 この部屋にいた剣霊が、この通路のこと、そして、その先に剣神があることを喋ったのだという。

 魔術を行使し、扉をこじ開けていく。

 アルティが入念に準備すべきとオーダーを説得し、引き留めているが、長くはもたないだろう。

 アナイアは実力者だが、オーダーはそれ以上だ。

 戦いになれば、勝ち目はない。

 姿を見られることなく、逃げ去ってしまいたかった。

 剣神は、身の丈ほどある巨大な剣だった。

 ひとかけらの錆び付きもなく、妖しく光り輝いている。

 「見つからないほうが気楽だったわね。」

 アナイアは、チェンジライズして姿を変えた。

 かけられていた魔術の錠を、少しずつ開けていく。

 誰も、本人でさえも、アナイアが本気で世界を滅ぼすなどとは思っていない。

 しかし、そのための力が手に入った瞬間、考えが変わるかもしれない。

 自分はどうするのか。アナイアは、ぼうっと考えていた。

 いま起きていることにまるで現実味がない。どこか遠くの出来事のようだ。

 剣神の封印が解けた。

 そのとき、オーダーが部屋に入ってきた。

 既にチェンジライズを済ませ、宙に短剣を浮かべている。

 アナイアの姿を見るなり、魔術で操った短剣を射出する。

 アナイアは魔術で床をせり上げた。突然現れた壁に短剣が弾かれる。

 オーダーが迫ってくる。

 アナイアは、チェンジライズを解いた。ピュアと離れ、剣神に手を伸ばす。

 掴み取った。

 アナイアが剣神を軽く一振りする。

 オーダーとアルティのチェンジライズが解除された。

 そして、二人の体が動かなくなる。

 アナイアは、剣神をじっと見つめた。

 悠然とした力強さに、魅せられた。

 「あの・・・、剣神、あまり使わないから。絶対みんなとは関わり合いにならないって、約束するよ。」

 剣神を見つめたまま、アナイアが語りだす。

 「ピュア。今までありがとう。ワイスによろしく。オーダーさんも、アルティさんも、許してくれて。」

 アナイアは、出口に向かって悠然と歩きだした。

 ピュアも、オーダーも、アルティも、魔術によって縛られていた。

 誰も歩みを止められるものはいない。

 アナイアは虚空へと消え去って、それっきり姿を見せなくなった。

 

 

 

説明
ファンタジー。
人と力を合わせ、魔法を行使する精霊『剣霊』。
日常にどうしようもない苦痛を感じながら、日々を過ごす男アナイア。
「いつか世界を滅ぼす」そうぼやく彼は、本当に世界を滅ぼせる剣霊を見つけた。
打ち切り気味完結。
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